中尉のダンジョン攻略!   作:中尉好き

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RozenVampを聞きながら作業をするとなかなか捗ります。


時期

 ヘルハウンドの炎を突っ切って懐まで潜る。ヘルハウンドが吐き出す炎は厄介だが、近くによってさえしまえばその効果はなくなる。懐に入られることを許してしまったヘルハウンドに何度目かの容赦ない拳骨が突き刺さる。

 そのまま数M(メドル)吹き飛びヘルハウンドはぐったりとしたまま動かない。先ほどの一撃はヘルハウンドを絶命させるに足る威力を持っていたようだ。

 

「ちっ、数が多いな」

 

 ヘルハウンドを沈めた男、ヴィルヘルムは悪態をついた。

 ヴィルヘルムの体には多くの傷がついていた。左腕は服と、その下の皮膚が丸々焼かれ、胴体には大きな切り傷、打撃によって内臓にダメージも食らっているのか、口からも血液が流れだしていた。

 現在ヴィルヘルムがいるのは『中層』と呼ばれる地点、15階層だった。

 

「そろそろ潮時かねぇ」

 

 ヴィルヘルムは口の端を吊り上げる。一見第三者から見れば、生存を諦めたかのような表情だ。体は脱力し、戦闘態勢を解く。その姿さえ、死を悟りすべて投げ出しているかのように見える。

 しかし、実際は違う。

 ヴィルヘルムは、ダンジョンに潜る際、自分に縛りを設けていた。それは、『極力魔法に頼らない』ことだ。

 以前ヴィルヘルム自分は魔法を持っているのに使っていないことに気が付いた。そして、次のダンジョン探索の時に試しに使ってみたのだ。そのとき魔法の凄まじさを知ると同時に『これはいけない』とヴィルヘルムは思った。なぜなら、魔法は強すぎる(・・・・)のだ。いつもなら少々手間取る相手すら、片手間に倒してしまえる。それが魔法だった。ヴィルヘルムは、戦いを、そして、自身の戦に関する成長を求めていた。それが魔法を使えばほとんど手に入らない。これに気づいてから、ヴィルヘルムは魔法を使うことを減らすようにしたのだ。

 しかし、危険な場面では違う。戦いは命を失えば終わりだ。正当な戦いなら命を失うこともまた必要なことかもしれないが、こんなダンジョン風情でヴィルヘルムは死ぬ気はなかった。だから死ぬくらいなら魔法を使う。魔法の使い方を学ぶこともまた必要なこととして。

 

「―――形成(イェツラー)

 

 そしてヴィルヘルムは自身の魔法を発動させる。

 

「【■■■■(クリフォト・バチカル)】」

 

 途端、ヴィルヘルムの体が変貌する。

 肩から、腕から、腰から、足から、茨が伸びる。いや、生えてくる。強烈な瘴気を放っているかのような茨が、ヴィルヘルムの体のいたるところから生えてきていた。体の変化だけではない。ヴィルヘルムの目もまた変化していた。普段でもその赤い瞳は目立っていたが、今はその比ではない。虹彩は赤く、その周りは黒く染まっている。化物のような眼だ。

 

「さあ、続きと行こうぜ」

 

 変貌を遂げたヴィルヘルムは先ほどよりさらに口端を歪ませ、モンスターににじり寄る。普段冒険者には強烈な敵意を向けるモンスターだが、一瞬ひるんだように後退する。しかし、その動揺もすぐ収まり、ヴィルヘルムに飛び掛かる個体が出てくる。

 

「そうだ。もっと来い」

 

 ヴィルヘルムは多数のモンスターに覆われながら、笑顔で戦いを続けるのだった。

 

 

 換金所の前でヴィルヘルムは差し出された14000ヴァリスに眉を顰めた。ヴィルヘルムは普通の冒険者ではありえないほどのモンスターを倒してきたはずだ。それなのにこれだけしか報酬を受け取れないのにはわけがある。それは、ヴィルヘルムの【■■■■(クリフォト・バチカル)】がモンスターの魔石を吸収してしまうことにある。

