『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第六部「無限なる力」   作:城元太

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第五拾九話

「母さま、あの時の真っ黒な虎型ゾイドと、真っ赤なダークホーンが参ります」

 軽く息を切らした多岐が、無邪気に告げる。

 当主良兼は、孫娘である少女が、館の矢倉門へ出入りすることを黙認していた。

 血は争えないものね。

 良子は、零れんばかりの笑みで充たされる娘の顔を見つめる。

 多岐もまた、父と同じくゾイド好きな少女に育っていたのだった。

 囚われ人の身上であっても健やかに過ごす娘の姿を見守りながら、母良子は娘の告げたゾイドの来訪に身を硬くしていた。赤いダークホーンとは即ちレッドホーンのこと。そして坂東に於いて、黒い虎型ゾイドを操る武士(もののふ)は一人しかいない。

(石田の平太郎貞盛(たいらのたろうさだもり)

 あの時孝子を見捨て、自分たち親子を捕えた、夫将門の従兄。多岐はゾイドが近づく毎に矢倉門に昇り、逐次その様子を母に伝える。陣容はブラストルタイガーとレッドホーンのみ。来訪したのは平貞盛と上兵他田真樹(おさだのまき)の他、もう一人の貴賓がレッドホーンの偵察用ビークル内に搭乗していた。

 出迎える館の喧騒も、今の自分には無関係であり、良子は無為に土塀の向こう側に動く黒と赤のゾイドの影を垣間見ただけであった。

 半時程過ぎ、喧騒も収まった頃、良子は回廊の床を渡って来る足音を耳にした。

(また父を籠絡したあの女? でもこれは違う足取り。誰かしら)

 やがて足音は御簾の前で止まる。

「良子殿はこちらに御出でか」

 訊き慣れない若い女の声であった。無下に看過する事も出来ず、良子は御簾を引き上げる。雅やかな小袖袴を纏った女性がそこに立っていた。自分より幾分若いが、漂う気品はまだ見ぬ都の香りを思わせる。顔の輪郭が小枝に似ており、その女性もまた源護の娘であることを思わせた。

「お初にお目にかかります。小枝の妹にして平貞盛の妻、(あや)と申します」

 幾分吊り上った(まなじり)は、若くして己の美貌に絶対の自信を持っているようである。小柄な身体つきに似合わず、衣に覆われた胸の曲線は、肉感的にして男を眩惑する魅力を放っていた。孝子と同じく、やはり自分より美しい女性だと、良子は心の中でまた溜息をついていた。

「御用は何でしょうか」

 静かに微笑みながらも、彩はゆっくりと良子の姿を上から下へと視線を巡らす。

「小次郎殿は御健勝ですか」

 良子は、何度も繰り返されてきたその言葉に、初見とはいえ思わず怒りが込み上げた。

「失礼ながら、私にそれを問うのは無意味であるとお判りになりませんか」

「これはこれは。お気を悪くされたのならお詫びします。ごめんなさい」

 口元を軽く押さえつつ、彩は軽く会釈をする。悪意は無い様だが、同時に意味深な素振りであった。会釈をしたまま俯き、一呼吸措いて顔をあげた。

「嘗て小次郎殿とは、筑波の嬥歌(かがい)にて逢瀬を重ねた身ゆえ、あの人の妻子がどの様な方か、お顔を拝したく参ったのです。村雨ライガーも変わりないですか」

「えっ」

 良子は絶句した。

 

「これがバイオゾイドの操縦席にあった土魂(つちだま)か」

 小次郎達の目の前に、樽から手足が生えた如き不格好な人形(ひとがた)が両足を投げ出して座り込んでいた。そこにあるべき首は坂上遂高によって抑え付けられ反り返っている。ぽっかりと空いた脳髄の部分に、神経節を思わせる無数の配線が絡み合う奇妙な生々しさがあった。四郎将平が暫く覗きこみ、続いて玄明が更に覗きこもうとした時、三つ目の首がバタン、と音を立てて閉じられた。「脅かすな」と呟き玄明が首を竦める。

「御覧の通り、バイオゾイドを操っているのは人に非ずしてこの機械兵――我らは土魂と呼んでいる――なのだ」

 直後、遂高が思いきり機械兵の胸を蹴り付けた。抜け殻の身体が横倒しとなり、鈍い音を立てる。忌々しげに機械兵を足蹴にする遂高を凝視しながら、四郎は小次郎を振り返った。

「頭部空洞に電気信号を受容する微細な器官が集中しており、何らかの精神的な作用を受け取って稼働する組成らしいが、私にはそれ以上わかりません」

「玄明、その後のバイオゾイドの動向は」

「俺の放った透破の報せでは、どうやら水守に結集しているようだ。奴らも我らがこの石井に営所を再建し始めたことを嗅ぎつけたのだろう。死に損ないの良正が再び大毅を編成し、未完の営所を襲撃する魂胆に違いない」

