星に願いを(続ああ、無情。)   作:みあ

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第二十三話:束の間の邂逅

「ということで、恋人が出来ないと悩むフィーアさまに朗報です」 

 

 何が『ということで』なのかは分からないが宿に向かう途中でマリナ様が人差し指を立てて語り始める。 

 

「改めて他人から言われるとすごく悲しくなるんだけど、何?」 

 

 立ち止まり、不機嫌な表情を見せながら振り返るフィーに少女は懐から取り出した何か帳面のような物のページをめくる。 

 

「実は毎年各国の兵士から無作為に100人を選んでアンケートを取っているのですが」 

 

 100人に聞きましたというと以前に見た雑誌を思い出す。 

 勇者様の名前を誰一人として知らなかったという現実に暗澹たる気分にさせられたことを。 

 だが、そんな私の気分も関係なく話は進む。 

 

「フィーアさまは今年の恋人にしたい女性ランキングで第一位に選ばれました」 

 

「えっそうなの? ……っていうか、何のためにそんなアンケート取ってるの?」 

 

「人心掌握のためです。兵士達の意識を探ることでコントロールしやすくなるのですよ」 

 

「……マリナちゃんって時々怖い事言うよね」 

 

 コナンがそんなやり取りに構わず声を挙げる。 

 

「こんなのが第一位? 間違ってるんじゃないかそれ?」 

 

「アンタなんかにこんなの呼ばわりされる筋合いは無いけど、私も間違ってると思うなそれ」 

 

 恋人いない暦=年齢のフィーはその結果に納得が行かないようだ。 

 

「私はそれほどおかしいとは思いませんけど? むしろ今までそんな相手がいなかった事の方がおかしいのでは?」 

 

 幼い頃から知っている友人の悩みにずっと違和感を覚えていた。 

 もしかすると恋人が出来ないのではなく、何か理由があって作る気が無いのだとしたら? 

 いつも一緒にいたであろう一人の青年の姿が心の中に思い浮かぶ。 

 

「いえ、このアンケートの結果に間違いはございません」 

 

「……最近の兵士の質も落ちたもんだな」とは、コナンの言葉。 

  

 女性の好みと兵士の質にはさほど関係は無いと思うのですが。 

 

「わたくしはむしろお母様が毎回上位に挙がる方が不思議なのですが」 

「兵士の忠誠心って意味では期待できそうだけどな」 

  

 珍しくマリナさまが困ったような顔を見せる。 

 サマルトリアの王妃様も美しい方なのでそれほど不思議でも無いとは思うのだが、やはりその子供としては気になるものらしい。 

  

「私ってそんな風に思われてたんだ」 

 

 ランキング一位と聞かされたフィーの顔が見て分かるほどにほころぶ。 

 多数の男性に恋人にしたいと聞かされて悪い気分になる女性はいないだろう。 

 

「結婚したい女性ランキングではセリアさまが一位なのですが」 

 

「私ですか?!」 

 

 思いがけず出た私の名前に心底驚かされる。 

 

「ええ。何があっても鷹揚に受け止めてくれそう、物腰も柔らかく清楚で傍らに居てくれると安心できそう、という意見が出ていますね」 

 

 そんな事を言われると非常に恥ずかしいのですが。 

 火照った頬を冷ますように両手で押さえるとコナンが笑う。 

 

「何だ、まともな奴もいるんじゃないか。やっぱ時代は巨乳だよな」 

 

 そういう意味ではないと思いたいがそういう意味のことも書かれているのだろう。 

 帳面を覗き込むコナンの眼が時折私の方を向くが明らかに下寄りだ。 

 

「ちょっと待ってよ。そっちでは私の順位はどうなってるの?」 

 

「残念ながらランキング外ですね」  

 

 憮然とした表情のフィーにマリナ様が非情な宣告をする。 

 

「性格が子供っぽい、子供と一緒になって遊び回って家事も何もしてくれなさそう、という意見が多いですね」 

 

「ああ、確かにそんな感じですよね」 

 

「他には、黙ってれば美人、とか」 

 

「黙ってれば美人……」 

 

 愕然とした彼女をコナンが指を差して笑う。 

 

「何だ、ローレシアの兵士にも言う奴がいるもんだな。こっちにスカウトしてみるか?」 

 

「まあどの国にも口だけは一人前な方は居られますからそうお気になさることはございませんわ」  

 

 それは目の前に居るお兄さんのことを言っておられるのでしょうか? 

