『平和は歌を聴きに来ない』   作:-)

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※前回までのあらすじ
①謎の組織”バックコーラス”の調査をしていたクリスは、その中で響に酷似した何故の敵”幻槍・シャドウガングニール”に遭遇。響と共にこれを撃退する。

②シャドウについて報告し、風鳴弦十郎の邸宅で一夜を明かしたクリスたち。明朝の食事にて翼とも合流するが、クリスは何故か翼を避けたがっているようで?

③食事の席にてシャドウ襲撃の顛末を報告する中で、バックコーラスとの関係が指摘される。バックコーラスが、シンフォギア装者の情報をノイズ災害の被災者間で共有・伝播させるSNS運営組織であることを知った響は、自身の日常が侵されかねない現実に身震いする。そんな彼女に声を掛けたのは、日常を持たないクリスであった……



雪音クリスと風鳴翼と、生きる場所

 「――ク、クリスちゃん? っむぐ」

 「さてせっかくだ。ここは一つバカにも分かるように教えてやろうか」

 

 頭に置いていた手が滑るように両頬を挟んで、響の不安な言葉を押しつぶしてしまう。そのまま響の顔を自分のほうへと向けさせて、クリスは言った。

 

 「聖遺物を使ってまでのバック・コーラスの暗躍、かなりデカい山だよな? それなのに、事ここに到るまでお前らは知らずにいれたわけだ」

 「いやでもノイズが出てないなら……」

 「事ここに到ったから仕方なく言っとくが、ノイズも出てんだ。それも連中の尻尾に手を伸ばしたタイミングでな」

 

 思いもしなかった事実に、響は言葉も出なかった。そんな彼女に変わって、翼が弦十郎を睨む。

 

 「クリスくんの言う通りだ。端末の流通ルートなどから、バック・コーラスの関係者と思しき人物の捜査を行い、その過程で何度かノイズに遭遇していた……隠すような形になってすまない」

 「謝る必要なんてないだろ、おっさん。バック・コーラスがこっちの手の内を知りたがってやがる以上、見せる手札は少ないほうがいいに決まってる。加えて、だ」

 

 薄く笑って、クリスは続けた。

 

 「見られたところで痛手にもならないカードがあるんなら、そいつから切っていくのが最善手ってもんだろう?」

 「そのカードって……」

 「そう、このアタシだ」

 

 腕を組み言うクリスからは、誇りさえ感じられた。浮かべた笑みも自慢気である。

 

 「アタシはお前らと違って、学校だのアーティストだのと身元が割れたところで痛む腹もないからな。今回の一件に関しちゃ、これ以上ない適任だったわけだ」

 

 指揮をとるかのように指をくるくる振りながら、クリスの饒舌が振るわれ続ける。

 

 「そういうわけだから、これから先もアタシ様に任せて、お前らは大事な日常ってやつを謳歌しとけばいいんだよ」

 「えっ、そんなの駄目だよ! クリスちゃん一人にそんな――」

 「お前がゆーっくりお勉強に専心できたのは誰のおかげだ?」

 「そ、それとこれは話が別でしょ!?」

 「分けて考えるほどに別でもねぇよ」

 

 突きつけられた指と言葉に痛いところを抉られて、響の勢いは一瞬で萎び果てていった。その隙に、クリスは自らの言葉を更に並べ立てていく。

 

 「お前らそんな難しく考えんなって。せっかくの専属装者だぞ? 使えるもんは使えばいいのさ。いわゆるアレだ、゛適材適所゛ってやつだ」

 

 突如として積み上げられだした言葉の勢いは怒涛で、反論を許さない強さがあった。

 それでも、その場にいた誰もが黙って聞くままではいられない言葉でもあった。

 

 「ちょ、ちょっとクリスちゃん?」

 「おい、クリスくん」

 

 一人の少女は友達として、一人の男は大人して、クリスへの反論、説教に口を開こうとする。

 

 「゛適材適所゛、などと言ったか?」

 

それらを制し、響く、小さくも強い声があった。

 先のクリスに負けないほどの強さを持った声が。

 

 風鳴 翼。

 

 彼女の問いが、辺りを一瞬にして支配した。

 凛と張った空気が、部屋の隅まで行き渡る。

 

 「……言ったさ。何か違ったか?」

 「ああ、大いに」

 

