【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
結局その日、リナリアの悲しみが収まることはなく。
ベットの中で目を閉じては零れる涙をティッシュで拭って、気がついたら朝だった。
鏡をみて腫れた酷い顔。ため息をついて冷タオルを目に当てる。
じわじわと表面は痛く冷えるのに、内側が熱い。
しかしそんな事くらいで顔が元に戻るわけなく。
不機嫌に顔を顰めながらアイプチののりで何とかまぶたを持ち上げた。
「えっ!?リナリアさんその顔どうしたんです!?」
が、簡単に違和感は見破られた。当たり前だ。そこまでいい出来にはならなかったから。
チーム本部でユリさんに驚かれて苦笑いで返す。
ユリさんはそれで何か察したのか申し訳なさそうに肩を竦めた。
相変わらず気遣いのある子だと思う。いい子。とても。
……でも、だからって。
私が命をかける必要なんて、ない。
ダニーの言っていたことがまだ残っている。監視という役。誰かがやるのなら私がいいとあいつは言ったけれど。
誰でもいいのなら、私はやりたくない。
ただでさえ中層なんて危ないところにいるのだ。より危険な所へ、誰が喜んでいくだろうか。
可哀想だとは思う。でも仕方ないことだとも思う。
この前の事件。あれがユリさんだから起こったという証拠は無いけれど。
ユリさんでなければ、被害はもっと小さく済んだだろう。
殺して終わりだったんだから。
少なくともあれが私なら。……今生きてはいないかもしれない。
命の保証がされているようなものだ。監視くらい、受け入れてもらおう。
まぁ巻き込まれるのはごめんだけど。
こんな私をダニーは酷いと言うだろうか。
別にいい。昨日のことであいつには頭にきている。
この研究所は誰だって自分の命を一番に考える。その為に私だって何度も酷い目にあってきた。
なら、おあいこだ。みんなやってる事。見捨てるなんて知らないフリなんて、ここでは当たり前だから。
「リナリアさん?」
「あっ、えっと、何、ユリさん。」
「どうしたんです……?もう業務始まりましたよ……?」
ユリさんの言葉に私は周りを見渡す。
もう皆いない。それぞれが業務に向かったのだ。
いけない。集中しないと。
ユリさんにお礼を言って、私は自分のタブレットで指示を確認する。
「……え。」
〝作業対象:大鳥〟
その文章に、ぶわっと汗が吹き出した。
大鳥?なんで。
もうずっと、見てすらいないのに。
記憶が、フラッシュバックする。
まだ新人の頃。教育係の彼と廊下を歩いていた時、急に消えた電気。
灯りを求めて、教育係の彼はライターを付けた。
そこにいたのは。
黒い巨体にいくつもの目。ぎぃ、ぎぃとそれは近付いてくる。
廊下が揺れている。振動が足の裏に伝わってきて。
私は怖くて彼に手を伸ばした。私は彼をずっと頼りにしている。
だって彼は私を護るって言ってくれたから。安心していいと、君は大切な後輩だからと。
だから。
どんっ
『え、』
『お、俺よりもこの女の方が美味いからっ!!こいつを食えっ!!』
目の前に
黒いくちばしが
死ぬ、
「……さん、リナリアさん!!」
「え、あっ、な、なにユリさん、」
「どうしたんですか!?すごい汗ですよ!?」
ユリさんの言葉ではっと我に返る。
呼吸が荒くなっていたようで、息は耳に纏ってうるさい。
液晶の文字は変わらずに、ただ淡々と並んでいて。
私はぎゅっと胸を掴んだ。遠ざからない、恐怖が。
「リナリアさん……?」
私が液晶を見続けているせいで、ユリさんも私のタブレットを覗き込む。
吹き出した汗が垂れて落ちたせいで水滴が珠になって虹色に歪む。
やだ、やだ。
怖いっ怖いっ……行きたくないっ!!
