星に願いを(続ああ、無情。)   作:みあ

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第十四話:無意識の領域

「はい、セリア。あーん」 

 

 あーん。 

 アレンが差し出したスプーンを口に含むと、酸味が付けられた魚の旨味が広がっていく。 

 私の好きな白身魚の果実煮込みだ。 

 柑橘系の果物と一緒に煮込まれた白身魚はうっすらと黄色に染まり、酸味と甘みがさっぱりとした白身魚に芳醇な彩りと味わいを加えている。 

 メインディッシュとデザートを一緒に食しているかのようなこの料理は私の子供の頃からのお気に入りの一品だった。 

 実際には10日ほどしかムーンブルクを離れてはいないのだが、この味には懐かしさすら感じる。 

 

「次はこっちかな? はい、あーん」 

 

 さっぱりとした爽やかな酸味を味わった後には濃厚な肉の旨味。 

 こちらも相当に長い時間を掛けて煮込まれた物だろう。 

 肉の繊維が口の中でほどけて、凝縮されていた旨みが口の中に広がっていく。 

 

『幸せってこういうのを言うんでしょうね』 

 

 口の中の物を飲み下すとそんな言葉が口をつく。 

 

「ほんと美味しそうに食べるよね、セリアは」 

 

 銀色の髪をした少女が傍らで呟く。 

 

「実際に美味しいんだから、しょうがないよ姉さん」 

 

 青年は宥めるように言う。 

 

「確かに美味しいけどね。こんなにたくさんの料理を出されても困るっていうか」 

 

 10人くらいが会食できそうなテーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々。 

 帰って来たその日の晩、私達を待っていたのはおじいさまが連れて来た料理人達によるもてなしだった。 

 

「行方不明だった王女様が戻って来たんだから、このくらいは仕方ないんじゃないかな?」 

 

 パンを小さくちぎりながら、コナン王子が口を挟む。 

 焼き立てでしか味わえないそのサクサクとした食感がちょっとした贅沢感を与えてくれるというのは言い過ぎだろうか。 

 

「そうだね。次はパンがいいかな、セリア?」 

 

 どの料理が欲しいのか、明確に伝えているわけでもないのに次々と食べたい物が差し出されてくる。 

 どうしてアレンには私が食べたい物がわかるのだろう。 

 やっぱり、私とアレンは深い愛情で心が繋がっているに違いない。 

 

「どうしてセリアが次に食べたいのが何かわかるの?」 

 

 フィーが私と同じ疑問を抱いたらしい。 

 けれど、私はもう2人の心の繋がりがなせる業だと結論付けている。 

 疑問を挟む余地はない。 

 

「そんなの簡単だよ。ほら、よく見てて」 

 

 アレンが料理の盛られた皿を順々に私の前に差し出しては引っ込めていく。 

 ふと、その中のサラダに少し心が惹かれた。 

 

「あ、わかった。次はサラダが食べたいんでしょ、セリア?」 

 

 えっ? あれ? どうして、フィーにも私が食べたい物がわかるんでしょうか?  

 

「あーなるほど。ボクにもわかった」 

 

 コナン王子にまで? 

 私にはさっぱり理由がわからない。 

 

『どうしてわかるんですか?』 

 

 素直に問う私に、フィーはいたずらっぽく笑いかけてくる。 

 

「やっぱり、それって無意識なんだ?」 

 

『はい?』 

 

「しっぽ」 

 

 しっぽ……? 

 人間の身体には付いてないが、犬の姿をしている私には当然付いている器官の一つである尻尾。 

 これがいったい何だと言うのだろうか? 

 

「食べたい物が目の前に来ると千切れそうなくらい思いっきり振ってるけど、気づいてないんだ? なんか意外」 

 

『えっウソ?!』 

 

 そんなの全然知らなかった。 

 ひょっとして、今までもそうだったんじゃ? 

