ある研究者の手記   作:たか等

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渦潮博士の発端

 

 

「渦潮には何かが潜んでいる」

 

 これはある人物の主張の一節であり「そしてその発生メカニズムには生物的関与が疑われる」と続く。自称するところ渦潮博士、彼は環境中での自然発生という当然のプロセスを否定して生物による渦潮生成などという突飛な発想を披露した。

 

 この生物由来説ではウスバカゲロウの幼虫期(アリジゴク)の如き存在が海洋下に潜むとされる。それは巨大なアギトを持ち、またさらに彼の主張通りならば洗濯機のごとき回転運動を行う巨大な生物であるというのだ。

 しかし調査を進める過程で発生した観察機材の部分的な消失、またそれらの表面に残る擦過傷が確認されたことで主張をある程度修正。アリジゴク単体では説明が付かないということで、アリジゴクのような巨大生物とその幼生体による遊泳(=捕食行為)と改められた。

 

 ……流石にそろそろ筆を投げ出したいところだがまあ、我慢しよう。

 

 なるほど確かに渦潮の発生は不規則、しかし艦船などが近づくと即座に発生することもある。

 彼はそうした渦潮の発生頻度及び領域を生物における縄張りと解釈し、また接触して発生するにあたり何らかの感覚器官で対象を捉えているとも説明した。

 それは同じ渦潮(生物由来ゆえにこの書き方となる)が一定領域に出現している可能性を示唆し、将来的には個体ごとの区別(渦潮ごとの違い!)による観測や周辺海域の安全確保が可能になるかもしれない、と述べた。

 

 当然のことながら彼の主張以前の思いつきは多くの人にナンセンスとされた。反論と批評が多く寄せられたのは言うまでもなく、中には直接的に「正気を疑う」などと表明したものさえある(彼の主張を揶揄してシーサーペントならぬシーワーム説だと聴聞した誰かしらが提案し、彼もまたその場で了承したこともまた有名である)。

 とはいえこうした反応は仕方ない。残念なことに彼はこの仮説を証明するための材料、いわゆるシーアリジゴク(は無理だろうと彼も理解していたが)の幼生体を捕獲することもできていなかったのだから。

 

 また根本的なことを言えば、仮説ならば必要であろう「なぜ世界規模で、唐突に、巨大な渦潮が複数発生したのか」を説明できていない。

 渦潮とアリジゴクの関連以前に「ではなぜそのアリジゴクは唐突に発生したのか?」という質問に対して彼はこれといった明確な答えを用意できなかった。彼は目の前にある現象をありあわせの可能性という材料で説明しただけであり、加えてそこに確たる証拠も存在しないのだ。

 従ってこれは主張以前の戯言と言わざるを得ない。まるで、地球外生命体の存在論以前にUFOの構造物質を語るようなものであった。例え海洋異変の糸口が掴めないにしても、もう少しまともな意見はなかったのかと問われても仕方ない。

 

 以上の発表は一時期とはいえ話題を攫った。しかしすぐに忘れ去られた。

 渦潮博士……いや、発表時点でそう呼ばれてはいなかったはずだが、人々の記憶に残っているのは主張そのものではなく、上記の発表を行うに辺り彼が平然とかつ淡々と述べていた姿であろう。周囲の喧騒など気にも止めないその姿から狂人の類ではないかとさえ噂されることもあったのだ。

 

 

 そんな彼の主張であるが、今では広く知れ渡っている。

 何故か? それはTVをつければわかる。

 

 メディアは渦潮現象の発生要因として彼の主張を面白おかしく報道した。

 この報道は、主に面白さという点で人々を牽引した。例えるならかつてのネス湖の怪物のようなものだろうか。

 それは渦潮をUMAの如きものとして取り扱ったし、またその調査に際して探検隊が結成されるといった類の娯楽であった。彼の話は中世の海賊が信じたクラーケン伝説を彷彿とさせたし、それを語る実直そうな当人の姿はなぜか説得力さえ持っていた。

 

 時折「はやく未確認アリジゴク(UMA)を見せろよ」などと煽られることもあるが、それでも多くの人々に彼の主張は笑い話の一種として受け入れられたのである。ステレオタイプの変人、主張の胡散臭さは置いておいて渦潮博士という呼び名通りの立場を彼は築いたのである。

 

 彼の主張が受け入れられた理由としては、恐らく人々の要求に従うものであったからだろう。

 突如海洋各地に出現した渦潮。それは発生当初は未曾有の災害のように報道され、また実際に些かばかりの被害者もでた。しかししばらくすると、それに近づかなければ危険性はないということを多くの人々は認識することになった。発生領域もごく限られていたのだ。

 

 戸惑いもしたし不気味でもあったが、渦潮は隕石の落下や台風のように大きな被害を齎す天体現象のような派手さはなかった。そうやって時間の経過とともに、また実害の喪失とともに、災害の一種、不気味なものという印象が変化した。多くの人々にとって"邪魔"としか表現しようのないものに渦潮は成り下がったのであった。

 世界規模で発生する渦潮はあまりにも不可解かつ広域的な現象ではあるが、同時にあまりにも地味な現象でもあったのだ。

 

 そんな渦潮を笑い飛ばそうという話題は迎合された。そして同時にオカルトの分野も賑わうことになる。こうした状況での彼の主張は潜在的に求められていた答えであり、また笑い話としてもちょうどよかったのだ。もちろん多くの渦潮解釈バリエーションの一つとしてであるが(他の多くの愉快な解釈については割愛する)。

 

 

 端的に言ってしまえば、世間の要求は不可解な現象に対する答えでありその究明ではなかった、ということになる。

 

 彼の主張は、実証主義の科学分野においては単なる戯言に過ぎない。しかし、例えそれが個人的にはくだらないと思うような説明であろうとも、多くのオカルトマニアが満足するような話題であろうとも、それでも一つの答えであったのだ。

 

 この点、彼よりも明確な答えを提示できなかった我々にも問題があることは認めなければなるまい。たとえ、この不可解な、地球規模での海洋変動に直面し、世間が考えている以上に学会が混乱していたとはいえ「時期が悪かった」などという言い訳は許されないだろう。




設定を考えるのって面白いよね。
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