星に願いを(続ああ、無情。)   作:みあ

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第十五話:歴史の裏側

「あら皆様、おはようございます」 

 

 朝食のテーブルについたマリナ様が優雅にお茶を嗜んでいる。 

 私達の姿に気付くとカップを置き、何故か指先でそっと縁を拭う。 

 

「あれ? 化粧してるんだね?」 

 

 アレンの言葉でその理由に気付く。 

 おそらく先程の動作はカップに付いた口紅を拭ったであろうことに。 

 

「ええ。乙女の嗜みですから」 

 

 輝くような金色の髪を真っ青なリボンで結い上げて、微笑む彼女の唇には鮮やかな紅。 

 まだ年端の行かない少女でありながらどこか艶かしい。 

 姿形だけを見れば年相応にも思えるが、実際に会ってみるとどこかちぐはぐな印象を受ける。  

 その言動や落ち着きぶりを見る限り、誰も彼女を若干13才の少女だとは認めないだろう。 

 

「化粧なんてごわごわして気持ち悪いでしょ。よくそんなのするよね?」 

 

 そんな言葉を口にしたのは私の幼なじみのフィー。同い年の18才。 

 肩で切り揃えた銀色の髪と真っ青な瞳、少し尖った耳と整った容貌とが相まってどこか神秘的な雰囲気すら感じさせる。 

 同じ女の目から見ても彼女の美貌は際立っているのだが本人にはあまり自覚がないらしい。 

 幼い頃には腰近くまであった長髪を切ったのは何故かと問う私に、返って来た言葉は実に単純な物だった。 

 「手入れするのがめんどくさい」 

 ここで化粧を否定するのもおそらくは同じ理由からだろう。 

 

「馬鹿だなあ。その気持ち悪さを我慢して着飾るのがイイオンナの秘訣なんだよ」 

 

 そう語るのはコナン王子。 

 当年持って15才。先述のマリナ王女の実の兄でもある。 

 妹とよく似た風貌と華奢な身体のせいで少女のような外見ではあるが、彼と直接会ってそのようなかよわい印象を持つことはまずない。 

 

「ちょっと、馬鹿って何よ」 

 

「飾り気も無ければ色気も無い、無い無い尽くしじゃ男にもてないのも当然だよな」 

 

 彼の大きな特徴はその毒舌。 

 心の奥底を抉るような容赦のない言動が彼自身を窮地に陥れることも多いのだが、反省することは無いらしい。 

 現に目の前でこの何日間で何度も見た光景が繰り広げられている。 

 

「まあまあ姉さん。ありのままの自分を受け入れてくれる男性を探せばいいんだよ」 

 

 擁護になってない擁護をしながら仲裁するのはアレン。 

 今年16才を迎えたばかりのローレシアの王子様。私の2才年下の婚約者でもある。 

 性格は温和で協調性や統率力も高く、パーティーの中心的存在というのは少しひいき目が過ぎるだろうか。 

 フィーの事を姉と呼んでいるが実際には姉弟では無く、幼なじみのような関係。 

 もっとも、厳密にいえば血はつながっているのだが、彼女がその本来の呼称を嫌がるので仕方がない。 

 

「わーん、セリア。皆がいじめるー」 

 

 子供のように、明らかな泣き真似をしながらテーブルに突っ伏すフィー。 

 私はその頭を肉球の付いた前足で慰めるようにポンポンと叩く。 

 そして顔を上げた彼女に一言告げる。 

 

『おおむね事実じゃないですか』 

 

「犬に言われると本当に悲しくなるんだけど……」 

 

 そう。今の私の姿はただの子犬。本当はこのムーンブルクの王女だけれど10日ほど前の何者かの襲撃の際にこの姿に変えられたまま、未だ元に戻る術は定かではない。 

 

『犬って言わないでください。私だって好きでこんな姿をしてるわけじゃないんですから』 

 

 アレンが私の頭をそっと撫でてくれる。……この感触はちょっと好きかも。 

 

「尻尾振りながらそんなこと言われてもねえ?」 

 

 フィーの指摘に顔が熱くなる。 

 

