ニンジャスレイヤー・バーサス・マジカルガールハンター 作:ヘッズ
ドラゴンナイトは思わず息を飲んだ。己の利益と欲望の為に自然を壊し、マッポー級の大気汚染雲によって重金属酸性雨が降り注ぐメガロシティネオサイタマ、その重金属酸性雨を生み出しているとも言えるメガロ工業地区にある自然公園。そこには普段では見られないような植物で溢れていた。
ある樹木はカスミガセキ・ジグラットのように天高くそびえ立ち、ある植物は外敵から身を守るようにウニめいた刺を生やし、ある植物は極彩色の果実を実らせていた。「ネオサイタマにこんなところがあるなんて」郊外のジャングルに行けば自然に溢れた場所はあるが、メガロ工業地区にこのような場所が有るとは全く知らなかった。
この自然公園の詳細について公的な記録は残されておらず、ドラゴンナイトが知らないのは当然のことだった。ドラゴンナイトは乗っていた自転車を置き、導かれるように自然公園に入っていく。生い茂る雑草や蔦をチョップで切り分けながら奥に進んでいく。雑草や蔦の一つ一つが街で純粋培養された植物と比べると固く切りにくく生命力に溢れている。
ドラゴンナイトは奥に進みながら深く息を吸い込んでいく。ここは空気が濃い、入口でもすでに濃かったが奥に進むにつれて益々濃くなっていく。息を吸い込むだけでカラテが漲る感覚、これはコンクリートに囲まれたネオサイタマの街中では味わえない感覚だった。
しばらく歩いていると辺りは未知の植物が群生していたが、次第にバンブーの割合が多くなり数十分歩くと全てバンブーになっていた。独自の進化を果たした未知の植物に対し僅かばかり薄気味悪さを覚える。見知った竹の存在はドラゴンナイトの心を僅かばかし落ち着かせる。すると足に伝わる糸の感触とカラカラと木製の打楽器のような音が響き渡る。
ドラゴンナイトは瞬時にカラテ警戒を高める。音が鳴ってから数秒立つが何も起こらない。カラテ警戒を維持しながら足に触れている糸の先を注意深く見ていく。そこには木製の何かがあった。さらに注意深く見ていくと周囲には糸のような物が張り巡らされていた。
これはナリコである。ナリコとは、ニンジャたちの間で伝承される危険なブービートラップだ。ドラゴンナイトは警戒を怠りトラップに引っかかってしまったのだ。これは奥に進まない方が良いのか?ドラゴンナイトは逡巡する。だがトラップがあるという事は奥には何かが有るということかもしれない。警戒心より好奇心が勝り奥に進んでいく。
ニンジャ視力を凝らし糸とナリコを確認し、マイめいた動きでナリコを回避する。ナリコを回避するために普段では取らない姿勢と筋肉を使う事を強要される。熟練のニンジャではないドラゴンナイトにとっては重度な負荷であり、その足取りはバイオ水牛めいて遅かった。
「なんだこれは?」ナリコトラップエリアを抜けると目の前にはあったのは灰色の焼け野原だった。ワビサビすら感じた竹林から一転して虚無の焼け野原、爆弾でも爆発したのか?ドラゴンナイトは駆け寄り周囲を調査する。するとあることに気づく。荒野は円形に広がっており、外側と内側で破壊の痕跡が異なっていた。ここで何か起こったのか?
