星に願いを(続ああ、無情。)   作:みあ

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第七話:サマルトリアの王子

 暗闇を抜けた先には、神秘的な雰囲気を漂わせた広大な地底湖。 

 百年前、新天地を求めた勇者様が長い苦難の旅の末に辿りつき、身体を清めたとされる聖なる泉と言い伝えられている。 

 ローラの日記の記述によるものなので、実際のところはわからないが。 

 勇者の泉と呼ばれるその地底湖は、青く澄んだ輝きをもって私たちを出迎えてくれた。 

 泉の番人である老人が言う。 

 

「サマルトリアの王子ならば、今頃ローレシアに向かっているはず。一足違いじゃったな」 

 

 その言葉に、アレンが声も無くへたり込む。 

 無理も無い。 

 もう、3日も彼を探して大陸中を歩きまわっているのだ。 

 放っておけばいいと思われるかもしれないが、止むに止まれぬ事情があったりする。 

 事は3日前にさかのぼる。 

 

 

「王子を探せ、と?」 

 

 守護者様が心底嫌そうな態度を隠さずにサマルトリア国王に聞き返す。 

 それに対して、王は微笑みを崩すことなくうなずき返す。 

 

「はい。あの子もロトの勇者の血筋、必ずや旅のお役に立てましょう」 

 

 王様の隣では王妃様が、守護者様に負けないくらい不機嫌な表情で黙り込んでいる。 

 この状況であの微笑みを維持している国王陛下は正直すごいと思う。 

 私とアレンはあまりの緊張にどうにかなってしまいそうだ。 

 そんな時、王妃様が口を開いた。 

 

「私は反対です。あの子を外の世界に行かせるなんて、国の恥を晒すようなものです」 

 

 似顔絵を見る限りではそんな悪い子には見えないけど、王妃様は今まできっと、色々と苦労したのだろうと思う。 

 何せ、城の人々の評判が『凄まじい』の一言に尽きるのだ。 

 幼い頃からお気に入りの侍女にしがみついて離れず、王妃様には一切近付かなかったり、とか。 

 女性相手に限り、人の未来を言い当てる、とか。 

 城の門番から聞いたところによると、昔こんな事があったらしい。 

 

 10年ほど前のある日、城の周りを散歩していた王子が泣いている女の子を見つけたそうだ。 

 その女の子は友達の男の子達にいじめられていると王子に明かした。 

 

『その子達はね、わたしのことをブスって言うの』 

 

 まだ5才くらいの小さな王子はその女の子にこう言ったそうだ。 

 

『君は絶対美人になるよ。ボクの見立てでは間違いなく軽くCを超える。大人になったらきっとその子達に言い寄られるようになるよ』 

 

 彼の言葉は10年後に現実の物となり、その少女はその時のいじめっ子だった男友達の一人と結婚したのだそうだ。 

 この出来事は城の人々の間で語り継がれ、伝説になっているらしい。 

 『C』と言うのが何の事かは解からなかったが、城の門番の話では寸分たがわぬ正確さなのだそうだ。 

 

「実は、私の妻の話なんですがね」 

 

 彼がそう言って笑ったのが印象に残っている。 

 色々な人々から色々な話を聞いたが、不思議と彼を悪し様に言う人間には出会わなかった。 

 正直、王妃様と守護者様がここまで彼を嫌う理由がよく判らない。 

 

「あの子は確かに色々と厄介な事を引き起こす類の人間だ。けれど、あの子は僕と君の子供でもある。きっと大丈夫さ」 

 

 王様のその言葉に、王妃様がそっと手を伸ばす。 

 王妃様の目には大粒の涙。 

 

「あなた……」 

  

 誰もが抱き合う夫婦の姿を想像した次の瞬間、王妃様の手が王様の首に掛かる。 

 

「あの子の趣味、実はあなたから遺伝したのではないかしら?」 

 

「ち、違っ……。僕に……はっ、君だけ……」 

 

 首を絞められて真っ赤になった王様は、途切れ途切れに言葉を紡いでいく。 

 

「どうかしら? 素知らぬ顔して、私の事を嘲笑っていたのではなくて?」 

 

「ぼ、僕はっ……君……だからこそ、好きに……」 

 

 目に涙を浮かべながら言い募る王妃は何故か口には笑みを浮かべている。 

 趣味って一体何のことでしょうか? 

