ニンジャスレイヤー・バーサス・マジカルガールハンター 作:ヘッズ
◆カワベ・ソウスケ
地図と昔の記憶を頼りに進んでいく、ここは家が有るコガネモチ・ストリートとは違う。荒れていて汚れていて生活臭が漂っている。それがサワムラ・イチジュンの住んでいた場所だ。
サワムラがセプク自殺したというニュースを聞いたのは学校で野球をした夜だった。
10数時間前までキャッチボールして、取り留めない話をして、投げる球を受けて、ノックをして、トスバッティングしたサワムラが死んだ。信じられなかった。テレビショーのドッキリを仕掛けているのかと思った。だがNTV以外でも報道しており嘘ではないことを認識させられた。
その日から数日間自室で塞ぎこんだ。スノーホワイトと連絡が取れなくなって1人でやっていたパトロールもイマジナリーカラテもせず、サワムラと過ごした日々を脳内で再生し続けていた。
ニンジャになって心も強くなったと思ったがここまでダメージを受けるとは思っていなかった。立ち上がろうと喝を入れるが気力が湧かない。精神が弱り切っていたせいか、1度だけスノーホワイトに連絡しようとIRC通信機を手に取ったが連絡が取れない事を思い出した。
もしスノーホワイトと連絡が取れれば2人でサワムラの無実を証明し死ぬことは無かったかもしれない。サワムラの死を一瞬でもスノーホワイトに責任転嫁しようとしたことに気づき、さらに塞ぎこんだ。
次第に気力を取り戻したソウスケは制服に着替えて家を出た。向かう先はサワムラの実家、そこにお仏壇がある。アイサツしに行かなければ。
暫く歩くとサワムラの実家に着いた。扉の前には花が供えられており、周辺も綺麗に清掃されていた。チャイムを鳴らすと中年の女性が出てきた。この人がサワムラの母親だ。一回だけ家に招かれご飯を食べさせてもらった。美人だが幸が薄いという印象だったがさらに幸が薄くなり、憔悴しきっていた。
「えっと、ジュニアハイスクールでサワムラ=センパイと一緒に野球した……」
「カワベ・ソウスケ=サンね。上がって頂戴」
「オジャマします」
サワムラの母親に招かれてリビングに向かう。そこはタタミ6枚分のスペースで自室より小さかった。ちゃぶ台と多くのトロフィーが飾られた棚、母親がDIYしてくれたと恥ずかしそうに言っていた記憶を思い出す。すると目の前にお茶が出された。礼を言って口につけ、お仏壇に飾られた遺影を見つめる。
「イチジュン……カワベ=サンが来てくれたよ」
「遅くなってスミマセン、サワムラ=センパイ」
サワムラのお仏壇に向かって語り掛け目を閉じて祈る。懺悔、謝罪、愚痴、脳内に浮かんだ様々な言葉を纏めオヒガンにいるサワムラに語り掛ける。
「遅れてスミマセン」
「いいの……カワベ=サンが来てくれて、イチジュンもオヒガンで喜んでくれていると思う」
サワムラの母親は手をそっと添えた。その手はしわしわで痩せ細っていたが温かった。
「もし良かったら、イチジュンの話を聞かせてくれない」
「ヨロコンデー」
ソウスケはサワムラとの思い出を語った。教わった事、楽しかった事、怒られた事。記憶している思い出は全て語った。時々涙が出て言葉を詰まらすが、サワムラの母親は落ち着くまで待ってくれた。話は数時間に及んだ。
「その……センパイは本当に自殺だったのですか?」
サワムラの母親を傷つける言葉かもしれないが聞かずにはいられなかった。最後に会った時に諦念が帯びていた。もし自殺だったらそれがサインであり見過ごした事になる。信じられないのと責任を軽くしたいという思いが有った。サワムラの母親は静かに首を横に振った。
「100%自殺です。イチジュンは……私を助けるために自殺したのだから」
サワムラの母親は顔を手で押さえ泣き崩れた。暫くして落ち着くとサワムラの死の経緯を教えてくれた。
コーチの指示を無視し、エメリーボールを使用した疑いをかけられたサワムラは学校を退学させられた。さらにスイセンエントリーで入学した際の契約でニカワに出場できなかった事と学校の名誉を著しく汚した事への賠償金の支払いを命じられた。それはとても払える金額ではなかった。
