魔法少女育成計画 -Fratricide Side- 作:天都ダム∈(・ω・)∋
☆アイムマイム
魔法少女となった三つ子が鏡の前に並ぶとほとんど区別がつかない。それはアイムマイムこと相間好夢を大いに喜ばせた。三つ子の中で一人だけ“違う”自分が“同じ”になれた、思春期のコンプレックスの解消がどれだけの意味を持つか、という話だ。
とは言え、実際に動いてみると、意真と衣美と違い、変身前と後で身長がガクッと変わるアイムマイムは、なかなか距離感がつかめず、一挙一動がギクシャクしてしまい、どこか違和感が出る、それに慣れるのも大変だった。歩くとつんのめる事などしょっちゅうだ。
(動きが違うからアイムマインは覚えやすい)
なんて言われてしまってはたまらない。ライムマインとタイムラインに合わせて、動き方をこっそりと真似した。
魔法少女になって最も変わった事は生活サイクルだ。
魔法少女の正体は秘密である、同じ魔法少女や魔法の国の住人以外にバレてはならない(魔法少女としての姿を見られたりするのはとりあえず問題はないらしい)。よって基本的にその活動は夜に行われる。朝起きて、学業に励み、バイトをして、帰ってきてから食事と風呂を済ませ、そして魔法少女だ。休む暇もない。
「飽きたー!」
ある日、ライムマインはそう言って、知らない他人の家の屋根の上にごろりと寝転がった。彼女らの移動手段は、その圧倒的身体能力を活かして、建物から建物へと跳躍する事なのだが、その途中での問題行為だった。
「ライムー、ちょっと服汚れるよー」
アイムマインが言うと、ライムマインはやだー! と駄々をこねた。
「飽きた飽きたあーきーたー! 毎日毎日人助け! 最初はいいよ楽しかったよ! 可愛いねーって言われるしパワーはみなぎってて超人感すごかったし! でも飽きたー! やってらんなーい! 帰ってゲームしようよー」
「さんせー、私も帰りたいです、お風呂入ってさっぱりしたーい」
タイムラインもライムマインに賛同して、ぺたんと座り込んだ。
そう、最初のうちは特別な魔法を手に入れて、ワイワイはしゃいでいた。魔法少女は人助けをするものぽん、と言われた時は「なるほど、そのとおりだ」と思ったし、実際超常の力をもって落とし物捜索、迷子の保護、溝にハマった車を動かしてやったり、酔っぱらいを家に送り届けてあげたこともある。それらの行為は優越感と達成感をもたらしたが、一ヶ月毎日、見返りなくそんなことをやらされていれば、徐々に慣れが生じて、少しずつ飽きてくる。
一ヶ月そんなことを続けた結果、気づけば自分たちの趣味に一切触れていない、ということに気づいてから、ライムマインの鬱憤が次第に膨れ上がり、タイムラインもそれに同調していった。
「もー、二人共、気持ちはわかるけどさあ……」
苦言を呈するアイムマイムは気が気ではない、アイムマイムにとっては三人が同じ「魔法少女」であることが重要なのだ。二人がそれに価値を見出さなくなってしまったら、アイムマイムはまた「違うもの」に逆戻りしてしまう。
「そんなこと言ってもねえ」
「そりゃ最初は楽しかったけどさ」
「かわいーって言われたり、ねー。でも、感謝じゃお腹は膨れないし。来年は受験だよ、私達」
魔法少女の口から出る言葉としては夢も希望もない。実際問題、魔法少女になってから三人が得た者は魔法少女としての身体と固有の魔法のみだ。それ以上、何かの利益になるものはない。また、利益を出すために魔法で非合法な行いをするのは禁じられている。
「それとも、アイムは人助け楽しい~ってなっちゃうタイプなわけ?」
「う……」
それを言われると、アイムマインも押し黙る。結局のところ、徒労を感じているのは変わらないのだ。
三人が活動している双葉市は都心部からは離れているが、地域開発が進んでおり、駅に近づくほど栄えていて遠ざかるほど寂れていく。郊外に入ると森も山も開発が途中で止まって廃棄されたゴーストタウンのような区画、というある種典型的な発展中の田舎だが、その分面積も広い。ファムの話では他に七人の魔法少女がこの街におり、それぞれの地域を担当しているのだという。
時間が出来たら紹介してあげるぽん、とは言っていたが、時間ができる様子もない。何よりアイムマイム達の魔法は人助けに致命的に向いていない。
アイムマイムの魔法は『持っている鏡に映した相手に自分と同じ動きをさせる』と言うものだ。肝心の鏡のサイズは手鏡ほどで、使うためには自分の姿を相手に晒さねばならない。正体を秘匿しないといけないのに、この角の生えた魔女の帽子にマントと言った風体を見せつけなければ発動しない。その上で喧嘩の仲裁ぐらいにしか使えないが、昨今、夜の繁華街を彷徨いてみてもそんな険悪な状況に陥っている大人などそういない。
ライムマインの魔法は『触ったものを自分のものにしちゃう』というもので、わかりづらいがこれはなかなか使い勝手が良い。落ちているスマートフォンを拾うだけで、勝手にロックが解除されるし出来るし、キャッシュカードをATMに差し込めばそのまま暗証番号無しで中身を引き出したりできる――――が当然そんなのは「悪い使い方」であり、真っ先に悪事を働こうとしたライムマインを二人がかりで制した。悪用なら幾らでもできるが、合法的に使おうと思うとなんというか制限が多く、なんともパッとしない。
タイムラインの魔法は『少しの間だけ時間が止められる』というもので、連続で九秒の間時間を止めることができる。最初はすごい! 最強! 完璧! と吸血鬼か何かになったみたいに喜んでいた時間停止ではあるが、実際に使ってみると九秒でできる事など限られていた。魔法少女の脚力なら数百メートルは余裕で移動できるが、実際移動してみた結論は疲れる上に九秒節約しても大した意味はないという残酷な現実だった。ついでに再度停止するには一秒につき一分のリチャージが必要であり、かなりリスクが高い。
つまり『基本的に役に立たない魔法』と『悪用する分には役立つが悪用出来ない魔法』と『すごそうに見えるけど実際に使ってみるとそうでもない魔法』が、この三つ子に与えられた能力だった。
そりゃあ、やる気も落ちる。
いっそド派手にビームとか撃ちたかった、かのマジカルデイジーはボカスカビービー撃っていたというのに。
「皆ー、頑張ってるぽん?」
迷子を母親の元へえっちらおっちら送り届け、重そうな荷物をもったおばあさんが歩道橋を渡るのを手伝ったりして、夜の十一時を回ったところで、繁華街を離れ、再びひょいひょいと家屋の屋根を飛び石にして自宅に戻る途中、ようやく諸悪の根源が顔を出した。
「ファムファムファム!」
「ファムファムファム!」
「ファムファムファム!」
「ステレオで連呼しないで欲しいぽん! 声を揃えないでくれぽん!」
魔法の端末――普段は平たい逆卵型で、横にスライドすることで画面とボタンが出てきてハート型になる魔法少女専用の連絡用デバイス――を経由して、ファムが現れると、三人は一気に爆発した。
「人助け飽きた!」
「つまんない飽きた!」
「めんどい飽きた!」
「魔法少女失格案件ぽんー!」
見返りがない、やる気が出ない、感謝だけじゃ生きていけない等、思いつく限りの不満点をファムを取り囲んで叩きつけまくる。
「お、おかしいぽん……魔法少女の適性がある娘は基本的にいい子のはずだぽん……魔法少女に憧れて、人助けを心から喜べる娘達のはずだぽん……」
「私達が悪い子だってぇ!?」
「そもそも選んだのはファムでしょー!」
「なんかよこせー! 謝罪と賠償ー!」
「痛くはないけど発言にエラーが出るからやめるぽん! 今日はちゃんといい話を持ってきたぽん!」
その言葉で、ぴたりと三つ子の動きが止まった。
「「「いい話?」」」
「息がピッタリぽん……皆の教育係になる魔法少女が決まったぽん」
「「「教育係?」」」
「魔法少女としての正しいあり方を教えてくれる魔法少女ぽん、あと、重要な連絡事項が有るからよく聞いて欲しいぽん。それと……」
「「「つまらなそうだからやだやだやだ!」」」
「ステレオで喋るなって言ってるぽん!! 話を聞くぽん! 待遇に不満があるのはわかるぽん! 最近はそういう魔法少女も多くなってきたぽん! 本来はそういう娘は魔法少女に選ばれない者だけど最近魔法の国も手を広げすぎているみたいだぽん! そこで! 清く正しい魔法少女としての心構えを身に着けてもらうために名教官を招いたぽん! 沢山の魔法少女を指導してきた凄腕ぽん! どうかちゃんと話を聞い――ぽんっ!?」
三人が同時に端末を閉じて、ファムの気配が消えた。
「教育係だって」
「どうする?」
「面倒くさい……」
アイムマインが話を振って、ライムマインがそれをパスし、タイムラインが受け取る。
魔法少女となってからは、なんとなく、こんな流れが多くなった。
「帰ろっか?」
「帰る?」
「帰っちゃおうか」
魔法の端末に表示された地図と、目的地を表すかわいいハートをちら見してから、そう判断して……
ブブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ
耳を劈くクラクションの音が、町中に響き渡った。
☆タイムライン
魔法少女になったりなんだりとは、突き詰めれば娯楽だ。なので、楽しい事をしたい。一方で、魔法少女の活動はあんまり楽しくない。三つ子でワイワイと遊んでいるのは楽しいが、それはいつもどおりの事なので、魔法少女特有の高揚感も慣れてしまえばこんなものか、としか感じなくなってきてしまった。
個人的には嫌いではない。タイムラインとしての姿は非常に可愛い。人助けとしてはともかく、その他日常の延長ならば「時間を止める」という魔法は大きな意味合いがある。しかし魔法少女になった事であちら(、、、)にも支障が出てきている。
