弓なき矢となりて
夜の部屋、光もなく、あるのはただ流れる歌のみ。
その部屋は完全な防音で、歌が外に漏れることもない。
故に、ヴァイオリンの振るえ切る微かな余韻、歌声の残響、それら全てが部屋を駆け巡った後に部屋の主たる少女――雪音クリスの元へはらりはらりと落ちていく。
クリスは帰ったままに変わらぬ身ぐるみでベッドへ雑に横たわり、天井を仰いでいた。
明かりは消しているが闇の中にあって、それでもまだ邪魔だとばかりり両腕で顔を被い、目をつむる。
流れ続けるその歌を紡ぐのは、二人の男女――
誰よりも強くクリスを愛してくれた二人の男女の歌だった。
誰よりもクリスが強く愛する二人の男女の歌だった。
二つの愛に紡がられたそれは、紛れもなく人類最高峰の歌で、そして――
――世界、を救えはしなかった歌だった。
ふと、歌が止まった。ブツリという音もなく。
音楽プレーヤーの不調か、データのバグか。
しかし沈黙は流れなかった。
クリスのすぐ近くに投げ出されていた端末からの呼び出し音が、荷が重くも場を引き継いでいたから。
身を起こしつつ、クリスは応答する。もはや慣れた手つきだ。
「クリスくん。例の件について、潜伏先と思しき施設を特定した。ついては申し訳ないが君にも同行して――――」
聞こえてくる言葉に、クリスの口元が上がる。
勢いよく立ち上がると、クリスの胸元に下がるイチイバルのシンフォギアが左右に揺れた。
その揺れに導かれるまま歩いていって、クリスは部屋を後にした。
歌の途絶えたままとなったプレーヤーは捨て置いて。
必要がなかったからだ。
この歌の続きは、これより赴く先にあるのだから。
○
無数の足音が生活感のない建造物内に広がっていた。
音の主らは皆一様に黒のスーツにサングラスの出で立ちで、各々一丁の拳銃をその手に携えている。
乱雑に一室の扉を空け放ち、身体が先か突き付けた銃口が先かと言わんばかりにその中へと上がり込む。
幾つかのグループに別れている彼らの動きは、明らかに何かを探しているものだった。
と、そうしている内の一グループが開け放った一室に、人影が一つあった。
扉に背を向ける形で椅子へと腰かけ、その影から目の前に置かれたPCの光が漏れ見えている。
かなりの音を上げて扉へと上がり込まれたにも関わらず、その方には見向きもしない。
黒服の一人が、同行した別の男に視線を飛ばす。
その男が懐から取り出した端末を操作するのを視認してから、黒服は部屋へと踏み入った。
銃を構えながら、一歩一歩進んでいく。
運動量で言えば先ほどまでの大捜索の方が重労働であろうにも関わらず、今この瞬間に踏み出す一歩の方が遥かに重く、口の中が乾いた。
「特異災害対策二課の者です」
椅子に座る影へと、ひりつく喉を精一杯に震わせ、黒服は静かに問いかけた。
「”バックコーラス”運営に関わる方ですよね? 少しお付き合いして――」
ガタリと音を立て、影が椅子ごと振り返った。
咄嗟に銃を突きつける。
目に付いた影の表情は生者のそれではなかった。視線はどことも言えない場所に向き、首は力なく傾げられている。
そして次第に段々と黒く染まると、やがて崩れて砂と――否、”炭”と化して消え果てた。
「っ!!」
スーツの男が飛び下がり、急ぎ部屋の外に転がり出た。
後ろでぐよぐよと奇妙な音がする。その音の正体など、確かめるまでもなく分かっていた。
「また”ノイズ”だ!! 全員施設外に退避しろ!!」
端末を取り出しスイッチを入れるが早いか怒鳴りつける。端末を通さずとも施設内の全員に行き渡る十分な怒声だった。
しかしそれを掻き消すほどの轟音が怒声を掻き消した。
突如初夏の生暖かい空気が駆け抜け、半壊してなお輝く月の光が黒服の男らを照らした。
――その異形の名を知らぬものなど、今この場にいる者どころかこの世において一人としていない。
人が人である限り、その遺伝子に刻み込まれた本能が、奴らへの恐怖を忘れさせない。
