星に願いを(続ああ、無情。)   作:みあ

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第六話:彼方からの手紙

 私は今、守護者様の頭の上に居る。 

 足下を走り回られると戦闘の邪魔と言われ、かといって抱いているのも手間と言われ、 

 仕方なく頭の上に鎮座しているのだ。 

 

『重くないですか?』 

 

 私の問いに守護者様は笑う。 

 

「おぬしなんぞよりもいつぞやにかぶった王冠の方がよほど重いわ」 

 

 王冠って、何の事だろう? 

 疑問に思ったが、彼女の負担にはならないらしいので気にしない事にする。 

 そういえば、彼女の頭の上に乗って気付いた事がある。 

 彼女はよく空を見上げている。 

 建物から外に出た時、街道を歩く時、戦闘を終えた時。 

 決まって空を見上げる。 

 そこに何があるかはわからない。 

 ひょっとすると何かがあるのかもしれないが、私には見えない。 

 なぜなら、その時の私は落ちないように必死にしがみついているからだ。 

 いくら気にならないとはいっても、少しは頭上に居る者の事も思い出してください、守護者様。 

 

 サマルトリア王国はこの大陸における経済の中心だ。 

 どこの国でも商人が店舗を構えるには、大量のお金と広い土地、国の許可を必要とする。 

 しかし、この国では違う。 

 わずかな場所代さえ払えば、誰でも自由に店を開くことができるのだ。 

 店舗を持たない行商人達が世界中から集い、珍しい品物を求めて人々が集まる。 

 こうしてこの国は発展してきたのだ。 

 

 南通りは通称『商人通り』と呼ばれている。 

 その理由は一目瞭然。 

 通りの両側に競うように商品を並べている商人達の姿。 

 そしてその商品を求めて歩く人々の群れ。 

 多くの人々がごった返し、通りの向こう側が見えないほどだ。 

 

『すごいですね、守護者様。私、こんなにたくさんの人を見たのは初めてです』 

 

「うむ、おぬしが前にここに来たのは13年前の戦いの直後じゃったからの。人が居らなんだのも仕方あるまい」 

 

 私の言葉に相槌を打つ守護者様は、何故か普段はしないフードを目深にかぶり、きれいな銀髪をローブの中に押し込んでいる。 

 理由は教えてもらえなかったが、きっと目立ちたくないのだろうと思う。 

 

「あれ? 兵士達の数がいつもより多いとは思いませんか?」 

 

 私達の隣で青年が疑問の声を挙げる。 

 飾り気の無い服に身を包み、腰には何故かくさりがま。 

 凛々しい青年の姿には明らかに似合っていない。 

 父親からの餞別とはいえ、律儀に持ち続けずに剣を装備すればいいのに……。 

 ため息をつく私に青年が気が付く。 

 

「セリア、疲れたなら先に宿屋に行こうか?」 

 

 私の事を気に掛けてくれるのは嬉しいけれど、見当違いの方向に向かうのはどうだろう。 

 2才年下の婚約者の優しい笑顔を見続けているとどうにかなってしまいそうで、思わずそっぽを向く。 

 

「なんじゃ、おぬしらまだ喧嘩しておるのか?」 

 

 守護者様のからかうような口ぶりに、アレンがうなだれる。 

 

『べ、別に喧嘩してるわけじゃありません』 

 

 私の弁解に守護者様はニヤニヤと笑うばかり。 

 言葉が通じないってのは本当に不便。 

 

 ああ、私が元の姿に戻れる日はやってくるのでしょうか? 

 精霊ルビスよ、私の願いを聞いてください。 

 私の願いはただひとつ……。 

 

「僕がセリアを元の姿に戻してみせる!!」 

 

 私の想いを代弁するかのように突然アレンが叫ぶ。 

  

「君が大変だったとき、僕はあの時の約束を守ることが出来なかった。だけど、今度こそ君に誓う! 僕は必ず君を元の姿に戻す。絶対にだ!」 

 