 翼がぶつけてきた言葉に、クリスの対応は刺々しい。その刺は、明らかに翼が近付くことを拒んでいる。

 

 「雪音、剣と弓とを交わした仲だ、お前の力が優れていることは認める。お前が装者として゛適材゛と言えるのは事実だ」

 「お褒めに預かりどーも。だったら……」

 「しかし、だ」

 

 クリスを真っすぐ見つめる翼の目が鋭さを増す。その視線を、クリスはジロリと流した横目で受け止める。

 

 「お前が身を置こうとしているそこが、お前にとって唯一の゛適所゛だなどとは、決して言わせはしないぞ、雪音」

 

 低い声で、ゆっくりと並べられた言葉は、部屋に重く響いていった。

 対し、クリスは小さく速い舌打ちをした。その酷く軽い音にぶつかって、翼の言葉の重さもすぐ消えた。

 

 「……言わせてくれよ、めんどくせぇ」

 「いいや、絶対に認めん」

 「あーあーうるっせぇなぁもう。アタシ様自身がいいつってんのに、許さんお前は何様だよ?」

 「お前の考えが変わるまでは、何様にでもなって見せよう。それに、この気持ちは私一人だけのものではないと思っている」

 「そうだよクリスちゃん!」

 

 ぴょこんと手を挙げ、響もまた主張する。緊迫の熱視線に挟まれていながら、不憫さを感じさせない元気さである。

 

 「誰も、みんなみーんな! クリスちゃん一人に背負わせようなんて思ってないよ! ご飯がどうして美味しいか知ってる? みんなが一緒にいるからさ!」

 

 自分で言った内容に、その通り!と拳を突き上げる響。とにかく元気一杯で、強さ云々とは別の次元にいる響であった。

 

 「そういうことだ、クリスくん」

 

 弦十朗の顔付きは、厳格な司令官からその中に優しさを宿す子供らの師匠としてのものへと変わっていた。

 響や翼の真っすぐな言葉に、彼も当てられたらしい。

 

 「クリスくん、確かに君の力を俺達は頼りにしている。だが、俺達が君に頼る分だけ、君にも俺達を頼って欲しいと思っている。誰かを守る使命に一所懸命となれるのは素晴らしいことだ」

 

 だが、と一度言葉を切ってから続けたのは、優しく、切実で、父が娘へと向けたかのような想いの吐露。

 

 「そのために君自身が犠牲になることは、決してあってはならないことなんだ。そのことは、どうか分かって欲しい」

 

 連ねられた皆の胸中はどれも真剣で、どれも暖かい。

 この暖かさを、クリスは知っていた。魔弓を握るばかりで冷え切っていた自らの手を、優しく包んだ暖かさ。

 これこそがかつてクリスを地獄から救い上げたもので、今もまた、どうにか救わんと手を尽くしている。

 

 「あぁ……そうだな、ありがとよ」

 

 頷くクリス。聞いた話も、言った礼も、なんだか照れくさくて、鼻先をちょいと掻いた。

 響たちの想いは、クリスへと確かに通じた――だからこそ、彼女は感じていた。

 

 (……本当に、ありがてぇが……今はもう十分だな。こういうのは)

 

 そう。これは、かつて救われた暖かさだ。

 雪音クリスは、とうの昔に救われているのだ。

 温もりを受けるまでもなく、この手はもはや消えることのない熱を帯びている。与えられたほとぼりと、伸ばした指先にある夢の熱さで。

 

 だから言ってはなんだが――今の雪音クリスとって本当に必要なものとは思えなかった。

 

 一人で背負うだとか、使命だとか、そんな考えクリスの頭にはない。

 あるのはただ一つ、やっと見つけた自分の夢――かつて両親が抱いた“歌で世界に平和を”という願い――を、この手で果たす決意のみ。

 それこそが今のクリスにとって一番の望みで、そのためにシンフォギアを纏って戦うことこそ、クリスが今一番やりたいことなのは紛れもない本心だった。

 

 一人で戦おうというのは、それに基づいた合理的な判断のつもりだった。

 帰る場所を他に持つ響や翼より、シンフォギアでの戦いを最優先できるクリスが積極的に出撃するのは、悪くない手の筈だ。バック・コーラスという帰る場所を蝕もうとする不届き者が相手の今においてはなおのこと。

