【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
葬儀屋さんの言葉に、ダニーさんは俯いたまま動かない。
私はかける言葉を見つけられないでいた。……あまりにも、酷い事実だ。
「見つけた、」
「えっ」
「ぐっ……!?」
暗い空気の中、ひとつの打撃音が。
そちらを見ると葬儀屋さんが頭を抱えてうずくまっている。そしてその後ろには。
杖を持った、アイが。
「……ユリの大きな悲鳴が聞こえたから、向かってみたけどいたのは変な団子だけ。……お前……私のユリを連れ回してどういうつもり?」
アイは恐ろしい顔で蹲る葬儀屋さんに杖を振り下ろそうとしてた。
打撃音ってアイが杖で殴ったの!?
慌てて止めに入ると、アイは打って変わっていつも通りの可愛い顔でふにゃっと笑う。
「ユリ!無事でよかったわ!大丈夫っ、私が来たからにはもう安心よっ!」
「来てくれてありがとう!!でもまって葬儀屋さんは私を助けてくれたから!!」
「え?そうなの?」
きょとんとしているアイは可愛いけれど、この子この見た目ですごい力なのだ。
殴られた葬儀屋さんは大丈夫だろうか。いや未だ立ち上がれないのを見ると絶対大丈夫じゃあないだろう。
「そうなの!その、団子みたいなのに襲われそうになってたとこを、葬儀屋さんが助けてくれて!」
「……こいつが?」
「彼がいないときっと私死んでたから!!本当に助かったの!!」
「…………………」
「?ア、アイ?」
「……ユリを護るのは私なのに。」
「えっ。」
アイ、その反応は予想外なんだけど。
目が暗くなっているアイに私は慌てる。アイは、揺らりと一歩踏み出して、私との距離を狭めてきた。
思わず後ずさりしてしまう。それが気に入らなかったのだろう。
「っ!ア、アィ、」
「ねぇ?」
肩を掴まれ、強く引き寄せられた。
私とアイの距離はもう数センチしかない。アイの苛立ちを孕むため息が唇にかかって、震える。
「……ユリの、ヒーローは私だけ。よね?」
「え、」
「……百歩譲って。あなたが他の人に助けられるのは、許すわ。私が来るまでの間、時間を稼ぐ人は必要だしね。」
「え、え。」
「……でも。許さないわよ。」
「…………な、なにを……?」
「あなたを救うのは私。私だけ。わかった?」
「ひぇっ、」
怖いよ!!このアイ怖い!!
と、心は叫ぶが、ここでそんなことは言えない。
アイの目は今にでも人を殺しそうな、真っ暗な色をしている。いつものあのキラキラした宝石の目はどこに。
黙り込む私にアイはより顔を近づけてくる。あと少しでも動いたらゼロ距離だ。威圧感がすごい。
「返事は?」
「かしこまりました!!」
思わず叫んで返事をすると、アイはニッコリと笑った。
その笑顔がいつも通り可愛くて、安心してしまう。ほっと息を着くと、くすくすと笑い声がきこえた。
「いい子、忘れないでね。」
「!?」
ちゅっと鼻にキスをされた。
「スキンシップが過ぎるよ!!」
「あらあら、ごめんなさい。」
この美少女は。強く睨むも悪戯に笑われて効果なし。
思わずため息をつく。
先程までの緊張はすっかり解けてしまった。だいぶ頭も冷静になって、私はもう一度、現状を振り返ることにする。
「……あの、葬儀屋さん。あの黒い塊が、元々は人間だったって……、本当、なんですよね。」
「……えぇ、そうですよ。それも……だいぶ最近変形したようですね。」
「そんなのもわかるんですか……?じゃあ、どうして……、あんな風になったかは、わかりますか、?」
「いや、そこまでは……。」
「恐らく、死体同士がくっついて、突然変異みたいなのを起こしたんじゃあない?」
「突然変異?」
そう言葉にしたのはアイだった。
「私、あれと似たようなのと昔戦ったことあるわ。」
「本当に!」
「えぇ、趣味の悪いマッドサイエンティストがいて……。そいつは生きている人に薬を投与して、人体実験を行ってたの。」
「薬……、」