アイムマインとライムマインが飽きて来ているのなら、無理して続ける必要もないな、と思っていた、教官役など、いかにも面倒そうなワードがでてきたことだし。
そう感じていた矢先、猛烈な音がした。なにかと思って目を凝らすと、数百メートル先の国道で、凄まじい速度で走る車の光が見えた。魔法少女の視力で視認できた――大型トラックだ。
「何あれ!」
「暴走してる!?」
「大丈夫!?」
見るからに大丈夫ではなさそうだ、というか、対向車線に容赦なくはみ出して蛇行運転している。運転手がどうなっているのかは、流石にここからではわからない。幸いなことに周りに他の車の影は見えないが、いつ歩道を乗り越えて、民家に突っ込んでもおかしくない。
魔法少女の全力で、障害物をすっ飛ばして直線距離を走れば、トラックに接触できるかも知れない――が。
「っ!」
タイムラインは時間を止めた。首からぶら下げた時計の針は一回転九段階まで調整できる。指で三つ分、三秒の間、全てが静止した。動けるのはタイムラインと、タイムラインが接触して、物理的に動かしたものだけだ。
(ええとえとえと、どうしよ、どうする、どうなる、どうして、どうしよ――――)
止めた時間を思考に費やす。咄嗟の判断に、少しだけ猶予を与えてやる。頭はぐるぐると回る。
残り二秒、もう決断するしか無い。
残り一秒、ライムマインの腕をつかむ。
残りゼロ秒、時間が動き出す。
「ライム! あれ止めて!」
「ひえあっ! 今時間止めてた!? え、何、どうやって!?」
「私が時間止めて担いで走るからトラックに触って!」
「マジ!?」
「マジ!」
そんなやり取りをしている間にもトラックは走る。脇の歩道を走る数少ない通行人が、きゃあ、とかわあ、とか悲鳴を上げる。
「……ええいままよ! 行ってタイム!」
「私は!?」
アイムマイムが叫ぶ。
「追いついてきてっ!」
告げると、タイムラインは再度時間を止めた。今度は六秒。ライムマインを担いで、全速力で駆け抜ける。一秒は短い。九秒も短い。六秒だって当然短い。普段なら何の役にも立たない。
けれど魔法少女なら、六秒あればこれだけの距離を駆け抜けることができる。
残り五秒、直線に並ぶ民家の屋根を駆け抜ける。
残り四秒、トラックが見えた。
残り三秒、ライムマインを担いだまま飛び上がった。
残り二秒、荷台の上に、二人で着地する。
残り一秒、呼吸が乱れた。足がもつれる、限界が来た。
残りゼロ秒、時間が動き出す。
「きゃあああああああああああああああああああああああ!?」
タイムラインはともかく、ライムマイン本人の認識では、遠くの位置から眺めているだけだったトラックの上に、いきなり移動していることになる。加えて速度と慣性の法則に揺らされる。体勢も不安定で、両足がもつれて今にも転げ落ちそうだ。
「ライム! 頑張って! 触って!」
ライムマインの体を支えながら、タイムラインが叫ぶ。しかし、タイムラインもまた加速に負けて放り出されそうだった、二人でもつれ合って、バランスを保つので精一杯だ。魔法少女でなかったらとっくに体ごと吹き飛んでいる。
風が轟々と耳を切る音が聞こえる。不味い、やばい、危ない、語彙力が現界まで落ちて、もしここから落ちたら、魔法少女の耐久力でも大丈夫なのだろうか、という今更な不安が鎌首をもたげた。
「ふたりとも、こっち向いてえええええええええええっ!」
後方から、微かに声が聞こえた。今の自分と全く同じ、生き分かれの声。
振り向くと、遠くにアイムマイムが居た。まだ、ぎりぎりだが見える。視認できる。鏡を掲げていた。それを認識した瞬間、ぴたりとタイムラインの動きが止まった。ライムマインも同じく、姿勢がそのままの形で止まる。
視界から今にも消えそうなアイムマイムは、その場で四つん這いになった。ライムマインとタイムラインは、その動きを正確に真似する。アイムマイムの魔法が発動している。
ライムマインの手がトラックの荷台に触れた。ライムマインが触れたものは、全てライムマインのものになる、思い通りに、自由自在に動かせる。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ、とブレーキ音が響いた。
「いやあああああああああああああああああああ!?」
急停止によって、当たり前のようにタイムラインが荷台から吹き飛ばされた、トラックはスリップしながら国道を暴れまわり、数秒後に停止した。
「すごい、よく止めたね」
上下感覚もわからないまま、ぐるぐる回って落下する身体を――――誰かが抱きとめながら、そう言った。
「間に合ってよかった――――大丈夫?」
「ふぇ……?」
滲んだ涙でよく見えない。だが、誰かが力強くタイムラインを支えている。
「私はユミコエル、君たちだよね。えっと――三つ子の魔法少女っていうのは」
息も絶え絶えにトラックの荷台の上から上半身を這いずりだしたライムマインと、ようやく追いついたアイムマイムが合流した時、気づいたらタイムラインは、大声を上げて泣いていた。
☆人魚ローレリア
ちゃぷ、ちゃぷ。水が揺れる。
自らを包み込む心地よい液体のドレスをまとって、人魚ローレリアは
「へぇー、なかなかぁー、やりますねぇー」
楽しくなってきちゃいましたぁ、と、笑った
☆シュガースポット
「あれ、先輩、寝不足ですか?」
「うん、昨日の夜、この辺でトラックが暴走してたの、知ってる……?」
口元を小さく片手で覆って隠す、眠そうな恋人の腕をさり気なく支えてやりながら、美里は訪ねた。
「ええ、家とは反対方向でしたけど……先輩の家の近くでしたっけ?」
「歩いて十分ぐらいの場所だけどね……大騒ぎになっちゃって、救急車とかも来たし、サイレンガンガンで、全然寝れなかった……」
「あらあら、それはお疲れ様です。休み時間に膝枕でもしてあげましょうか?」
「美里ちゃん……ただでさえ、からかわれるんだからほんとやめて……」
「私はからかわれるのが嬉しいですけども」
勘弁してください、などというので、えいっ、ともっと腕を抱きしめてやるとおとなしくなる。やはりかわいい。
お互いバイトもあるし、美里には夜の魔法少女活動もあるので、二人の逢瀬は朝の登校時間と昼の休み時間に限られてしまう。今日は疲れているようだし、程々にしてあげようと思う。その分、休日は思い切り甘えさせてもらおう。
「美里ちゃん、気をつけてね、最近は本当に物騒だから……夜は一人歩きとか、しちゃ駄目だよ」
「心配ありがとうございます。言われなくとも、そのつもりです」
嘘はついてない。夜の活動は、常に三人で行っている。
「美里ちゃん、おはよ。先輩も」
背後から声がかかって、振り向いた。聞き覚えのある声だった。
「あら、聖ちゃん、おはようございます」
長い黒髪に赤いリボン、道を歩けば十人が振り返るパッチリとした瞳と堂々とした姿、我らが学校の一の大有名人であらせられる、御剣聖その人だ。
「お、おはよう、御剣さん」
「どうも。相変わらずベッタベタでラブラブねー」
「えへへー、わかりますー?」
「朝からベタベタされると見ててすっごい腹立つからっていう嫌味のつもりだけど」
「わかってますけど、何か」
「あなた本当にいい度胸してるわね」
美里と聖は特別仲が良いというわけではない。一緒に何処かに遊びに行こうと計画したこともないし、プライベートでの趣味や活動などをわざわざ掘り下げて聞いたこともない。
たまたま幼少期から学校が同じで、学年が同じで、クラスも同じだったので、会話をする機会が多く、『あ、コイツ気がついたら視界のどこかしらに居るな』と認識してからは、グループを組む必要にかられた際はお互い「こいつでいいや」と妥協し、比較する必要がある時は「こいつより上ならいいや」と思うような、そんな関係だった。
クラスメイト以上、友達未満というべきか。美里が聖に関して知っている個人的な情報は、現在売れっ子の俳優さんで朝のヒーロー番組に出演しているということぐらいだ。誕生日すら聞いたことが無い。
「…………」
ともあれそんな有名人が、先輩とイチャイチャできる貴重な朝の時間に割り込んできてじとーっと睨みつけてくるのは気分が良いものではない。
「あの、どうかしましたか? 先輩が怖がってるんですけど」
「怖がってないけど」
「先輩は美人に弱いんですから、あまりじーっと見ないで下さい」
「弱くないけど!?」
正確に言うと、聖が睨んでいるのは美里と先輩、二人だ。まとめて一つのものとして見ている。しばらく視線を固定したまま眺め回し、やがてため息を一つ吐き出して、聖は言った。
「……美里ちゃん」
「はい、なんでしょう」
「相談があるの」
「乗りたくありません」
「釣れないこと言わないでよ、友達でしょう?」
「私達友達でしたっけ」
「長い付き合いじゃない」
「かれこれ六年以上にはなりますが」
「私、あなたのことは認めているつもりなのよ」
「それはどうもありがとうございます」
「相談があるの」
「乗りたくありません」
「私があなたに頭を下げるなんて人生最初で最後なんだからここは景気良く相談の一つぐらい聞いてやろうという気にはならない?」
「今日顔を合わせてから今この瞬間まで一度も頭を下げられた記憶がないですけれども」
「私があなたにお願いしている時点で頭を下げているようなものじゃない」
「自分に都合の良い解釈が得意な人ですね……」
相談事となると、授業間の休み時間にちょろっと、というわけにはいくまい。昼食を交えながら、休み時間をまるまる使うことになる。しかしそうすると先輩と過ごす昼の一時はなくなる。美里に得は無い。
