【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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Mountain of Smiling Bodies_10

遠い昔、人々は死後、小さな翼をもった美しい存在になれると信じていた。

 

あなたはなれましたか?

 

 

 

 

 

 

 

 

一番いいルートを、とだけ考える。

集中してないと、きっと泣いてしまうから。

 

「葬儀さん!このまま真っ直ぐ、階段降りて!」

 

エレベーターは使えない。閉じ込められたら一貫の終わりだ。

それに誘導には向いていない。

後ろを見たいが、動いたら葬儀さんの邪魔になるだろう。

足音の感覚は変わっていない。ちょうどいい距離のはず。大丈夫、と信じるしかない。

このまま行けば。大丈夫。絶対、大丈夫。

驚く程に頭は上手く回った。冷静とは程遠い心境だけれど。

 

「……ユリさん、」

「なに!?」

「さっきの意味ですが、簡単に言うと、私はきっと天国にはいけな、」

「今その話いいからぁ!!」

 

またその話!!今の状況考えよう!?

葬儀さん、だいぶマイペースだよね!?

表情はわからないけれど、葬儀さんは冷静に話を続けようとしている。

この状況に、彼は微塵も恐怖を感じていないのだろうか。

 

「大事な話なんですよ。」

「でも時と場合によるよ!!」

 

ズシンズシンという音をBGMに何を言ってるのだろうこの人は。

それでも私の声を押しのけて言葉を続ける葬儀さんに、協力してもらってる身とは言え苛立ちも感じた。

 

「もぉぉ!!看取るとか!そんなこと言わないでよ!その前に死なないでよ!!生きようよバカぁ!!」

「!」

 

それに、それ以前に何を縁起の悪いこと言ってるのだこの人は。

 

「この状況だと洒落にならないから!!めっちゃ生きる!位言ってよ馬鹿!!」

「……ユリさん、」

 

生きるか死ぬかの今、死ぬなんて冗談でも言わないで欲しい。

笑えないわ!!フラグか!!

思わず叫んだ言葉に葬儀さんはなにか言おうとする。

これ以上死ぬなんて言ったら後で絶対正座させるって決めた。説教一時間コースだ馬鹿!!

 

その時。

 

────ウォォォォォォッ!!

 

「ぅっ!?」

「ぐっ……!」

 

大きな、悲鳴なのか叫び声なのかが、私たちの身を襲う。

その声はあまりにも大きく、地面が揺れるような感覚になる。

葬儀さんは身体のバランスを崩して、転んでしまった。

それでも私のことは庇ってくれたようで、私は尻もちを着いただけで済んだのだが。

 

「っ、ぅ、そうぎさ……っ、」

 

葬儀さんはその場に倒れてしまった。

音は私の耳から入り、脳を揺さぶる。

視界も頭もグラグラする。耳が痛い。

自分の声は聞こえるから、鼓膜は、破れてないのかな。

上手く動かない頭。それでも、早く動かなければ行けないのはわかる。

葬儀さんの体を揺する。けれど痺れているのか上手く動けないようだ。

私を運んでいた葬儀さんは、私の壁になった。

きっと私以上の衝撃を受けたのだろう。

 

私の、代わりに。

 

ズシン、

ズシン、

 

「っ!」

 

近くなった足音に、はっとした。

近い。

近付いてきている。

距離が。

頭が一気に白に染る。鼓動の早さが増す。

 

追いつかれる。

 

私は考えるよりも先に、葬儀さんの体に腕を伸ばす。

両手で思い切り壁の方に押しやった。

少し重かったけれど、抵抗なく葬儀さんは廊下の隅に転がってくれる。

 

そして走り出す。前に!!

 

走れ!!考えるな!!何も考えるな!!

とにかく早く!早く収容室に行け!!

 

音は近付いてくる。

 

足がもつれそうになる。

足の指が震えてるのを感じる。

でも!転んでる暇なんてない!!

あぁ!早く、と急かしても足が着いていかない!!

早く!!追いつかれるな!!

 

誰か、と叫びたくなるけど。

叫んでる暇も、ない!走れ!!

 

「!」

 

目標の収容室が見えてくる。

扉は開いている。

後は、中に入るだけ……!

