『平和は歌を聴きに来ない』   作:-)

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※ちっとも予定通り進まない


戦い明けて、再会と出会いと

 ふすまの間から漏れ聞こえてきた鳥の囀りに、雪音クリスは目を覚ました。

 開いた目に、天井の木目が映る。マンションにある自身の一室とは大分赴きが違う。

 

 なんでと考えたのは一瞬で、クリスはすぐに昨夜の顛末を思い出した。

 

 “立花 響“との戦いを終えたクリスと響との両名が、二課から来た迎えの車に揺られて送られたのは、超緊急臨時本部こと弦十郎のお屋敷――ではなく、病院だった。

 そこでメディカルチェックを終えた後、改めて超緊急臨時本部に送られて、そこからやっと簡単ながら報告を済ませた。

 そうやって色々やったものだから、その時点で既にとっぷりと夜は更けきってしまっていたのだ。

 こうなっては、一人暮らしのクリスはともかく、寮暮らしの響を帰すのは難しい……というわけで、弦十郎の「よーしお前ら泊まってけ!!」の鶴の一声ならぬ獅子の一吠によりお泊りコースと相なったのだ。クリスの参加は響の粘り勝ちの結果である。

 

 (まぁ、そういう経緯だから、”こいつ”の存在も不自然ではない……不愉快では、あったとしても)

 

 回想している間に知覚した、自身へと圧し掛かるずっしりとした重みに、クリスは眠気とも違う気怠さに苛まれた。

 

 クリスの掛け布団は、横に除けられていた。

 代わりに、響が上に被さっていた。うつ伏せで。傍から見れば、夜這いか何か。

 

 視線だけで、横を見る。響が本来眠っていたであろう布団が遥か遠くに鎮座している。

 その距離は、昨夜布団をくっつけて眠ろうとする響への、クリスによる飽くなき抵抗の果てに得た勝利の栄光であった……あったのに、今やなんの意味もなかった。

 勝利とは、かくも無意味なものだったのか。

 

 「えーへへへ、もう食べられない……とでも思ったかぁ!! ……にゃんむにゃんむ……」

 

  閉じられた目と、口から漏れる寝言が、一応に下心の不在を主張していた。若干テンプレから奇をてらっているのが鼻についた。

 

  「くそ、こんにゃろ……」

 

 引き離し、折檻する。その両方を遂行し得る手段としてアイアンクロ―を瞬時に選択。クリス生来のバトルセンスはこんなところでも働き者だ。

 さっと身をずらすと、バランスを崩した響がうーんと唸って軽く寝がえりをうつ。その動きに合わせてやれば、栗色の髪を四方八方に暴れさせた響の頭は、哀れにも自らクリスの手の中へ飛び込んだ。その必潰の運命を知ることも無く。

 さて、後は愛と怒りと悲しみを込め、握り潰してのけるのみ――と、いう段階で、ふっと昨晩の激闘が頭を過った。

 

 クリスの全身と、それ以上に心を苛んだ痛み。

 そこから風と共に現れ颯爽と助け出したのは、他でもないこの響。

 相手取った自分と同じ姿の不気味に、それでも手を伸ばし続けた。

 だがその手は取られず、圧倒的な暴力により振り払われた。

 

 そこまで思い出してから、少し視線を迷わせ、それからふぅっと溜め息を吐いた。

 

 「……今回だけだぞ、ばーか」

 

 頭を包んでいた掌で、そのままそっと優しく撫でる。

 布団に改めて身を預けると、自分に圧し掛かる響の温もりが、より強いものとして感じられてくる。

 感じるままに、その体温に意識を傾ける。段々と、響のものか、自分のものか、曖昧になってきて、意識も遠くなってくる。

 

 もう朝なのは分かっている。起きるべきなのだろうとも思う。

 

 (でも、まぁ、たまにはいいか……)

 

 そう思い、増してくる目蓋の重さに任せ、目を閉じた。

 呼吸音。鼓動音。鳥の囀り。虫の声。

 全部全部全部、遠のいて、薄まって、あやふやになって――

 

 ――ふにょん

 

 音にすれば、そんな感覚がした。発生源は胸元……と、いうか、胸そのもの。

 