親に負債を抱えさせるわけにはいかないと考えたサワムラは賭けに出た。ネオサイタマではセプクを完遂した者を責めてはならないという不文律がある。
大概のセプクは急所を刺して即死、あるいは腹を刺した瞬間介錯人が首を切断し苦しまず死ねる。だがサワムラがおこなったセプクは腹を横一文字に切る方式だ。当然介錯人もいない。
想像を絶する痛みを伴い大概はセプクをする前にショック死し完遂できず有名無実と化していた。サワムラは遺書にコーチの指示を無視し、エメリーボールを使用したことを認め、親への負債を無効にしてくれと書いた。そして見事にセプクを完遂した。
10代でのセプク完遂は数十年ぶりだった。メディアはそれを美談として報道し、近所の人は嫌がらせを止め優しい言葉をかけてきた。セプクを完遂する心を育てたとして、ハナサキ・ハイスクールとベースボールクラブのコーチは賞賛され、遺書の願いを受け入れ負債は帳消しになった。
「何で学校とコーチが賞賛されているんですか!それにセンパイは指示無視もエメリーボールもやってない!何でセンパイの無実を証明しようとしないんですか!何で怒らないんですか!スゴイバカ!」
「バカハドッチダー!」
サワムラの母親はちゃぶ台を叩き立ち上がり目を血走らせながらソウスケを見下ろす。ソウスケは激昂したがそれ以上に激昂していた。
「悔しいに決まっている!けど一度遺書で認めてしまったら、どうしようもないの!学校関係者とコーチがノコノコと葬儀に来た時は堪忍袋が温まりすぎて殺したかった!イチジュンは負債を帳消しにして私を生かす為にセプクしたのよ!そこでコーチを殴ったらシツレイで負債は復活。イチジュンの想いを無駄にできるわけがないじゃない!」
母親のすり切れた声を聞いて、自身のウカツさに唇を噛みしめ出血する。肉親のほうが何倍も悔しいに決まっている。それでもサワムラの意志を尊重して耐えたのだ。それなのに苦悩を察しないで感情が赴くままに叫んで、ホントバカ!
「スミマセン」
「私こそごめんね。大声だしちゃって」
2人は平謝りし合って気まずい空気が流れる。その空気を変えるようにサワムラの母親が折りたたまれた紙を手渡した。
「遺書の近くにおいてあったの。マッポやマスコミに見つかる前に回収した。カワベ=サン宛で私も中身を読んでいない」
サワムラが残したメッセージ、一体何が書かれている?緊張からかつばを飲み込んだ後メッセージを読んだ。
カワベ・ソウスケ=サンへ
俺がセプクして死ぬ。いや嵌められて死ぬ。死ぬほど悔しいが母さんを守るにはこれしか方法が無い。死ぬことを許してくれ。
そして俺を嵌めた相手、コーチのアメガクレ、指示を無視したとウソをついた高校の奴ら、エメリーボールを使ったとウソをついたファッキンメディア、そいつらもそうだが、そもそも決勝戦に負けなけなければこうはならなかった。
決勝戦の日、俺はパーフェクトだった。カワベ=コウハイなら理解できるかもしれないが、ボールは完璧で構えたミットに1センチもずれることなく収まる感覚、まさにそれだった。それはブッダに誓える。だが打たれて点を取られた。コントロールは乱れ、ボールのノビとキレもない。
そんなのフシギすぎる。俺は考えて一つの仮説を立てる。点を取られたのはニンジャのせいだ。ニンジャのニンポでボールを動かした。
書いていて自分の正気を疑っている。でもそれしか考えられない。カワベ=コウハイやユキノ=サンに会わなければこんな考えは思いつかなかった。
狂人の戯言だと思ってくれても構わない。でもニンジャのせいだ。
ソウスケの心に憎悪の熱が帯びエネルギーを与える。
サワムラをジゴクに落とした奴をジゴクに落とす。だが誰を?コーチのアメガクレ?ベースボールクラブのメンバー?スカムワイドショーの司会のホクバラ?番組スタッフ?TV局の上層部?誰をジゴクに落とせばいい?世間の力に為す術もなく負けたのにできるのか?
無力感と憎悪の方向性を見失い怒りが薄れていた。だが今は違う。サワムラをジゴクに落としたのはニンジャだ。話はシンプルだ、そのニンジャをカラテでジゴクに落とす!