 腹立ち紛れに、藤原玄明も坂上遂高と共に機械兵を足蹴にしている。

「それと、良兼が上総から常陸の服織に移動するようだ。何でも後妻の源護の娘の里帰りの為だとか。叩くには絶好の機会だぞ」

「だが敵は必ずバイオゾイドを引き連れてくるだろう。特にあのバイオケントロと、空飛ぶゾイドは厄介だ。徐々に味方の手勢は集まってきているものの、正面を固められたら打つ手がない。それに何より、義姉上と姫が敵の手中にあっては攻めることもできない」

 三郎将頼は評定に集まった兵達を見廻し、兄小次郎の気持ちを敢えて代弁していた。

「良兼の尾形の営所に直接攻撃をかけてみるか。いくらバイオゾイドでも、常陸の水守からすぐに駆けつけることはできぬだろう」

 強硬策を唱える玄明に、小次郎は兵力配置図を睨みつつ応じた。

「叔父上のダークホーン部隊はバイオゾイドに負けず精強だ。戦えば我らも無傷では済まぬ。それに万が一、尾形での戦闘が膠着状態に陥った局面で、水守から出陣したバイオゾイドに背後を衝かれたら全滅しかねない」

 それは、棟梁としての小次郎と、夫として、父としての小次郎との鬩ぎ合いであった。

 鎌輪を焼き討ちされた恨み、多くの上兵や伴類を失い、何より亡き桔梗への屈辱を晴らすためにも、良兼率いるバイオゾイド軍団を叩き伏せたい。一方で人質として囚われている妻子がいては戦に臨むこともできない。

 小次郎は、回復を確かめる如く両脚を踏み締め、明滅する兵力配置図の灯りに目を落とす。棟梁としての決断を、皆が固唾を呑んで待っている。

(俺はどうすればいいんだ)

 陣幕越しに、村雨ライガーが低く慟哭する。

「暫し時間をくれ。三郎、そして遂高殿。手合せ願う」

 言うが早いか、小次郎は村雨ライガー目掛けて駆け出していた。

 

 ソウルタイガーの長大な金色の爪、ソウルバグナウとムラサメブレードが火花を散らして切り結ぶ。白虎に並走してきたソードウルフが、ダブルハックソードを閃かせ襲いかかった。

「疾風ライガー!」

 瞬時にエヴォルトを行い、ムラサメディバイダーとムラサメナイフを翳し受け止めた。しかし刃渡りの短い刀では、2機同時の斬撃を持ちこたえることはできない。

 ソウルタイガーは咄嗟にソウルバクナウを収めると、勢いを殺したストライクレーザークローを疾風ライガーの左足に打ち込んだ。掬い上げられ、もんどりを打って横転する緋色の獅子は、途端にエヴォルトを解放し、元の村雨ライガーに戻っていく。

 横転する操縦席の中、小次郎の脳裏にはまたあの言葉が過っていた。

〝無限〟

 それが新たなエヴォルトへの手掛かりなるのではと、敢えて熾烈な模擬戦を繰り広げてみたのだ。だが、村雨ライガーは一度として変化の兆候を示さなかった。

〝将門殿、無理は禁物。怪我などなされては元も子もありませぬ〟

〝俺も同感だ。兄者はまだ病み上がりだ〟

 横転した村雨ライガーに白虎と剣狼が駆け寄った。

 誰にも聞かれない操縦席の中、小次郎は堪えきれずに叫んでいた。

「どうすれば、あのバイオゾイドを倒せるのだ」

 奥歯が軋むほどに食い縛る。その願いを聞くことができたのは、他ならぬ村雨ライガーのみであった。

 小次郎は突然、眩暈を感じた。

 絶望が生み出した幻なのかと思ったが、それは絶望とは明らかに異なっていた。

 暗転した網膜に、二振の太刀を備える霰石(せんせき)色に輝く獅子の姿が浮かぶ。思念の中に描かれた像に、再度〝無限〟の文字が重なった。

 小次郎は、試みに叫んでいた。

「無限……ライガー!」

 しかし、村雨ライガーにエヴォルトの兆候は無く、横転時にこびり付いた土喰を払い落とす為、頻りと鬣のカウルブレードを振るばかりである。

「俺に足りないものとは何なのだ。教えてくれ、村雨よ」

 小次郎の問い掛けに、無論ゾイドが答えることはない。

 碧い獅子は、夕日に燃え上がる筑波峰の影に呑み込まれ、輪郭のみを浮かび上がらせていた。

 

 

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