提督は夜の街に行ってみたい。   作:鉄仮面

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こんなのってないよ。あんまりだよ。

 憲兵さんに怒られて早2日。やはり夜中の外出というのは難しいらしい。だが自分は諦めなかった。

 

(それなら外泊すればいいじゃん)

 

 天才的発想に閃いたならば、後は準備だ。艦娘達に感づかれないように表情・態度共にいつも通りを装いながら必要な書類を考える。

 

 まず、休暇届と外出届は必須だ。自分の代わりとして監督する艦娘への提督代理任命書も必要。

 そんな事を考えれば、当然受け取る側の事を考えねばならない。大本営より派遣された事務官もとい事務艦の大淀だ。……この名称を考えた奴は絶対決めた時ドヤ顔してたんだろうなぁ。なんて下らない事を想う。

 事務艦である大淀には嘘を付いて許可を貰ってもいいかもしれないが、それだと何かあった時自分一人で解決せねばならなくなる。少なくとも艦娘側に全容を把握している共犯者は必要だ。

 面倒だがこれも健全な風俗デビューのため。秘書艦に大淀の居場所を聞き、内密な話をしたいからと彼女の部屋へと足を運んだ。

 

 

 

「変にテンションが高いと思えば、風俗ですか」

 

「いやぁ、先輩方から色々聞いているとやっぱり興味があるし、流石に最近ちょっと、ムラムラして……えへへ」

 

 そんな正直者の鏡と言うべき自分の告白を受けて汚物を見るような目で見てくる大淀。引いているのではない。アレは『汚いから掃除しよう』と思っているかなり事務的な目だ。今の俺には分かる。

 是非も無し。自分でもそう思う。しかしながらそんなことは重要ではない。

 

 問題はその視線すら、ちょっと快感を覚えるようになってきている事だ。もう駄目かもしれん。

 

 今や自分の性的興奮は思春期の敏感さとオッサンの広角さを両立した変態のそれになりかけている。

 やっぱりオナ禁ってするもんじゃないな。目覚めちゃいけない何かを目覚めさせているのは確定的に明らか。

 故に、風俗で行う性的上下運動によるムラムラの解消は極めて合理的。そうだと思わないか大淀よ。期待と信頼を込めて視線を送れば、大淀は眼鏡をクイッと正して答える。

 

「提督の言い分は分かりました。風俗に行きたいという理由も一応理解できます」

 

「流石大淀。いやー、優秀な部下は話が早い。飴ちゃんをあげちゃる」

 

「ですが、風俗に行くと言うなら外出申請は却下です」

 

「何故ぇ!?」

 

 事務艦突然の暴挙である。乱心したか、大淀!

 脳内幕臣一同が鯉口を切り、口々に叫んでいる。ええい出会え出会え。大淀が乱心しおった。畜生。飴ちゃんは無しだ。

 そんな自分の動揺を他所に、大淀はさらに表情一つ変えず言葉を続ける。

 

「これは詳細を省きますが、結論だけ言うと提督は死にます」

 

「え!? あ、性病? それぐらい気を付けるし、予防も避妊具も着けるつもりだし、そもそも今の御時世即死ってわけじゃ」

 

「爆発によるショック死、あるいは刺傷による失血死です」

 

「まさかの外的要因」

 

 くそぅ。何だよ何だよ。馬鹿にしおって。俺が性的経験が限りなく少ないというからデタラメなことを言いおる。

 え? いや、自分は性的経験皆無じゃねーし。

 確かに今の自分は性的経験皆無だが、ほら、今度巨乳の綺麗なお姉さんに捧げるから性的経験皆無じゃなくなるし。嘘じゃないし。これは規定事項だし。

 そんな自分から見ても阿保な事を考えているところへ、大淀は眼鏡を光らせながら驚くような事を口にした。

 

「他にも諸々理由はありますが、何より一番の理由は『海軍規範』にあります」

  

「……は?」

 

 その一言に、一瞬何を言われたか分からなかった。

 何故ここで海軍規範が出てくるのか。

 『海軍規範』とは読んで字の如く海軍軍人の心得であり、またそれを大本営が定め、一冊の本にした心得帳のようなものを指す。

 ほんの十数年前まで、艦娘という前例の無い存在に対するその運用は、いわゆる無法地帯だったという。それを憂いた当時の海相はモラル向上闘魂注入のため海軍軍人、特に艦娘を指揮する“提督”一同の日常生活のあるべき姿勢を記し、発布された。

