『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第六部「無限なる力」 作:城元太
先のバイオゾイドの猛襲によって焼かれた栗栖院常羽御厩の館跡が黒々と広がっている。バンブーミサイルとジャイアントホイールを通常装備に戻したバンブリアンが、月のない夜に単機で焼け跡を進んでいた。勤めを終え、私宅のある豊田郡岡崎に戻るには、不気味とは言え御厩跡を横切るのが近道であったからだ。
廃墟に差し掛かった途端、機体が緊張した。白黒の愛らしいゾイドの風体に似合わない、険しい姿勢で身構える。
「どうした、なんかいんのか(何かいるのか)」
白い頭部に装備された黒いイヤーレーダーが索敵を完了する間も与えず、瓦礫の奥から鋼鉄の野獣が次々と湧き上がり取り囲む。闇夜の中、アイスメタル装甲が冷たい輝きを放っていた。
「水守の良正様のアイスブレーザー、それにダークホーンじゃねえか。なんだっぺこんなとこに(なんだろうこんな場所に)」
それらゾイドの全てが火器を構え、取り囲んだバンブリアンに狙いを付けていた。とても無傷で逃げられる状況ではない。やがて手負いの黒い猟犬の頭部装甲が開き、内部より棟梁らしき武士が現れ手招きをした。
「おぢろ(降りろ)、ってか」
改めて周囲を見回す。ここで抵抗しても、前後左右から構えられたクラッシャーホーンとハイブリッドバルカンに敵う筈もない。子春丸はやむを得ず、指示に従う他なかった。
「なんですこれは……」
子春丸の前に、上質の東絹一疋が投げ渡された。
「手付に渡してやる。受け取れ」
直垂が所々で破れている鎧を纏う平良正に、子春丸は大袈裟に両手を前に出し首を横に振る。だが良正は構わず続けた。
「これから話すことをよく聞け。
貴様は石井営所に出入りをしているな。よって明日、我らが兵を伴い再度石井営所を訪れ、兵具の置所、小次郎達の寝所、東西のゾイド整備場と南北の出入りの矢倉門など、営所内部を尽く案内するのだ。もし我らが貴様の手引きによって、傲慢な小次郎の寝首を見事に掻くことができた暁には、貴様を荷夫の苦役から省き、常陸の郎党として取り立ててやろう。穀米も、デルポイ製の舶来絹も好きなだけ渡してやる。どうだ、貴様にとっても悪い話ではないだろう」
「そーた(そのような)ごじゃっぺな(いい加減な)こたできね」
即答する子春丸に、良正は少し動転していた。
「小次郎様はえれえ(偉い)方だ。それは良正様もわかってるはずだ。なんぼか(どれほど)いじやげる(頭に来る)のか知らねえが、もういいやんばいに(いい加減に)すっぺよ(しましょう)」
下賤と思っていた
「
上兵らしき武士が平良正の合図を受けて立ち上がると、座ったままの子春丸を見下しつつ背後に回り、ある名前を唱えた。
「貴様と懇ろになった娘、確か石田荘の田屋に住む、いち、と言ったな」
子春丸の顔から見る見る血の気が引いていく。
「おめら、まさかいぢに……」
「忘れたか。石田は元来平国香様の所領にして、今は太郎貞盛様の治める土地。いくら将門が精強とは言え、坂東全てを治めきったわけではないのだ。我ら良兼様のダークホーン精鋭部隊を以てすれば、田屋の一つや二つ、焼き払うことなど造作もない。
訊く所によれば、貴様には勿体無い程の器量良しの娘とか。
酷いことよのお、ここで生き別れるのは。
おお、心配めさるな。まだ手出しはしておらぬ。
まだ、な」
子春丸は男泣きの悔し涙を流し、嗚咽を堪え、その場で崩折れたのだった。
坂東に下向するホバーカーゴには、
潮に焼かれて赤銅色の肌になった武士と、その息子らしき少年、そして襤褸切れを纏った乞食僧という、捉えどころの無い旅装の一行である。甲板の欄干に身を乗り出した少年が、甲高い歓喜の声を上げていた。
「父上、軌道エレベーターのケーブルが、あんなに間近に見えまする。それに遠くに見えるあれが、まだ死竜どもが巣食っているといわれる
「重太丸殿、危のうございますぞ」
「坊主に気遣いされるほど、倅は愚鈍ではないわ」
ホバーカーゴの揺れに動じることなく、藤原純友は噴煙を上げる魔の山を睨み続けていた。
敢えて危険を冒してまで海賊衆と別れ、庶民の中に紛れた旅路を選んだのは、幾つかの理由があった。
近頃海賊衆の間で、瀬戸の内海を越えた相模国付近の襲撃が思うように運ばなくなっていた。そこに所領を持つ村岡五郎、つまり将門の叔父の平良文が操る凱龍輝、及びディスペロウとエヴォフライヤーが海賊衆の略奪を尽く阻んでいたからだ。
そしてそれとは別に、純友の中での様々な思惑が鬩ぎ合っていたからでもある。魁師
――いくら広い世界を見せてやろうと思われましても、流石に坂東までは遠すぎます――。
――いや、重太丸の歳では遅いくらいだ。心配するな、厳島の海戦にも動じなかった息子だ――。
そんな遣り取りの最中に現れたのが、純友の坂東下向の知らせを何処からか伝え知った
――恐れながら藤原純友殿は、幾ら覆い隠そうとしても海賊大将らしき威光を放っておられる。そこを押領使や追捕使に目を付けられれば厄介であろう。
さすれば拙僧が同行し、周囲の目を欺くのは至極容易。なあに、拙僧もそろそろ遊行を再開しようと思っていただけのこと、気になどすることもない――。
真意を伝えられないだけに言い訳もし難く、已むなく純友は空也の同行を認めたのだった。
純友を悩ます事は他にもあった。乗り合わせた客の中に、最も嫌う人種がいたからだ。
「今回の下向、誠にめでたい。
「無下もない。清和帝より下賜《かし》されたゴジュラスギガの威力を、思う存分奮ってやろうぞ」
数人の従者と、俘囚の娘らしき若い女を連れた官人らしき者が、ホバーカーゴの甲板の中央で陣取っている。
「従五位下に任じられても国が定まらず、漸く回ってきた任国。坂東には古い知人もおる。楽しみだのう。
ところで経基殿、その知人が誰だかお判りかな」
その話は聞き飽きた、という表情を浮かべつつ、形通りの応答を、源経基と呼ばれた武士は繰り返した。
「さて、
「都でも誉れ高き坂東の勇者、平小次郎将門よ」
(平将門?)
振り向いた刹那、源経基との視線が交叉した。純友は面倒事を避けるため重太丸を呼び寄せた。父と息子の戯れる姿など気に留めるつもりなどない。源経基の関心は直ぐに俘囚の娘の身体に向けられていた。
興世王と源経基の酒宴を憎々しく思いつつ、純友は遥か水平線の先に噴煙を棚引かせる
(坂東か、遠いな)
腕の中で、燥ぎ疲れた少年は静かな寝息を立てていた。