星に願いを(続ああ、無情。)   作:みあ

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この小説は前々作「ああ、無情。」、前作「リトルプリンセス」の続編になります。 
まだお読みでない方はそちらから先にご覧下さい。


第一話:悲劇の旅立ち

 走る、走る、走る、走る、走る……。 

 私は真っ暗な森の中を駆けていた。 

 まっすぐ北東へと行けば、街に辿り着く。 

 私を逃がすために城に残った少女の言葉を思い出す。 

 青いリボンで髪をまとめた、私よりも年下の少女。 

 彼女のためにも今は生き延びる。 

 そう心に決めた私は、休むことなく走り続ける。 

 慣れない全力疾走に身体は悲鳴を上げている。 

 でも、立ち止まるわけにはいかない。 

 せめて、勇者様にこの危機を告げなければ。 

 私の国は、ムーンブルクは、魔物達の襲来によって滅びたと言う事を。 

 

 

「『勇者様が仲間達と共に魔王を倒してから、100年の年月が流れました』、か」 

 

 最近、編纂された歴史書を閉じ、ご先祖様に思いをはせる。 

 きっと勇者様の戦いは華麗だったのだろう。 

 真っ青なロトの鎧や盾、兜に身を包み、ロトの剣を颯爽と振るわれたに違いない。 

 幼い頃、おとぎ話によく聞かされたものだ。 

 

『姫様は勇敢な勇者様の血を受け継いでいらっしゃるのです。決してそれに恥じるような行いはなさらぬように』 

 

 まだ幼い自分に言い聞かせてくれた乳母の声が今も耳の奥に残っている。 

 実際に私は勇者様に出会った事があるらしい。 

 でも、正直さっぱり覚えていない。 

 覚えているのは、私に勇気をくれた男の子と銀色の髪の不思議な女の子の事。 

 髪を結んだリボンに手を遣る。 

 リボンは永遠の絆の証。 

 これを見た時のお父様とお母様の驚きようが今も鮮明に思い出せる。 

 あの小さかった男の子は、今はどんなに成長しているのだろう。 

 私のために勇者になると宣言した少年の一生懸命な顔を思い出す。 

 

「ふふふっ」 

 

 思わず笑みが零れる。 

 歴史書を本棚に仕舞い、窓辺に近付く。 

 空は澄み渡り、城下の人々の暮らしが垣間見える。 

 

「昔、あんな事があったなんて、夢みたい……」 

 

 13年前の流星雨の夜、世界は災厄に見舞われた。 

 突然の魔物達の襲撃。 

 多くの人々が傷付き死んでいったあの夜。 

 街は炎に包まれ、兵士達が目の前で次々と倒れていく。 

 あの光景は決して忘れる事は出来ないだろう。 

 

「残念ながら、夢ではありませんよ」 

 

 私の呟きに答える声が背後から響く。 

 驚いた私が振り向くと、そこに立っていたのは一人の少女。 

 金色の髪に蒼い瞳、頭の後ろで結い上げた髪を青いリボンで結んでいる。 

 見た所、まだ12、3才くらいの少女だが、腰には剣を下げ、旅の剣士のような装いだ。 

 でも、どこか凛とした気品のような物も感じられる、不思議な少女。 

 彼女は口元に微笑を浮かべ、さらに言葉を紡ぐ。 

 

「申し遅れました、セリアさま。わたくしは、サマルトリア王国第一王女マリナと申します」 

 

「え? ええっ!?」 

 

 思いがけない言葉に、私は驚く事しかできなかった。 

 

 

「では、君は警告をするためにここに来たと?」 

 

「はい、結果的にはそうなります」 

 

 お父様、いえムーンブルクの国王とサマルトリアの王女との緊急会談に私も同席している。 

 なんでも世界に危機が迫っているとか。 

 正直、実感がわかない。 

 13年前の戦いを忘れたわけではない。 

 むしろ、13年も経っているのに何故今さらという気持ちが強い。 

 

「既にわたくしの配下の者が方々にて警戒をしております。近日中に何らかの動きがありましょう」 

 

 お父様はその言葉に何やら考え込んでいる様子。 

 そんなお父様に、マリナ様はさらに言葉を連ねる。 

 

「兵士達を郊外に配置してはいかがでしょうか? 何かあれば、すぐに連絡させるという事で」 

 

