「そういえば、おぬし。王妃から何を盗んだんじゃ?」
守護者様が突然思い出したように、コナン王子に問い掛ける。
そういえば、手配を掛けられていた本当の理由は王妃様の宝物を盗んだから。
当然、彼はその品物を持っているはず。
けれど、彼の返事は私の想像したものとは異なっていた。
「盗んだ? 何を?」
心底不思議そうな顔で首を傾げる少年に、守護者様が言い募る。
「王妃から何やら盗んで、脅迫状を送り付けたであろうが。忘れたわけではあるまい」
「脅迫状? 母上に? ボクがそんな事するはずがないよ」
あくまでも惚ける王子に、守護者様が証拠となる脅迫状を突き付ける。
しかし、それでも彼の様子は変わらない。
そして、守護者様が突き付けた脅迫状を手に取りまじまじと見つめる。
「……これ、ボクの字じゃないよ。良く似せて書いてあるけど、別人の字だよ」
「なんじゃと?」
守護者様がコナン王子の持つ手紙を食い入るように覗き込む。
頭の上にいる私にも、その手紙の文字はハッキリと見えた。
けれど、彼の言葉を裏付けるような証拠は見つからない。
「自分で言うのも何だけど、確かにボクが書きそうな内容だ。けれど、母上がそんな要求に答えるわけがないじゃないか」
脅迫なんかしても自分の立場を追い込むだけだから絶対に交渉はしないのだとコナン王子は語る。
「じゃあ、君はどういう理由で城の外に?」
それまで黙っていたアレンがコナン王子に問う。
「未だ見ぬ美女を探すため。……ってのは、理由の9割5分くらい」
セリフの前半部分に反応して怒りを見せそうになった守護者様に気付いたのだろう。
とっさに言い繕う。
それでも、目的の大部分を占めているようだが。
「本当は、父上に言われたんだよ。世界を見て来いってさ」
ムーンブルクの悲報を聞き、サマルトリア王が息子を送り出したというのが正解らしい。
けれど、それならば何故陛下は王子を庇わなかったのだろう?
自分が送り出したのなら、王子が宝物を奪って逃げたという話が嘘だという事がわかっていたはず。
『あの、ひょっとして……』
私の考えを守護者様に伝える。
「国王が一枚噛んでおると言いたいのか? あやつがそんな策謀家とは思えんがの」
違うのでしょうか?
王妃様のもっとも身近にいる人物である国王陛下。
王妃様の宝物を奪って、その罪を着せるために息子を外に送り出した。
そういう結論に達するのが当然だと思う。
「うーん。多分、母上の宝物ってアレの事だと思うんだよ」
「アレ? 見当が付いておるのか?」
コナン王子がしっかりとうなずく。
「母上の初恋の相手からもらった宝物だって、聞いた事があるんだ」
それは、本人にとって思い出の品でしょうけど、夫の立場からすればどうでしょう?
もしも、アレンが私との結婚後にそんな物を持っていると知ったら……?
アレンの顔を横目で見る。
彼は真剣な表情で何かを考えているようだ。
「あやつの初恋? 知らぬな、そのような話は初耳じゃ。もっと話してみよ」
守護者様が興味を隠せない様子で問い詰める。
少年はにやにやと笑いながら、少女に問い返す。
「アリシア様は知らないほうがいいと思うよ?」
そんな時、何かを考えていたアレンがぼそりと呟く。
「サマルトリアにある宝物というと、ひょっとしてロトの盾?」
アレンの言葉に、守護者様は声を失い、私も絶句する。
ロトの盾といえば、勇者様が身に付けておられたという伝説の武具の一つ。
ローレシアにはロトの鎧、ムーンブルクにはロトの兜が伝えられ……いえ、兜は他ならぬ勇者様に否定されましたけど。
ともかく、伝説に出てくるほどの武具。
確かに宝物には違いありません。
けれど、そうすると初恋の人ってもしかして?
