「すーー、はぁ~~っ・・やっとまともな空気が吸えたわ」
武器屋を後にして、剣を買う目的果たしたルイズとガンマはそのまま路地裏から大通りに出た。 悪臭の立ち込める路地裏から開放され、ルイズは何度か深呼吸する。それに合わせる様に、先ほど購入した剣が喋りだした。
「俺もだよ、長えこと店ん中に置かれっぱなしだからな、お日さんを拝めるなんざ久方ぶりだ。俺を買ってくれてあんがとよ、相棒!」
「オ礼ハ、マスターニ言ウベキト推奨スル。マスターガボクノ為ニ買ッテクレタ」
「おっとそうだったな。礼を言うぞ貴族の娘っこ」
「そこはご主人様か、ルイズ様って呼びなさいよ!ほんとに失礼な剣ね!」
「そう堅いこと言うな、これから相棒の剣として一緒にいることになったんだからよ。世話になるぜ貴族の娘っこ」
武器屋で購入した意思を持つ魔剣『デルフリンガー』は、上機嫌に声を出した。喋る錆びた魔剣デルフリンガーを買ってもらったガンマは鞘のベルトを肩にかけて剣を引っさげて、歩くたびに鞘が体にあたり音が鳴っており、現在デルフは鞘から少し刀身が出てるから喋れていた。 路地裏を歩いてる間、あんなに罵言雑言を吐いてた剣はガンマに陽気に話しかけ、ガンマもインテリジェンスソードと普通に会話を行っている。ゴーレムが剣とお喋りをしてる奇妙な光景を、ルイズはなんとも言えない顔で見ていた。
「私としては、あんたはずっと店の隅っこで埃を被ってるほうがお似合いだと思うけどね」
デルフはその言葉に反応して金具をカタカタと鳴らした。
「なんだと娘っこ!」
「だってそうじゃない。魔剣なのに口も悪いし錆びだらけだし、あんたみたいなボロ剣を店主が処分したい気持ちがわかるわ」
「誰がボロだ! 今はこんなだが、このデルフリンガー様は昔は伝説の魔剣といわれてたんだぞ!」
「嘘おっしゃい、あんたのどこが伝説よ!」
「二人トモ、喧嘩、ダメ…。」
ガンマは二人を宥めようとする。ルイズは、手を額に当てため息混じりに言った。
「あんたみたいなボロ剣を新金貨百枚もだして買ってあげたんだから、私にも敬意を見せるのが筋でしょうに・・とんだ不良品だわ」
そんなルイズに、デルフは鼻で笑うように金具をカタカタと動かして吐き捨てた。
「ケッ、懐どころか、胸まで薄い娘っこがよく言うぜ。」
―――ピキッと、ルイズのこめかみに血管が浮き出た。
「な・・・・なんですってぇ~~!!!」
ルイズは今にも掴みかからんといった勢いでデルフに詰め寄る。その剣幕に、デルフは「ヒェッ」とたじたじになった。
「マ、マスター、落チ着イテ。ココ、大通リ」
怒ったルイズにおろおろしながら、ガンマはそう注意する。後ろを見れば、大通りを歩いてる人や商人が、叫んでるルイズになんだなんだと注目していた。
ルイズはそれにハッと気づくと、気まずそうに顔を赤くさせ大人しくなった。そしてガンマが持ってるデルフを睨みつける。
「ガンマ、そいつを黙らせといて!」
「了解」
主人の命令に従い、ガンマはデルフを完全に鞘に収めた。店主の言ったとおり、鞘にしまわれたことであれだけ喋ってたデルフは静かになった。 また喧嘩になってしまいそうだから、このままにしておいたほうが良さそうだとガンマは判断する。
「ねぇ、本当にそれでよかったの? いくら気にいったからって…そんな剣じゃ武器として役に立たないんじゃないの?」
「ボクハ剣ニ関スルデータヲアマリ持ッテイナイカラワカラナイガ、錆ガ発生シテイルタメ、攻撃能力ガドレ程ナノカハ不明。ダガ、剣ヲ所有スレバ抑制効果ガ発揮スルコトハ間違イナイ。ソレニ、スキャンシテミタ結果、デルフニ使ワレテイル金属ハ通常ノ金属ヨリモ丈夫デアル為、使用上ハ問題ナイト思ワレル」
緑のカメラアイをチカチカと光らせて、肩に引っさげたデルフをスキャンしてそう判断した。ルイズは『スキャン』という言葉に首をかしげた。
「そういえば、前からデータだのなんだの意味わかんないこと言ってたけど・・、スキャンってなんなの?それに今の言い方…まるでそのボロ剣の素材がなんなのかわかったような口ぶりよね」
「"スキャン"トハ、簡潔ニ述ベレバ『走査』…細カク調ベルトイウ意味。 ボクニハ対象ノ物質データ・・・ツマリ、情報ヲ分析スル能力ガアリ、ドノヨウナ物質ナノカ調ベル事ガ可能。タダシ、以前ニモ言ッタヨウニ情報ガ不足シテイルタメ、機能ニモ限界ガアル」
ガンマの意外な能力にルイズは目を丸くした。
「へぇ~!あんたってそんなこともできたんだ。ロボットって便利なのね・・」
見ただけで物質の鑑定までできるだなんて、メイジ以外に、ましてや普通のゴーレムではありえないことだ。 この能力があれば、秘薬の材料探しの効率がぐんと上がるだろう。