その名は”ノイズ”。人が人の殺戮を望み作りあげた最悪の”特異災害”。
モザイク柄でカエル顔の巨大な”死”が、男らのいる施設の天井を砕き、彼らを見下ろしていた。
○
「連絡来たぜ! ビンゴだ姐さん!!」
「姐さん言うな。いくつだお前」
運転士の言葉を一蹴しつつ、クリスは立ち上がった。
彼女が立つのは、地上数百メートルを飛ぶヘリの機内である。
揺れる機体にも反応を見せず、窓を通して地上を睨む様からは、十数歳の少女らしさは皆目としてない。
「つれねぇなぁ姐さん。リスペクトはソウルだ! 年齢じゃないぜ!」
「だったら尊敬する姐さんからのお願いだ。黙って仕事しろ」
ゴーグルをつけた齢二十代半ばの運転士を一喝しつつも、一瞥さえしない。ぶれない視線は、眼下に立つ小さな建造物へと注がれている。
街並みは遠く、辺りは殆ど木ばかりの山景色である。そこにポツンと落とされた一点の人工物は景色の中で奇妙に映えているものの、やはり異質と思わずにはいられない。
そうであれば「何故あれはここに建てられたのか」を考えるのが人情であろうが、クリスにその思考はない。雪音クリスの頭にあるのはただ一つ。己がここに招集された本懐を果たすことのみである。
「了解了解。じゃあちゃっちゃと近場に下ろして……」
「いい。それより施設に寄せろ」
クリスの要請に、運転士は心中でうへぇと嘔吐いた。
「他の方々もそうッスけど、乗り物の乗降は常識に忠実にやりませんか」
「守ってんだろ常識? 飛び込み乗車は四の五の言われるが、飛び降り降車はされないじゃねーか」
「とんだ屁理屈!?」
この手の常識知らずには、ドン引く人間と悪ノリする人間がいる。
「だがそいつが堪らねぇ! 唯唯諾諾と聞いちまう!!」
彼は、極端に後者に寄った男であった。
祭とあれば一も二もなく飛び込み神輿の上に登って叫ぶ類の男であった。つまるところはアホであった。
アホの操縦によりヘリが施設に向けて急接近する――それとほぼ同時のことだった。
施設の一画が轟音を上げて崩れ、そこから巨大なモザイク柄の影が、ぬっと姿を現した。
施設内が伽藍洞であったとしても収まらないであろう巨躯の登場である。しかしクリスも運転士も大した反応を見せない。
かの”ノイズ”に常識が通用しないことなど、クリス他特異災害対策機動本部二課のメンバーにとってそれこそ常識であったからだ。
「さぁて」
クリスが躊躇なくヘリの昇降口を横薙ぎに開け放つ。
夜風が機内に吹き込み、クリスをなぎ倒さんとばかりにその体へも吹き付ける。
しかしクリスはまさにどこ吹く風といった様子で、乱れた髪を気に掛けさえしない。
風の吹きすさぶ音の向こうで、運転士が何かを言った声が微かにクリスの耳に届いた。
それについて聞き直すことはせず、また彼が親指を立てているのにも一切視線を向けず、クリスはふわりと、ヘリから落ちた――。
少女が堕ちていく。
夏の温い風も、落下の速さにより体を切り裂く冷たい烈風となる。
しかし少女の口から漏れるのは、弱音やら悲鳴などではない。
『Killiter――』
戦場に、歌が響く。
少女の歌には血が流れている。
父母より継いだ血の流れる歌が、首に掛かる力を解き放つ。
その歌の持つ熱が、少女を冷たい世界の中で生かし続けてきた。
かつては他者からあらゆる暴力を”奪う”ために。
今は他者をあらゆる暴力から”守る”ために。
『――”Ichaival” tron』
少女は戦場で
○
空より降りてきた歌が、黒服の視線をノイズから上方へと誘った。
そうして目に映ったものは、自分の娘と年端の変わらない一人の少女。
一糸纏わぬ姿ながら奇妙な光の輪をその身の周囲に二つ纏わせ、二つに束ねた白髪を揺らしながら降りてくる彼女を、男は自分を導きにきた天使かと見紛うた。
やがて少女は黒服の目の前、彼とノイズとの間に降り立った。
豊満なバストを持つ裸体を曝していながら、何処か遠くを見つめた視線に美しく白い肌が、見る者に淫靡さよりも清麗とした雰囲気を先立たせる。