「なんて書いてあったの?」
「恐らくサワムラ=サンのお母さんでも信じられない内容が書いてありました。これは誰にも見せない方がいいです」
ニンジャのせいで打たれた等と書かれた手紙を見ればニンジャ以外は正気を疑い狂人扱いするだろう。サワムラが狂人扱いされるのは見たくはない。
「お邪魔しました。また来ます。為すべきことをしたら必ず」
己で誓いを立てるように呟く。次に来る時はニンジャを爆発四散させた時だ。ソウスケは一礼し家を出ていく。出口に向かうとスーツを着たコーカソイド女性がこちらに向かってきた。
身なりとアトモスフィアが明らかに此処で住んでいる住人と違う。すれ違い何となく行く先を追うとサワムラの家の前で止まった。
関係者か?聞き耳をたてようとしたが奥ゆかしくないと思い、そのまま歩き始めた。
◆◆◆
プガープガー、家のチャイムが鳴る。サワムラの母親は急いで玄関に向かい覗き穴から外の様子を見る。そこにはスーツを着たコーカソイド女性が立っていた。その胸は豊満だった。「どちら様ですか?」「ドーモ、フリージャーナリストのエレクトラです」サワムラの母親の顔が憎悪で歪む。
息子を無実の罪ながら謀殺したマスコミ、それらは憎む相手であり決して手が出せない相手である。手を出せばセプクで手打ちにした件が蒸し返され負債を抱えてしまう。息子が守ってくれた命を無駄にはできない。「どのような用件で?」「イチジュン=サンの無実を証明する為に取材しに来ました」サワムラの母親の眉が動く。
どのマスコミもお涙頂戴の話を聞きにきた。唯一無実を証明しに来たというマスコミは日刊コレワの記者で政府の陰謀によって嵌められたというスカム記事で纏められた。だが目の前に居るジャーナリストは少なくとも日刊コレワの記者よりまともそうだ。話だけ聞いてもいいかもしれない。「どうぞ」「オジャマします」エレクトラは頭を下げ入室する。
サワムラの母親はちゃぶ台に座りエレクトラも対面に座る。来客に飲み物を出さないのはシツレイに値するがそれがせめてもの反抗だった。エレクトラは甘んじて受け止めた。「何故イチジュンが無実だと思ったのですか?」サワムラの母親は前置きを置かず本題に切り出す。これもシツレイだが意図的に行った。
「まずこれを聞いてください」エレクトラはレコーダーをちゃぶ台に置き再生する。そこにはハナサキ・スクールのベースボールクラブのメンバーやアカツキ・ジュニアハイスクール関係者の肉声が録音されており、インタビューは全て言わされたものという内容だった。サワムラの母親の目が僅かに見開く。
「これは?」「少しインタビューしたらすぐに話してくれました。調べればすぐに分かることですがマスコミは誰も調べなかった。余程の無能か、調べられない理由が有ったのか」「それで誰がこんなことを?」サワムラの母親は思わず立ち上がるがエレクトラが手で制した。「黒幕は誰か分かっています。ですが問題が1つ」
エレクラは人差し指を立てる。「エメリーボールの件を覆すような証拠はまだ手に入れていません。これではサワムラ=サンへの悪評は嘘だと証明できてもエメリーボールを使用した疑いは完全に晴れません」「それで私は何をすれば」サワムラの母親は食いつく。完全にエレクトラを信用していた。
「サワムラ=サンについてどんな些細な事でもいいから教えてください。それが突破口になります」エレクトラは頭を下げる。「分かりました。お手伝いします」サワムラの母親は即決で了承する。「ご協力感謝します」
サワムラの母親は質問に全て答えた。だがエメリーボールを使用していないという証明はできなかった。エレクトラはサワムラの母親の言葉をメモしたノートを見ながら思考にふけっている。その間サワムラの母親は悩んでいた。他に手がかりが有るとすればソウスケに宛てた紙、だがあれは息子が信頼できる後輩に宛てた物。勝手に見せていいのか?