 その言葉に、お父様も決心したらしい。 

 すぐさま、軍の代表者に命令を下している。 

 少女の方を見ると、こちらの視線に気付いたのか、笑いかけて来た。 

 

「セリアさまは、ローレシアの王子さまと婚約しておられるそうですね?」 

 

 想像もしていない質問に、自分の顔が火照っていくのがわかる。 

 そんな私の様子に微笑みを浮かべている少女の姿に、余裕のような物が窺い知れ、本当にこの子は年下なのだろうかと訝ってしまう。 

 

「あ、あの……、はい」 

 

 幼い頃に数日を共に過ごしただけで、それからは手紙の遣り取りだけである事を告げる。  

 

「まあ、そうなのですか? てっきり、もうあらぬ関係になっているのではと思っていたのですけど」 

 

「あらぬ関係? どういう意味ですか?」 

 

 さっぱり意味の判らない言葉に、思わず聞き返す。 

 

「まあ、判らないのでしたら、それに越したことはありませんわ」 

 

 少女は明言を避けながらも、追及の手を緩めない。 

 

「時に、あの方の近くには『ローレシアの妖精姫』と呼ばれる方がおられると聞いておりますが?」 

 

 痛い所を突かれてしまった。 

 私も彼女の噂は耳にした事がある。 

 銀色の髪に青い瞳、とても美しい、まるで妖精のような容姿を持っているとか。 

 幼い頃に出会ったあの少女の成長した姿である事は容易に想像がつく。 

 

「大丈夫です。……大丈夫なはずです」 

 

 確かに最近の彼からの手紙には、彼女が登場することが多い。 

 いつも一緒にいる『姉さん』がいつか『恋人』になる可能性は捨てきれないのだ。 

 そばにいられない事がこんなにもつらい事とは思いもしなかった。 

 苦悩する私を見かねたのか、マリナ様が自分の事を話し始める。 

 

「実は、わたくしも恋焦がれている方がおりますの」 

 

 夢を見るように、遠い視線を天井へと投げ掛ける姿に、やはり年相応の少女なのだと安心する。 

 

「では、そのリボンはその方から?」 

 

 青いリボンを指差すと、少女はどこか気落ちした様子を見せる。 

 

「いえ、残念ながら、これはあの方への愛を表現しただけなのです。まだ、この姿でお逢いした事はありませんわ」 

 

 彼女の言葉にどこか違和感を覚える。 

 『この姿で』とは一体どういう意味なのだろう? 

 

 だが、それを問いただすよりも早く、お父様から声を掛けられる。 

 

「マリナ王女。君の言う通り、兵士達の手配も今夜中には完了するだろう」 

 

「ありがとうございます」 

 

 マリナ様は、深々と頭を下げる。 

 そして、この会談はお開きとなった。 

 

 

 バルコニーに出て、星がきらめく夜空をそっと見上げる。 

 同じ空をアレンも見ているのだろうか? 

 とりとめのない想いが頭に浮かぶ。 

 

「流れ星に願い事をすると夢が叶う、と昔、あの方が教えてくださいました」 

 

 いつの間にか、背後に立っていた少女がそう呟く。 

 会った事が無いのに昔というのもおかしいとは思ったが、気にしない事にする。 

 

「流れ星に、ですか?」 

 

 13年前の災厄以来、流れ星は凶兆を示す物として忌み嫌われている。 

 それがあの戦いを経験した者の共通認識なのだ。 

 考えてみれば、この子の年齢は13才。 

 あの夜に生まれたのだと聞いたことがある。 

 あの時の戦いを知らないのなら、この気持ちはわからないだろう。 

 その皮肉をこめて、言葉を返す。 

 

「ええ、正確には流れ落ちるまでに願い事を3回唱えるのだそうですよ」 

 

 知ってか知らずか、澄んだ笑顔を見せる少女に、自分が浅ましく思えてしまう。 

 見上げた空には流れ星が一つ。 

 思わず願い事を心の中で唱える。 

 

『アレンに会いたい、アレンに会いたい、アレンに会いたい』 

 

 流れ落ちる前に言えたと思う。 

 ふと隣を見ると、こちらを見て微笑む少女の顔。 

 

「その願い、きっと叶いますよ」 

 