 

勢いよく、中に入った。

 

半ばスライディングしたような形で、ずるっと膝が床にこすれた。

膝は、熱くて痛い。けれど身体は、もっと熱い。

ひーっ、ひーっ、と、聞いたことない呼吸が私の喉を通る。

喉も痛い。頭も、まだグラグラする。

それでも、たどり着いた収容室に涙が出そうになった。

全身から力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまう。

 

間に合った……!私、生きてる……!

 

はぁ、と強く息をついて、そのまま体が倒れる。

収容室の冷たい床が気持ちいい。

奪われていく体温。身を委ねて、そっと目を閉じた。

 

ズシンッ、

 

「………っ!!」

 

床に響く音が近くに聞こえた。

そこで思い出す。

 

そうだ。

収容室から、出られるようにしておかないといけないんだ!

 

慌てて私は立ち上がる、扉の横に行って、直ぐに逃げられようにしないと……!

 

「ぅ、」

 

その時、部屋に異臭が立ち込める。

その臭いに気分が悪くなって一瞬下を向いてしまった。

それは本当に一瞬で、すぐ顔を上げた。そんな暇はないと分かっていたから。

けれど。

もうそこに、それはいたのだ。

 

「ぁ……、」

 

いくつもの白い顔が私を見ている。

黒い空虚な目と口は、どこまでも暗く吸い込まれそうで。

顔が、顔が。私を。

震える足は後ずさる。逃げようとしている。

しかし収容室は狭い。直ぐに後ろは壁で。

 

「ひ……ぅ……っ、」

 

恐怖にぶわっと涙も汗も溢れてきた。呼吸が、上手くできない。苦しい。

助けを呼ぼうと口を動かすのに、声が出ない。パクパクと開閉を繰り返しているだけ。

 

死ぬ。

 

その一文字が私の頭にくっきりと姿を現した。

強く、目を瞑る。瞑ったところでどうともならない。けれど、私は。死にたくない。

 

死にたく、ない…………!

 

何かが、私の頭に触れた。

それに目を開けると、もうそれはゼロ距離だ。

私の頭に乗ってるのはその前足で、ザラザラとも、ベタベタとも言える何かでできたそれが、頭に。

恐怖で本当に声が出ない。苦しい。息だけが熱く漏れる。

その前足で、私の首は飛ぶのだろうか。それとも顔がぐちゃぐちゃになるのだろうか。頭に穴が空くのだろうか。

怖い、あぁ、怖い。神様、誰か、お願い、助けて、死にたくない。死にたくない、の。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え……?」

 

……聞いたことのある、声がした。

恐怖がふっと、蝋燭の灯のように消える。

予想打にしなかった言葉。じっと目の前の塊を見つめる。

 

『ごめんな、』

 

塊の中、ひとつの顔が口を動かしてる。

その顔は歪んでいて、口が動いていてもどこから音が出ているのか分からない。

 

『ごめんな、』

「……レナード、さん、?」

 

それは、レナードさんの顔から聞こえた。壊れたビデオのように、何度もただ同じ言葉を繰り返す。

私はその顔に手を伸ばす。触れていいものでは無いかもしれない。それでも触れたかった。

 

もしかしたら。

 

もしかしたら、まだ、生きてるのかもしれない。

もしかしたら、まだ、体温があるかもしれない。

なら助けないといけない。

 

けれどそれより前に、私はレナードさんに返事をしないと。

謝ってくれたのだ。許さなければ。

もういいですよと言おうとした。私はもう彼に怒ってなんていなかった。

正直、辛い言葉をかけられたことなんて忘れていたのだ。

そんな感情、とうに時間に流されてしまった。

 

けれど、レナードさんは。

そこでずっと一人、止まったままだったの?

ずっと、私に謝ろうとしたままだったの?

 

「……もう、いいです、もういいの、」

 

許します。

そう言おうとした時だった。

 

ブツッ

 

「え……、」

 

何かが切れる音がした。

目の前の塊が、ふわっと浮く。

驚いて私は咄嗟に身構えるけれど、襲ってくる気配はない。

というよりも、それはその塊が自ら動いたと言うよりは──。

 

「……ふざけんじゃないわよ、」

 

声が聞こえたと思ったら、その塊が浮いたまま、横に高速移動した。

ぶわっと風と異臭が私の顔にかかる。込み上げてくる吐き気によろけると、収容室の扉近くに人影がある。

バチンッ!と、壁にぶつかる音がした。なんだ。なにが、起こってるのか。

状況を把握したくてよく目をこらす。扉前の人影は女性だ。アイスブルーの長い髪が揺れる。

 

「……え、アイ……?」

 

私はその人を知ってる。……アイだ。

どうして、と思ったがそれよりも先にまた暴風が私を襲った。

先程より濃くなる異臭に今度はうぇっと嗚咽を漏らしてしまう。

鼻と口を手で抑えるけれどあまりに強い臭い。立っていられなくてそのまま床に膝をつく。

何とかアイの方を見る。何をしているのだろう。彼女は両手で杖を持って。振りかざして、そして思い切り振って。

 

バチンッ!