 恥ずかしさに顔が熱くなる。 

 

『だってだって、尻尾なんて普通は付いてないじゃないですか!』 

 

「それは当然、付いてないだろうけど。セリアってば、ちっちゃい頃から犬歴長いじゃない。当然知ってるもんだとばっかり」 

 

『この姿になってからまだ10日です! ……そんなに犬っぽかったんですか、私?』 

 

 その言葉にフィーが頷く。 

 

「ずーっとアレンの後ろを付いて回ってたし、アレンが用事でいない時はすっごく寂しそうだったし、何よりアレンが帰って来た時なんて……」 

  

『もういいです。フィーがどんな目で私を見てたのかよくわかりました』 

 

「もう。拗ねないでよ、セリアってば」 

 

 口を尖らせた私の頬を指先でつんつんと突いてくる。 

 

「あーもう、可愛いなこのワンちゃんは」 

 

 ワンちゃんとか言わないでください。 

 

「姉さん、そんな事言っちゃダメだよ」 

 

 はしゃぐフィーにアレンが静かに釘をさす。 

 

「セリアだって好きでこの姿になってるわけじゃないんだよ。……ないんだよね?」 

 

 どうしてそこで私に確認を求めるんですか。 

 ……そういえば、どうして私は犬の姿なんでしょうか? 

 目撃者の話によると動物に変えられた人々は様々な姿をしていたらしいし。 

 

「姉さん、セリア黙っちゃったんだけどどうしよう?」 

 

「やっぱり、そういう趣味なんじゃないの?」 

 

 ひそひそと失礼な内緒話をする姉弟を視界の隅に置きつつ、私は一人考え込んでいた。 

 そこに勇者様と守護者様がやって来る。 

 

「さっきは悪かったなセリア。でもさすがにあんな手鏡で元に戻れるとは思わないだろ?」 

 

「仕方があるまい。あるじとて悪意があったわけではない。ただどうしようもなく運が悪いだけじゃ」 

 

 全然慰めにもなってません。 

 それに最近気付いた事があるんです。 

 どうも私は勇者様の運の悪さを特に色濃く受け継いだんじゃないかって。 

 

「大丈夫だよ。セリアは僕が絶対に元の姿に戻して見せるから」 

 

「その姿に変えた術者かアイテムを手に入れれば何とかなるよ。その姿のままだと世界的にも損失にしかならないからね。ボクもアレンに全面的に協力するよ」 

 

 その言葉は嬉しいのですが、アレンはまだしもコナン王子の言葉に妙に熱がこもっているのは何故でしょうか。 

 

「本当によく食べるよねセリアは。呪いが解けたら今度は豚さんになっちゃうよ?」 

 

『心配しなくても大丈夫です、私はいくら食べても胸以外太りませんから』 

 

 そう言った私のほっぺたを両側から彼女がつまむ。 

 

『むぎゅ』 

 

「わあ何か今すごい喧嘩を売られた気分」 

 

 何故か笑顔のフィーに守護者様がうんざりした口調で声を掛ける。 

 

「仕方あるまい。父親に似た自分を不幸に思え」 

 

 父親に似て胸がないってのはどうなんでしょう? 

 当然、娘はそれに反論する。 

 

「どう考えてもお母さんに似たんじゃない。……私よりちっちゃいくせに」 

 

「ふん、馬鹿な事を言う。身長との比率を考えればわらわの方が格段に上じゃ」 

 

「そんなの関係ないもん」 

 

 私に言わせるとどちらもさして変わらないような。 

 いえ、もちろん口には出しませんけれど。 

 

「ボクはどっちもどっちだと思うけど」 

 

 はっきりと口にするのはもちろんコナン王子。 

 怒気のこもった視線が集中しても顔色一つ変えないその姿はどこか頼もしい。 

 

「まあまあ。俺はシアちゃんは最高に美人だと思ってるし、フィーもいい線いってると思うぞ?」  

 

「お父さんに言われても正直嬉しくないって言うか……」 

 

 フィーも口では文句を言いながら満更でもない様子。 

 ともすればにやけそうになる頬を押さえる仕草は同じ女である私の目から見ても微笑ましい。 

 そして、勇者様の言葉を聞いた守護者様の頬もほんのりと赤く染まる。 

 

「ふん。他の男になぞ媚を売る必要はない。わらわにとってただ一人の男にのみその魅力が伝わっておればそれで良い」

 

 その言葉が守護者様の口から発せられた途端、その場が静まり返る。 

 

「ん? なんじゃ? 何ぞ妙な事でも言うたか?」 

 

 先程の言葉が意味するところに気付いていないらしく、きょとんとした表情で周りを見渡す守護者様。 

 