「……マリナ様はどんな願い事をしたんですか?」 

 

 照れ隠しに、少女に願い事を尋ねる。 

 

「ふふふ、セリアさまと同じです」 

 

 年相応のはにかんだような笑みを見せる彼女の姿を見て、彼女との距離が縮まったような気がした。 

 

「さて、そろそろお部屋に戻られた方がよろしいですわ」 

 

 彼女の言葉に促されて城内に戻る。 

 

「あっ、マリナ様、申し訳ありませんが、今少しお付き合いくださいませ」

  

 部屋に戻る前に、祭壇へと向かう。 

 祭壇には13年前の戦いで命を失った者達が祀られている。 

 夜寝る前に、ここに祈りをささげるのが日課なのだ。 

 

「あら? あの兜は何でしょう?」 

 

 マリナ様の疑問の声に答える。 

 おそらく、祭壇の上に置かれたあの蒼い兜を示しているのだろう。 

 

「あれは100年前、勇者様が魔王を倒す際に身に付けておられたと言う伝説のロトの兜です」 

 

 私の誇らしげな声に反して、少女は曖昧な笑みを浮かべている。 

 

「勇者さまの、ですか?」 

  

 その意味を訊ねるより先に、城内を突然の喧騒が包み込む。 

 

「な、何事ですか?」 

 

 少女は驚きもせずに告げる。 

 

「おそらく、大神官ハーゴンの軍勢でしょう。さあ、戦いが始まりますよ」 

 

 そう言って笑う彼女は、先程までの少女とは違い、どこか別の人間のようにも思えた。 

 

 

「こ、これは、一体、何が起こったのだ!?」 

 

 謁見の間に入ると、お父様の慌てふためく声が聞こえてきた。 

 すぐさま、マリナ様が事態を告げる。 

 

「大神官ハーゴンの軍勢による攻撃でしょう。すぐに迎撃体制を整えてください」 

 

「何っ! ハーゴンだと!? くっ、しかし本隊は郊外に配置したまま。連中は一体どこから侵入したのだ?!」 

 

 この状況で、私に出来る事があるだろうか? 

 私が使えるのは、簡単な回復呪文だけ。 

 何一つとして自分を鍛える事をしなかった事に後悔してももう遅い。 

 忸怩たる思いに歯噛みしている私を、少女が見咎める。 

 

「貴女は勇者さまの血を引いているのですよ。もっと落ち着きなさいませ」 

 

 その言葉に、小さな勇気を奮い起こす。 

 アレンに再会した時、胸を張れるような生き方をしていたい。 

 幼かったあの時にそう誓ったはずだ。 

 

「ありがとうございます、マリナ様」 

 

 私の礼の言葉に、彼女は微笑みを見せる。 

 

 そんな時、悲痛な伝令がもたらされた。 

 

「城門を突破されました! 早くお逃げください!」 

 

「お前は、マリナ王女と共にこの城を脱出するのだ! わしはこの城を守らねばならん!」 

 

「お父様!」 

 

 私の叫びを掻き消すように、轟音が鳴り響く。 

 

「では、失礼します。陛下、ご武運を」 

 

 この状況下においてもなお、冷静沈着でいられる彼女が不思議でたまらない。 

 私の手を引きながら、謁見の間を飛び出す。 

 

「うぬ! 既にここまで来ていたとは! おのれ、怪物めっ!」 

 

 お父様の声が背後から響く。 

 剣戟が鳴り、怒号があちらこちらを飛び交う。 

 

「ぎょえーーーっっ!!」 

 

 お父様の悲痛な断末魔の叫びが耳に届く。 

 

「お父様! お父様が! 離して、離してーー!!」 

 

 私の願いに耳を傾けることなく、少女は手をつないだまま真っ直ぐに突き進んでいく。 

 角を曲がると、目の前に恐ろしい風貌の魔物が立っている。 

 魔物は手に持った杖を私達の方に向けた。 

 

「危ないっ!」 

 

 少女が咄嗟に私の手を引っ張る。 

 杖から放たれた光は私を包み込み、やがて意識を失った。 

 

 

「セリアさま、セリアさま!」 

 

 誰かが私の名前を呼んでいる。 

 私、生きてる? 

