ニンジャスレイヤー・バーサス・マジカルガールハンター   作:ヘッズ

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第八話 電子妖精が見た新世界#2

ファルは意識を研ぎ澄ます。するとそこには広大な世界が広がっていた。山中にある小さな山小屋、今にも吹き飛んでしまいそうな藁の家、砦のように大きな洋風の城、上空にはドラゴンのような生物が飛んでいる。それらが所狭しと存在している。何という不規則で非現実的な光景か!耐性の無い者はこのデータ量に耐え切れず即座にログアウトしてしまうだろう。

 

だがファルは平然とこの世界を吟味する。キークによって改造を施され圧倒的な演算速度と容量でコトダマ空間に対応していた。とりあえずは手始めにネオサイタマ全体の地図の入手だ。有るとしたら市役所などの行政機関だろうか。ファルは市役所のネットワークIPアドレスを探知すると翼を生やし移動を開始した。

 

ファルの目の前には城門のような大きな鉄扉が有り鎖が何重にも巻かれていた。これは防衛プログラムをイメージ化したものである、行政機関のネットワークだけあってファイヤーフォールも強固そうである。だが自身の能力なら扉ごと破壊して侵入できる確信が有った。しかしそれは目立つ、ファルは浮遊しながら扉に進む。論理肉体が扉にめり込み通過する。

 

中に侵入するとそこには碁盤目状に規則正しく牢屋が設置されていた。格子は錆びており牢屋の中は黴臭くコンクリートもひび割れている。牢屋の中には「市民の為に」「不正はダメ」「品性方向」とショドーされている掛け軸が飾られている。

 

ファルはドローンのような飛行物体を作り出し散開させる。これはファルの探索コマンドをイメージ化したものだ。暫くするとドローンは全て帰還し消えた。そしてファルは移動を開始する。ドローンによって目的の場所の道のりまでは把握しており、迷いなくたどり着いた。

 

「GRRHHH!」石造りの部屋にたどり着くと7フィート以上のミノタウロスめいた異形のモンスターが2体居た。「防衛プログラムかぽん」ファルは即座にkickコマンドを打ち込む。ファルの背中から強大な腕が出現し殴りつける。「グワーッ!」ミノタウロスは即座にネギトロと化す!

 

これで防衛プログラムは排除した。ファルは南京錠が掛かっている箱を破壊し中に入っている物体を手に取る。これで地図データを手に入れた。目的を達成したのでここには用は無い。ファルは黒髪の少女に誘導させ市役所からログアウトした。

 

「ただいまぽん」スノーホワイトはファルの声を聴き懐から端末を取り出す。ファルは自身の動作確認を行う。特に異常は見当たらない、初めてコトダマ空間に入りハッキングを試みたが問題はなさそうだ。「成功ぽん。とりあえずネオサイタマの地図を入手したぽん。これで地図を描くなんてローテクな作業をしなくていいぽん」

 

ファルはコトダマ空間について整理していく。ハッキングしながら並列して別の作業をする処理速度が有ると自信が有ったが、コトダマ空間に入ってしまうと他の作業はできないようだ。「もう少し試したいことがあるぽん。その間他の事できないけど大丈夫かぽん」「いいよ」スノーホワイトの了承を得ると再びコトダマ空間に飛び込んだ。

 

◆◆◆

 

「ただいまぽん」「どうだった?」「楽勝ぽん、そこら辺のファイアーウォールや防衛プログラムなんてファルにとって紙切れ同然ぽん」ファルは意識を取り戻し上機嫌で答える。魔法の国で作られキークに弄られたファルのスペックと処理速度はネオサイタマの技術を遥かに上回っていた。

 

「あとちょっと金を稼いでおいたぽん。これでスノーホワイトも色々買えるぽん」「どうやって?」「それは株とかで稼いだぽん」ファルは淀みなく答える。実際株で稼いだ。だが企業機密級のインサイダー情報を得て、その情報を元に稼ぐ。魔法の国の技術の粋を集められたファルにとってその程度はベイビーサブミッションである!