 この魔法はヴィルヘルムに強大な身体能力向上効果と、さらにスキルより強力な吸収能力をもたらすのだが、その制御が未だヴィルヘルムはできていなかった。そのせいで、相手の魔石付近を攻撃するだけで魔石を吸収してしまうのだ。幸いなことに、ドロップアイテムは残るのだが、このせいで金策には苦労していた。武器を買う必要がなく、他の冒険者より溜まり易いが、あるに越したことはない。

 これは自分に責任があると理解しつつも、ヴィルヘルムは少々の不満を感じてしまっていた。

 換金が終わり、ヴァリスを受け取ったヴィルヘルムはギルドから去ろうとする。しかし、ギルドを去る瞬間、その背中に声を掛けるものがいた。

 

「ちょっと待ちなさい!ヴィルヘルムさん!」

 

 ミルフだった。狼人(ウェアウルフ)の彼女は手を振りながらヴィルヘルムを引き留める。整った顔は今回は怒りを携え、わずかに歪んでいる。

 

「勝手に『中層』まで行ったって本当ですか⁉」

「ああ行ったぜ」

 

 ヴィルヘルムはけろっとそう答えた。事実怒られていると気づきながらもヴィルヘルムに反省の色は見えない。

 

「分かってますか⁉『中層』っていうのは初心者冒険者が行くようなところじゃないんです‼もっと経験を積んで、ステータスを伸ばして、仲間を集めてですね…」

「そりゃあつまり、俺が弱いって言いたいのか?」

 

 ミルフの発言に僅かにヴィルヘルムは怒気を漏らす。誰しも自分の行動に文句をつけられれば反感を覚える。あとはそれをどう処理するかは個人差が出るが、ヴィルヘルムはその場で発散する人物だった。

 ヴィルヘルムに凄まれ、ミルフは一度言葉を詰まらせる。しかし、受付嬢の矜持かヴィルヘルムの目を見てしっかりと言い返した。

 

「そうです‼まだレベル1のヴィルヘルムさんはもっと経験を積むべきなんです‼」

 

 ヴィルヘルムは自分に言い返してきたミルフに僅かに感心した。ヴィルヘルムは見た目が怖い。故に、大体の人は、この姿を見ただけでも少しばかり委縮するものだ。しかし、彼女はしっかりと発言ができていた。

 

「大丈夫だよ。俺は死なねえ」

 

 まだ何か言っているミルフを背にヴィルヘルムはそう言い残してギルドを去った。その背に浴びせられる言葉は少しだけ心地よかった。

 

 

 場所は変わりイシュタル・ファミリアのホーム。ヴィルヘルムは久方ぶりのステータス更新を行いに、イシュタルの私室へと向かっていた。

 

「止まれ」

 

 イシュタルの部屋の前までたどり着いたとき、部屋の前に構えていた男に呼び止められる。

 

「おいヴィルヘルム、イシュタル様に会うときぐらい服装を整えられないのか?」

 

 男――タンムズ・べリリはヴィルヘルムにそう言った。タンムズはイシュタル・ファミリアの副団長を務めるレベル4の冒険者だ。イシュタルに心酔する彼はこのファミリアで最もイシュタルに忠誠を誓っている。そんな彼にはヴィルヘルムの主神への適当な態度が目についていた。

 

「そんな小せえこと気にすんなって。同じとこの仲間だろ?」

 

 へらへらと笑いながら、ヴィルヘルムはタンムズに答えた。仲間といった部分に心がこもっていないのはタンムズにはわかったがあえて触れない。ふん、と鼻を鳴らし、イシュタルの私室へと通じる扉の前から体をずらす。

 タンムズが空けた扉までの道を通りヴィルヘルムはイシュタルの私室に入った。

 

「俺だ。邪魔すんぞ」

「…おお、お前か。ステータス更新か?」

 

 ベッドから起き上がったイシュタルは、ヴィルヘルムを目にするとすぐにステータス更新の準備とりかかった。寝起きの女神は肌に何も纏っておらず、年頃の青年であれば、つい反応してしまいそうであるが、ヴィルヘルムは不思議と今までも含めそんなことはなかった。

 

「ふぁ~あ…」

「…眠そうだな。昨晩はお盛んで?」

「まあな」

 

 イシュタルの眠そうな理由にすぐに感ずいたヴィルヘルム。深くは聞くまいとすぐにイシュタルから視線を逸らし、ステータス更新のため上半身裸になる。そして、先ほどまでイシュタルが寝転んでいたベッドへうつ伏せになり、イシュタルが来るのを待つ。

