例えばこんなオーバーロード   作:ちゃんどらー

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また捏造過多


貫きたい正義のカタチ

 

 柔らかな人工太陽の光が降り注ぐテラスの一席。並べられたティーセットを家族で囲む穏やかな休日の午後のこと。

 しばらくぶりの休日だからと家族団欒を提案したのは一人の男。

 精悍な顔つき、柔らかな動きを約束するほど良い筋肉、二枚目な甘いマスクは街を歩けばご婦人方を振り向かせるほど。

 しかしその男は現在、暖かい団欒の場に相応しくない表情でじっと何かを考え込んでいた。

 

「また仕事のこと考えてるのー?」

 

 甘えた声音は不足を表す。彼の妻を幼くしたような容姿の娘は頬を膨らませて目を細めていた。

 いつもこうなのだ。休日であってもふとした瞬間に男は己の仕事へと想いを馳せる、馳せてしまう。

 生真面目な性格なのは妻も娘も知っているが、やはりこうした団欒の場では自分達を優先してほしいと願うのは、普通の家族ならば当たり前のことだろう。

 クスクスと可愛らしい声を漏らして笑う妻は、仕方がない人ね、というように眉を寄せつつ空いたティーカップに紅茶を注いでいく。

 

 荒廃した現実世界では紅茶は遥かに高級なモノだ。そもそも生きていく為に莫大な金銭が必要な社会であるのだから、一定以上裕福でなければ休日にティータイムなどと洒落込むことは出来やしない。

 この一時の時間は金銭に換算すればどれだけの人を救うことが出来るだろう……過去の男であればこんな時間を過ごそうとは思わなかった。

 しかし彼も親である。裕福な家庭である以上はそれ相応のナニカを行わなければならない。男や妻子が望もうと、周りはそれを許さない。

 男一人だけなら問題はなくとも、妻や娘にとって、こういった時間を過ごすことには意味があるのだ。

 

 貧困層と富裕層に大きな隔たりがあるこの時代、富裕層にとって大切なのは如何にしてコミュニティでの立場を確立するか、だ。

 中世ヨーロッパの貴族社会にも似た人間関係が構築されており、腹の内を探り合うご近所付き合いの荒波を強かに乗りこなし、女同士の冷ややかな関係を継続させなければならない。

 

 出る杭は打たれる――と昔の格言にもあるように、富裕層に於いては見合った暮らしをしつつ他と同調することが求められる。

 それは男にとって、非常に窮屈で不快な世界だった。

 幸いなことに妻と娘はそんな男の心情を理解してくれているし、男の前では女同士の賢しい貶め合いの話題など一つも出すことはない。

 この時代では本当に稀有な“理想的な家庭”であった。

 

 よくできた妻子に感謝しつつも、生真面目な性格の男は己の責任ある仕事の思考から逃れることは出来ない。

 

「……すまない。ちょっと大きな事件に関わっててね」

「むぅー。分かってるけどさぁ」

 

 娘もそれ以上は言わない。優しく頭を撫でてくれる父の暖かさを感じながら、怒っているふりをしているだけ。拗ねてみればこうして甘やかしてくれることを娘は知っているのだ。

 

「最近の大きな事件って言えば……例のゲームの?」

 

 あまり仕事のことに切り込むことはしない妻だが、少しでも夫の心が安らげるようにと話題を振る。同僚に相談するような支え方ではない。男が疲れても、帰って来ても吐き出せる場所はあるのだと安心させる為に。

 

「ああ、ユグドラシルに囚われたプレイヤー達の救出には警察も動いてる。ユグドラシルをしていた人が優先的に交代で復帰させたゲームにログインして捜索してるんだけど……」

 

 其処まで言って黙り込んだ男は静かに目を伏せる。不安げに眉根を寄せた妻と娘は続きを待った。

 妻も娘も知っている。男が嘗てそのゲームにのめり込んでいたことを。家族サービスの時間を削ってまで熱中し、喧嘩になったことも少なくない。

 今では笑い話として語れる過去の出来事であるし、妻と娘の為にと引退したことも理解している。現実の幸せとゲームの幸せを天秤にかけるまでもなく……男は現実世界を選んだのだ。

 思えばあれから男は家族サービスに対して真摯になったと言える。男の趣味を奪ってしまったことに罪悪感を覚えていた妻であったが、変わらぬ笑顔を浮かべてくれる夫に報いるように彼女も楽しい時間を創り上げてきたのだ。

