邪神の像からの声がザンテの頭の中に聞こえた。
(さあ、早く来てこの像に触れるのだ。ワシが魔力を貴様に与えれば回復できる)
意識が遠のきそうになるザンテには状況がわからなかった。
「・・・何だ?・・・もういい。このまま眠らせてくれ。死なせてくれ」
(バカなことを言うな。爆弾による土煙が晴れるまであと1分程の時間しかない。早くここへ来ぬと監視の者たちに見つかってしまうぞ)
邪神の像の声はザンテの頭の中に強く響いた。
「私は罪人だ。生きてはいけないのだ。この世界で許されざる存在なのだ。死なせてくれ・・・」
すべてを諦めたようにザンテはつぶやいた。
(本当にそう思っているのか?)邪神の像の声はさらに強くザンテの頭の中に響いた。
(お前は何かを成し遂げたのか?この世界に未練はないと言えるのか?この世界に何かを残したと言えるのか?この世界の先を知りたいと、世界の果てを見てみたいと思わないのか?もしお前が本当に罪人で、誰もお前を救おうという者がいないのなら、お前自身がお前を救うのだ。お前を生かすのは親でもない、師でもない、神でもない。お前自身なのだ!)
「ぐううっ・・・、うううっ・・・!」
ザンテは芋虫のように体をくねらせながら邪神の像の元へ進んだ。数日間入れられていた牢の中で涸れたと思っていた涙が出てきた。
「死にたくない!・・・生きたい・・・」ザンテは強く願った。
(そうだ、強く願え。たとえ賊の烙印を押されたとしても、魔力を封じられようとも、全身を炎で焼き尽くされようとも、生きようとする心は誰にも止められん)
ザンテは這いながら進み、コツンと邪神の像に触れた。
(シンルーラ!)邪神の像がそう言うと、かつてザンテであった(彼)は目を閉じてゆっくりと(めいそう)をした。
彼は立ち上がり言った。「精神転移・・・完了」
(これは・・・。どうなっているのだ?)ザンテの意識が頭の中で彼に尋ねた。
「お前の体の中にワシの魂が入った・・・。詳しい説明は後だ。今はこの状況をどうにかしなければならない」
彼は自分を監視しているであろう丘にいるゲント僧侶たちの魔力を感じ取った。
「ムーンブルグの高官たちよりもはるかに高い魔力を持つ者が数人いる。相変わらず人間の進歩とはおそろしいものよ・・・。まあいい。この土煙が晴れるまであと数十秒。ザンテの死体を用意し、この場から離れなければならない」
彼は先日この地で行われた爆破実験により死亡した男の死体を思い出した。
(それならば、その男の魂はあのあたりにある)
「ネクロムルーラを使わずして、死霊と会話できるのか?すさまじい才能だな。場所が分かれば話が早い。さあ人間、ワシらのために蘇れ。ザオリク」
彼の前に瀕死の人間の男の体が現れた。
「あやかしの術を使ってもいいが・・・、そうじゃな、こやつをザンテそっくりにするには、ザンテの体を模写する必要がある。・・・モシャス」
彼はかつてムーンブルグの王女を犬に変えた呪文を使った。男の体が先程までの全身に傷と火傷を負ったザンテとそっくりになった。
「ザキ」彼がそう言うと、男の命は再び尽きた。
「すさまじい魔力じゃの・・・。この短い時間でこれだけの事が出来るとは正直ワシも思わなかった。この魔力のせいでお前は迫害され死刑となったわけじゃが、最後にこの魔力がお前を救ってくれたのじゃ」
彼の言葉にザンテは何も答えなかった。
「・・・さあ、ここから離れて様子を見るか」
アマルム処刑場を包んでいた爆発による土煙が晴れると、ゲント族の僧達のいる丘から、手足を無くし大怪我をした3人の兵士と、腹から内臓を出して死亡しているザンテの姿が確認できた。ザンテの魔力の暴走等、想定していたトラブルもなく、無事、魔族の落とし子を処刑できたことで、皆安堵していた。