 アレンが私の右手を握り、ひざまずくように視線を合わせて宣言する。 

 本来ならここは彼の言葉に感動する場面なのかもしれない。 

 だが、待ってほしい。 

 ここは天下の往来なのだ。 

 少女の頭の上に乗った子犬に向かって高々と声を張り上げる青年の姿は目立つことこの上ない。 

 周りを見渡すと、人々が何事かと集まってくる。 

 その中には完全武装した兵士の姿もちらほらと見受けられた。 

 アレンの言った通り、確かに市場の警備にしては仰々しい。 

 

「君達、ちょっと詰所まで来てもらえないか?」 

 

 兵士の一人が話しかけてくる。 

  

「すまぬが先を急ぐ旅なのでな」 

 

 守護者様がそう返すと、兵士がフードの中の相貌を見たのだろう、小さく呟く。 

 

「紅い瞳……」 

 

 アレンを促し、守護者様がその場を離れようとすると先程の兵士の声が響く。 

 

「逃がすな! そいつらは手配中の市場連続爆破犯だ!」 

 

 守護者様は「ちっ」と舌打ちをすると、脱兎のごとく走り出す。 

 

「えっ?! ちょっと待ってください。僕はそんなの知りませんよ!」 

 

 一足遅れたアレンが兵士達に囲まれているのが見えた。 

 けれど、守護者様はそんなアレンを置いて人ごみの中に紛れ込んでいく。 

 やがて、裏路地に辿り着いた時には辺りに人影はなかった。 

 

 

「はあ、はあ、はあ……」 

 

 誰も居ない裏路地に守護者様の荒い息遣いが響く。 

 たったこれだけの距離を走っただけで、守護者様ともあろう方が息切れを起こすだろうか? 

 疑問には思ったが、今はそれどころではないことを思い出す。 

 市場の喧騒から一歩離れただけの裏路地はとても静かで、どことなく浮世離れした感じがした。   

 

「くっ。まさか、既に手配が回っていようとはな。油断した」 

 

『市場連続爆破って何ですか?』 

 

 私は呆れたように口にする。 

 この街に入ってから顔を隠していたのも、それが原因だったのだろう。 

 私の疑問に、彼女は苦虫を噛み潰したような表情で答えてくれた。 

 

「長く生きておるとな、世の中と色々と軋轢が生まれるもんじゃ。おぬしは若いから実感はないかもしらんがの」 

 

『それはわかります。……わかるつもりですけど、さっきのと何か関係があるんですか?』 

 

「……わらわが有名だった頃と世代が変わっておってな、市場に行けば、やれ『はじめてのおつかいなんてえらいねー』とか、フィーと買い物に行けば、『お姉ちゃんの言うことをちゃんと聞くんだよ』とか、この間なんぞは『パパとママと一緒に買い物? 良かったわねー』などと! わらわはもう子供ではないわ!」 

 

 それは確かにある意味、世間との軋轢ですね……お察しします。 

 それでも、爆破してもいいという免罪符にはなりえないとは思いますが、私もさすがに命が惜しいので黙っていることにします。 

 

「ああ、なるほど。それで謎が解けました」 

 

 背後から突然声を掛けられる。 

 驚いて振り向くと、置いて来たはずのアレンの姿。 

 

「姉さんがしきりに僕に聞くんですよ。『自分は子持ちに見えるのか?』って」 

 

 言いながら、アレンは守護者様の両腕を掴み、後ろ手に縛り上げる。 

 一瞬の早業に、私達は呆気にとられたまま兵士達に囲まれる。 

 

「アレン! おぬし、裏切るのか?!」 

 

「僕を囮にした人の言う事ですか」 

 

 表情は穏やかに見えるが、声がわずかに尖っている。 

 アレンが怒るとこうなるのだろう。 

 そんなアレンの様子に気付いた守護者様の力がふっと抜ける。 

 

「ぬうぅ……そのような所はローラに似おって……。よかろう、ここはおぬしに免じておとなしく付いていくとしよう」 

 

 胸を反らし、上段から見下ろすような態度でしぶしぶと言い放つ。 

 けれど、私は知っている。 

 いや、アレンも気付いているだろう。 

 おそらく彼女にはこの状況に抗うだけの力が残っていないのだ。  

 

 

「あらあら、まあまあ。勇者の守護者と呼ばれたほどの方が本当に可愛らしい……」 

 

