どうか最後までお付き合い頂けますよう、よろしくお願いします。
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「遅いですわ」
むさ苦しい男共がひしめく集会所には場違いな、少女の声が上がった。
使い古された木の椅子に厚手のクッションを敷き、さらに厚手のドレスを折り目正しく着て座っている少女は、キツい目付きで集会所の開け放たれた玄関を睨んでいる。細く白い指は苛立たしげに組んでいる腕をトントンと叩き、これでもかと焦れったさを表していた。
「遅い。遅すぎます。いったいどれほど待っているというのです」
誰に言うとでもなく声を荒げる少女に、その側で立っていた初老の男が、かしこまった様子で宥めた。
「お嬢様。まだ約束のお時間まで5分はあります」
「それがなに!」
噛みつくように怒りをぶつけられ、初老の男は「もう少しだけご辛抱ください」とだけ言って引き下がった。その張り合いのない態度が気に食わなかったのか、少女はさらに不機嫌になったようだった。
酒場と併設されているハンターの集会所には明らかに釣り合わない、いかにもお嬢様然とした少女。
彼女は実際に、貴族の令嬢だった。ハンターズギルドの重鎮と太いパイプで繋がっている貴族の一人娘である。
彼女の後ろには護衛役の兵士が五人並んでいる。貴族の家紋が彫られた立派な鎧を着る彼らもまた、賑やかな下町を思わせる酒場からは浮いていた。
少女はソワソワと腕時計と玄関に目を行き来させている。
一分経つ。もう一分経つ。
さらに分針が時計の頂点を回り、耐えられなくなったのか、少女は音を上げて立ち上がった。
「おっそーーー......い?」
叫び声が尻すぼみに小さくなる。吊り上がっていた目が丸く開いて、玄関を見つめた。
大扉の頂点に届きそうな大男が、集会所に入ってくる。少女はそれをまじまじと確認して、そして再び瞳に怒りをたぎらせた。
「遅い!ちょっと、そこの貴方!そう、背の高い貴方ですわ!」
男は、指を立てた手を上下に激しく振ってくる少女に気付き、のっそりと無表情に、少女がいるテーブルまで歩み寄った。
「あんたが依頼人か」
低く唸るような声。それと近寄られれば自分を遥かに見下ろす長身に、少女は僅かに怯んだ。
「そ、そうです。私がこの度、貴方を指名した、アニータ・リオハートです」
「そうか」
男は少女───アニータが名乗り上げている最中にドカッと腰を下ろし、おずおずと注文を取りに来ていたウェイトレスに酒を要求する。
あまりに無作法なその態度にアニータは絶句し、それを見かねた護衛兵の一人が男に詰め寄った。
「貴様、無礼だぞ。この方をどなたと心得て......」
「ま、待って!」
兵士がそこまで言いかけて、アニータが割って入った。
「この人と話しているのは、私です。私が一人で話をつけます」
仕えている相手にそう言われ、不承不承、兵士は元の位置に下がった。
男はまるで気にした様子はなく、運ばれてきた酒をグラスになみなみ注いで飲み始めた。
「この度は依頼をお受けいただき、ありがとうございます。まずは自己紹介から......」
「もう知っているからいい。それより、依頼書は持ってきたか」
仕切り直しの挨拶すら遮られ、アニータは屈辱と怒りに打ち震えた。今までに、ここまで庶民にぞんざいに扱われたことなど、彼女はまるで経験がなかった。
しかし気丈にも爆発しかけたものを飲み下し、いかにも高級そうな手提げ鞄から、折り畳まれた依頼書を取り出した。
「これですわ。ご確認を」
手渡しでそれを受け取り、男はじっくりと目を通す。しばらくして読み終えたのか、視線をまだ立ったままのアニータに向ける。
「ここにある内容は了解した。だが、その後ろの連中はなんだ。聞いてもいないぞ」
男がアニータの後ろに控える五人の兵士をじろりと見回す。兵士のうちの何人かは、気圧されたように後ずさった。
「私の護衛の兵士です。私は別にいらないと言ったのですが、お父様がどうしても付けろとおっしゃいまして......この五名も同行しますの」