「生きてる間も酷い副作用があったらしいけど、その副作用の最終段階が、あれと似てたわ。人体が死んだ時、放置された死体がくっついて、突然変異を起こしたの。」
「えっと……つまりあれって死んでるの……?ゾンビみたいな感じなのかな。」
「そこまでは詳しく知らないけど……、あれ、多分そこまで頭は良くないわ。」
「そうなの?」
「対面した時、私にも襲いかかってきたけど。あまりにも動きが単純すぎる。多分あれ、動きとしては止まることと前進しか出来ないわよ。後ずさったりとか出来ないと思うわ。」
「……あんまり強くなさそう?」
「うーん……力としては、あの時と同じなら強いと思うわ……。あの時は、小回りが効く場所で、回り込んで倒せたけど。ここは……狭いから……。」
「……。」
二人の話が、どこまであの黒い塊の正体に当てはまってるかは分からないけれど。
私とダニーさんを襲ってきたのだから、危険なアブノーマリティであることは変わりない。
Xさんに得た情報をメッセージで送る。……指示を待たないと。
「とりあえず、もう少し離れた場所に行きましょうお嬢さん。」
葬儀屋さんがそう手を差し伸べてくれた。が。
パンっ!と、葬儀屋さんの手は叩かれた。
「いっ……!?」
「ア、アイ。」
「ユリは私と手を繋ぐの!!」
まるで猫のように威嚇するアイに苦笑いする。
言葉だけ聞いてるとすごい独占欲だ。
けれど、友達を取られたくない気持ちは私にもわかる。自分の友達が、知らない人と仲良くしていると幼い独占欲が生まれてしまったりする。
アイは純粋で素直だから、そういう感情も素直に出してしまうのだろう。
「……そうだね、手繋ごうね、」
「!うん!!」
これ以上ないくらいの満面の笑み。なんだか可愛い妹みたいだ。
葬儀屋さんはそんな私たちを見て、分かりやすく手をやれやれと広げる。
私はそれにどう答えることも無く、ただ気まずく目を逸らした。
そうして、今度は彼の元に近づく。
「……ダニーさん、」
「……、」
「あの……、ここを離れましょう。もう少し、人のいる所に移動した方がいいです。」
「……、」
どう声をかけてもダニーさんは俯いたまま動いてくれない。
アイはつまらなそうに、早く早くと私の手を引っ張る。けれど、ダニーさんを置いていくわけに行かない。
「……当初の予定通り、指示に従ってチーム本部に戻りましょう?ね?」
「……、」
「……ダニーさん……。」
どうしよう。
相当ショックが大きいようだ。
……気持ちはわかる。私よりもダニーさんは、レナードさんと付き合いがあったろうし。
私だって、全くショックなわけではないけれど。きっとダニーさんが受けた衝撃は比では無いのだろう。
「……ダニーさん、あれ、元々はレナードさんだったかもしれないですけど……。
アイ達が言うには、死体、なんですって……。レナードさん本人が、アブノーマリティになったと言うより……、多分、レナードさんの死体が使われて、あれになったんだと思うんです……。」
「……、」
「だから……、………。残酷だし、悲しいけど。……もう、あれがレナードさんなんて考えない方が、」
「……死んだらレナードじゃあないんですか、」
「……え。」
「……死体は、もうレナードではないんですか?」
「え、えっと……。」
ダニーさんの声が私に突き刺さる。それは鋭さを持つ言葉だった。
少しでも元気を出して欲しくて言葉を選んだが、軽率だったかもしれない。
何も言い返せずに肩を竦めてると、ダニーさんはそんな私の横をスタスタと通り過ぎてしまった。
「ダ、ダニーさんっ、」
私は慌ててその背中を追いかける。
方向はあっている。動いてくれてよかった。けれどきっと、ダニーさんのことを怒らせてしまった。
落ち込んでいると、手を強く握られる感覚。
そちらを見るとアイがニコニコと笑っている。その笑顔に、私はどこか救われて。いつもよりも強く握り返した。
蝶「こいつ全部持ってくやん」
ごめん葬儀屋さん、恋する乙女は強かった。