幾つか推論を立てるが納得がいく答えは導き出せなかった。その時ニンジャ感覚が訴えかける。ここは全てが焼け果てた灰色の虚無の世界。だが今まで通ってきた森林以上にカラテが満ち溢れる感覚を感じていた。瞬間ニューロンにアイディアが浮かび上がる。
「よし!ここでカラテキャンプするぞ!」ドラゴンナイトは宣言するように高らかに声を上げた。
◆ドラゴンナイト
ドラゴンナイトは学校の授業そっちのけで思考を巡らす。先日のトレンチコートの男性のカラテ、あれは明らかにニンジャのカラテだ。
そしてトラックに放ったあの技、強力な踏み込みから肩と背中を相手にぶつける。威力は絶大であれが無ければトラックは止められなかっただろう。さらに自分の正拳突きにコンマ数秒も狂わせずタイミングを合わせたニンジャ器用さ、それによって威力は数倍に上がった。
技とニンジャ器用さ。それだけで自分より遥かに格上で戦えばベイビーサブミッションで殺されると理解できた。もしかしてスノーホワイトより強いのかもしれない。
ドラゴンナイトにとって絶対的強者であるスノーホワイトの勝利すら疑いたくなるほどニンジャスレイヤーのカラテは強力なインパクトを与えた。
どうすればあの技を身に付ける。どうすればあのカラテに近づける。ドラゴンナイト日課である授業中のイマジナリーカラテをすることなく、ニンジャスレイヤーのカラテについて考え、気が付けば授業は終わり放課後になっており、いつも通り家路についた。
カワベ家の夕食はドラゴンナイトと父親と母親の3人で食卓を囲む。リビングにはカチャカチャと食器が当たる音と咀嚼音が虚しく響く。ドラゴンナイトがニンジャになって野球部を辞める前までは空気は明るく会話もあった。だが今は空気が重く会話はほとんどない。
「父さんと母さんは仕事の関係でキョートに行く」
「ご飯は冷凍食品やデリバリーで食べて、お金置いておくから」
「うん、あと工事か何かで学校は一週間休校だって」
「そうか」
お互いは言い終わるとミソスープを口に運ぶ。二人のやりとりは会話ではなく業務報告のように冷たく機械的だった。
「ソウスケ、最近勉強している?小テストの点数悪かったそうね」
母親はドラゴンナイトを責めるような視線を送る。アカツキ・ジュニアハイスクールでは生徒達の学業成績はIRC連絡網で逐一報告される。
野球部を辞めて地域でのイドバタヒーラルキーが落ちているのに、成績も落ちたとなれば他の親達からさらなるマウンティングを取られる。それは母親にとっては我慢ならなかった。
一方ドラゴンナイトは親達に聞こえない程度に舌打ちをする。成績が落ちているのは授業中のイマジナリーカラテトレーニングによるものだった。
だがこれはネオサイタマに蔓延る悪者やニンジャから人々を守れるほどの強さを手に入れるために必要なトレーニングだ。勉学なんて二の次でトレーニングをすることが正しいことだ。それがドラゴンナイトの考えであり、間違ったことを言う母親に苛立ちを募らせていた。
「勉強より正しい事をしているんだからほっておいてよ。期末で前と同じぐらいの成績取ればいいでしょ」
「前と同じじゃダメなの。前は野球で勉強する時間がないから許したけど、今は野球をしていないのだから、前以上に良い点数を取りなさい!」
ドラゴンナイトは苛立ちをぶつけるように語気を強めて答え、母親もさらに語気を強め嫌味に告げる、二人の空気に剣呑な空気が流れる。それを断ち切るように父親が咳払いし、ドラゴンナイトに語りかけた。
「ソウスケ、お前もカワベ家の息子としてカワベ建設の役員になる者だ。勉強をしてカチグミにならねばならない。その為にはこの時期からの勉強は重要だ。それに学生である以上勉強をやること以外正しいことはない」
「父さんの口から正しいなんて言葉が出るんだ」
ドラゴンナイトは侮蔑の視線と皮肉を込めて父親に呟く。その視線はニンジャがモータルを見るような目線だった。