「勿論ただとは言わないわ」
「一万ぐらいくれるんですか?」
「現金は野暮でしょ」
聖がカバンから取り出したのは、小さな封筒だった。千葉に存在する超大型アミューズメントパーク。その歴史あるマスコットキャラを象ったロゴマークが燦然と輝き、その存在感を露わにしている。
「もしあなたが私の相談に乗ってくれたら、このチケットをあげるわ。併設ホテルに一泊二日フリーパス付き、夏の思い出を作るのにちょうどいいんじゃない」
それは、餌としてはあまりに魅力的だった。
「なんでも相談して下さい、私にできることならなんでも」
それと、一泊二日の予定を明けておいてくださいね、と先輩に告げる。困ったような顔をして、笑っていた。
「で、相談とは?」
学食はあるが利用する生徒は少ない。学校の側にもっとお洒落なカフェや食事処がいくらでもあり、そこへ出かけることを教師たちも許しているからだ。秘密の相談をするにはある意味でもってこいとも言える。実際、今居るにも数人の生徒で、それぞれ思い思いに音楽を聞いたり、スマホをいじったりしていて、こちらにはあまり関心を向けない。聖が眼鏡をかけて、髪型を変えて、多少変装しているのも有るのだろうが。
とにかく、お弁当を広げて、他愛ない世間話をして、中身を片付けてようやく、美里から切り出した。
「……一応言っておくわね。あなたはちゃんとした人間だと思ってる。だから」
「他言無用ということならおまかせ下さい。元々私は聖ちゃんのスキャンダルに欠片も興味がありません」
「美里ちゃんのそういう所、私好きよ。で……肝心の内容なんだけど」
「はい」
コホン、と咳払いしてから、小さな声で聖は言った。
「好きな人が居るのよ」
アイドル、御剣聖に好きな人。マスコミが聞いたら、大喜びしそうな話題だ。
ついでにいうと、美里も女子である。人の恋愛話ほど面白いものはない。
「でも、私よりも……仕事が忙しかった分、時間が出来たら趣味に夢中で、あんまり、私とね? そういう空気にならないっていうか……」
「うーん……ていうかお相手ってぶっちゃけあれですか、御剣隆二?」
聖と共に朝のヒーロー番組の主役を務めていた、今最も人気のある、聖と血縁関係が有ることで有名な若手タレントの名前を、美里はあげた。
「……そう。言っとくけど、いとこ同士だから、結婚オッケーだから」
「ふむふむ……まー、もしもバレたら本当に世間が放っておかない組み合わせではありますよね」
「スキャンダルとしては致命的ね。でも、私にとってそれ以上に致命的なのは彼が私をずーっと妹として見続けることなの」
安物の珈琲を、マドラーでぐるぐるかき混ぜながら、聖は言った。
「ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとなの」
「そのレベルですか……」
「仕事側の知り合いにはこんなこと話せない、どこで誰が何を漏らすのかわからないのが芸能界だから。そうすると、私がこの手のことを相談出来て、口が硬いと思えるのは、美里ちゃんしか居なかったのよね」
「信頼してくださってありがたい限りですが……とはいえ、私は御剣隆二さんの人となりは知りませんので、個人的な意見の恋愛観の話としてお受け止め下さい」
経験と自分の恋愛観……そういったものを総動員して、言葉を選ぶ。
「あくまで私の個人的な意見ですが……恋愛的な好悪、というのはですね、『欲』を満たせるかどうかにかかっているんです」
「……欲って」
「今、エッチな想像したでしょう」
「してないわよ!」
「頬赤いですよ、後声大きいです。別に欲って、性欲だけじゃないですよ。独占欲、支配欲、庇護欲、社会的欲求、承認欲求、安全欲求、なんでもいいですけど。人間っていうのはですね、自分の『欲』を満たしてくれる人を好きになるんです。可愛い子が何で好かれるかって、彼女に出来たら独占欲と支配欲を満たせるからですし、か弱い子を守ってあげたいのは、庇護欲を満たせるからですよ。だから、好きになってもらいたいのなら、『私はあなたの欲を満たしてあげられますよ』というアピールを欠かさないことですね」
「……具体的には?」
「別になんだっていいんですよ、美味しい料理を作ってあげて、『食欲』を満たしてあげるのでも、ああ、もちろんエッチな聖ちゃんなら性欲を満たしてあげてもいいんじゃないですか?」
「人聞きの悪い事言わないで頂戴!」
立ち上がり、怒鳴る聖。視線が一気に集中し、気まずそうに席に座り直した。
「……あなた、そういう恋愛観であの先輩と付き合ってるわけ?」
「ええ、私、告白する時ちゃんといいましたもの。『私を選んでくれるなら、あなたのあらゆる欲望を満たしてあげます』って」
「…………」
「やっぱりエッチな想像してません?」
「し、してないっ!」
「申し訳ありませんが、私と先輩の関係はまだピュアですよ、十八歳になるまでは、そういうのは駄目だって決めてるんです」
「だから何も想像してないってば!」
ふー、ふー、と息を荒げて目を背けて居る様が面白い。
「ですので、彼が何をしたいのか、どういうものを求めているかを考えて、それを満たすか、自分と一緒にいれば満たせるな、と思わせてあげるのが一番なのではないかと。現状、趣味のほうが欲求を満たしてくれるから聖ちゃんに見向きもしないわけですし」
「そうはっきり言われると辛いんだけど……言ってることは、わかったわ」
むう、と考え込む姿も、やはり様になる、変装していたところでその際立った容姿が隠せるわけでもない。
「ま、あとは、そうですね。一緒にその趣味をやってみて、話題を共有できたりすればよいのかもしれません」
珈琲を一口飲んで、はぁ、と再度盛大なため息を吐いて、聖は言った。
「それは、もうずっと前からやってるわ」
☆せれな
「サラ、ちょっとでかけてきますねー、パパとママには内緒ですよ」
「それじゃ、行ってきまーす」
せれなが部屋の窓から飛び出すと、サラはちらりとそちらを見てから、わふ、と鳴いた。
魔法少女最高。
せれなは純粋にそう思っている。防御力一辺倒だったせれなが選抜試験を勝ち残ったのは、良き友と巡り会えたからだ。せれなが参加した試験では十四人の魔法少女が三人チームを組み、時には人助けを行ったり時には召喚された悪魔と戦ったりといったもので、その際組んだのが獅子神破沙羅とシュガースポットだった。
獅子神破沙羅はフンフンとこちらの匂いを嗅いでからなぜかずーっと側を離れず、シュガースポットは「魔法が役に立たなくて誰とも組んでもらえなかったのです」と良いながらケーキを片手に近寄ってきた、一口食べてオッケーした。
結果的に言えば三人チームは極めて適切に機能した。獅子神破沙羅の攻撃力とせれなの防御力が組み合わされば戦闘面で敵は居らず、シュガースポットはその二人を運用する作戦を立てるのが非常に上手だった。試験を見事勝ち抜き、今はこうして人助けの傍ら、お茶会を楽しんでいる。
「はー、甘酸っぱくておいしー」
今日舌鼓をうっているのは黄金色のレモンパイだ。いつも通り二つ並んだ三角形のそれをゆっくり咀嚼していただく。湯気を立てる紅茶の茶葉と砂糖とミルクも、シュガースポットの魔法で作ったものだ。
「ざくざく……じゅわー、ばりばり、むぐ」
相変わらず皿ごと食いかねない勢いでパイを貪る獅子神破沙羅の口元を、シュガースポットがナプキンで拭ってやりながら、こう切り出した。
「お二人共、昨日のトラック事故の件はご存知ですか?」
「あー、なんか学校でも噂んなってましたねー、あんまり詳しく聞いてねーですけど、私らの担当地区じゃないですよねー?」
「ええ、調べた限り、国道を五キロに渡ってトラックが暴走、たまたまその範囲を車が走っていなかった為に、奇跡的に被害はほぼゼロですんだそうです」
「ほぼってのは?」
「運転手は死亡……というか
「へえー。この辺の魔法少女ってとあれですか、ユミコエル一派ですかね」
「いえ、目撃証言によると、私達の知らない魔法少女のようです、魔女の帽子に角が生えている……それが三人」
「三人! ふえー、分裂する魔法とかですかねー」
「まあとにかく、魔法少女が大きな事件を解決したということです。 ……少し気になりませんか?」
「しゅがー、なにがいいたい?」
手のひらについたパイの破片を舐めながら、獅子神破沙羅が言った。
「私が気になるのは“たまたま偶然、巻き込まれた被害者がゼロ”という所です。確かに夜遅くでしたけど、国道ですよ? それに深夜とはいえ零時を回ってないんです。走行中の車が他にいなかったっていうのが、どうにもピンとこなくて」
「誰かが意図的にやったってことですかー?」
「わかりません、これで終わればいいんですけど、これで終わらなかったら嫌だな、と思って。今日からのパトロールは、ちょっとじっくりやりたいな、という提案です」
チームのブレインであるシュガースポットがそういうのなら、せれなに文句はない。美味しいお菓子と紅茶を頂いて、やる気とパワーは十分なのだ。
「了解ですよー、ほらほらばさらん、お仕事しましょ?」
「うー、そと、あつい」
「そりゃ立派な毛皮を被ってりゃそうでしょうねえ!」
「もう夏もど真ん中ですから……今度は冷たいお菓子でも用意しましょうか」
「ひゃっはー! やる気もりもりですよー!」
「食欲を満たせば満足してくれる人が一番楽ですね……」
「え、なんかいいましたシュガー」
「いえ何も。それと、今回のレモンパイは、どっちが美味しかったですか?」
いつも通り、最初にでたものと次にでたものの比較だ。どちらがシュガースポットの作ったものなのかは、せれな達には教えられない。
「最初に食べたやつのほうが、レモンの風味がよくでてて美味しかったですよー」