「……大丈夫です!リナリアさん!!」
「は。」
大丈夫って、何が。
冷静でない頭が怒り出す。そんな、他人事だからって。
「私が作業代わりますっ!」
「えっ、」
「もしもし、もしもし!Xさん、聞こえますか?あのっ、大鳥さんの作業私しちゃダメでしょうか、実はカンテラ預かってて……。」
「ユ、ユリさん!?」
私が驚いていると、ユリさんはしぃ、と人差し指をたてる。
おそらく管理人であろう人にインカムで話すユリさんを、私はただ呆然と見つめた。
話は呆気なく着いたようで、タブレットの光が新たな通知を知らせる。
「ユ、ユリさんこんなのダメだよ。」
これは仕事で、皆それぞれ嫌なアブノーマリティにだって作業してるのに。
私だけ、代わってもらうなんて。
「あはは、いいんですよ、私のわがままで代えてもらっただけです。」
──あはは、いいんだよ。
──これが僕の仕事だから。
「……ぁ。」
「じゃ、行ってきますね!」
ユリさんはパタパタと廊下を駆けて行った。
私はというと。
ユリさんとあの人の姿が重なる。教育係に置いていかれた私を、大鳥に殺されそうな私を。
助けてくれたあの人に。
──新人を護るのが先輩の仕事だからね。
……そうだよ、
私はずっと、あの人に相応しい人間になれるようにと。
強くなろうって。誰かを護れるような人になろうって。
思ってたのに。
〝 ……でも、だからって。〟
〝私が命をかける必要なんて、ない。〟
「……汚い、」
〝見捨てるなんて知らないフリなんて、ここでは当たり前だから。〟
「汚いなぁ……。」
私、とっても。
汚い。
※※※
リナリアさん、大丈夫かなぁ。
チーム本部の隅に置いておいたカンテラ。
相変わらずゆらゆらと火を灯すカンテラ。業務前は消えていたのに、業務がはじまると着くのはなんでだろうか。
リナリアさんの為、とか思ったけれど、カンテラ返さないといけないからちょうど良かったかもしれない。
大鳥さんの部屋に入ると、中に見えた姿はまん丸の黒い毛玉。
マリモみたいだと思いつつ一歩中にはいると、くわっと黄色の目がいくつも開いた。ホラーだ……。
「久しぶりだね、カンテラ返しに来たよ。遅くなってごめんね。」
見せるようにカンテラを差し出す。
しかし大鳥さんの手はのびてくることなく、体当たりするように私に身体を寄せてきた。
よろけつつも転ばないように何とか保つ。この巨体に潰されたら立てる自信が無い。
「わわっ……相変わらずゴワゴワだね君は……。」
その触り心地の悪さに笑ってしまう。すりすりと甘えられて、可愛いけれど肌が少し痛い。
でもこんなに懐いてくれているのだ。応えない訳にはいかないだろう。
カンテラが倒れないよう、出来るだけ遠くに置く。そうして出来るだけ優しく、その身体に手を回した。
「しばらく会ってなかったもんね、ごめんね。」
そう、最近大鳥さんの作業はしていなかった。
もう収容違反しなくなったせいか、Xさんは私に大鳥さんへの指示は送らない。
今回だって、先日の収容違反があったからやらせて貰えたのもあるのだろう。
いくつもある目に触らないよう気をつけながら、黒い体を撫でる。
「どうして脱走しちゃったの?」
ぎぃ、ぎぃ。
「……ふふ、ぎぃぎぃ?わからないよ、ぎぃぎぃじゃ。」
──サミシイ?
「……えっ!?」
今、声が。
──サミシイ?サミシイ?
「えっ、あっ……!?」
違う!声じゃない!!
頭に響いてるんだ!!オーケストラさんみたいに!!
すごい、この子鳥なのにこんなこと出来るの!?
じゃあもしかして、罰鳥さんも……。
──ユリ、サミシイ?
「サ、サミシイ?寂しいか……ってこと?」
──サミシイ?
──ユリ、サミシイ、カナシイ?
黄色の無垢な瞳が私を見つめてくる。
サミシイ?寂しい?
その言葉が耳に響いて、記憶は呼び起こされる。
あぁ、そうか。そうだったね。
『家族と離れて、一人になって。ちょっと心細いけど、何とかなるもんだね。』
『でも』
『……やっぱり、寂しい。』
そうだ、確かにそんなことを。私はこの子に話した。
思わずクスクスと笑ってしまう。大鳥さんはこてん、と首を傾げて。それがまた私の笑いを誘った。
「寂しいなんてすっかり忘れてた。貴方達のおかげだね。」
そんなこと、最近考えることすらなかった。
目まぐるしい仕事量と、貴方達からのサプライズは私から悲しむ時間を奪ったのだろう。
気を紛らわせらには忙しさが一番と言うけれど。正にその通りだったということか。
「ありがとう。ずっと心配してくれたの?」
もう一度、先程より少し強く抱きつく。ごわごわの毛。
そこに髪ゴムが絡まっているのを見つけて、手を伸ばした。私が着けたやつだ。この羽の質ののせいでぐちゃぐちゃになってしまったのだろう。
可哀想だから取ってあげようと思ったのだけど、大鳥さんはそれに気がついたのかいやいやと逃げていく。
新しい、綺麗な飾りがついたのをあげると言ったのに、またいやいや。これがいいと言うことだろうか。
「じゃあせめて、結び直させて?」
痛くないように、丁寧に髪ゴムを取って。
正面真ん中少し上。その辺の羽を束ねる。
今度は絡まないように気をつけて。何回か輪を作って。
「出来た。」
ぱっと手を離したら、ぴょんっとちょんまげが。
それがまた可愛くて笑ってしまう。
今度は満足したように、大鳥は不器用に鳴いた。ぎぃぎぃ。
ぎぃ、ぎぃ。
あなたと会った日が懐かしい。
まだ暑い夏。寂しい、悲しいと俯いていたばかりの頃。
私は大鳥さんを撫でながら、「外は寒くなってきたんだよ」なんてたわいも無い話をした。
アメリカに来て初めての冬がやって来ようとしている。
季節が、巡るのだ。
難産でした、
もしかしたら文章だけ書き直すかもしれませんが、内容は変わりませんのでご安心ください。
寒くなってきましたので、皆さんお身体にはお気を付けて。
いつもありがとうございます。第二章、今年中には完結させたいなぁ。
裏ネタをひとつ言うと、最近ユリちゃんは多肉植物を買ったそうです。名前はタニー。水あげすぎてないかいつも不安になるらしい。わかる…、