 「はぁんっ!?」

 

 虚無へと進んでいた認識に、ドカンと落ちた感覚が、閉じていた目をばっちり開ける。

 そうして開いた視界では、手がふよふよとその指をうごめかす。

 かつてクリスに差し伸べられた手であった。強く暖かな手であった。

 

 その手が今掴むのは、言うなれば生命の象徴。いつか母となる証――

 

 ――まぁつまり響がクリスの胸をめっちゃ揉んでた。そりゃもう手を掛けたとかぶつけたとかで誤魔化せない程度にはがっつりしっかりしっぽりと。

 

 「んな!? か!? か!? かぁっ!?」

 

 生娘のつもりもないクリスではある。尻のひと撫でを、指の一本や二本で贖わせる胆力もある。

 だけど布団に収まる今この時、心は油断で一杯で、相手も今までいなかったぐらい色々な意味で距離の近い相手で。

 

 まぁ、そんなわけだから、

 

 「んん? なんだかいつもよりおっき……」

 「ス、スーパー懺悔タイムの時間だオラぁぁぁぁ――――っ!!!!」

 

 その反応が多少過剰で、常識が燃焼消滅しているのも、勘弁してやらねばならんのだ。

 

 

 「痛い……超痛い……」

 「馬鹿面さらしてへいきへっちゃらってろ!! 二本の脚で歩ける事実にアタシさまへ感謝の土下座しながらなぁ!!」

 「いや~土下座なら朝から大騒ぎしちゃったことで、師匠に対してするべきかなーって」

 「他人行儀に正論吐くな! 誰のせいだよフシダラ娘!!」

 「あ、あははは……」

 

 ぎゃーぎゃーと、一人分足りずも姦しく、響とクリスは風鳴邸の廊下を歩いていた。

 怒り肩でずんずか進むクリスに、痣やらたんこぶやらをこしらえた笑顔の響が、半歩遅れてついていく。さながらDV夫に健気な妻だが、その実態はセクハラ行為の加害者被害者コンビなのだから何かがおかしい。

 

 「ったく気色の悪い……なんだお前? あたしのこと、っつかあたしの体そういう風に見てたんか馬鹿。思春期真っ盛りかよ勘弁しろよ馬鹿」

 「いやいや、そういうわけじゃあなくって……ただほら、わたしって寝るときいつもは未来と一緒のベッドで寝てるからさー?」

 「あ? それとこれと何の関係……いや、言うな。やっぱいい。聞きたかねぇ」

 「ちょっと不安なことあった夜とかさ? どっか触れながらの方が安心して寝れるし、それでどこが一番安心できるかっていえばやっぱりおっ――」

 「要らねぇっつてんだろ!? 朝からいちいち重たいんだよお前なんか胃にもたれる重さなんだよお前は!!」

 

 へラへラと笑う響に対して、クリスは眉間を抑えながら重たい息を漏らす。精神的パワーバランスは完璧に、響の圧勝であった。全て天然の所業であろうことが、ただただ恐ろしい。

 

 「胃もたれなんてだいじょぶだいじょぶ!! ごはん食べれば治っちゃうからそんなの!」

 

 響が激烈に言い放つ。サムズアップと笑顔が眩しい。寝起きの目を眩ますほどに。

 言いたかった。『絶対逆だ』と、『間違いなくお前だけの理屈だ』と。ただもうクリスはすっかり疲れていた。朝からこんなハイテンションは、どれだけ人生遡っても記憶にない。

 

 「あぁ……もう、何でもいい……あたしも大概腹減ったし……」

 

 言ったクリスの肩が落ちる。腕組みしているが、それでは到底支えられていない。

 曰く前にも風鳴邸に泊まったことがあるらしい響による、ここの食事がどれだけ素晴らしいかの御高説も、耳には入るが頭まで届かない。

 

 そんな風に歩いて行って、間もなく一つの衾の前に着いた。昨晩にミーティングという名の何かが執り行われた一室のものだ。

 中から漂ってくる食事の匂いに、クリスは落ち窪みつつあったテンションが再浮上するのを感じた。

 自分以上のハイテンションを発揮しているであろう響はあえて無視しながら、クリスは(ふすま)に手を掛け、開いた。

 

 「ああ、おはよう雪音。久しぶり――」

 

 

 ――スパーンッ!!