『し、仕方ないじゃないですか。アレンに撫でられると、そ、その、ちょっと気持ちいいんですから』 

 

「えっそうなの? んーー……ねえアレン。ちょっと頭を撫でてみて」 

 

 頭を差し出すフィーに少し慌てた様子を見せるアレン。 

 

「いや、突然そんな事言われても……。セリアが何か言ったの?」 

 

「いいから撫でる!」 

 

 急かすように声をあげると恐る恐る手を伸ばす。 

 その様はどう見ても危険物に触れようとしているようにしか見えない。 

 

「ふにゅう……コホン。うん、まあまあかな」 

 

 怖々とだが頭を撫でられてどこか陶酔するような表情で不思議な言葉を発する少女。 

 皆の前だということに気付いたのか咳払いをして姿勢を正す。 

 

「二人だけで会話してないでどういうことなのか説明してほしいんだけど」 

 

 私の今の姿は子犬。当然のことだが、普通の人間であるアレン達とは言葉が通じない。 

 でもフィーは違う。彼女には妖精の血が流れているらしく動物や魔物と会話できる。 

 そのおかげで私もこうしてそれほど辛い思いをしなくて済むのは本当にありがたいことだと思っている。 

 

「セリアがね、アレンに撫でられると気持ちいいって言うから」 

 

「そ、そうなんだ」 

 

『そんなこと言わないでください、恥ずかしい……』 

 

 一瞬だけ目を合わせ、顔を伏せる。 

 あまりの恥ずかしさにアレンの顔がまともに見れない。 

 

「本当に仲がおよろしいのですね」 

 

 笑いを含んだような声でマリナ様が言う。 

 

「そりゃ、その、セリアの事が大好きだから……」 

 

 アレンの言葉に頬が熱くなる。 

 子犬の姿で良かった。人間の姿をしていたらきっと真っ赤になっていただろうから。 

 

「尻尾すごいことになってるよ?」 

 

「よっぽど嬉しかったんだね、セリア」 

 

 コナン王子とフィーの声で背後を見やる。 

 

『きゃあっ! と、止まって……! えっと、これどうやって止めるんでしょうか?!』 

 

 本人の意思とは無関係に暴れ回る尻尾に手を焼きながら、今日という一日は始まったのでした。 

 

 

 

「そういえば、お父さんとお母さんは?」 

 

 朝食を終えてちょっと一息。 

 皆でお茶を囲む席でフィーが疑問を口にする。 

 彼女の両親は100年前に世界を救った勇者と魔法使い。私やアレンの曾祖父母に当たる方でもある。 

 

「ぐっすりとお休みでしたよ」 

 

 それに答えたのは何故かマリナ様。 

 またもやカップを口に付けておられますが、一体何杯目なんでしょうか? 

 

「何しに行ったんだよ?」 

 

「もちろん、寝ている間にいたずらをしにですわ」 

 

 いたずら? 誰かの口から疑問の声が上がる前に部屋の外から建物全体に響き渡るような声が聞こえる。 

 

「あるじ! 何じゃその頬に付いておる口紅は! さてはわらわが眠っておる隙にどこぞの女と逢い引きでもしておったのじゃろう!」 

 

「ちょっまっ、知らないってマジで!」 

 

 皆の目が無言でその場にいる少女へと集まる。 

 すると彼女は席を立ち、一通の手紙を取り出す。 

 

「それではわたくしはここでお暇させていただきます。この手紙は勇者さまにお渡しくださいませ」 

 

 そう言って机に置いた手紙の表に書かれた文字を読む。 

 「愛しの勇者さまへ」 

 これを守護者様に見せた時の反応が容易に想像できる。 

 

「ちょっと、これって……あれ?」 

 

 フィーがその宛名を見咎めて声を荒げたが、既に彼女の姿はここにはなく。 

 唯一の出入り口さえ開いた形跡もない。 

 

「まったく。あるじの女癖の悪さも困ったもんじゃ。あのような所は受け継がずともよいのに」 

 

