『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第六部「無限なる力」   作:城元太

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第六拾壱話

 小次郎の胸に顔を埋め、再会の喜びに暫し浸っていた良子は、問わねばならない事を思い出した。

「孝子殿は」

 小次郎の瞳が曇り、傍らに控える伊和員経の表情が強張る。無言で首を横に振る仕草だけで、その女性の最期が極めて悲劇的であったことまで伝わった。

「そうですか。私たちの身代わりになって」

 良子は涙を拭い、小次郎を見つめた。

「我儘と知っています。棟梁としてのお立場故、差措かれても構いません。ですがこの願いを御聞き下さい。

 仇を、取ってあげてください」

 良子が、嗚咽を堪え告げたのだった。

 

 良子の脱出を手引きしたのは、他ならぬ実弟、平公雅・公連であった。姉の夫将門への想いの強さと、父良兼の行いの理不尽さへの不満。何より悲嘆に暮れ、日々陰々と過ごす姉の姿を看過できなかったからだ。

「弟たちからの伝言です。

 人質をとるような形にはなったが、父良兼を責めないで欲しい。

 父は――平良兼は、娘と孫と共に少しでも長い時間を過ごしたかっただけなのだと。

 戦によって隔てられ、次はいつ会えるかもわからぬ故に引き留めてしまった。

 だが此度の戦は人質などに頼らず、正々堂々と臨みたい。

 姉良子を頼みます、と」 

 小次郎は、野本の戦いに於いてダークホーンで牒を携えてきた公雅を思い返していた。

 まだ少年の面影を残す武者に、嘗ての自分を重ねる。

 正義とは一体何か。

 骨肉の争いは、この戦を最後にしたいと、小次郎は思った。

 

 レインボージャークを編成に加え、石井勢は一路服織の営所を目指す。牒を送った以上、引き返すことは出来ない。そして妻子の奪取という目的こそ達成したが、未だに奪われた所領を回復してはいない。

 一方の良兼側では、増援の平公雅・公連の率いるダークホーンとの合流を待ったため進軍が遅れ、更に服織勢が間道を使ったため大幅な遅れを出していた。その結果、本来であれば後に会敵するはずであった水守勢が、先に小次郎の前に出現していた。子飼、堀越の二度の勝利に気をよくした良正は、その血気に逸る性分から、早々に陣を組み、単独で石井勢に戦いを挑んで来たのだ。

 バイオメガラプトルを中央に、横一列に各バイオゾイドが布陣している。

「アイスブレーザーは何処だ」

「後方奥の、林の前です」

 手負いのままのアイスブレーザーは、明らかに戦闘への参加を避けている。バイオゾイド部隊には、通常であれば随伴する小型ゾイド群が無い。それだけバイオゾイドの性能に絶対の信頼を寄せているのが判る。

「手筈通りにやる。行くぞ」

 ディバイソンの突撃砲1門を矢合わせとし、両軍は激突したのだった。

 

 先陣を切って、バイオトリケラが突進する。迎え撃つ石井勢からは、ソウルタイガーと、Zi-ユニゾンを完了したワイツタイガーが前面に躍り出た。バイオトリケラをやり過ごし、そのまま中央のバイオメガラプトル群へと向かう。肩透かしを食らったバイオトリケラは、後衛で待ち構えていたランスタッグ部隊が迎え撃つ。グラビティーホイールを全開にし、ブレイカーホーンを垣根の如く並べたランスタッグが、バイオトリケラのヘルツインホーンをがっしりと受け止めていた。

「小次郎、行け」

 藤原玄明の掛け声と共に、村雨ライガーが跳躍する。

「疾風ライガー!」

 焔の繭に包まれ、緋色の獅子が駆け抜けた。筑波の麓、広がる平原を疾風ライガーはこれまでにない高速で疾駆する。子飼、堀越と、共に優速を生かせぬ地形であったが、良正の驕りもあり、服織周辺は高速戦闘に絶好の地形となっていたのだ。

 バイオメガラプトルと格闘するソウルタイガーとワイツタイガーを追い越し、後方に潜むアイスブレーザーに向かう。

「命までは奪わぬ。だが、許さぬ。私怨の根源を断ち切るためにも、お前を倒す」

 しかし、その進路に暗雲の如く3機のバイオケントロが立ち塞がった。

 咄嗟にハヤテブースターを噴射し姿勢を変えたが、それを見越していたかのように、バイオケントロは一斉に背中のバックランスを撃ち放った。鋼鉄の魚群が疾風ライガーを狙う。執拗に追って来る黒いクナイの群れに、黒い猩々が立ち塞がり、振り翳した剛腕がたちどころに叩き落とした。装甲を穿孔する甲高い金属音が断続的に響く。