「エレクトラ=サンに見てもらいたいものがあります」サワムラの母親は決断しソウスケに宛てた紙を取ってくる。「これはイチジュンがジュニアハイスクール時代の後輩に宛てたメッセージです。何か書かれているかもしれません」ソウスケは誰にも見せない方がいいと言った。だがヒントがあるかもしれない。2人はメッセージを見た。
「そんな……」サワムラの母親は口を押えて膝から崩れ落ちる。息子を嵌めたのがニンジャ?息子の言葉を信じたい。だがニンジャだと?もう正気を失ってしまったのではないか?息子への信頼と常識の間で心はシーソーめいて揺れ動く。「まさか、こんな展開になるなんてね」エレクトラは呟いた。
◆◆◆
「サワムラ・イチジュン=サンを知っている?」「あの高校野球の」ニンジャスレイヤーとナンシーは茶室で正座しながら対面している。ここは現実ではない、ナンシーがIRC上のチャットルームがイメージ化されたものである。「ネオサイタマから離れていて、このことについて知ったのはセプクした後だった。そして一連の流れが不自然だったから調べた」
「何が分かった?」「サワムラ=サンの情報は虚偽でコーチが金をバラ撒き生徒に圧力をかけて言わせた。理由はコーチの保身の為、勝たなければ多額の負債を背負いゲームオーバー、回避する為にサワムラ=サンに負けの責任を押し付けた。よくある話」ニンジャスレイヤーは無言で頷く。
上司の失敗は部下のせい、部下の成功は上司のおかげ。ニュービーサラリマンの時にセンパイに言われた言葉だ。最初はジョークだと思っていたが実際その通りだった。自分を含め周りの同僚や後輩が手柄を横取りされ失敗を押し付けられた。
「あとは真実を公表する。イージーワークだと思ったけどそうはいかなかった」ナンシーはニンジャスレイヤーに紙を手渡し読み始める。ニンジャスレイヤーの瞳孔が開く。これはエレクトラがサワムラの母親に見せてもらった手紙ではないか!?お気づきの方はいるだろう。サワムラ宅に取材したジャーナリストのエレクトラはナンシーである。
「ニンジャのせいで打たれて負けた。普通なら発狂マニアックスの戯言扱いね。実際母親ですら信じていなかった。私も同意見」ナンシーはニンジャスレイヤーに視線を向ける。恐らくニンジャが関与していると信じるだろう。「でもニンジャが関与しているなら何かしら陰謀がある。調べてみたら面白いことがわかった」ナンシーは資料を手渡す。
「野球賭博?」「ひたむきに野球をやっていた少年達は薄汚い大人たちの金儲けの道具になっていた。もし知ったらどう思うかしらね」資料を見ると賭け金のオッズなど詳細なルールが記されていた。点数差、何回に逆転するか、点数の取りかた。それはサイバネ競馬の馬券めいて多種だった
「それで決勝戦でカスガ・ハイスクールに賭けた人間を調べていったら、アマクダリの傘下の人間だということが分かった。他にも儲けた人は全員何かしらアマクダリに関与している。この賭けは金を分配する出来レース」ナンシーは皮肉めいた口調で言う。
「そして試合を都合の良いように操作した人物、それがサワムラ=サンを妨害したニンジャか」「そう考えれば納得がいく部分もある」ニンジャスレイヤーの言葉にナンシーは頷く。「それで、できると思う?」「無論」ニンジャスレイヤーは言い切る。
供述を見る限りボールを動かされたということだが、過去の戦いにおいて念動力でクナイやカタナを操るニンジャがいた。ならばボールを操るのも可能だ。ニンジャスレイヤーは拳を強く握る。アマクダリが関わった陰謀によってまた1人モータルがジゴクに落とされた。
「ナンシー=サン、このサワムラ=サンが書いたメッセージを託した者は何者だ?」手紙に書かれていたカワベ・ソウスケ、どこかで聞いた名前だ。「彼はサワムラ=サンがジュニアハイスクールの時のベースボールサークルの後輩、結構仲が良かったみたい、ハイスクールに上がってからは会っていなかったけど、決勝戦前と死亡する前日に会ったようね」
