「わははははははっ」
集会所の酒場に、野太い笑い声が響いた。酔った髭面の男が赤ら顔で大爆笑していた。テーブルの向かいに座る、少年とも青年とも付かない若いハンターは、ふくれっ面で髭面を睨む。
「笑わないでください」
「ひひっ、いや、無理だわ、がははは」
凄みを出したつもりの青年の顔を見て、髭面は容赦なく声を上げて笑った。
「だってお前さぁ、モスにぶつかられて捻挫したからクエスト中止って、ひぃひぃ......あー、おもしろ」
「俺は面白くないっす!」
青年が勢いよく立ち上がろうとして、包帯でグルグル巻きにされた足首に鋭い痛みが走って呻く。
隣の席でパスタを食べている痩せ気味の男が言った。
「まあまあ、よくあることだよ。その、初クエストでそれってのは、かなり運悪いけどさ」
別のテーブルからもフォローが飛ぶ。
「そうそう。生きて帰れただけでも上出来だって」
「あたしもモスには何回か焼き入れられたよー」
「ソロで活躍とか無理だべ。地道が一番」
確かに、と青年は俯く。
夢見ていた輝かしいドラゴンキラーの英雄にはほど遠く、豚に転ばされるという最低の初陣だったが、こんなのは何処でも誰でもある失敗なのだ。
思い上がるな。思い上がる奴から死んでいく。教習所でもつい先日まで、叩き込まれてきた教訓である。
俺も凡人に過ぎないんだよな。
そんな諦めに似た気持ちが湧いてくる。
「なに言ってんだ!男ならやっぱデケェことしなきゃなんねぇぜ!」
髭面が周りに叫んだ。笑ってはいるが、さっきまでの蕩けた表情でなく、真剣な眼差しで新入りの青年を見つめる。
「デケェことって?」
痩せ気味が聞く。彼の腹のどこに入るのか、いつの間にか追加のパスタを食べ始めていた。
髭面は太い腕でジョッキを掴み、半分ほど残っていた酒を全部のどに流し込んだ。野太いゲップが出る。
「そりゃあドラゴンキラーよ!レイアやレウスなんかをぶっ倒すのさ!」
一瞬、酒場がシンと静まりかえった。皆が近くに座るお互いの顔を見合わせる。
その後には、音爆弾みたいな大笑いが起こった。
男たちの馬鹿笑いがこだまして、ウェイトレス等の女性陣も口元を隠し、声を抑えて笑っている。言った髭面まで、愉快そうに笑っていた。
その中で一人だけ、青年だけがポカンと呆けている。
「いやー笑った。やっぱり凄いよあんた。本気で言ってんだもん」
「な、なんで笑うんですか!」
涙を拭う痩せ気味の言葉に、硬直から解けた青年が噛みつく。自分と同じ夢を語る男をバカにされていると思ったのだ。
「いいじゃないすか、夢見るくらい!笑うことないでしょ!」
青年の剣幕に少し驚きつつも、痩せ気味は落ち着かせるように微笑んだ。
「あー、バカにしてるわけじゃないんだ。むしろな、俺たちはこの人を尊敬してるんだよ」
「えっ」
毒気を抜かれた青年が、笑いがある程度治まった周囲をキョロキョロ見渡す。
バカにしていると言うには皆の表情は明るく、嬉しさが見えた。心なしか、さっきよりも酒場全体の雰囲気が華やいでいるようだ。
「皆同じさ。ハンターを志した奴なら誰だって、あの強大な竜を狩りたいと思う。名声を、一身に浴びる自分を夢に見るものなのさ」
「でも、教習所でそんなことは絶対に考えるなって」
「そりゃ教官はそう言うしかないだろ。でもな、そう押し殺せるもんじゃないさ。本当の自分の願いは」
「押し殺す必要などない!」
受付嬢におかわりのエールをもらった髭面が、話に割って入る。痩せ気味は譲るように笑って黙った。
「夢を見ずに何がハンターだ!俺はいつかやってやるぞ。ここにいる仲間と、大老殿の優秀な奴らも巻き込んで並みいる飛竜を狩ってやる」
