ニンジャスレイヤー・バーサス・マジカルガールハンター 作:ヘッズ
◇センジョウメ・フガシ
新学期、それは多くの生徒に良いにしろ悪いにしろ変化を与える。
歩くたびに手入れが行き届いた黒色の長髪がサラサラと揺れ、フレームが緩い眼鏡が僅かに上下し、上履きの底がリノリウムを叩く音が響き渡る。早歩きで歩いていたせいか、足音はいつもより大きくテンポも速い。
フガシは2階に到着すると数秒立ち止まり思い出したように階段を上がっていく。今日からは2階ではなく3階で授業を受けるのだった。
1つ上の階層に着くと体から薄っすらと汗が浮かび息も弾み心臓の鼓動が早まっているのを感じた。これは早歩きで歩いたのもそうだが、これから確認する事柄への期待と不安によるものだ。
僅かに汗ばんだ体と脈打つ心臓を休ませるように今はゆっくり歩く。右手側にある廊下の窓からはバイオ桜が見えてくる。見事な満開で窓から見える景色は絶景だった、去年は例年より寒かったせいか8分咲きぐらいで、3階の景色とは違い2階の窓からバイオ桜を見上げるように見た記憶が蘇る。
バイオ桜の景色を楽しみながらゆっくりと歩いていると体の熱は冷め、心臓の鼓動もいつも通りに戻っていた。すると10メートル先に生徒たちが集まり一喜一憂している姿が目に入る。ここに確認する事柄がある。果たして自分は喜ぶ側か悲しむ側か?フガシは気持ちを落ち着かせるように深呼吸をした。
確認する事柄とはクラス替えの名簿だった。廊下の掲示板には巨大な和紙に毛筆で生徒の名前が記載され、それらが何枚も張られていた。
アカツキ・ジュニアハイスクールでは学年が上がるごとにクラス分けをしていく、仲の良い友達と一緒のクラスになれるだろうか?気になる異性と一緒のクラスになれるだろうか?担任の先生は誰だろうか?
張り出された紙に書かれている文字によって学校生活が大きく左右される。ある意味体育祭や修学旅行以上の重大イベントである。
フガシは紙に書かれている文字を目で追う。クラスごとに50音順で表記されているので自分の名前が書かれている場所の大よその見等はつく、自分の名前はすぐに見つかった。Ⅾ組にクラス分けされたようだ。
だが自分がどのクラスに入ったかはさしたる問題ではない。重要なのはⅮ組に誰がいるかである。フガシはクラスメイトの名前を1人ずつ確認していく。
アンベ、イリ、ウラ、まだ居ない。ナラシノ、ヌツ、いるとしたらそろそろだ。
───マエダイラ・アラレ───
その名前を見た瞬間、右手を力強く握り締め周囲に悟られないように小さくガッツポーズを作った。
センジョウメ・フガシとマエダイラ・アラレは友人だった。小学校1年の頃アラレの家族がフガシの家の近くに引っ越してきて、そこから付き合いが始まった。
フガシは比較的に大人しく内気な性格でアラレは活発で外交的な性格だった。本来なら接点を持つはずのない二人だったが、家が近く母親同士の気が合い自然と交流が多くなった。
人はお互いの足りない部分を求め合うのか、母親同士の交流を切っ掛けで二人は段々と親密になっていく。 アラレがフガシをコケシモールに連れて行き流行の服を見繕い、フガシがお勧めの本をアラレに読ませるなどして、お互いの知らない分野に触れ合うことで2人にとって新鮮で楽しいことだった。こうして2人はお互いが一番の親友となり多くの時間行動を共にした。
アラレと一緒に過ごした小学校の生活は人生で一番楽しい時間だった。そして中学も同じ学校に通うことになり、中学校生活も同じように楽しい未来が待っていると信じていた。
中学校に入学してのクラス分け、そこで二人は初めて別々のクラスになった。クラスが一緒なら些細な話題でも気軽に話せ、放課後の予定もすぐに立てられる。
だがクラスが違えば物理的な距離も離れ、今まで気軽に出来たことも難しくなってしまう。そのことにフガシは不安を募らせるが私たちの友情はその程度で揺るがないと杞憂を切り捨てた。
入学してから1週間、授業が終わると2人は一緒に家に帰った。帰りの道中でお互いのクラスのこと、どのサークルに入るか、多くの話題について話しこれから訪れる幸せな学校生活を想像しながら家路についた