 

「じゃあやるわよー」

 

 気の抜けたような声をイシュタルが発し、神血(イコル)がヴィルヘルムの背中へと流される。そして神血(イコル)がヴィルヘルムの背中へと到達っした瞬間、ヴィルヘルムの背中に書かれている神聖文字(ヒエログリフ)が光り、変化していった。

 

ヴィルヘルム

Lv.1

力:A 855→S 932

耐久:A 812→A 854

敏捷:A 874→S 904

器用:B 765→A 802

魔力:A 809→A 849

《魔法》

■■■■(クリフォト・バチカル)

詠唱式[■■(イェツラー)]

 ・基本アビリティに上昇補正。

 ・攻撃した対象からあらゆるエネルギー、基本アビリティを吸収する。

 ・一度の精神力消費で発動を停止するまで効果永続。

■■■■■■■(ローゼンカヴァリエ・シュヴァルツヴァルト)

詠唱式[■■■■■(かつて何処かで )■■■■■■( そしてこれほど幸福)■■■■■■■■(だったことがあるだろうか)

    ■■■■■(あなたは素晴らしい)■■■■■( 掛け値なしに素晴らしい)■■■■■( しかしそれは誰も知らず)■■■■■■■( また誰も気付かない )

   ■■(幼い私は)■■■■■■■■( まだあなたを知らなかった)

    ■■■■■■■■■(いったい私は誰なのだろう)■■■■■(いったいどうして)■■■■■■(私はあなたの許に来たのだろう )

    ■■■(もし私が騎士に)■■■■■■(あるまじき者ならば、)■■■■■■■(このまま死んでしまいたい )

   ■■■■■(何よりも幸福なこの瞬間)■■■■■(――私は死しても決して)■■■■■(忘れはしないだろうから )

    ■■■(ゆえに恋人よ )■■(枯れ落ちろ )

   ■■■(死骸を晒せ)]

 ・ 自身を展開し周囲からあらゆるエネルギーを吸収、自身の基本アビリティを強化する。

 ・ 渇望の丈により効果上昇。

 ・【■■■■(クリフォト・バチカル)】の使用中のみ使用可能。

《スキル》

■■■■(クリフォト・バチカル)

・ 基本アビリティ上方補正。

・ 攻撃時、攻撃対象から微量に基本アビリティ、体内エネルギーを吸収する。

・ 特殊状況下により効果上昇。

 

 ヴィルヘルムが冒険者となってからこれまで二か月がたっていた。ステータスは順調に―――いや順調すぎるほどに伸び、今では同じレベルの冒険者の中では最高位にまで上り詰めている。

 

「さすがの成長率だね。そろそろレベルも上がるんじゃないか?」

 

 イシュタルはヴィルヘルムの上昇したステータスを見て素直にそう考えた。これまでずっとこの成長を見続けてきた故、成長率に驚くことはもうないが、いまだに感心する。そして、ここまで成長してきたのだからレベルアップの機も近いと考えていた。

 足りないとすれば何か。きっと最後の試練―――自身を超える強敵との戦闘だろう。

 ヴィルヘルムはおよそ常識の範疇で言えば分不相応の階層で戦闘を行っている。しかし、ヴィルヘルムは常識の範疇に留まっている男ではなかった。異常なステータスだけならまだしも、それ以上に異常な魔法まで所持しているのだ。常識に収まりきるはずがない。したがって今まで強敵といえるような輩と戦闘する機会がなかったのだ。

 

「…ゴライアスとでもぶつけてみるか?」

 

 ゴライアス。それは迷宮の孤王(モンスターレックス)と呼ばれる、一種のボスモンスターだ。その能力はどれも強力で、単独撃破を狙えるものは少ない。ゴライアスは最も上層に現れる迷宮の孤王(モンスターレックス)で、17階層に生まれるモンスターだ。ギルドによる指定レベルは4。常識的に考えればとてもレベル1の冒険者にぶつけるべきではない。

 

迷宮の孤王(モンスターレックス)っつー奴か」

「なに、大丈夫さ。フリュネと…あと何人かつけてあげるよ」

 