 しかし、彼はそんな妹の言葉なんて何処吹く風とばかりに帳面を覗き込む。 

 

「うん? 妹よ、少し尋ねたい事があるんだが、何故ここにボクの名前があるんだ?」 

 

「お兄様が上位に居られると申しますと『夜のおかずランキング』ですね。お兄様は意外とその手の趣味を持つ方に大人気でして。わたくしもその人気にあやかりたいところですわ」 

 

 微笑む妹と落ち込む兄。正直「夜のおかず」というのが何を示すのかはわからないが様子を見る限りそれほど良い言葉ではないのだろう。 

 

「ねえ、私を恋人にしたいって人はどんな風に言ってるの?」 

 

 フィーが落ち込むコナンに代わって帳面を覗き込む。 

 私もそれに習ってマリナ様を挟んで反対側に立って覗いてみると妙な記述が目に付いた。 

 

「あの、この『美しく可憐な直線美』というのは曲線美や脚線美の間違いでは?」 

 

「まさか。わたくしは真実しか書き記しませんわ。もっとも、真実はいつも一つなどというのは何も知らない子供の戯言。信じる者が多い方が世間一般では真実なのですよ?」 

 

 目の前の少女の言葉はひとまず置いておいて……だって怖いじゃないですか。 

 一通り記述に目を通したフィーに目を遣ると何やら考え込んでいるようだ。 

 やがて、おもむろに拳を振り上げて叫ぶ。 

 

「決めた。私これから大人の女になる! 私はやれば出来る子だから大丈夫!」 

 

 やれば出来る子は大抵の場合、とっくの昔にやっていなければならないと思うのですが。 

 もちろん口には出しません。 

 私も最近気が付いたんです。思ったことをそのまま口にすることが災いを招くということに。 

 これもまた大人になるということなのでしょうね。 

 

 

 宿の扉を開けるとそこには何故かウサギがいました。 

 

「きゃー! なにこれなにこれ、お母さん可愛い!」 

 

 否、どうやら守護者様らしい。 

 つい先程大人の女になると誓った友人が抱き付く姿が見えます。 

 

「……大人の女性?」 

 

「……明日から頑張る!」 

 

 ああ、そうですか。 

 何故か頭に真っ白なウサギの耳を着け、フリルが大量についた短めのスカートの上にレース飾りが施された短衣を着た全体的に白くコーディネートされた守護者様が娘に抱き締められている。 

 状況だけを見ればそうなのですが、そもそも何故彼女はこのような格好をしているのでしょうか? 

 

「おかえり、セリア」 

 

「はい。ただいま戻りました、アレン」 

 

 青年の発した言葉に反射的に返事をする。 

 微笑む彼の顔を見ると安心する自分に気付く。 

 

「どうしたの?」 

 

「あ……いえ、その、守護者様のあの格好は何かと思いまして」 

 

 あなたに見惚れてましたなんて恥ずかしくて言えない。 

 咄嗟に話を逸らしたことには気付かれなかったようだ。 

 

「えーと、姉さんとの勝負って聞いてない?」 

 

 そういえば、宿を出る前にそんなことを言っていたような? 

 結局何の勝負なのか詳しく内容を聞かないままにここに至ってしまったのだが何だったのだろう。 

 首を振る私にアレンが教えてくれた。 

 

「どちらがファッションセンスがあるかって。あー……そ、その、セリア、その服とても似合ってるよ」 

 

「そ、そうですか。ありがとうございます」 

 

 アレンの頬が赤く染まる。きっと私も同じ色に染まっていることだろう。 

 

「君達はホント初々しいね、まったく」 

 

 後ろからコナンに突然声を掛けられて気付く。 

 いつの間にか全員の眼が私達の方に向いている。 

 

