Crazy scenery 〜私が見た一つの憧れ〜   作:ポン酢 

9 / 9
__ひとつ、ひとつ。そっと静かに。
  優しく、鋭く冷たく。しかし暖かく。私は、愛すべき人に、触れ続けていたい__


第8話<<嘘と誓い>>

 

 綺麗な新しいワイシャツをローランドさんから受け取り、着替えるため別室に移った。

私は改めて無くなった”左側”を別室でしっかりと確認する。

既に着ていたシャツの左袖は切断されてちぎれており、

ちぎれた部分付近だけが真っ赤になっていた。

変わってしまったな。そう思いながらシャツを脱ぐと、

以前よりもあっさりと簡単に脱ぐことができた。

 

 

……いや、”できてしまった”と言ったほうが正しい。

ほんの少し前まであった左腕の感覚は、まるでおもちゃの人形の腕を取ったかのように

あっさりともぎ取られている。せいぜい感覚があるのは当たり前だが残っている部分のみ。

 

しかし、不思議と痛くもなんともなかった。むしろ痛いのであれば起きた時も痛いだろうに。

だがあるべきであろう痛みが無い理由、それ自体は既にわかっているような気がした。

 

あの『夢』のような空間で既に痛みは味わっている。

私の勝手な憶測ではあるが、おそらく『夢』に居た間、つまり意識を失っていた間。

怪我をした時。ここに来るまでの間。目覚める直前。その時々全ての痛みが

あの『夢』の中で”全て”を叩き込まれたのだろう。

 

そのおかげか、起き上がった時には既に痛みなどなかった。

あの空間であった出来事を思い返しながらシャツを替えようとし、その時に左腕を見た。

 

包帯で巻かれた左腕。包帯という、布の下部は真っ赤に染まっている左腕。

……少し前まであった。確かにあったはずの唯一無二の左腕。

改めて”それが無い”のを実感する。

 

ローランドさんは『5分以上10分未満で治療を済ませた』と言っていた。

にしてはここまで落ち着くのが早いのは流石に疑問を感じた。

が、私に専門的知識があるかと言われたら応急処置程度の知識しかない。

まだ勉強前というわけだ。そのため疑問に思う程度でしか出来ない。

 

 そんな腕の違和感を気にしながらもシャツを着替え直し、ローランドさんが待つ部屋に戻った。

『終わったかい?』

「はい。左腕がないので今までのような感覚で着替えるのは難しかったですが」

そう答え、すこし表情を和らげる。するとローランドさんは申し訳なさそうな顔で

私の顔をしっかりと見てくる。

 

『……本当にごめんね……私がついていたのに』

私はそれを聞いて少し間を空け、呆れたような顔で答えた。

「……はぁ。呆れてものも言えませんよ、ローランドさん。

 あなたが元気じゃなかったらどうするんですか?」

 

そう私はローランドさんに言い放ちながら、右手を握りしめ、

ローランドさんの左肩に優しくパンチをして少し微笑んだ。

 

するとローランドさんは「ぶふっ」と吹き出し、それに続いていつものように笑い始めた。

 

『ハハハハッ!いやぁ、私が業くんに慰められる時が来るとは思わなかったよ!

 確かに業くんの言うとおりだねぇ!私が調子よく行かなきゃまずいだろうからね!』

そうローランドさんは言うと、何かが吹っ切れたかのように清々しい笑顔になり、

いつものムカつくニヤケ顔に戻っていた。

 

 

……でも、今の私からするとそんなニヤケ顔も愛らしく感じた。

 

 

『とりあえず、新しい包帯に巻き直しておくね!』

 

ローランドさんがそう言うと、私は袖をまくり包帯を見えるようにして、包帯を取ってもらった。

 

――が、その時ローランドさんが私の前で見せた表情は……

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ驚愕という言葉以外の何物でもない顔だった。

 

その表情を見た私は、恐る恐るローランドさんに聞いた。

「……ローランドさん?」

『……おかしいんだ。この短時間でもう傷口が閉まっているなんてことはないはずなんだ』

 

それを聞いた私は、恐る恐る腕の断面を見てみると、

既に真っ赤だったのであろう断面が見事に肌色の皮膚に覆われていた

ローランドさんの言う通り、そうそう簡単にここまで治癒されることは無い。

そんな不思議だら左腕を見ていると、右手がほんのりと温かくなったように感じた。

ふと気になり、私はローランドさんに手袋をとるようにお願いをした。

 

「あの、右手に違和感を感じるので手袋を取って貰えませんでしょうか?」

 