 

だがある疑問は生じる。ファルは株で稼いだと言ったがその元手はどこから得たのか?答えは銀行から無断で金を借りていたのだ!だが元手はすでに銀行に返しているので問題ないとファルは判断し何一つ悪いと思っていないので、スノーホワイトの魔法に引っかかることはない。

 

「それで頼みたいことがあるんだけど?」「何だぽん、大概ならできるぽん、任せるぽん」「アマクダリについて調べて」スノーホワイトの言葉にファルの上機嫌さは影を潜め、二人の間に沈黙が訪れる。スノーホワイトはニンジャスレイヤーの心の声からアマクダリについての情報を知った。

 

アマクダリは行政に根付き規模が大きく全貌を把握できていない。そしてファルがアマクダリに関わるなと懸命に説得し、それに従うようにアマクダリについて調べないようにした。だが今はファルがネットワークに繋がりハッキングが出来るようになった。今ならアマクダリの全貌が分かるかもしれない。

 

もし調べた結果看過できない非道を行う組織なら壊滅させることも視野に入れる。「調べるって何をぽん?」「全部。組織の構成員とか組織体系とか弱みとか」「断るぽん」ファルは即答で拒否する。「どうして、何でも出来るんでしょ」「何でもじゃないぽん、大概だぽん」

 

ネットワーク上において圧倒的な能力を持つファルだが、ネオサイタマ警察や一部の暗黒メガコーポの防衛プログラムは強固であり、ハッキングするとなれば相当の準備をしなければ突破できない程だった。そしてファルが想定するアマクダリの防衛プログラムはそれである。

 

「前にも言ったけど、アマクダリはこの世界の住人の問題だぽん。それにニンジャスレイヤーの言葉を信じればアマクダリは強力な組織ぽん、ファルがハッキングすれば死ぬ可能性は有るぽん」ファルはコトダマ空間に入り実験を行っていた際に様々なことを知った。この世界のハッカーはカウンターハッキングを喰らって死ぬこともある。

 

ファルに肉体はない、だがAIプログラムが破壊される可能性はある。それは死と同じだ、スノーホワイトの為に必要なことならやるが、これはスノーホワイトがやる事ではない。そんなことの為に機能や自我を破壊されたくはなかった。

 

「ファルは犬死したくないぽん」ファルは鱗粉を振りまきながらスノーホワイトから目を背け反対の意思を示す。スノーホワイトは口に手を当て考え込む。そして数十秒後口を開く。「分かった」「分かってくれたぽん」「そこまでは要求しない。私とドラゴンナイトさんがアマクダリにチェックされてないか調べて、チェックされたらデータを削除して」

 

ファルの立体映像はUNIXのダウンロード画面のアニメーションめいて回転する。妥協したか、深くハッキングするのは危険だがそれぐらいならマシだ。スノーホワイトがチェックされればアマクダリに狙われる。早期に危険の芽を摘むのは必要かもしれない。「あとアマクダリがフォーリナーXについて知っているか調べて」スノーホワイトは続けざまに注文する。

 

ファルの立体映像の回転を止め喋る。「分かったぽん、第一目標はフォーリナーXについて調べる。それが終わり余裕があればスノーホワイトとドラゴンナイトがアマクダリにチェックされていないか調べる。それ以外はしない。それでOKぽん?」「それでお願い」

 

ファルは妥協した。アマクダリが強大な組織ならば持っている情報も多く、フォーリナーXについて知っている可能性も高い。スノーホワイトを可能な限り早く元の世界に返さなければならない。その為ならばマスコットキャラクターとしてリスクを負うのは当然だ。

 

「全くマスコット使いが荒いお姫様ぽん。キークと扱いが変わらないぽん」「危険だと思ったらすぐに逃げていいから」「勿論ぽん。でもファルのスペックが凄くてアマクダリを丸裸にできるかもしれないぽん」ファルは大量の鱗粉を振りまきながら胸を張る。「じゃあ、行ってくるぽん」ファルの立体映像は消え、液晶には大量の文字列が写っていた。