なので、せれなは素直にお世辞抜きで、美味しかった方を答えることにしている。
夜でも街は明るい。お仕事を頑張っているお父様方のお陰で、ビルの窓からはこの時間でも光が溢れている。自分のパパもあの中の一つなのだと思うと、どうにも複雑な気持ちだが。
さて、魔法少女の仕事は人助けだが、せれな達は基本的に直接人間を助けることはしない。『そんなん効率が悪いですよ、問題が起こるのを待つよりも、継続的に発生しているものを取り除きましょう』というのがシュガースポットの談であり、普段は専ら道路際に不法投棄された大きな家電等を回収したり、野犬等を遠ざけたりといった裏方活動に終始している。
しかし今日に限っては屋根から屋根へと飛び回り、不審な物がないかを確認しながら移動していた。今日に限ってはそこいらで喧嘩が絶えず、またパトカーもやたらと多い。
「ばさら、ひとだすけ、すき」
酔っぱらい同士の喧嘩の仲裁を終えて、魔法瓶から紅茶を取り出し、一息入れていた所。獅子神破沙羅が唐突にそういった。
「へー、意外ですー、ばさらんが好きなのは食べることだけかと」
「せれなもすき、しゅがーもそのつぎにすき」
「それはどうもありがとうございます。……せれなさん、やけに懐かれてますよね」
「ええもう不思議な事に」
獅子神破沙羅は、とにかく語彙力が少なく、動きもどことなく動物的だ。人間としての姿は見たことはないが、よほど幼いか、あるいは……。
そこまで考えた時、せれなの魔法の端末が着信を告げた。同じ音が三つ、シュガースポットと獅子神破沙羅も同様だ。
「んぇ?」
端末を開くと、ホログラムが出現する。白黒二色の球体、ファムだ。
「こんばんわぽん、ご機嫌如何ぽん?」
「なんだファムですか」
「なんだー、ファムかー」
「落胆しないで欲しいぽん……」
「ふぁむ、ふぁむ、こんばんは」
「こんばんはぽん、破沙羅はいい子ぽん。あとでキャンディーを増やすぽん」
「えー、差別ですよさーべーつー!」
「うっさいぽん! ちゃんと挨拶ぐらいするぽん! もー最近の魔法少女と来たら、夢と希望と愛に溢れてるのが魔法少女だって自覚して欲しいぽん!」
「現実と絶望の魔法少女が、このシュガースポットです!」
「決め台詞言えてすっげぇ嬉しそうですねーシュガー」
「遊んでる場合と違うぽん! ……真面目な話をしていいぽん?」
ファムの声のトーンが一段階さがり、魔法少女達の顔からおふざけが消えた。
「“魔法少女殺し”、って聞いたことあるぽん?」
☆獅子神破沙羅
獅子神破沙羅には難しいことはわからない。
彼女に認識できるのは『自分の群れ』と『敵』と『敵ではないもの』だ。ファムは「敵ではないもの」で、そのファムは『敵』を仕留めろ、と言っていることが、とりあえず理解できた全てである。
『自分の群れ』のリーダーであるシュガースポットを見る。シュガースポットは賢い。獅子神破沙羅にわからないことは彼女がわかっている。さすがリーダーだ。
「話はわかりました。魔法少女殺し――相手にするのは構いませんけど、殺してもいいんですか? それとも生け捕りですか?」
「積極的に殺すとか言わないで欲しいぽん……可能な限り生け捕りで、どうしても無理ならやむを得ないぽん。でも、できればちゃんとした裁判にかけたいぽん」
「っつーか、そのブライダルーンって魔法少女は何して殺されたんですかー? よっぽど悪い事してたんです?」
ファムはこの近辺で魔法少女殺しが起こした事件の概要と、被害者の情報を語っていたのだが、獅子神破沙羅の頭には当然のように入っていない。
「ブライダルーンの魔法は『素敵なアクセサリを作れるよ』、だったぽん。指輪にネックレスにブローチにペンダント、色んな装飾品を自由に作れる魔法だったぽん。魔法で作ったアクセサリから宝石を抜き出したり、金属を溶かして売ったりしてたぽん」
「うっひゃー! なんですかそれうらやましー!」
「こらこらこらこらこらこら。……ちなみにそれって魔法の国的には違法なんですか?」
「ブラックよりのグレーだぽん、魔法でこっちの世界の環境が劇的に変化するのを魔法の国は許したくないぽん。無尽蔵にそんなことしてたら経済に影響が出るぽん。それ以前に魔法少女としてふさわしくない行為だぽん。だからバレたら厳重注意だし、それでも止めなかったら資格も剥奪されてたと思うぽん、でも……」
ファムはその全身をフルフルと横にふった。それが否定をあらわしているのは、獅子神破沙羅にもわかった。
「殺されるようなことではないはずだぽん。いや、たとえブライダルーンがどんな事をしてたとしても、それを個人が勝手に殺害して裁く権利はないぽん」
「わかりました。ですが、この街で“魔法少女殺し”のターゲットになるような魔法少女は他にいるんですか?」
シュガースポットの問いかけに、ファムは一瞬の沈黙を挟んで答えた。
「……どういう基準で“魔法少女殺し”がターゲットを選んでいるかはわからないぽん。“魔法少女殺し”の価値観にそぐわない……『魔法少女にふさわしくない者』、それをどうやって探ってるのかもわからないぽん。ブライダルーンがそういうことをしていた、っていうのも、殺されて、事件の調査をして初めて明らかになった事なんだぽん」
「では感知系の魔法や、それに類する道具をもっているのかもしれませんね……単独犯だといいんですけど」
「でもでも、事件があったのはかれこれ二日前なんですよねー? もうこの街から魔法少女殺しが居ないとかいうオチはないんですかねー?」
「まだ居るはずだぽん。“魔法少女殺し”は、その土地での犯行が終わったら『裁きは終わった』と何処かにメッセージを残すんだぽん。まだそれは見つかってないぽん」
「随分と自己顕示欲の高い猟奇殺人犯ですねー」
「ある意味、それだけ魔法少女と言うものが悪事というか、私利私欲で動いているということなのでしょうけど……魔法の国、ちゃんと管理出来てませんよね」
「……それに関しては返す言葉もないぽん」
だんだんとなんとなくですら話の内容が理解できなくなってきたので、獅子神破沙羅は大きくあくびをした。
☆プリマステラ
ユミコエルから身勝手行動禁止令を受けた翌日。
「よっし、“魔法少女殺し”倒しに行こう!」
馬鹿が馬鹿をいい始めたので、プリマステラは馬鹿の後頭部を蹴り飛ばした。
「いったああああ!? 何すんの!? 私に何すんの!?」
「あなたが何いってんのですわよ蹴りますわよ」
「蹴ったじゃん今!」
「蹴ってませんわ」
「蹴ったって!」
「そんなことはどうでもいいんですわ。問題なのはあなたが、たった今、ファムと先生から関わるな、と言われた事を誰より早くやろうとしている事ですわよ」
「そうっすよー、私達、戦わなくていいって言われたじゃないっすかー」
ピスタールが追随する。しかし、烈風のリカはどうも納得行かなそうだった。
「そこよそこ! 私達、候補生の時から、ずぅーっと、何してた?」
むくれるリカの言いたいことは、まあわかる。
「えーっと……」
「訓練訓練訓練訓練訓練訓練じゃん! なのにいーっちども戦ったことないんだよ私達!」
魔法少女のやるべきこと、なすべきことは決まっている、人助けだ。困った人の前に舞い降りて、超常の力でさっと解決し、影も形も残さず立ち去るのが良い、とされる。
一方で、ユミコエルの元について以来、彼女に指導されたのはほぼ戦闘訓練だ。身体の使い方、魔法の使い方、咄嗟の判断、ありとあらゆる「戦うため」の技術を、それこそ骨の髄まで叩き込まれた。
「そう言っても、戦わないに越したことはないじゃありませんの」
「目の前に敵がいるじゃんっ! 鍛えてきた全部を思い切りぶつけるチャンスじゃん!」
「そーんなに戦いたいなら、私が相手になってやるっすよー?」
ピスタールがしゅっしゅっ、と眼前に拳を突き出した。
「ピスタールと戦ってもしょうがないじゃん、私は、ずばーんと倒したいの、敵を!」
言いたいことはわかる。烈風のリカやプリマステラは、自ら望んで魔法少女になった――
とある条件と引き換えに、三人が――――施設の家族達が一緒に居る為の条件として、魔法少女となる道を示された。それは実質的には他の道がないのと同じであり、魔法少女にならざるを得なかった。
そうして行われたのは、有り体に言うと魔法少女の身体能力を活かした「戦い方」のレクチャーだった。ユミコエルは何を思ったか、「こんな魔法少女と敵対したら」「こんな相手に襲われたら」「こんな状況ならどうするか」という仮定を元に、様々な「敵と戦うための技術」をプリマステラ達に与えた。もうこれでもかというほど与えた。プリマステラは人体の急所を二百箇所以上とりあげて、どこをどう攻めればどうなるのかをそらで語ることが出来る。
しかし、リカの言うとおり、実際それらの技術が本番で使われたことはない、仲間同士での訓練はともかくとして、明確な「敵」がプリマステラたちの前に現れたことはないのだ。
それが多少なりとも惜しくないと言えば嘘になるし、何事も無いのが一番である、というのもまた嘘ではないのだ。
「魔法少女は、正義の味方でしょっ! 戦いに勝利するための正義の味方が、悪を目の前にして、さんざん訓練してきたのに、いざでてきたら戦うな逃げろ、って酷いじゃん!」
「先生が駄目、って言ったってことは、まだ私たちには早いってことなんじゃないっすか?」
「早いかどうかなんてやってみなきゃわかんないじゃん!」
「もう、リカ、いい加減に――――」
子供のように駄々をこねるリカに、プリマステラは怒鳴りつけようと口を開き……
「ではぁ、私のお相手をぉ、してくれますかぁ?」
聞いたことのない声が聞こえた瞬間、全員が、ばっと一斉に、飛び跳ねるように散った。奇しくもそれは訓練どおりの動きだった。