 目の前の現実を直視したくない私は別の思考へと考えを巡らせる。 

 王妃様と守護者様の共通点。 

 少女に告げた『C』という謎の言葉。 

 何かが一つにつながりそうになったその時、守護者様が言葉を発した。 

 

「どうでもよいが、そのままじゃとそやつ死ぬぞ」 

 

 そこからは断片的にしか覚えていない。 

 状況に気付いた侍女達が総掛かりで二人を引き離し、王妃様が部屋の外に連れ出されていったのだけはよく覚えている。 

 青い顔をした王様が咳き込みながら、私達に話し掛けてきた。 

 

「見苦しい所を見せてしまったね」 

 

 あんな目に遭いながら、なお微笑むことの出来るこの人は実は驚くべき人物ではなかろうか。 

 今日何度目かの思いを頭に浮かべる。 

 

「勇者様とアリシア様の喧嘩を彷彿とさせました」 

 

 アレンが実に的確な言葉を素直に口にする。 

 そう言われてみれば、確かに幼い頃のあの光景を思い起こさせる。 

 アレンは二人に近い分、私よりも日常的に見ているだろうとも思う。 

 そんな彼が言うのだ。 

 間違いでは無いだろう。 

 

「ふん。そのような所は似ずともよいわ」 

 

 守護者様がどこか恥ずかしそうに吐き捨てる。 

 そういえば、勇者様にしても王様にしても、奥様に手を挙げない割には主導権を握っているような気がする。 

 

「息子が絡むといつもあんな風になるんだよ。可愛いだろう?」 

 

 ……やっぱり、私の気のせいだろうか。 

 そういう趣味の人なのかもしれない。  

 

「……で、話を戻すが、何故アレを連れて行かねばならん」 

 

 守護者様は先程までよりは幾分険しさを和らげた顔で王様に問う。 

 それでも、『アレ』呼ばわりなので、彼に対する嫌悪感は消えてはいないのだろう。 

 

「あの子も将来はこの国を継ぐ身。世界を知るべきなのです」 

 

「おぬしの妻は王女に継がせるつもりでおるようじゃが?」 

 

 真剣な顔で思いを口にする王様に、守護者様は茶化すように言う。 

 

「あの娘は、この国だけで納まるような子ではありませんよ」 

 

 もっと上を見ているのだと父親は娘を評する。 

 実際に会った私もその言葉には納得できる。 

 マリナ様は素直に玉座に着くような人間では無いだろう。 

 どこか、あの年頃の女の子とは一線を画しているのだ。 

 

「……王女か。何者であろうな」 

 

 彼女からの手紙を読んだ守護者様も、彼女の事を不思議に思っているようだ。 

 400年前に死んだ人間の手紙を代筆した少女。 

 単純に考えれば、死者と話が出来るということであろうか。 

 それとも……いえ、推定するには材料が少なすぎる。

 

「娘の事はさておき、息子の事をお願いします」 

 

 王様が頭を下げる。 

 そこまでされては、黙ってられない人間がこちらにはいる。 

 

「頭をお上げください、陛下。ローレシアの王子である僕がお約束します。必ずコナン王子を僕達の旅の仲間に加えると!」 

 

 勝手に決めるなと喚く守護者様の口を塞ぎ、アレンが芝居がかったポーズで国王に答える。 

 

「おお! さすが、アレン王子」 

 

 大仰な仕草で格好を付けるアレンの姿は、間違いなくローレシア王の血をひいている事を示していた。 

 

 

「わらわの知らぬうちに報奨金の前払いなんぞ貰いおって」 

 

 文句を言う守護者様の腰には2万ゴールドの入った大きな袋。 

 渋るアレンから強奪した物だ。 

 当の青年は『だから、黙ってたのに……』と呟いている。 

  

『でも、助かったじゃありませんか。旅費が心許無かったのは事実ですし……』 

 

 私の言葉に、守護者様は渋々同意する。 

 

「まあ、仕方があるまい。さっさと見付けて殴り倒してやるわ」 

 

 いやいやいや。 

  

『殴り倒してどうするんですか!?』 

 

「……冗談に決まっておろうが」 

 

「ひいおばあさまが言うと、冗談に聞こえないんですよ」 

 

 三人で笑い合う。 

 うららかな春の日差しが私達の行く手を照らしていた。 

 

