守護者様との約束の時間は夕刻。
今は昼を少し過ぎた辺り。私達三人は余った時間を買い物に費やすことに決めた。
「あれ? 何だろこれ?」
露店で古本を物色していたコナン王子が不思議そうな声を上げる。
「何ですか? 『知られざる勇者の真実』? こんな本があったんですね」
手渡された本を広げようとすると横から伸びた白い手が奪い去る。
「ダメ。この本は読んじゃダメ」
胸に押し付けるようにギュッと抱き締めながらフィーは首を横に振る。
見られてはまずい内容なのだろうか?
「どうして?」
「どうしてもっ!」
彼女は店の主にお金を押し付けると通りの向こうまで走り去ってしまった。
そんな彼女を見て、コナンと顔を合わせる。
「ところで、ここにもう一冊あるんだけど。どうだいお二人さん?」
商売上手ですね、店主さん。
遠くからこちらをうかがっているフィーに見えないようにして、買った本を開く。
『ローレシアの道行く100人に聞きました。勇者様ってどんな人?』
真実というほど大層な物ではないただのゴシップ記事のような見出しが不安を煽る。
「ロリコンと答えた人は78人……マゾと答えた人は21人……犬1人」
回答を読んだコナンが額を押さえて天を仰ぐ。
その気持ち、すごくわかります。
『12才からお城で働き始めたんですが19才の誕生日を迎えるまで毎日のようにデートに誘われました。今は全然です……ローレシア城使用人(20才)』
『毎日毎日奥さんに殴られるわ、蹴られるわ、燃やされるわ。それなのに毎日が新婚さんみたいでさ。ありゃ絶対マゾに決まってる……城の兵士(32才)』
『まあ、番犬代わりにはなるのう……銀髪の少女(年齢不明)』
最後の人にちょっとだけ心当たりがありそうな感じが真実を突いているようで実に怖い。
次のページに進むと新たな見出しが躍る。どうやら筆者が意図した結果が得られなかったようだ。
『肩書きで聞いたのが失敗でした。名前で聞けば良かったんです。
ズバリ! アレクさんってどんな人? 先程の100人にもう一度聞きました』
「誰それ、が99人……師匠、これはさすがにどうかと……」
惨憺たる結果だ。でも正直これを読んでいる私達ですら誰の名前だったか一瞬戸惑ったほど。
子孫ですらそうなのだから一般の人に結果を求めるのは酷かもしれない。
「あ、まだ、1人残ってるじゃないですか。ひょっとするとその人が……」
『アレク? おおそういえばわらわの家で飼っておる犬がそんな名前であったかのう……銀髪の少女(年齢不明)』
……これはひどい。フィーがこの本を見られることを嫌がるのも無理は無い。
まだページは残っているのだが見ない方がいいのかもしれない。
「この次の特集は『ローラの日記の真実に迫る』か。なになに……『勇者の泉は探索中に水を汲もうとした勇者様が溺れ……」
「すみません。もう聞きたくないです」
未だ本を読み続けるコナンをそのままにして、私はフィーの元へと歩き出した。
「この髪飾り、金色の髪によく似合うと思わない?」
「それはボクに女装をしろと言ってるのかな?」
穏やかに、一見すると和やかな会話を続ける2人。
先程の本のことは無かった事にしておこうと思う。
2人があれをどうしたかすら私は知りたくないということもあるし。
「セリアさまにはこちらの耳飾りはどうでしょうか? 小さな物でしたらそれほど邪魔にもなりませんし」
赤い小さな石がはめこまれた耳飾り。
このくらいなら旅の間身に付けておいてもいいだろう。けれどふと思う。
これを付けたまま犬の姿になる自分のことを。それはあまりにも物悲しい。
「申し訳ありませんけれど、お返しします」
差し出された耳飾りを傍らに立つ少女へ返す……?