「殿、御無事で」

 伊和員経のデッドリーコングの全身に無数のバックランスが突き刺さっている。だがそれにより、バイオケントロの攻撃手段の一つは封殺された。射出できるバックランスの数には限りがあるからだ。3機のバイオケントロは冷徹に状況を分析し、同時にビーストスレイヤーを構える。刃渡りでムラサメディバイダーを凌ぐ両刃の剣が6振、一斉に疾風ライガーに襲いかかる。

 各々の機体性能は突出したものではなく、疾風ライガーであれば対等に渡り合える。だが如何せん数が多い。次第に林の中に消えて行くアイスブレーザーにあと僅かというのに、手が届かないのだ。

「太刀が二振あれば」

 疾風ライガーの斬撃は、ソードダンスによって悉く斬撃を受け止められてしまう。遥か後方に、未だバイオメガラプトルと格闘するソウルタイガーとワイツタイガーが見えた。手筈では、2機が疾風ライガーを護りつつ敵将アイスブレーザーへ突入する計画であったが、混戦の中到底適わない。

「この争い、まだ決着を付けられぬのか」

 小次郎の脳裏に桔梗の無残な屍が過る。同時に、服織を目指す道すがらにうち捨てられた無数のゾイドの屍と、黒炭と化した廃墟の村々の家屋の姿が浮かび上がった。

「これ以上、憎しみを増やしたくない。

 これ以上、民を苦しめたくない。

 これ以上、俺と同じ悲しみを広げたくないんだ」

 祈りとも、怒りともつかない感情が、小次郎の中を駆け巡っていた。

 

 周囲が暗転する。

 荒々しい戦場とは打って変わった、清浄な空間であった。

 頭の中に直接声が響く。

〝コジロウ。オマエ、ツヨクナリタイカ?〟

「……村雨、ライガー、なのか……」

 不思議な感覚だ。ゾイドの言葉がわかる。そしてそれが愛機の声と認識できる。

〝汝が村雨ライガーの主、平将門か〟

 もう一つ別の声が響く。

 村雨ライガーとは違う、厳かで重々しい声だ。

〝オマエ、タタカウ。デモ、モットタタカイタイ〟

〝汝は先に、無数の民の平安を願った。私怨を晴らすのではなく、争いを終える為にと願ったな〟

 暗転した視界の、立ち昇る雄大積乱雲のような背景の中、接近する巨大な影が見えた。

 二本の突き出た巨大な角が回転している。バイオトリケラと同じ角竜型ゾイドだが、その大きさに於いて圧倒的な規模を誇っている。

 小次郎は言い伝えに聞いたことがある。

「火雷天神、マッドサンダーか」

 頭部操縦席の上に立つ人影がある。雲を纏い、周囲に立ち込める雷雲を引き摺りつつ、巨大ゾイドが接近する。

〝村雨ライガーの願いを受け、汝に力を授けよう。この世を救う、無限の力である〟

「俺に何をさせようと言うのだ」

〝オマエ、ツヨクナル。オレモ、ツヨクナル〟

「何を言いたいんだ村雨。新たなエヴォルトを成し得るとでも言うのか」

〝左様。汝に命じる。無限の力を以て、この世界を救え〟

「世界を救うだと。俺にそんな大それた事などできるわけがない」

〝成し遂げるのだ平将門。火雷天神の命に於いて、無限なる力を授ける。唱えよ、汝の名を〟

〝オマエノナマエ、イエ。ソウスレバ、ムラサメ、カワル〟

「俺の名前を叫べと言うのか」

〝ソウダ。オマエノナマエダ。オレハカワル。オレハモットツヨクナル〟

「……もっと強く、もっと強くなれるのか……」

 暗転した視界が唐突に回復する。

 目前にはビーストスレイヤーを突き出すバイオケントロが迫っていた。

 小次郎は気付く。疾風ライガーの表示盤に、〝無限〟の文字が揺れている。

 表示された文字を一瞥し、迫り来るビーストスレイヤーの切っ先を睨んだ。

 操縦桿を握り直し、拳に力を込める。

「俺は信じる、ゾイドの無限の力を。頼むぞ、疾風ライガー」

 小次郎が叫んだ。

 

「将門ライガー!」

 

 獅子の瞳が輝き、霰石色の光に包まれた。

 表示盤の〝無限〟の文字が〝将門〟に変化する。

 絹の如き閃光が周囲に放たれた。

 バイオケントロの斬撃は閃光に弾かれ、3機同時に倒れ込む。

 戦場を駆ける獅子は、螺鈿の欠片を撒き散らす様に、次第にその姿を顕現させていく。

 白き機体が光を乱反射させる。バイオゾイドの構造色とも違う、神々しい輝きを纏って。

 巨大な二振の大刀(だいとう)が翼の様に広がっている。

 全身を霰石(せんせき)色のメタルZiに覆われた獅子が、筑波峰を背に降臨した。

 

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