他にもまだ自分の知らない能力をガンマは持ってるのだろうか・・? そう思うと期待が膨らんだ。
「(案外、空まで飛べちゃったりしてね…)」っと、冗談まじりに胸の内で笑った。・・・だがガンマが持ってる剣に目をむけると、ルイズは不満そうな顔をした。
「でもさぁ…そんなあんたに錆びた剣じゃ不釣合いよ。やっぱりもっとまともな剣に買い換えたほうがいいわ」
ルイズは横目でガンマが持ってるデルフに向けて言うと、デルフが金具をカタカタと鳴らした。どうやら抗議の声をあげようとしてるが、鞘に収まってるため喋ることはできないようだ。
ガンマはルイズに緑のカメラアイを向け、無機質な声で答える。
「店主ガ提示シタ剣ノ相場額ヲ考慮シタトコロ、現在ノルイズノ所持金デハ、他ノ剣ノ購入ハ難シイト思ワレル。手斧モ購入出来無イノデハ、買イ換エハ不可能ト判断。ソレニ、ルイズハモット買物ノ相場額ヲ理解スル事ヲ推奨スル」
「ぐっ・・・あんた、ご主人様が恥をかいたばかりなのに、ハッキリ言うわね・・・」
普段ならガンマのこの余計な一言に怒っているはずのルイズだが、ガンマの言っていることは正論であり、剣の相場を知らなかった自分に落ち度があったことは否定できない。しかし、ルイズはご主人様としての器量を見せるためにガンマに似合うような立派な剣を買ってやろうとした結果がこれなのだ。
今の所持金ではこれしか買えず、ガンマが気に入ったとはいっても、彼女は貴族のプライドとしては納得できないのだった。
「デモマスター。ボクハ、プレゼントヲ貰ッタノハ初メテノ経験。マスターガボクノタメニ、デルフヲプレゼントシテクレタ。ボク…トテモ嬉シイ。ダカラ、デルフヲアリガトウ、マスター。大切ニ スル」
そんな彼女に、ガンマは素直に感謝を述べた。ボロボロの剣だろうと、ルイズがただのロボットである自分のためにプレゼントをしてくれたことがなにより嬉しいことだった。
「・・ご、ご主人様として当然のことをしたまでよ! せいぜいそのボロ剣を壊さないように扱いなさい!」
「了解、マスター」
ガンマの感謝の言葉に、ルイズはご主人様らしく無い胸を張る。照れくさそうにほんのりと頬が赤くなっているというのに、素直になれないルイズであった。
―――「(・・・・よろこんでくれたなら、いっか)」
そう思い、顔に笑みが戻ったルイズは、ガンマを連れて大通りを通っていった。
「見~つけた。 こんなところにいたのね」
少し離れた物陰から、ルイズとガンマを見つめる二つの影があった。学院からルイズ達の後を追ってきた、キュルケとタバサである。
シルフィードのように大地を風のように走るガンマを追いかけて、ようやく街にまで着いて二人の姿を見つけると、ここまで尾行してきたのである。 隣にいるタバサは、もう自分の仕事は終わりだとばかりに本を読んでいた。
「ふぅん、なるほどね・・・自分の使い魔に剣を買ってあげるために街に来たってわけ。剣のプレゼントで気を引いて、あたしを遠ざける魂胆かしら? あたしを出し抜くだなんて、ゼロのルイズのくせに生意気なことするじゃない!」
キュルケはつまらなそうに見つめると、物陰からガンマが持っているものを見て、ギリギリと唇を噛み絞めた。 本当なら今頃、ルイズの部屋に突入してガンマにアプローチをかけて、上手く誘導して連れ出した後二人きりで時間を過ごすつもりだったのだ。 それをあのルイズに邪魔されたのだから、彼女は悔しさのあまり地団駄を踏んでいた。
その二人が近くに居ることに気づいていないルイズとガンマは、元来た道を通って出入り口の門へと向かっていった。 キュルケは二人が見えなくなったあと、物陰から出てきてくつくつと笑う。
「ふふふ・・でも甘いわね、ヴァリエール。いくら大剣と言ってもそんな細そうな剣じゃ、ガンマには不釣合いだわ。プレゼントするなら、もっと頑丈なものにしないと話にならないわよ」
キュルケは燃えるように赤い髪をかきあげ、ルイズ達が出てきた路地裏のほうに向いた。
「・・剣を買うの?」
ずっと口を閉じていたタバサは、ポソリと呟いた。だが視線は本に向けたままである。
「当然よ! あんな安物よりもガンマに相応しい立派な剣を持たせた方がいいに決まってるもの。ヴァリエールなんかに負けてらんないわ! たしか武器屋はあそこだったわね? いくわよタバサ!」
意気揚々とキュルケは路地裏に入っていった。
「・・・・・」
なんでゴーレムにそこまで入れ込むのだろうか・・・っと、流し目で友人の姿を見つめながら、タバサは小さくため息をつく。
――グウゥゥ…
「・・・お腹すいた」
あとでキュルケにご飯を奢って貰おうと思いながら、自分もキュルケのあとを追っていった。
次回でやっとフーケ編です。