『手袋?別に構わないけど』

そう言いながらローランドさんは手袋をスルスルと抜き取っていく。

「なっ……」

『……何だ……これは?』

抜き終わった右手を見た私たち二人は驚愕した。

なぜなら、その右手の甲には謎の紋章が刻まれていたのだから。

 

『業くん、これに見覚えは?』

ローランドさんは真剣な表情で私の方をじっと見つめ質問をした

見覚えがあるのであれば答えられるはずだ、と思いながらも記憶を漁ってみたが

特に思い当たる節もなく……

 

「い、いえ……ありません」そう答えるしかなかった。

『……そうか。よし、とりあえず刹那くんの所へ早く行こう。手の”ソレ”は後回しにしよう』

「……わかりました」

 

そう返事をしながらローランドさんに手袋と包帯をつけ直してもらい、

必要なものを揃えて支度をして医務室から管理室へと向かっていった。

 

 

____________________

 

 

 

 管理室前の隔離ドアに着いた。ドアは硬く閉ざされており、アノマリーであろうと

そう簡単にこじ開けることは出来ないほど高い強度を誇っているに

ふさわしい姿を見せつけてきた。

 

通路に設置されていた連絡用のスクリーンをタップしてから数秒が経ったところで応答が来た。

すると硬く閉ざされていたドアの中心部分は円を描くように回転し、

何重にも掛かっていたドアロックが一斉に外れ、

隔離ドアは二つに分かれ上下にスライドしていった。

 

 

「……」

 

開いたドアの先にあった光景は、黙々と砂嵐まみれのカメラ映像群を見続けている父の姿が。

当支部の”上位研究員兼管理人代理”の「天宮 刹那」の姿がそこにはあった。

 

……だが、今の彼の姿には普段のようなへらへらしたような憎たらしい姿はなく、

むしろ今の姿の変わりように正直戸惑いを隠せないほどである。

 

 

「ローランドさん!業さん!」

開いたことに気づくのがほんの少し遅れるほどにはカメラに意識を集中させていたようで、

私たち二人の方を向いて安堵の表情を浮かべた。

 

 

『刹那くん、業くんとの再会を喜んでいるところ悪いんだけどね……』

「わかっています、今現在の状況は一刻を争います。

 なのでお二人には簡単に状況の説明をします。

 それで今現在の状況ですが……正直なところよくありません」

 

彼がそう話すと、今現在わかっている全体状況を一通り説明し始めた。

 

1.今現在いる地下階層最上部、つまり管理室のあるこの階には今のところ生きているカメラだけの場合

  アノマリーはまだ来ていない

 

2.ALEPHクラスのアノマリー数体が大暴れ、かつこの階層へと急速に近づいてきている

 

 

3.上の階との連絡手段が完全に途絶えてしまっているということ

 

 

4.最後に確認できた情報では、一部の緊急避難用セーフルーム内にて生存者は確認できたものの

  ほかのセーフルームの報告システムが破損しているためか確認が取れない

 

以上4点を踏まえて、私たち3人はどう行動するか。

だが状況的にそんな悠長に考えられるほど余裕はなかった。

 

そこで彼が一番先に口を開いた。

 

「……そうですね。ここで一番合理的な選択はこれしかありません」

『どういうことだい?刹那君』

ローランドさんがそう聞くと、彼は微笑んで答えた。

 

「簡単なことです。龍崎さんと業さんの二人で先に地上へ昇って(あがって)脱出してください

 私が”彼ら”の相手をして可能な限り囮になります」

 

「待ってください!それじゃああなたは……」

私がそう食いつくと、彼は少し寂しそうな顔をして

私に向かって聞きたくなかった言葉を無慈悲に吐いた。

 

「ええ、最悪の場合私は死にます。ですが少しは時間稼ぎは可能でしょう」

 

「そんなこと言わずに一緒に逃げ――」

焦りに焦り、徐々に声量が上がっていっていた私の声。

しかしそれを途切れさせるようにローランドさんは私の肩に手を置いた。

 

「……ローランドさん?」

『業くん……こればかりは刹那くんの言うとおりだし、同時に一番合理的だ』

 

「なぜ!?」

私がそのようにローランドさんに向かって言うと、ローランドさんの視線は私から外れていき、

彼の…いや、(ちち)のある場所を一点に見ていた。

 

ローランドさんの視線の先にあったものは……

 

――白衣の右下腹部付近が真っ赤に染まっていた姿だった。

 

父は、視線の先にあったものが何かを自覚しながら申し訳なさそうに微笑みながら答えた。

 

「……あぁ、これですか。職員をかばった際、”蜂”に

 噛まれてしまいまして……油断していました」

 

