『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第六部「無限なる力」 作:城元太
村雨ライガーの風防を叩く雨粒が、無数の花を咲かせる。真横には、デッドリーコングが黒い壁となって同じように驟雨に叩かれていた。
「
〝未だに報せは無く。まさか、敵に討たれたのでは〟
「案ずるな。奴は手練れの俘囚の民、それに精強なソウルタイガーだ。必ずや役目を果たすはず」
不意に、蹲っていた村雨ライガーが身を起こす。明確で無数の敵意を感じ取ったゾイドの緊迫感がびりびりと伝わる。時を置かず、寝所近くの土塁の向こう側で火の手が上がった。
「来たな。行くぞ
雨垂れを弾きつつ、碧き獅子と黒き猩々が疾駆して行った。
「何の真似だ、
驟雨の下、ダークホーンの群れよりアイスブレーザーが一歩前に踏み出た。
「さっき言った通りだ。小次郎様の館はやらせねえ」
殺気立つバンブリアンと無数のバンブーミサイルを前にして、良正達も攻撃を躊躇わざるを得なかった。リーオの刃を持つ多弾頭弾を喰らえば、重装甲を誇るダークホーンであっても無傷では済まない。常々メタルZiの鉧を集めている子春丸だからこそ、準備可能の武器であったのだ。
「まさか忘れてはおるまい。石田に住む娘、いちの事を」
アイスブレーザーの横に、多治良利の操るダークホーンが身を寄せた。
「常陸の郎党が娘の家を睨んでいるのは承知のはず。それでも邪魔立てするのであれば、娘共々無事では済まぬ覚悟であろうな」
その言葉に、バンブリアンの張り詰めた殺気が僅かに緩む。良正と良利とが目配せをした。無言で良正がアイスブレーザーの頭部装甲を閉じた。
「斉射、目標、バンブリアン」
ハイパーフォトン粒子砲を皮切りに、ハイブリッドバルカンの豪雨が愛らしいパンダ型ゾイドに注がれた。発射のタイミングを逃し、誘爆するに任せられたバンブーミサイルが、虚しく石井の営所の土塁の外側に紅蓮の花を咲かせる。そしてその炎の花は、内側より攻め手のやって来る方向を図りかねていた小次郎達に、明確に攻撃場所を示したのだった。
激しい銃撃の後、全身をハイブリッドバルカンに撃ち抜かれ、穴だらけになり、ズタズタに引き裂かれた白黒のゾイドの姿があった。それでもバンブリアンは、幽鬼の如く二本の足で立ち尽くしていた。
「死に損ないが」
ヘルブレーザーを広げたアイスブレーザーが、屍同然のバンブリアンを切断しようと身を翻す。穴だらけの機体に、黄色い刃が突き刺さろうとした刹那であった。
黒い猟犬が、唸りを上げて飛来したリーオの斧に弾き飛ばされ横転する。漆黒の闇に、小山の如き黒い猩々が立ち塞がった。背部の棺桶から伸びた可動肢に、アイスブレーザーを薙ぎ倒し戻ったヘルアックスが受け止められる。棺桶の背後から、それを足場にして飛翔する碧い獅子があった。
横たわるバンブリアンの残骸を目にし、残酷な事実を瞬時に小次郎は理解した。
怒りを込めた血潮が身体中を駆け巡った。それは、桔梗を殺され、妻子を奪われた怒り以上であった。
小次郎の心中、兵であった桔梗や、武士の妻子たる良子達への苦難は受け入れざるを得ないという覚悟は出来ていた。だが子春丸は違う。無辜で戦いとは縁遠い部曲の民を、己が欲望に任せ陰謀に巻き込み、
小次郎は叫んだ。
「将門ライガァー!」
碧き獅子が霰石色の輝きを纏う。咆哮が闇夜を裂き、二振の大刀を構える霰石色の獅子が顕現した。
「頃合いだな。他田真樹、退くぞ。ああなった小次郎に、良正叔父では勝てぬ」
〝御意。知音の心ある