それはニンジャになって暫くの事だった。カワベ建設は仕事を受注する際に不正を働き、下請け業者に渡るはずの金を着服していることを知った。
それまでは父親のことはある程度尊敬していた。兄は優秀であり自分が後を継ぐことはないが、将来はカワベ建設に入って少しでも役に立ちたいと思っていた。だが今は父親に対する尊敬の念もカワベ建設に対する想いも消え失せていた。
その父親がネオサイタマの人々をニンジャの悪行から守るという正しい行為をしている自分に対して正しいという言葉を口にした。それはドラゴンナイトの神経を大いに逆撫でさせる。
父親はドラゴンナイトの言葉と侮蔑的な視線を受けると目を見開き反射的に手を上げる。だがモータルの攻撃がニンジャに当たることはありえず、拳が頬に突き刺さる前に手首を握って止めた。父親は手首を万力のように締め上げられ苦痛の表情を浮かべ、それを見てドラゴンナイトは我に返り手首を離す。
「……私達がキョートに言っている間に頭を冷やしておけ」
父親は食事が残っているにも関わらず席を立ち痛む手首を抑えながら自室に戻っていき、母親も父親を一瞥すると席を立ち離れていく、食卓にはドラゴンナイト一人だけになった。
――――――
「バカハドッチダー!」
ドラゴンナイトは枕に向かって瓦割りパンチを打とうとするが寸前で止める。打ち抜いたら枕どころか下にあるベッドまで破壊してしまう。それは今後の生活において不便になる。理性が怒りを寸前のところで抑えていた。
「何だよ!ボクの事をまるで理解しようとしてくれない!バカ!バカ!バカ!」
ドラゴンナイトは怒りを破壊行動ではなく、両親を罵倒することで発散させる。
別に野球だって辞めたくて辞めたわけではない。理由は理解されないし言うつもりはないが、それで何か重大な事が有ったと察して気遣うものではないのか!?それなのに両親はまるで使えなくなった玩具を見るような目をしていた。
それに勉強勉強と何かとうるさい。そんなにイドバタヒーラルキーで上位になることが重要なのか!?そんなにカチグミになる事が重要なのか!?カチグミになって父親みたいに悪いことをするより、マケグミでも正しい事をやることが大切に決まっている!
「バカ!バカ!スゴイバカ!」
ドラゴンナイトは枕に顔をうずめて普段では言わない口を覆いたくなるような罵詈雑言を叫ぶ。
暫くすると枕から顔を上げIRC通信機を取り出す。そしてスノーホワイトに「調子が悪いから今日のパトロールは休む」と一方的に告げ通信を切った。このまま顔を合わせれば怒りのせいで八つ当たりをして両親に対する愚痴を言ってしまうかもしれない。
それはスノーホワイトに自身の弱いところやダメなところを見せることになり、見栄を張る意味では避けたかった。するとドラゴンナイトは徐にベッドから体を起こすと、自室の窓を開け二階の部屋から飛び降りた。
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ネオン広告が高速で流れ重金属酸性雨が体中を打ち付ける。普段では気にすることはないが、高速で移動する体に無視できない衝撃を与える。ドラゴンナイトは自転車に乗り行き先を決めず車道を只管走っていた。
ドラゴンナイトはモータルの時からムシャクシャすると自転車に乗り只管走る癖があり、ニンジャになった今でもそれは健在だった。
只管ペダルを漕ぎ車を追い越していく。車のドライバーは信じられないといった表情を見せるが、それに構わず走り続ける。ニンジャが走れば自転車も一般のバイクや車よりスピードを出すことが可能で、現時点の時速は100キロを越えていた。
モータルの時なら1時間程度で体力の限界を迎え遠くまで行くことができなかった、ニンジャになった今はその強靭な脚力とスタミナで遥か遠くまで行くことが可能になっていた。
そして3時間ほど車道を爆走した後着いたのがあの自然公園だった。好奇心が赴くままに奥に進んでいき灰色の荒野にたどり着いた時、この場所でカラテキャンプをすることを思いついた。