 ちなみに強制力はかなり強い。噂によれば破った奴は全身タイツで拘束の上、首輪を付けられて自分の部下である艦娘に鎮守府周辺を散歩させられるとか。本当だとしたら、それこそモラルはどこにいったのか。

 

 閑話休題。

 さて、海軍規範はその名の通り公としての側面に対するモノだ。私生活までに及ぶほど鬼畜では、いや、待て。何故そのような考えを自分はするのか。

 悍ましい思考が過る。

 確かに、海軍規範の序章にも記載されている。入隊直前の説明会で実際の海軍規範を説明係である下士官が読み上げながら―――

 

『えー、ここに記載された通りあー、基本的には公人としての在り方について述べられているため』

 

 あの時の、下士官の言葉が反復する。

 “基本的には”。

 基本的には?

 思考が再開すると同時に嫌な予想が頭を稲妻の如く駆け巡る。

 

「呼びました?」「呼んでない」

 

 退出する第6駆を他所に、震え手を何とか操り入隊時に渡された海軍規範の書かれた辞典の様な本を取り出し、打ち込む様にページを捲っていく。

 

 ―――まさか、まさかッ!

 

 それは、禁止事項の項目に、確かにあった。

 

『艦娘ヲ指揮スル所謂“提督”各員ハ、艦娘況ヤ婦女子ニ対シ模範的軍人ノ堂々タル姿勢ヲ示スベク、又道徳上ノ理由ニ基ヅキ以下ヲ定メル。

 大本営、又ハ彼ノ指揮下ニアル艦娘ノ自由意志ニ依リ認メル場合ヲ除キ、

 

 

 

 先ノ理由ニ則リ“特例トシテ”公私ニ関ワラズ、性行為及ビ其ニ準ジル行為一切ノ之ヲ禁ズ。』

 

 ガラガラと音を立てながら未来が崩れる。

 落としたガラスの様に希望が砕ける。

 こんな事があっていいのか。

 こんな事が許されていいのか。

 人を人とも思わない悪魔の様な奴らは、戦う為だけの機械になれと俺達を地獄へ押し込める。

 

 優しく迎えてくれるのは、海鳥達だけなのか?

 

 

「こんなものぉ!」

 

 海軍規範の書かれた分厚い本を壁へと叩きつける。整理整頓されたキャビンを倒し、山のような書類が辺りに散らばる。

 あちゃーという額に手を当てた大淀の姿や大きな音に反応した艦娘のバタバタと廊下を走る音が聞こえるが、今となってはどうでも良かった。

 

 あゝ故郷の友よ。届いた絵葉書に記された『彼女ができました』という文字に、何度私が怒りの炎に焼かれたかご存知でしょうか。

 コミュニケーションツールとしてメールですら廃れ始めたこの時代に、ハイカラな水彩画と共に送られた懐かしく踊る様な喜びを表した字体に、何度私が殺意を覚えたかご存知でしょうか。

 知らないならば今度教えに行きませう。きつと気に入つてくれると思います。

 溢れる涙を拭い去り、部屋になだれ込んでくるだろう艦娘に釈明するためにも、乱れた軍服を正す。

 

 

 

 未来は無いのかもしれない。絶望に飲み込まれているのかもしれない。

 だが、それでも我々は歩み続けていくしかない。

 それだけが、我々に許された最後の縁なのだから―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁまぁ。ホラ、ここに『又ハ彼ノ指揮下ニアル艦娘ノ自由意志ニ依リ認メル場合』とありますよね? だから彼女達が提督に心を許せば、執務室で2人きりの夜戦も出来るかもしれませんよ!」

 

「は? アイツらに肉体関係迫れとか、フザケた妄想はテメェが後生大事にしてる薄い本の中だけにしとけよムッツリ眼鏡痴「おっと、精神注入棒が滑った」女ぉおおおおがあぁああああああああああ!?」

 

「失礼します! 今の大きな音は一体何ですぴゃあああああああああ!?」

 


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