 

 ……あれから、5日。 

 もういいかげん、皆の心には鬱屈した思いが溜まっていた。 

 

「見付けたら、どうしてくれようか……」 

 

 守護者様は何やら思案にふけてはクスクスと笑っている。 

 私ももう、それに突っ込もうとは思わない。 

 アレンは終始無言のまま。 

 うつむいたままで最近は正面から顔を見た覚えが無い。 

 

「リリザか……。とりあえず、今日はゆっくり休むとするか」 

 

 ふらふらとした足取りで今夜の宿となるリリザの宿屋へと向かう。 

 アレンがその扉をくぐり、一歩足を踏み入れた時、その声が聞こえた。 

 

「君、可愛いね。ボクと一夜のアバンチュールを楽しまないかい?」 

 

 未だ幼さの残る少年の声。 

 それとは裏腹に話している内容は大人顔負けだ。 

 

「お客さん、そういう事がしたいならルプガナにでも行ってみたら? ぱふぱふってサービスがあるらしいわよ」 

 

 宿の女性従業員だろうか? 

 あしらうように別の話題を振っているようだ。 

 でも、『ぱふぱふ』って何の事だろう? 

 

「ぱふぱふかー。男の夢だよねー。でもまずは父上に言われた通り、ローレシアの王子を探さないとねー」 

 

 ローレシアの王子。 

 その言葉にアレンの頭がピクリと動く。 

 アレンがうつむいたまま、ずんずんと奥に進んでいく。 

 守護者様の顔を見下ろすと、表情が喜悦に歪んでいる。 

 

『あの、逃げた方がいいですよ! 本当に逃げた方がいいですよ!』 

 

 けれど、私の声は当然彼には届かず、余計に注意を惹き付けてしまったらしい。 

 

「何だ騒がしいなあ。あれ? もしや君は、ローレシアのアレン王子では? いやー探しましたよ。さあ、力を合わせ、共に戦いましょう!」 

 

 金髪の、少女のような顔立ちの少年が、ヘラヘラと笑っている。 

 その時、おなかの下で何かが切れるような音が聞こえたような気がした。 

 

 

「ひどい……。どうして、ボクがこんな目に遭うんだ」 

 

 意外と丈夫なんですね、この人。 

 道ですれ違う人々がぎょっとした顔で避けて行く。 

 当然だ。 

 透き通っていた金髪は今や血で真っ赤に染まり、少女のような顔立ちは無数の傷と痣に覆われている。 

 もちろん、服の下も同じような状態だろう。 

 背中にはテントや調理道具等、細々とした雑貨がパンパンに詰まったリュックサックを背負わされている。 

 それでいて、自分の足でしっかりと歩いているのは素直に凄いと思う。 

 

「ふん。ふらふらと歩き回るおぬしが悪いのじゃ。双方が動いていては見つかるはずがあるまい」 

 

 リリザの街で出会えた事自体が奇跡なのだと守護者様は言う。 

 

「けっ。ロリババァが……」 

 

 コナン王子が小さな声で毒突く。 

 途端に守護者様の足払いで、顔から地面に突っ伏す事となる。 

 彼の凄い所はここにもある。 

 

「誰が、ババアじゃ」 

 

 もう何度もこの遣り取りが続いているのだ。 

 それこそ、宿屋を出てからずっと、かれこれ2時間ほどか。 

 そして、一度もそのセリフが被った事は無かった。 

 常に違う表現で守護者様を罵倒し続けているのだ。 

 

「いいかげん、時間が掛かってるんですから早くムーンブルクに行きましょうよ」 

 

 アレンがその様子にげんなりとした様子で促すと、二人は渋々と歩き出す。 

 二人がおとなしく従うのも理由がある。 

 先ほどの宿屋での惨事だ。 

 頭の出血は守護者様によるものだが、後の怪我はアレンによるもの。 

 脳天への一撃で全てを水に流そうとした守護者様を脇目に、無表情で暴行を加え続けたのだ。 

 守護者様や宿にいた人達と一緒に何とか止めたものの、彼はこの時の記憶を持っておらず、『アレンを怒らせないようにしよう』と皆で誓い合ったのは記憶に新しい。 

 