 男に後悔はない。ゲーム内の友人との連絡もゲームを辞めた時点で断っており、メールアドレスも変えてしまった。

 ただ、データを初期化することだけはせず、思い出だからと残してはいた。

 

 男は己の職務としてログイン出来ると知った時に僅かに歓喜した。それに対して感じた妻への負い目もまた、今の会話で途切れがちになってしまう理由の一つである。

 しかし、一番の理由は違った。

 口に出してしまえば自身の浅はかな欲を悟られると分かってはいたが、意を決して言葉を流した。

 

「……俺には、許可が下りないんだ。

 上位ギルドに所属して、プレイヤーの中でも上から数えたほうが早かった俺なら細かい所まで捜索出来るはずなんだけど……上が許してくれない」

 

 誇張なく告げる事実。妻はそのゲームで彼がどういったプレイヤーだったのかをよく知っている。彼が楽しそうに語っていたゲームの話を何度も聞いていたし、ゲームに対して嫉妬すらしていたのだから。

 上位プレイヤーとは即ちそのゲームをやり込んだという証明でもある。

 運営がバックアップしているとはいえ、プレイヤー視点からの捜索という点では上位プレイヤーの助力はこの上なく有意義なはずなのだ。

 それなのに許可が下りない。そのことに男は歯痒さを感じていた。

 

「へー! パパって強かったんだ!」

「ん? そうだなぁ……ママに怒られるくらい嵌ってたんだけど、そのゲームで十本の指に入るくらいには強かったぞ」

 

 目をキラキラさせて話に耳を傾ける娘に微笑む。輝かしい栄光の思い出を誇らしげに語る男は少年のよう。

 落ち込んでいた心を娘に掬いあげられた男はゆっくりとティーカップを手にとって紅茶を傾ける。

 

「上位ギルドってことは他の人達も強かったんでしょ?」

「ふふ、そりゃあもう強かったさ。ワールドエネミーっていう凄く強いボスを当然のように倒して、1500人ものプレイヤーの攻撃を跳ね除け、俺達の名前を知らないやつらはいないってくらいに」

 

 すごいすごい! とはしゃぐ娘に苦笑を零しながら、妻はまた紅茶を継ぎ足していく。

 

「見てくれ! 俺達アインズ・ウール・ゴウンに不可能はないんだ! なんて子供みたいにはしゃぎながら私に自慢してきたわよね? 買い物の約束すっぽかして」

「よしてくれよ……あの時は悪かったって」

「いいわよ。ちゃんと埋め合わせしてくれたから」

 

 肩を竦める妻はペロリと舌を出しておどけて見せる。やれやれと首を振った男はわざとらしくため息を吐き出した。

 

「ママとパパだけずるい……私の知らないこと話さないでよー」

「はは、ごめんごめん。そうだな……もうこの話は終わりにしよう。仲間はずれはよくない」

 

 ポンポンと娘の頭を優しくたたけば、むくれていた娘の機嫌も少しは治ったようだ。

 後に、男は娘に気づかれないように妻に目を向ける。穏やかな笑みを浮かべた口元とは違い、目には真剣な色を浮かべていた。

 何も言わず、妻はコクリと頷いた。幼馴染でもあった二人は長い時間共に歩んできたのだ。僅かなやり取りだけである程度何かを把握しあえる。

 

 穏やかな午後の陽だまりは変わらない。

 貧困に喘ぐモノ達には申し訳なく思いつつも……その家族は幸福の只中に居た。

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 娘が寝静まった夜半時、ダイニングテーブルに座る夫婦は静かに対面していた。昼間のやり取りの本題を話し合う為に。

 

「……昼間、俺には許可が下りないって言ったよな」

 

 低い声は重く、これから悪いことを話す時にしか出されないモノだった。

 妻は哀しげな色を表情に出しながらも何も言わない。

 夫が警察という仕事をしている以上、ある程度の覚悟は必要だ。現に夫は過去にも何度か命の危険のある現場に携わっていた。

 彼女は静かに耳を傾ける。夫の性格上、彼女に出来ることは話を聞くことのみ。

 

「正確に言えば許可が下りないではなく悪意を以って外されている。

 娯楽文化への大きな打撃である今回の大事件の解決に関して……政府、企業側が先に何かしらの手柄を立てなければ後々に“貧困層からの搾取”に対して致命的な損失を生む、ということだ」

 