「あらぁ……そんなに警戒、なさらずともぉ」
にこっ、と微笑む「それ」は、
「魔法、少女……?」
上半身は豊満な胸を貝殻で覆っているだけの扇状的な姿だが、下半身、へそから下は青く輝く鱗に包まれた、魚のそれだった。水の塊が地上一メートルぐらいの高さで空中に浮かび、球体となってその体を包み込んでいる。
「はいぃ、魔法少女ですぅ、人魚ローレリア、と申しましてぇ、えぇ、はじめましてぇ」
「はじめましてですわ、私はプリマステラ。それで、先程のお言葉はどういう意味ですの?」
あらぁ? とローレリアは首を傾げた。
「どういう意味、というのはぁ……私はぁ、ただぁ」
ちゃぷん、と音を立てながら、右腕を持ち上げて、ぴっと
「二人共退くっす!」
ピスタールが、目にも留まらぬ速さでプリマステラと烈風のリカを突き飛ばし、ローレリアの前に躍り出た。
「ぱぁ~ん♪」
気楽な口調で、ローレリアは自身の魔法を発動させた。
☆ピスタール
全身がびきっと硬直して動かなくなり、続いて激痛が走った。
「っだああああああああああああああああああっ!?」
体の内側から走る痛みに、ピスタールは悶絶した、まるで血管に針を流し込まれた家のようだ。
一方で、人魚ローレリアはあれ? と首を傾げた。期待した効果が得られなかった、と言いたげな顔だった。
「あれぇ……? あなた、頑丈なんですねぇ」
「い、いやぁ、それほどでもねーっすけど……」
ちらりと後方を見る。ピスタールを前衛にして、プリマステラと烈風のリカが立ち上がった。
「――先生と連絡つけて、合流するっす! こいつは自分が食い止めるっす! なんかやばいっす!」
「わかりましたわ!」
「うーっ! 了解!」
プリマステラは躊躇なく、リカはものすごく躊躇して、二人はそれぞれ別方向にかけていった。取り残されたピスタールは人魚ローレリアに相対し、拳を構えた。
「ふぅーん、訓練、されてますねぇ、仲間一人置き去りにしてぇ、助けを呼びにぃ? ここに居る魔法少女ってぇ、そんな武闘派だったんですかぁ?」
「こういう時のためにガッツリ鍛えられてたんだと、思うっすけどね」
人魚ローレリアはあくまでふわふわとした口調と崩さない、ピスタールは睨みながら尋ねた。
「お前、何者っすか。お前が“魔法少女殺し”なんっすか? だったら、ここでぶっ倒してもいーっすかね」
「あはぁ、面白いこというんですねぇー、私が魔法少女殺しぃ? まさか、まさかぁ」
くすくすと、おしとやかに、柔らかに、美しい人魚は微笑んだ。
「ふざけたこと言わないでくださいぃ。内側から破裂したくなかったらぁ、素直になった方がいいと思いますよぉ?」
ローレリアがパチン、と指を鳴らすと、再びピスタールの全身に痛みが走った。
「っぐっ! なんっすかこれ……!」
「うふふ、さぁ、なんでしょうー?」
魔法を使われているのは間違いない。ただ、その詳細がわからない。烈風のリカはただの馬鹿だが、ピスタールは普通の女子だ。プリマステラのように頭がよくないし、機転も発想力も足りない、恐らく考えてもわからないだろう。
それに、どうせローレリアがどんな魔法を使おうが、
「痛いのは勘弁っす……とりあえず、ぶっ飛ばすっすかね」
足を踏み込み、一直線にローレリアに突っ込んでいく。ローレリアは応じるように手を広げ、ピスタールの身体に「何か」をした。
「…………え」
「何かしたっすか?」
恐らく――――その「何か」で勝負はついてしまう予定だったのだと思う。一撃必殺だとか、条件を満たせば一撃とか、あるいはもっと圧倒的な能力なのかもしれない。
が、ピスタールには関係ない。拳を軽く握ると、肩を振り抜くように、全力で頬めがけてぶち込んだ。
「っ!」
ばしゃりと空中で、水音を立てながら身を翻し、ローレリアは間一髪攻撃を回避した。顔の横を通り過ぎたその一撃は、ローレリアの美しく青い、長い髪の毛をカミソリのように切り落とした。
「ど、どんな身体能力です、かぁっ!」
手刀を空中で振るうような仕草をする。すると、三つの薄い水の膜が三日月状の形となって、ピスタールに向かって飛んできた。一つは横にそれて、背後の木を真っ二つに両断した。二つ目は地面に突き刺さり、深い溝を作った。
三つ目が顔に当たる。ぱちんと弾けて、濡れて消えた、それだけだった。
「え、えええええ!?」
その魔法によほど自信があったのだろう。殺傷能力を伴う一撃は、ピスタールに対してだけ全くの無力だった。
「うひ、あっぶな!」
「ななな、あなた、なんなんですかぁ!? 私の魔法をぉ……!」
「何だ、って聞かれても困るっすけど……」
改めて、ピスタールの拳が、ローレリアに向かって放たれた。
「答える馬鹿も居ないっすよね」
☆ユミコエル
「というわけで、私の名前はユミコエル。君たちの教官役を務める魔法少女です」
冷静になってみると魔法少女にメガネは必要無い、実際外しても視力に変化はないので、単なる伊達ではあるのだが、コスチュームに最初から含まれていることだし、しっくり来るのでこのままにしている。
ファムに教官役として指名されたユミコエルは、トラック事故のあったその翌日の夜、再び三つ子の前に居た。
駅から離れれば木々生い茂る山も多く、人目につかないその場所を待ち合わせ場所に指定したのだ。
「はーい、教官役ってなんですかー?」
「はーい、お給料って出るんですかー?」
「はーい、具体的に何すればいいんですかー?」
「手を上げて質問できるのは、うん、いいことだね……トリプルステレオじゃなければ」
ちょっと落ち着いて、とユミコエルは言った。
「魔法少女としての心構え、どうあるべきか、どう活動すればいいか……みたいな事を、先輩が教えるのが魔法少女の伝統なの」
「面倒だね……」
「バックレようか……」
「一応聞くだけ聞いておこうよ」
「君たち、内緒話苦手?」
目の前で堂々と輪になって話す三つ子の仕草はどことなく愛らしいものの、コホン、と咳払いをして注目させる。教官役は威厳が第一だ。初印象で舐められたら全て終わりである。
「ちょっとちゅうもーく」
というわけで、ユミコエルは魔法を発動させた。ずんっ、と四人が立っていた大地が揺れた。
「ひえっ!」「ひゃっ!」「ひあっ!」
三つ子が悲鳴を上げた後、ぽかんと口を開けた。ユミコエルの足が、地面に数十センチ以上めり込んで、周囲の土を掘り返していた。
「最初に言っておくけど、私の魔法はものすごい力を出すことができる、っていうものなので」
ぱちぃんっ、と中指を親指で抑えて離す、所謂デコピンの動作を行う。空気が弾けて小気味良い音がした。
「痛いと評判の私のデコピンを、使わせないようにお願いね」
「「「了解です」」」
綺麗に声が揃った。さすが三つ子だ。
「うん、それじゃあまずは自己紹介……一応データは聞いてるけど、えーっと」
三つ子の外見は、当たり前だがほぼほぼ同じと言って良い。角の生えたウィッチハットにふわふわのラベンダー色のロングヘア、魔女風のローブを纏った姿はなんとも区別しづらい。唯一違う所は、帽子に巻いてあるリボンの色と、角の形と、首から下げているアクセサリだ。アイムマイムは黄色のリボン、角は上向きだ。
「三つ子の鏡をもってる奴、って覚えてください」
そして小さな鏡だ、これが彼女の魔法の発動条件になっている。
「ていうか三つ子が個性って時点で結構やばいよね、私達」
ライムマインはオレンジのリボンに、角は根本が太く後頭部にかけて伸びている。首からは小さな花をぶら下げているが、魔法には特に関係無いようだ。
「個々の個性で言うとザ・ボツって感じだよね」
タイムラインのリボンは紫で、角は横にピンと伸びている。首から下げた時計が彼女の魔法のキーだ。
「……その角って生えてるの? 帽子についてるの?」
「生えてます」
「取り替えようとしたら帽子脱げないの」
「入れ替わろうとしたけど駄目だったの」
「いきなりいたずらしようとするんじゃありません」
つまり帽子に穴が空いているらしい。
「よし、覚えた。覚えたと思う。もし覚えられてなくて間違えても許してね、君たち名前もすっごいややこしいんだもん」
「狙いました」
「語感が被るように」
「文字も被るように」
「あ、そうなんだ……」
本名を適当にもじった自分とは大違いだ、と心のなかで呟き、弦(つる)矢(や)弓子(ゆみこ)ことユミコエルは指を一本立てた。
「まあ、昨日はお疲れ様。君たちのお陰で大きな犠牲はでなかった。暴走トラックを止められる魔法少女なんて、ほんの一握りだよ。私も間に合うかわからなかった」
「頑張ったの私だからね」とライムマイン。
「私だって頑張って走ったもん!」とタイムライン。
「私が居なかったらふたりとも落ちてたんだからね」とアイムマイム。
「手柄を主張しあわないの。ただ、ちゃんと誇っていい、とも思うよ。あれは間違いなく、君たちの成果だよ」
こうして正面から褒めると、いやいやいや、と三人とも照れくさそうにした。
「タイムは泣いちゃったけどね」とライムマインが呟くと、タイムラインがうぐ、と喉をつまらせた。
ふふ、とユミコエルは笑い、そしてこの娘達もまた……恐怖に打ち勝ち、できることをせいっぱい頑張る、正しい魔法少女になれることを想った。
教官役として、先をゆくものとして、しっかりと導けるだけ、導こう。
この残酷な世界で、それでも私達が生きるためには、自分に何が出来て、どんなものをもっていけばよいのか。それを教えるのが、ファムの言うとおり、今のユミコエルの役割なのだから。
「では、早速だけれど、私から一つ」
小さな会話で少し打ち解けたところで、ユミコエルは言った。