あのトレンチコートのニンジャやスノーホワイトのカラテに追いつくためにはもっとカラテトレーニングをしなければならないと考えていた。
そこでこの場所だ、ここにはカラテを漲らせるパワーのような何が溢れ、ここでトレーニングすればより強くなれるとニンジャシックスセンスが訴えていた。
それにここは全てに隔離されている。コミック、テレビ、世間体、親の存在、ネオン広告、音声広告を流すマグロツェッペリン。普段の生活に溢れていた物は何もかもが無い、あるのは自然のみ。
強くなる為には余計なものを隔離し唯カラテトレーニングに没頭する。これは野球部時代の合宿と似ており、その時は数日ながら確かな成長をしていた。その成功体験が後押しした。
期限は学校が始まる一週間後まで、こうしてドラゴンナイトの一人カラテ合宿が始まった。
◆◆◆
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ネオサイタマにあるまじき静謐の空間にカラテシャウトが響き渡る。一人の少年がマシーンめいてチョップを打ち続けコーン、コーンと木製打楽器を叩いたような音が規則的に響き渡る。彼の名はドラゴンナイト、ニンジャである。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ドラゴンナイトはバンブーにチョップを打ち込むが一向に切れない。ニンジャならばバンブー程度を切断するのはベイビーサブミッションと思われる読者の方もいるだろう。これはバンブーではなくバイオバンブーである。その強度は鋼の4倍を誇る。
切断するには正確な角度で刃を入れられる豊富なバイオバンブー知識が必要だ。しかし強力ニンジャであれば己のカラテのみで切断可能だ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」己のカラテで切断しようとチョップを打ち続ける。強靭なバンブーを叩き続けた事で手から出血していた。
「ケケーン!」突如上空から甲高い鳴き声とともに急降下してくる。バイオキジだ!獰猛なバイオキジは血の匂いに誘われてドラゴンナイトに襲いかかる!「ケケーン!」「イヤーッ!」嘴が脳をえぐる前にドラゴンナイトのチョップがバイオキジの首を切断!切断面からスプリンクラーめいて血が吹き出る!
「ケケーン!」突如上空から甲高い鳴き声とともに急降下してくる。バイオキジだ!獰猛なバイオキジは血の匂いに誘われてドラゴンナイトに襲いかかる!「ケケーン!」「イヤーッ!」嘴が脳をえぐる前にドラゴンナイトの正拳突きが頭部を破壊!頭部からスプリンクラーめいて血が吹き出る!
「ケケーン!」突如上空から甲高い鳴き声とともに急降下してくる。バイオキジだ!獰猛なバイオキジは血の匂いに誘われてドラゴンナイトに襲いかかる!「ケケーン!」バイオキジの嘴が脳を抉りにかかる!「イヤーッ!」ドラゴンナイトのハイキックが頭部を蹴り飛ばす!キックオフ!無くなった頭部からスプリンクラーめいて血が吹き出る!
「明日こそ切断してやる!」ドラゴンナイトはバイオキジの死骸を拾い上げると悔しそうにバイオバンブーを見つめながら立ち去っていく。バイオバンブー林を抜け、竹林のナリコトラップを抜けて灰色の荒野にたどり着く。そこは虚無の世界ではなく、強大な岩石、不格好な木人形、積み上げられた薪が有り生活感が漂っていた。
ドラゴンナイトは薪を数本取り組み立てると薪を擦るようにチョップを打つ。薪はチョップによる摩擦熱で着火し燃え上がる。火が起こるのを確認すると薪の近くにある木の棒をバイオキジの口から肛門へ串刺しにし焼き始める。
ドラゴンナイトは灰色の荒野を臨時のドージョーに定めた。だが幾つかの問題があった。先ずはトレーニング器具が無いことだ。荒野には何も一つなくトレーニング方法も限られていた。ならばトレーニング器具をDIYすればいい、巨大な岩石をカラテで削りウエイト器具にし、樹木を削り木人形を作るなどして器具の問題は解決した。
