当たり前の後ろの外側   作:吉椿

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プライベート

「やー、面白かったねー!」

 大型ショッピングセンターのカーペットの上を、弾むような足取りで真奈実は歩いていた。

「うん、よかった」

 並んで歩く渉は普段通り平然としている。

 ショッピングセンターに併設された映画館に、二人で映画を観に来ていたのだ。アメリカン・コミックが原作のアクション映画のスピンオフ作品で、アクションだけでなく、キャラクターの内面がかなり濃厚に描かれていることがネットで評判となっていた。その評判に違わぬストーリーに真奈実は深く感銘を受け、劇場からここに至るまでの間、一つ一つのシーンを取り上げてはここがよかったと、ずっと感想を言い続けていた。

「あっ、そういえばスマホの電源切りっぱなしだった」

 バッグからスマートフォンを取り出す真奈実に渉も倣う。スマートフォンが起動し、電波を受信すると、不在着信の通知が表示された。

「母さんからだ」

「えっ、電話?」

「うん。何だろうな」

「電話してあげたら? 私はいいから」

 伝言が残されているわけでもないので後回しにするつもりだったが、真奈実が促すのに従った。

「もしもし? 何かあった?」

「あんたすごいよ!」

 電話口の母親は興奮していた。

「来たんだよ、おばあちゃんのところに!」

「何が」

「オレオレ詐欺!」

「えっ!」

 渉が大きな声を出して驚くのは、真奈実の防犯ブザー事件以来一か月ぶりだ。

「叔父さんのフリしてね、会社で使う小切手をなくしたって泣きそうな声で言うんだって。それでちょっと信じちゃいそうになったんだけど、そういえばって思い出したんだって。あんた、前に電話したんでしょ、カバンをなくしたって電話があったら、元の番号にかけ直せって」

 渉は大きく目を見開いた。

「それで詐欺だって気付いて。叔父さんから警察に通報してもらって、今さっきおばあちゃん家で犯人が逮捕されたって!」

「すごいな……」

「すごいよ!」

 詐欺、警察、通報、犯人、逮捕。まるでドラマか新聞記事の中の話が、身内の実体験として起きたこと。その事件を自分がきっかけで防げたこと。いや、自分と言うより、そもそものきっかけはテワタサナイーヌにもらった小さな包みだったこと。様々な要素が頭の中に一気に押し寄せて、「すごい」以外の言葉を発することができなかった。

「おばあちゃんがあんたにお礼言っといてって。警察の人も褒めてたってよ!」

 

 

「どうしたの? 大丈夫だった?」

 電話を切ってなお呆然とする渉を、真奈実が心配そうに覗き込む。

「大丈夫だった。大丈夫でよかった……」

 あまりのことに渉は座り込んでしまいそうだった。近くのベンチに腰を下ろし、事の顛末を真奈実に話す。

「ひえー! そんなことって本当にあるんだね!」

 真奈実は目を丸くして驚いた。

「言ってみればテワタサナイーヌのおかげだな」

「そっかぁ、そうだよね。あの時テワタサナイーヌさんにその紙をもらわなかったら……」

 つくづくと考えを巡らす二人の前を家族連れが通る。はしゃぐ男の子と手を繋ぐ、初老の女性。ふと祖母の姿と重なる。あの穏やかな笑顔が失われることになったかもしれないと思うと、空恐ろしくなった。

「巡り合わせっていうのは、こういうことなのか」

 呟く渉の隣で、真奈実が急にベンチの背もたれから身を浮かせた。

「えっ! うそ! あれ、テワタサナイーヌさんだよ!」

 真奈実が指を差した先に、長身の男性と腕を組んで歩く犬耳が見えた。緑色の髪とふさふさと揺れる犬の尾。見間違えるはずもない。あちらも映画を観に来ていたのだろうか。

「ねっ! 行こう!」

 真奈実は立ち上がって渉の腕を引いた。

「行こうって?」

「テワタサナイーヌさんのおかげでおばあさんが助かったって報告しようよ。お礼も言わなきゃ!」

「でも向こうもプライベートだろ。邪魔したら悪い」

「こっちだって二人なんだし、遠慮いらないって」

 どういう道理なのだと思いながらも、真奈実の強引さに根負けして引きずられていく。

「大丈夫。絶対喜んでくれるよ! それに私だってテワタサナイーヌさんとお話したいの」

「いつからファンになったんだ」

「クリスマスの動画を見てから!」

 もたつく渉に痺れを切らして、手を解いて駆け寄って行く。テワタサナイーヌを追い越して回り込み、笑顔で声を掛けている。テワタサナイーヌは小首を傾げ、隣の男性を見た。隣の男性は何やら嬉しそうに目を輝かせた。

 真奈実がこちらを指差す。テワタサナイーヌと連れの男性がこちらを振り向く。何を話しているのかは想像がつく。早く早くと真奈実が手招きをしている。背の高いテワタサナイーヌと、その横から顔を出す真奈実を見比べて、連れの男性には申し訳ないが、やはり自分の彼女が一番かわいいと、渉は思った。




最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

私も、テワタサナイーヌさんがきっかけでオレオレ詐欺に対する意識が変わった者の一人です。
主人公は、もしかしたら私やあなたや、誰かなのかもしれません。

実際はこのお話のようには行かないのかもしれませんが、家族や身近な人との会話でオレオレ詐欺被害が防げるといいなぁと思っております。


バレンタインデーの話は、原作にはありませんが、2017年2月に実際に行われたキャンペーンを元にしています。
現地には行っていないので、内容はまったくの創作です。
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