それを聞いた男の眉間にシワが寄った。邪魔だと言わんばかりの態度である。
「いいだろう。ただし俺の契約はあくまで、あんた一人の安全を守ることだ。そいつらまで対象には入れない。いいな」
今度は兵士たちに敵意がこもる。男に聞こえないほどの声量で「ならず者が」という呟きが漏れた。
「かまいません。その依頼書に書かれた内容が全てですわ」
「分かった」
男はそう言って判子と朱肉を取り出して、依頼の受領に印を押した。
龍を形取った赤い判を見て、アニータは納得したと言うように頷いた。
「これで依頼手続きは完了、ですわね。それにしても貴方、どれだけ私が待ったのかお分かりになって?あまりにも無礼が過ぎますわ」
アニータの毅然とした物言いに、男は相変わらずの無表情で答えた。
「俺は時間通りに来たはずだ」
「紳士であれば、約束よりも早く来て、淑女を待たせないものです」
男は面倒くさそうにグラスに残った酒を煽る。ボトルで置かれた琥珀色の酒は、いつの間にか半分ほどに減っている。それなのに男の顔は赤くもなっていなかった。
「知らんな。俺は紳士なんかじゃない」
ボトルに栓をして、男が立ち上がった。座っていてようやく立ったアニータと目線が重なっていたが、アニータはまた見上げることとなり、その巨体に圧倒された。
「用件は済んだな。じゃあ次はクエストの当日に......」
男がそう言いかけたところで、今まで黙っていた執事が歩み出て、男に言った。
「ああ、そうそう。今回のクエストには執事である私も付き添わさせていただきますので、よろしくお願いします」
「はあ?」
初めて男が無表情を崩した。訳が分からんと言いたげな顔で、アニータを見る。
男を見上げていたアニータは視線が合うと、目を逸らすように、こくりと頷いた。
「執事も、私の護衛ですわ」
頭痛をほぐすような仕草で眉間を揉む男に対し、さらに執事が言葉を重ねる。
「その他にも、もう一つのハンターのグループにも依頼を出しています。こちらは三名ほどですが」
「ちょっと!」
うんざりした男より先に、アニータが執事に抗議した。
「先日会った、あの男たちも本当に連れていくの!? 信じられない! だって、これは私が決めるべきことなのよ。お父様にも、そう言われたのよ」
瞳を潤ませて激昂するアニータに、執事は至って温和な口調で諭す。
「これでも足りないくらいなのです。お嬢様、貴女にもしものことがあれば、私は旦那様に顔向けができません。どうかご理解ください」
執事と少女が睨み合う。
アニータは今にも泣き出しそうに執事を睨み、執事は何を考えているのか、穏やかに彼女の目を見据えている。
「まあ、どうでもいい。邪魔はするなよ」
蚊帳の外に出されて内輪揉めを見せられた男は、辟易したように言った。これ以上は話すことなどないと、酒場から去って行く。
遠くなる男の背中をしばらく見つめて、アニータは向き直らずに執事に言葉を投げた。
「もういい。今日は、帰るわ。明後日には出発だから、その準備もしなくちゃいけないし」
そこまで言って、横目で執事を睨む。その目には思春期の少女らしい純粋さと、屈折した思いが入り交じった複雑な感情の光が宿っていた。
「後でその勝手に契約した依頼書を私に見せなさい。いい? 命令ですからね」
「仰せのままに」
恭しくお辞儀をする執事にフンッと鼻を鳴らし、アニータも大股で肩を怒らせ、酒場から出て行った。執事がクッションを持って彼女に続き、ずっと待ちぼうけを食らっていた護衛兵たちも、慌ててその後を追った。
彼らのやり取りを肴に酒を飲んでいた周りの連中は、すぐにとりとめもないことを喋り出して、酒場はまた平時の空気に戻っていった。
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酒場での一件があった、その翌日の晩。
アニータは荷物の整理を終えて、額の汗を拭った。
特大の旅行カバンは、化粧道具やクッキーなどのお菓子、そしてたっぷりの着替えでメタボリックに膨れ上がっていた。
「これだけあれば、たぶん大丈夫ですわ」