 守護者様が何やらぶつぶつと呟きながらその唯一の出入り口であるドアを開ける。 

 その姿はまだ10代前半の少女だが実際の年齢は400才以上。初代の勇者様と共にこの世界を救った魔法使いなのだそうだ。 

 ここにいるフィーの母であり、直接的には血のつながりはないが私の曾祖母にあたる方でもある。

「アレン、おぬしはあのような女たらしにだけはなるでないぞ。よいな」 

 

 開口一番、何故かアレンに釘を刺す守護者様。 

  

『何故アレンだけなんですか? コナン王子もいるのに』 

 

 私の疑問を聞いて、コナン王子をキッと睨みつける。 

 

「たらしはそこのバカだけで十分じゃ。まったく、昨日アレを取るのにどれだけ苦労したと思っておる」 

 

「昨日? 何かあったっけ?」 

 

 そらとぼける、というか多分本当に忘れているだろうと思われる彼の姿に彼女は地団太を踏み、しかしやがて落ち付いたような表情を見せる。 

 

「ま、まあよい。わらわは大人の女じゃからな。過ぎた事には頓着せぬ」 

 

 そんな事をわざわざ口にする時点で気にしてるような気も……いえ、何でもありません。 

 睨んでいる目がこちらに一瞬向いたような気がして思考を途切らせる。 

 

「過ぎた事? お父さんの浮気は?」 

 

「それはまた別の話じゃ。最近は大人しくしておると思ったがまた浮気の虫が騒ぎだしたようじゃな。まったくあやつといいあるじといい勇者と呼ばれる人間は女癖が悪いのがいかん。……む? ひょっとするとこの度の勇者も女癖で選ばれるのか? いや、さすがにそんなはずがあるまい。それだとこのバカが勇者になってしまう」 

 

 勇者様の浮気の話が何か別の話にすり替わっているような? 

 ぶつぶつと呟くように思案していた守護者様だったが結論が出たのか突然明るい声をあげる。 

 

「よし。殺すか」 

 

「何の話か知らないけど、いきなり物騒なこと言わないでよ」 

 

 娘から抗議の声が上がる。 

 

「何を言っておる。勇者ならば死んでも生き返るのじゃぞ? そこのバカ王子が勇者ならばよし。勇者でなくとも世の中のためになる。一石二鳥ではないか」 

 

「そう言われればそうかもしれないけど」 

 

 コナン王子と仲が悪いからといって無茶な言い分に懐柔されないでください。 

 

「待ってくださいアリシア様。コナン王子が勇者だって根拠は何ですか?」 

 

「女癖が悪い」 

 

 アレンのもっともと言えばもっともな質問に一言で答える守護者様。 

 それだけですか。でも、その言い分に真っ向から反対する声。 

 

「ボクはこうと決めたら一途だよ。今は運命の出逢いを探してるだけさ。それに今回の師匠の浮気だって言い掛かりだし」 

 

 さっきのは妹のいたずらだと告げ、手紙を見せるコナン王子。 

 少女はそれを奪い取るようにして宛名を読み上げる。 

 

「『愛しの勇者さまへ』。どう見てもあるじに宛てた恋文ではないか」 

 

 そう言いながら何の抵抗も無く封を破り中の便箋を広げ、しばらくして床へ叩き付けると踏みにじる。 

 

「うぬぬぬ、バカにしおってからに!」 

 

 フィーが文面に興味を抱いたのか、怒りをあらわにする母親を押し退けて破れそうになっている便箋をそっと広げる。 

 

『ハ・ズ・レ アリシアさまには残念賞を差し上げます。マリナ』 

 

 文章の下にはデフォルメされたウサギが片目を瞑って舌を出したイラストまで描かれている。完全に守護者様が開くことを想定した文面に、戦慄すら覚える。 

 

「あやつは一体どこにおる! カップが余っておるという事は先程までここにおったのじゃろう?」 

 

「いや、それがね。いつの間に出て行ったのかわからないっていうか、お母さんと鉢合わせしてなきゃおかしいというか」 

 

 と、私達が彼女の行方を説明していると再びドアが開く。 

 

「やっぱりさ、起きる直前まで繋がってたんだから寝てる隙に俺だけがどこかに行くってのはありえないと思うんだけど」 

 