 目を開けると、そこには安堵した様子のマリナ様の顔。 

 

「よかった……、身体の具合はどうですか?」 

 

 頭がボーッとする。 

 深い眠りから目覚めた後のような気分だ。 

 先程の事を思い出してみる。 

 魔物が現れて、光が放たれて……、重要な事を思い出す。 

 明らかに、外れたコースを辿っていた光の前に差し出されたような……? 

 

『さっき、私を盾にしませんでしたか?』 

 

 疑問の言葉を口に出そうとするも、何故か言葉にならない。 

 私の口から出るのは、甲高いけものの声。 

 

「そんなにキャンキャン吠えられても、わたくしにもさすがに犬の言葉はわかりませんわ」 

 

 犬? 

 私は、人間のはず。 

 その時、ふと気付いた。 

 私は立っているはずなのに、マリナ様の顔がずっと高い位置にある。 

 自分の腕を見る。 

 茶色い毛に覆われた両腕と、手のひらにはピンク色の肉球が見て取れる。 

 

『な、何ですか、これ?』 

 

 無意識にこぼれた言葉すらも、犬の鳴き声に変換される。 

 思わぬ事態に混乱する私の首を掴むようにして、少女が私を姿見に映す。 

 

 真っ直ぐにならないで困っていた少しウェーブのかかった紫色の髪。 

 その片鱗は跡形も無く、全身を茶色の毛で覆われている。 

 耳は頭の上でピンと立ち、つぶらな紫色の瞳がじっとこちらを見つめている。 

 道端で見つけたなら思わず抱き上げてしまいそうな、可愛らしい子犬。 

 どうやら、今の私はこの子犬の姿になってしまったらしい。 

 

「可愛らしくてよろしいではありませんか?」 

 

 少女が笑みを含んだような言葉を掛けてくる。 

 明らかに、彼女は面白がっているようだ。 

 私は抗議の声をあげるも、その言葉は犬の鳴き声になるばかり。 

 やがて、この状況を受け入れざるを得なくなる。 

 私が落ち着いたのを確認して、マリナ様が一つの提案を示す。 

 

「実は逃げ切ったわけではありませんので、二手に分かれるとしましょうか」 

 

 少女が、私の首を掴んだまま、窓の隙間から外へと手を伸ばす。 

 

『駄目! 私一人で逃げるなんて!』 

 

 叫んでも、彼女には届かない。 

 

「貴女のために皆が命を張ったことをお忘れなきよう」 

 

 兵士達の顔が、お父様の顔が頭に浮かぶ。 

 それでも、誰かを犠牲にして自分だけが生き残るなんてしたくない。 

 

「実を言いますと、正直貴女を守りながら戦う自信が無いのです。ぶっちゃけ、邪魔です」 

 

 そう言うと、少女は手を離す。 

 私の身体は自由落下に身を任せ、地面に難なく着地する。 

 この犬の身体だからこそ出来る芸当だろう。 

 

「北東に走れば、ムーンペタの街に辿り着けるはずです!」 

 

 少女の声が響く。 

 私は走り出そうとして、ふと気付く。 

 

『北東って、どっち?』 

 

 いつの間にか、空には暗雲が立ち込め、辺りは真っ暗になっている。 

 方向を見失うのも無理は無い、と自己弁護しておく。 

 その時、再び少女の声が響く。 

 

「右上に真っ直ぐです!」 

 

 実は、私の言葉は彼女に通じているのではないかと思う。 

 そのアドバイスに従って走り出す。 

 ……従って走り出……? ……右上? 

 

『右上って何ですか?! さっぱり、意味が判りません!!』 

 

 されど、再び彼女の声は響くことなく、その場からの逃走を余儀なくされたのであった。 

 

 

 走り続ける私の周りを、まぶしい朝の光が照らし始める。 

 その様は、決して明けない夜は無いのだと私に示してくれているようだ。 

 太陽の光に後押しされるようにして、さらに歩を進める。 

 そう、真っ直ぐ北東に向かって。 

 北東に向かって……? 

 朝日に後押しされるように……? 

 あれ? 何かがおかしい。 

 太陽は通常、東から昇る。 

 したがって、北東に向かって進んでいるのであれば、太陽は右斜め前方に見えるはず。 

 

『間違えたーーーーー!!!』 

 

 私の叫びは、遠吠えとなって、朝日に照らされる深い森に響き渡ったのであった。


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