 吐き捨てるように紡がれた言葉は苛立ちをこれでもかと含んでいた。

 

 貧困層と富裕層で二極化されてしまったこの社会にとって、娯楽文化は搾取の手段として大きな働きを見せている。

 荒廃した世界では生きる理由を失うモノなどざらにいる。人間は機械のようにできていない。ナニカがなければ人間は生きてはいけないのだ。

 それは目標であったり、夢であったり、恐怖であったり、妄執であったり、憎しみであったりする。

 物理的な栄養だけではなく、心理的な栄養をも得ることで人は明日を生きる力を持てるのだ。

 

 その点で言えば、ゲーム等の娯楽は苦しい毎日を生きる人間にとって最高の栄養となるだろう。

 厳しい現実世界の出来事を全て忘れ、箱庭の中だけだとしても自分の欲望を叶えられる……現実世界での不可能を可能に出来るのだから、それはどれだけ魅力的なことであろうか。

 毎日あくせく働いて、その働いた金銭を娯楽文化に継ぎ込む。サイクル化される金銭の流れは経済の滞りを少なくしより大きな利益を生み出す。

 そして政府や企業にとっては都合のいいことに、反発心を抑え込ませてストレスを発散させる――いわばガス抜きのツールとしても役立つ。歯車を歯車として機能させ続ける娯楽文化は、富裕層にとって大きな利潤を齎すファクターの一つなのだ。

 

 そういった政府の考えに否定的な男は、富裕層には珍しくゲームに魅せられた一人である。

 男は警察官という仕事に誇りを持っていた。この腐り落ちそうな世界であっても、正義はあるのだと証明したかった。

 しかし現実というモノは非常である。なまじ能力があるからこそ上に上がっていき……社会の裏側を知ることとなった。

 末端の警察官であればきっと男にとっての理想の正義を貫けたであろう。目の前の人を助け、罪を犯したモノを正道に導き、暗い世界の一筋の希望の光として生きていけたのではなかろうか。

 警察という組織は、男の望んだモノではなかった。弱きを助け、強きを挫く……そんな理想は幻想として儚く消える。

 利益への渇望、名誉への固執、保身への執着、見て見ぬふりは当たり前、犬のように企業にしっぽを振り……黒を平気で白とする。

 

 それでも今まで警察をやってこれたのは一重に家族あってこそだろう。

 守るべきモノがあるからこそ、男は自分の理想を曲げてまで今の仕事を続けているのだ。

 

――きっと、あの大災厄の魔ならば哀れな道化や偽善者と言って嘲笑うことだろう。

 

 嘗ての仲間を思い出しながら、男は自嘲気味に苦笑を零す。

 対立することの多かった仲間は、男のそういった部分が嫌いだったのではなかろうか。

 

 古き昔に放送されていた正義の味方のようには、男はなれない。

 だから男はユグドラシルの世界で、正義というモノに誰よりも拘った。ゲームの中でだけなら、彼は己の思い描いた正義になることができたから。

 今でも彼はユグドラシルを“所詮はゲーム”などと言わない。自分が叶えた理想(ゆめ)を貶めることはしない。

 

「……多分、被害者が知らない誰かばかりだったなら……俺もここまで悩まずに納得して他の仕事にシフトできたと思う」

 

 力なく発された言葉は宙に消える。反して握りしめた拳は何かを耐えるかのよう。

 

「最近になってさ、やっと被害者のリストを見せて貰えたんだ。富裕層の人間も被害者に含まれていたことでプライバシーを護る為に公には秘匿されてるけど……古い記憶でもいいから何か切片はないかと上は企業のご機嫌取り用にってことで俺に情報を求めた。被害者との関係をわざわざ確かめた後で。

 被害者のプレイヤーの中でも圧倒的多数を占める貧困層のプレイヤー達は満足な栄養摂取も受けられない。一月もすれば初めての犠牲者が出るだろう」

 

 昏い瞳は怪しく輝いていた。自分の不甲斐なさに対してか、それとも腐った世界に対してか。

 

「復活されたユグドラシルに探索を行った企業の報告によると……被害者はギルド拠点と共に喪失しているプレイヤーだけらしい。サーバーへの負荷からかどうかわからないけど、ギルド拠点が幾つか消えていて、其処には何もない空間がぽっかりとだけあるって」

 

 静かに妻は聞き続ける。夫の性格も、繋がりを大切にする在り方も知っていたから。

 