 

「後悔して……後悔して……死ねっ!!」

 

レナードさんの顔が、壁にぶつかって潰れる。元々ぐちゃぐちゃだったのに、そんなことしたら。

アイは、塊に杖を刺して、串刺しのようにして持ち上げていた。

そして何度も振って叩きつける。ぐちゅっ、ぐちゃっ。音ともに広がる異臭。

レナードさんの鼻が、おでこが、口が。潰れて、割れて、割れた皿のようにバラバラになる。

 

私は叫んだ。止めて!

精一杯の叫びだった。

 

「……ユリ、」

 

声が届いたのか、アイはポイッと杖をそのまま投げる。

べちゃっと湿った鈍い音。床に伏せた塊に駆け寄る。

レナードさんを探すけど、もう、どれが彼だったのかわからない。

形の残らないレナードさんを見て、それが何だかとっても悲しくて。

 

レナードさんと私は決して仲良くはない。

きっと彼が今生きていても、私達は仲良く出来ないかもしれない。

 

それでも、それでも。

 

『俺達はどんな手を使ってでも、その化け物を収容し管理しなければならない。』

 

彼は真面目な人だったことくらい、わかってる。

 

「ごめん、なんて……そんなこと、死んでからも、気にしないでくださいよ……。」

 

私は許しの言葉を伝えたけど、ぐちゃぐちゃになってしまった彼に届いているのだろうか。

……届いてるはずない。どの顔だったかも、どこが耳だったかすらも分からないんだから。

気がつくと涙が溢れていた。ただ目の前の死が悲しくて辛かった。

 

ねぇ、レナードさん。もっと、伝えるべき相手がいたと思いますよ。

 

脳裏に過ぎったのはダニーさんだ。

私よりも、彼へのお礼の方があなたにとって大切だったんじゃあないだろうか。

彼はきっと、ずっと。私よりも。

あなたの事をちゃんと覚えていたと思いますよ。

それなのに、どうして私だったんですか。

……馬鹿な人。

 

「どうして?」

「……?」

「ねぇ、どうしてよ、ユリ。」

「え……っ!?」

 

ドンッと、押される衝撃。そのまま倒れた私の体は盛大に頭をぶつける。

痛みに目の前がチカチカする。ブルーの髪が垂れて、私の顔にかかる。

 

「ア……イ?」

「どうして、ねぇどうして。」

「ぅ……!?」

 

首に絡みつく手。そのまま、圧迫される。

 

「ねぇ、ねぇ、なんで私を置いてったの、なんで私を頼らなかったの、ねぇっ!!」

 

雨が降ってくる。その冷たさが私をなんとか現実に引き止める。

それでも苦しさに目の前は霞んでいった。酸素を求めて開いた口。雨は塩辛い。

 

あぁ、アイ。泣いてるの?

 

「ぁ……い、けが……、」

「なに!なによぉっ!?なんで、私は、あなたを守るためにいるのに、なんで私じゃなくて、あんなやつを……!!」

 

ぐっと、よりいっそう強くなる締め付け。

私は何とか手を伸ばして、白い頬に触れた。

ごめんね、ごめんなさい。アイ。

 

「け……が、させちゃって、ごめん、」

 

私は色んな人を。傷つけてばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





長々コメント返信ができず申し訳ございませんでした。
プライベートも落ち着いてきたので今回からしっかりまた返せたらと思ってます。もし何かあったらコメントいただけると嬉しいです。

今回ごちゃごちゃした話になってすみません。あと近々アンケートとるかもです。次の話を誰にするか迷ってます。その時はご協力いただけると嬉しいです。


今回も読んで下さりありがとうございます。
みんな本当に大好きやで。読者推しぴ。(そういうとこだぞ)


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