キラキラと輝く武具を身につけ、空と陸を統べる飛竜を手に凱旋してくる精鋭たちを思い浮かべ、青年はうっとりした。その中に自分もいたら、どれほどの幸せか。
「いやいや。それだけじゃねえ。あの古龍って呼ばれる化物たちすら倒して、伝説になってやらあ!」
いいぞいいぞと、他の席の酔っ払いから野次が飛んでくる。
髭面はスターのように腕を振りかざして声援に答える。調子に乗って空いてるテーブルによじ登り、古龍討伐の寸劇なんかを始めた。
囃し立てる声はさらに高まり、酒盛りはお祭り騒ぎの様相へ。
「こらぁ!」
そこへ受付嬢がやってきた。木のお盆で髭面の尻をひっぱたく。古龍にとどめを刺そうとしていた髭面は少女の一撃に、ステージの上から転がり落ちた。
「誰が掃除すると思ってるんですか!それにもし壊したら弁償ですからね、弁償っ」
「英雄が受付嬢に負けてらあ」
皆が笑う。青年もいつの間にか、破顔して手を叩き笑っていた。
楽しげな笑い声に集会所は彩られ、星よりも輝かしい夢の話が、街の夜を照らしていた。
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墓前に、一人の男が膝をつき、祈りを捧げている。
黙祷する男は青年ほどの若さであった。いつからそうしているのか、その必死さはどこか痛ましく、反対にどこか神聖でもある。
その後ろから声がかかる。
「よう。また来てたのかい」
よほど熱心だったのか、気配に気付かなかった青年は驚いたように、勢いよく後ろを振り返った。視線の先で、少し頬がこけている痩せ気味の男が、沈痛な微笑みを浮かべて立っていた。
彼を見た青年はホッと息を吐き、また滑らかな石で作られた墓に向き直る。
「ええ。狩りの前は、こうすると落ち着くんです」
「そっか......あれからもう、一年も経つな」
何か言おうとして、青年がぐっと言葉を飲み込んだ。
その様子を見てから、痩せ気味の男は言った。
「強かったよな、あの人は」
「......でも」
震える声で、青年が言う。
「でも、死にました」
痩せ気味は持ってきていた酒ビンの栓を抜いて、墓の棚に置いてある石の杯に、静かに酒を注いだ。
青年は独り言のように続ける。
「強くても、死んでしまいました」
痩せ気味の男は、自分も直接ビンに口をつけて飲み、どう答えたものかと頬を擦った。
しばらくしてから、痩せ気味は口を開いた。
「あの人がどう戦ったか、話したよな」
青年は振り返らず答える。
「ええ、何度も。興奮したイャンクックがベースキャンプを壊そうとするのを、止めようとしたんでしょう。たった一人で」
イャンクックとは巨大な鳥の名である。火のタンを吐き出し、岩みたいな甲殻を持つ、個体によっては民家より大きい怪鳥。
これを討伐するためには、ボウガンを中心とした連合部隊を組むのが望ましいとされている。近接戦は緊急時のみ。それも単身とくれば、断崖の身投げよりも背筋が凍る話である。
「あの時、もしベースキャンプ──俺たちの船がやられていたら、俺を含めた12人のハンターと1人の観測員、それからアイルー4匹が、あの孤島に閉じ込められることになった」
青年は黙って痩せ気味の話を聞く。
「実際には、ランゴスタにやられた重症者がいたからな。あのままだったら、船ごと殺されていた」
「だから、命をかけて立ち向かった、と」
「そうだ」
普段の飄々とした様子はなく、痩せ気味の男は力強く言った。
「イャンクックに最後のアタックをかけようと俺たちは躍起になって奴を探し回っていた。怪我人の看病と見張りでキャンプ残った、あの人以外はな」
「皮肉なもんだよな。結局、手薄になった俺たちの拠点を、あの人は必死こいて守り抜いてくれた」
