緑谷出久は目覚めた
とある中学校。夕日に照らされている放課後の校舎の前で一人の少年が焼け焦げたノートをもってうつむいている。モジャモジャとした緑髪、目元のそばかす、どこか地味な雰囲気を漂わせた少年の名は緑谷出久。
うつむく彼の目には涙がたまっており、その肩は震えている。彼の持つノートの表紙にかかれている文字は『将来のためのヒーロー分析No.13』
人が常人を越えた超常の能力である『個性』を持って生まれてくるのが当たり前の時代である超常社会。犯罪者も『個性』持ちが当たり前となり、その力を悪用した過激な犯罪が増えていく。
そんななかで生まれた職業が『個性』を発揮して犯罪者を捕まえていく『ヒーロー』だった。まさに漫画の中の理想が現実になった存在。そんな職業に多くの子供が憧れた。
緑谷出久もその一人だ。しかも彼の情熱は尋常なものではなく、すごいと思ったヒーローたちの個性、戦闘スタイルその他を観察し分析、ノートにまとめる他、ヒーローたちの個性の弱点や活用法を考えたりなどもしていた。まさにヒーローになるために生き続けている少年。
だが、しかし神様は彼に対して冷たかった。
彼は『無個性』だった。
『無個性』それはつまり、読んで字のごとく個性を持たないもののこと。
それを医者から告げられた瞬間、出久の心は確かにひび割れた。命の危険があるヒーローを目指すのに『無個性』は致命的だからだ。だが、それでも出久はヒーローを諦めきれなかった。それほどの情熱を持ってしまっていた。
『無個性』というだけで現実はどこまでも彼に冷酷だった。持つものだらけのなかにいる唯一の持たざるもの。しかもそれがいい意味でも悪い意味でも無邪気な子供のなかであれば、からかいからいじめに至るのは当然だった。役に立たないと言う意味の『没個性』と呼ばれるものもいたが、それでも『無個性』よりは扱いはマシである。かれらは少なくとも個性があることそのものは肯定された。しかし出久は常にすべてを否定され続けてきた。
勉強を頑張った。『無個性』のくせに上にいるのが気に入らないと言われた。
体を鍛えた。そんなことをしたところで無駄だと笑われた。
情報を集めて分析した。諦めろとノートを爆破された。
ヒーローを目指して生きてきた。来世に期待して身投げしてみろと言われた。
どんな努力も否定され続けてきた。
もう、限界だった。
涙で目の前がにじむ出久の脳裏に浮かんだのは性格は最悪だが根っからの悪人ではなく、頭がよく、強い個性をもち、それに溺れず体も鍛えている幼馴染み、爆豪勝己の言葉。
『そんなにヒーローに就きてんなら効率いい方法あるぜ』
『来世は"個性"が宿ると信じて…』
『屋上からのワンチャンダイブ!!』
かっちゃんの言葉が脳裏によぎる。本当に最低だと思う。僕の大事なノートを爆破した上に、あの言葉だ。本気で言ったわけではないにしろ、あれは立派な自殺教唆だろ。
でも、どんなに悔しくたって僕が無個性であることは変わらない現実であるわけだし、そろそろ認めなければならないのだろうか。
僕は…ヒーローには……。
…。
……。
………だめだ。やっぱり認められない。でも、疲れてしまったのも事実だ。今もこの手はノートを握りしめて離さない。この夢は決して諦めたくないけど、もう終わらせてしまいたい。
『屋上からのワンチャンダイブ!!』
……そうだ、いい方法があるじゃないか。うまくいけばヒーローになれるかもしれないし、かっちゃんに一泡ふかせてやれるかもしれない。もう疲れちゃったんだし、最後のチャレンジだ。
「君の言う通り、やってやろうじゃないか」
自嘲気味に微笑んで、早速屋上に向かう。かっちゃんはどんな顔するかな。罪悪感を持ってくれるだろうか。もしそうならざまあみろだ。一生無個性の僕に心を縛られ続けるといい。なんて普段の僕なら考えないことを柄にもなく考えた。
「ここも、これで最後か」
妙な気分になりながら、階段を上っていき、屋上にたどり着いた。
「……ッよし」
フェンスを登り、その上に立つ。風を感じながらふと今までを振り替える。
「散々だったなぁ」
ヒーローに、オールマイトに憧れて、無個性だと伝えられて、学校でかっちゃんたちにさんざんいろんなことされて、担任の先生にも現実を見ろと言われて、僕の努力を認めてくれるのはいつだって母さんだけで、その母さんからもヒーローにはなれないと思われていて……。
「母さん……」
母さんの顔が、頭に浮かぶ。泣き顔だ。
『ごめんねえ出久…ごめんね……!!』
僕が無個性だとわかったあの日。超カッコイイヒーローになれるかと問いかけたとき、母さんが僕を抱き締めて涙を流しながらいった言葉。
僕があのとき言って欲しかったのはそんなのじゃなかった。
だけどそれは今考えれば僕の気持ちであって、母さんの思いはあのときの言葉そのもので、それはずっと、まだ母さんのなかに残ってるんじゃないか?
