「こんな感じでどうでしょうか?」
裾の赤がアクセントとなった白いローブを試着して、2人に見せる。
フィーに借りていた服は、その、何というか肌の露出が多いというか。
身体の線がはっきり見えていて恥ずかしいというか。
「ダメ。露出度が低い」
声を揃えて駄目出しをするフィーとコナン。
普段あんなに反目し合ってるわりにこういう時は仲が良いんですよね。
「露出度って言われましても……」
先程までミニスカートのウェイトレス姿だった彼女はショートパンツ姿。
確かに下着が見える事は無いだろうけれど健康的な肌色の長い脚は丸見えである。
「私はフィーみたいにはなれませんし」
纏まりのない自分の紫色の髪を赤紫の頭巾に押し込めながら彼女の容姿を羨ましく思う。
真っ直ぐでサラサラとした銀色の髪、よく出来た人形かと思うほどに冷たさすら覚える整った容貌。
背は高くほっそりとしていて特に腰の細さなんてまるでコルセットを身につけているよう。
スラリと伸びた脚も陶器のように滑らかで細く美しい。ローレシアの妖精姫の異名は伊達ではない。
「今、さらりと凄い嫌味を言われた」
でも、彼女には自覚がないようだ。
私が唯一勝っている部分が気に入らないらしい。
「武器は装備しなきゃ意味が無いんだ。持ってるだけじゃダメなんだよ?」
コナン。私もこれを武器として持ってる訳じゃないのでお断りします。
出来るならば捨てたいくらいなんですけど。
「それを捨てるなんてとんでもない!」
そうですか。では、私もこんなことを言いたくは無いんですけど、あえて言わせてもらいます。
「首輪が邪魔であまり露出度の大きな服を着ると誤解されかねないんですが、お姉さま?」
「あうっ。お、お姉さまは止めて」
先程のお風呂屋で好奇な視線で見られたのをお忘れですか?
幸い、コナンが事前に対処法を教えてくれていたから良かったものの。
「あれ、アンタが吹き込んだの?! 何てことするの!」
「視線なんてのは適度に分散させればいいんだよ。大体自業自得だろ?」
言い争いを始める2人を横目に、代金を支払う。
何かもう、疲れてきました。
店を出た私達は港へと向かう。
「船を牛耳ってる爺さんなんだけどさ。愛人募集中らしいんだ。だからどちらか2人が……」
「却下」
「私も婚約者が居ますし」
その人物はたいそう頑固な商人だそうで、お金にならないことに首を縦に振る事は滅多に無いらしい。
「それじゃもう一つの手段。年頃の孫娘を可愛がってるらしいからアレンか師匠に……」
「却下。何で色仕掛けばっかりかなあ? 大体アンタが誘惑すれば済むことじゃない」
「嫌だ。タイプじゃない」
「あの、真正面から誠心誠意お話すれば貸して頂けるのではないでしょうか?」
再び言い争いを始める2人に真っ当な手段を提示してみる。
「却下。それは面白くない」
もうイヤ。2人声を揃えてそう言われた時。私の心に浮かんだのはアレンの顔でした。
「ほら、ダメだったろう?」
駄目で元々で行ってみたんですけど、やっぱり駄目でした。
勝ち誇ったように笑うコナンの姿が憎らしい。
「賃貸料はムーンブルク王国が払うと言ったんですけど、確約は出来るのかと問われて」
船が高価なのはわかるんですけどさすがに200万ゴールドなんて金額は私の一存では出せません。
出来ないのなら愛人になれとか言われましても。
「ムカついたからぶん殴ってきた」
私のついでに愛人になれと言われた事が腹立たしかったようです。
兵士を呼ばれなかったから良かったものの、あまり暴力沙汰は起こさないでください。
交渉の余地がもうありません。意気消沈する私達を見るコナンはどこか余裕を持っているように見える。
何か手段があるというのだろうか?
「昨夜のうちに種は蒔いといたからね。もう少し待ってると面白い事になるよ」
目の前の屋敷が何やら騒がしくなってきた。
使用人が右往左往する姿が表の通りからもよく見える。
「何があったんでしょう?」
「可愛いお嬢様が行方不明になったんだよ」
そう言って笑うコナン。ってまさか?!