 

 とにかく戦場こそが自身の“適所”であるというのは、クリスにとっては本望なのだ。

 

 だが、それを断じて認めない女が一人いる。

 

 「雪音」

 

 翼の呼びかけが、クリスの鼓膜に今一度突き刺さった。

 

 フィーネとの戦い以降もう何度目かもわからないぐらいに聞いた呼びかけだった。

 

 響と弦十郎が醸した真剣な雰囲気は、クリスが照れくさそうな表情を見せたおかげでぬるまっていた。だが、彼女の声だけは切れ味を落としていない。

 

 それだけで、もう分かった。

 ああ、またあの話が来るなと。

 

 「今の伯父様たちの言葉を受けいれたのなら、あの話も――」

 「断る。それとこれとは話が別だ」

 

 即座に切って捨てるクリス。だが、すぐにその判断を悔いた。剣士である彼女相手に切り結ぶのは相手が悪い。自分から間合いに入るなどと、あまりに悪手でしかない。

 

 「分けて考えるほどに別の話でもないだろう?」

 「あ“ぁ?」

 

 ついさっき自分が吐いたのと同じ言葉を投げつけられて、クリスはギロリと睨み返した。

 分かりやすい挑発に思えたが、言った本人にその意図はなかったらしい。驚いた表情で――少しだけ、嬉しそうでもあった。何故だか。

 

 「どうした、雪音。悪い話ではないと思うのだが」

 「大いに悪いと言い続けて何日だ!? いい加減しつこいんだよお前も!」

 「しかしな……」

 「しかしも案山子も――ああ、クソっ! だからお前と会うのなんて嫌だってのに!!」

 「そういうな、雪音」

 「うわあぁ!? 近寄るな!? 距離感考えろ!? 間に馬鹿がいることを忘れるなよ!?」

 

 適当に流して終わりにするつもりだったのに、気づけば相手取ってバカ騒ぎの片棒を担がされている。蟻地獄のような展開である。

 そんな地獄に居るクリスに、響は困惑のまま問いかけた。

 

 「えーっと、二人とも何の話で盛り上がってるのかな、これ」

 「い、いや、お前には関係ねぇって!」

 「え~、この状況でそれは無理だよねー?」

 

 自分を挟んで唐突に空騒がれて、あげくバカの壁扱いを受けたのだから当然の知る権利だった。

 クリスが答えあぐねていると、翼の表情に光が差した。悪戯っ子が天啓を得たかのような輝き方だった。人が人なら差したのは光というより魔と気づく。

 

 「立花」

 「はい?」

 「あっ……! いや待て! だからそいつには関係が……っ!!」

 

 クリスはすぐその意図に気づき、更にそれによる起こる面倒を察し慌てるが遅い。すぐに口火は灯された。

 

 「雪音と一緒に学校に通いたい……などと思ったことは無いか?」

 

間はなかった。すぐだった。

着火された微笑み爆弾は瞬時に輝き大爆発。

 

 「へっ――ぇぇぇええええええ!? クリスちゃんリディアン通うのぉっ!?」

 

 笑顔と目の奥とをそれはもうキラッキラに輝かせ、クリスにずずいっと近づいた。それはもうそのまま抱きしめんばかりの勢いで。

 眼前で起こった夜も白む爆発に、クリスの意識も白くなる。しかし目の奥より溢れてきた真っ赤な怒りがそれをどうにか押しのけた。

 

 「こっ! のっっ! ばっか!! アホ!! 入るか!! 誰が!! 話の流れでだいたい分かんだろうがこのスカタぁン!!」

 「えぇ!? 何で!? 行こうよ一緒に!! 絶対に楽しいって!!」

 「っ!! っ!! ――――っ!!!」

 

 響のポジティブ全開攻撃に、クリスの怒りパワーじゃどうも相性が悪いらしい。全く勢いが衰えてくれない。

 ギロリと、言葉に出来ない憤怒を目に込めて、その矛先を翼へと変えた。

 しかし事あるごとにクリスを構ってきた翼はここに来て気づかない振りで。困った顔の頬に手を添え、響にこれまでの経緯を語って見せる。

 

