目を覚ますと、お兄ちゃんが出ようとするところだった。
「お兄様!あの……い、行かないでください。お兄様がそんな危険を冒す必要はないと思います」
「必要だからじゃない、そうしたいから戦いに行くんだよ。さっきも言った通り、俺はお前達を傷つけられた報復に行くんだ。自分のために。そうしなければ俺の気が済まないから。俺にとって本当に大切だと思えるものは、深雪と深咲だけだから。我が儘な兄でごめんな」
「大切だと、思える……?」
「お前達もそろそろ知っておいていい頃だ。お母様から教えてもらいなさい」
「お母様に……?」
「心配するな。俺はこれからもお前達のことを守り続けるし、その為に無傷で帰ってくる。大丈夫、俺を本当の意味で傷つけられるものなど存在しない」
正直、油断していた。力を持っているから、未来を知っているから……守れると思っていた。実際自分の身を守るだけなら容易かっただろう。でも、周りを守るには、足りない。力が、経験が、判断能力が足りない。お兄ちゃんが駆けつけるのが1秒遅かったら、怪我では済まなかっただろう。
そもそも、どうして
「お兄ちゃん、私も行くわ」
「深咲!?」
「今から行く先は戦場なんだぞ……わかった、いいよ」
「お兄様!?」
お兄ちゃんには申し訳ないが、時間がないため操らせてもらった。身内に能力を使うのは本当に気持ち悪いな……ごめんね……。
「じゃあお姉ちゃん、行ってくるから」
「絶対に無事に帰ってきてね。お兄様から離れずに」
「ええ、分かってるわ」
「深咲様、私もお連れください」
「いいわ、よろしく七波ちゃん」
お兄ちゃんが私の横で闊歩している。CADが光るたびに敵が分子レベルで分解され、倒れたはずの味方が起き上がる。私は自前の干渉装甲を展開しているが、七波ちゃんの障壁に阻まれて攻撃はやってこない。桜シリーズは障壁魔法に特化した調整体魔法師である。ただの銃火器では彼女の障壁は破れない。
前方の空間にムスペルスヘイムを使う。他に使える領域魔法だと行軍の邪魔になってしまうだろうから。ムスペルスヘイムは気体分子をプラズマ分解し、更に陽イオンと電子を強制分離し、高エネルギーの電磁波を生み出す魔法である。高温すぎて死体が残らないのである。
またムスペルスヘイムを使う。私は今人を殺しているのだ。
ムスペルスヘイムを使う。においが気持ち悪い。
ああ、やっぱり実戦は違うな……ガリガリと精神が削られていくのが分かる。隣にいるお兄ちゃんと七波ちゃんが支えになってくれている。今は、それでもいい。だが、次は一人で立っていても平気になっていなければ。
お兄ちゃんの不気味さと私の派手な猛攻に恐れをなした敵軍が次々と白旗を上げる。お兄ちゃんは追撃をしようとして風間大尉に止められていた。
「司令部より伝達!」
弛緩していた雰囲気が一気に緊張を帯びていく。
「敵艦隊別働隊と思われる艦影が接近中!高速巡洋艦2隻、駆逐艦5隻!20分後に敵艦砲射程内と推測!至急海岸付近より退避せよとの事です!」
ここも原作通りになるんだな……。
「総員、捕虜を連行し、内陸部へ避難せよ!」
風間大尉が告げる。表情はポーカーフェイスだ。
「君達は基地へ帰投したまえ」
「敵艦の正確な位置は分かりますか?」
唐突なお兄ちゃんの問いに渋りながら答える風間大尉。
「以前の見学の際に見せていただいたCADはありますか」
「とってこさせよう」
真田中尉がCADを持ってきてくれた。原作で使っていたやつだろう。
「俺には敵艦を撃退する手段があります。ただ、誰にも見られたくないので軍には先に撤退していただきたい」
「俺と真田は残る」
「……分かりました。深咲は先に帰っていなさい」
「断るわ。ここでお兄ちゃんを見捨てるわけにはいかないの。次期当主候補としても、妹としてもね」
お兄ちゃんは現在、受け取ったCADの試し撃ちをしている。
「20kmしか届きません。そこまで待ちましょう」
「だが20kmとなると相手も射程圏内に入る」
「ええ。ですから、お二人は退避をしてください」
「いや、戦いにおける死の危険は軍人の常だ。責任者として最後まで見届けさせてもらおう」
「分かりました。10分あれば準備が出来ます。それまで砲撃が飛んでくると思いますがーー」
「大丈夫よ。七波ちゃんと穂波さんが防いでくれるわ」
「なんだって?穂波さんはーー」
「援護します!!」
「穂波さん、やっぱり来てくれたのね」
ここは原作どおり。だが、絶対に死なせない。七波ちゃんがいることで負担が分散されるだろうし、もちろん私も黙って見ているつもりはない。
「来ます!」
砲撃の威力は速度と爆発だ。爆発さえなんとかしてしまえば威力は大幅に減退するはずだ。
「いきます。
戦略級魔法が放たれ、敵艦全体が消失した。
そして当然ながら余波が発生した。
「ーー津波だ!退避しろ!!」
「私に任せてーーニブルヘイム」
その瞬間、目の前の海水が凍りついた。さすがに海を凍らせるのは初めてなので全力を出したのだが……うん、やりすぎた。沖まで見渡す限り凍りついている。
「ちょっと、張り切りすぎちゃったかな……」
「これ、ちょっとか?」
お兄ちゃん、呆れた目はやめて。
結論から言うと、私達二人は戦略級魔法師となった。お兄ちゃんはともかく私のはただのニブルヘイムのバリエーションなんだけどなあ……。面倒なことになった。
「二人とも、戦略級魔法師だということは絶対に秘密ですよ。もっとも、深咲さんは時期がくれば公表しますけれど」
「はい、分かっています。叔母様」
「そうそう、深咲さんの婚約者候補なのですけどね。一条の次男か、七草の次男か、三矢の三男を考えています。現状の実績を考えれば一条が第一候補ね」
「一条の次男というと、先日の佐渡侵攻で活躍した方ですね」
「そう、クリムゾン・プリンスね。まあうちの達也さんや深咲さんの方が強いですけど」
なぜか、原作では一条の長男だった一条将輝は次男になっているのである。それから、七草に次男とかいたかしら……三矢は原作でもよく分からなかったけど。
「では、うちから申し入れを?」
「それではつまらないわ。優位に立つために、あちらから申し入れをさせたいのよ。幸い、あちらの婚約者選びは息子自身に任せているそうですから……だから深咲さん、第三高校に進学なさいな」
「そして一条の次男を籠絡する、と」
「一条の当主にも会えたら最上ね」
幸いにして、容姿と魔法力は突出しているのだから、あとは私ががんばるだけだ。不安要素といえば……なんといってもお姉ちゃんだろう。原作で惚れていたのだから。九校戦までが勝負ね。そこまでに上手くいかなければ、嫌でも固有能力を使うことになる。