「……ねえ、今すごい事言ったよね?」 

 

 耳元で囁くアレンに頷き返す。 

 

「まさかシアちゃんが人前でこんな言葉を言う日が来ようとは……」 

 

 勇者様は一人感動に打ち震えている。 

 その言葉から察するにあまり愛の言葉を口にする方ではないらしい。

 

「あのねお母さん。今思いっきり『お父さん大好き』って宣言してたんだけど、気付いてる?」 

 

「む? ……んむっ?!」 

 

 娘からの指摘を受けて少し考え込んだ後、やっと気付いたのか声を上げる。 

 

「や、いや、そういう意味ではないぞ? その、一般的にな。その、好いた男にのみ伝わっていれば、あー好いた男というのも別に特定の人間を示しているわけでもなく……その、わかるであろ?」 

 

「うんうん、わかるよ。シアちゃんが俺のことが大好きってことは」 

 

 終始にこやかな顔で受け答える勇者様の姿に何を思ったのか、守護者様が突然両腕を振り上げる。 

 

「皆の者、すまぬ。わらわの名誉のために死んでくれ。イオナむぐっ」 

 

 突然のことに誰もが動けない中、彼女の行動を阻止したのはコナン王子。 

 手に持ったパンを呪文を紡ぐために大きく開いた守護者様の口の中に丸ごと捻じ込んでいる。 

 

「魔法使いの弱点。呪文を唱えられなきゃただの人」 

 

 さすがに守護者様くらいのレベルだとただの人とは言い難いと思うんですが。

 それでもその行為が皆の命を救ったのは間違いない。 

 

「ふむむぐ、むぐうぐっ!」 

 

 涙目になりながらコナン王子を指差して何かを言おうとする守護者様。 

 口に詰め込まれたパンが大きすぎて噛み切ることもましてや口から出すことも出来ないらしい。 

 

「どうせ唱えたって発動できないんだからここまでしなくてもいいだろ、コナン」 

 

 勇者様の言葉にふと思い当る。 

 そういえば魔力不足でこの姿を維持するので精一杯だと聞いたような。 

 

「申し訳ありません、師匠。咄嗟のことでそこまで思い至りませんでした」 

 

 勇者様に対しては素直に頭を下げる少年。 

 それでも守護者様に頭を下げないところを見ると、知っていてやったんじゃないかという疑念は消えない。 

 

「はいはい、シアちゃん。あっちに行って取ろうね」 

 

 子供に言い聞かせるようにして自分の妻の手を引く勇者様。 

 

「ほもへへほれほ!」 

 

 手を引かれつつ振り向きながら何かを叫ぶ少女にコナン王子が肩をすくめる。 

 

「へっ、やなこった」 

 

 果たしてその声が聞こえたのか否か、わからないまま彼らの姿がドアの向こうに消えた。 

 そうして再びこの場に静けさが訪れたのであった。 

 

 

「ねえ、さっきのお母さんの最後の言葉って何だったの?」 

 

「多分『覚えておれよ』じゃないかな?」 

 

「あーそれで……」 

 

 先程の騒動が無かったかのように黙々と食事を口に運んでいる少年はこちらの視線に気付いたのか顔を上げる。 

 

「それでさ。セリアを元の姿に戻そうにも何の手がかりも無いのが問題なんだよ」 

 

 一瞬、何を言ったのかが誰にも理解できなかった。 

 

「……そこまで戻るんだ」 

 

 アレンが小さく呟いたことで、彼が本当にさっきの騒動を無かったことにしていることに気付く。 

 

「あー……えーと、呪文で姿を変えられたならお母さんなら何とか出来る、のかなあ? 世界最高の魔法使いとか言われてるわりに当然のことを知らなかったりするし」 

 

 呪いを解く呪文は僧侶が使う物だと信じて疑わなかったようですし、まあ確かに言われてみればどうして魔法使いの呪文なんでしょう? 