次は食糧問題だ、ドラゴンナイトにはサバイバル経験は無く一週間のカラテ合宿を行うことなく空腹により力尽きる可能性があった。だが探索していると偶然にも水場を発見でき、食料も襲ってきたバイオキジやバイオイノシシなどを返り討ちにして焼いて食べた。味は酷いものだが、食べることは出来た。
こうして幾つかの問題は解決し、ドラゴンナイトのカラテ合宿は始まった。岩石を使ったウエイトトレーニング、スリケン投擲、木人形への打ち込み、イマジナリーカラテトレーニング。日が上がってから日が落ち疲れて体が動かなくなるまでトレーニングする。まさにカラテ漬けの一日だった。
余計な事を考えず只管カラテに打ち込む。それは心地よいものであり充実感を覚えながら一日目を終了した。二日目は一日目に切断できなかったバイオバンブー切断チャレンジは失敗に終わり、灰色の荒野に帰還して現在に至る。
ドラゴンナイトはバイオキジを食べ終わる。相変わらず酷い味だ。もう少し何とかできないものか。口に残る不快な味を振り払うように一息つく間もなくカラテを構え相手をイメージする。相手はスノーホワイト、イメージで何千回戦った相手だ。「イヤーッ!」ドラゴンナイトはイメージのスノーホワイトに全力でチョップを打ち込む。
「ハアーハアーハアー……」ドラゴンナイトは大の字に倒れこみ呼吸を乱しながらピクリとも動かない。見上がる先には髑髏めいた月が見下ろしている。3時間ほど連続でイマジナリーカラテトレーニングを行い、日はいつの間に落ちていた。「クソ!」ドラゴンナイトは叫ぶ。相変わらず勝てない、それどころかクリーンヒットすら与えられない。
何時になったら強くなれる?スノーホワイトと肩を並べられる?あのトレンチコートの男のカラテに近づける?自分は強くなっているのか?いくらトレーニングをしても無駄ではないのか?一日目に感じた充実感から一転し虚無の暗黒がドラゴンナイトの心を蝕んでいく。「トレーニングをしても意味がないのか!?ボクは強くなれないのか!?」
ドラゴンナイトは虚無の暗黒を振り払うように叫ぶ。だが叫びに対する返答はなく声は闇に吸い込まれた。「そんな事はありません」突如の謎の声!ドラゴンナイトはバックフリップをして距離を取りカラテを構える。そこには一人の女性がいた。龍の模様が入った赤と金色のニンジャ装束を身に纏う、その胸は豊満だった。「ドーモ、はじめまして、ドラゴン・ユカノです」
◇ドラゴン・ユカノ
自然公園の前に立つユカノに様々な思いが去来する。ここは師でもありクランの一員であったドラゴン・ゲンドーソーが命を落とした場所だ。ネオサイタマに帰還したユカノはある目的の為にこの場所に来た。それは墓を建てることだ。
まだゲンドーソーの墓を建てていない。墓は本来死んだ魂が宿る場所であり、リアルニンジャであるゲンドーソーの魂はキンカクテンプルに導かれ保管され墓に宿ることはない。
だが万が一ソウルがディセイションで降り立った時に留まるところが無ければ困るかもしれない。ソウルの安寧とセンチメンタルから墓を作ろうと思った。
ユカノは自然公園の奥に進んでいく。進んだ先には場所にゲンドーソーが命を落としたドラゴンフォレストが存在する。
森を抜け竹林に入るとナリコトラップが目に入る。ナリコトラップを掻い潜るフジキドに悪戯心で仕掛けたアンブッシュ。過去の出来事を思い出し感傷に浸る。
ユカノは弟弟子がかつてしたようにマイめいた動きでナリコトラップを回避し庵が有った場所に向かう。すると耳にカラテシャウトが届く、その瞬間ユカノはニンジャ装束を生成する。
このような場所にニンジャが?何故いるかは皆目見当つかないが戦闘でゲンドーソーが命を落とした場所を汚すようなら排除する。何時でもアンブッシュを行えるように気配を殺し近づいていく。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