「これから三日間の間、変身と魔法少女活動はおやすみです」
「「「何でや!!!」」」
三人の声が今度こそ綺麗に重なった。
「教官役が来てこれからって時じゃん!」
「今明らかによし魔法少女頑張ろうって流れだったじゃん!」
「私達もちょっと飽きてきてたけどがんばるぞーって気合を入れようとしてたじゃん!」
その抗議はごもっともだったので、ユミコエルはどうどうとなだめるように手を前に出した。
今、この街には魔法少女を殺す“魔法少女殺し”が居るのだと――――――
そう告げようとした時、ユミコエルは背中にぞくり、と迫る何かを感じた。
「「「え?」」」
三つ子が出来たのは、その反応だけだった。
両手を目一杯広げて、ユミコエルは前に飛び出した。三人を抱え込むように押し倒す。
「「「ぶべっ」」」
そして――――そのほんの瞬き程度の刹那、ユミコエルの首があった位置を、血まみれの糸鋸が通過した。
☆アイムマイム
押し倒されたところまで理解できたが、抗議の声をあげる暇なかった。ユミコエルは瞬時に倒れ込んだ三人をかばうように立ち、眼前を睨み、見据えていた。
「ぐる、ぐるる……ごろろろろろ」
喉を鳴らす音、といえばいいか。あるいは空腹のあまり捻れた胃腸がひねり出す音というべきか。
薄暗い林の中に、そいつはいた。皮膚の上に、直接包帯でぐるぐる巻きにした、生々しい身体のラインを見せつけている女。それでも、所々が出血して赤く滲んでおり、とてもではないがいやらしさを感じられるような風体ではない。何より、両手に一本ずつ、血まみれの、錆びついた糸鋸をもっている。
あれをまともにカテゴリしていいなら、世界全人類がまとめて猟奇殺人犯だ。
「な、何、あれ……」
「だ、誰?」
「……え、えええ……?」
三人は、なんとかその奇妙な存在をかろうじて知覚することが出来た。
かろうじて、なのは、そいつの姿が透けているからだ。
薄くて、ぼんやりしていて、背後にある木がよく見える。
「ころ、ぎこ、ぎこ、したい、まほうしょうじょ、ギコ、ギコ、えへへ……」
にちゃり、と音を立てて、そいつは笑った
「ゆ、ゆゆゆゆゆ、ゆうれ――」
アイムマイムが悲鳴を上げる前に、ぴぃんっ、と音がした。
ユミコエルが、何かを親指で弾き飛ばした音だ――――打ち出した何かは、その少女をすり抜けて、木の幹に突き刺さった。
「っ、物理透過の魔法……っ!?」
「わたし、い、イフレイン……たく、たくさん、ぎこぎこ、していい、っていって、た、から、する、ね、えへ、たくさん、するぅ。いる、いる、まほうしょうじょ、たくさん! たくさん!」
交渉の余地が、なさそうにも程がある。会話になる気が、しないどころの騒ぎじゃない。
神経を汚染する生々しい恐怖がアイムマイムを飲み込むよりも早く、糸鋸を持って、自称イフレインは再度突進してきた。
「早く逃げてなるべく遠くへ!」
叫びながらユミコエルが構える。振るわれた糸鋸を躱して、右の拳を放つが、虚空をするりと切るだけだった。
「あなた、ぎこぎこぉ!」
ユミコエルの頸動脈めがけて、糸鋸が振るわれる。咄嗟に腕で防ごうとする。
「あはっ」
だが、その手に握られた糸鋸までもが、ユミコエルの腕をすり抜けた。
「!」
ぐじゅ、と首にその刃が食い込む、攻撃する時だけ実体化した。
「ぎこぎこぎこぎこぎこぉっ!」
イフレインはそのまま、糸鋸を引こうとした。腕を後ろに、頸動脈を切り裂き、肉を切り裂き、骨まで達さんと。
「ひ……っ!」
目の前で血の花が咲く瞬間を想像し、アイムマイムは悲鳴を上げかけた。
「ぎこ……ぉ?」
しかし、そうはならなかった。コマ送りのように、ユミコエルの姿がイフレインの前から消えた。感触が帰ってこないことを不思議に思い、イフレインは首を傾げている。
「っ、何あいつ何あいつ何あいつぅ!」
タイムラインが、ユミコエルの手を引いて、すでに走り出していた。時間を止めて、ユミコエルを救出し、そのまま逃走したのだと理解した。
「ちょ、お、置いて行かないでよぉ!」
「タイムずるいっ! 逃げるのずるいっ!」
アイムマイムとライムマインも、ほぼ同時に起き上がって駆け出した。もしかして幽霊らしく足が遅いなんてことはないのかな、と期待して背後を振り返ると、周囲の木々を糸鋸で斬りつけ、ぶつぶつと何かをつぶやいていた。
「……いやいくらなんでも怖すぎるでしょあれはーっ!」
「どうなってんのユミコエルさーん!」
ユミコエルはタイムラインの手を解き、眉をしかめ、苦々しい顔をして。
「ありがとう、タイムライン、助かった」
「どういたしまして! それであれはどうすればいいのっ!?」
「ごめんどうにもならないかも」
「だよねー! 幽霊だもんねー!」
イフレインは動かない。魔法少女達は十秒以上走った。姿が見えなくなり、もしかして逃げ切れるかも……と想った瞬間。
「き、ききき、きああああああああああああああああああああああああああ! あああああああああああ! あ あ あ ああ! ぎぃいいいいいいいいこぎぃいいいいいいこおおおおおおおおおおおおおお!」
甲高い奇声と共に、間の木々という障害物をすり抜けて、イフレインが文字通り一直線に追跡を開始した。
「「「きゃあああああ来たああああああ!?」」」
必死に走る、速度そのものは変わらないが、どうしても道を選ばないと行けないアイムマイム達と比べて、イフレインは文字通り、ストレートに迫ってくる。
「……そうだ、アイムマイム!」
ユミコエルが叫んだ。
「君の、鏡!」
「っ!」
言われ、はっとなった時には、もう数歩の距離にイフレインが迫っていた。アイムマインは立ち止まって、目を閉じながら鏡を突き出した。イフレインの瞳が、獲物としてのアイムマイムと、その中にある鏡を視界の中に収めた。
首に糸鋸が食い込むのと、イフレインの動きを支配したのがほぼ同時だった。そろりと自分の右腕を動かすと、イフレインの右腕と、そこにつながる糸鋸も連動してゆっくりと離れていく。にちゃり、と刃が食い込んだ皮膚から血の糸が引いたが、大きな血管は切断されていないようだった。
「はぁ、はっ、はぁ……」
ジリジリと後退すれば、イフレインもジリジリと下がる。ここぞとばかりにライムマインが石を投げたが、それはスカスカと透過してしまった。
「ぐ、ぎ、ぎ……」
声帯を震わせて声を出す、という行為もまた「動作」だ、アイムマイムの魔法の支配下にある限り、イフレインは奇声すらあげられない。
「好夢ちゃん、怪我は? 大丈夫?」
「へ、平気……ちょっと、痛いけど」
「…………ぎぎぎぎぎぃ……」
アイムマイムが返答すると同時、喉の奥からかすれた声をあげると、イフレインの姿が、今よりもっと、少しずつ少しずつ薄くなっていく。ライムマインが、目を細めた。
「……あれ、あいつ、どんどん消えてない?」
「もしかして透明にもなれるの?」
それでもアイムマイムの魔法が発動していれば、イフレインは身動きできない、体のコントロールはアイムマイムに――――――
「……ダメだ逃げて! 完全に透明になられたらまた襲ってくる!」
ユミコエルが、焦った様子で叫び、アイムマイムとイフレインの間に割り込んだ。
「へ、なんで――――」
「いいから早く!」
「ぎぎぎぎぎぎぎ――――ぃこ」
イフレインの姿が消えた。と同時に――――――ぶしゅっ、とユミコエルの右腕が裂けた。
「っ!」
「きゃあっ!?」
ライムマインがか細い悲鳴を上げた。透明になった敵は、そのまま攻撃を仕掛けてきた。
アイムラインは自分の魔法が機能してないことを理解した。
「どうして動けるのっ!? 私の魔法はちゃんと発動してるのに!」
「ぎががががが! ぎこぉおおおっ! ああああ!」
姿は見えないが、声はする。そのたびに周囲の木々がバリバリと傷つき、裂けてゆく。
「違う、物を透過する魔法だから……完全に透明になったってことは、網膜にも何も映らない――――自分でも何も見えてないんだ!」
イフレインが完全に透明になる、ということは、イフレインは光に対しても自分の体を透過しているという事に他ならない。つまり、イフレインの視界も、外部からの情報入力が無くなる……網膜にも何も映せなくなる。何も見えなくなったので、
「でも、何も見えないなら今のうちに逃――――」
「ぎぃっ!」
逃げればいいじゃない、と言おうとしたライムマインの鼻先を、チッ、と凶器がかすめた。
「喋ったら駄目! 音で場所を判断して――――ぐっ!」
ざく、ざく、とユミコエルが更に切り刻まれた。声、というよりも、音がした所に対して、無差別に襲いかかっている。
視覚不明瞭故に致命傷ではないが、身体に傷が刻まれていく。裂傷を激しく作り出す構造の糸鋸は、皮と肉を引き剥がして、削ぎ落とす、痛みを与えるための武器に他ならない。
「あは、あは、いる、いるぅ、そこに、いるぅっ! ぎぃこぎぃこぉっ!」
イフレインもまた声をあげた、すぐ側にいる。しかし、場所がわかっても攻撃手段がない。
「っく……!」
追い詰められているのはユミコエルの方だ。なんとかしなければ。アイムマイムは必死に考えた。考えて考えて、何も浮かばず、目の前で、これから様々なことを教えてくれるはずだった人が切り刻まれていく。
「っ、早く逃げてっ! 私が囮になってる間に!」
そう叫んだユミコエルの頬が、引き裂かれた。流血が舞った。生々しい血液が、アイムマイムの頬を濡らした。
「~~~~~~~~~っ!」
「好夢ちゃんっ!?」
もうダメだ、殺される、そう思った時には、走っていた。ライムマインとタイムライン……一緒に生まれた二人が側にいるかなど、気にしている余裕などなかった。
「助けて、誰か、誰か助けて! あ、あああああああああああっ!」
恐怖に怯え、理性が壊れ、アイムマイムは、逃げだした。