「くぅぅ……、あるじがおれば、このような惨めな姿は見せぬものを……」 

 

 サマルトリアの城へと連れて行かれた私達は、今こうして王妃様の前で沙汰を待っている。 

 なぜなら、この国の治安維持を総括しているのが王妃様だからだ。 

 久しぶりに拝見した王妃様は13年前と遜色なく、美しい御姿のまま。 

 対して、対峙している守護者様は何とも可愛らしい姿になってしまっている。 

 

「あの、ひいおばあさま。何故そのような姿に?」 

 

 アレンが、この場にいる誰もが聞きたかった言葉を口にする。 

 

「……あるじからの魔力供給が途絶えたせいじゃ」 

 

 だぶだぶのローブに身を包んだ少女が嫌そうな顔をしてその言葉に答える。 

 年の頃は7〜8才くらいか。 

 銀色の髪をたなびかせ、血の色のような紅い瞳でまっすぐにアレンを見つめている。 

 何とも信じられない事に、それが今の守護者様の姿なのだ。 

 正直言わせてもらうと、あまり変わり映えはしていない。 

 少し背が低くなって、服のサイズが合わなくなったくらいだ。 

 それでも、前の姿を見慣れている人間には奇異に映るらしい。 

 

「また、喧嘩でもされたんですか?」 

 

 王妃様の言葉を聴く限りでは喧嘩自体は初めてのことではないらしい。 

 ただ、あまり長く離れ離れになった事はないのだろう。 

 守護者様曰く、こんな状態に陥ったのはここ100年の間では初めてなのだそうだ。 

 

「ふん。ここでおぬしらに言う事ではないわ」 

 

 拗ねたような口調の守護者様は、その姿も相まってなんとも微笑ましい。 

 とはいっても、前の姿の時でも可愛いと言えば可愛いのだが。 

 

「まあ。罪人のくせに、私の質問に答えないなんてなんと愚かな……」 

 

 王妃様の言葉に、守護者様は悔しそうな表情を隠さない。 

 

「それでは、判決を申し渡します」 

 

 それまでのからかうような口調から一転して、真剣な空気がその場を支配する。 

 アレンの顔も緊張に強張り、かくいう私も咽喉がカラカラに渇いている。 

 ただ一人、守護者様だけがふてくされたような表情を見せている。 

 

「判決は……無罪!」 

 

「異議あり!」 

 

 王妃様の無罪判決に、あろうことか被告である守護者様が声を上げる。 

 

「何ですか、アリシア様?」 

 

「おぬし、身内だからといってそのような判決を下したのではあるまいな?!」 

 

 恥を知れと叫ぶ少女に、王妃様はすまなそうに答える。 

 

「実は、もう手配は解かれているのです。兵士への連絡が遅れてしまったせいで入れ違いになってしまいましたけれど」 

 

 話を聞いた所、勇者様が手を回してくれていたらしい。 

 被害者は既に国のお金で救済され、申し立て自体が取り下げられているそうだ。 

 

「ついこの間、川で溺れたとかで夫の元にいらっしゃいまして、その時にお話を……」 

 

 川で溺れた? 

 間違いない。 

 私を助けたときの事だ。 

 そして、とても大切な事を思い出す。 

 私を助けてくれた、もう一人の人物の事を。 

 

『マリナ様……』 

 

 確か、彼女はサマルトリアの王女と名乗っていた。 

 つまりここにいる王妃様の娘に当たる人物だ。 

 彼女は一体、どうなってしまったのだろう? 

 最悪の想像が私の頭の中を過ぎる。 

 

『守護者様、マリナ様の事を尋ねてくださいませんか?』 

 

「マリナ? ……ああ、プリンの事じゃな」 

 

 プリン? 