後衛で襲撃を見守っていたブラストルタイガーとレッドホーンは、幾分小止みとなって来た驟雨の下、密かに大毅を抜け出して行った。
良正の目の前で、次々とダークホーンの群れが切断されて行く。逆鱗に触れられた小次郎の怒りは、最早誰にも止めようがなかった。
「なぜ斃せない」
ダークホーンの中、上兵多治良利は信じ難い猛攻で迫る将門ライガーの姿に驚愕していた。命中はしている、命中はしているのだが、将門ライガーの霰石色の装甲は、全ての銃撃を撥ね返しているのだ。
装備されたハイブリッドバルカンが、ハイパークラッシャーホーンごと無限ブレードによって斬り落とされる。戦う術を失った良利のダークホーンの前に、ヘルズマスクを装着した黒い猩々が聳え立っていた。
良利が最期に目にした光景は、デッドリーコングが構えた、鈍く光るパイルバンカーの先端であった。次の瞬間、頭部から拉げたダークホーンが、石井営所の土塁の堀に、四肢を投げ出し仰向けに斃れていた。
「良正、許さん」
目標の中、小次郎は黒い猟犬を捉えた。
恐れを成し、高機動ブースターを最大限に稼働させ、優速を生かし逃れようとするアイスブレーザーの周囲を、既に七色に分身した将門ライガーが取り囲んでいた。
「小次郎、実の叔父を手にかけようというのか」
「往生際が悪いぞ良正。己の罪深さを呪うが良い。覚悟」
七色の分身が、一斉に中央のアイスブレーザーに向かい二振の大刀を振り下ろす。
実体は一つしかないにも関わらず、高速で繰り返す斬撃によって、唯一硬度に優る頭部のアイスメタル装甲を残し、アイスブレーザーの黒い機体は粉微塵に切り刻まれていた。残された頭部から、哀れな敗残の将が這い出してくるのが見える。
「これが、俺の弱さなのか」
小次郎は命に止めを刺せぬまま、丸裸となった平良正を見逃していた。
「あにさま、あにさましっかりして。いちです。いちでございます」
瞑目した瞼が僅かに開かれる。
「……ああ、いぢか。無事だったんか……」
肉体の彼方此方が吹き飛んで、最早手の施し様の無くなっていた子春丸は、残骸と化したバンブリアンの操縦席で横たわっていた。
「将門様が心配して遣してくれた坂上遂高様が助けてくれました。私は無事です」
「そうか。えがったなあ……」
か細いその声が、子春丸の最期の言葉となった。
「あにさま、あにさま!」
抱かれた記憶のある愛された者の鼓動が事切れている事実を知っても、いちは必死に縋りつき、身体を揺さ振り続けて離れようとはしなかった。
「あにさま、あにさま……」
若い娘が心底の悲しみを吐露し、泣き叫ぶ姿は悲痛であった。
「いち、すまぬ。許してくれ」
娘の背後から現れた小次郎が、深々と頭を垂れた。いちは涙を拭い振り向く。
「お館様は悪くありません。悪いのは良兼や良正、それに平貞盛達です。あにさまも、お館様に感謝しておりました。勿体のうございます」
「いや、俺の責任だ」
小次郎は血塗れの子春丸の亡骸の手を握った。
「戦とは無関係の民を争いに巻き込んだ罪は贖えるものではない。
だから俺は誓う。この坂東に平和な世界を創ることを」
小次郎は掌に血糊が着いたまま、その場で立ち上がり叫んでいた。
「これより坂東全域に告げる。
民を侵す者、平安を乱す者には容赦しない」
雨は止み、朝日が地平に顔を覗かせている。
「これより平将門が坂東を束ねて見せようぞ」
暫しの沈黙。そして一斉の雄叫び。
轟々と上がる歓声の中、小次郎の頬に雨の雫が流れ落ちる。
村雨ライガーが聳える空に、朝靄に映る壮大な虹の橋がかかっていた。
第六部「無限なる力」了