 勇者様が姿を現すと同時に守護者様に殴られて再び姿を消す。 

 

「子供の前で何を言っておるか、おぬしは!?」 

 

 声を荒げながら彼女はドアの向こうへ消え、勇者様の襟首を掴むとそのまま引き摺って来る。 

 

「その話はもうよい。わらわの勘違いじゃった」 

 

「それならそれでこの扱いが納得出来ないんだけど」  

 

 ふと、その懐から封筒が落ちる。 

 宛先は「平面ウサギさまへ」。マリナ様も以前そう呼んでいたし、おそらくは守護者様のことだろう。 

 

『あの、手紙が落ちましたよ?』 

 

 床に落ちた封筒を指し示すと勇者様が拾い上げ、そのまま守護者様に渡す。 

 

「ん。これシアちゃん宛てみたいだけど」 

 

「何故にわらわが平面ウサギか。おぬしはわらわをどういう目で見ておる? ……まあそれについては後できっちりと話すとして、今はこの手紙の中身を確かめねばな」 

 

 今度は激情に駆られることなくゆっくりと封を開き、便箋を広げる。 

 しばらく読み進めると「またか」と呟いて私達を呼ぶ。 

 

「おぬしらも読んでよいぞ。今度も既に死んだ者からの手紙じゃ」 

 

 拗ねたようにそっぽを向ける守護者様の目はどこか潤んだような輝きを見せる。 

 それは悲しみか嬉しさか、私には彼女が歩んできた歴史の重さがどれほどのものかまったく想像も付かなかった。 

 

 

『ほらほら、私の言った通りじゃん! 

 絶対シアちゃんには運命の人が現れるって、私、前に言ったよね? 

 どこの世界にもそういう身体の方が好きだって言うマニアックな人はいるんだからあきらめちゃダメだよって。 

 そりゃ、それが私の直系の子孫だってのはちょっと抵抗はあるけど。 

 でも二人が一緒になって幸せそうで安心したよ、ホントに。 

  

 私の大切な妹の旦那さんへ。 

 こうやって話せる時が来るなんて生きてる時は全然思わなかったな。 

 今、私はあの世にいます。死者の世界と呼んだ方が正しいのかな。 

 ある人のおかげでこうしていられます。感謝するように。 

 じゃなくて、シアちゃんのことを愛してくれてありがとう。 

 あの娘をたった一人で残すことになったのが私の心残りでした。 

 あなたのおかげで私は救われました。もちろん、あの娘もあなたには感謝しているはずです。 

 知っての通り、素直じゃないから色々と迷惑かけると思うけど許してあげてね。 

                      

                                   リィネ 代筆マリナ』 

 

 リィネと言えば、守護者様が前に話してくれた一緒に旅をしていたという賢者の名前。 

 既に400年近い時が流れている以上、彼女が死んでいるのは間違いない。 

 そして、この文面を読んだ勇者様はというと。 

 

「何かイメージと違う……」 

 

 妙に落ち込んでいた。 

 

「もっとこう、物静かな美人を想像してたんだけど」 

 

「別におぬしがどう思おうと勝手じゃが、あやつは初めて会ったときからあんなもんじゃったぞ? 3文字以上の名前は覚えられんとか言うて『シアちゃん』などと呼ぶし。実際あやつの名前がリィネで全てかどうかすら怪しいしの」 

 

 『シアちゃん』という呼び名は勇者様が付けたのかと思ってましたが、元々はリィネさんに付けられた呼び名だったんですね。 

 それにしても、賢者の割りにずいぶん型破りな人だったようで。それでもさすがに自分の名前くらいは覚えているとは思うんですが。 

 

「それより、この文面は何かおかしくないですか? どう見ても死んだ後の事にまで言及していますし、『ある人』というのが誰を指しているのか」 

 

「ふん。死んだ後の事を書いてるのはザインの時とて同じ事。それに共通点があるではないか」 

 

そう言って指し示すのは代筆者の名前。 

 この手紙を私達に託した少女の名前がそこにある。 

 

「コナンは何か知らないのか?」 

 

 当然と言えば当然の勇者様の問い掛けに彼女の実の兄は首を振る。 

 