 何の事かはわからないが、守護者様は了承してくれた。 

 後は、私が覚悟を決めるだけだ。 

 

「そういえば、おぬし、自分の息子を指名手配しておったが何をしでかしたんじゃ?」 

 

 全く違う話題に肩透かしをくらう。 

 けれど、私には直接関係無いとはいえ、気になっていたのは事実だ。 

 賞金を掛けられるくらいなのだから、相当ひどいことをしたのだろう。 

 

「あの子はあろうことか、私の宝物を盗んだのです」 

 

 王妃様はこぶしをぎゅっと握り締め、今にも爆発しそうな雰囲気だ。 

 

「宝?」 

 

「ええ、ある方からいただいた大切な物です」 

 

 よほどそれを大事にしていたのだろう、彼女の怒りの波動がこちらにも伝わってくる。 

 

「なるほど、その宝とやらを取り戻すのが目的か」 

 

「ええ、よりにもよってそれを返してほしければ要求に答えろとの手紙まで寄越して……」 

 

 その手紙を見せてもらう。 

 そこにはこう書かれてあった。  

 『 母上へ 

   

   これを返してほしくば、以下の要求に応じること。 

   

   そのいち 侍女の人事権  そのに 週給の値上げ ……』 

 

 ええと? 

 これは、何と言いますか。 

 

「阿呆じゃな」 

 

 守護者様がバッサリと言い放つ。 

 延々と要求が書かれているのだが、何と言うかいまいち幼稚なのだ。 

 大体、侍女の人事権に一体何の利益があるというのだろう? 

 

「……娘に相談しましたら、賞金を掛けて指名手配するのが一番だと」 

 

 大抵の人間なら賞金に目が眩んで、持ち物にまでは気が回らないだろうという判断らしい。 

 兵士を使うにも限界がある。 

 なら、一般の民衆で補おうということだ。 

 冷静なあの少女らしい考え方に感心する。 

 

「その相談とはいつの事だ?」 

 

「今朝の事ですわ。しばらく配下の者を連れて外に出ていたと思ったら、いきなり戻って来て……」 

 

 今朝……? 

 私が彼女と別れたのは、一昨日の夜。 

 無事だったのだ。 

 彼女が帰還したと聞き、そっと胸を撫で下ろす。 

 

「それで、王女はどうしておる?」 

 

「またすぐに出て行きましたわ。まったく、誰に似たのやらフラフラと出歩いて……」 

 

 ぶつぶつと何やら言い募る王妃様を尻目に、守護者様は私を頭から下ろし胸に抱く。 

 

「良かったの。王女は無事なようじゃぞ」 

 

 少女が私にだけ聞こえるように小さく呟く。 

 私はただただその言葉にうなずくだけ。 

 胸がいっぱいになって、言葉が出せない。 

 

「あっ、そういえば……」 

 

 何かを思い出したらしい王妃様が懐から手紙を取り出す。 

 

「娘から、守護者様にと」 

 

「わらわに、じゃと?」  

 

 守護者様は私を再び頭の上に乗せると、その手紙を受け取る。 

 

 きっちりと封印のなされた封筒に入っているようだ。 

 アリシア様がそれを破り、中から二つ折りにされた便箋を取り出す。 

 

 『こっちで妻子と再会できた。お前が俺達のために戦ってくれた事に感謝する。 

  だから、今度は自分のために生きてくれ。   ザイン    代筆者マリナ』 

 

 たった二行ほどの短い手紙。 

 けれど、それを読み終わった守護者様の様子は明らかにおかしかった。 

 

「な、何故ザインの名がここにある? あやつはもうこの世には……」 

 

 そう呟いた守護者様が王妃様へと詰め寄る。 

 私が頭の上に乗っている事も既に頭には無いのだろう。 

 なりふり構わない様子で王妃様のドレスを掴んで揺さぶる。 

 

「おぬしの娘は何者じゃ! 何故、ザインの名を知っておる!」 

 

「ア、アリシア様、落ち着いてくださいませ!」 

 

 驚いた侍女達が止めに入るも、近寄ることすら出来ない。 

 王妃様はそのあまりの勢いに気圧され、なすがままの状態だ。 

 

「ひいおばあさま! どうしたんですか、一体!?」 

 

 アレンが少女を後ろから羽交い絞めにする。 

 途端に少女は力を失ったかのようにうなだれる。 

 

「あやつの事は誰にも話しておらん……、あるじにもじゃ。何故ここの王女が知っておる?」 

 

 小さな声で呟くのが聞こえた。 

 私達はそんな彼女の様子に話しかけることすら出来なかった。


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