『平和は歌を聴きに来ない』   作:-)

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※まだまだ話が続きます。
※いろんな言い訳はあとがきで。


その影に満ちる者

 「なぁ、ちょっと近くね?」

 

 席についてからこれまでについぞ食事に口をつけることなく、代わって耐えかねた不平をクリスは口にした。

 隣に座っていた響が、んぐ、とくぐもった声で応える。言うまでもなく口いっぱいに頬張ったご飯のせいだ。口内でもごもごと十分に堪能してから飲みこみ、改めて返した。

 

 「そう言ってもしようがないじゃん、ねー翼さん」

 

 言って、クリスとは逆隣に視線を送る。そこには翼が姿勢正しく座している。

 翼は整った姿勢を崩すことなく目だけを響へと向けて、一度箸を置いてから応えた。

 

 「まぁ、雪音の言い分を出来る限り飲んだ結果ではある。少し窮屈さはあるが、まぁこういうのも悪くないんじゃないか?」

 「そうそう! ちょっと狭いけど我が家って感じがなかなか、ね?」

 

 したり顔で親指を立てる響に、クリスは何とも言えない表情で額を掻いた。

 翼の言葉通り、この並び順――奥からクリス、響、翼――は、クリスの要求の結果である。より厳密に言えば、“翼と自分との間に響が入らなければ許さん”と、頑なに言い張ったことの。

 

 だが、そう主張するに至ったそもそも原因は、クリスではなく翼にあった。

 

 再び箸を取った翼の様子を伺いながら、響が小声でクリスに問いかけた。

 

 「というかさ、やけに翼さんがクリスちゃんを隣に座らせたがってたけど、なんかあっちゃったのお二人さん?」

 「……何もあっちゃわねぇよ、馬鹿」

 

 向けられる視線から、クリスは顔を背けた。

 外した視線の先にあるのは壁だけれども、見つめるものは遥か遠い……つまりはここからちょっと回想である。

 

 

 翼に連れられるような形で居間に入ったクリスらであったが、入るや否やであった。

 

 翼が、まずすーっと席に着く。

 それからくるりと振り返ったと思えばにこりと笑った。

 そして自分の隣のスペースをポンポン叩いたのだ。

 

 翼の視線は真っ直ぐに、クリスへと向けられていた。

 この間無言。終始無言。せめてなんか喋れや――というのがクリスの最初の感想であった。

 

 その直後、クリスの動きは迅速であった。

 翼の生ぬるい視線も、響のニヤニヤした視線も全て振り切って、翼と正反対の位置を確保した。それはそれは素早い動きで。

 しかしそれを追う翼の動きもまた俊速。クリスが空けていた間合いがゼロとなったのは一瞬と、まさに神業。

 

 逃れるクリス。追う翼。

 

 そんな流れが二巡三巡としばらく続いて、クリスが叫んだのが「間にあのバカ()入れやがれ!」要求なのであった。

 

 

 「ん、雪音、この玉子焼きも美味しいぞ、食べると良い」

 「……ああ、あんがとよ」

 

 クリスが自分の皿を翼の方に寄せた。その上には、未だ手つかずの料理が盛られている。全て同じように翼から受け取ったものだ。

 翼は眉を下げつつ困ったような微笑みで、その皿の端に玉子焼きを乗せた。それが可能な距離が、翼の方での妥協だった。

 

 「すいません、ご飯おかわりー!」

 「はいただいま。うふふ、響ちゃんはよく食べるから、ご飯もたくさん炊いておきましたからねぇ」

 「ホントですか!? やったー!」

 

 そんな二人の間に置かれた響だが、まるで様子は変わらない。

 留子が自分の茶碗に米をよそうのをウキウキ見守る表情には、食い意地がどうという文句も離散させられるほど。

 

 「両隣に翼さんとクリスちゃんをば侍らせて、正面には白いご飯! いやーさながら王様ですなー!」

 「やっすい王国だなオイ」

 「それもまた立花らしい……しかし立花を見習えというわけではないが、雪音はもっと食べた方がいい」

 「説教すんなよ。そんな仲か」

 