「インタビューはしたのか?」「ええ、ニンジャのせいで打たれたなんてメッセージを名指しで送るのだから気になってね。けどサワムラ=サンの無実を信じているがニンジャのせいとは信じられないと普通の反応だった」「写真はあるか?」「ええ」ナンシーは写真を渡す。ニンジャスレイヤーはその写真に写る顔をじっと見つめていた。
◆ドラゴンナイト
『打ったー!サヨナラ!サヨナラ!です』
ラジオから興奮のあまり声がハウリングしたアナウンサーの声が聞こえた。試合も終始劣勢で乱闘や判定の覆りなど荒れた試合だったようで、そんな試合に勝ったことで興奮しているのだろう、その声に呼応するように雨が降るスタジアム上空に花火が上がった。ネオサイタマの夜を美しく彩る花火を雨に打たれながら木の上から無感動に見つめる。
ラジオではインタビューの様子が流れており、サヨナラホームランを打った選手がアイサツして実況と解説が試合の内容を振り返っている。ドラゴンナイトにはその声は聞こえておらず、スタジアム関係者入口を凝視する。
試合終了から1時間が経過した。試合が終わった選手が移動用バスにやってきて出待ちのファン達にサインなどを書いている。ターゲットが選手より先にスタジアムを後にすることは無い事は分かっているので、多少気を緩ませながら様子を見る。
すると熱狂的なファンが過剰なまでにファンサービスを求めガードマン達に棒で叩かれている。普段なら割って入るが今日はそんなことをする気はない。ただ様子を眺めていた。
2時間が経過した。選手たちもスタジアムから居なくなると出待ちのファン達も居なくなり人気が全く無くなった。ターゲットが現れるとしたらこの時間からだ。試合中に鳴り響いた音が嘘のように静かになり、重金属酸性雨がコンクリートを打つ音だけが聞こえてくる。そっちのほうが聞こえやすくていい。
3時間が経過した。関係者入口からスタジアムのスタッフや審判達がゾロゾロと出てくる。それを確認すると木から飛び降りニンジャ野伏力を最大限に発揮してターゲットに近づく。ターゲットは同僚にアイサツし駐車場に向かっていく。集団とは反対方向に向かって1人だ。これは好都合だ。ターゲットが車に乗ろうとキーをポケットから取り出そうとする。その後ろから声をかけた。
「ドーモ、はじめまして、ドラゴンナイトです」
ニンジャ存在感と殺気を抑えることなくアイサツする。モータルなら失神や失禁、悪ければ心停止で死亡するだろう。だがそのことに構う余裕はドラゴンナイトにはなかった。ターゲットは失神失禁することなく、悠然とアイサツをする。
「ドーモ、ドラゴンナイト=サン。ゲームメーカーです。」
ドラゴンナイトの殺気が膨れ上がる。
サワムラのメッセージを読んでから検証の為にサワムラが投げた試合を何度も確認した。映像はチームのキャッチャーのマスクについている小型カメラで録画されたもので、部外者が見られるものではないが暴力をチラつかせて映像を提供してもらった。足の踏み込み、肘や肩の動き、目線、全てをニューロンに叩き込み、ニンジャ観察力によってフォームを見ただけでどの球種がどのコースに投げられたのか判別できるようになった。
そして改めて決勝戦の映像を見ると確かにボールが予測地点よりズレていた。ズレといってもボール1個か2個分のズレだ。だがその僅かなズレによってセンパイはセプクすることになった。
では誰がボールを操作したのか?まず観客席などにいた者はできない。ドラゴンナイト基準では観客席ほど遠ければそこまで精密に操作できないからだ。
だとすれば近くにいた者の犯行だ。だとしたらグラウンドに居た相手選手か?それ以外にも審判も近くにいる。特に球審ならピッチャーと正対しており、打席以外ではベンチに座り斜めから投球を見る相手選手より見やすく、ボールを操るとしたら絶好の場所だといえる。
この仮説を立てた後当日の球審が誰か調べた。すぐに名前が分かり、ハイスクールの試合以外にもプロの試合でも審判をやっていることが分かり、次に審判をやるのが今日の試合だった。
確証はそこまでない。ニンジャネームを名乗り殺気を抑えなければモータルなら失神などの反応を見せ、そうだったら犯人ではない。それでダメならその日の審判を務めていた人を調べ同じように調べ、違えば相手選手やグランドの近くにいた人物を調べ同じような方法で試すつもりだった。