「あいつは昔から何やってるのかわからない所があって。要領は良いから母上達の受けは良いんだけど。師匠は何も知らないんですか?」 

 

「いや、それがな、俺もシアちゃんも成長してからは会ったことないんだよ。生まれたばかりの頃に一度だけ会ったっきりで。今頃は絶対、最高の美人になってると思うのに」 

 

 心底悔しそうな表情で歯噛みする勇者様を冷めた目で見ながら守護者様も答える。 

 

「そこのバカ王子とは毎回顔を合わせておったが、妹姫は何故か毎回どこかに姿をくらませておっての。てっきりあるじの噂に怯えて逃げ回っておるのかと思っておったが」 

 

 確かに今の勇者様の姿を見れば身の危険を感じて逃げるかも知れない。 

 ただし、普通の少女ならば。 

 ムーンブルクの襲撃の際に居合わせ、なおかつただ一人無事に生還しているのだ。 

 そんな彼女が普通であろうはずがない。 

 それに、この旅が始まってから二度もマリナ様と出会ったがそう言われてみれば一度として勇者様達と居合わせた事がない。そう、余りにも不自然なほどに。 

 

『マリナ様のリボン……確か、恋をしているとおっしゃられていました。まだ会ったことはないけれど、愛の証しとしてリボンを付けていると』 

 

 その相手とは勇者様の事ではないだろうか? 

 とりとめもなく、そんな考えが頭に浮かぶ。 

 確かに彼女は普通という言葉からかけ離れた存在だ。 

 けれども私は彼女を信じたい。あの夜、恋い焦がれている人がいると語った一人の少女の事を。 

 

「会ったことないのに好きっておかしくない?」 

 

「そうとも限らん。現にここに伝説だけが独り歩きしておる人間がおろう。大抵の娘が出会った瞬間に幻滅するがの」 

 

 娘に答えながら守護者様は勇者様をじっと見つめる。 

 

「えっ何? その娘、俺の事が好きなの? いやあ、もてる男は辛いね」 

 

「もてておるのはおぬしでなく伝説の勇者様じゃ」 

 

 照れる勇者様に対する妻の言葉はにべもない。 

 この国の勇者像は幼い頃からの教育で形作られる。 

 すなわち、共に旅をし、妻として生涯も共にしたローラ様の日記に描かれた勇者像である。 

 私も幼い頃には真っ青な鎧に身を包み剣を振るっては魔物達をなぎ倒す勇者様にあこがれた。 

 まさかこの記述がほとんどデタラメだったとは誰も思うまい。 

 

「お母さん、そんなひどいこと言っちゃダメだよ」 

 

勇者様は娘からの援護に得意気な笑みを浮かべる。 

 

「そうだそうだ。もっと言ってやれ」 

 

「確かにお父さんはヘタレでお金も持ってないし顔もそんなに良いわけでもないし料理がそこそこ得意なだけのパッと見普通の人だけど、時々すっごくカッコいいんだからね!」 

 

『勇者様泣いてますけど、嬉し涙じゃないですよね?』 

 

「心の隙間から入り込んで中から突き崩す。ボクもさすがにあそこまではなかなか」 

 

「姉さん、天然だから。本人は善意のつもりなんだよ」 

 

 三者三様の感想も父親の涙の抗議も、少女には届かなかったらしい。 

 

「そんな嬉しいからって泣く事無いじゃない。いやあ照れちゃうなもう」 

 

 ある意味よく似た父娘の姿に母親は静かに溜息をつく。 

 

「どこでどう育て方を間違えたのかのう?」 

 

 子育ての経験のない私はその問いに答えることは出来なかった。 

 

 

 旅立つ私達を見送る人々が列をなしている。 

 おじい様が連れて来た人間がほとんどだから面識のあるものは少ない。 

 それでも口々に激励の言葉を投げかけて来る。 

 

「そう言えばさ。昨夜のうちに女の子に声かけてたんだけど、皆が皆リボン付けてんだよね。一応、他人の物に手を出す趣味は無いから仕方なく一人で寝たんだけど」 

 