「そう言えば、孫娘の容姿も知ってたし。まさか、アンタが誘拐したとか?」
「それこそ、まさかだよ。そんな危ない橋を渡るわけ無いじゃないか」
「じゃあ、どうして?」
話を聞いてみると、どうやらそのお嬢様の友人と昨夜意気投合したらしい。
その伝手である噂を流したのだそうだ。
「街外れにある林の中に1人で行けば妖精が見えるって言っといた」
嘘を言って未成年の少女を家出させる。犯罪とは言い切れないかもしれませんが社会通念上、許される行為ではないと思います。
急いで街外れに向かう私達の耳に少女の悲鳴が。
茂みから飛び出してきた彼女は恐怖に顔を強張らせながら先頭を歩くフィーに抱きつく。
「たっ、助けてっ! 魔物たちが私をっ!」
彼女を追って飛び出してきたのはグレムリンという魔物。
背中に蝙蝠の羽が生えた小さな悪魔のような姿が3体。間違っても妖精ではない。
「ケケケ! その女を渡しなっ!」
「ねえ? これもアンタの仕込み?」
「いやあ。さすがにこれは予想してなかった」
魔物と対峙してるにも係わらず落ち着いた言葉を交わす2人。
グレムリンの表情にもどこか焦りが見える。
「そんな事はさせません!」
私の言葉に気を持ち直したように見えたのは気のせいだろうか。
「ケケケ。バカな奴……。お前達もここで食ってやろう」
襲いかかってきた3体のグレムリンに向かって手を伸ばす。
私の右手に纏うは風。
「バギ!」
真空の刃がその身体を押し止め、切り裂いていく。
血を辺りに散らせながらもグレムリンは空に浮かんでいる。
フィーに習ったばかりの付け焼刃ではこれが限界のようだ。
「マホトーン」
呪文を唱えようとしたグレムリンが口を押さえる。
コナンが声を封じることで呪文を紡げなくしたようだ。
断定出来ないのは、効果があからさまに目に見えないからである。
「イオラ!」
動きを止めたグレムリン達の真ん中で白い光球が弾ける。
大音響と共に衝撃が走り抜け、おさまった時には林そのものが吹き飛んでいた。
「いや。やり過ぎだろ、コレ」
街の方から人々が集まってくる。
いくら街外れとはいえ、これほどの騒ぎを起こせば当然だろう。
「終わったよ、大丈夫?」
へたり込んでいた少女に回復呪文を掛けながらフィーが問い掛ける。
必死に逃げていたのだろう、その顔や肌が露出した部分には小枝で擦ったのだろう傷がいくつか見られた。
真っ白な光に覆われその傷が消えていく。
「あっあの! 危ない所をどうもありがとうございました、妖精さん!」
妖精さん? そう叫ぶ彼女の眼はフィーを見上げている。
「えっ?! わ、私の事?」
「はいっ! 私について来て、どうかうちのおじい様にも会ってくださいな」
彼女の剣幕に押されるようにそのまま先程の屋敷へと連れて行かれる私達。
慌ただしかった屋敷に少女が姿を見せると件の老人が出迎える。
「おぬしらは先程の」
「おじい様、ちょっと……」
彼女が耳打ちをすると彼の顔に驚きが広がった。
「可愛い孫娘を助けてくださったそうで何とお礼を言ってよいやら。おおそうじゃ! おぬしらに船をお貸ししようぞ。わしに出来るのはそのくらいじゃ。どうか自由に乗ってくだされ。明日までには手配しておきましょうぞ」
コナンの妄言から、ここまでトントン拍子に話が進むとは思いませんでした。
「えーと。何か罪悪感がひしひしと」
顔を覆うフィーに少女が近付き、その手をとる。
「本当にどうもありがとうございました、妖精さん。これからは危ない所には近付かないよう気を付けますわ。でも、時々は顔を見せに来てくださいね」
「結局、妖精さんで固定されましたね」
「終わり良ければ全て良し。まあ世の中こんなもんだろ」
こうして私達は思いがけず船を手に入れることとなったのでした。
「ご主人様だの、妖精さんだの、全部、アンタのせいじゃないの!」
「妖精はともかく、ご主人様は自業自得だろ? 『この首輪似合いますか、ご主人様』って言わせただけじゃないか。ボクのせいにしないでくれるかな」
三度言い争いを始める仲間達の姿にそっと溜息をついた。