☆ユミコエル
三つ子が逃げ出すまでの時間を稼いだ代償は、削られた全身の肉だった。透明状態になったイフレインの攻撃は、こちらに当たるときだけ実体化する。恐らく、糸鋸もイフレインのコスチュームの一部であり、魔法の効果を肉体の延長として使えるのだろう。
視覚があった時は、首筋の一点狙いで攻めてきた攻撃が、今は音を頼りに居場所を探り、ただ乱暴に糸鋸を振り回しているだけだ。お陰で防御もできるが、それに使用した部位はどうしようもなく削られ、血と肉が減っていく。全身の筋肉を締め上げて止血を試みるが、それ以上に痛くていたくて仕方ない。
(こんな時、あの人なら、どうするだろうか)
攻撃は通じない。姿が見えない。負傷している。一方的に嬲られる。痛みと出血がとにかくひどい。胸元から下げた、お守り代わりの鍵を、ギュッと握りしめる。
(少なくとも……抗いはするだろう、出来る限りの事をするだろう)
アイムマイムの魔法は通じた。絶対無敵の魔法少女では、決して無い。倒す方法は必ずあるはずだ……この場でユミコエルが実行できるかどうかが、別なだけで。
(……まった、攻撃が透過する、ってことは……すり抜け……あ)
浮かんだ。倒す方法、攻撃を入れる手段。ただし、後一撃、受ける必要がある。それが致命傷ならアウトだし、位置を特定出来なくてもアウトだ。
しかし、戦わなければならない、やるしか無い。挑発するように、高らかに声を上げて、こちらを向かせよう。
「あーーーーーーーーーっ! 先生見ーつけたーっ!」
そう決意して叫ぼうとした瞬間、馬鹿が颯爽と戦場に乱入してきた。
☆烈風のリカ
大変なことになった。突如現れた魔法少女、あれがきっと魔法少女殺しに違いないと駆けずり回った。烈風のリカは右手薬指に嵌めた
ユミコエル先生に連絡をつけたいと思ったら、なにやら魔法の端末がつながらない。というか仲介役のファムが出てこない。仕方ないので探し回っていたら、血まみれの先生が居た、何だこれは、というのが烈風のリカのざっくりとした感想だった。
「せんせ、どうし」
「今すぐ防御後方跳躍!」
身体が反射的に動いた。訓練の成果というか、反射的に、言葉通りに後方へ飛ぶ。ほぼ同時に、リカの前髪が乱雑に削り取られた……飛ばなかったら眼球が削られていた。
「あれ、せんせ、戦闘中?」
「音を出さない! 相手は物理攻撃無効、幽霊みたいにすり抜ける! 今は姿を消して、向こうもこっちの姿が見えないから音を頼りに攻撃してる! あとは――――」
「なるほど了解!」
烈風のリカは両手を叩いて、虚空を押した。空気の塊が「増殖」して、暴風を巻き起こす。――――ただし、ユミコエルめがけて。
「リ――――!」
「ちょっと離れててくださいせんせーっ! けが人居ても邪魔なんでっ!」
風の塊はユミコエルを直撃し、一瞬で十メートル以上吹き飛ばした。一方、騒音をぶちまけるリカに対して、糸鋸の見えない斬撃が襲い来る。
「っと! 危なっ!」
単に運が良かったのか、反射神経の賜物か、脇腹を一瞬、刃が掠めた。
それで、勝負は決した。
「あ、
烈風のリカは、両手を叩くと、地面に触れさせた。
魔法が発動する。地面が『増殖』し――――烈風のリカの視界内を埋め尽くすように隆起した。
「ぎぃ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
メリメリと持ち上がった地面が、イフレインに覆いかぶさる、それは透過することなく、莫大な重量を持って、飲み込んだ。
☆ユミコエル
なんでも透過してしまう魔法は、光すら例外なくすり抜けて、透明化して戦う、という悪辣な技を生み出した。音を頼りに暴れまわってもよいのだ。なにせイフレインからすればあらゆる攻撃は己を傷つけない。視界不良のまま敵の射程に乗り込んでも一切関係ない、無敵の能力だ。
だが、例外というか、仕様上の制限は、やはりどうしたって存在した。烈風のリカが行ったのは、まさしくユミコエルが思いついて、実行に移そうとした攻撃だった。
透明になってなんでもすり抜けられる魔法――それはあらゆる物理攻撃を無効化する。
だが、一方でイフレインは重力に囚われている、重さがあり、大地に足を降ろして直立している。
つまり、イフレインは地面を投下していない。もっと正確にいうのなら、何をどのようにすり抜けるのか、任意に選択できるとしても、
だから、足をつけている大地そのものを武器にすれば、攻撃は命中する。
「…………本当に、よくもまあ」
必死こいてボロボロになって、それでやっと思い至った事柄に、烈風のリカは敵の魔法を聞いただけで即座に思いつき、一度の攻撃で位置を割り出し、迅速に実行し、一撃で決めた。
ユミコエルに一度も勝ったことがなく、ピスタールには連戦連敗。人の話は最後まで聞かず、好戦的で短絡的で、正義感が強く、その上お馬鹿で、火が付きやすい。
厄介なことに、その上で、ユミコエルが知っている誰よりも、戦闘の天才である魔法少女。
それが、愛弟子の一人である、烈風のリカに対する、ユミコエルの評価だった。
☆イフレイン
イフレインにとって痛みとは自己認識だ。痛いから生きている。生きているから痛い。生きるということは痛みを伴い続けるということだ。
増殖した地面の直撃を受けて、イフレインは全身の透過を止めた。瞳に光が戻る。視界が回復する。全身で掘り進み、ぐるる、と喉から声を鳴らした。
「あ、でてきた」
「ぎこ、ぎこ、ぎこぎこぎこ……」
知らない魔法少女が居る、ぎこぎこしたい。きっと楽しい。生きていることを実感できる。楽しい楽しい楽しい楽しい。それがしたい、したいからまずは解体しなきゃいけない。スカートに隠れて太ももが見えない。大事なのは太ももだ、その奥の太い骨が大事なのだ。どうして隠しているのだ、それではイフレインが解体できない。駄目駄目駄目そんなの駄目だしっかりと見て削いで落としてそれを食べてぎりぎりぎこぎこぎこぎこぎこぎこぎこぎこぎこ。
「あんたが“魔法少女殺し”なワケ? 襲ってきたのはあんたの仲間? いー度胸してるじゃない、暁の三連星に歯向かったらどーなるか教えてあげるわ」
「……暁の三連星って何?」
「今適当につけた!」
「真面目にやりなさい……!」
魔法少女殺し。なんだろう、大事な言葉だった気がする。それはとても重要だ。イフレインは考えようとして、しかしぎこぎこしたさに負けて、ぎこぎこぎこぎこぎこぎこ……。
「はぁーい、駄目よイフレイン、そんなに興奮しちゃあ」
声が聞こえた。それは知っている声だ。イフレインが従うべき声だ。
「めも、りぁ……こ、この人、ぎこぎこ、した、したい……!」
「してもいいわよぉ、好きなだけぇ、でもちょぉっとまってねえ」
声は上からした、どこだろう、首を回して身体を回して見る。
「こっちこっちぃ、んふふ」
「……誰、アンタ」
目の前の魔法少女は、イフレインではなく、イフレインの頭部より、更に上を見ている。木の上だ。太い枝に腰掛けた、彼女が居た。魔法少女、メモリアキッス。
「はぁい、お元気ぃ?」
☆シュガースポット
「ファム、こっちでいいんですね?」
「こっ――ザザッ――ちだぽん! 他の魔法少女が襲わ――ザザッ――」
「随分とノイズでてますねー。何かあったんですか?」
「大丈――ザッ――ちょっ――通信――悪――――」
「魔法の国の端末が通信不良なんてことが、あるのでしょうか……」
「まあ実際に起きてるわけですんで、そこは気にしても仕方ないんじゃあ?」
魔法少女同士の戦闘が発生している、とファムから連絡を受けたシュガースポット達は、すぐさま郊外の森へと侵入した。夜間で灯りは月程度のもので、それも木々の枝葉が殆ど隠してしまっているが、魔法少女は夜目が効く。完全な暗闇でなければ、行動にも極端に支障は出ない。
「グルルルル……」
獅子神破沙羅は先頭をひた走っていた、ただし、姿は魔法少女のそれではない。頭部の高さだけでも二メートル、全長は尾まで含めて十メートルにもなろうかという、巨大な狼の姿だ、『魔獣に変身する』という彼女の魔法であり、戦闘の基本形態でもある。
「ひーっ! ばさらん、おいてかないでくださいよーっ!」
「鼻が利くっていうのはこういう時、本当に便利ですね」
魔獣となった獅子神破沙羅は会話ができなくなる代わりに鼻と耳が動物……それこそ狼並に強化される。戦闘音と血の匂いを感じる方向に向かって、獅子神破沙羅はひたすら駆ける。
「グルッ」
その進行が、唐突に止まった。
「はわっ! 急に止まらないでくださいよーっ! どうしたんですかばさらん」
急ブレーキをかけた獅子神破沙羅に、せれなは慣性のまま飛び込んだ。ぼふんと体毛に受け止められて、せれなは動きを止める。
「…………ばさらん?」
「……グルルルル……グルァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
せれなが問いかけた瞬間、獅子神破沙羅は
両手両足の筋肉が膨れ上がり、骨が伸び、首元から二つ目、三つ目の頭部が生まれ始めた。尾は四つに分かたれ、牙が更に伸び、額に新たな眼球が生まれた。体躯は森の木々よりも大きくなり、足の一本一本の太さがそこいらの木々を超えている
「ば、ばさらん、一体どうし……」
「――――せれなさん防御、何か来ます!」
遠くから、ちかっ、と何かが光った。直後、莫大な熱量を持つ光の帯が、獅子神破沙羅目掛けて突き刺さった。
☆スターカッター
「
スターカッターが星の聖剣を振るうと、そこには光点が生まれる。幾つかの光点を光の線でつなぐことで、生まれるのは星座の形だ。それを具現化するのが、スターカッターの魔法である『星の聖剣』の力だ。