 「私も何度も誘いを掛けてきたんだ。“リディアン音楽院に通ってみないか”と。しかし取り付く島がないどころか、こちらを轟沈させようと魚雷を持ちだすような有様で……」

 

 およよ……という音が背後に浮かんできそう弱まりっぷり――つまりはわざとらしい。

 これには本調子なら“さすがのトップアーティストも女優は無理だな”と鼻で笑ってのけるであろうクリスだが、今そんな余裕はない。

 

 「ふぅむ、そんな話を進めていたとは、初耳だぞ翼」

 「すみません、叔父様。もう少し話が纏まってから報告するつもりでしたので」

 「そうだおっさん! 有りえねぇよなこんな話!?」

 

 神妙な顔つきの弦十郎に、自分を囲みつつある埒をこじ開ける可能性を見たクリスは、慌ててそちらに手を伸ばす。

 

 「アタシの存在なんともう殆ど幽霊みたいなもんだし? 戸籍だなんだと、今更ガッコ―通うとなればあれやこれやの面倒が……」

 「いや、その点は問題ない」

 「へっ」

 「二課の情報操作能力は基よりその程度は容易いさ。それに、リディアンの運営には二課も大いに関わっているからな。融通は利く」

 

 言って、弦十郎はにやりと笑った。

 

 「だからクリスくん。君がリディアンに通うのは俺も大賛成だ。いつでも全力でバックアップするから安心してくれ」

 「い、いや、安心って……気ぃ遣ってるとかでは……」

 

 全く頼もしい申し出だった。全くありがたくないことに。

 当てが外れたどころか、一周してきて背中から撃たれた状況である。そのまま倒れ込みたい気持ちだったが、しかしクリスとしてはここで言葉を無くしている訳にはいられなかった。

 このままなし崩しで入学決定など、断じて認めるわけには行かない。

 面倒だからとか、そういう理由でこの申し出の拒んでいるわけではない。

 

 クリスは、学校に行きたくないのではない。戦場に居たいのだ。

 

 「ほらクリスちゃん、師匠のお墨もついちゃって、こりゃもうリディアン来るしかないでしょ!? 学校楽しいよ? 学食とか調理実習とか帰り道での買い食いとか!」

 「お前の学生生活は食べる以外ないのか立花よ」

 「なんにしろ行く気はねぇんだがな!?」

 

 

 しかしその想いは届いていないらしい。特に響には。

 エンジンは限界超えて熱くなり、ブレーキをつけ忘れた暴走機関車の如し。お題目じみた“たのしいがっこう”トークをクリスへと語り上げてゆく。持ち前の明るさを遺憾なく発揮して、誰かさんが映画の名シーンについて解説するぐらいの勢い。

 

 もう、きっと誰にも止められない――

 「それだけじゃないよっ! 友達も出来るし! 色んな行事もあるし! まぁ勉強は? ちょっと大変で、試験……なん、か、も――――」

 

 ――そのはずだった。

 

 だが、止まった。途端に。血の気も失せて。

 

 きょろきょろと、何かを探して辺りを見回し始める。

 

 しかし見つからなかったらしい。ショックのあまりか、右手で額を覆った。その手も、小刻みに震えている。頭の内に沸いた悩み、その重さが耐えがたいかのように。

 

 「お、おい、なんだよ急に? 落ち着くのはありがてたいがそこまで急だと流石に不気味……」

 「し、し、師匠! あの、ちょっと!」

 「ン、どうした響くん」

 「えっと、その…………今、何時ですか?」

 「時間か? えっとだな」

 

 ありきたりな質問だった。それまでの深刻さの果てに出たにはあまりにも。

 だから問われた弦十郎も、ついありきたりに答えてしまった……その答えがもたらす結果も知らずに。

 

 「む、もう10時前か。思いのほか話し込み過ぎて……」

 「10――っっ!!? えっ、うそ、そんな、ちょっちょっちょっちょっぉぉぉぉ―――ぐえぇあっ!!?」

 「立花ぁっ!?」

 

 一瞬で立ち上がりその場でジャンプ。

 方向変えて出口へダッシュ。

 次の刹那にずっこけ畳へダイブ。

 

 すべてが一拍の間の出来事であった。その俊敏性、さすがはガングニールの装者である。全ての動きが無駄の塊だったが。

 

 「おうおうどうした。遂にバカ拗らせたかお前」

 