 街を出て、歩き続けると祠に辿りついた。 

 ローレシア大陸とムーンブルク大陸をつなぐ海底トンネルの入り口。

 通称『ローラの門』と呼ばれている。 

 その入り口には前には無かったはずの扉があった。 

 頑丈そうな扉には銀色の鍵穴が付いており、押しても引いてもびくともしない。 

 駐屯している兵士の話では、ムーンブルク大陸へ向かうに値する技量を持っているか試すためだと言う。 

 

「サマルトリアの西、湖の洞窟の中に銀のカギが隠されています。申し訳ありませんが、それをご自分の手で見つけ出してください」 

 

 兵士の言葉にアレンが激昂するのではないかとビクつきながら、コナン王子が最初に口を開く。 

 

「……多分、父上の命令だと思うんだよ。ムーンブルクには強い魔物がいっぱいいるから」 

 

「仕方ないですね。じゃあ、早く行きましょう」 

 

 アレンが急かすと、守護者様が声をあげる。 

 

「では、おぬし等二人で行って来るがよい。わらわとこの雌犬はここで待っておる」 

 

 その呼び方は止めてください。 

 

「えーー?! ちょっと待ってよ、男と二人っきりはイヤだ。大年増でも女がいる方がいい」 

 

 コナン王子が悲痛な叫びをあげる。 

 

「誰が、大年増じゃ!」 

  

 気絶したコナン王子を連れて、アレンが歩き去っていく。 

 私もアレンもその事に対して異議を申し立てないのは当然だ。 

 おそらく、もうそれだけの力が守護者様に無いということが判っているからである。 

 そもそも、守護者様はルーラを使えるはず。 

 本来なら大陸を出るのに歩く必要は無いはずなのだ。 

 

『大丈夫ですか?』 

 

 私の問いに、守護者様は力無く笑う。 

 

「別に死ぬわけではない。この状態でも生きるだけなら問題は無い」 

 

 彼女は吸血鬼なのだと聞いた。 

 なら、血を飲めば治るのでは無いだろうか。 

 例えば、コナン王子とか。 

 そんな私の提案にも、彼女は首を振る。 

 

「あるじの血以外は飲まぬと誓った。それにあんな奴の血なんぞ頼まれても飲みたくない」 

 

 何でそんなに嫌ってるんですか? 

 まあ、さっきの様子を見る限りでは双方に歩み寄る気配すらありませんが。 

 

「……勇者の守護者っていうから、絶世の美女を期待してたのに大した事無いな」 

 

『何ですか、それ?』 

 

「物心付いた頃に会った時にあやつが言った言葉じゃ。5才の餓鬼が言う言葉か?!」 

 

 普通、あの年頃なら自分のことを『おねえちゃん』と認識するはずだと守護者様は力説する。 

 現にアレンがそうだったらしい。 

 それ以来、犬猿の仲なのだそうだ。 

 余程言いたい事が溜まっていたのだろう。 

 延々と彼に対する罵詈雑言が飛び出してくる。 

 

 そうこうしているうちに、アレンが帰って来た。 

 もちろん、コナン王子も一緒だ。 

 

「ちっ、生きておったか。アレンも気が利かん」 

 

 守護者様が小さく呟く。 

 

『今のはさすがに問題発言だと思いますけど』 

 

 扉の前で待つ私達に、アレンがきらきらと輝く小さな銀色のカギを見せてくれる。 

 

「これが銀のカギ、ですよね」 

 

 兵士はうなずき、道を開ける。 

 

「では、どうぞお通りください」 

 

 アレンが扉にカギを差し込もうとすると、声が響く。 

 

「アバカム」 

 

 カシャンと軽い音がしたと思うと、扉がゆっくりと開いていく。 

 

「あれ?」 

 

 呆けたように、アレンの動きが止まる。 

 その隙に守護者様は扉を潜り抜けると振り返る。 

 

「ほれ、早く行くんじゃろ。先に行っておるぞ」 

 

『今のって、まさか?』 

 

 私の疑問の声に、少女はしてやったりと笑みを浮かべる。 

 

「コラ、クソばばあ! そんな呪文があるなら、さっさと使いやがれ!」 

 

 海底トンネルにコナン王子の罵声が響く。 

 

「やれやれ……、これをするためにルーラを使わなかったのか」 

 

 呆れたようなアレンの声。 

  

 海底トンネルには少女の勝ち誇るような高笑いと少年の罵声。 

 そして、青年のため息が響き続けていた。

 


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