らしんばん座は、スターカッターがターゲットとする対象を全自動で調査、把握し探し出してくれるすぐれものだ。その上、剣にかかる負担も少ない。
「
新たな星座を作り出す。星の光で構成された小さな筒を覗き見ると、遠方の様子がよく見える。
スターカッターの視界に映っているのは、かつて世界と仲間を守るために戦った魔獣とよく似た化物だった。魔法少女二人を伴ったそいつは、スターカッターが自身を見ている事に気づいたのだろう、こちらに目を向けると、みるみるその体躯を膨らませていった。
「何で魔獣がこんな所に……まさか、パステルが?」
隣の聖騎士メアも、星の望遠鏡を覗き込み、かつて見た異形と酷似するその姿を見て声を震わせた。
「わからない、ただ何にせよ――――」
スターカッターは聖剣を構えた。
「あれは倒すべき敵だ。なら、やることは一つさ」
剣を振るう。スターカッターの剣技の中で、最も威力の高く、最も飛距離の届く一撃を作り出す。
「
光の糸が剣を軸に居て生まれ、擬似的な弓となる。剣の先端から、はるか遠くに居る魔獣目掛けて、一閃が放たれた。
☆シュガースポット
一瞬で光が視界を埋め尽くし、シュガースポットは思わず目を閉じた。
明らかに破壊力を伴っている、攻撃だ。
「あっぶなーっ!!!」
戦闘形態へと変じた獅子神破沙羅ですら、直撃したら危険だろうその一撃を――――せれなが受けきった。光線の前に躍り出て、盾を構える。盾に触れた瞬間、光線は拡散し、飛び散り、周囲の草木を焼いた。しかし後方に居るシュガースポットと獅子神破沙羅――――せれなが盾の向こう側で守ると決めたものには、一切のダメージが通らない。
「なんなんなんなんなんですか今のはー! 流石にちょっとビビりましたよ私はーっ!」
「ナイスですせれなちゃん――――でも、わかりません、誰からの攻撃だか……ファム!」
魔法の端末に反応はない。返ってくるのは沈黙だけだ。
「ファム――――」
「第二射来たら困りますけどーっ! どうしますシュガーっ!」
「――――破沙羅ちゃん、一旦縮んでください、大きいと的になります、枝葉に隠れるぐらいのサイズで! せれなちゃん、先行してくださいガードを……きゃっ!」
言い終わる前に、まさしく危惧した第二射が飛んできた。再度、せれなが防御する。攻撃は回避できるが、その熱の余波に炙られて、木々は炎に飲まれ、メラメラと燃え広がっていく。
「っ、一体どこの誰――――ぐっ!」
ビリッ、とシュガースポットのコスチューム、その裾の部位が破かれた。何事かと見れば、
「――――これは!?」
動物だと判断できたのは、「それ」が狼や熊のシルエットをとっているからだ。ただし、その体は煌めく光の粒子で構成されていて、爪も牙も存在する。唸り声はあげないものの、その攻撃の激しさと鋭さは本物だ。
音もなく光の狼が襲い来る。獅子神破沙羅は尾を振るってその内の一体を無造作に弾き飛ばした。強い打撃を受けると、光がばらばらに飛び散って、形を維持できなくなって消滅するようだ。
「く、これも敵の魔法ですか、一体どんな……!」
自分に飛びかかってきた熊型の獣に蹴りを叩き込んで、その体を吹き飛ばす。しかし矮躯が大きい分、シュガースポットではパワーが足りない。
爪は執拗にシュガースポットを追い立てる、攻撃を回避している間に、次第に獅子神破沙羅達と距離が開いていく。
「――私はこの魔法の主を探して倒します! 恐らく敵は複数! 撃破次第合流を!」
「ええっとええっとらじゃー! わ、私はどうすればーっ!?」
「破沙羅ちゃんを守ってあげてください! 二人なら持ちこたえられるはずです!」
「ってもシュガー一人のほうが不味いんじゃー!」
三発目の光線を防ぎながら、せれなが叫んだ。シュガースポットは、獣を泡立て器で叩き落として、応えた。
「私を誰だと思っているんです、現実と絶望の魔法少女、シュガースポットですよ」
☆聖騎士メア
スターカッターの技は実に多彩だ。
「りょうけん座」と「おおくま座」、星の獣を生み出して使役する聖剣の技の一部をけしかけてみたが、状況はあまり改善していないようだ。敵は一人ではなく、また盾持ちの魔法少女の防御力は「いて座」による一撃をノーダメージで防いでいる。
「――直接出向いたほうが良さそうだね」
三回目の「いて座」による射撃を防がれ、使役形の星の獣もやられて業を煮やしたのか、スターカッターは自ら戦場に赴くことを選んだようだ。
「私も行こうか?」
「いや、魔獣の相手は私がやる、普通の相手ならともかく、あれの相手はきついよ」
「む、やれと言われたらやるわよ、剣技ならスターカッターにだって劣らないけど?」
「大型相手の処理には向かないでしょ……私が負けると思う?」
笑顔には自信が満ち溢れていた。自分が絶対に負けることはない、という表情、それは数多の戦いを駆け抜け、本物の実力を身に着けたものにしか出せない物であると、聖騎士メアは知っている。
「……それは思わない」
「じゃあ、大丈夫でしょう? メアはどうする? なんなら帰っても」
「それは無い。……他の魔法少女でも探してみるわ」
「了解、じゃあ、またあとで」
近所のコンビニでアイスを買ってくる。そんな気軽に声を交わすようにして、二人はそれぞれ別々の方向へと向かって跳躍した。
☆ユミコエル
「もぉー、イフレインの馬鹿馬鹿、もぉー、おバカッ! なんでやられちゃってるの! 駄目じゃない! そんな悪い子だと、ぎこぎこさせてあげないわよっ!」
怒っている口ぶりではない。いたずらっ子をからかいながら叱りつけるお姉さんのような、そんな口調だった。
褐色の肌に、豊かな胸、大きなヒップがつんと目立つ。何故それがわかるかといえば、魔法少女の衣装はバニーガールそのものだったからだ。総じて濃密な色気を放つ魔法少女だった。
「ひ、いい、で、できな、ぎこぎこ……ひ、ひぃ……」
しかし、イフレインはその言葉にショックを受けたかのように硬直し、涙をボロボロと流してすすり泣き始めた。やだ、やだと繰り返し、子供のように泣きわめく。
「……で、アンタはボコしていいわけ?」
「あなた本当にノータイムですね……、待ちなさい、リカ」
「何秒ぐらい!?」
「良いと言うまで!」
お預けを食らった犬のようにタンタンと小刻みに足を踏むリカをなだめながら、ユミコエルは頭上の魔法少女を見上げた。
「あなたは何者ですか」
「メモリアキッス、見ての通り魔法少女よん♪ まぁ……」
にこぉーっと、魔法少女、メモリアキッスは嘲笑った。
「悪党だけどね♪」
「じゃあぶっ飛ばしていいってこと!?」
リカの頭部を軽く殴る。痛みで悶絶して転がりはじめた。
「……あなたが、いや、その魔法少女も含めたあなた達が“魔法少女殺し”、なの?」
その問いに、メモリアキッスはくす、っと笑い、手を横に降った。
「違うわよぉ、違う違う、私たちはむしろ逆よぉ? “魔法少女殺し”に仲間を殺されたのよぉ」
「……仲間を?」
「そう、ブライダルーン、いい子だったわぁ、キレイだし、可愛いし、でもねぇ、あんなふうに殺されるだなんて、本当にざーんねん、だから、私達、仲間の仇討ちに来たのよぉ」
くすくす、けらけら。そんな風に笑いながら、メモリアキッスは言った。
「……なら、その魔法少女が私達を襲ってきた理由は!」
未だ泣いてうずくまるイフレイン、彼女は間違いなく、ユミコエルを、そして三つ子の魔法少女を殺しに来た。そこに弁解の余地も弁明の余地もない。だが、メモリアキッスはああ、となんでもないことのように、平然と言い放った。
「あなた達、魔法少女殺しのルールは知ってるわよね? “魔法少女にふさわしくないものに死を”…………なら、簡単じゃない」
満面の笑みで。当然のように。当たり前だと自信満々で。
「つまり、適当にそこら辺の連中を殺しまくってれば、
――――――ゾクリ、と背筋が震えた。
「だからぁ、適当に魔法少女を探してぇ、仲間総動員でぇ、狩ってまわってる最中なワケぇ、でもでもぉ、イフレインがこーんなになっちゃうなんて、私本当に驚いてるのよぉ、質が高いわねぇ、ここの魔法少女は。ブライダルーンってば拠点構える場所間違えたんじゃないかしらぁ?」
「――――リカ」
「ぷぇ?」
こいつは、一秒たりとも放置できない。ユミコエルの本能がそう告げた。
真紅の暴君と、絶対なる竜と――あるいは女王を支配する女王の存在を感じた時と同じ。
「この二人はここで倒します――手伝って」
「その言葉を待ってましたぁ!」
ユミコエルの合図と同時、烈風のリカは両手を叩き、空気の塊を射出した。
「あはん、だぁめ」
しかしメモリアキッスは楽しそうに笑うと、枝からひょいと飛び降り、ぱちんと指を鳴らした。
「私、直接戦うなんてしたくないわ、だから、ね?」
直後――――――バサバサバサバサバサ、と鳥の羽ばたく音が、周囲の空間を埋め尽くし、蹂躙した。
「何、これ――――!」
「は、鳩……!?」
それは無数の鳩だった。白いものもいれば、紫のまだら模様のものもいる。数百羽を超える無数の鳩が一斉に降り立って、ユミコエルたちの視界を塞いだ。
「それじゃあ、アデュー♪ ……ほら、イフレイン、急いで急いで!」
「うう、ぎこ、ぎこ……」
「あ、こらまて、逃げんなっ、こらぁーっ!」
メモリアキッスは身軽に飛び跳ね、イフレインは姿を限りなく薄めて、鳩の雨の中に消えていく。
「せんせ、どーすんのあれ!」
「追いかけるわ!」
視界を塞ぐ鳩の雨は、まだ途切れない。恐らく魔法によるものだろう、ならば容赦はしない。腕に渾身の破壊力を込めて、振りかぶる。拳圧で生まれた風の渦に、鳩達が数羽巻き込まれて落ちた。
「あいつらは放って置いちゃいけない……絶対に倒す!」