 

「わたくしとしましては竜王さまにお聞きになるのが一番だと思いますわ」 

 

 声と同時におじいさまが金髪の少女を引き連れて入口から入って来る。 

  

「また出た」 

 

「まあ。随分な物言いですこと」 

 

 フィーのあんまりと言えばあんまりな言葉にマリナ様はころころと楽しげに笑う。 

 

「道案内ありがとうございました」 

 

 そう礼を言い、頭を下げる少女におじいさまは畏まったようにお辞儀をしてみせる。 

 

「可愛らしいお嬢さんに親切にするのは男として当然の行為ですよ、マリナ王女」 

 

「あら。女性の扱いはお得意ですか? さすがはムーンブルクの初代国王さま。そこいらの男性とは年季が違いますわね」 

 

 何だろう? 何かマリナ様の言葉に含みのような物を感じる。 

 天使のような笑顔はそのままに、どこか悪意を思い起こさせるような不思議な感じ。 

 おじいさまも何かに気付いたのか焦ったような表情を浮かべる。 

 

「あの、ひょっとしてご存じで?」 

 

「ええ。わたくしに知らない事はございませんわ」 

 

 2人の間ではそれで会話が成立したのだろう。 

 やがておじいさまがさっと踵を返す。 

 

「では、ごゆっくり。その件については後ほど……」 

 

「いいえ。わたくしからはお話しすることはありません。ただ、これを」 

 

 そそくさとこの場を去ろうとするおじいさまにそっと手紙を手渡すとドアを閉じる。 

 この場に残されたのは微笑みを浮かべたマリナさまのみ。 

 

「あの、さっきのって何?」 

 

 疑問の声をあげるフィーに言葉を返すマリナ様。 

 

「何でもありませんわ」 

 

「何でもないってことはないでしょ? お兄さん、すっごいうろたえてたじゃない」 

 

 お兄さん? そういえばおじいさまとフィーは兄妹の間柄。兄と呼んでもおかしくはない。 

 あれ? そうすると……? 

 

『大叔母様?』 

 

「言わないで。それは言わないで。何か悲しくなってくるから言わないで」 

 

 私の言葉がわからないアレンとコナン王子は焦る彼女の様子を見て首をかしげる。 

 

『だって……』 

 

「だっても何もないの。私はセリアと同い年の女の子。それでいいじゃない。はいそれで決まり!」 

 

 そんな私達のやりとりを見ていたマリナ様が笑う。 

 

「何か問題でも?」 

 

「なんでもない! ないったらないの!」 

 

 必死に言い募るフィーを諭すように少女が微笑みを返す。 

 

「そうですか。では、先程のお話しも『なんでもない』ということでよろしいですね?」 

 

「うっ。あーうー……よろしいです」 

 

 よくよく考えるとおじいさまとマリナ様のやりとりと私達のやりとりは無関係なのだが、同じような状況だと思い込んでしまったフィーはそのまま矛をおさめる。 

 いつまでも話が始まらない様子に焦れたのか、口火を切ったのはアレンだった。 

 

「竜王様のお城に行けば、手がかりがあるの?」 

 

「そうですね。確実とは言い切れませんが。彼ならばシャナクも使えるでしょうし、少なからず試す価値はありますわ」 

 

 少しだけ見えてきた希望の光に心がはやる。 

 

『じゃあ! すぐにでも行きましょう!』 

 

 私の言葉にフィーは冷静に答える。 

 

「どうやって?」 

 

 え? どうやってって、それは……? 

 

『勇者様のルーラとか?』 

 

「多分ムリ。多人数だと死人が出そう」 

 

 娘にここまで言われるのってどうなんでしょう? 

 でも、考えてみれば私も彼のバシルーラでローレシアまで飛ばされた際に死を覚悟した。 

 この選択肢は選ばない方が無難だとも思えてくる。 

 

「お母さんも今はムリだろうし」 

 

 彼女の今の状態では低位の攻撃呪文すら危ういほど。 

 とても大人数を目的地に飛ばせるようなことは出来ないだろう。 

 

「海を渡るしかないか」 

 

「それならルプガナに行こう。あそこは有数の港町だし船を調達するにはもってこいだよ」 

 

 アレンのどこか諦めたような言葉にコナン王子が答える。 

 

「お兄様のおっしゃる通りですわ。まずは船を探されるのが一番の近道です」 

 

 やっと旅の目的を見出した私達は明日への活力を蓄えるのだった。  

 

「海か……」 

 

 緊張した表情を見せるアレンの姿にどこか一抹の不安を感じさせながら。


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