『何はともあれ、一番一緒に行きたいはずの君がいけない理由は”ソレ”しかないだろうね』

「はい、仰る通りです。こんな状況で負傷しているとなると一番の

 足手まといになってしまいます……なので、自分から囮を買って出ました」

 

最悪だった。負傷していとはいえよりにもよって”蜂”によるものだったということに。

だからと言って父を切り捨てなければならないということには納得ができなかった。

 

……不思議な気持だった。

今まで、この人生で父を一番の目の敵してきた私がここまで父に対して感情(ほんね)

ぼろぼろと滝のように口や心から吐き出されていく感覚は、とても不思議なものだった。

怒りや憎しみからではない”何か”が、父に対してあふれ出ていた。

 

「いやです!貴方も私たちと一緒に――」

「それだけは絶対になりません!」

 

私が否が応でも犠牲を出したくないという思いから吐き出そうとした言葉は、

父の怒鳴り声ですべて途絶え、かき消された。

 

今まで一切怒ることのなかった父が、初めて私に対して怒鳴り声をあげた。

その瞬間私の中にあった”わがまま”がすべて吹き飛んでいき、

何かが抜けていくように言葉が失われていった。

 

怒鳴り声をあげた父は、力を込めてしまったせいからか傷口に手を当てて少しうめいた。

「ぐっ……!」

「とうさ――」

「……ならないんです!絶対に、私はここを離れるわけにはいけないんです……」

 

ローランドさんが割り込むようにして口を開いた

『それは管理人としての義務だから。だよね?』

「……はい、そうです。管理人がいない時のための管理人代理です。

 船の船長と同じように職員たちの安全を第一に優先し、

 職員の救助を完了してから最後に脱出します」

 

『……本当に一人でALEPHクラスを相手取るのかい?』

ローランドさんは真剣な表情で父に質問をする。

 

「大丈夫ですよ!いったいどこの誰に鍛えられたと思っているのですか?」

父は笑顔でローランドさんにそう答える

 

『……それもそうだね。君がそういうなら私も信じよう』

ローランドさんが父に対して微笑んだ次の瞬間、管理室にアラームが鳴り響いた。

 

けたたましい警告音をまき散らしながら、大モニターには大きく「WARNING」の文字が表示されていた。

 

「……時間ですね」

そう父が言うと後ろに振り返り操作盤をいじった。

すると地上階へ続く巨大エレベーターのドアロックを解除され、ドアは大きく開かれた。

 

「さぁ、乗ってください」

『わかった。行こう、業くん』

 

ローランドさんはそう言いながら私の手を掴んだ。

父に伝えたい気持ちを押し殺しながら、エレベーターへと乗車する。

そして父はエレベーター前まで同行し、エレベーター横のコントロールパネル付近で足を止めた。

 

実際の足取りは早かったのだと思う。

だが、今の私にとってはその一歩一歩すべてがとても遅く感じた。

 

「では、ドアロックが完了したらエレベーターは地上に向かって動き始めます。

 龍崎さん……いえ、ローランドさん。業のこと、頼みましたよ」

 

『……本当にいいのかい?何か、”やり残したこと”があるんじゃないのかい?』

「……龍崎さん、あなたという人は本当に何でも御見通しなんですね。

 では少々大人げないですが、最後のわがままをやる時間をいただけますか?」

『いいさ。大事な家族にぐらいはちゃんと挨拶はするものだよ?』

「ありがとうございます」

 

 

そういうと父はエレベーターのドアを境界線にするようにして私の前に立った。

「……業、少しだけ……前に来てくれませんか?」

そう言われた私は前に足を踏みだし、父へと近づく。

 

こうやってしっかり見てみると父の身長は大きいものだと改めて感じさせられた。

 

そんなことを考えながら次の言葉に悩んでいると、

父は私を覆うようにしてぎゅっと、そして大きく強く私を抱きしめ、頭をそっと撫でた。

 

……その抱擁はどこか遠い昔に置いてけぼりにして消え去ってしまっていた。

家族みんなで仲良く、明るく生活していたあの頃。

大きな体でも、とてもやさしく、とても暖かった抱擁。

 

そんなとうの昔に無くしてしまった、捨ててしまった暖かさを、私はひしひしと、

そんな強いけれどもとても優しかった、そんな肌の温もりを感じることができた。

 

 

「業、今まで本当にすまなかった。父親らしいことも全くすることができず、

 母さんがいなくなった後もしっかり接するべきだったはずなのに全く接することもなかった。

 父親失格な私だ」

 