「ふん。やはりわらわの方がセンスという意味では上じゃな」 

 

 娘の腕の中から逃れた守護者様が私の姿を上から下まで眺めて言う。 

 

「あれは私が選んだんじゃないもん。露出度が足らないって言ってもあれでいいって言い張るから」 

 

 母娘で私のセンスに文句を付けるのは止めていただきたい。 

 それよりも聞きたいのは母親の方の格好だ。 

 

「少しは自分の年を考えろよ」 

 

 コナンが言うのも無理は無い。私はさすがに口に出す勇気は無いが。 

 

「コンセプトは魔女っ子シアちゃんだ。可愛いだろう? 一度こういう服を着させて見たかったんだ」 

 

「黙れ変態め。わらわを騙しおってからに」 

 

 勇者様の姿が見えないと思ったら守護者様の足の下にいたようだ。 

 後頭部に足を乗せられた状態で手足を縛られて床の上に転がっている。 

 まあいつもと言えばいつもの事かも知れない。 

 

「私との勝負なのに何でお父さんの選んだ服着てんの?」 

 

「あるじがわらわの服がダサいだのなんだの言うからじゃ。任せておったらいつの間にかこんな姿に……」 

 

「途中で気付けよ、いくら何でも」 

 

 その言葉には無条件で同意したい。……決して口には出さないが。 

 

「おぬしこそわらわをどうこう言えるほど大した格好をしておるまい。毎度毎度恥ずかしげも無く足を放り出しおってからに。若い娘はもっと慎ましやかにせねばならんのじゃぞ、この露出狂め」 

 

「何でフトモモ出してるだけで露出狂かな?! それを言うならお母さんだって……」 

 

 再び朝と同じような様相を見せ始めた所で間に入る人影が。 

 

「まあまあ、よろしいではありませんか。この勝負は引き分けということで」 

 

 あ、まだいたんですね。てっきりいつものように姿を消したのかと思っていたんですが。 

 

「ん、何じゃおぬしは?」 

 

 誰何の声をあげる彼女に、少女は頭を下げる。 

 

「初めましてアリシアさま。わたくしはサマルトリア第一王女マリナですわ。以後お見知り置きを」 

 

「何じゃと?! おぬしがマリナか。ならば早速聞いておきたいことがある」 

 

「何でしょう?」 

 

 鬼気迫る表情の守護者様に対して少女は一歩も退かず、笑顔を浮かべたまま。 

 

「あの手紙は何じゃ? 何故死者からの手紙を受け取れる? おぬしは何者じゃ?」 

 

「あらあらそんなに一度に言われても困ってしまいますわ。順番にお願いします」 

 

「む……そうか。ではあの手紙はどうやって書いた?」 

 

 微笑みを浮かべる少女の姿に気圧されたかのように見える守護者様の姿に違和感を覚える。 

 いつもならもっと傍若無人に無理矢理追及するはずだ。 

 

「もちろん、インクを使ってペンで書きましたわ」 

 

 そういう意味では無いと思います。 

 しかし、常ならば怒鳴りつけそうな守護者様も何故か彼女にはそんな態度を見せない。 

 

「わらわの質問が悪かったようじゃな。何故、死者の伝言を書ける?」 

 

「秘密ですわ」 

 

 人差し指を立てて唇に当て、おどけたように言う少女。 

 そんな彼女の姿に見ている私達は気が気ではない。 

 

「おぬしは何者じゃ?」 

 

「最初に申し上げました通り、サマルトリアで第一王女をしております」 

 

「何故、ザインの名を知っておる?」 

 

「秘密、と先程申し上げましたはずですわ」 

 

 いつ激昂するのかと思っていたが、全くそんな素振りを見せない守護者様。 

 対して、微笑みを絶やさずのらりくらりと質問をかわすマリナ様。 

 正直、見ている私達の方が参ってしまいそうな光景だ。 

 

「ふぅ……答える気は無いか。では最後の質問じゃ。以前にどこぞで逢った事は無いか?」 

 

「さあどうでしょうか? 物心つく前に出会っていたかもしれませんね」 

 

