Fate/Rebellion~その男は筋肉(マッスル)だった 作:Chaikærel
「――はぁ、はぁ、なんで、なんでこんな目に…」
「そこ右!次の三叉路を左に行って突き当たりの建物に全部用意してるから。死んだらダメだよ?ほら、もう少しだから頑張って逃げて!」
電話口から雇い主である女の声がする。励まされてはいるもののどうにも理不尽感が否めない。というのも、俺は今槍を持った男に追いかけられ、命を狙われているのだ。左手の甲に赤々と輝く痣のような文様が、何に巻き込まれたかを物語っている。全く、この女のせいでこんな目にあっているのに頑張れだけとは何とも酷い話である。さて何があったか、それは少し遡る。
二週間前、ベルリン。俺はシンガーソングライターになるべく、ギター片手にこの街で暮らしていた。とはいえ、ギター一本で食べていけるはずもなく、アルバイトをして食い扶持を繋いでいた。三日前にバイトをクビになり、つれづれと道を歩いていた。街の賑わいが、言いようもなく冷えた心を突き刺すそんな中、黒いパーカーを着た一人の東洋人の女が俺の行方を阻んだ。
「ねえ、ちょっとアルバイトしない?」
二十歳にも満たないであろう若い女が、いかにも胡散臭い表情でそんなセリフを吐く。突拍子もない出来事に、俺はしばし唖然としていた。何も答えない俺に痺れを切らしたのか、あるいは端から返答を期待していなかったのかは定かではないが、続けてこう言った。
「成功したら一生遊んで暮らせるよ。信用できないのなら前金も用意してあげる」
どう考えても異常なこれを、俺は面白いと思ってしまった。歌もうまくいかず、何もできず、何かをしたいとも思えなかった俺にはこう少し怪しいくらいが好奇心を煽るには丁度よかったのだ。まあどうせ嘘だとは思っていたけれど、それはそれで暇潰しにくらいはなるだろうとも考えていたのだが。
「いいだろう。詳しく話を聞かせてもらおうか」
女はそれを聞くと不敵に笑い、案内する、そう言って歩き出した。大通りを抜け、ベルリンを離れ、郊外の小さな町、ベルンブルクに入り、路地をジグザグに進み、人気のない暗い小道の突き当たりのあばら家にたどり着いた。
「ようこそ、私のアジトへ。さあ、上がって」
立て付けの悪い扉が開き、ツンとカビの香りがする廊下を進む。一段登るごとにミシミシと嫌な音を立てる階段を登り、突き当りの部屋に入った。その部屋は若い女の部屋とは思えないほどに陰鬱とした雰囲気に覆われていた。床には物が散乱し、ホコリっぽく、棚には何かよくわからない本や、呪いにでも使うんじゃないかと思ってしまうような不気味なオブジェで埋め尽くされており、それらをPCの明かりがおどろおどろしく照らしていた。
「なあ、ところで、何の仕事をすればいいんだ?」
ここまで完全に失念していた質問を思い出し口に出す。女は何やら口ごもり、しばらく考えた様子で、ようやく口を開くと
「悪いけど、詳しい話は今はできない。言えるのは、私は魔術使いで、あなたには私の代わりにとある儀式に参加してもらうということだけ。」
説明義務を放棄されたことに怒るべきなのだろうが、魔術師という日常生活をしていれば聞くはずのない単語が、俺の心を掴みそれ以外に興味を向けさせなかった。
「魔術使い…?どういうことだよ。まさかそんなファンタジーなものが存在するとでも?」
「存在するよ。折角だし見せてあげる」
女はそう言うと手のひらを広げた。何をするのか、疑惑と好奇心の狭間で揺れながら、手のひらを見つめていた。するとすぐに変化が見て取れた。何かが手のひらの上で揺らめくように形を成していき、やがてそれはナイフとなった。そんな不思議な光景に呆気に取られていると
「投影よ。まあ粗末なものしか作れないけど。」
そう言って女はナイフを投げ捨てた。俺は、弧を描き壁に刺さったナイフをじっと見つめていた。トリックか本当の魔術かは分からなかったが、最早俺の興味は女へ一心に向けられていた。
「あんた、名前は?」
「ああ、言ってなかったわね、九頭龍瀬魚よ。あなたは?」
クズリュウセナ、不思議な響きの名前だ。
「東洋人だな。日本人か?俺はエルフォルグ・マイヤーだ。よろしくな、セナ。」
「その通り。こちらこそよろしく。それにしても、まさかこんなにも簡単に行くだなんて思ってなかった」
驚いたというより、若干呆れるように答える。
「何も無かったところにこんな普通じゃ体験できないような面白そうなことを出されりゃそら食いつかない奴はいないぜ?」
「そう、じゃあとりあえず連絡先を教えてもらうね。準備が出来たら呼ぶわ。それと、はい前金」
そう言って渡されたのは分厚くなった封筒だっただった。少し開けて見てみると、数えようとも思えないほどの札が入っていた。異常なのは客観的に明らかだが、高揚していた俺はそんなこと気にも止めず、受け入れてしまった。
「そうそう、それと、ちょっと左手を出してもらえる?」
言われた通りに左手を突き出すと、セナも左手を突き出した。その甲には、赤い痣のようなものがあった。セナが何か呪文のようなものを唱えるとそれは徐々に薄くなっていき、全く同じ模様のものが俺の左の甲に刻まれた。これが魔術かとワクワクしながら特別感に浸っていた。
そして二週間後、今、はっきり言おう。仕事を受けたことを後悔している。
夜の町は人通り少なく、街灯が微かに街並みを照らしていた。あれから二週間が経ち、遂にセナに呼び出されたのだ。これから何があるのか、期待に胸踊らせながらセナを待っていた俺の元へやってきたのは、夜闇に紛れる黒いパーカーの女ではなく、全身に闇を跳ね除けるような鮮烈な青の衣服を纏い、真紅の槍を持ったゲームにでも出てきそうな男だった。