コナン王子はアレンの言葉にうなずき、イヤらしそうに笑う。
「そう。母上の10才の誕生日に、師匠が贈った物さ。つまり、母上の初恋の相手は……」
「……あるじ、というわけじゃな」
守護者様が拗ねるように頬を膨らませて呟く。
あの、師匠って勇者様の事ですか?
なんでまた、師匠?
「それに、ロトの盾が盗まれたって事なら、犯人の見当も付くよ。けど、ナイショ。後は自分で考えてみよう」
コナン王子は言うだけ言って、結局犯人の名前を教えてはくれなかった。
守護者様も何か別の事を考えていて、そちらには気が回らないようだ。
一体、誰がそんな事をしたのだろう?
私にはさっぱりわからなかった。
ムーンペタの街は、今やムーンブルク大陸唯一の街になってしまった。
ここにもムーンブルクの悲報が伝わっているのだろう。
活気あふれる街の通りの人々の顔にもどことなく陰りが見え隠れしている。
「……腹が減ったのう」
「あぁ? さっき食べただろ? とうとうボケたのか?」
くぐもったような鈍い打撃音の直後に、金髪の少年が腹を押さえて街道にうずくまる。
守護者様の魔力は普通の食事では保てないのだそうだ。
少量なら補えるものの、完全にはならない。
そのために、常に空腹感を覚えているとの事。
早く勇者様を見付けないと、とんでもない事になるかもしれない。
今の所、差し当たって危険なのは、コナン王子の命だろうか?
「どうかなさいましたか、旅の方?」
道の真ん中でうずくまる少年を見かねたのか、街の警備をしていた兵士が駆け寄ってくる。
「いえ、旅の連れが空腹を訴えていまして、どこかおいしい店は知りませんか?」
アレンがとっさに兵士に答える。
ずいぶんとこの状況に慣れてきたんですね。
あの素直で真面目だったアレンはどこに行ってしまったんだろう?
これが人間的成長という物なんだろうか。
どこか場違いな感傷すら覚える。
「そういうことなら、向こうの通りの東から3軒目の食堂兼宿屋が最近評判ですよ」
最近、料理の味が良くなって来た上に、美人のウェイトレスさんが働き始めたのだそうだ。
美人という言葉に、うずくまっていた少年が反応する。
「さあ行こう! 未だ見ぬ美女がボクを待っているんだ。きっと運命の出逢いに違いない!」
男の子って……。
アレンの顔を覗き見る。
やっぱり、アレンも美人という響きに弱いのだろうか?
「ところで、こちらのお嬢ちゃんはお姉さんとかいるのかい?」
お店の場所を教えてくれた兵士が、守護者様に尋ねる。
子供扱いされて気に障ったようだが実際に見た目は8才くらいの少女の姿。
言っても仕方ないと思ったのだろうか、不機嫌さを隠さない様子で問い返す。
「何じゃ? わらわに姉が居ったら何だというのじゃ?」
下心でもあるのだろうか?