そして1人目で犯人を探し当てた。この幸運はブッダがもたらしたものと感謝する。
「穏便な用ではなさそうだが」
ゲームメーカーはドラゴンナイトの殺気を受けながらも反応に変化はない。それだけで戦ったことがないサンシタではないことが分かる。
「センパイの敵を討たしてもらう」
「センパイ?どこの誰だ?」
「ハナサキ・ハイスクールのサワムラ・イチジュン=サンだ!お前がボールを操って!決勝戦で負けて、セプクさせられたサワムラ=センパイだ!」
ドラゴンナイトは声を荒げる。敬愛したセンパイをセプクさせたのにまるで覚えていない。ニンジャ特有のモータルを見下した感じが気に入らない、むしろ殺意がさらに芽生える。一方ゲームメーカーはドラゴンナイトを興味深そうに見つめる。
「お前は負け犬センパイがニンジャのせいで負けたという言い訳を信じたのか?イデオットかお前ら?」
「違う!センパイは完璧な投球をしながらボールのキレも伸びも甘く、ミットからボール1、2個分ずれている事に気づき、ニンジャのジツの可能性をボクに伝え突き止めた!」
もしセンパイが可能性を示唆しなければこの真実に到達できなかった。お前は負け犬と侮ったセンパイにジツを見破られて、殺されるんだ!ドラゴンナイトは視線で殺さんばかりに睨みつける。ゲームメーカーはその視線を気にしないどころか突如笑い始めた。
「クックックッ。思い出した、ワガママプリンス、小生意気に操られるのを計算してピッチングしていた。無駄なのに。傑作なのは肩と肘をぶっ壊したのにちゃんとしたボールを投げた。痛みに堪えて必死にムービングボールを!俺のジツで動かなくなるのに!痛みを堪える表情、打たれた時の絶望の表情。今思い出しただけでも笑える」
「壊した?」
「ボールを通してピッチング中のモータルの肘と肩を壊すなんて、ベイビー・サブミッションだ」
ゲームメーカーはサワムラが肘と肩を壊されたシーンを茶化しながら再現する。センパイは肘と肩を壊されながらもいつものムービングボールを投げていた。本当に、本当に凄いピッチャーだ。尊敬と感動で涙が出そうになるがコンマ一秒で押しとどめる。
そして目の前にいるクソニンジャはセンパイの尊厳を踏みにじり全てを奪った!殺してジゴクで永遠の苦痛を味合わせてやる!
「イヤーッ!」
ドラゴンナイトはスリケンを生成し正中線にある急所に目掛けて投げ込む。ゲームメーカーは体を半身に動かし最小限の動きで躱す。
「その投げ方ピッチャーだな。肘と肩の使い方が中々だ。ワガママプリンスに教えてもらったか?」
ゲームメーカーはニヤついた笑いを浮かべながら褒め言葉を投げかける。それに構わずスリケンを投げ続ける。
利き腕の左とは逆の腕でもスリケンを生成して投げる。センパイは左右のバランス良く体を作るのが良いピッチャーであると教えた。その一環として利き腕ではないほうでの投球練習をさせられた。
最初はストライクを取れないどころか、ミットにノーバウンドで届かないほど無残だったが、最終的には小学生のチームぐらいなら抑えられる程度にはなった。今の右腕でのスリケン投げもこの練習をしなければスピードもコントロールもなかった。
この世で最も物を投げる職種はピッチャーだ。プロではないが野球を辞める前は毎日ボールを投げ続け、センパイの教えを受けて磨き続けた。スリケン投擲はピッチングを通して学んだことを生かせる。センパイと一緒に磨いたこの技術で殺してやる。
ゲームメーカーの表情から笑みが消え側宙やバク転で回避に専念し始める。ドラゴンナイトのスリケンは急所や手足に向かって正確に飛んでくる。致命傷を回避しているが手足を斬りつけ赤い線を作る。この調子でスリケンを投げ続ければいずれ当たる。自身の優位を感じていた。
するとゲームメーカーは腰のホルダーに手をかける。何かがゲームメーカーの周りを高速で旋回してスリケンを叩き落とした。旋回物は10個、それは野球の硬式ボールだった。
「10個のボールを操るのが俺のジツだ。このジツでワガママプリンスをセプクに追い込んでやった」
ゲームメーカーは自慢げに語りかける。このジツがセンパイをジゴクに落としたジツか!ドラゴンナイトは憎悪をさらに燃やす。
