中尉のダンジョン攻略! 作:中尉好き
少年はその路地に一人で座っていた。顔は殴られたからか裂傷が一部あり、口からは血液が垂れ、少年の服――と呼んでいいのかわからない体に巻いた布を濡らしていた。形だけなら確かに少年は座っているように見える。しかし、こうしてみると死にかけているようにも見える様相であった。
今の少年の心中を渦巻くのは、果てしない虚脱感であった。
少年は気が付いたら一人で生きていた。親はおらず、仲間もおらず、一人で食べ物を奪い、目障りに感じた者と喧嘩に明け暮れていた日々だった。
そんな暮らしをしていたからなのかそうでないのか、少年にはわからなかったが、何かが足りない感覚が少年にはついて回った。
実際何が足りないのか少年にはわからなかった。それが少年にとっては一番目障りで、それを忘れようと荒れるたび、少年の暮らしは日に日に悪くなっていった。
そんな中で生まれたのが今の状況だ。
今日も普段通りに喧嘩を売った。いけ好かないへらへらとした顔。ここらの住民をあからさまに見下したその視線。いつもと同じ目障りな感じだ。
そう思って喧嘩を売ったのだ。
しかし、相手が悪かった。
この街には信じられないことに《神》という存在が暇つぶしに降臨している。そしてこの暇つぶしに降りてきたらしいこの神々が人に力を与え、ダンジョンを攻略させているのが今現在のこの街の特殊なとこなのだ。そしてこの力を与えられた者は、その後、その姿からは想像できないほどの能力を得るのだ。少年が喧嘩を売ったのは正にこの力を得た側の者だった。
少年は確かにそこいらの人間よりもはるかに強い。喧嘩慣れした体は大抵の攻撃には反応できたし、攻め方も数をこなした経験から多くのバリエーションを誇る。少年はまだ子どもだったが、普通の人間なら大人にすら勝利することができただろう。実際、これまで何度も勝っていたのだ。
だが、この力を得た者、『冒険者』と呼ばれる人物は、その常識の範疇には収まっていなかった。
速さが違う。膂力が違う。耐久力も違った。
何一つ勝てない。それどころか、追いすがれもしない。
正に桁違いの実力だったのだ。
少年はそれはもうボコボコにされた。殴られ蹴られ殴られ蹴られ、時には投げ飛ばされ。少年はプライドが高いという性格もしていた故に、かなりの回数甚振られてもそのたびに向かっていくことをやめなかった。
そして冒頭の現在へと至る。
何度も殴られた身体はボロボロで服は服と判別できないほど傷んでいる。死にかけという表現はなんら間違ってはいない状態だ。
死ぬのか、と少年は考えた。少年としては生きようが死のうが今は特にこだわりはないが、この死に方ダサいなと思う。これじゃそこいらのつまらねぇ連中より無様じゃねぇかと。
少年は空虚な心の中に微かに夢を持っていた。それは、少年の夢にたびたび出てくる男に出会うことだ。その男は自分じゃ絶対に勝てないと思わされるような覇気を常に放っており、この人になら一生ついていけると思わされるような人物であった。しかし、面識のある男ではない。顔も夢でしか見たこともなければ、名前に至っては全く分からなかった。それでも、これだけ印象に残る夢もそうない。きっとあの人は俺をどこかで待っているんだと、勝手にそう決めつけていた。そんなとても小さい夢だ。叶うことなら会ってみたかったが、もう無理か、と少年は諦めていた。
これまで持っていた意識が段々と薄れていく。今の今までしっかしと持ち上げられていた瞼も今では鉛のように重たい。これは本格的にだめか、と少年は悟った。これは死が自分まで辿り着いてしまったんだと理解した。こうなればもう、どうしようもないだろう。せめて死んだのならば、あの人のもとにでも行こうと少年は薄れる意識の中で考える。
そこで少年の意識は完全になくなった―――と思われたその時、少年に何かしらの液体がかけられた。
「ッ⁉」
途端少年は驚いて
そこまでしてようやくこの現象を起こしたであろう液体をかけた人物を見るために振り返った。そこにいたのは―――女神だった。いや女神のように美しい女性だった。少年は警戒し、姿勢を低くしながら注意深くその人物を眺める。そして問いかける。
「誰だ、お前は」
「―――私はイシュタル。女神イシュタルである。小僧、お前は見所がある。
それが少年とイシュタルとの出会いであった。
少年はこの日、イシュタル・ファミリアの一員となった。何がイシュタルを動かしたのかは分からない。しかし、少年は死ななかった。まだ夢を諦めないでいられる。ならその恩ぐらい返してやろうと思った。
「小僧、お前の名は?」
「…ヴィルヘルムだ」
少年―――ヴィルヘルムの物語の幕が、上がった瞬間だった。