しかし、黒服には目の前の聖女に見惚れていられる余裕はなかった。
彼の目の前、聖女の背後にそびえ立つ巨大なノイズが、自分たちを叩き潰さんと拳を振り上げているのが見えたから。
「あぶ……ッ!?」
危ないと上げかけた声を遮ったものは、またも歌だった。その歌が聞こえたと、そう感じた次の瞬間には状況は一変していた。
一瞬でノイズが緑に色付いたかと思えば、そのどてっぱらに幾つもの風穴が空いたのだ。
風穴を穿った無数の何かしらは、目の前の少女に纏わり――――否、”装着”されていく。
やがてそれら全てを
赤と黒を主にした配色に、挑発的に開いた胸元。そして腰部を中心とした重厚な装備は、紛うことなき
黒服は理解した。彼女の素姓は聖女などでなく、まさしく”戦姫”であったいうことを。
戦姫はクルリと身を翻すと、半身を殆どえぐり抜かれた大型ノイズと向かい合う。
死に体でもなお目の前の人間に襲い掛からんと必死な大型ノイズに、戦姫は勝ち誇った笑みを見せると、片手で作った指鉄砲を、ゆっくりノイズに突き付けて、
「……ばーんっ」
その言葉と同時に、大型ノイズは炭と崩れて消え去った。
ついでに見ていた黒服も、何かに落ちたか落とされた気がしたが、そんなことはどうでもよかったあまりにも。
○
(出会い頭に大型一体撃滅。なかなかどうして僥倖だな)
指鉄砲の硝煙を吹き消す気取った仕草や、纏う装備から流れるハードな楽曲と対照的に、戦場へと降り立った“戦姫”ことクリスの思考は冷淡に現状を分析していた。
一連の行動は、言ってみればパフォーマンスである。
ノイズに襲われた者の心境は絶望の淵にある。そこから救い出すにあたっては、露骨なまでに分かりやすいほどヒロイックな方が要救助者を混乱させないだろうというクリスなりの配慮だった。
なにせクリスの纏う赤いシンフォギア“イチイバル”の武装は重火器のオンパレードである。それらが見た者に与える恐怖をクリスは誰より知っている。
「あ、あの、あんた……」
『開幕沈黙――即刻Go away』
「はぃ?」
黒服の問いかけに対し、クリスの応えは“歌”だった。
キャッチボールのつもりが玉でなく弾で返された心持ちである。
さすがに予想外に過ぎて一瞬思考が止まった黒服だったが、大型ノイズがブチ破った天井から入る月明かりの向こう側の闇を見て気づく。
「っ! 大した大盤振る舞いで!?」
闇の中で蠢く影、影、影……。
すんぐりとした体を警告色めいた原色で染め上げた無数の小型ノイズが、じりじりと距離を詰めてきていたのだ。
その存在を理解してようやく、クリスの歌を言葉として理解した。
即ち“今すぐ逃げろ”
『地獄行きが 迫ってんぜ!!』
クリスの歌の二節目が合図となったかのように、ノイズらの中からオタマジャクシ型をした一匹が黒服目がけ飛びかかった。
しかしノイズを迎えたのは念願の生身の人間ではなかった。
ノイズの跳躍と同時、クリスもまた飛びあがり、宙にて強烈な飛び回し蹴りをノイズへブチ当てたのだ。
黒服にとっては不意打ちであったか分からない。しかしクリスにとっては、予想の内でしかない。
同胞が炭と化したのを皮切りに、他の小型ノイズらも飛び出してくる。
クリスは回し蹴りの勢いでノイズらに背を向けた姿勢で、それを好機と見たのかは定かではない。だがそうであったのだとすれば、見当違いという他ない。
『烈!! Dead or alive!』
ノイズの到来より早く、クリスが歌と共に振り返る。
刹那、飛び出したノイズが悉く、その全身をハチの巣とされ炭と崩れ去った。
クリスの両手には、巨大な二連装のガトリングガンが構えられていたのである。
傍から見れば乱れ撃ち、されどクリスの技量が伴えば、一瞬の間に狙い撃ち。見る間にノイズは余すことなく撃ち抜かれていく。
『足掻いてみろ!!』
それでも撃ち漏らされた運のいいノイズもいた。弾丸の嵐を掻い潜り、クリスを飛び越え黒服に向かう。