 

◆◆◆

 

「さて、ご主人様のためにやりますかぽん」ファルは呟きながら真上を見上げる。そこには相変わらず黄金の立方体がミラーボールめいて鎮座している。あの立方体を眺めていると吸い込まれそうだ。はるか遠くに見えるが、自分のスペックなら触る事すらできるかもしれない。だがそれは後だ。今はやるべきことがある。

 

ファルは市役所に侵入した時のようにドローンを出そうとするが止める。あの程度じゃアマクダリのネットワークを発見できず逆にこちらのアドレスが探知される。ファルは別のコマンドを打ち込む。

 

ファルの横にはエルフめいて長く尖った耳を持つ金髪の少女が現れる。おお!魔法少女犯罪学について詳しい方はご存じだろう!これは森の音楽家クラムベリーの姿だ!数多くの魔法少女同士を殺し合わせ、時には自らも殺し合いに参戦し多くの命を奪った最低の魔法少女である!

 

だがクラムベリーは死亡した、ならば何故存在するのか!?それはファルのコトダマイメージによるものである。ファルは全力でコマンドを実行する際はそのコマンドのイメージにあった魔法少女を作り出す。今回は索敵のコマンドであり、クラムベリーは潜水艦のソナーめいて音で敵の位置を判断する。

 

クラムベリーはにこやかに笑いながら足の裏で地面を叩く。コーン、コーンと澄んだ音が空間に響き渡りそれらの動作を何回も続けた。「慎重にぽん」「分かっています」ファルの言葉にそっけなく答える。ファルは隣の少女を見つめ複雑な感情が渦巻く。

 

クラムベリーは魔法少女同士で殺し合いをさせて多くの犠牲者を生んだ。その中にはスノーホワイトと親しい魔法少女もいた。そんな仇敵を再現していると言ったらスノーホワイトは何と言うだろう。「この強度でいいですか」「ああ、それでいいぽん」ファルはクラムベリーの声で思考を中断した

 

ファルはライスに般若心境を書くアークボンズめいた繊細さで少女に事細かく指示を送る。アマクダリが強大な組織ならば探索しようという者に対しての守りも強固だ。これで雑に探索を行えば見つからず、逆に探知されてカウンターハッキングでニューロンが焼かれる。ファルの論理肉体から汗が落ちる。汗は落ち続けその汗は水たまりになっていた。

 

「見つけました」クラムベリーが呟くとファルに位置情報が流れ込んでくる。クラムベリーの姿が消えると同時にファルは黒と白の翼を生やし高速で移動を開始した。そして発見した場所にたどり着く。

 

そこはカスミガセキ・ジグラットめいて複数の建築物が重なり合い頂上部は目で確認できないほど高い。建物外壁中央には「天下網」と書かれたネオン看板が設置されている。空には数えきれないマグロツェッペリンが遊泳し、「天下」と書かれた漢字サーチライトが周囲一帯を照らしていた。

 

「ここがアマクダリのネットワークかぽん」ファルの声にノイズが走る。自分のイメージがこの建物を作り出したとしたら、恐ろしいまでの防御プログラムだ。このネットワークを丸裸にすることは不可能である。「まあ、やれることだけはやってみるぽん」ファルはコマンドを打ち込む。

 

ファルの傍に二人の少女が現れる。一人は黒髪ショートカットで青い服にヒョウ柄のマントと尻尾をつけている。もう一人はエルフめいて耳が尖っており、クラムベリーと似たような姿と服装をした茶髪の少女だった。ショートカットの少女はラズリーヌ、茶髪の少女はメルヴィル。彼女らもファルが知る魔法少女だ。

 

「お願いぽん」「んだ」メルヴィルはファルとショートカットの少女に触ると体は透明になり、ファル達は建物に向かって歩き始める。漢字サーチライトの光が姿を照らすが影一つ写らない。透明になっている限り存在を感知されることはない、もし相手の感知能力が想像を遥かに超えていたら即座にカウンターハッキングを受けてニューロンが焼かれるだろう。