そこには少年がいた年齢は10代前半か後半、少なくとも20歳になっていない。何故少年ニンジャがここにいる?ユカノは気配を殺しながら観察する。虚空に向かって突きを放つ。型のトレーニングと思ったが違う。あれは実践を想定したイマジナリーカラテトレーニングだ。
相手は身長150cm後半から160cm前半程度、少年の突きと蹴りを最低限の動きで躱し態勢を崩し急所に一撃を放つ。中々のワザマエだ。相手のイメージが明確であれば、ユカノほどのカラテ強者であればイメージされた人物がどのような実力であれば判断できる。
今度はイメージの相手が武器を持った。長物で槍、いや薙刀だろう。少年がスリケンを投擲するが難なく防御する。
業を煮やした少年が突っ込みそれを迎撃、少年は刃のついていない部分をチョップで叩き弾こうとするが、まるで行動を予知していたように持ち手を変えて斬撃を変化させチョップを打った右手首を切り落とす。これもワザマエだ。
武器を持ったイメージの相手に十数回殺されると少年の姿が変化する。体中に鱗が生えまるで龍が人の形を成したような異形の姿。その姿を見た瞬間過去の記憶がフラッシュバックする。
タツ・ニンジャ、神話として描かれたドラゴンに憧れ、ドラゴンの力にニンジャの繊細なカラテが合わされば無双であるという信念を胸にジツを開発したニンジャ、クランの一員ではないがタツというドラゴンの別名を持つニンジャに対しシンパシーを感じていたことを思い出す。
かつて対戦したがその信念に相応しく、龍の強靭さと力強さとニンジャの繊細さと精密さを併せ持ったカラテを駆使する強敵だった。
だが少年のカラテはある日のタツ・ニンジャには遠く及ばず、貧弱で大雑把なカラテだった。
さらに言えば少年のカラテには致命的な欠点がある。それを直さなければニンジャとの戦いで死ぬだろう。そんなカラテではイメージの相手には通じず、ジツを使っても勝てなかった。暫くすると少年はジツを解き大の字に倒れ叫ぶ。
「トレーニングをしても意味がないのか!?ボクは強くなれないのか!?」
ユカノは少年の叫びには強さへの渇望と黄金の意思を感じ取る。ニンジャソウル憑依者は突然得た力に舞い上がり増長し慢心し謙虚さを失う。
少年にはそれらを感じない。自分の弱さを知り目標に向かって精進しようとする高潔さがある。かつてゲンドーソーがフジキドに見たものなのかもしれない。
そして少年の苛立ち、焦燥、迷いが手に取るように分かる。強くなりたいが指針が無く、強くなる方法も自分の実力も分からない。だから上達しているかも分からず虚無の暗黒に囚われ黄金の意思はくすんでいく。
それは忍びない、ユカノは少年の前に出てアイサツをした。
「ドーモ、はじめまして、ドラゴン・ユカノです」
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「ドーモ、はじめまして、ドラゴン・ユカノです」「ドーモ、ドラゴン・ユカノ=サン、ドラゴンナイトです」ユカノはドラゴンナイトのアイサツを観察する。不安、恐怖、困惑、ユカノ程のニンジャであればアイサツで精神状態が分かる。
ドラゴンナイトは思わず唾を飲み込む。アイサツだけで分かる、あれは自分より強い。ベストコンディションでも勝てないのにこのコンディションでは勝ち目は0に等しい。どうやって逃げる。
「ドラゴンナイト=サン、私には敵意は有りません」ユカノは手を広げ敵意をないことを示す。ドラゴンナイトはカラテ警戒を解く、そのアトモスフィアはまるで慈母めいて安らぎを与える。「先ほどのイマジナリーカラテはよく練れていました。相手のカラテがはっきり分かりました」「ありがとうございます」
ドラゴンナイトはユカノの賛辞に礼を述べる。警戒しながら礼を言う初々しさと素直さに思わず破顔した。「何故この場に来たのですか?」「カラテトレーニングの為です。ここでトレーニングすればいつもの場所でするより強くなれると思ったからです」「ドラゴン・ユカノ=サンは何故来たのですか?」「かつて訪れた場所で懐かしくなって来ました」