「仲間の一人が異変に気がついて戻ってみれば、空へ逃げていくイャンクックと、右半身が焼け焦げたあの人が倒れていた」
一言一言が、青年の胸に深く突き刺さる。
捻挫などしていなければ。自分がもし一緒に行けていたら、もっと違った結果になったんじゃないか。一年経った今も、そんな考えが過る。
理性では、それが妄想であると分かっていた。過ぎた時間も失った命も、どうやったって戻らないのだ。狩人になってから一年と少しの間に、青年はそんな摂理を骨身に染ませていた。
「もう息絶えていたあの人は、無事な方の左手でしっかり剣を握っていたよ。すげえよな。身体の半分使い物にならなくされても、戦おうとしたんだよ」
頭の中でグルグル回る妄想を振り払うように、青年は言った。
「まったく、どうやったんだか。普通に火の玉くらってもそうはならないですよね」
語り口調が熱っぽくなっていた痩せ気味は、少し考えてから答えた。
「たぶん。嘴でくわえられて、直に浴びせられたんだと思う」
「うわぁ」
地獄のような想像に、青年が呻く。それが存外間抜けた声で、話題に反してほんのちょっと雰囲気が和らいだ。
痩せ気味が空を見上げた。遠い青空には、飛行に特化した小型の鳥竜が群れをなして飛んでいる。
「本当、本当にあの人は、強かったんだ。若いときには、デカい猪の突進を真正面から受け止められたんだぜ」
「敵わないなあ。俺なんかモスにも負けちゃいましたよ」
青年の言葉に痩せ気味が苦笑する。
「一年前だろ、それは。体も出来てきて、今ならあの人の後釜にもなれるんじゃないかって、パーティ内でも噂になってるぞ」
「まだまだですよ。全然敵いません。化け物に単身で挑むなんて、まるで英雄じゃないですか」
青年は取り合わない。遥か彼方の憧憬を見つめるように、遠くを眺めている。その真剣な瞳が、謙遜ではなく心からの言葉だと物語っている。
痩せ気味が、妙に大人になってしまった青年に肩をすくめて言った。
「そろそろ行こうか。皆待ってる」
青年が立ち上がり、墓に一礼してから背を向けた。
「はい。ランポス5匹の討伐でしたね」
「ついでにアプトノスのメスも狩っていくかって話になってる。今は繁殖期の始めで肉が美味いからな。高く売れるぞ」
「くれぐれもランポスの獲物を横取りはしないでくださいよ。奴ら、5匹どころか群れ総出で追っかけて来ますからね」
「へいへい。頼もしくなっちまったな、まったく」
痩せ気味は鼻クソをほじりながら言って、ふと、また真面目な顔つきに戻った。
「なあ、一年前さ、集会所であの人が叫んだ夢、覚えているか」
歩き出していた青年は立ち止まり、間を置いてから答えた。
「ええ。ドラゴンキラー、でしたね」
「そのさ、可能だと、思うかい」
今度は痩せ気味の声が震えてた。
くぐもったような質問に、しかし、青年は晴れやかに笑った。その笑顔が、かつての髭面の男にどこか似ている。
「当然です。どんな不可能も可能にしましょう。俺たちは、ハンターなんですから」
豪快で穏和な、その明け透けな笑顔に連られて、痩せ気味の男も笑った。懐かしくて、堪えないと涙が出そうになった
「そうだな。俺たちはハンターだ」
ハンターたちは今日も狩りに出る。ある者は富を求め。ある者は名声を求め。そうして人々の生活を支えていく。
モンスターが蔓延り、人間が自然と共存していた数世紀。厳しくも輝かしい時代がそこにあった。
▼
おわり
日常系の話ですね。
どれほどのことをすれば、人は英雄になれるんでしょう。
どんな状況でも、強い敵を打ち倒せたらか。それとも、どんな敵であっても人を守るという一心で戦えばなれるものなのか。
その両方なら文句ないんですけど、なかなか現実は厳しそうです。