 辛辣な言葉を投げるクリスだが、響の奇行で話の流れが変わったおかげで上機嫌だった……決して響の無様に愉悦を覚えたからではない。いかに先程まで自分を追いつめてきてた相手とはいえ、ないったらない。

 

 「や、やばい! やばいです! ホント! まじでまじのまじに! ホントやばいんですってぇ――――っ!!」

 「おちつけ響くん! 君の言語能力の方が危ういぞ!?」

 「元からこんなだった気もするし案外余裕あるんじゃねーのコイツ」

 

 しばらくもがき、慌てて立ち、そのまま再び猛ダッシュ。

 走りながら響は叫んだ。

 理解できていないクリスらへの説明か、それとも追い詰められて至った狂気の沙汰か、己が陥った絶望を声高らかに叫び上げる。

 

 「今日追試の当日でぇ!! 開始10時からでぇ!! このままじゃ留年がががが、がっだぁっ!?」

 

 ドカンと一発大きな衝撃が部屋を揺らす。

 焦りに満ちた脳みそは、扉は開けて通るものということさえ忘れさせていたらしい。風鳴邸の丈夫な扉は、馬鹿一人弾き飛ばす程度訳もなかった。

 一方激突した響、何が起こったか分かっていない様子。仰向けに倒れ、そのまま天井を仰ぐ。

 少し間があって、自嘲気味な呟きを響かせた。

 

 「ふふ、勝手にしてよもう……やんぬるかな」

 「メロスかお前は」

 

 どうやら現代国語の予習はバッチリらしい。

 

 「よし、元はと言えば響くんに出動要請を出した俺の責任だ。ここは一肌脱がせてもらおう」

 

 その努力を無に帰することを惜しくおもったか、弦十郎が声を上げた。懐から携帯端末を取り出す。

 

 「ふふふのふ……もういーんですよししょー。立花響はダブります。素直に未来を先輩と仰ぎます。ちょっとお姉さんぶった未来に手取り足取り教えてもらって……あれこれは真面目にアリな気がし」

 「なーに心配は要らんさ。まぁ、残りを片付けながら少し待っててくれ」

 

 頼もしい言葉を残して、大人は部屋を出て行った。なんとも大きな背中であった。

 

 残された三人は互いに顔を見合わせる。やがて全員の視線は、自然とテーブルの上へと注がれた。

 ここまで濃密な話を続けながらも何だかんだで食事はつついていたので、皿に残すのはあと僅かになっている。

 

 「とりあえず、言われた通りこれ片しちまうか」

 「はぁ、これが留年を知らずに食べられる最後の食事かぁ」

 「案ずるな立花。叔父様を信じろ」

 「でもホント時間キツイですし、車じゃどれだけ急いでも……」

 

 昨晩戦った場所からここに来るまでの時間を思い出す。道中で病院にも寄っているので正確なところは分からないが、それでも車では無理なことは分かる。

 では一体どうするのだろう。少なくとも、車よりも速いものでなくてはならない……。

 

 そこまで考えて、一つ、浮きあがる想像があった。それも三人全員全く同じ想像が。

 それは全く以て非現実的で、口にするのさえ憚れる。

 そんなことだから、それを実際に言葉としたのは響ただ一人だけだった。

 

  「あー! もしかして、師匠が私を背負って、学校まで全力疾走!! とか、そう、いう、の……」

 

 おどけて言って、しかしすぐ勢いが失せる。

 冗談めかすにはあまりにも嘘くさく、なのに有り得てしまいそうで、つまるところ“洒落にならない”。

 特に響にとって、もし有り得てしまえば、その背中に乗るのは自分なのだから。

 

 「いや、それはないだろうな」

 

 そんな不安を、翼が斬った。

 あまりに頼れる解答乱麻に、自然とクリスらから笑いが漏れる。酷く渇いた笑い声。

 

 「そ、そうですよね! はは、あはは!」

 「まぁそりゃなぁ!? ありえねぇって!」

 「ああ、叔父様が町中でそんなことをしてみろ。まず死人が出る。だからない」

 「えぇ……」

 「…………そういう話じゃねぇだろ」

 

 本当に、洒落にならなかった。

 

 ○

 

 「はぁーはっはっはっはぁぁーーっ! お待たせしました皆さまぁ―――っ!!」

 