 

 

 ……と、盛大な音と共に、開けた衾が閉じた。

 下手人は、言うまでもなくクリスである。衾を閉じたそのままに、両手で強く押さえつけている。

 

 「えっ、なに、どしたのクリスちゃん」

 「い、いや、えっと……」

 

 響の問い掛けへの反応も、形作った笑顔も、両方諸ともなんだかぎこちがない。

 

 「……鳥が、入り込んでたんだよ。鳥が」

 「いやそれで今の反応はおかしくない?」

 

 あっちゃこっちゃと視線を遊ばせた果てに出た言葉も、響にさえ二秒と待たずににツッコミ返されるほどに杜撰にして稚拙。

 

 「いや違うんだって、こう、ホントに、デカ怖い鳥で、びびっちまって」

 「どったのクリスちゃん。急にここで乙女ポイント貯めだしても使い道ないよ?」

 「やたらに人の頭の周り飛び回って、おまけに羽音もデカいもんだから、そりゃもうブンブンブンブンうるせぇったら……!!」

 「ん、んん? なんか変な感情入ってない?」

 

 首を傾げる響の横を、クリスはサッと通りすぎ、元来た道を引き返しだした。慌てて響が止める。

 

 「えっ、ちょっ、どこ行くの? 何するの!?」

 「散歩だ。2、30分ぐらい空けるから、探してくれんな」

 「ええっ、だめだよそんなの!?」

 

 クリスをなおのこと強く引き留めた。クリスの腕一本に対し、両腕を使い身体も押し付け、抑えるどころか縋る勢いでしっかりと。

 

 「ええいくそ! 離せ! 離せと言うに!」

 「だーめーだーよー! 朝ごはんちゃんと食べないと、お腹空いて心が死んじゃうんだよ! 悲しい一日になっちゃうよ!?」

 「お前だけだろそいつは!」

 「分かったじゃあ、うん! 好きなおかず! 好きなおかずなんでも……いや、要相談! で! あげる! あげるから! 一緒にごはんたーべーよーうーよー!!」

 「それで釣られんのもお前だけだ食い倒れ人間!!」

 

 「……朝から少し喧噪が過ぎないか、二人とも」

 

 その場の二人にはない、凛とした響きを持った声がした。

 えっ? と振り返った響の表情が、晴れやかな笑みに変わる。

 げっ! と振り返ったクリスの表情が、瞬時に曇りを見せる。

 

 クリスと響、対照的な二人の表情の先で、腕組みしながら呆れ顔を見せるのは、スラリとした長身の女性。

 端正な顔立ちに、青色の髪、そして纏った鋭い気迫に、彼女の周囲だけなんだか温度が下がっているようにすら感じられる。

 

 「わぁい! 翼さんだぁーっ!!」

 

 風鳴 翼。二課所属のシンフォギア装者にして、日本が誇るトップアーティスト。響の先輩。そして――

 

 「ふっ、久しぶり、立花。それに、雪音も」

 「……おう」

 

 ――今一番、雪音クリスの“会いたくない女”。

 

 

 既に日の上った朝ながら、酷く薄暗い印象の町だった。

 人の影はまるでなく、道や建物は何かの傷跡を色濃く残す。

 そこはリディアン音楽院と、かつてそう呼ばれた学校のあった町である。

 

 人類未曽有の危機であったルナアタック。その前哨戦とも言えるXDモードへと至ったシンフォギア装者と無数のノイズらとの大乱戦。

 それらの果てに、結果として危機は瀬戸際で防がれたが、それでも失われたものはある。ここはまさにその一つであった。なにせ先に語った戦いの舞台、その一画を担ってしまったのだから。

 戦いの本格化前に住民の避難は済んでいたおかげで、人的被害は少なく済んだ。だが、街の受けた被害は、甚大の一言で済ますことが憚れるほどのものだった。

 リディアン音楽院跡の周囲と違い、辛うじて全面的な立ち入り禁止は免れたものの、かつての住民の殆どが自主的に転居を選んだほどだ。

 