 人々を眺めながらコナン王子が言う。 

 確かに女性は皆色とりどりのリボンを付けている。 

 リボンは愛の証しとして男性から女性へと贈られる物。つまりここにいる女性は結婚しているか婚約者がいるかのどちらかに限られるのだ。 

 

「既婚者であれば当人同士の話で済む。ただそれだけのことじゃ」 

 

 守護者様が一応回答らしき物を口にしたが私達にはまったく何のことかわからない。 

 いや、コナン王子だけがどこか得心の行った顔で頷いている。 

 

「あーなるほどね。まだ成人してなかった二代目に王位を譲ったのってそういう理由なのか」 

 

「苦労したのは主にローラじゃがの」 

 

 王位継承は継承者が成人して婚姻をした時に為される。 

 誰が決めたということはないがローレシアが建国される前からの王家のしきたりらしい。 

 ローレシアの法律は基本的に勇者様やローラ様の故郷であるラダトームの法律を基にして作られている。歴史の浅い王家がそれなりの威厳を保つには色々と大変なのである。 

 それはさておき、初代ムーンブルク国王から二代目への継承はそこから外れたものだった。 

 おじいさまから王冠を譲られたのは弱冠15才の私の父。当然結婚はしておらず、男子女子共に成人年齢は16才とされているために未成年で王位に就くことになったという経緯があった。  

 理由は、病気療養のためと聞いていたのだがどうも違うらしい。 

 

『病気が理由じゃないんですか?』 

 

 そう問い掛ける私に守護者様は珍しく歯切れが悪い。 

 

「ある意味、病気と言えば病気なんじゃが……」 

 

『?』 

 

 首をかしげていると、フィーが昨日の事を話し始める。 

 マリナ様が見せた含みのある言葉と、おじいさまに手渡された手紙の事を。 

 それを聞いた守護者様は人々の群れの中に押し入りおじいさまを引きずり出すと何やら説教を始める。 

 

「おぬし、いくら女好きであろうとも13の小娘に手を出そうとは如何な了見じゃ!」 

 

「……!? ……!」 

 

「言い訳は聞かん! あの時もおぬしが手を付けた女の身内との示談交渉にどれほど苦労したと思っておる!」 

 

 この距離だとさすがにおじいさまの声は聞こえないが何やら必死に反論しているのはわかる。 

「あいかわらず声デカイな。せっかく内緒にしてた意味がない」 

 

 苦笑する勇者様が事情を教えてくれた。 

 

「まあ。一言で言うと女性問題だな。奥さんが亡くなった後、未婚の女性に手を出したら婚約直前のいいとこのお嬢様で家族が大激怒。ローラが交渉して何とか事なきを得たんだけど。今度会ったら潰すとか笑って言ってたんでかなりやばかったんだがその前に死んじゃったからなあ」 

 

 懐かしそうに笑う勇者様。 

 

「そのお嬢様は、どうしたの?」 

 

 視線の先には守護者様。土下座するおじいさまに一人の侍女が寄り添っている。 

 何かを共に訴えかけているようだ。 

 

「さあ、どうしたんだろうな? シアちゃん! そろそろ行くよ!」 

 

 未だ興奮冷めやらぬ様子で何かを言い募ろうとしていた守護者様を大声で呼ぶ勇者様。 

 地団太を踏む彼女に、おじいさまが何かを手渡す。手紙のようだ。 

 それを見た守護者様がこちらに走って来る。 

 こちらに来ようとする守護者様の背後で深々と頭を下げる女性の姿が目に焼き付いた。 

 

「あるじ」 

 

 守護者様が広げた手紙を勇者様が覗き込むと声をあげて笑う。 

 よほど面白い事が書いてあったらしい。 

 らしい、というのは結局その内容を知ることができなかったからだ。 

  

「いつまでもこんなところにいたら日が暮れちゃいますよ」 

 

 そう言って先行していたアレンが戻ってきて私を抱き上げる。 

 

「そうだよ。さっさとルプガナに行こう。こんな所じゃお楽しみも何もない」 

 

 うんざりした口調のコナン王子が皆を促す。 

  

 私達の行く先にはかすかに一対の塔が見えていた。


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