 

ファル達は発見されることなくそのまま建物の外壁に到着すると、ラズリーヌが壁に穴を開け中に侵入した。「これはやっかいだぽん」ファルは思わず言葉を漏らす。中は騙し絵めいて全方位に階段や通路が張り巡らされ入り組んでおり、どこが地面でどこが天井か分からない。さらに上下左右果てしなく空間が広がっている。

 

何という非現実的で異様な空間!現実にこの空間が存在したなら三半規管が狂わされ嘔吐しているだろう!「うわ~スゲエっす。眩暈がしそうっす」ラズリーヌは興味深げに見渡す。「早く案内してくれぽん」「了解っす」少女は無造作に歩き始め、ファル達は後をついていく。

 

「ファルっち、疲れたっす」「もう少し頑張ってくれぽん」「分かったっす」ラズリーヌは頬を膨らませながら道を進む。ファル達がアマクダリネットに侵入してから体感時間として数時間経っていた。その間迎撃プログラムから姿を隠し、騙し絵めいた空間を進みながらフォーリナーXとスノーホワイトとドラゴンナイトの情報を探していた。

 

「むむ、この部屋が怪しいっす」ラズリーヌは突如左折し部屋に入る。そこは蔵書室のような場所で天井が見えないほどの高さの本棚が聳え立ち、「取り扱い注意」「漏洩厳禁」「背後にキオツケテネ」とショドーされた掛け軸が飾られていた。「なんかそれっぽいぽん」「ファルっちが欲しいデータは……こっちっす」

 

ニンジャめいた身体能力で本棚を駆け上がり一冊の本を抜き取りファルの元に戻ってきた。「さあどうぞっす」ファルは本を受け取る。本の表紙にはアマクダリ要注意人物リストと書かれていた。「さあ、何が出てくるかぽん」

 

フォーリナーXが何かやっていれば載っており、スノーホワイト達の活動がアマクダリに目をつられていればスノーホワイト達の名前も載っているだろう。ファルは祈りながらデータを読み込む。その結果スノーホワイトとドラゴンナイトの名前は記載されてなかった。

 

これまでに複数のニンジャと戦闘していたので不安だったが、それらのニンジャはアマクダリに関係ないか、戦闘したこと自体アマクダリに感知されていなかったようだ。これでサブ目的は達成できた。あとはフォーリナーXの情報を探すだけだ。スパーン!蔵書室に乾いた音が響き渡る。突如ショウジ戸が出現し侵入者のエントリーだ!

 

「こんなところまで侵入するとは中々のワザマエだ。ドーモ、ヴィルスバスターです」紫のラバースーツの人物はゆったりとした動作でファル達に向けてオジギし目が合った。ファル達はメルヴィルによって透明になっている。だがヴィルスバスターは偽装を見破っているのだ!

 

「どうやってこのネットワークを知り探し当てた?まずは……」ヴィルスバスターが喋り終わる前にラズリーヌは間合いを詰める飛び蹴りを放つ!ファルによるkickコマンドだ!「グワーッ!」ヴィルスバスターの頭はトマトめいて破裂し、0と1のパルスとなり霧散する!

 

ターン!蔵書室に乾いた音が響き渡る、新しいショウジ戸からヴィルスバスターがエントリーする!「IPアドレスを辿り物理肉体を捕獲し……」ヴィルスバスターが喋り終わる前にメルヴィルは銛を生成し投擲!ファルによるkickコマンドだ!「グワーッ!」ヴィルスバスターはキリタンポめいた状態になり0と1のパルスとなり霧散する!

 

タタタタターン!蔵書室に乾いた音が響き渡る。新しいショウジ戸からヴィルスバスターがエントリーする!「「「「「ネットワーク部門で使役する。自我研修をしてからな」」」」ヴィルスバスターが5人同時にエントリーだ! ナムサン!これはハッキングテクニックの一つ多重ログインだ!

