【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
ひそひそ。ひそひそ。
消えた。
消えた。
死体が、消えた。
「おい、あのことは誰にも言ってないだろうな。」
「勿論だ!言えるわけない。管理担当の俺たちの責任になるんだから。」
「そうだよな、エージェント達に知られたら俺たちの立場がない。」
「そんなのわかってるって。まさか、死体が無くなるなんて思わないだろう。昨日の見回りでは大丈夫だったんだぞ。あんな量が一気に。まさか本当に蝶男が。」
ぶるぶる。
「あぁだからここは嫌なんだ。こういうことが普通に起こる。知ってるか?今までも死体が無くなることはあったらしいぞ?」
「そうなのか?」
「あぁ。」
ある日、事故が起こり、何十人もの職員が死亡した。
「おい、その事故ってなんだ? 」
「知らねぇよ。いいから聞けって。」
多くの人間が死んだ。エージェントは体を張って、収容違反したアブノーマリティが外に出るのを防いだ。
人で出来た壁。
死んでしまえば崩れ落ちた壁は山になる。
「死体の山ってか。」
「そういう時ってさ、清掃はすぐ行うだろ?」
「当たり前だろ。精神的にも衛生的にもよくない。」
「……それがさ、なんと、なんとだぞ?暫く放置されたらしいんだよ。」
「はぁ?」
この清掃は誰一人としてやりたいとは思えないものだった。
「おいおい働けよ。嫌なのはみんな一緒なんだぞ。」
「状態のせいか知らないけどさ、死臭がやばかったらしいぞ。それに腐ったところがくっついて、団子みたいになってたらしい。」
「そりゃぁ……、あんな怪物を止めた人間の体なんて。」
………………。
「でも、片付けの必要はなくなったんだ。」
「ん?どういうことだ?」
「死体の山が無くなったんだよ。」
「え?」
「今回と同じように。気がついたら、無くなってた。まるで最初からなかったかのように。」
………………。
「いや、ホラー。」
「こんなの作り話だと思ってたよ。この話、この続きがなくて終わりなんだ。趣味の悪い怪談だよな。でもさ。」
そのホラーが、まさに今日起こったんだろ?
オフィサーの二人は、空になった死体安置所を見ながらそんな話をしている。
蝶男はまだ、捕まっていない。
あの後ダニーさんと別れて、私は指示に従い、ペストさんの作業に向かった。
ダニーさんとの会話に付きまとう自己嫌悪に私は下を向く、それはペストさんも分かったようで、心配そうに声をかけられた。
「どうしましたか、お嬢さん?」
「あ……、ごめんなさい、掃除、集中してなくて。」
「それは構いませんが……、なんだか元気がないようですね、心配です。」
ペストさんの羽先が私の頬を撫でた。ふわふわが鼻を掠めて、くすぐったくて。
思わず身をよじるとペストさんは「熱は無いようですね、」と言う。
ペストさんは優しいから、私の体調を心配してくれたのか。
別にどこが悪いもないだろう。これは心の問題であって……。
「……ペストさん、」
「なんですか?」
「人は死んだら、どこに行くと思いますか?」
思い切って私はペストさんにも同じ質問をする。
しかし言った後に、少し後悔もした。
私は。なんの答えを求めているんだろう。
共感を求めて、くだらないと笑って欲しいのだろうか。自身への嫌悪を少しでも拭い去るために?