旋回していたボールがこちらに向かってくる。その数は5個、スリケンで撃墜しようとボールに向かって投げ込むが全く勢いが落ちない。先程のゲームメーカーに投げたスリケンは側面からボールに当たったので叩き落とされたのは仕方がない。だが今回は真正面からの衝突だ。だが新聞紙で作ったボールと当たったように減速しない。いくら連射重視のスリケン投擲でもこの威力差は予想外だ。ボール1つでも全力で投げたスリケンより強いかもしれない。
ボールは額、眉間、顎、心臓、肝臓に向かってくる。ドラゴンナイトはスリケン投擲を止めブリッジ回避する。顔面と心臓に向かったボールは回避したが肝臓へのボールは回避しきれず腹に焦げ跡を作り肉が焼ける匂いが嗅覚を刺激する。
掠ってこれか、リュウジン・ジツを使ったなら耐えれそうだが通常状態なら厳しそうだ。通過したボールが旋回してこちらに向かってくる。すぐに起き上がりスプリントする。
両足にボール2個、開脚ジャンプで回避、股間と額に2個、チョップでブロック、手が痺れる。左の側頭部に1個、ダッキングで躱しながらスリケン投擲。
前転、後転、ブリッジ、バックフリップ、側転、側宙、出来る限りの動作を駆使して回避する。回避動作中にスリケンをゲームメーカーの前後左右に投げるが全て旋回するボールに叩き落とされる。次第にドラゴンナイトに向かって行くボールは増えていき、現時点で8個になっていた。
「ガンバレガンバレ。ボールは後2個で終わりだぞ」
ゲームメーカーは余裕を持った表情で言葉を投げかける。対照的にドラゴンナイトの表情には余裕が無く、8個のボールの回避に専念せざるを得ずスリケン投擲する余裕すらなかった。ボールは少しずつ体に掠る回数を増やしていく。
このままでは避けきれず直撃してやられる。そう判断したドラゴンナイトはゲームメーカーとは反対方向に全速力でスプリントする。前後左右に配置されていたボールがそうはさせないと襲い掛かる。だが反応が鈍く後方に配置されていたボールだけが向かってくる。ボール3個をパーリングで叩き落とす。遅れて他のボールが頭部に来るが前転回避、髪の毛が擦れ焦げた匂いが漂う。これで包囲網から逃れた。
8個のボールが後ろから猛然と迫ってくる。ゲームメーカーがスプリントで迫ってくる。どうやらこのジツには射程距離があるようで、おおよそ50メートルぐらいか、そこから離れると上手く操作できないようだ。
ドラゴンナイトは全力スプリントし、ゲームメーカーとボールが追跡する。ボールとドラゴンナイトとの距離を10メートルに維持しながら追いかけっこは続く。だがそれは終わりを迎える。
目の前には駐車場とスタジアムを区切る壁が迫っていた。高さ20メートル以上で飛び越えることはできない。だが止まればボールによる攻撃で殺されてしまう。
ドラゴンナイトは走りながらリュウジン・ジツを使った。体に鱗が生え尻尾と翼と牙が生える。ジツの使用によりスプリントが緩みボールとの距離が5メートルまで縮まる。壁まで残り2メートルのところで壁に向かって飛んだ。足の裏で着地し勢いを吸収し足に力を溜めて解き放つ、三角跳びだ。
進行方向は斜め上、さらに飛んだ瞬間翼を羽ばたかせ上昇し距離を稼ぐ。ボールもその動きに合わせ急角度で上昇するが、翼による急上昇に対応できずボールは足元を通過する。
本当ならスリケン投擲で殺したかったが遠距離戦では分が悪い。ならばボールを攻撃に回させ引き付けたところで一気に接近戦にもっていく。予想していなかったのかゲームメーカーの表情に焦りが見られる。
翼の浮力を生かして30メートルばかり跳躍し勢いを殺さず前転着地しスプリントする。残り距離10メートル。ゲームメーカーが構えを取り迎撃準備を整える。ここで決める。
「イヤーッ!」
スプリントの勢いを殺さず右手で袈裟切りチョップ。ゲームメーカーは前腕部を手首に当てて勢いを殺す。
「イヤーッ!」
左手で心臓に向かって貫手を放つ。ゲームメーカーはサークルガードで弾く。
「イヤーッ!」
左膝蹴りを肝臓に向かって放つ。ボールが肝臓の前に浮遊し膝蹴りを防ぐ。
「イヤーッ!」