「強くなって何をするつもりですか?」「強くなって、弱い人をヤクザや悪いニンジャから守るためです」「いつからこの場所に居たのですか?」「数時間ほど前です」「イメージした相手は誰ですか?」「スノーホワイト=サンです。女性の高校一年生でボクより遥かに強いです」
ドラゴンナイトは自身の言動を訝しんだ、何故スノーホワイトのことを喋っている。いくら友好的なニンジャと云えスノーホワイトのことを喋るのは無用心すぎる。だが質問に答えてもらったからには此方も質問に答えなければならない。それが当然の事だ。ドラゴンナイトはユカノの質問に正直に答えた。
読者の皆さまはお気づきだろうか?ユカノはドラゴンナイトのパーソナリティやバックボーンを的確に知る一方、ドラゴンナイトはユカノについて有益な情報を得ていない。これは問いを交互に応酬するいにしえのニンジャ作法「問い返し」この作法に則り本能レベルで正直に答えてしまう。
この作法を利用すれば必要最小限の情報を相手に与え、必要以上の情報を得ることが可能である。ドラゴンナイトはニュービー、ユカノは数千年生きているリアルニンジャ。経験値は天と地以上に差があり一方的に情報を搾取されていた!
ユカノはドラゴンナイトを見定める。力に飲み込まれず己の弱さを知り善行のために鍛錬する。第一印象通りの高潔なニンジャだ、もしディセイションせずドラゴンドージョーに入門していれば何れはリアルニンジャになれたかもしれない。
「いつまでトレーニングしますか?」「5日後までです」「宜しければそれまでインストラクションを授けましょうか?」ドラゴンナイトは思わぬ提案に驚く、ユカノはドラゴン・ニンジャクランの開祖であり、開祖からトレーニングを受けれるのはクランの一員だけだ。
だが正式に自らが興したドラゴン・ニンジャクランに入れるわけではない。クランの特有のインストラクションは教えず、基本的なカラテを教える。その様子を近くで見て見込みがあるようならクランに入門するように促す。それが狙いだった。
「ドラゴン・ユカノ=サンには何のメリットが有るのですか?」「ドラゴンナイト=サンの考え方とカラテではいずれ強力なニンジャに遭遇して殺されるでしょう。それが惜しいと思っただけです」ユカノは端的に言った。ドラゴンナイトはユカノの提案を吟味する。ネオサイタマでは一方的なリターンを得られる話は存在しない。
リターンとリスク、それを秤にかけて決める。甘い話に乗っかって破滅したという話は星の数ほど有る。だがユカノの言葉が銅鑼の音めいてニューロンに反響する。強力なニンジャに遭遇すれば殺される。イメージのスノーホワイトにクリーンヒットすら与えられないカラテだ。その可能性は十分にある。
自分は強くならなければならない。弱き者を守るために、スノーホワイトと肩を並べるために。その為には多くを学ばなければならない。格上であるユカノであれば何らかしら得るものは有るはずだ。ここはリスクを恐れてはならない。タイガークエストダンジョンだ!
「よろしくお願いします。ドラゴン・ユカノ=サン」ドラゴンナイトは45°の角度で頭を下げる。「ではインストラクションは明日からです。今日はもう寝なさい」ユカノはドラゴンナイトに告げると踵を返し竹林の方に向かっていく。ドラゴンナイトは明日への不安と期待を胸に抱きながら、地面に寝転がり眠りに落ちた。
ユカノは竹を加工しゲンドーソーの墓標を作りながら明日からの事を思案する。他のニンジャにインストラクションを授けるのはいつ以来だろう。かつてのドージョーの門下生との日々が薄らとニューロンに浮かび上がる。
ニンジャは本能として自身のミームを受け継がせようとする。だがニンジャは子を産むことが出来ず血を残すことができない。だからこそクランを興し弟子を取り己のインストラクションを授けミームを伝える。ユカノにとってドラゴンナイトに時間を割くリターンはない。唯ニンジャの本能に従っただけだった