また僕は、泣かせるのか…?
「ッ!だめだ。やっぱり死ねない」
もうやめようこんなこと。諦めきれなくても、苦しくても、それは母さんを泣かしていいことにはならない。そう思って僕はフェンスから降りようとして……体勢を崩してフェンスの外側に落ちた。
落下しているその最中。ああやっぱり落ちるときは頭からいくのか、なんてバカらしいことを考えながら、目の前のすべてをスローモーションのように感じていた。これは、あれかな。極限状態での異常な集中力ってやつかな。なんて、そこまで考えたところで我に帰る。
今の状況は?…屋上から落ちている
このままだと?…死ぬ。
「ッ冗談じゃない!」
少し前ならまだしも、今はもう死ぬわけにはいかない。引き伸ばされた時間で考える。
(こわいこわいこわいこわい死にたくない死ねない死ねない死ねないどうするどうするどうするどうするどうするどうすればいい!?)
堂々巡りの思考のなかで、ふと奇妙な感覚を感じた。体をなにかで包まれているような…というより、体からなにか出ていっているような……。そう思って落ちながら器用に手を見ると、オーラのようななにかが手を包んでいるのがうっすら見えた。正直何がなんだかわからない。でも、感覚でわかる。これは僕の中から吹き出ているものだ。もっとしっかり見ようと集中する。オーラの色がだんだん濃くなり、はっきり見えるようになった。
本能的に直感した。一か八か、これを使うしかない。放出され消えていくオーラを体の周辺にとどめる。ただし、できるだけ厚く。限界まで体から、細胞一つ一つからオーラを絞り出して、体を覆うようにとどめる。
(体を包む。鎧のように!)
そして僕はオーラに包まれながら地面に直撃して、地面に小さなクレーターを作った。
「い、生き、てる…?」
驚くことに、無傷だった。地面がボロボロになって、疲労もすごいが僕は無傷。今も体の周りをオーラが取り巻いている。
「こ、これ…。もしかして、個性?」
これが始まりだった。この日の僕の選択が、僕のこれからの運命を大きく変えたんだ。
雄英高校ヒーロー科入学試験日。実技試験場。緑谷出久はそこにいた。
しかし、全くうまくいっていない。試験のスタートに出遅れ、さらには出てきた仮想敵に癖でびびった隙に他の受験者に横取りされて馬鹿にされる始末。
(バカ野郎!!何で動かない!思い出せ、死にかけたあの日を。この力を手に入れたあの日を!)
思い出すのはあの日。死の縁にいたあの瞬間。そのときの恐怖を思い出しながら前を見る。その視界に入るのは多くの受験者と仮想敵。
(あの時よりかは、全然怖くない!!)