 

ショウジ戸からエントリーするヴィルスバスターは増殖し続け、その数100体!「帰り道は分かるっすか?」「印が消されてなければ帰れるぽん」「じゃあ、メルっちと引き付けている間に帰るっす!」ラズリーヌはヴィルスバスターに向かって球体の何かを投げつける。ヴィルスバスターは易々とブリッジ回避。

 

「グワーッ!」だが頭上にラズリーヌが突如現れて頭部を踏み抜いた!ラズリーヌは球体をキャッチしヴィルスバスターに投げつける!すると球体付近にラズリーヌが現れ回し蹴りでヴィルスバスターの首を蹴り飛ばす!「グワーッ!」キックオフ!

 

「グワーッ!」爆発めいた音が鳴りヴィルスバスターの体は四散する!メルヴィルによる銛の投擲だ!その威力はすさまじく爆撃めいたクレーターを作り出す。メルヴィルは透明になり、時にはヴィルスバスターの姿に変化し攪乱しながら攻撃を繰り返す。二人の攻撃によりヴィルスバスターの数は減っていく!

 

だがヴィルスバスターは数が減るたびに多重ログインしていき補充していく。「イヤーッ!」ヴィルスバスターの前に巨大な盾が出現し銛を防ぐ。ラズリーヌは瞬間移動攻撃を繰り出すが、ヴィルスバスターも瞬間移動し攻撃を避ける!二人の攻撃は学習され始めているではないか!

 

ラズリーヌとメルヴィルの表情に焦りの色が浮かぶ。このままではkickされ消されてしまう。その前にファルが脱出すれば良いのだが、無数のカラスの妨害により脱出できずにいた。「さっさと脱出しろっすファルっち!それか援軍プリーズっす!」「分かったぽん!」ラズリーヌの声にファルは大声で答えた。

 

「デイジービーム!」「グワーッ!」黄色い菊の花のコスチュームを着た少女が手をかざしビームを放つ!ビームはヴィルスバスターに当たりその体は分子分解!袴を着た少女がタタミ50枚分先から刀を振り下ろす。その瞬間ヴィルスバスターはまな板のマグロめいて切断されていく!

 

菊の花の少女はマジカルデイジー、袴の少女はアカネ。二人もファルが知る魔法少女で攻撃コマンドをイメージ化したものだ。「グワーッ!「グワーッ!」「グワーッ!」二人の出現により一気に盛り返しヴィルスバスターの数は半分の50体までに減っていた。「ふむ、そのkickコマンドの速さといい、ヤバイ級のハッカーか。だが!」

 

「他のネットワークなら実際危ないが、ここはアマクダリネットだ!フーリンカザンは我にあり!故に負けなし!イヤーッ!」ターン!ターン!ターン!ショウジ戸が無数に出現し次々とヴィルスバスターがエントリーしてくる!オオ!ナムサン!何というバイオ細胞めいた多重ログインか!

 

ヴィルスバスターはヤバイ級のハッカーである。さらにアマクダリの最新鋭の設備が有るからこそできる技だ!まさに海に飛び込んだ殺人マグロだ!ファルは海の中殺人マグロの群れと戦っているに等しい状況である!

 

蔵書が槍に変化し雨めいて降り注ぐ!魔法少女達は回避迎撃を試みるが数本被弾!太ももや肩に槍が突き刺さる!「イヤーッ!」ヴィルスバスターがラズリーヌにケリキックを繰り出す。避けようとするが足に蛇が絡みついて動きを止める!ケリキックが直撃しラズリーヌはワイヤーアクションめいて吹き飛んでいく。

 

「ファルっち!もっと援軍寄越すっす!」「無理ぽん!何とかするぽん!」ファルは叫びながら空間を飛翔し攻撃を避け続ける。魔法少女を通してkickコマンドを打ち続けながら、逃走を試みており、圧倒的な処理速度とタイピング速度を誇るファルでもヴィルスバスターのフーリンカザンを生かした多重ログインに対してはこれが限界だった。

 