少女の眉間にしわが寄る。
「いやいや、深い意味はありませんよ。ただ良く似てるなと思って……」
兵士の思いがけない言葉に、私達はその店へと急いで歩を進めるのであった。
「いらっしゃいま……あっ!」
扉を潜り抜けた私達に向かって、何かが飛び掛ってくる。
とっさに身構えた守護者様の横を通り過ぎ、その物体はアレンに襲い掛かる。
「アレン!」
店内にどよめきが広がっていく。
当然の事だ。
街で噂の美人ウェイトレスが若い男に抱き付いているのだ。
彼女目当てで来ている男達にはありえない光景に映ったに違いない。
「アレン、来るなら来るって言ってくれればいいのに」
どう見ても恋人達の抱擁だ。
満面の笑みを浮かべた銀髪の少女が、青い目に涙を浮かべて青年に抱き付いている。
その様子を眺めている男達の中には慟哭の叫びを上げている者さえいる。
「……姉さん、いいかげん離れてよ」
アレンがうんざりとした表情で告げる。
「そんなひどい……。久々に会った弟に抱き付くのはいけない事なの?」
その遣り取りを聞いて、店の中にはホッと緩んだ空気が流れ始める。
「何だ、弟かよ」「やっぱ、フィーちゃんはフリーだったか」
そんな声がちらほらと聞こえてくる。
「……わらわは無視か?」
そんな空気の中、守護者様の機嫌の悪そうな声がおなかの下から聞こえてくる。
危険な兆候だ。
私は、フィーの注意を引くことにした。
『フィー、フィー! こっちです。こっちを見て下さい!』
私の呼び掛けに、フィーがこちらを向く。
「あれ、セリア? ん、何? このちっちゃい子」
しまった。
守護者様は見た目が幼くなってるんだった。
それが自分の母親だとは気付かず、彼女が不用意にその禁忌の言葉を発してしまったのも無理は無い。
「ちっちゃ!? ……ふふ、ふふふ、おぬしがそう言うのならこちらにも考えがあるぞ?」
ぶつぶつと口の中で何がしか呟いているようだが、私にも聞こえない。
ただ、何がしか不穏な空気が生まれそうなのはわかる。
私は守護者様の頭の上から飛び降りて、アレンの下へと行く。
アレンもさすがにその場の空気に気付いたようで、私を抱き上げてくれた。
守護者様はそんな私達の様子にも気付かないまま、ただ何かを呟きながら顔を伏せている。
「何? どうしたのかな、お嬢ちゃん? ママとはぐれちゃった?」
フィーのさらなる追い討ちに、とうとう守護者様が動いた。
「ママ!」
うつむいていた少女が、ウェイトレス姿のフィーに抱き付いて叫ぶ。
「へ?」
店内が先程よりも大きなざわめきに包まれた。
客が口々に騒ぎ始める。
「何?! 子持ちだったのか?!」「18才ってのは嘘だったのかよ?!」
「銀髪なんて、滅多にいないもんな。俺もそうじゃないかと思ってたよ」
そんな店内の喧騒に、フィーが反論する。
「ちょっ、ちょっと待ってよ、皆! 私に子供なんていないってば!」
けれど、客の表情は皆一様に悟ったような顔付きをしている。
客の一人がフィーに告げる。
「もういいよ、フィーちゃん。子供を育てるなんて大変だったろ? もう嘘なんか吐かなくてもいいんだよ。俺達はフィーちゃんの味方だからさ」
腰に抱き付いた守護者様がさらに追い討ちを掛ける。
「ママは私の事、キライになったの?」
その言葉に、さらに店内が喧騒に包まれる。
「違うってば! どうして、誰も信じてくれないの!? ねえ、アレン、嘘だと言って、嘘だと言ってよ!」
フィーの悲痛な叫びがアレンに投げ掛けられる。
「姉さん、ゴメン。僕の口からは何も言えないよ……」
アレンの言葉に絶句するフィー。
ごめんなさい。
私もアレンも命が惜しいんです。
フィーの背後から迫る、底冷えのする冷たい視線から必死に目を逸らす。
「……相変わらず、趣味の悪いババアだな」
小さな声でコナン王子が呟いたが、フィーには聞こえなかったようだ。
「ひどいよ、アレン。私、違うのに……」
泣き崩れるフィーの姿にさすがに罪悪感を覚えたのか、守護者様が口を開きかけた。
その時、場違いに呑気な声が聞こえてきた。
「あれ? 何か騒がしいと思ったら、アレン達が来てたのか」
声の主は、騒ぐ客の間をすり抜けながら私達に近付いてくる。
