『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第六部「無限なる力」 作:城元太
霧に
払暁を待って潜んでいたランスタッグの群れが、一斉に葦原から姿を現した。
岸辺のランスタッグブレイクの頭部が開く。同時に飯沼から後続のバリゲーターTSの大顎が開放され、湖賊の
「弾正、貴様も大胆な奴だな」
「お前に言われるとは心外だ。少数で来いと伝えたではないか」
揚陸が続く荷台を横目に、鹿島の土豪藤原
「酷くやられたものだ。兄者もバイオゾイドに散々蹴散らされ、漸く鹿島に戻って来たそうだ」
「無事なのか」
「馬鹿な事をいうな。藤原
村雨ライガーの傍らより、荷台に乗って付き添ってきた小次郎が、確かな足取りで歩み寄る。玄明の問いに、小次郎は思い切り片足を上げ、大地に
「心配させた。見ての通りだ」
「誰が心配などするか」
玄明が小次郎の左肩目掛け拳を振るうと、小次郎は反射的に身を
「痛たた……。少し加減をしろ、貴様は相変わらず粗暴でいかん」
「誰の事を言う」
解かれた右手を押さえつつ、玄明が
「時に弾正、あの白い虎は」
その時荷台には、前肢に長大な爪を備える坂東では見慣れぬゾイドが陸揚げされていた。
「ソウルタイガーと申し、陸戦にて最高の性能を示すゾイドでありまする。将門様は初見でしたな。いままで我ら湖賊と行動を共にしてきましたが、此度
一瞬訝しむ表情を浮かべた玄明は、僅かに口角を上げて重房に呟く。
「弾正よ。俘囚と言い、
「そこまでにしておけ」
玄明の言葉を重房が遮った。
孰れにせよ、多くの兵を失った小次郎にしてみれば、一機でも多くのゾイドは貴重であった。
「して、何処に向かう。鎌輪の営所は焼かれレッゲルの補給も儘ならないだろう。大国玉の平真樹を頼るにしても、ここでは方向が逆だ」
「
小次郎の背後から、四郎将平が地形図を片手に現れる。
「現在地より西に進み、
白面の
血は争えぬものだと、玄明は将平を見つつ考えていた。
「よおし、これから神田山を越えるぞ。全員ゾイドに乗り込め。ランスタッグ部隊は陣形を整えバイオゾイドの襲撃に備えよ」
飯沼の畔に湧き上がった雄叫びは、見送る湖賊のバリゲーターを後に、霧の中に消えて行った。
「母さまは何ゆえ、じじさまとはお話しされぬのですか?」
無邪気な多岐の笑顔が痛かった。
久方ぶりに帰った良兼の営所、それも十数年過ごした懐かしい部屋の中、良子は必死に作り笑いを浮かべていた。
夫は、そしてあの時別れた孝子は無事であろうか。
今は無事を願うほか術はない。
南半球の長月末を迎えた庭には、膨らみかけの蕾を抱えた桜の木々が
回廊に足音が響く。
(また来た、あの女ね)
良子は多岐に、庭に出て遊んでくることを命じると、回廊に向かって身構えた。御簾の向こう側から声が聞こえる。
〝じじさま、母さまにお庭で遊んでいいといわれました〟
〝おお、多岐は利発だのう。くれぐれも怪我の無いようにするのだぞ〟
はーい、という明るい声を残し、幼い娘は営所の馬場に向かって駆けて行った。
「良子、入りますよ」
声に露骨な刺々しさを伴う。源護の娘にして平良兼の側室である小枝が床を踏み込み、御簾を上げる。幾分表情を曇らせた実父良兼が、後に続いていた。
「いい加減、将門の居場所を教えなさい。我らが鹵獲したデッドリーコングを容易に奪取できるとは、未だに兵力を温存しているはず。兄上達を殺した宿念の敵、そしてこの坂東を兵火に覆う忌まわしき鬼を、桓武平氏の棟梁平良兼として、これ以上見過ごすことなどできません」
「申し上げる事など御座いません」
穏やかに、しかし毅然として、良子は応じた。そこには嘗て嫁ぐ前、自分と同年齢の義母に反感を露わにしていた少女の面影はない。小次郎将門の妻として、また多岐と胎内に宿る子の母としての強さが、良子を心身ともに成長させていたのだ。比べて老いた良兼との間に子女を授かることのできなかった小枝は、その良子の成長が妬ましく、更に感情を苛立たせた。
「鎌輪の営所も焼き払われ、将門の上兵も伴類も雲散霧消したのよ。この坂東広しと云えど、最早平将門に
「野本の戦いに於いて、バーサークフューラー、ジェノザウラー、ジェノブレイカーを以て突然の襲撃を行うのは卑怯者ではないとでも」
小枝の言葉が怒りの為詰まった。
「鎌輪の当主が身罷った隙を狙い、忽ちの内に縁者が所領を蚕食する行為を、恥知らずと申せませぬか。自らの所領内にウィルスに罹患したゾイドが溢れたのは、
「黙れ良子。お前に何がわかる」
感情を剥き出しにして怒鳴ったのは良兼であった。
「館の当主は常に家人の碌を思わねばならぬものなのだ。正体不明の病魔に罹患し、次々と斃れるゾイドを目の当たりにし、甥だ兄だと拘っている余裕などない。都から常に過剰な貢物を要求され、利根の濫流に田畑を翻弄される様を、お前は見たこともないであろう。血縁よりも地縁を重んじなければ、都より遠く離れたこの坂東では、生きていけぬのだ」
「ならばなぜ、坂東は立ち上がりませぬ」
良子は良兼と小枝を代わる代わる見据える。
「嘗てデルポイのゼネバス帝は、兄ヘリックの理想に反旗を翻し立ち上がりました。戦に及んだその術が、全て正しかったとは申しません。ですが当主たる者、権力に付和雷同し、いつまでも己の立場を変えようとしなければやがて民と共に自滅します。
夫将門は、今は父上や源家によって、止む無く戦に駆り出されています。ですが父上の如き先達が都の矛盾を説き、互いに力を合わせ、坂東を、この東方大陸を変えようとは思わないのですか」
良子は深く息をついた。
「ソラに叛逆をしようというのか」
小枝の声は震えていた。
「バイオゾイドを見て気付きました。坂東は弄ばれているのです。ゾイドの実験場として」
「何を根拠にそれを謂う」
眉間に皺を寄せた良兼が、小枝を押さえながら身を乗り出した。
「父上も良正叔父も騙されているのです。あのような不気味なゾイドを使って勝利しても、また新たな脅威を生み出すだけ。坂東の富は都に吸い取られ続けるのです。
しかし、夫将門は違います。遠く桓武帝より賜ったあの村雨ライガーには、今はまだ眠っている無限の力を感じるのです。〝ハヤテ〟とも異なり、全ての世界を変える、無限の力が」
「無限の力、だと。世迷言も程々にせよ」
「戯言はお止め下さい。これ以上何を言っても無駄な事。良兼様、戻ります」
良子の言葉に、小枝も、実父良兼でさえも、耳を傾ける素振りさえしてはくれなかった。小枝が騒々しい足音を響かせ去って行く。
二人が去った後、良子は袖に顔を埋め忍び泣いていた。
(あなた様、良子はいつまでここに囚われて居なければならないのですか)
営所の馬場で鍛錬を行うダークホーンのハイブリットバルカンの回転音が響き、それを見て無邪気に笑う少女の声が蒼空に吸い込まれていく。
鳶色のシュトルヒが、天空に円環を描いて舞っていた。