ファルが敵の攻撃を回避し脱出を試みている間状況は悪化していた。マジカルデイジーはデイジービームを謎の鏡に反射され分子分解された。アカネは巨大な拳によって押しつぶされた。メルヴィルはドラゴンによって喰われた。あとはラズリーヌだがやられるだろう。すでに半分のヴィルスバスターがファルに向かっている。

 

ファルは逃げるように遥か上空に浮かぶ黄金立方体に向かって飛翔する。すると邪魔をしていたカラス達もヴィルスバスターも徐々に遠ざかっていた。捲けたのか?一瞬安堵するが気を引き締め黄金立方体に向かって飛翔し続けた。

 

ヴィルスバスターは黄金立方体に向かうファルを上から眺め続けた。以前相手のニューロンを焼こうとした際に相手は黄金立方体に向かって逃げるように上がっていた。ヴィルスバスターも追いかけようとしたがニューロンが警鐘を鳴らし留まった。あそこには向かってはならない、本能がそう告げていた。

 

未だに黄金立方体に向かった相手がどうなったかは知らないが恐らく生きてはいない。あの侵入者がアマクダリの最重要機密でも盗み取ったのならば追っていただろう。だが見たのは脅威度リストだ。あんなものは最悪見られても問題ない。そんなもの為に命を懸けるほどアマクダリに忠誠を誓っているわけではない。

 

上司には侵入者は始末したと報告しておこう。ヴィルスバスターは蔵書室から出るとネットワーク内の巡回を続けた。

 

 

 

◇ファル

 

 黄金立方体に近づくにつれ周りの景色の闇はどんどん深くなっていく。気づけば周りは虚無のような暗黒に包まれていた。夜の闇とも違う黒の世界、まるで宇宙空間に一人取り残されたような恐怖を感じさせる。

 するとノイズのような悪寒が体中に駆け巡った。その悪寒はどんどん強くなる。こんな体験は初めてだ。一体これから何が起こるというのか?暗黒空間に亀裂のようなものが生じ、そこから人型のノイズのようなものが這い出てきた

 

「ドーモーモーモーモーモ、インクィジターーターターターターターターターターター」

 

 大量の人影のノイズがファルに向かってオジギする。その声を聴いた瞬間ファルの悪寒は頂点に達した。これが悪寒の正体だ。ファルはすぐさま魔法少女を召喚し自身も謎の人型に攻撃を加えた。

 

「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」

 

 人型のノイズはファル達の攻撃を喰らい爆散していく。だが爆散するたびにノイズは増えていく。ファルはすでに5人の魔法少女を召喚していた。これはファルの限界を超え、今後何らかしらの障害が出る可能性が高い。それでも魔法少女たちにkickコマンドを命令させ続けた。

 これを相手にするのだったらヴィルスバスターを相手にしてどうにかして逃げ出す選択をしたほうがマシだった。ファルは絶望的な戦力差を感じながら己の判断ミスを呪った。

 人型のノイズは手のひらを合わせドリルのように回転しながら突っ込んでくる。その攻撃は熾烈を極め、魔法少女達は次々に削り取られ消えていき、ファルの体も一部切り取られた。

 ここまでか、ファルの頭の中に前の主人のキークと行動した日々とスノーホワイトとの日々の映像が浮かび上がる。これは走馬灯か?電子妖精でも走馬灯を見るようにプログラムするとは設計者は随分変わった趣味のようだ。

 

(こっちだ)

 

 ファルに聞いたことがある声が届く。声が聞こえた方向には一条の光が差し込んでいた思考をめぐらせる前に反射的に向かって行った。人型ノイズの攻撃でさらに体を削られたが、包囲から脱出する。すると人型ノイズはファルを追いかけ始めた。

 

(ドーモ、バーバヤガです。深入りしちまったかい。全く)

「あれは何だぽん!?」

(あれはインクィジター。コトダマ空間の門番で黄金立方体に近づく者を抹殺する)

「そういうのは早く言ってくれぽん!」

(大概の奴は無意識的に近寄らないンだけどね。けど説明不足だったこともあるし、サービスだ。逃してやるよ)