それを分かってしまえば、より深くなる嫌悪感に。
ペストさんの顔が見れなくて、目を背ける。なんでもないです、と。言いたいのに。
声が出ない。音を忘れたように。喉が、開かない。
「……死の先に待つのは。楽園。しかしその下もあるのだ。」
「……え?」
「魂は還る。天にのぼり、平穏を得る。」
「ペ、ペストさん……?」
「悲しいことにここは悲しい魂ばかりです。きっと私がここにいるのは、救いの手を差し伸べるため……。」
「あの、何言って。」
「……大丈夫。」
「私は貴女を救ってみせる、」
息を、のんだ。
なにか大きなプレッシャーが、私の心を捉えて。
動けなくなる。
ペストさんの、羽が。私に向かってきて。
「……本当は、もう少し、後にするつもりでした。でももう、いいだろう。貴女が望むのなら。」
……でもすぐに、緊張は解けて。私の胸は感動に熱を帯びた。
……思考が、ぼんやりする。
その言葉があまりにも、美しく脳に響くものだから。
「……あなたは誰?」
思わず聞いた。自然と出た言葉だった。私は、それを知りたかった。
あぁ、偉大なるあなたは。誰なのか。
するとその方は、ただ静かに。しかしとても慈愛に満ちた声で私に答える。
「私は新しい世界を歓迎するためにランタンを燃やした者。 私はあなたを治す薬を持って来た医者。私は道をたどる巡礼者。」
そうして、一度、話をやめて。
ただ真っ直ぐに私を見た。とても穏やかな沈黙が流れる。私はそれに、涙を流して。
「私についてきなさい、」
その言葉に。私はそう、目をつぶる。
そうしてただその時を待つ。その方の手が、私をすくい上げるのを。
起きるために。
──が。
「……あつっ!?」
瞬間、首元に熱が。
思わず身体は跳ねて、よろける。バランスを崩して転んでしまった。
突然の熱さに顔を顰めて首を抑えるが、不思議なことにその次の瞬間には何事も無かった様に身体は正常に戻った。
何が起こったのかわからなくて、ぱちぱちと瞬きをする。
「……オーケストラさん?」
それは自然とこぼれた言葉。首の熱は、きっと。
……オーケストラさん、きっと、何かから、私を護ってくれたのだろう。
「邪魔だ。」
「え?ペストさん?」
「……その呪い、私が解きましょう。」
「呪い……?」
「首のそれです……。よりによって首。まるで首輪だ。穢らわしい。」
珍しくペストさんの声が荒々しい。
怒りと共に、羽が伸びてくる。首にそれは触れようとしたが。
「……お嬢さん、動かないで。」
私は避けた。
「これはいいんです。」
「は?」
「これは、このままでいいの。」
首に触れた手を動かして、ゆっくりと撫でる。
私を護ると、オーケストラさんは言ってくれた。そして本当に何度も助けてくれた。
今だってそう。オーケストラさんが護ってくれているという事実だけで、私は救われている。今日もこの仕事に、勇気を持てる。
「それは、呪いです。あなたの魂を穢す。」
もしかしたら、ペストさんの言う通りかもしれない。
首のそれは穢れなのかもしれない。呪いなのかもしれない。
「それでもいいよ。」
ならば私はその呪いを受けようと思う。
私はオーケストラさんを信じている。彼は私を危ない目に合わせることなんてしないと。
あの日、会社でも同僚でもなく、自分を信じればいいと言ってくれたオーケストラさんを。
馬鹿みたいに、疑うことなく信じると。決めたから。
私が笑うと、ペストさんはもう何も言ってくれなかった。
……せっかくの好意を断って、怒らせてしまっただろうか。嫌われてしまったのかもしれない。
それは悲しいけれど、どうすることも出来なくて、別れの言葉を告げて収容室を後にする。
次の仕事に向かわなければならない。
ユリが帰ったあとの収容室は、どこか重い空気が流れていた。
残されたペスト医師はただじっと閉まった扉を見つめる。
苦しくて仕方なかった。
辛くて仕方なかった。
振り払われた救いの手。もう彼女を救うことは出来ないのかと。
ペスト医師が悲しみに暮れている時、収容室の扉が開く。
ペスト医師は彼女が戻ってきたことを期待したが──。残念ながら入ってきたのは男性だった。
それに分かりやすく落ち込む自身の気分を、ペスト医師は内心笑いながら羽を広げる。
「私についてきなさい、」
先程と同じ言葉を、ペスト医師は男性にかけた。
彼は一筋の涙を零して、ふらふらと寄ってくる。
その小さな、弱い身体を優しく、丁寧に包んだ。
それはとても神聖な〝儀式〟である。
部屋は紫の光に包まれ、男性にある印を付ける。
印と言っても、それは祝福の証だ。〝ペスト医師に選ばれた者のみが得られる証〟。
男性はその印に感謝する。そうしてペスト医師を敬い深くお辞儀をした。
ペスト医師はその姿を見て、数を数えていた。
あと六人、と。
洗礼を受けたのは、彼で六人目だった。だからペスト医師にはあと六人必要だった。
「私が祝福した使徒たちは、汝らが身を置いた邪悪な道を離れ、私を見つけるだろう。」
それはペスト医師の声ではなかった。
「時が来れば、私は汝の罪を許し、汝らが暮らす土地に降りる。」
しかしペスト医師の身体から出ている声である。
「……大丈夫です、お嬢さん。必ず私が救います。例えその首の皮を剥いだとしても。」
「私は、あなたの人生を世界の破壊と終わりから救います。あぁどうか……、私を信じてください、ユリ。」
Plague □□□□□□
大変お待たせしました……。
今回からまたコメント返信再開していきます。不定期ですみません……。
お返事出来なかった皆さん申し訳ありませんでした。
暖かい言葉ありがとうございます!!とても励みになりました……。