 イシュタルはヴィルヘルムを単独でゴライアスに挑ませようとは思っていなかった。イシュタルからすればヴィルヘルムは未だ光る原石の段階だ。将来的にフレイヤを驚かせる駒にしようとしているからには、今無理をさせるべきではないという考えからのこの提案だ。

 フリュネという冒険者は現在のイシュタルファミリアの団長にして最強の存在だ。蛙を想像させるような醜い相貌に大きく肥えた体からはとても想像できないが、能力はある。性格に大きな問題はあるが、基本イシュタルの言うことは聞くので、イシュタルはその点に関してはフリュネを信用はしていた。

 普通の冒険者からしてみれば、格上の冒険者と一緒にダンジョンに潜るということはありがたい話だ。経験を積んだ冒険者の行動、戦い方は、その域に達していないものからすれば教科書のようなものだからだ。それを見ればダンジョンでのやるべきことがわかり、生きるための術を身に着けることができる。しかも格上の冒険者がいることで、その時点での生存確率も大幅に上昇する。これで喜ばないものはごく少数派だろう。

 そして、ヴィルヘルムはその少数派に分類される。

 

「いらねぇよ。迷宮の孤王(モンスターレックス)だろうが俺一人で十分だ」

 

 ヴィルヘルムはイシュタルの提案を切り捨てる。その顔に浮かぶ表情は断じて強がりなどではない。自分なら勝てるという確信がその男にはあった。

 

「どっからそんな自信がでるんだか…。まったく、調子に乗った子どもたち(あんたら)ほど厄介なもんもないよ」

 

 イシュタルはあきれ顔でやれやれと首を横に振る。

 

「そういう輩こそ冒険者って職で命を落とすんだ。こう言うときはいうこと聞いときな」

 

 イシュタルファミリアは、言わずとも知れた、大勢力である。主な活動は、自身のホームで行われる商売だが、当然ダンジョン探索を行い、レベルを上げている人物も多いのだ。そしてそこで死んだ団員が多くいることもイシュタルは知っている。そして、そんなものたちは大体が不注意で死ぬか、自己過信で死ぬかだ。イシュタルから見るヴィルヘルムは若干だがその気配が見え隠れしていた。もともと一般人であったころから実力が伴っていただけに、ステータスというさらなる力を得て、増長しているのではないかというのがイシュタルの考えだ。

 だからこそ、仲間を着ける。そうすることで万が一何かあったとしても命だけは落とさなくて済むように。

 

(この()に死んでもらっては困るからな)

 

 イシュタルはヴィルヘルムを育てることには真剣だった。

 

「…じゃあ一人だ。それ以上は認めれないな」

 

 そして、ヴィルヘルムとしての妥協点はそこまでだった。

 数がいては自分に回る敵が減る。それを避けるのがまず一点。

 

「そんでついてくる奴も俺が決める。…そうだなアイシャにしよう」

 

 強力な仲間がいれば、その場合でも自分に回る敵の数が減る。それも避けるための条件だった。アイシャは現段階でレベル2。ヴィルヘルムよりは上位だが、一人で、しかも一つしかレベルが違わないなら問題はないだろうとヴィルヘルムは考えた。

 

「……」

 

 手を口元に寄せ、イシュタルはその条件について思考を巡らしていた。

 正直なところ、この条件を飲むのは難しい。ゴライアスは最も弱い迷宮の孤王(モンスターレックス)だとは言ってもレベルは4相当。断じてレベル1とレベル2の二人パーティで挑める相手ではない。イシュタルは最低でもフリュネは付けたいところだった。しかし、あのヴィルヘルムがそれを素直に聞き入れるかというと、まず、ない。最悪の場合だと、条件をイシュタルが飲まなかった時点で単独でゴライアスに挑む可能性まである。

 イシュタルは歯がゆく思いながらも、その条件を飲むほかなかった。

 

「いいだろう。ただし、危険だとアイシャが感じた時点で戻ってこい。いいな?」

「了解」

 

 ヴィルヘルムはイシュタルの話を聞いて悪っぽい笑顔を見せた。

 

「アイシャには私から伝えておく。呼びに行かせるから適当にホーム内で待機していろ」

「出ちゃいけねえのか?」

「ダメだ」

「…はいはいそういうことね」

 

 これがイシュタルからのちょっとした意趣返しだと理解したヴィルヘルムは心底ダルそうにゆっくりと部屋か出ていった。


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