 ジロリと、クリスが翼を睨む。鋭い視線。が、翼は真っ向から見返した。特に目つきを変えることもなく、ただただじーっと。

 

 「うぐ……っ」

 

 先に居たたまれなさに屈したのはクリスだった。それも三秒と待たず。

 表情を崩し、ぷいと顔を背け、漫然と食事に向かう。

 箸には未だ慣れず、たまごやき一つ掴むのも覚束ない。だが、翼から気を逸らすにはちょうどよかった。おかげで、翼の目が微笑ましいものを見るそれと変わったのにも気づかずに済んだ。

 

 「ん、全員集まってるな」

 

 部屋の中へと入ってきた弦十郎が、並ぶクリスらの顔ぶれに笑みを見せた。

 

 「もがっ、ひほー! ほはほーほはーはふ!!」

 「おはようございます。伯父様」

 「ん……」

 

 元気一杯口の中も満杯な響がいれば、翼は姿勢を正して小さく会釈する。クリスに到っては、ちょっとの一瞥だけ。

 三者三様な返事を受けて楽し気に笑いつつ、弦十郎は表情を引き締め直して翼へと声を掛けた。

 

 「忙しいところ急に呼びつけてすまなかったな」

 「いえ、仕事は先日一段落ついたところでしたので……それにこの身は剣にして、この魂は防人。火急とあれば如何なる事態であっても駆け付ける所存です」

 

 応える翼の表情は凛々しい。

 ……その横顔を、クリスが見つめていた。目を細めて、静かに、じっと。

 

 「あれれー、なにかなクリスちゃんじっとこっちのこと見ちゃって。いやん、ちょっとドキがムネムネしてきちゃう」

 「そうか、まぁ一個もらうぞ」

 「あぁー! 楽しみに残してたおシャケさんがぁーっ!! 卑劣! 外道! 自分の前にそんだけ残してんだからそっち食べればいいじゃん!?」

 「何でも寄越すと言ったろ」

 「要相談ともー!!」

 

 騒ぐ二人に、翼がたしなめの意味を込めて一つ咳ばらい。なお、届きはしなかった。

 

 そんな様子に再び表情を綻ばせつつ、弦十朗が声を上げた。

 

 「そのままでいいから聞いてくれ、昨日の件について顛末を報告する」

 

 その言葉を聞くや否や、響とクリスらの喧噪がピタリと止まった。当事者である二人としては気にならないはずがなかった。

 そんな二人を余所に、弦十郎はチラリと留子へと目配せした。それだけで彼女はその意図を理解したようで、一礼し、

 

 「では、失礼いたしますわ……旦那様もお嬢様も、どうかご無理はなさらずに」

 

 それだけ言って、部屋を後にした。

 

 「さて、じゃあ聞かせてもらおうか」

 

 留子が去るの見届けてから、クリスが前のめりに姿勢を崩しながら言う。後の続き促すように、翼が呟いた。

 

 「道中で緒川さんより聞き及んだところでは、なんでも立花の紛い物が現れたと――」

 「いや、まだ“偽物”って決まったわけじゃ……」

 

 翼の言葉に割り込んで、響が声を上げた。

 クリスは思わず鼻で笑ってしまった。

 

 「何に気をお利かせさしあげてるのかは知らないが、あれが偽物じゃなきゃ一体なんだってんだ」

 「それは、わかんないけどほら、偶然の一致とか……もしかしたらむしろこっちが後発、パクリって可能性もないわけではない感じがないこともなくも……」

 「ほぅ、じゃあ偽物にはここで消えてもらうとするか」

 「ごめん! 今のは言いすぎた! 私は正真正銘の立花響15歳誕生日は9月13日で血液型は――」

 「だが、立花の言うことにも一理ある」

 

 は? と、クリスと響、言い合っていた筈の二人が一つの音で重なった。ただ意味は異なる。クリスは発現内容から正気を疑ってのことだが、響は離の流れが分からなくなっただけである。

 置いてきぼりな二人を余所に、風鳴叔姪は頷きあっている。

 