二泊三日の野宿をしに行くとは到底思えない大荷物の前で、アニータは満足そうだった。
家と学校を行き来するだけしかしてこなかったアニータには、旅に何を持って行ったらいいかなど検討も付かなかったのだ。
そもそも、今回のクエストの目的は、彼女の世間知らずを矯正することにある。
アニータはあともう少しで十六歳、つまり成人となり、そのすぐ後には婚約している相手と契りを結ぶこととなる。
しかし婚儀を控えたお嬢様は、お世辞にも大人びているとは言えなかった。ずっと箱入り娘として育てられた───彼女の場合は放任されていたと言う方が正しいが───そのツケが今回、成人式を迎えるにあたって回ってきた。
ハンターズギルドの重鎮とコネを持つ貴族の令嬢とは思えないほど外の世界に無知であり、ハンターへの依頼の仕方から、ギルド内部の仕組みまで、何も知らなかったのである。そんな彼女が成人して世間に出るということは、火の起こし方も分からない子どもを野山に置きざりにするようなものだ。
つい最近になってようやく、その問題に気付いた彼女の父親が慌てて執事に相談したところ、
『何かを学ぶなら、本職に付いていくのが手っ取り早い』
という助言を得て今に至る。
世間を学ぶ。その想いを胸に抱えて、アニータは小さな拳を握った。
「お父様、私はやり遂げて見せますわ。そうすればお父様は私を見てくださるし、きっと、私もお父様のことが少しは分かるわ」
アニータが父親から言い渡された用件は、自分でハンターに依頼を出し、それに同行するというものである。その結果をレポートとしてまとめて提出するまでが、今回の彼女の試練だった。
つまりは、お使いのようなものだ。
最初、ならば巨大モンスターを間近で見たいと言い出したアニータだったが、それは父を驚かせただけで当然叶いはしなかった。
執事の仕切りのもと、三日間だけ大自然のなかで過ごしてみる、という内容に落ち着いた次第である。
これまで一度もなかった父の言い付けに従って、自分で一からやりたいと願うアニータは執事に反発していたが、今ではすっかりキャンプに思いを馳せていた。
「ああ、いったいどんな三日間になるのかしら。ケルビって図鑑で見たらとても可愛らしかったし、是非会いたいわ。満天の星空というのも、生まれてこの方、見たことがないわね......あ、もうこんな時間」
やりたいこと、見たいものを想像しメモに書いていたら 置時計が鳴り、もう深夜であることを知った。
明日に備えてもう寝ようと、寝巻きに着替えたところで「そうだわ」とアニータは手を打った。
「お茶の葉を忘れていました。クッキーを食べるのに紅茶がないだなんて、まるで拷問じゃない」
すでに押しくらまんじゅう状態の鞄のどこに詰めるというのか、さっそく厨房まで取りに行く。
自分の部屋を出て階段を下り、屋敷の反対側にあるキッチンまで行こうとしたその途中で、アニータは足を止めた。
「だから、もう少し兵をだな......」
通りすぎようとした部屋から聞こえてきたのは、父の声だった。仕事が忙しく、ほとんど家を空けている父。前に会ったのは、アニータに課題を出した一週間も前のことだ。
久しぶりに聞いたその声に、アニータの胸は弾んだ。
「お気持ちは分かります。しかし、お嬢様も大人数で行くことは嫌ってらっしゃいますので」
もう一方の声は執事のものだ。物音を立てないよう耳を扉にくっつけてみるに、どうやらアニータが明日から出向くクエストについて話しているようだった。
「しかしあれに万が一のことがあっては」
「大丈夫です。私が選んだハンターのチームは腕利きですし、我が家の護衛兵も付いています。それに、お嬢様がお選びになったハンターも精鋭の中の精鋭、G級でございます」
アニータはその会話に、大変な喜びを覚えた。
父と話した記憶は少なく、しかもそのどれもが大して面白くもない、仕事の話ばかりだった。幼い頃から今の時分まで、構ってもらえなかった寂しさが思い出の大半を占めている。
そんな父が自分を心配してくれているというだけで、アニータには舞い上がるような幸せだった。