 風鳴邸の広いお庭にて、爆音とそれ以上の高笑いとがクリスらを出迎えた。

 

 あの後間もなく、ちょうど食事の残りをやっつけ終えた頃、三人は弦十郎に呼ばれて外に出た。

 そうして目に飛び込んできたのは、地面ギリギリの宙に浮き、プロペラを絶え間なく動かす金属の塊――ヘリコプターであった。

 それもいつも出撃に使っているのと同じもので、高笑っているハイテンションな運転手(バカ)もまた同じ人。

 

 「あっ! ええっーと……そうだ! いっつも任務の現場まで送ってくれる人!!」

 「はははっ! その通りだ立花ちゃん! 毎度お世話になっております!」

 「あーやっべ、あいつのこと完全に忘れてた」

 

 響へ陽気な言葉を返す運転手を見て、クリスの表情が引きつった。

 今ヘリコプターを運転しているのは、昨晩クリスが共に行動していたのと同じ人物である。だが、シャドウ・ガングニールとの戦いが始まる前に巻き込まないよう脇へとやってから、完全に存在を忘れてここまできてしまっていた。

 

 「はーはっはっは!! お気になさらず姐さん! こちとら悪運と頑丈さだけでお国の雇われやれてますんで! 闇夜に放置も何のそのぉ!!」

 「お、おう、そうか。そう言ってくれんのは助かるが――」

 「あの後も普通に歩いて家まで帰って寝ました!!」

 「いやすげえなお前」

 

 思わぬ勢いに、罪悪感も落としてしまった。

 

 「どうだ響くん、これならなんとか間に合うだろう?」

 「はい! ありがとうございます師匠!!」

 

 元気よく返事する響。先にしていた妄想が妄想だけに、若干の肩透かし感があったのは内緒だ。

 喜び勇みヘリへと乗り込む彼女を見ながら、さりげなくクリスの眼尻が下がる。

 やはり、帰るべき場所がある者はそこに居ればよいのだ。

 そう、温まる心で感じていた。

 

 「では、私たちも乗ろうか」

 「はぁ?」

 

 感じていたのが、一瞬で吹き飛んだ。

 吹き飛ばしたのは翼である。クリスはうんざりした。彼女の言葉にそんな感情を呼び出されるのは、もう何度目になるかも分からない。

 

 「……なに言ってんだお前、乗らねぇって」

 「いい機会だ、雪音。一度リディアンを見学しよう。そうすればお前の気もきっと変わる」

 「だから通わねぇし行かねぇし乗らね―――」

 「翼の姉御にクリスの姐さん! 乗るんなら速くに頼んます! 立花ちゃん死にそうな顔してるんで!!」

 

 運転手の言葉に、翼がヘリコプターまで歩き、上り口のバーに手を掛けた。

 そこで、ピタリと立ち止まった。

 

 「えっ、あの、姉御? そこで止まられると飛べない……」

 

 運転手が困惑の声を上げる。

 しかし翼は聞こえないのか反応を見せない。

 ただくるりと、クリスへと振り返った。瞬間、ヘリが巻き起こした風が翼の長い髪を大きく乱し、彼女の表情を隠す。

 

 クリスだけが見ていた。翼の方から見つめたクリスだけが。

 安心させるように優しく微笑んだ口元と、それとは対照的に強い覚悟を宿した青い瞳とを。

 

 「……さっさと乗ってやれよ。あの馬鹿が留年したらどうすんだ」

 「そうだな、立花とその未来のためにも……行かなければならない」

 

 プロペタが風を裂き、音を捲き上げ、二人を包む。

 他の声は聞こえず、きっと他へとも声が聞こえない。

 その空間で、翼はクリスへと手を差し伸べた。

 

 「さぁ、雪音」

 

 大きな舌打ちが、風に乗って空へと舞い上がる。

 その音を追い越すようにクリスはヘリに駆けだして、翼の手を取った。

 

 満足げに笑い、翼がクリスをヘリの中へと引き上げる。クリスは不快げに表情を歪め、翼に手を引かれるままに従った。

 

 「おぉ、クリスくんも来るのか」

 「まぁな……っておっさん? アンタも行くのか? 司令本部はいいのかよ?」

 「誰か説明できる者が必要だろう。本部にはすぐに戻るさ」

 