「その左手の令呪、あんたマスターだな。サーヴァントはどこにいる」
男は訳の分からない言葉を口にしながらこちらへ歩いてきた。
「サーヴァント…?何のことだ?」
実際何のことか分からない俺は、率直に疑問を口にする。すると、男は呆れたような物言いで
「おいおい、とぼけてんじゃねえぞ。その左手の令呪が正にマスターである証拠じゃねえか。もしかして、まだサーヴァントを召喚してないのか?」
どうやら男は俺について勘違いをしているらしい。俺がどう返そうかと悩んでいると、ようやく電話が鳴った。セナからだ。男の方に注意を向けつつも、電話を取る。
「不味いことになってるね。いい?今から言った通りに走って。さもないと、死ぬよ」
何を言っているのか分からなかった。目の前の男、そして電話口で突然死の危険性を注意され、理解が追いつかなかったのだ。
「何だ随分と余裕じゃねえか。もしかしてあれか、あんた巻き込まれたクチか」
男は徐々に距離を詰めながら話しかけてくる。何も答えられずに立ち尽くしていると
「どうやらそうみたいだな。ったく、あんたも運がねえな。こんなことに巻き込まれちまうなんてな。そんじゃあ悪いが…」
男が腰を落とし槍を引く。それが何を意味しているかを理解するより早く
「左に飛べ!」
電話からのセナの怒号が、俺の体を突き動かした。地面に転がり、男の方を見ると、男は槍を先程まで俺がいたところへ突き出していた。どうやら、本当に死んでしまうところだったらしい。
「急いで!まずは目の前の道を真っ直ぐ!」
死の恐怖を初めて体験した俺は、仕事を受けたことを後悔しつつもセナに言われるがままに逃げるしかなかった。
二週間前、セナのアジトに行った時と同じように、道を複雑に駆け抜ける。時折、男の声はするものの、追いつかれている様子はなかった。
「逃げれているのか?どう考えてもあいつの方が速いだろうに。」
素直な疑問を口にする。独り言のつもりで、返答は別に期待してなかったのだが
「結界を張って目的地までの道を簡易的に迷宮化させてるからね。よほど魔術に秀でたサーヴァント、それこそキャスターでもない限り、例え瞬足で知られるランサーやライダーが相手だろうと、逃げ切れなくとも、追いつかれることは絶対にない。断言する」
セナは自信たっぷりにそう答えた。どうやらセナには若干傲慢なところがあるらしい。走り疲れ、息も絶え絶えになってきたところでようやく目的地にたどり着いたらしい。
「その中よ、私の言う通りに儀式を行いなさい。」
セナのアジトに似たあばら家の扉を開け、中に入る。目の前には紅く光を放つ魔方陣が描かれていた。
「こりゃすげえ…めちゃくちゃかっこいいじゃねえか…」
感嘆を口にすると、呆れるような口調でセナが言った。
「いちいち驚かないで。さっさとしないとさっきの男がやってくるよ。そこに触媒と呪文を書いたメモ紙を置いてるから、触媒を召喚陣の真ん中に置いて呪文を読み上げて」
「はいよ。ったく、まさかこんな魔法使いみたいなことができるだなんて思ってもみなかったぜ。」
さっきまでの後悔はどこへやら、俺は目を輝かせていた。触媒と思われる短剣を見つけ、それを召喚陣に設置する。興奮を抑えながら、メモ紙を広げ、呪文を読み上げる。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」
自分の中にある何かが、何かと繋がったのを認知する。
「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
左手の甲の文様が熱を持ち、痛みを伴い始める。
「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
痛みが増すと共に、体から熱を持った何かが流出していく。
「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
その時、荒々しく扉が開かれた。
「随分と逃げ回ってくれたじゃねえか、っと、どうやら召喚中のようだな。」
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者」
もはや詠唱を止めることはできない。男が俺を貫くのが先か、俺が詠唱を終えるのが先か。
「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者──」
何かがやってこようとするのが鮮明に分かる。これが魔力というものなのだろうか、熱の流出は勢いを増し、どんどんと増していく痛みも相まって意識が遠のきそうになる。
「ここで終わりだ、最期にいいもん見せてやるよ──」
男は槍を構える。紅い槍は輝きを増し、力の奔流が感じ取れた。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ…」
あと一小節、それで儀式は完成する。
「刺し穿つ(ゲイ)――」
男の槍は益々輝きを増す。空気を震わせ、人一人くらいなら吹き飛ばしてしまいそうな程の力の流れは、その槍が放たれてしまえば必滅であることを意味していた。
「天秤の守り手よ――!」
「死棘の槍(ボルク)!!」
言葉が放たれたのは恐らく同時、俺は目を強く瞑り、死を覚悟した。しかし、その数拍後にも俺の命はあった。恐る恐る目を開けると、そこには槍を阻むように一人の男が立っていた。
――その男は、筋肉(マッスル)だった。
初めまして、チャイカレルと申します。オリジナル聖杯戦争を書かせていただきます。初投稿ということもあっておかしなところも多いとは思いますが、どうか温かい目で見守ってくれると幸いです。