入学してから1ヶ月、2人で一緒に帰る回数が減っていく。アラレがクラスの友人や同じサークルの仲間と帰っていく姿を度々見かけた。その姿を見てフガシは心を痛めたが、奥底に押し込め同じサークルやクラスで出来た友人と帰ったが、アラレと一緒に帰る時と比べると物足りなかった。
その状況を危惧したフガシはアラレと同じサークルに入ることも検討するがすぐに止めた。アラレはバスケットボールサークルに入っているが、フガシは運動が得意ではなく好きでもなかった。何より運動が秀でた人間が運動を出来ない人間を見下す視線が嫌いだった。
サークルに入ったらあの目線を向けられ続けるだろう、いくらアラレと一緒にいられる時間が増えても耐えられるものではない。今は待とう、いずれ小学校のようにアラレが一緒に帰ろうと誘ってくれると信じ待っていた
入学してから3ヶ月、2人で家に帰ることは無くなった。その間フガシも何もしなかったわけではない。アラレのクラスに出向き一緒に帰ろうと誘おうと何回も考え実際にクラスに訪れたことがあった。だがその度に引き返し自分のクラスに帰っていく。
アラレに声をかける方法は主に三つ、クラスにいる生徒に「マエダイラ=サン居ますかと」声をかけ呼んでもらう、教室の外から或いは教室に入り直接声をかける。教室の外にいるアラレに声を掛ける。
どれもがフガシにとってハードルが高い行動だった。クラスの生徒に呼んでもらう方法だが、内気で人見知りのアラレが見知らぬ生徒に声を掛けることは恥ずかしくて出来なかった。教室の外から直接声を掛けるのも大声でアラレを呼ばなければならず、その際に声を掛けたフガシにクラスの生徒の視線が集まることが予想され、注目の視線に耐えれそうにはない、
教室に入るのはもっと無理だ。他のクラスの教室に気軽に入れる生徒も居るがフガシはそのようなタイプではなく、「何で違うクラスの人間がいるのか?」という視線と空気に耐えられず、まるで結界が張られているようにフガシの足を止める。
さらにアラレは休み時間はいつもクラスの仲の良い生徒とお喋りをして、その会話の中に割って入るなどもっと無理だ。そして教室外でもアラレは仲の良い生徒と行動を共にしており、同じ理由で無理だ。
もし同じクラスだったらもう少し気軽に声を掛けられるのに、フガシはクラス分けをした学校側の人間を憎んだ。
フガシとアラレの関係は常にアラレが主導権を握っていた。
一緒に帰ろう、一緒に遊ぼう、何か面白い本有る?行動を起こすのはいつもアラレだった。フガシはその提案に乗っかり一緒に行動するだけだった。それ故にアラレがフガシを誘わなければ関係は絶たれてしまう。フガシはそのことに気付いていなかった。
いつ声を掛けてくれるだろう?いつ小学校のような関係に戻れるだろう?フガシは待ち続けた。アラレが声を掛けてくれるのを待つ間、同じクラスやサークルで出来た友人と学校生活を過ごした。だがそれはアラレと過ごした時間に比べれば、物足りなく色あせたものだった。そんな日々が二年続いた。
そして三学年に上がってのクラス替えでアラレと一緒のクラスになる。この時ばかりはいつもは祈る事すらないブッダに感謝の祈りをささげた。
クラスに移動したフガシが真っ先にしたことはアラレの姿を探すことだった。教室を見渡すとすぐに確認できた。背はフガシより頭一つ分小さく、地毛の茶髪を真ん中分けに小さいおさげにした髪型、アラレは教室の隅で知り合いの生徒と話している。
その喜怒哀楽がコロコロ変わる表情と天真爛漫な笑顔は以前向けてくれたものと何一つ変わっていなかった。いずれはあの笑顔を自分に、フガシは決意を胸に秘めながら指定された席に座った。
暫くすると担任の教師が教室に現れホームルームが始まる。内容は三年になってからの気構えや行事についての説明だがフガシの頭には全く内容が入っていなく、アラレの後姿を見つめていた。
