『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第六部「無限なる力」   作:城元太

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第六拾参話

 先行した水守勢が打ち破られた事は、離脱した平良正のアイスブレーザーによって逸早く上総・常陸勢に伝達された。圧倒的兵力を以て石井勢を捻じ伏せようとしていた良兼達にとって、バイオゾイドを失ったことにより当初の戦略は瓦解する。ほぼ互角の戦闘ゾイドを擁する両陣営が激突すれば、怒涛の進撃を続け、戦意に優る石井勢によって多大な損害が生じると判断した良兼は、直ちに部隊を転進させたのだった。

 

「敵は弓袋(ゆぶくろ)峠に立て篭もりました」

 開かれた布陣を示す地図を、伊和員経が直接指で示した。

「鬱蒼とした密林が広がる筑波峰の麓であり、守るに易きものの、打って出るのも難き場所です」

「臆病風に吹かれたか。良兼め、坂東武者には有るまじき醜態だな」

 藤原玄明が露骨に鼻息を荒げて吐き捨てた。

(けしか)けてみるか。四郎に簡牒(かんちょう)(したた)めさせ、坂上遂高(さかのうえのかつたか)に届けさせよ」

 その時初めて、五郎将文は評定に於いて進んで声をあげた。

「兄上、何故遂高殿に頼まれるか。それと簡牒とは如何なるものですか」

 先の戦での大勝に幾分高揚しているらしく、元服直後の少年武者はいつになく精力的であった。小次郎は五郎を一瞥すると、員経に視線を送る。

「簡牒とは、戦合わせを願う謂わば挑戦状。そして遂高殿の乗機は何か御存知ですな」

 寸刻黙り込んだ後、五郎が瞳を輝かせ顔を上げる。

「ソウルタイガーであれば、弓袋峠の山岳地帯であっても対応できる」

 員経が静かに頷く姿を見ながら、小次郎は兄弟達が次第に頼もしくなっているのを実感した。そして陣営中に轟き亘るような大声で雄叫びを上げた。

「敵を包囲殲滅する。全軍出撃だ」

 小次郎の声に兵が呼応し、村雨ライガー達石井勢のゾイド達も一斉に咆哮したのであった。

 

 季節は夏始を過ぎ、この惑星で盛夏の時期に差し掛かっていた。弓袋峠に到達した石井勢を目前にして、立て篭もる常陸・上総勢は一切戦闘に臨む姿勢を示さなかった。

 簡牒を送り決戦を挑んでも、黙殺したまま動き出す様子はない。策を変え、散々に嘲り煽り、相手を誘き出そうとしても、良兼達は堅く殻を閉じた貝の如く、打って出てくる気配さえ見せなかった。

 兵力差が互角である以上、小次郎にとっても不利な地形での戦闘は避けたかった。開けた地形であれば、ソードウルフにせよ村雨ライガーにせよ、斬撃を以て戦えるが、金属を含んだ大木が林立する弓袋の麓では樹木が刃を妨げる為に分が悪い。

 日中照り付ける太陽は、操縦席の風防越しに操縦者を責め付ける。山麓に水脈とレッゲルの湧水脈を持つ弓袋峠は、別称で湯袋とも呼ばれ、石井勢はもとより良兼勢にも補給の恵みを与え続けていた。

 一方、小次郎達が攻めあぐねる間、包囲する石井勢の元には、厄介な輩達が続々と集結をしていた。

 独立武装農民に当たる伴類が、小次郎の勇名を訊きつけ集まって来た。しかし、中には素行の悪い無頼の徒も多く、周囲の村落住民との揉め事を起し始めていたのだ。白昼堂々と略奪を行う伴類も見受けられ、小次郎達は良兼への警戒よりも、寧ろ味方内での秩序の維持にこそ、労力を割く様になっていた。

 (いたずら)に日々を過ごす中、小次郎は既に自分が、下総石井の小さな営所の棟梁ではなく、坂東大武士団の代表になってしまっていた事を、まざまざと思い知らされていたのであった。

 

 包囲戦が数週間続いた、二つの月が浮ぶ夜であった。

 陣幕に、じゃれ合う村雨ライガーとレインボージャークの影が映る。

 一人白濁した濁酒を呷りつつ、小次郎は愛しい者の到着を待ち侘びていた。

 長きに渡る包囲戦による、兵達の士気の低下と規律の弛緩が問題視されるようになっていた。止む無く小次郎は、戦場への兵の妻子の訪問を許可し、荒んだ心に暫しの潤いを与えようとした。その最初の訪問者の中には、他ならぬ良子の姿もあったのだった。

「腹の子は大丈夫なのか」

 陣幕を上げ現れたその身体は、産み月を迎え、誰の目にも胎内に新たな命を宿していることが判るようになっていた。

「もう落ち着きました。元気な子が育っております」

「そうか」

 小次郎は、愛しい妻の身体をそっと抱き寄せた。

 