 「確かに、敵の正体が不明な現状でとりあえずでも“偽物”と呼称するのは些か不適切かもしれんな。ともすれば、その正体について見誤りかねない」

 「はい、さすが立花です。私たちがつい取りこぼしてしまう奇抜な視点も拾いあげてくれます」

 

 本人の目の前なのに、本人に関与しないところで、響の評価はぐぐんと上がっていく。

 当の本人はなんのこっちゃ分からないものだから、困った表情でとりあえず目の前のご飯を食んでいた。

 そんな響に、クリスが耳打ちで尋ねる。

 

 「お前、なに、そういうご大層な考えで聞いてたのかよ?」

 「むぐ、えっと、わたしはただ、一方的に偽物呼ばわりするのは可哀想かなーと」

 

 まぁそうだろうな、とクリスは肩を落とした。

 何はともあれ、話は大きく脱線してしまった。弦十郎も翼も、相応しい呼び名の捻出に頭を捻りこんでいる。

 響の一言のせいだろうが、それに乗っかる形を取ってしまったクリスにも責任の一端はあるだろう。

 早いところ“立花 響”のその後も知りたいので、多少雑にでも話を戻そうと声を荒げた。

 

 「めんっっっどくせぇなぁオイ!! 偽物呼びがマズいってんなら呼び方なんざいくらでもあんだろ!? バカBとかバカ二号とか、変態装者バカ影とかなんでもいいだろ!!」

 「ちょっとバカ推しが過ぎないそのラインナップ!?」

 

 響の悲しいツッコミも何のその、クリスはどうだ違いあるまいと指まで突きつけて言い放つ。

 すると、翼と弦十郎は顔を見合わせ、指まで突き合わせ、全く同じタイミングで言った。

 

 ――――影。

 

 「……は?」

 「クリスくんが最後に言っただろう? “影”、と。報告を受けた限り、まさに件の黒い響くんは“影”と言えるのではないか?」

 

 弦十郎に言われて、クリスは昨夜死闘を演じた“立花 響”のことを思い返した。

 

 ガングニールを纏った響に酷似した姿。その全身は、闇で以て染め上げたかのように灰黒い。

 度重ねた攻撃で容易に形を崩しながらも、しかし力は変わらず、少しの時間を重ねれば姿さえも元に戻して見せる様は、さながら幻影のよう。

 

 「……まぁ、影といえば影っぽかったかも、なぁ?」

 

 訊きながら響へと視線を飛ばすが、響は何も言わず首を傾げるだけだった。偽物呼びが不服だった理由が理由なため、自分の影呼ばわりでは結局不服なことに変わりないのだろう。

 ……ただ何も言わなかったのは口の中がご飯で一杯だっただけである。

 

 「影なる撃槍、幻の如くおぼろげながら決して消えず……さながら“幻槍・シャドウガングニール”、と言ったところか」

 

 言ったところかじゃねぇよやけにスラスラ出たな常日頃からそんなこと考えてでもいるのかお前――と、口を衝いて出かけた翼へのツッコミを、口の中で放り込んだ玉子焼き諸共に飲みこむクリスであった。もうめんどうくさかった。

 

 「では、シャドウガングニール……シャドウについて、昨夜からの顛末を報告する」

 

 既に呼び方が定着し略称まで誕生した。風通しの良い職場である。

 

 「あの戦いの後、周囲を捜索させたがそちらの収穫はなし。そこでこちらの方でフォニックゲインを追跡したんだが……」

 「おいまさかそっちも外したのか? 大丈夫なのかよここの設備」

 「いや、確かに本来の物より少し旧型だが、藤尭さん達なら十分カバー可能なレベルの筈……ですね、叔父様」

 

 クリスの苦言への翼の反論、それに対して弦十郎は頷いた。

 

 「捕捉は十分に行えていた。だが、途中までだ。シャドウから発せられていたフォニックゲインは徐々に減少していき、最終的に検知不可能な域にまで至った」

 「それって、途中でシンフォギアを解除したってことですよね?」

 