 

 バーバヤガは謎のチャントを唱えるとファルの体は光を帯び引力に引っ張られるように移動する。そのスピードは凄まじくインクィジター達を徐々に引き離し、鳥居ゲートを次々と潜っていく。そして7つ目のゲートを潜った瞬間意識が途絶えた。

 

 

スノーホワイトは路地裏の壁に背をもたれながら自身の携帯端末を見つめる。画面には意味不明の文字の羅列が高速で流れ、ポンポンポンポンと壊れたオモチャのようにファルの声が流れている。あまりにも声がうるさく活動に支障をきたすので、人通りが無い場所に移動しマイク部分にタオルを被せ音が漏れないようにして様子を見ていた。

 

こんな事態は初めてだった。機械には詳しくないがこれは明らかに異常なことが起こっているというのが分かる。コトダマ空間という場所でハッキングをしているのが関係しているのだろうか。今まで元の世界でネットを使って色々やっていたみたいだが、このようなことは起こらなかった。

 

「ぽん!」ひと際は大きい音が端末から流れる。スノーホワイトは一瞬体をビクッとさせた。すると液晶にはファルの立体映像が映っていた。「ファル何が有ったの?」「まあ色々ぽん。そっちで何かあったぽん?」「意味不明な文字の羅列が高速で流れて、ぽんぽんぽんってファルの声がリピートしていた」

 

「なるほどぽん。そんな影響が出ていたのかぽん」ファルは一人納得したように頷き独り言を呟く。そしてスノーホワイトの目線に気づき今までのことを報告する。「結果から言うとアマクダリのネットワークに侵入して、スノーホワイトとドラゴンナイトがマークされていないことが分かったぽん」

 

「そう」スノーホワイトに安堵の表情が僅かに浮かぶ。「それでフォーリナーXについては調べることはできなかったぽん、あとアマクダリのネットワークは予想通り強力だぽん、もうファルを頼ってハッキングするのは頼まないほうがいいぽん」ファルは淡々と告げる。

 

重要度が低い情報であの相手だ。もし首魁なり秘密を調べようとしたらさらに強固な守りによって撃退されるだろう。最悪ファルが破壊されスノーホワイトがマークされる可能性がある。「そして……ちょっと悪い知らせだぽん。色々あって魔法少女データベースが一部破損したぽん」

 

恐らくインクィジターによる攻撃か、バーバヤガによる強制ログアウトによって起こったのだろう。だがそれだけで済んでよかった。ファルの中でミヤモト・マサシの俳句「死んだら終わり」が思い浮かんでいた。

 

「報告は以上だぽん、ちょっと頑張りすぎたから休むぽん。2時間ぐらいで起きるからそれまで出来る限り呼んでほしくないぽん」「分かった」ファルは携帯端末をシャットダウンし、目を閉じる。今日はコトダマ空間に目覚め、ネットに繋がり、そして死にかけた。激動の一日だった。

 

今後は余程の事が無い限りアマクダリネットには侵入しないほうがいいだろう。だが余程の事が起きるかもしれない。そのためにコトダマ空間には慣れておく必要がある。自分はコトダマ空間に入ったばかりのニュービーだ。だが慣れればもっと力を発揮できるはずだ。その為にトレーニングをしておく必要がある。

 

しかしあの黄金立方体とインクィジターは何なのか?ファルは思考しようとしたが打ち切った。考える必要はない。黄金立方体に近づかなければ問題ない。それよりコトダマ空間を使ってどうスノーホワイトをサポートすべきか考えるほうが重要だ。ファルはサポートについて思案しながら意識を落とした。

 




◆忍殺◆
ニンジャ魔法少女名鑑#16
【ヴィルスバスター】
アマクダリネットセキュリティ部門所属ニンジャ。ヤバイ級のハッカーであり多くのハッカーのニューロンを焼いてきた。最近は仕事の量が増えて忙しいので、ハッカーのIPを調べ誘拐し無理やりセキュリティ部門で働かせている。


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