そして執事も、その言葉は密かにアニータの意向を十分汲み取ろうとしているように聞こえる。アニータが全て一人で取り仕切りたいことを知っていて、しかし現実として彼女を守らなければいけないために、妥協点を探してくれたのだ。
(お父様には感謝を......執事には、謝らなくてはいけないわ。私、すっかり勘違いしてしまって)
自分はしっかり、見てもらえていた。
じんわり胸に暖かいものが広がって、一人ぼっちの苦しさが和らいだような気がした。
「うむ、しかしだな、やはり娘の身に万が一なにかあっては......」
父のモヤモヤした話し方に、アニータは口に手を当てて声を抑えて笑う。
(全くもう、いくらなんでも心配しすぎですわ)
遠くにいた父を、扉越しでも今は近くに感じる。それがアニータには堪らなく嬉しかった。
しかし、それは儚くも崩れ落ちた。
「なにかあっては、我が家のこれからがだな......」
父のその言葉を聞いたとき、目を瞑って聞き耳を立てていたアニータは、衝撃のあまり大きな瞳を見開いて固まった。
「あれが婚約者と上手くやり、我が家の跡取りを残してくれなければ困るのだ」
アニータは愕然とした。天国から地獄へまっ逆さまに叩き付けられた気分だった。喜びに溢れていた心に、冷たく黒いものが覆い被さった感覚がした。
父は、アニータを見てくれていたわけではなかったのだ。アニータを通した先にある、自分と家の安泰だけが、彼の目には映っている。
それをしっかりと理解したアニータは、無意識のうちに涙を流していた。悔しさから下唇を噛み締める。
騙されたと思った。裏切られたとも思った。自分が可哀想だとも、同時にどうしようもない能天気だとも思った。
勝手に期待して、バカみたいだと思った。
もうその場にいるのが苦しくて、気配を消す余裕もなく、アニータは自分の部屋に駆け出した。
(分からない。私には、お父様が全然分からない)
途中ですれ違った使用人がどうしたのかと聞いてくるのにも気付かず、顔を伏せて部屋に飛び込み、乱暴に鍵を閉める。
ズルズルと扉に背を預けたまま床に座り込み、アニータはついに、めそめそと静かに泣き始めた。置いてけぼりにされた子どものように、すすり泣いた。
薄々感づいてはいた。父親が、自分のことなどどうとも思っていないことくらい。だからこそ、今回の試練で成長し、認めてもらいたかったのだ。その為なら、政略に満ちた結婚だってするつもりだ。
しかしやはり、誰にも愛されていないという事実は、少女には酷であった。
やがて泣き疲れて涙も止まり、もう寝なければとベッドに仰向けになる。赤く腫れた目尻はいつもより鋭さを増して、ベッドの天蓋を睨んだ。
「見返してやるわ。いつか、必ず」
▼
翌朝、アニータは護衛兵と執事を含めた七人で、ハンターズギルド集会所へ向かっていた。アニータが持つ鞄は今にもはち切れそうで、キャスターが付いているとは言え、歩くのも四苦八苦といった様子だ。
護衛兵の一人が何回目かになる台詞を言う。
「お嬢様、我らがお持ちしますので......」
アニータは乱れた息遣いでそれを突っぱねる。
「結構、です。これっ、くらい、自分で持て、ます」
ようやく集会所へ着いたときには、約束の時間のギリギリ一分前だった。間に合ったことに安堵し、アニータは酒場へ入っていく。
「あら」
どこに座ろうかと見回した彼女が、奥の席に座って食事をとっている大男を見つけた。
「今日は先に来ていらしたのね」
男に近付き、やや挑発的な口調でそう言う。男は顔をあげてアニータを見てから、ああ、と短く返事をして、また黙々と食べ始めた。
厚切りのベーコンやオニオンやトマトが大雑把に挟まったサンドイッチを頬張る。アニータがいつも食べるものの三倍はある大きさだが、男が持てば普通のサイズに見える。それがもう二個、木の皿に乗っている。
手に持っていたサンドイッチを数口で食べ切った男は、コーヒーを啜ってから口を開いた。
「待たせるなと、お前が言ったことだ」
アニータは僅かに眉を上げた。まさかこの男が、そんなことを覚えていたとは、意外だった。