 どうにか置いて行かれまいと、響が訊ねた。消化に悪いことを覚悟の上で頭をフル回転させての問いであったが、弦十郎は無慈悲にも首を横に振った。

 

 「フォニックゲインの減り方がギアを解除した時のものとは明らかに違っていた。ギアの解除時は、検知不可域に到る前に一気に離散するからな」

 「つまり、あの子の場合はこう……じわじわ減っていった訳ですね!」

 

 言いながら、響は自らの前にある茶碗を見せた。なるほど確かにその中身は随分と減っている。先ほどよそってもらったばかりの筈なのに。

 

 「で、機械じゃ見つからなかったので諦めましたー、な訳ぁないよな諜報部上がり?」

 「無論だ。足を使うのも俺たちの得意分野だからな。その中で、一つ興味深いことがあった」

 「へぇ、何か分かったのか」

 「いや、逆だ。分からなかったんだ」

 「お、おぉ?」

 

 奇妙な物言いに怪訝な表情を見せるクリス。一瞬開き直りかと思ったが、弦十朗への一応の信頼がそれを否定してくれた。

 

 「エネルギー反応の消失地点からシャドウの逃走した方角はおおよそ絞り込めていた。その中からより確かな潜伏先を特定すべく、消失地点周囲における監視カメラの記録を全て改めたんだが……」

 

 そこで一端言葉を止めて、弦十朗は歪んだ表情で頭を掻いた。思い出すのも忌ま忌ましい、と言わんばかりである。それだけで、ただ監視カメラに何も映っていなかっただけでないことは見て取れた。

 

 「それらの記録は全て削除されていた。昨晩から俺達が確認するまでの分だけが、全てな」

 

 装者たち三人共――響さえも――その内容の異質さに驚きを隠せなかった。

 昨晩の戦いからは未だ一夜明けたばかりであり、また二課の調査だって非常に迅速なものだった筈。

 にも関わらず、二課以上の速さで監視カメラを抑え、そのデータを抹消した……。

 

 「あの、それって所謂ハッキング? ってやつですか?」

 

 響の問いに、弦十朗はまたも頭を振った。

 

 「カメラの中にはネットワークに接続されていない旧式も存在したんだ。しかし、それらさえ全て例外なく、な」

 

 突き付けられた更なる異常に、響は柄にもなく考え込んでしまう。

 それは翼やクリスらも同じだった。

 

 どうやったのだろうか。

 いつやったのだろうか。

 

 数々の疑問が浮かんでいく。

 

 しかし、ただ一つ。ある問いにだけは、全員が共通の予想を持っていた――響一人を除いて。

 

 「しかしまぁ、情報系の異常事態となれば、結局゛連中゛に行き着くか」

 

 クリスが憎々し気に吐き捨てる。

 

 「あぁ……昨夜の施設調査でのノイズ発生といい、思った以上に大きな何かなのかもしれんな、゛アレ゛は」

 

 弦十朗が忌々し気に言う。

 

 「掛かる危難は全て斬って払う覚悟ではありますが、どうやら聞きしに勝る曖昧模糊たる゛輩゛のようですね」

 

 翼が悩まし気に吐きだした。

 

 最後の問い、即ち“一体誰がやったのか”。

 三者一様に並べた言葉はその答え。

  憎々しく忌々しく悩ましい、“連中”か“アレ”か、はたまた“奴”か。

 

 正体不明の存在不肖。目下二課を煩わせる目の上のタンコブ、ともすれば心臓に巣食った癌。

 

 唯一分かっている“それ”の名前を、狙ってなのか偶然なのか、その場の三人がぴったりと重ねて口にした――――

 

 

 ――”バック・コーラス“――

 

 

 




※正直無駄に引っ張りすぎな自覚はあります。
※今回で”バック・コーラス”他諸々の説明してひと段落付けるつもりでした。しかし予想以上に上手くいかず、まだかなり時間と文章量が掛かりそうだったのでとりあえず一度キリのいいところまでを更新した次第です。主に自分のために。
※10月中に一度しか更新できなかったのはホントに情けない限りです……。
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