「ばくだん石から魔力を抜いていき無力化させ、安全を確認した後、怪我をしている兵士達を助けてやれ。兵士達が死にたいというのなら毒を飲ませて楽にしてやるのじゃ」
チャムはそうゲント族の兵士達に命令した後、周りにいるゲント僧に言った。
「お前たちは帰る準備をしておけ。気分が悪くなったというものはルーラで帰ってもよい。ワシは一応ザンテの死体を確認しておく。魔族の落とし子じゃ。何があるかわからんでの・・・」
「チャム様、確認なら我々が・・・」
そう言うゲント僧を別のゲント僧が止めた。
「チャム様、まだ日は高い。お時間は有りますゆえ、ゆっくりとで結構です」
そのゲント僧はそう言ってチャムを送り出した。
チャムはザンテの死体の前に来た。死体は焼け焦げ、内臓も出ていた。これがザンテと出会ってから、ずっと自分が望んでいた結末か・・・。
チャムはその場に膝をついた。すまぬ、すまぬザンテ・・・。これ以外の方法が思いつかなかった無能な師を、父を許してくれ。懸命に学び、自分の魔の力を押さえつけ、他人を救い、人間になろうとしていたお前を見る度に、ワシは何度、自分の地位や立場を捨て、お前を遠くへ逃がしてやろうと思ったかわからん。じゃがそれをしてしまえば、もし未来に何かあった時にワシは死んでも責任がとれん。
ワシはこれから毎日ゲントの精霊に祈り、お前が安らかな眠りにつくことを願おう。ルビス様の教えにある様に、生まれ変わりがあるのなら今度は本当の父と子に・・・。
チャムは立ち上がり死者たちが悪霊やゾンビになることなく安らかに冥界に行くことのできる呪文を唱えた。
「ニフラーマ」
(ありがとうございます・・・。お元気で。チャム様・・・)
遠くからチャムを見ていた彼はあふれる涙を抑えることはできなかった。
「自分が殺した者のために泣き、殺された者が殺した者のために泣くのか・・・。ワシには理解できん」彼は言った。
(お前だって、破壊神復活のために、自分の体を生け贄としたのだろう。それと同じだ。ハーゴン)
「ふん・・・」ハーゴンであった彼の魂は言った。
「シンルーラで1つとなった我々の魂は溶け合い、いずれ1人の新たなる人格となる。そのために名前が必要だ」
(ジャコルがいい・・・)
「ジャコル・・・。人間の創作した物語の天界から追放された天空の住人の名前か?まあいいだろう。我々の名はジャコルだ。もちろん時々偽名は使うがな。今度はこちらの頼みごとを聞いてもらうぞ」
(何だ?)
「雪が見たい・・・。我が城は、祈りの場所は、万年雪の降り注ぐ美しい台地にあった。聖地ロンダルキア。数百年、数千年ぶりになるのだろうか?白い雪が見たい・・・」
(いいだろう・・・。この世界にもマウントスノーという雪国がある。私は行ったことがない為、ルーラが使えず歩きとなるがそれでもかまわないだろう?)
ジャコルの中のハーゴンは思った。雪国か・・・。もしそこで雪に対する信仰が有るのなら、雪の精霊は生まれているのだろうか?あの癇癪持ちで短気な雪の女王は存在しているだろうか?
(それにしてもシンルーラとは驚いた。この世界の魔法に関する文献をほぼ読みつくしたと思っている私もそんな呪文があるとは知らなかった)
「ルーラを単純な移動魔法だと思っている者ばかりじゃからの。ルーラとは転移魔法じゃ。そう考えるとルーラは無限の可能性が出てくる。形無きもの、目に見えぬものすら別の空間に移動させる、今回は邪神の像に移していたワシの魂をお前の中に移しただけの話じゃ。ルーラを攻撃魔法と考えれば、ルーラは最強の魔法となりえる。ルーラを支配する者が世界を支配するのじゃ。・・・ワシの時代の魔族の書物に書いてあったことの受け売りじゃがの」
さて、一歩ずつじゃ。マウントスノーを拠点に、シドー教団を再び立ち上げ、シドー様の復活を行う。信者を少しずつ集めんといかん。一からのスタートじゃの。ジャコルの中のハーゴンはそう思い、その場から離れて行った。