そして、おもむろに守護者様を抱きかかえると、彼女にささやきかけるように唇を耳に当てる。
「ゴメン、シアちゃん。寂しかったろ?」
「ふん、寂しくなどないわ……。寂しくなど……うぅ」
口では強がりながらも、守護者様の身体は嗚咽に震えている。
迷子の女の子が迎えに来た父親にしがみつくように、勇者様の首筋に顔をうずめていた。
その様子に、店にいた客も何かが違うと感じたようだ。
喧騒が静まって行く。
「……え? その女の子、お母さん、なの?」
泣き崩れていたフィーが、守護者様の嗚咽だけが響く静寂した店内で呟く。
その言葉に、再び店内は喧騒に包まれるのだった。
「ねえ、アレン? 私って子持ちに見えるのかな?」
テーブルに突っ伏したフィーが、アレンに問い掛ける。
ちなみに店内に客の姿は無い。
事情を知った店主が後日説明する事を条件に皆を帰したのだ。
雇っていた少女とその父親の事は事前に聞いていたらしく、私達には何も聞かなかった。
「……姉さんが子持ちに見えるんじゃなくて、アリシア様が子持ちに見えないんだと思うよ」
アレンが素直にその言葉を口にする。
それを口に出来たのは、守護者様がこの場にいないからだ。
勇者様と守護者様は二人きりで話したい事があるからと、二階の宿部屋に閉じこもっている。
フィーは『サキュバスが降臨した』と言っていたが、何のことかはわからなかった。
機会があったら、調べておきたいと思う。
「そうだよね! お母さんが小さいのがいけないんだよね!」
フィーはその言葉に元気付けられたのか、顔を上げて微笑む。
以前に会った時も思ったが、本当にキレイな顔立ちをしている。
やっぱり、男の人はこういう人に弱いのだろうか?
彼女を見つめていた客の視線を思い出す。
『そういえば、フィー? この首輪の事、聞きましたよ? それに、あの時のバシルーラの事』
私の質問に、フィーはしどろもどろになって視線をさまよわせる。
当然のことながら、フィー以外には私の声は聞こえていない。
男二人はそんな私達の様子に首をかしげている。
「あ、あははは……、ぶ、無事だったんだからいいじゃない」
一言で済ませようとする彼女の態度にさらに言い募ろうとすると、彼女がこちらの耳元に囁きかける。
「……それに、おかげでアレンに会えたでしょ?」
『ふぇ?! ひょっとして、あの時の願い事、聞いてました?!』
どうも、あの夜の勇者様との会話を聞いていたらしい。
「星に願いを」と問われて「アレンに会いたい」と言ったあの夜の会話を。
彼女なりに気を利かせたつもりらしい。
その割りには色々と危ない目に遭ったような気もしますけど。
「ところで、こっちのカワイイ子は誰なのかなあ? お姉さんに教えてちょうだい♪」
カワイイ子?
言われて、一瞬理解できなかった。
彼女の視線を追っていくと、何だか気落ちした様子のコナン王子。
少女のように整った顔立ちと柔らかそうな金色の髪。
俯き加減に何かをじっと見つめている青い瞳が儚げに揺れている。
「彼は、サマルトリアのコナン王子。僕達と同じ、ロトの子孫だよ」
「へえー。初めまして、コナンくん。私はフィーア。知ってるとは思うけど、勇者アレクとその守護者アリシアの娘だよ、よろしくね」
考えてみれば、彼女が最も勇者の血が濃いのだ。
ひょっとすると、彼女が勇者に最も近い存在なのかもしれない。
再会した時の戦いぶりに思いを馳せる。
「あなたがローレシアの妖精姫?」
コナン王子が小さな声で問い掛けると、フィーはその質問に朗らかに答える。
「あはは、そう呼ぶ人もいるけど、それは私がエルフだからだし、そんな大層な代物じゃないよ、うん」
そんなフィーの様子に、コナン王子は大きなため息を吐いた。
「はあぁ……。そうだよな、アリシア様の娘だもんな。期待したボクが馬鹿だったんだ」
自虐するような少年の呟きをフィーが聞き咎める。
「ちょっと、それどういう意味?」
「……胸無し」
アレンが止める間も無く、店内に血の華が咲いた。
ああそうか。
そういう事だったんだ。
王妃様と守護者様が、コナン王子を嫌う理由。
店内に吹き荒れる暴虐の嵐の中、私はようやくその答えを知ったのだった。