 月の一つが筑波に隠れる頃、それまで身を委ねていた良子が徐に身を糾す。月光を湛えた瞳は、何かを思い詰めていた。

「あなた様、お伺いしたき義があります」

「なんだ急に改まって」

 小次郎は濁酒を注いだままだった盃に手を伸ばし、屈託なく応える。

(あや)、というお方を御存知ですか」

 小次郎の手が止まる。夫が何を思ったか、良子もその沈黙を以て察した。

「上総の尾形に囚われていた時、お会いしました。今は貞盛殿の妻となっておられる方です」

「太郎の……」

 思わず発した言葉が、小次郎の動揺を露わにする。良子は更に悲しげな顔をして続けた。

「彩様は美しい方でした。

 あなた様への伝言を受け賜っております。

〝あの夜、将門殿にリーオの櫛をお渡ししたこと、気に病んでおります。櫛は“苦死”にも繋がる言葉。若気の至りとはいえ、今の将門殿の苦境は、もしや私への因縁から生じたものではないか〟と」

 櫛は村雨ライガーの座席下に潜ませていた。捨てるに捨てられず、さりとて要らぬ誤解を受けたくもなかったからだ。

「彩様はこうも仰いました。

〝元来将門殿が上洛したのも、源家の姫である私に釣り合う、それ相応の官位をソラから授かるためのことでした。結果として戦を招き、兄達のバーサークフューラーやジェノブレイカーと戦う羽目になってしまったこと、不幸というしかありません。その上こうして私は、左馬允(さまのじょう)平貞盛の妻として迎え入れられました。

 皮肉なものです。あの夜交わした情熱に満ちた言葉に、答えを返せぬまま、将門殿をよく知る、仕官を成した、将門殿の従兄と結ばれたのですから〟と」

 遠き若き日の記憶が呼び覚まされていく。戦に明け暮れ、忘れ去っていた切ない記憶であった。

「初めは只の嫌がらせとも思っていました。

 ですが彩様の心には、確かに若き日のあなた様の姿が焼き付いていることが、同じ(おのこ)を愛した女ゆえ、わかってしまいました。

 あの方は、今も本気で、あなた様を愛しておられます」

 小次郎の心に激しい動揺が奔る。

(まだ、彩殿が俺を愛しているだと)

「あなた様を疑うわけではありません。況して若き(おのこ)が、女と戯れることなどあって当たり前と、割り切っています。割り切っていますが……」

 良子が言葉を詰まらせた。両手で顔を覆いしゃがみ込む。

 小次郎は、突然の出来事に、盃を持ったまま狼狽していた。

 動揺はしたものの、既に小次郎の心は定まっている。

 愛する女は、良子しかいない。自分がいつまでも昔の恋愛を引き摺れる程、器用でないことも知っている。況してやそれが人の妻となってしまっているのであれば尚更である。小次郎は必死に弁解をしようと試みた。

「彩殿とは、何もない。唯の一度、筑波の嬥歌(かがい)で言葉を交わし、その後源護の館の前でも言葉を交わしただけだ。それからは上洛し、帰郷後戦となった故、何の連絡も取ってはおらぬ」

 戦場では無敵の力を誇る小次郎も、女の涙の前では余りに滑稽であった。

「本当ですか?」

「本当だ、本当。今その名を聞くまで、長く忘れていた名だ。そうだ、玄明なら詳細を知っている。今から奴を連れて来るから、申し開きをさせてくれ」

 盃を持った手を意味もなく振り回す夫の姿を見て、良子は思わず笑っていた。

「良子はあなた様を責めるつもりなどないのです。ただ、妻として、女としてあなた様からお伺いしたかっただけ。でももうわかりました。あなた様の仰ること、全て信じます」

 その言葉に漸く肩を落とし、安堵の溜息をついた直後、小次郎は良子を強く抱きしめていた。

「お前だけが俺の妻だ」

 月の光が二人の影を長く曳いていく。夫の胸に顔を埋めたまま、良子が囁く。

「怒らずに聞いて。

 孝子殿の分も含めて、愛しんでください。

 孝子殿が守ってくれたお腹の子と、多岐と、そして私を。それが孝子殿への供養と願って」

「無論だ」

 小次郎は愛おしさのあまり強く抱きしめることを控えようとしたが、想いは強くなるばかりであった。

「痛うございます」

「すまぬ」

 しかし、小次郎と良子の影は、一つになったままだった。

 

「もう一つ、お話しが御座います。これも尾形で聞いた事で、あまりに断片的なのでお話ししませんでした。バイオゾイドに関して、父良兼と、貞盛殿が話していたことです」

 

 

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