 そういった経緯で、この町の人影は少なくて当然と言える。訪れる者など、なおのこと少ない。

 

 しかし、それにも関わらず、一人歩く人影があった。

 

 年の頃は、五十前後。顔には重ねてきたであろう苦労の数と思わせる皺が刻まれているが、反して表情に陰りはなく、背筋もピンと伸びている。

 その様子は、第一に彼女の強さによるものであった。だがそれだけではない。来る者がそうはいないこの町の中で、彼女が目指す目的地、そこに向かう理由――ある種の使命感が、彼女を支えていた。

 彼女が目指しているのは、巷で隠れた名店と称される粉者屋である。

 

 その店の名は“ふらわー”と言う。

 彼女は、そこの店主であった。

 

 表情は明るい店主であったが、息は少し荒い。それもそのはず。この朝早くから、彼女はそう近くはない距離を経てここまでやってきたのだから。

 かつては゛ふらわー゛で生活してきた彼女だったものの、住民の減少に伴い生活も不便さ増すばかり。そこへ家族からの誘いと心配とを受けたことで、慣れ親しんだ住居を離れ家族らと共に暮らす道ん選んだ。

 

 だが、それは店を畳むことを意味してはいなかった。

 

 むしろ人が少なくなり生活が不便となってしまったこの町にこそ、上手いお好み焼きを出す店は必要なはずである。

 苦難と困難を乗り越えさせるのは、人の心と美味い飯。それが、゛ふらわー゛店主たる彼女の見つけた信条であった。

 

 故に彼女は今日もこの町に来た。

 それが、ほんの少しだけながら、奇跡の片棒を担ぐことだと知るよしもなく。

 

 「……おや?」

 

 額に汗をにじませながらも決して緩むことのなかった店主の歩みが、ふっ、と止まった。そして目を凝らし、建物同士が並んでつくった隙間を、じっと睨んだ。

 薄暗い町の中にあって、より深い暗闇が作られていて、朝の日差しでも照らしきれていない。そのために、殆ど何も見えない。

 

 それでも、店主の目が、僅かに捉えた。

 闇の中で、両方の耳を抑えてうずくまる小さな影を。

 

 「ちょっとあんた? 大丈夫かい?」

 

 その存在に気付くのと同時に、店主は闇の中へと声を掛けた。迷いなど、一瞬さえない。

 

 声を掛けられたそれの肩がビクっと跳ねる。そのおかげで、抑えられていた頭だけ、闇から外へと飛び出した。

 そして、ゆっくりと、店主の方へ、その顔を見せた。

 

 二度、三度と、店主は目をしばたかせた。

 店主はそれを――”彼女”を、知っていた。厳密に言えば、その”顔”を。

 

 「えっと……響、ちゃん?」

 

 言葉に篭った疑問は、口にした名前に自信が足りなかったから……だけでは、ない。

 理由は二つ。一つは姿。

 頭の頂く角のような飾りに始まって、手足に纏うプロテクターや、身体をピッチリと包むボディスーツと、全てが全て常識外れ。

 

 そして、もう一つは、その表情。店に来る度に見せてくれていた爆発スマイルとは程遠く、酷く苦渋に満ちていて、今にも倒れてしまいそう。

 

 「うーん、何が何やら、おばちゃんにはよくわかんないけど」

 

 顎の先を掻きながら困ったように笑いつつ、店主は既に次の行動を決めていた。

 姿かたちなど、店主には関係がない。大事なのは、彼女が見せたその表情。

 

 こんなにも、お腹が空いていそうな子に対し、店主が掛ける言葉は一つだった。

 

 「とりあえず、おばちゃんの店でお好み焼き食べていきなさいな」

 

 にっこり笑って、店主は少女へ手を差し伸べた。

 それに対して少女――クリスらとの一夜の激戦を明けた黒い影“立花 響”は変わらない表情のままで、その手をぼぅっと見つめるばかりだった。

 




※翼さんの口調は二期からおかしくなったと良く言われてる気がしますが、明確に変わったのは一期で退院して以降だと、今回確認して初めて気づいた僕です。
※いやまぁ”おかしく”なったのは、二期以降であってる気がするけども。
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