 そんな彼女の姿に焦れたのか、守護者様が無言で地面を踏みにじる。 

 

「痛っ! いたたた、顔が削れるっ! 鼻が折れるっ!」 

 

 ああそういえば、勇者様がそこにいたわけで。 

 

「おお、すまぬ。そういえばあるじのことをすっかり忘れておったわ」 

 

「忘れないでほしいな。……そういえば、シアちゃんさっき誰と話してたの?」 

 

 身体を起こした勇者様の言葉で、ある事に気付く。 

 

「あれ? マリナちゃんがいない……」 

 

 そう、ついさっきまで守護者様と会話をしていたはずのマリナ様の姿が消えていた。 

 机の下やカウンターの後ろも覗いてみたがまったく姿が見当たらない。 

 外に通じるドアも二階に上るための階段も私達の背後にあるので見つからないように出るのはまず無理だろう。 

 唯一の出口といえば窓だろうか。でも鎧戸になっていてとても人が潜り抜けられそうな状態ではない。

 

「幽霊だったりして……」 

 

 勇者様がぼそりと呟くと守護者様の身体がビクンと震える。 

 

「ま、まさか……そんなわけがないであろう? つい先程までわらわと話しておったのじゃぞ?」 

 

 言われてみれば、幽霊ならば死者と話が出来ても不思議ではないし忽然と姿を消してもおかしくはない。 

 私以外にも同じような事を思い付いたらしく、アレンやフィーも押し黙っている。 

 

「100年前にも詩人の街で……ぶげっ!?」 

 

「知らぬっ! 幽霊なんぞこの世に居るわけがなかろうが!」  

 

 何かを話そうとした勇者様を殴り倒すと、その足をもって引きずるようにして二階へと上がって行く。 

 

「ちょ、ちょっと待って。俺、今縛られて……」「知らんっ!」 

 

 断続的に何か重い物をぶつけるような音が続いていたが扉を勢いよく閉じる音で消えた。 

 残された私達はただ呆然としていた。 

 

「ぷっ……」 

 

 何も無い空間から吹き出すような声が聞こえたと同時に滲み出るようにしてマリナ様が姿を現す。 

 

「まだ幽霊が怖いのを克服してなかったんですね」 

 

 ひとしきり笑うとそう言ってこちらを向く。 

 

「レムオルか」 

 

 コナンの呟きにマリナ様は肯定するかのように笑みを返す。 

 レムオルとは自分の姿を消す事が出来る呪文の事。 

 魔法使いの呪文だがその効果ゆえに悪用を恐れられ、禁呪扱いにされている。 

 守護者様を始めとしてほとんど適性を持った人間がいないために忘れ去られた呪文の一つでもある。 

 

「ムーンブルクでもこれを使った?」 

 

 アレンの問いに、彼女は「ええ」と答える。 

 どうやら部屋を出たと見せかけて、実のところ部屋の中に居たというのが真相らしい。 

 

「いいなあ。レムオルなんて使えれば風呂場なんて覗き放題じゃないか」 

 

「アンタね……」 

 

 コナンが早速口にした言葉。これがレムオルが禁呪になった原因の一つである。 

 

「お兄様の外見でしたら女装でもされたらよろしいのでは?」 

 

「ダメだ。そんなのフェアじゃない」 

 

 姿を消す呪文にもフェアも何も無いと思うのだが、彼には譲れない何かがあるらしい。 

 どちらにせよ、彼に救いようが無いのは間違いない。 

 

「私達は別に何も聞かないけど、これからどうするの?」 

 

 どこか矛盾する事を口にしながらフィーがこれからの予定を少女に尋ねる。 

 

「またどこかでお会いいたしましょう。わたくしがここですべきことはほとんどありませんし」 

 

 そう言いながら、彼女は私の方に視線を向ける。 

 

「少し予定とは違いますが、そろそろだと思いますわ。心残りの無いようにしてくださいね」 

 

 謎の言葉を残して少女は扉の向こうへと消えていった。 

 私はその言葉の意味をどう捉えるべきだったのか。 

 扉の向こうで夕日が沈んでいくのが見えた。

 


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