 軽く言う弦十郎に、そうかいと肩をすくめると、クリスは翼の隣へと座った。他にシートがなかったというのもある。が、今回は敢えて隣を選んだ面もあった。それほどに、一言悪態を吐いてやりたかったのだ。

 

 「……ああいうのも出来るやつだったんだな。お前は」

 「ん、何のことだ?」

 

 席に着くなり小さく零した言葉は、クリス自身驚くほどに素直な言葉だった。にも関わらずはぐらかされたものだから、つい続く言葉の語気も荒立つ。

 

 「とぼけんなよ、あの馬鹿のこと人質にするような狡い真似しやがって。ブシドーはどうしたブシドーは」

 「ふっ、生憎と私は防人だ。武士を名乗ったことも、その道を重んじたこともない……だが、そうだな」

 

 そっと、翼がその顔ごとにクリスから視線を逸らした。自分がそうすることはあっても、翼がそんなことをするのは初めてで、クリスは思わず背けられた顔をまじまじと見つめた。

 翼の口元は笑っている。だがそこに先ほど見せた悪戯な微笑みはなく、どちらかといえば自嘲するかのような小さい笑みで。

 

 「我ながら、慣れないことをしてしまったとは思う。お前は立花を好いているようだから、悲しませるような選択を選ぶことはないという確信はあったが、それでも早くに決断してくれていなかったら……」

 「好いてっておまっ!?」

 「事実だろう? 行動制限中の時も、私とは全然だったが立花とはよく話していたし、今朝やこれまでも、私は避けて立花とよく一緒に居たがっているじゃないか」

 「そ、そりゃぁお前……いや、つーかそれよりお前万が一は何も考えて――――うぉ!?」

 

 がくん、と大きな揺れがクリスらを襲った。ヘリが飛行を始めたようだ。

 いつもならばもっとスムーズに飛んでいるのだが、今日はどうにも調子がよくない。何度も大きな揺れを起こして、今にも落ちるのではないかと不安になる。

 堪らず響が声を上げた。

 

 「ちょちょちょっと運転手さん!? さっきからなんかガクガクしてません!?」

 「いや大丈夫大丈夫! 心配しなさんなよ立花ちゃん! ただちょっと昨日帰ったの遅くって、あんま寝てねぇぐらい……なぁ……ぐぅ」

 「ひぇぇ!? また! またなった! 今度はガクガクガクってぇ!!」

 「う、うーん、こりゃ行かんな。しゃーない寝落ちしねぇぐらいに勢い上げて行くからな!! 振り落とされて下さんなよぉ!!」

 「えええええぇぇぇ――――っ!!?」

 

 どんな理屈か、運転手がスピードを上げる。大いに急ぐ響としては好都合だった。その筈だった。とは言え怖いものは怖かった。

 

 「それとな、雪音」

 

 大揺れ小揺れの阿鼻叫喚に、しかしぶれない声が鳴る。

 大小二つの叫び声。空を切り裂き進む音。

 絶えない喧騒の中ながら、その声は真っすぐと、クリスの耳と胸とに突き刺さる。

 

 「らしくなく、慣れてもない。そんな術にさえ手を出すのも……それだけ、お前に本気だということだ、雪音」

 

 (……いい迷惑だ、くそったれ)

 

 そう思いつつ、クリスは、何も言い返さなかった。

 ただ黙って、視線を足元へと落とすだけだった。

 

  もし何か言おうとすれば、きっとまた、翼はクリスの目を真っすぐ見据えてくることだろう。

 そうすればきっとあの強い覚悟の青い瞳と、また出会うことになってしまう。

 

 それが嫌だった。

 

 両親の遺した夢を果たす。

 歌で世界を平和にする。

 装者として戦い、生きる。

 迷いなどない筈のその夢に、小さな綻びが生まれてしまいそうな気がしたから。

 だから、堪らなく嫌だった。

 

 クリスの心も知ることなく、ヘリの速度は増すばかり。

 

 リディアン音楽院は早くも間近まで迫っていた。

 

 




※この辺にぃ独自設定と独自解釈とをまとめるだけにぃ約3か月と2万字を費やした書き手がぁいるらしいっすよ。
※次以降はもっと早く書き上げたい……毎回言ってるねこの人。
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