星に願いを(続ああ、無情。)   作:みあ

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第五話:王子の旅立ち

 ローレシアの城に向かう街道を、アレンは先導するように前を歩き、私は守護者様に抱きかかえられて後ろにいる。 

 一度、ローレシア王つまりはアレンの父親に今後の事を相談するべきだと思ったからだ。 

 人間の身体に戻れる方法はさすがに守護者様にもわからないらしい。

 どうも呪いの類とは様子が異なるのだそうだ。

 元の姿に戻るためにも、これからどう動くべきか決めるのにも今の私達には何よりもまず情報が必要なのだ。 

 

 

 ……そういえばドタバタしていて忘れていた。 

 私には人間に戻るよりも先に解決すべき問題があった。

 

『あの、この首輪なんですけど……』 

 

 首を反らすようにして守護者様に首輪を見せる。 

 

「わらわが娘に遣った物じゃな。よく似合っておるではないか」 

 

 感想はそれだけですか……。 

 あらためてこの人の感覚に驚かされる。 

 呪いの首輪をそれと知らせず娘に贈るのだ。 

 このくらいの事など意に介するほどでもないのだろう。 

 

『そういうことではなくて、どうして自分の娘に呪いの掛かった物品を贈るんですか?』 

 

 そのおかげでこの首輪が外せなくなったのだ。 

 腹立ちまぎれに詰問すると意外な答えが返ってきた。 

 

「呪いを解く呪文の練習をするからくれと請われたんじゃから仕方があるまい」 

 

『はい?』 

 

 思わず自分の耳を疑った。 

 フィーはこれに呪いが掛けられている事を知ってた? 

 何故、それを私に? 

 

『え? あの、それ、隠してたんじゃないんですか?』 

 

 混乱しながら疑問を口にすると、守護者様は睨みつけてくる。 

 

「わらわがそのような事をするように見えるのか?」 

 

 見えます。むしろ、そうとしか見えません。 

 そんな言葉が口をついて出そうになるのを必死にこらえる。 

 ここでそんな事を言ったらどうなるかなんて火を見るより明らかだ。 

 

「ほほう、何か言いたそうな目をしておるな?」 

 

 守護者様が私の尻尾をつかみ、逆さづりにする。 

 勇者様に魔法で飛ばされた事を思い出して身がすくむ。 

 

『守護者様はとっても優しいです! 私、すごく感謝してます!』 

 

 目をつむって思い切り叫ぶと、守護者様は満足したのか、私を胸に抱え込む。 

 

「ふむ、そうじゃろうそうじゃろう。わらわは善人じゃからな」 

 

 恐怖で息を荒げる私とは対照的に顔を綻ばせる守護者様。 

 子供ですか、この人は……っといけない。 

 また恐怖体験を味わわされたくはない。 

 彼女の機嫌が良い内に私の望みを叶えてもらわねばならないのだ。 

 

『それで、この首輪の呪いを守護者様に解いてほしいのですが』 

 

 私の言葉に守護者様は眉をひそめる。 

 ……また、何か気に障ることでも言ったのだろうか? 

 そう思った私に彼女は思いがけない言葉を告げる。 

 

「わらわは魔法使いじゃぞ。呪いを解く呪文なぞ使えるわけがなかろうが」 

 

『あの、呪いを解く呪文ってシャナクですよね?』 

 

「そうじゃが、それがなんじゃ?」 

 

 この人、本当に知らないのだろうか? 

 

『シャナクって、魔法使いの呪文ですよ』 

 

 魔法の教本で読んだから間違いは無い。 

 けれど、守護者様はそんな私を笑い飛ばす。 

 

「嘘を言うでないわ。呪いを解くなど僧侶の所業ではないか。魔法使いの仕事ではあるまい」 

 

 ああ、この人本当に知らないんだ。 

 大魔法使いと呼ばれる人のその言葉にがっくりと肩を落とす。 

 

『嘘だと思うのでしたら、アレンに聞いてみてください』 

 

 守護者様は前を歩くアレンを呼び止め、事の次第を説明する。 

 アレンは足を止め、少しの間思考するように周りに目をやる。 

 そんな彼とふと目が合い、ついっと逸らす。 

 まだあの時の言葉を許したわけではないのだ。 

 

「……ううっ、シャナクは魔法使いの呪文ですよ」 

 

 守護者様は涙声で答えるアレンにいぶかしげな視線を投げ掛ける。 

 

「おぬし等、二人してわらわを謀ろうとしておるのではないか?」 

 

 アレンの態度を見る限りでは彼女の口からこんな言葉が出るのも仕方が無いとも思えてしまう。 

 けれど、残念な事に私とアレンの間には言葉が通じてはいないのだ。 

 

「セリアと言葉が通じてたら、こんな惨めな事になってませんよ」 

 

 アレンのそんな言葉に守護者様もうなずかざるを得ない。 

 

「くっ、おかしい。リィネが使っておったからてっきり僧侶の呪文かと思っておったのじゃが」 

 

 リィネ? 