少し機嫌を良くして、また椅子にクッションを置き、その上に座る。
「食うか」
正面に座ったアニータに、男がサンドイッチの皿を押し出した。
いっぱいに広げた手の平よりも大きいそれを見て少し怖じ気づき、男に断りを入れる。
「いえ、もう食べてきましたわ。ごめんあそばせ」
「そうか」
男は無愛想にそう言うと、また巨大サンドを手に取ってかぶりつく。
たいして時間もかけずに食べ切った男は、コーヒーのおかわりを頼んでから、アニータに話しかけた。
「クエストの段取りの再確認をしたい。俺以外に依頼したって言うハンターはまだいないのか」
アニータが答える前に、執事が言った。
「もう少しで来るはずですが......ああ、彼らです」
玄関を振り返った執事がこちらにやって来る三人組を見つけて手を上げた。三人のうちの先頭にいた男が手を上げ返す。
アニータが雇ったハンターよりはいずれも小柄だが、それでも一般人から比べれば十分すぎるほどに逞しい体つきをしている。
「よお、待たせたな。執事の爺さんと、あと依頼主の嬢ちゃん。一週間ぶりか?割りの良い仕事をくれてサンキューな」
「よろしくお願いします。と言っても、私が依頼したわけではありませんが」
自分よりずっと年下のつっけんどんな口調にこたえた様子もなく、リーダー格らしい男は豪快に笑った。
「ハハハッ、相変わらず気の強い嬢ちゃんだな。んで、こっちが嬢ちゃんが雇ったって言うG級ハンターさんか」
視線を移されても興味がないといった風に、大男は無表情でコーヒーを飲んだ。
「よろしくな。あんたの噂は常々聞いてるぜ。伝説のG級と一緒に仕事ができるなんて、光栄だよ」
「ああ。足は引っ張るなよ」
ぶっきらぼうどころか喧嘩を売ってるようにしか聞こえない大男の言い方にも機嫌を悪くした様子はない。
「善処するよ。しかし引っ張るっつても、今回の依頼は嬢ちゃんのピクニックの護衛だろ?それもこんな大人数でよ」
「ピクニックですって!」
アニータは叫んで、執事が雇った男たちを睨み上げた。
「これは私が成人を迎える上で、重要な試練なのです。ピクニック呼ばわりは許しません」
「おお、怖い。けどあんたもそう聞いてクエストを受けたんだろ」
話を振られた大男は「まあな」と答えてアニータに依頼書をテーブルに出すように言った。
納得いかない様がありありと顔に出てはいるが、アニータは二枚の受領済みの依頼書を、旅行鞄とは別にして持っていたポーチから取り出して広げた。
「齟齬は、ないな」
アニータと執事がそれぞれで依頼した証明書を見比べて、大男が頷く。名義人や報酬額は違えど、依頼の内容は全く一緒だった。ハンターズギルドを通した、正式なクエスト。
「この二枚にある通り、依頼内容はアニータ・リオハートの護衛。森丘で二泊三日のキャンプをするこいつを守ること。サブの目標はなし。それでいいな?」
アニータが頷き、執事や他のハンター三人も同意を示した。
一同の反応を確認したところで、大男はアニータを見て言った。
「もう気球も飛び立つ準備はできているが......それにしても」
ジロジロと見られて居たたまれなくなったアニータは埃か何かでも付いているのかと、自分の服を叩いて埃を落としたり、シワを探してみたりした。
「な、何か変なところでも?」
町歩きにすら向かなそうなハイヒールに、フリルがついたロングスカート。そして少女の細腕ではなだらかな坂を運ぶことすら苦労するほどの大荷物。
とてもこれから大自然に赴くようには見えない。いや、外国への旅行ですらしないような格好に、大男は内心で頭を抱えた。
キャンプをするお嬢様のお守り。楽すぎる仕事だと思っていたが、どうやらハンターの本分とは違ったところで苦労しそうだった。
「とりあえず、行くか」
前途多難を思い遠い目をする大男に、苦笑する三人のハンター。執事は変わらず穏やかな微笑みを浮かべている。
「ち、ちょっと。え、何なんです?ああ、もう!教えてくださいな!」
気球を待たせてある外へ歩き出した男に、何も知らないアニータは、慌てて声をかけながら、その大きな背中を追った。