股間に向かって尻尾を振るう。ボールが股間の前に浮遊し防ぐ。今までのニンジャとの戦いで決め手となった尻尾での攻撃が防がれた。だがまだ手が残っている。
「イヤーッ!」
左足を引き地面につけて体を捻る。翼を垂直から水平にさせて顔面への被膜での斬撃、両手は防御に使い残りのボール2個も防御に回した。この攻撃は避けられない、勝った。ソーマト・リコールを思い浮かばせながらセンパイに懺悔しながら死ね。
「グワーッ!」
腹部に激痛が走る。激痛の発信源を確認するとボールがめり込んでいた。ナンデ?攻撃に回していたボールは8個、守備に回っていたのは2個、その2個は膝と尻尾の攻撃を防ぐのに使っている。それなのに何故ボールがある?数が合わない。
いや違う。元々数は10個ではなかった。ゲームメーカーは最初に10個のボールを操るジツと宣言し、ボールは残り2個など数を強調していた。それを信じ思い込んでしまった。
「グワーッ!」
ゲームメーカーのポン・パンチとボールが叩き込まれ吹き飛ばされる。そこに後ろに居たボール8個が追いつき体を打ち付け、さらに残り3個も加わる。11個のボールが容赦なくドラゴンナイトの体を打ち付ける。
体を丸め攻撃に耐える。リュウジン・ジツでニンジャ耐久力は強化されているがボールの攻撃は並のニンジャの全力パンチに匹敵し、それが雨のように降り注いだ。次第にダメージは蓄積しドラゴンナイトのリュウジン・ジツは解除された。
「別に近接カラテが苦手なわけではないんだよ」
ゲームメーカーは勝利宣言のように呟く。その声は反響しよく聞こえない。さらに頭部のダメージにより意識は朦朧とし視界は混濁しており、その姿がグニャグニャと歪んでいる。
センパイの仇が目の前に居るんだぞ。立ち上がれ、動け。朦朧とする意識の中憎悪を燃料に体に動けと命令を与える。だが脳と体の神経が切断されたように体が全く動かない。
「なんで……あんなことをした……コーチのアメガクレの差し金か……」
体中からエネルギーをかき集めて行った行動は問いかけだった。心は反抗の意志を見せるが脳がここから逆転の手は無いと判断し、せめてセンパイが死ななければならなかった理由を求めていた。
ゲームメーカーは自身の周囲にボールを旋回させドラゴンナイトにトドメをさせるようにボールを浮遊させていた。
「アメガクレ?誰だそれは?まあ同じ野球経験者のよしみで答えてやる。ワガママプリンスは野球賭博の為に負けなくちゃいけないんだよ。だから負けさせた」
野球賭博?野球選手達は多くを犠牲にして野球が上手くなろうと努力した。その成果を競い合う神聖な場を賭博のコマにしたのか!
「そんな下らないことでセンパイは死んだのか!センパイを!野球選手たちを!野球を汚すな!」
喉が潰れんばかりに声を張り上げる。許さない!許さない!許さない!
「野球を汚すな~?オボコ!プロ野球どころか高校野球でも八百長まみれだ!勝敗は最初から決まっている。その筋書き通り試合を進めるために俺みたいな試合をコントロールするゲームメーカーが必要なんだよ」
ゲームメーカーは愉悦を抑えきれないといわんばかりに笑う。センパイ達が愛した全てを捧げて競い合う舞台は全て薄汚い奴らによって支配されていた。全ては無駄だった。全て結果を支配され、センパイの人生はゴミにされた。そして薄汚い賭博を遂行させ野球を汚すニンジャに殺される。悔しさと不甲斐なさで頬に涙が伝う。
「さて、オボコが世間を知ったところで死ね。ジゴクに居るセンパイに慰めてもらえよ」
ボールが空高く宙に浮かぶ。これで死ぬ。ダメージで意識と視界が混濁するなか、ソーマト・リコールが浮かび上がる。幼少期の思い出、家族との思い出、サワムラ=センパイとの思い出、そしてスノーホワイトとの思い出。スノーホワイトとは数か月の付き合いだったが本当に楽しかった。ここで死ぬがスノーホワイトが仇を取ってくれたら嬉しい。
「WASSHOI!」
謎のシャウトが聞こえ目の前に何かが現れた。混濁する視界には赤黒の人物としか分からない。その赤黒はアイサツした。
「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」