そしてクリスの頭上に差し掛かったところで、振り上げられたガトリング二丁の銃身による交差で“挟み取られ”て、回転する銃身に削られバラバラの炭塵と舞った。
『手前なりの Go fight!!』
炭屑を雨と受けるクリスの目には、神業とも思える所業を成した直後ながら、熱に浮いた色はない。
ただただ真っ直ぐな目。現実だけを一直線に見ているように感じさせる。さながら歴戦の戦士のそれだ。
戦士の瞳、幼い顔立ち、そして女性的に成熟した体つき。
(なんだ、バロック? どこか妙に不揃いだ)
「よぉ、無事か?」
ふとそんな思考をした黒服だったが、クリスが自分へと視線をじっと向けているのに気づいてハッと背筋を伸ばしてしまった。
「ああ、ありがとう、助かった!」
「そいつは重畳、あとはあたしに任せて早いところ離れな。奴ら
言うと、クリスはさっと視線を外し、周囲への警戒に移った。両手に握られている武器は、いつの間にかガトリングから小ぶりなボウガンへと形状を変えている。
「わかった。本当にありがとう」
踵を返しながら、黒服は自分の足取りが先程までより軽くなり、力強さを増しているのに気づいた。
ノイズとの間近での肉薄を経ながらそうである理由は、戦場に響き続けたクリスの歌をおいて他にはあるまい。
キツイ語調ながら、クリスの歌が告げていたのは則ち『生き抜け』という温かい想い。
そうであるからこそ、ノイズと相対してなお、自分の心は熱く、そして強くあれているのだと、黒服は確信していた。
「あんたのことも、あんたの歌も、絶対に忘れない! またいつか聞かせてくれ!」
正直に言って特異災害対策本部での仕事は辛く厳しい。今回のように命の危機に曝されることも少なくない。
それでも必ず生き延び続けてみせると、黒服は強く決意した。彼の胸の内で、歌が流れ始めた瞬間だった。
「はは……、まあ機会がありゃあな」
右足で左脛を掻きつつ、苦笑しながらクリスは言う。手が空いていれば頬も掻いていたことだろう。忙しなく動く視線が、索敵のためのものだけでないのは明白だった。
遠のく足音に耳を傾けつつ、クリスは軽く息を吐いた。
一瞬の安らぎ。
その直後、ギロリと影の向こうを睨みつけた。
足音が消えゆく一方で、大きくなっている音の存在にクリスは気づいていた。
ぐよぐよという気の抜ける足音。即ちノイズの第二波である。
「ははっ!」
ノイズが影から身を出すよりも速く、クリスは影の中へと跳び込んだ。
その最中、笑い声を一つ上げる。嘲笑と侮蔑を含んだ笑み。
それは先ほど黒服に歌を褒められた時の笑みより遥かに自然で、溌剌としたものだった。
『危害? オーライ!!』
着地ついでに近場のノイズを蹴りつけて、クリスは敵陣の真っ只中へと踊り出た。
『一掃! Instantly!!』
今まで以上に強く唄い上げながら、胸に宿った力を握った武器―――アームドギアへと注ぎ込む。
派手な駆動音を響かせて、ボウガンが瞬く間にガトリングガンへと変形する。
『こっちになら 構いやしない!!』
叫ぶように唄い、アームドギアをノイズへと突き付ける。
とは言えその実、何にたいしてという考えはない。
事実突き付けられた銃口は、クリス自身の回転により、その狙いを盛大に乱した。
それでも何も構いはしないと、
『きっと! きっと!!』
撃つ! 撃つ!
『きっと! きっと!』
撃って! 撃って!
『きっと!!』
撃ちまくる!!
『Crash!!』
――――”BILLION MAIDEN”!!
『Endless fighter……』
正真正銘偽りなしの”乱れ撃ち”。
人を襲い尽くさんと旺盛な面持ちを見せていたノイズの軍団は、今や積もれば山となるしか取り柄のない炭屑だった。
そんな中、意地を見せたノイズが一匹、炭の中から飛び上がりクリスへと襲い掛かった。
距離は近く、長い銃身のガトリングでは狙いが間に合わない!