「被害者のリストには……あったんだよ。一人の名前があった。プレイヤー名だけが表示されたそのリストには、俺の知ってる名前があった。

 そして俺の……俺達の……俺達が創り上げた最高の理想(ゆめ)が……ユグドラシルの悪の華、アインズ・ウール・ゴウンの名前が」

 

 ギシリ……と握りしめた拳が軋みを上げた。

 

「あの人を置き去りにしたのは俺だ。依存してるのは知ってた。生い立ちも知ってた。人間性も知ってた。縋ってるのも知ってた。初めの頃からずっと一緒にやってきた俺は、あの人のことを他のみんなよりもよく知ってたんだよ。

 一人で、独りぼっちであの人はあの場所にいるんだ。誰かがあの人を迎えに行かなきゃならない。それはきっと、仲間に誘った俺がしなきゃならない……いいや、自分勝手な責任を掲げるのはヤメだ……これは俺が……正義の味方“たっち・みー”として貫きたい正義なんだ」

 

 そっと、妻は男の拳を包み込んだ。男が何を望んでいるか、男が何をしたいか……何か大きなモノに挑む時はいつでも、こうして送り出してきた。

 しかし続けられた話は妻の予想を超えていた。

 

「……喪失したギルドの所属者がログインした場合は何が起こるか分からない。俺も被害者達と同じように意識不明になってしまう可能性はある。つまり――」

 

――死ぬかもしれない

 

 危険な仕事に送り出す時、いつもは死の可能性について語ることはなかった。

 それが今回は違う。明確に何か理由があって、その可能性が大きいのだ。偶発的な事故ではなく、自ら勝算の薄い賭けに飛び込むようなもの。実力ではなく運否天賦に委ねられるということ。

 いつもであれば背中を推した。しかし今回はさすがに……妻も迷った。

 じっと瞳を合わせること数瞬、男の瞳の奥に燃える炎の煌めきと、優しい輝きを覗いてしまった。

 それは少年の時に理想(ゆめ)を語った彼の煌めきであり、妻と娘の為にいつも向けている彼の輝きだった。

 

――きっと私が止めれば止まる。その時にこの人は……私の好きな彼じゃなくなるだろう。

 

 迷っている、ということは決めているということ。その背をそっと押してやるのが自分の役目。

 損な役回りだ、と彼女は思った。しかし待つことしか出来ない自分の無力さを呪うよりも、彼の背中を推せる自分を誇ることにした。

 

「……深くは聞かないわよ。きっと警察としてやっちゃいけない事をするって分かってるから。

 あなたは長期の有給休暇を取って私達と一緒に明日から実家に帰る。理由は私の体調不良。それでいいでしょ?」

 

 ニッと笑った顔は唯々美しかった。歳を重ねても変わらない妻の笑顔に、彼はふっと微笑みを漏らす。

 

「ごめんな。こんな男で」

「何いってるの? 私が友達を見殺しにするような男に惚れるわけないでしょ?」

 

 あきれた、と言わんばかりに肩を竦めてまた笑う。

 

「私達の為だけの正義の味方なんていらない。あの子と私にとってのあなたはね、世界で一番カッコイイ正義の味方じゃないとダメなの。

 友達一人助けられない人なんて願い下げよ。友達も助けて、私達を笑顔にして、それでこそ私の好きなあなたなんだから」

 

 見惚れるような笑顔を呆然と眺めていた彼は、バシッと肩を叩かれて苦笑を一つ。

 

「ははっ、敵わないなぁ」

「私に勝とうなんて十年早い! いつまででも待っててあげるから、パパッと行ってパパッと終わらせてきなさい!」

 

 男は爽やかに笑う。妻もたおやかに笑った。

 二人が思うことは一つ。

 

 

――共に歩める伴侶がこの人で良かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数奇な巡り合わせによってか、悪の華に於いて最も対極な二人が同じ目的の為に同じ決断をした日の数日後のこと。

 

 二人の男はそれぞれ別々の場所にて失われた理想の世界への扉を開く。

 

 しかし事態は彼らの考えたモノよりも遥かに深刻であったことを……彼らは身を以って知ることとなる。




どうも

今回はたっちさんのお話。
富裕層であり警察のたっちさんには運営からのメールは来てません。
ウルベルトさんとたっちさんはお互いにモモンガさんを助ける為にログインするのは自分だけだと思ってます。
似たもの同士だからね、仕方ないね

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