テリー 冒険のその後   作:ストイコピクシー

18 / 26
第18話 ゲント族の医療

「ザンテ様、患者が運ばれてきました。50代の男性、山道を歩いていたところを足を滑らせて転落。後から来た登山者に発見され、キメラの翼を使いここまで来たようです」

看護師としての仕事もしている教会のシスターが書庫にいるザンテに言った。

「わかりました。すぐに教会の治療室に向かいます」

ザンテは本を机に置き、病院の役割も果たしている教会の一室へ行った。

意識はあるようだから外傷のみか、骨折はどの程度か、事故からどれくらいの時間が経っているのか等を考えながら。

そんなザンテの姿を見て、自身の集中力を切らさないようにシスターは自分の頬をポンポンと叩いた。

 

ゲント村に来て3年の間にザンテは美しい青年に成長していた。細長く見える身体にはぎっしりと筋肉が詰まっており、無駄な贅肉は1つも無い。ゲント僧の身の上であるが故に髪を剃っているがおそらく銀色の髪をしていることは見てとれた。少し赤みがかった瞳の彼が憂いを帯びた目をすると女性だけでなく男性も見とれてしまうことがあった。

魔族の落とし子は上級魔族によって犯され孕まされた人間の女性の子供であるということが人間の説であるが、本当は時折エルフと間違われる上級魔族の美しい容姿に心を奪われた人間の女性が自ら自身の身を捧げているのかもしれない。シスターはそう考えてしまった。

 

患者の男性はザンテの想像以上にひどい怪我だった。転落の際かろうじて両手で頭部を守っていたようだが、岩場に頭をぶつけたせいか左手前腕の骨折がみられる。一般人なので装備などしている訳がなく、薄着であるため他にも骨折やヒビが入ったところがあるのだろう。左半身は血で真っ赤に染まっているし、呼吸も浅い。

「まずは消毒液で傷口を洗って下さい。私はその間、回復呪文で患者の内部より体力を回復させます」

ザンテはそう言い、ゲントの精霊に対して祈りを捧げた。

「大いなるゲントの精霊よ、この者に癒しの力を・・・。べホマ」

ザンテがそう言って自らの手を患者に当てると緑色の光が患者の体内に入っていった。

これで体力は戻ったはず。後は体を怪我をする前の状態に戻る様に傷口より体内に侵入した砂等の異物の除去、切れてしまった血管や神経を元に戻す必要がある。

痛みが強くなるため、患者にしばらく意識を失ってもらわなければならない。ザンテの右手の掌に魔法陣が現れ、左手の人差し指を患者の頭に付けた。「ラリホー」患者は苦痛から解放されたかのように穏やかな顔となり眠りについた。

「ではこれより傷口の治療を始めます。この方が痛そうな顔をしたら私がまた回復と眠りの呪文を使いますので教えて下さい」ザンテは看護士のシスターにそう言った。

 

2時間後、疲れ果てた顔になったザンテは教会の治療室より出てきた。これで大丈夫だ。神経もうまくつながった。血管もそのうちつながり、皮膚も出来てくるだろう。患者は50代だ。一気に治して薄い皮膚が出来て、その皮膚が何度も破れたり傷が付いたりするより、少しずつ皮膚や血管を再生させた方が良い。

それにしても欠損部分がなくて良かった。回復呪文では無くなってしまった手足、指をよみがえらせることはできない。そしてゲント村で良かったと思う。教会の教えが強い地域では人体に刃を入れることを禁止しているところが多い。回復呪文の使用しか許していないのだ。人間は神のつくったものであるから、神でなき人間は魔法以外で人体への干渉が出来ないとしている。本来禁忌であるはずの人体への回復呪文以外の干渉が許されるのはゲント精霊崇拝の形もとっているからだ。以前は教会の者が時々来て、ゲント村の治療方法に神への冒涜などと言う事があったが、そこはチャム様が上手くやってくれたのだろう。最近は何も言わなくなったし、ゲント村の教会の者もこうして協力してくれる。

後は人工的に「血」を造る方法はないのだろうか?怪我や事故で大量出血をしてしまった患者は経口により食べ物を摂取しそれが栄養となって血ができるまで待たねばならない。老人や幼児はそれに時間がかかるし、そうなる前に亡くなることが多い。

いわゆる患者はザオリクで生き返らせることは禁止であるし、そもそも二度と苦痛を味わいたくないと生き返らない場合が多いらしい。

 

悩みは尽きないな。ゲントの村に来て3年になる。チャム様のお手伝いをさせてもらっていた為、医療については大体わかった。今では一人前の医師として患者を診ることが出来る立場となった。「願えば叶う」という力はこの村に来てから使っていない。瀕死の子供を抱えてきた母親を見てその力を使おうと思ったが「この力を使う者がいるとわかったら世界のバランスが崩れる」というチャム様の言葉を思い出し、力を頭の中で押さえつけた。結局その子は死んでしまった。自分を守るためにその子を犠牲にしたようで本当に心苦しかったが、それにより自分の心にスイッチが入り、必死で医療と魔法の勉強をした。あの子への償いのためにもこれから多くの人々を救わなければならない。

そしてチャム様の言うことも理解できた。この世界はいわゆる肥沃な土地と言うものが少ない。作物が育ちにくいのだ。この広い世界で人間の数はもっと増えてもいいはずなのに、町や村は広い世界に対して(点在する)といった感じだ。これは食糧の問題が大きい。限られた耕作可能な土地で限られた量の作物しかできないからだという。よって私の「願えば叶う」という力で本来死ぬ運命の人間を生き永らえさせると最悪食糧難となり、結果的に死ななくていい人間(生産性が無く弱い立場でありながら栄養を多く必要とする妊婦、乳児、幼児等)が死ぬ可能性があるという。わからないでもない為、一応は納得した。

 

皆口には出さないが、私は魔族の落とし子だ。それ位は本で読んで知っている。変に目立って迫害されるよりはいいかもしれない。チャム様の言われる様に私が世界に合わせ、私に出来ることをやるのだ。チャム様が私を救ってくれたように、私はたくさんの人々の命を救う。人体への干渉を回復呪文のみとしている教会の教えのみならず、人体を切り開くことも厭わないゲント族の教えを世界に広め、病気やけがで苦しむ人々を救うのだ。そのためにゲント族の次の族長を目指そう。それがチャム様への恩返しとなる。

 

その日の晩、チャムは教会のシスターより提出された報告書を読んでいた。今日の患者の怪我はひどいものだったが、ザンテは「強く願えばそのとおりになる」という魔族の落とし子の力は使っていない。自分の目の届く範囲なら、ザンテの言葉を信じるなら、ザンテは魔の力を3年間使っていないということになる。

そろそろ頃合いかとチャムは考えた。ザンテは今まで何人もの人々の怪我を治し、時には命を救ったこともある。ゲント村の村人からの信頼も厚い。皆一時的に辛い思いをするだろうが計画は実行せねばならない。

ザンテ、お前が悪いのではない。だがお前に子供が出来てその子が魔王になったら・・・、

もしそうでなくても、その子のさらにその子が魔王となってしまったら・・・、そう考えるとやるしかない。

 

精霊ルビス様の神託を集めた本に今の状況をあらわすような言葉がある。

「因果の糸を切る」のだ。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。