ノイズによる奇跡的な報いの一矢だが、雪音クリスは魔弓使い。自らに向かうその一矢など見逃さないし許さない。
大きく足を振り上げて、その場で高く跳躍する。さながらハードル選手の如き動きである。
ぶつかるべき標的をなくしたノイズは、頭からべしゃりと地面に突っ伏した。不様このうえない。
そして、その不様の上に、
「ヒールってのは、こう使うっ!!」
雪音クリスの全てを乗せた一撃が踏み抜かれたのであった。
重そうで重くないちょっと重いクリスながらそのスタンピングの威力は激烈で、ノイズは哀れにもその全てを踏みにじられ、無惨な炭と成り果てた。
「まぁざっと、こんなもんかね」
足に付いた炭を払いながら、クリスは一人ごちた。戦いの喧騒を過ぎた心地好い冷たさを持つ静寂に身を預けながら。どうにもこの瞬間が一番気の安らげているように思えてしまう。
しかしその安らぎを奪い去るものがあった。それも二つも。
一つは身につけた二課より預かる端末からの呼び出し音。一戦終えたクリスへの労いか何かの通信である。
そしてもう一つは、風だった。
「っ!」
とはいえ、ただの風ではない。
其れは暴風。
空を切り裂かんばかりに鋭く、大地を穿たんばかりに強大。
そんな暴風が、クリスの側を通り過ぎた。施設の壁を壊し天井を崩し、床を深々とえぐり取って。
横に身ごと飛び込み暴風を躱し、すぐさま立ち上がりつつ天を仰ぐ。
そんなクリスに、端末からの声が響いた。
「クリス君、全員の無事を確認した。だが」
「ああ、分かっているともさ」
通信の野太い声を遮って、ニィと笑い、叫び返す。
「更なる大型ノイズの存在を確認! 引き続き、戦闘続行撃滅持続だ!」
言い放ち、クリスが睨めつけるは、有翼のノイズ。
巨大な双翼を背負い、長い首やらぶら下げた手足ら全ての先が鋭利な刃。
背後から光る月の光に、さながら怪鳥の如きシルエットを映しだして、其れはけたたましい
「まずは駆け付け一発食らいな!!」
ボウガン形態のアームドギアで何本もの矢状のエネルギー弾を形成する。
それを怪鳥ノイズに撃ち出すと同時に、クリスは施設の外へと跳び出した。大立ち回りをするには、少しばかり舞台が狭い。
怪鳥ノイズがクリスを追う。行方を阻んだ無数の矢は、巨躯らしからぬ素早さでかい潜っている。
施設から離れながら、クリスは横目で怪鳥の俊敏性を観察し、戦略を組み立てていた。
イチイバルの持ち味は、まず面の攻撃による敵の数をものとしない制圧力。
そして――――装者であるクリスが持つ現代兵器への恐怖をそのまま投影したがための、超弩級な大火力である。
上空を飛び回る巨大なノイズとは一見して好相性な要素揃いである。実際、ただ撃ち勝つだけなら容易いことだ。
だが、先程ノイズが見せた高い機動性がネックとなる。
自慢の巨大ミサイルで撃ち落としてやりたいところだが、それを下手に躱されると面倒なことに成り兼ねない。『避難完了』の報せを受けてからまだそう経っていないのだ。
守るべき者の命をベットする訳にはいかない。どれだけ負けの薄い勝負でも。
(掛け金ってのは、全額自腹で切れるまでってのがマナーだわな)
そうして今日も雪音クリスは、一切の躊躇なく、己の命を戦場の上にベットした。
(全く、安い勝負だ)
そう、心の内で笑いながら。
○
クリスが立てた戦略には、二つのものが必要だった。
一つは開けた土地。これにヘリで施設に向かう途中、目に付いた場所があり目星は付いていた。
問題は、もう一つ。
「さて、どこまで言うこと聞いてくれるかねぇ」
言いながら、クリスはその手に握るアームドギアを見つめた。
アームドギア――――
シンフォギアの主武装であるそれを、誰かは”常在戦場の覚悟の体現”と形容した。
それは正解であり、間違いだ。
何故ならばアームドギアは、シンフォギア装者の精神風景を色濃く反映し、その姿に投影する機構を有するからである。
つまり、常在戦場を信条とする者が振るえば、アームドギアは常在戦場の形を取るし、誰かと手を繋ぐことを望む者が装者なら、武器は不要かと己の姿を見せない粋もある。
となれば、アームドギアの姿在り方は装者の自由自在かと問われれば、そうではないのが悩みの種で……。
跳ね回るのを止め、クリスは広々とした空間に深く着地した。
地を滑りながらその身を翻し、背後を見渡して怪鳥ノイズの姿を探す。
逃げ回りながらの牽制も甲斐なく、あまり距離は離せていなかった。
一瞬出掛けた舌打ちを抑え、代わりに一つ笑って見せる。
「上等さ、なるべき様にして見せようじゃねぇか」
深く、息を吐く。
瞳を閉じ、アームドギアを額に当てる。
自分の望む力の姿を、アームドギアへと投影する。
――瞬間、激痛が走る。
銃弾の如き勢いでクリスの頭に撃ち込まれたそれは、クリスの心を蹂躙した。
歯を食いしばり、目を見開く。その目に映し出されたのは、遠い日の、しかし一日として忘れたことのない記憶。
硝煙の臭い。
焼け付く炎。
一面の赤。
突き付けられた、冷たい鉄の塊――
……アームドギアとは、則ち心象風景の投影である。
故に、その在り方を変えんとすることは、己の心と向き合うことに他ならない。
そして、アームドギアに忌むべき鉄の暴力へのトラウマを刻んだクリスにおいてそれは、幼い自分を苛んだあらゆる災厄の反芻を意味していた。
「っ、ぅぐぁ……!」
口から力ない喘ぎが漏れる。
過去の絶望が、胸でのたうつ。
耳鳴りが荒れ狂い、両足がガクガク震え、焦点が揺れ動く。
全身が、もう止めろと恨み言を喚いている。
だが、
「……は、はは」
喉から嘲笑を絞り出す。
足を揺らすも膝をつくことなく、ぶれる視点でノイズを睨む。
痛みは消えない。苦しみは増していく。
(だが、そいつがどうした……っ!!)