出久はとりあえず念(出久は念じることで色々と応用が聞くことからオーラの力を『念』と名付けた)のオーラを身にまとい走り出す。試験前に転びかけて女の子に助けられたり、真面目でエリートな雰囲気の眼鏡の人に叱られたり、スタートに出遅れたりと色々あって内心焦りまくっているが、とりあえず顔の表情だけでも落ち着いたふりをし、自分自身に落ち着けと言い聞かせながら走る。その早さはすでに常人を越えたものだ。
そしてそのままフリーな敵を見つけ次第オーラをまとった腕で殴っていく。基本方針は常に見敵必倒かつ一撃必倒。殺ではないところが出久なりのポイントだ。そのままそれなりに順調に仮想敵を倒していると、爆音とともに辺りが揺れ、超巨大な仮想敵が現れた。それを見た出久がまず思ったことはただひとつ。
(でかすぎない!!!?)
その後少ししてからいや、いくらなんでもこれはやばいでしょ。とか、こんなの用意できるお金あるなんてさすが雄英!とか思いながらビビってパニックになり、逃げ出そうとした出久だったが、その瞬間ある光景を見つけて立ち止まる。その横を受験者たちが通りすぎていく。
女の子が、朝自分を助けてくれた女の子が逃げ遅れている。このままだと確実に危険だ。だが、他の受験者は誰も助けには入らない。
当然だ。あの巨大仮想敵は0ポイント。倒したところで何の意味もない。それぐらいなら逃げながら他の仮想敵を倒した方が効率的だ。彼女を助けに行くのはただのタイムロスでしかない。助けにいく間に他の受験者は得点を重ね、順調にいっていた出久の合格は危なくなる。というかほぼ確実に不合格になる。この試験に受かることはヒーローになるために必要で、棒に振ることなどできない大切なもの。それは出久も分かっていた。
でも、それを見つけてしまった。
彼女の『助けを求める顔』を見てしまった。
だからこそ、頭で考えるより先に体が動いた。
オーラをまとった足で走り、全力でジャンプ。あり得ないほどの跳躍力で巨大仮想敵に近づきながら、出久は体全体に『纏』っているオーラを完全に『絶』ち、体内で『練』り上げたオーラと今まで体を覆っていたオーラを右腕に集中させ、ただ全力で殴った。勇気を振り絞り、自分の中の最大の憧れである『平和の象徴』の言葉を借りて。
「SMAAASH!!」
その一撃はまさにオールマイトを彷彿とさせる超強力なもの。彼自身は預かり知らぬところなのだが、実は彼の念能力は強化系。すなわち、個性で言えば増強系であった。
出久の一撃を受けた巨大仮想敵は粉砕され、その機能を停止した。出久は落下しながら女の子の方を見て、無事であることを確認した。
(よかった。)
先の一撃による反動はない。オーラによって攻撃力だけでなく防御力や治癒力も強化されていたからだ。出久はとりあえず女の子が無事であることと自分が無傷であることを安堵しつつ、ようやく自分が落下していることに気づく。
「や、やっばぁぁぁぁ!!」
出久はとっさにオーラで体を覆った。怪我はしないことを知っているのにも関わらず叫んでいるのは彼の性格ゆえだ。そして落下中に女の子の個性にまた助けられ、出久の高校入試は終了した。
屋上から落ちたあの日が彼の運命の日とするならば、この入試の日が彼のヒーローになるための始まりの日。この日、確かに彼の物語は始まった。
ちなみにその後、入試に落ちたと思った出久が夕食の焼き魚に微笑みかけたり、実は入試に合格していたり、平和の象徴や担任の教師、No.2ヒーローの息子に目をつけられたり、幼馴染みに絡まれたり、幼馴染みに絡まれたりするのだが……それはまた別の話。
第一弾はHUNTER×HUNTERより、念能力。
毎度毎度自分の体を犠牲にしながら戦う出久くんが見ていられなくて、オールマイトに似てて自分にダメージ少なそうな能力ないかなと考えていたときに浮かびました。
まあ、制約と制約とか覚悟とかに出久くんが気づいちゃったら、ゴンさんならぬデクさんが生まれてしまいそうですが。