そう言うと、(とうさん)はほんの少しだけ体を震えさせながら、少し強めに抱きしめ直した。

 

「今まで黙っていて済まなかったと思っている。でも、母さんとした約束だったんだ」

 

「え……?」

 

「”自分の身に何かあっても、いつも通りでいてほしい”と言われたんだ。

 ずっと黙っていてすまなかった。18年、18年間ずっとだ。

 母さんを亡くしたあの日からずっと、母さんとの約束を守り続けていたからなんだ…だから…」

 

その時、今までの18年間すべての辻褄が合ったような気がした。

今まで相手にもされてこなかった理由が母との約束だったということを

聞かされた私は何もかも納得した。

 

 

 交通事故のあった日、父は私と母さん搬送された病院へはすぐに駆け付けてこず、

仕事が終わった時間から病院へとやってきて、数日後私を引き取った。

その数日間も、仕事の終わった夜に面会に来ていた。だが、私はとても寂しかった。

だから私はいつも面会にやって来る父に対して機嫌を損ねていた。

 

退院して家に戻ってからもそうだった。

休日だろうが大抵忙しく、父と遊びたかった当時の私は、私なりに朝早く起きて

リビングへ向かうが既に家を出た後で、いつもテーブルにメモ書きを置いてすでに

作り終わっている朝食を食べて学校へと向かった。

 

それからというものの、私からしてみれば「父は母さんや私のことが好きでないから

こそ今までこういう行動を取り続けてきたんだ」と思うのも仕方がなく、

早朝すでにいなくなり、深夜に帰ってくるか帰ってこないかの父を

ほったらかし、父に対して憎悪を抱きながらそんな人生を送り続けた。

 

 

――だが、どれもこれも私の勘違いだったのだ。

 

今まで復習や憎悪によって燃えていた私がまるで馬鹿に思えるぐらいに。

そんな真実を聞いた私は、父を強く抱きしめて泣きながら言った。

 

 

「そんなの……今更遅いですよ……本当に…」

「……すまなかった。業、だからこそ、私は業に生きていてほしい。

 こんな父親で本当に悪かった」

 

 

そう父が言うと、私を抱きしめていた腕をほどいて私の元を離れた。

 

「大丈夫。業は私がいなくても頑張っていける。十分なくらいにね」

そう、微笑みながら言う。

 

そんな父を見ていて、言いたい言葉が出てこなくなってしまった。

今言うべきはずなのに、まったく喉元までその言葉が出てきてくれない。

私はただただ両手のこぶしを強く握りながら泣いていることしかできなかった。

 

 

「業、今も昔も、この世界はきれいな世界ではない。これからもそうかもしれない。

 でもね、業たちならこの世界を塗り替えられると私は思っているんだ。

 そう思えるからこそ私は頑張れるんだ。まだ業が小さかった頃のようにね。

 だからこそ、次は業の番だよ」

 

「天宮…さん……」

それしか口に出てこなかった。

出すべき言葉は、そっちではないはずなのに。

 

 

「……龍崎さん、お時間をいただきましてありがとうございます。もう、大丈夫です」

 

『本当に、いいんだね?』

どこか納得がいかないのか、ローランドさんは不満げに答える

 

 

「ええ」

『……わかった。刹那くん、相手はALEPHクラスだ。油断しないようにね?』

「あたりまえですよ。それに……私、”運の持ち主”なので」

 

父がローランドさんにそう答えると、ローランドさんは悲しい表情で父を見ていた。

 

 

「本当にありがとうございました。必ず、またどこかで会いましょう」

そう言いながら、父はエレベーターのコントロールパネルの強制ロックを作動させた。

起動した瞬間、私はエレベーターから出ようと大きく前に足を踏み入れ、飛び出そうとした……

だが、ローランドさんがそんな私を引き留めるために右手をつかみ自身の方へ引き寄せ、

抱きしめるようにして身動きを封じられた。

 

 

私は、すでに背中を見せモニターの方へと戻ろうとする

父に対して泣き叫びながら本音をぶちまけた。

 

「行かないでッ!!お願いだから!もう誰も失いたくないんです!!”お父さん”!!」

 

 

ドアが完全に閉まる直前に、その言葉を聞いたからなのか、

父は足を止めてこちらに顔を振り向かせた。

 

 

――そんな父の表情は、とてつもない寂しさと悲しさを背負いながらも、

  今まで見たこともないほどに吹っ切れたかのような満面の笑みだった。

 

その表情を見届けたと同時に、ドアは無慈悲にも重低音を響かせながらドアをロックした。

 

 

 

 

_________________________________


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:50文字~500文字)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。