『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第六部「無限なる力」 作:城元太
「ソラの人、つまり天上人藤原氏は渡来系のデルポイの民ですが、龍宮は東方大陸土着の〝蒼の街〟の軍事企業が由来。それ故に渡来人による政権安定と、軌道エレベーター建造を快く思わなかったと推察出来ます。
龍宮の意向を受けた群盗〝桔梗の前〟は長く都に騒擾を起し続け、東方大陸に於いて絶対的権力を誇る天上人の手を焼かせた。今にして思えば、龍宮はその混迷を利用し財の強奪と蓄積を行い、陰に陽に力を成して来たのではと推察しております」
注がれていた椀の水を一息に飲み干し、藤原三辰は息をつく。
「桔梗の前の跳梁跋扈は、凡そ常人の仕業とは思えぬ程の所業でした。記録の上では何度か捕縛され、処刑までされたとの発表にも関わらず、その度に新たな桔梗が現れた。当初は舎人の奴らの記録改竄かと疑っておりましたが、処刑はどうやら事実だったようです」
「甦った、とでも言うのか」
三辰がゆっくりと肯く。
「甦り、と言うと語弊があります。厳密には〝別の入れ物に魂を移し替えた〟と申すべきかと」
「信じられぬ」
純友が囁く。
「無理からぬこととは言え、まずはお聞き下され。
先に申した土塊への魂の封入は、人の精神と躯とを分かつ試みでありました。龍宮はまず魂を自由に移送できる実験体〝桔梗の前〟を作り上げた。〝桔梗の前〟は龍宮の思惑通り、魂を入れ替える毎にその身体能力を強化し生き続けた。桔梗は1人にして1人ではなかった、と申したのはそんな意味合いです。
やがて強靭な運動性を持つゾイド操縦にも対応できるまでに蓄積された実験体〝桔梗の前〟の諸元が、バイオゾイドを操る土塊共の生産に利用されたに違いありません」
「信じられぬ」
純友は同じ言葉を繰り返すだけだった。
「公儀によって群盗〝桔梗の前〟が最後に確認されたのは、平将門によるセイスモサウルス迎撃でした。だが前回、頭がアクアコングで戦った折り、黒き猩々に同乗していた女が、孝子と名を変えた〝桔梗の前〟であり、その女が、坂東の戦によって殺されたということまでも調べがつきました」
「殺された、のか」
その答えには、複雑な意味合いが混沌として込められていた。しかし純友の様子とは裏腹に、藤原三辰はいとも容易く言葉を続ける。
「桔梗は亡者の如く、また新たな肉体を得て再び我らの前に現れるかもしれませぬ。だが御心配には及びません。頭の懸念する将門と龍宮の繋がりは、桔梗の前の死によって一応は断ち切られております。
たかが坂東の田舎の武士の動向になぜ拘られる。龍宮にせよ俵藤太にせよ、ソラを転覆させようとする意図は、我ら伊予の日振島の海賊衆と同じ。平将門の勢い乗じ混乱させ、我らに有利に事を運べば良いではありませぬか」
「俺は兎に角嫌なのだ。将門の真意を知らぬのが」
純友の言い放った言葉は、藤原三辰への答えではなかった。
純友が立ち上がった。
「三辰、貴様は日振島に残れ。
アーミラリア・ブルボーザの生育は佐伯是基に一任してある。
津時成は、暴走せぬよう手綱を引き締めておけ。
藤原恒利のジジイの動きには油断するな。
新たなアクアコングを準備せよ。坂東に赴くぞ」
俄かに色めき立った日振島の海賊衆の喧騒を背にして立つ藤原純友の唇が、声を発せずとも、ある言葉を確かに唱えていた。
「平将門。いよいよお前に語る時が来たようだ」
鐵の巨体が、海賊大将たる藤原純友の前に牽かれ出されていた。
小次郎が弓袋峠から陣を退いたのは、包囲を始めてから翌月のことであった。
玻璃の翼を持つゾイドが再び飛来し、ある書簡を齎したからである。
『下総鎌輪(※石井に営所が移った事は未達)当主、平小次郎将門命。上総上野介平良兼とその嫡子公雅、公達、掾源護並び平太郎貞盛、及び平良正に対し、追捕の為の官符を坂東に下す也』
「これは、都からの追捕官符ではないか」
小次郎は書簡の末、小一条大臣藤原忠平の押印のある隣に、蔵人頭藤原師氏の印も連なっていることに気付いた。未だに滝口の武士の時代の旧恩を温めて続けてくれる嘗ての上司に、小次郎は熱い思いが込み上げた。
「何だそれは。ソラの小手先だけの書など意味もないだろうに」
藤原玄明が、書を取り囲む小次郎や三郎を、つまらなさそうに傍観する。
「それよりも、あのゾイドだ。確かレドラーと言ったな。どうだ小次郎、いっそあのソラのゾイドを奪ってみないか」
「馬鹿を言うな」
即座に応えた小次郎の口調に、玄明は決まりが悪そうに頭を掻いた。
「玄明殿。これは殿が正式にこの坂東に於いてゾイドを動員し戦闘を行っても良いという証明書だ。我らは国衙の承認の元、堂々と戦に臨めることになったのだ。
逆に良兼や貞盛達は追捕される立場となり、迂闊には我らを攻められなくなった。これで暫くは手を出せぬ事だろうて。
降り掛かった火の粉を掃う為に起こした戦に要らぬ誤解を受け、叛逆者の汚名など掛けられる恐れも無くなる。
玄明殿、公とは刃向うだけでなく、利用する事も必要と思うことだ」
訥々と説く員経の言葉に、玄明も幾分眉を顰めたものの、納得をして馬場へと戻っていった。
時を同じくして、石井の営所の矢倉に、見慣れた白と黒の熊型ゾイドが姿を現していた。
〝小次郎様、しばらぐでがした(御無沙汰しておりました)。それにここらで見ねえゾイドだが、どごの誰様だ〟
麗らかな陽射しを受けた静かな石井の地に、微風に乗って塀の外からの常陸訛りの強い声が運ばれていた。
白黒の獣が、手押し車を押して二足歩行をする姿は愛らしく、多岐は決まって歓声を上げて喜んだ。
「バンブリアンだ、バンブリアン!」
臨月となった良子に代わり、小次郎は無邪気に笑う多岐を抱いてバンブリアンに近づいて行く。
「子春丸、精が出るな」
「はー、石田のいぢがかわくてかわくて(可愛くて可愛くて)。そのぶん身入れで働かねばな」
赤銅色の顔を綻ばせ、想い人の名を語る子春丸は幸せそうであった。
「府中まではごんでくっがら(運んで行くから)、たぐさんさ(沢山)はー売ってくんちょ(売ってください)」
素朴で屈託の無い丈部子春丸は、廃棄されたゾイドを引き取る傍ら、常陸と下総に跨ってメタルZiの鉧を集め、その鉄滓を素に再び剣や鎧に鍛え直す職人との仲介を生業としていた。わざわざ国境を挟んで移動していた理由は、彼が常陸の国衙近く、貞盛の領地に当たる石田荘に懇ろとなった娘がいたからである。その話は子春丸自らが自慢げに語ったことであり、石井の家人達の間でも有名であった。
「いぢ、待ってろな」
大袈裟ではあっても、若い子春丸にとってそれは責められるべき振舞いとは言えなかった。だがその行為がやがて、彼にとっても、小次郎にとっても、大いなる災厄を伴ってくることをまだ知らないでいた。