 知らない名前が出てきた。 

 少なくとも私の周りにそんな名前の人物はいない。 

 アレンもその名前を聞き咎めたのか、守護者様に尋ねる。 

 

「ん? ああ、リィネというのはわらわが前にパーティーを組んでおった娘の名じゃ」 

 

『それは勇者様と旅する前のお話しですか?』 

 

「む? そうかおぬしはあるじから聞いておるのじゃな?」 

 

『ええ、少しだけですけど』 

 

 今の勇者様と出会う前、魔王となる前に、初代の勇者様と旅をしていたのだと聞いた。 

 それが今よりも400年前の話。 

 でも、目の前の少女が400才を越えているとは到底思えない。 

 

「わらわとアル……勇者ロトとリィネとザイン。それがわらわの仲間達の名じゃ」 

 

 懐かしそうに目を細める彼女に、アレンが聞き返す。 

 

「それで、リィネさんは僧侶だったんですか?」 

 

「いや、生まれも育ちも生粋の賢者の家系じゃったが?」 

 

『じゃあ、指針にもならないじゃないですか』 

 

 賢者というのは魔法使いと僧侶の両方の呪文に適性を持つ、いわば魔法のスペシャリスト。 

 シャナクが魔法使い専用の呪文なのかという命題の答えにはならない。 

 

「あやつは僧侶系に偏っておったから、シャナクも僧侶の呪文かと思っておったわ」 

 

 騙されたと呟く彼女の姿はどこか楽しそうで、それでいて悲しそうだった。 

 やはり、昔の仲間に何か思う所があるのだろう。 

 アレンを見つめると、彼はそっと守護者様に先へ歩くよう促す。 

 再び歩き始めるアレンの背中を見ながら、結局この首輪は取れないのかと肩を落とした。 

 

 

「アレンよ、話は聞いたな? そなたもまた勇者ロトの血をひきし者。旅立つ覚悟が出来たならわしについてまいれ!」 

 

 私の言葉を守護者様に通訳してもらって説明すると、突然ローレシア王は身を翻す。 

 話を聞いたも何も、とっくに話してあります。 

 けれど、そんな私達の思いにも気付かないままずんずんと先へ歩いていく。 

 やがて、謁見の間を出ると行く時には見当たらなかった宝箱が用意されていた。 

 

「さあ、アレンよ! その宝箱を開けて旅の支度を整えるがよい」 

 

 アレンは言われるがままに宝箱を開ける。 

 宝箱を覗き込んだアレンの背中にはどこか哀愁が漂っていた。 

 無理もない。 

 アレンが取り出したのは、50ゴールドのコインと何故か長い鎖が柄についた鎌のみ。 

 

「どうしてまた、鎖鎌なんですか?」 

 

 アレンが気落ちした声で問い掛ける。 

 

「本来なら銅の剣で旅立たせるべき所を、ワシのわがままで近隣で最も高価な武器を取り寄せたのじゃ」 

 

「あーそうですか、親切のつもりなんですね」 

 

 少し想像してみよう。 

 物語の始まりの幕が上がる、勇者の旅立ち。 

 勇猛なる出で立ちに悲壮な覚悟を胸に秘め、懐にはわずかな路銀と腰には鎖鎌。 

 ……なんか、かっこわるい。 

 

「そもそも鎖鎌の使い方なんて知りませんよ」 

 

 さすがにアレンも武芸百般というわけには行かないようだ。 

 

「くっ、最近の若者は年長者の心遣いも無駄にしおる」 

 

「一応、父上も勇者ロトの血筋なんですけどね」 

 

 その言葉に痛いところを突かれたのか、王はその場にくずおれる。 

 

「ぐうっ、持病のしゃくが……」 

 

 その場にどこか寒い空気が流れる。 

 アレンもそんな空気に観念したようだ。 

 

「……わかりました、父上。僕に任せておいてください」 

 

 その途端、王が立ち上がり声を張り上げる。 

 

「サマルトリアとムーンブルクには同じロトの血を分けた仲間がいるはず。その者達と力を合わせ邪悪なる者を滅ぼしてまいれ! 行け、我が息子アレンよ!」 

 

 ビシッと前方を指差し、ポーズを決める。 

 本人は格好付けているつもりなのだろうが、いかんせんそれまでの流れからは完全に浮いている。 

 

『ムーンブルクの血筋ならここにいますけど……』  

 

「難儀な血筋じゃな……」 

 

「もう慣れました……」 

 

 三者三様の言葉が口をつく。 

 無駄足というのはこういう事を言うのでしょう。 

 私達は王の間から足早に離れることにした。 

 

 

『そういえば、ムーンブルクの兵士がいるんでしたよね?』 

 

 私の言葉に、二人の足が止まる。 

 

「会っても話の出来る状態じゃないよ」 

 

『そんな大けがしてるんですか?』 

 

「いや、けがと言うか……」 

 

 部屋を覗き込むと、一人の青年がベッドの上に座り込んでいる。 

 あちこちに包帯を巻いているが、それほど重いけがをしているわけではないようだ。 

 耳を澄ますと、何かを呟いているのが聞こえる。 

 

「こわいこわいこわい、地面が落ちてくる、空が落ちてくる、いやだいやだいやだ」 

 

 思わず顔が引きつる。 

 彼がどんな目に遭ったのかは私にしかわからないだろう。 

 一歩間違えると、私もああなっていたのかもしれないのだ。 

 

「アレは精神に及んでおるの。フィーならば確かに何とか出来るやもしれんな。あやつは人の心に入り込むのが上手いからの」 

 

 彼女の名誉の為に言うと、ソレは色々と言葉の使い方を間違えている気がするんですが。 

 それに、多分ああなった原因は彼女にもあるんじゃないでしょうか? 

 意気消沈してその場を離れる私達を、一人の兵士が呼び止める。 

 

「アレン王子! 緊急の通達が!」 

 

 どうしたんだろう? 

 何か紙切れを持っているようだ。 

 兵士は息を切らしながら、その紙をアレンに手渡す。 

 もしや、他の国が襲われたのだろうか? 

 けれど、そんな私の懸念は杞憂に終わった。 

 そこには目立つようにこんな文章が書かれていたからだ。 

 

『この者を捕らえた者には賞金20000ゴールド』 

 

 金色の髪に青い瞳、ムーンブルクで出会った少女とよく似た風貌の少年の似顔絵と共に。 


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