「あらそうですか。残念です」
目の前にはニコニコと微笑む金髪の少女の姿。
なぜいつも彼女は唐突に姿をあらわすのだろう。とても不思議に思う。
「マリナ様、いつこちらへ?」
「さあ? わたくしはいつからここにいるのでしょうか」
少女はくすくすと笑うばかり。こちらの質問に答える気はないようだ。
そもそも私達と同じ進路を辿ったはずならばあの川をどうやって渡ったのだろう?
けれど、彼女がその質問に答える事はない。それがわかるからこそ歯がゆい。
「あー! またいる!」
そんな庭を荒らす野良犬を見付けた訳じゃないんですから、大声を上げなくても。
「お、ちょうどいいや。金貸してくれよ」
出会って早々妹にたかってどうするんですか。
「あら、お兄様。小耳に挟んだのですが何でも南の角の酒場にとても立派な胸の方がおられるとか」
「何点?」
「実際に見たわけではありませんからそこまでは」
それを聞いたか聞かないかのうちに足早に立ち去るコナン。
雑踏の中に消えていく彼を見送って、こちらに振り向くマリナ様。
「さて。お兄様の事で一つお耳に入れておきたい事がございます」
珍しく真剣な表情を見せる彼女の姿に、どこかやさぐれていたフィーも姿勢を正す。
歩きながら話しましょうか、と促す彼女をフィーと2人で挟むようにして歩く。
彼女の話によると、コナンには将来を誓い合った侍女がいたらしい。
けれど母親である王妃様の反対によって引き離されてしまったのだそうだ。
彼はそれからずっとどこからか美人の話を聞けば確かめに行くそうだ。
たった一人の女性に出会うために。
見れば、フィーの瞳は涙で潤んでいる。私も同様だろう。
まさか、彼の行動の裏にそんな真意が隠されていようとは思いもしなかった。
「当時の彼女の年齢は19才。今現在は31才、三児の母になっておりますわ」
はい? え? あれ?
「ちょっと待って。それって……31-19で12年前のこと?」
「ええ。お兄様は当時3才でした。19才を迎えても未だに浮いた話の一つも無い彼女の事をお母さまはとても心配なさって、縁談を勧めたそうですわ。お兄様は必死に反対されたのですけれど」
えーと。13年前に3才だったアレンと婚約した私が言うのも何ですが。
3才の王子との結婚の約束って侍女にとっては社交辞令のような物では?
「女の子が生まれていればお兄様の許嫁にというお話もあったのですけれど残念ながら男の子にしか恵まれなかったそうで。とても申し訳なさそうにしておりました」
「会った事あるんですか?」
「ええ。結婚後も侍女を続けておりますもの」
彼女の話を総合すると。
幼い頃に結婚の約束をしたつもりの侍女が結婚してしまった、ということですよね。
「それで、何を探してるの?」
「もちろん、その彼女と合致する女性を、ですわ」
何が、と問うまでもないだろう。
コナンが入って行ったらしい酒場の扉を開く。
軽快な音楽と共に小高いステージの上で上半身をむき出しにした男性が大胸筋を誇示しながら踊っている。
コナンはというと、ステージから最も遠い片隅のテーブルに突っ伏したまま泣いている。
私達の姿に気が付くとおもむろに立ちあがって猛然と走ってくる。
「騙したな、マリナ!」
「まあ、騙したなんて人聞きの悪い。ただ、立派な胸の方がおられると申しただけですわ」
男とも女とも申しておりませんし、と続ける少女。
うなだれるようにしてゆっくりとテーブルに戻り、再びしくしくと泣き始めるコナン。
その姿はあまりにも痛々しい。思わず彼の後ろに回りこみ、ギュッと抱き締める。
その身体が緊張で強張るのがわかる。意外と純情な少年らしい様子がどこか愛らしい。
「落ち着きました?」
「うん。92点だね」
はい?
何の事かわからずに首をかしげる私に彼は告げる。
「アレンよりも先に君に出会っていれば良かったよ」
えっあの、それって?
戸惑う私にさらに続ける。
「それとセリア? 気付いてないかもしれないけどブラが合ってない。ボクはもうひとつ上のサイズでもいいと思うよ」
私は彼の首に回した両腕にグッと力を込めた。