それら全て、”撃ち捨てる”。
乗り越えるのではない。そんな価値もない。
所詮、全ては過去だと、雪音クリスはアームドギアのグリップごと、全ての記憶を握り潰す。指の一本一本に力を込めて、ゆっくり強く、丹念に。
大事なものは”それ”ではない。
『傷の増やし方――それ以外に要らないだろう?』
(それ以外なんざ、今においては全てが瑣末!)
歌い紡ぐクリスの手の中で、アームドギアが変貌してゆく。
その姿こそ、新たな”傷の増やし方”。
魔弓イチイバルが本来とっていたであろうと思わせる、クリスの背丈並の弦を誇った常識崩しの大弩弓!!
『”歌による平和” そのためだけでいい――!!』
受け継いだ夢を、今における雪音クリスの全てを歌に込める。
紡いだ歌が、弩弓を中心として渦となり、深紅の矢を練り上げる。
継ぎ目を持たない真っすぐな紅い矢は、さながら見事に磨き上げられた紅の水晶である。
だが、それ以上にそれは雪音クリスそのものであった。
両親から継いだ想いのもとに、やっと気付いた本当の夢のために、万物を貫きどこまでも真っすぐ進む、不退転なる紅蓮の一矢。
『さぁ! Let's Show down!! 疾風のよう 白黒the End!』
突き付けられた魔弓とクリスの歌に焚き付けられたかのように、怪鳥ノイズはクリスに向かい降下する。一瞬でその速度は最高潮まで高まった。風が荒れ狂う。
ノイズのその様もまた、さながら真っすぐな一矢であった。
”人を殺す”というただ一つの目的のために、限界まで研ぎ澄まされた姿である。
足を開き、地を踏み締めるクリスには、落ちてくる”死”への恐怖はない。冷や汗など、胸にある熱さでとうに蒸発尽くした。
ノイズの鋭利なクチバシ。
魔弓の穂先。
クリスの視線。
三つが、一直線に並ぶ。
『あぁ、それ以外……』
極限の極限、限界までに距離が近づく。
ノイズの圧倒的暴力が、魔弓もろともクリスを穿つ――
『全部!』
その、寸前に、
『全て!!』
クリスはほんの少し、後ろに跳んだ。
倒れ行きながら、より前に、魔弓を突き出す。
『何もかもぉ!!』
そして生まれる。
高速で飛び回る存在に、銃口を押し付けられる、唯一無二の状況が。
「否定して、やろうってなぁ――っ!!」
――――”MEGA ZEPPELIN”!!
叫びと共に撃ち放たれた一矢は、その絶対的な貫通力を以て、真っすぐにノイズの身体を貫いた。
全くの一瞬で、ノイズは風と共に炭となり、バラバラと散る。
地面に身体を打ち付けられてそのまま仰向けに倒れるクリスの元に、黒い雨と降り注いだ。
『そう、否定してやる……否定、して――』
倒れた際に良くない場所を打ち据えたか、ギリギリの駆け引きから解放された安堵からか、クリスの意識が急速に遠退いていく。
紅蓮の弓矢が突き抜けた行き先を見ることなく、クリスはどす黒い炭に包まれて眠りに落ちた。
※2期以降のキャラは出ませんが、シンフォギア1.5的な要素は入れていきたいです。
※ルナアタック後ですが、ギアの見た目は一期の時のままです。
※黒多めの初期フォギアはみんな格好いい。