ホームルームが終わり、生徒達は顔馴染みの人と談笑しながら帰宅やサークル活動に向かう為に教室を出て行く。その中でアラレは誰とも会話せず1人で忘れ物を捜しているのかカバンを漁っていた、ホームルーム前に喋っていた生徒達は急ぎの用があるのか、ホームルームが終わるとそそくさと教室から出て行く。
1人でいる今が話しかけるチャンスだ。フガシは席を立ちアラレの元に歩み寄ろうとするが、足の裏が接着剤でくっ付いたように動かない。元々の人見知り気質と疎遠だった関係性が声を掛けさせることを躊躇させる。
今までのフガシであればいくつもの言い訳を浮かべ声を掛けずにいただろう。だが今はアラレともう一度仲良くしたいという想いが恥ずかしさや気まずさを凌駕していた。
フガシはアラレに悟られないようにゆっくりと近付いていく、ここで眼が合ったりすれば機を逸してしまう。自分から声を掛けるという精神的優位な立場でいたい。その想いが通じたのかフガシはアラレに気付かれず右斜め後ろの位置までたどり着く。息を深く吸い込み声を掛けた。
「同じクラスになるのは久しぶりだね。一年間よろしくね、アーちゃん」
フガシは声が震えないように平静を装う、アーちゃんとは小学校時代のアラレの呼び方だった。関係が疎遠な状態でアーちゃんと呼ぶのは気恥ずかしいが、あえてその呼び方で呼んだ。今まではボタンの掛け違いで疎遠になってしまったが、これからは昔のように仲良くしようという意思を込めたものだった。
アラレはカバンからフガシに視線を移す。その間の心臓の鼓動の速さは普段の倍だっただろう。小学校のようにあの笑顔を見せフーちゃんと昔のように呼んでくれることを密かに期待していた。
「よろしく、センジョウメ=サン」
だがその希望は一瞬で砕かれる。アラレが向けた表情は天真爛漫な笑顔ではなく、ネオサイタマ市役所の受付が見せるような極めて事務的な無表情だった。
アラレには以前のように接しようとする気持ちを毛頭無いと理解してしまう。だがフガシはアラレのこの対応を取ることを薄々想定していた。
ネオサイタマの中学校生活にはスクールカーストというものが存在する、シノウコウショウと言われたエド時代の身分制度と同じような強固なもので、上層の者は上層の者でコミュニティを作り、違う層の者は話すことすら許されず話しただけでムラハチにされる可能性は十分にある。
アラレは上層であり、フガシは下層、本来ならムラハチされる可能性があったが、クラス替えでスクールカーストが明確に定まっていないこの時期はアラレと関係を以前のようにする数少ないチャンスだった。
だがアラレは関係を拒絶した。当然だ、上層の者が下層の者と交流を持てばそれもまたムラハチ対象だ。返事をしてくれるだけでまだマシだったかもしれない。
その後の記憶は定かではなく、気付けば家に帰っていた。フガシは部屋に戻ると布団を敷き掛け布団に包まった。部屋の外からは両親の口論の声が聞こえてくる。最近の両親の関係は険悪でいつも言い争いをして、収入が少ないなど浮気をしているなどがきっかけの聞きたくない罵詈雑言で飛んでくる。
フガシは布団の中で涙を流す。両親の険悪な関係はフガシに明確に悪影響を与えた。
気弱で大人しい性格のフガシは親同士のネガティブな感情をぶつけられ情緒不安定になり始めていた。その中で幸せな記憶を思い出すようになり、それがアラレとの日々だった。あの頃を思い出す事で両親のイザコザを忘れ心が落ち着いた。
クラス替えで一緒になったという好機を得て声を掛けた。だがそれは失敗に終わった。
もうアラレとは仲良く出来ない。スクールカースト下層の者が上層に上がることは可能だ。だがそれには運動能力、容姿、コミュニケーション能力等が秀でていなければならず、それを上げるには並々ならぬ努力が必要だが、アラレに拒絶された事で努力する気力はとうに失せていた。
フガシは自分が変わることを諦め、他人や世界が変わる事を望む。
人は簡単に変われない、フガシは自分が変わることを辞め、フガシはいつものように相手の変化や行動を待つ受動的な対応に戻ってしまった。
スクールカースト何て無くなってしまえばいい、アラレが変わって声を掛けてくれないか。他人や世界が変わる事を望みながら静かに眠りの世界に落ちていく。