魔法少女育成計画 -Fratricide Side- 作:天都ダム∈(・ω・)∋
☆アイムマイム
「はっ、はっ、はっ、はっ」
逃げた、逃げた、とにかく逃げた。目前に迫ってくる“死”というやつがあれほど恐ろしいなんて思っても見なかった。
「なんだよ、何なんだよ、これ……っ!」
魔法少女とは、もっとのどかで、平和で、可愛くて、命の危機なんてないと思っていた。
「こんなの、こんなの違う……!」
足がもつれて、ぺたんと転ぶ。べしゃっと地面にたたきつけられても、魔法少女の体は頑丈だ。ほとんど痛みなど感じない。
それでも、アイムマイムに、戦う力などない。与えられた、魔法というなけなしの力は、結局通じなかった。それどころか、家族を、己の半身と呼べる二人を、すべて置き去りにして、逃げてきてしまった。
「どう、すれば……」
戻って二人を探すか。今から、震える足で、役立たずのアイムマイムが。
考えただけで恐ろしい、足が竦む、あの糸鋸で体を切り刻まれたら、きっと痛みで気が狂って死んでしまう。
怖い。
死ぬのが怖い。
痛いのが怖い。
傷つくのが怖い。
当たり前の感情過ぎて、言い訳するのが滑稽だ。
誰もアイムマイムを責めないだろう。
誰も相間好夢を責めないだろう。
「……もど、らなきゃ」
このまま一人で家に帰って、もしライムマインとタイムラインが。相間意真と相間衣美が戻らなかったら。
相間好夢が、一人で取り残されたら。
生き残る事は出来るだろう。
でも、きっと“生きて行くこと”は出来ない。
「……意真ちゃんと、衣美ちゃんを、探さなきゃ……助けなきゃ」
二人を見殺しにしたままの相間好夢は、死んでいるのと同じなのだ。
アイムマイムは、前を向いた。
「えーっともう良いですの?」
「ひきゃうぁあああ!?!?」
見たことのない魔法少女が、アイムマイムの眼前にいた。全く気付かなかった。
「そんなに驚かないでくださいな、別にとって食いやしませんわ」
真っ白なドレスに、美しく巻かれた金髪の、お姫様のような魔法少女は、苦笑しながらアイムマイムに手を差し伸べてきた。
「私はプリマステラ、見ての通り魔法少女ですの。ちなみに口調はキャラ作ってますわ、見ての通りお姫様モチーフですので」
「あ、ありがとう……ございます、ええと……プリマステラ、さん」
「それでよくってよ、もう、人探しをしていたら四つん這いで泣いてる子がいるから、どうしたのかと思いましたわ」
「い、いつから見てたんですか」
「転んだところからですけれども」
「結構最初からじゃないですか……」
「それで、探し人がいるのでしょう?」
当然の様に、プリマステラは言い切った。
「何があったか説明してくださいな。ことと次第によってはお力をお貸ししますわ、私、正統派の魔法少女ですから」
「ユミコエル先生の新しい教え子というのはあなた達でしたの」
木々の間を駆け抜けながら、プリマステラは言った。
会話しながらだというのに全く速度が落ちない、必死についていくアイムマイムを、時折待ってくれる程だ。
「それに透明化の魔法少女……ふうん、まずいかもしれないですわ、ユミコエル先生ったら基本的にパワー一辺倒ですから、苦戦しているかも」
「プリマステラさんなら……た、倒せますか?」
「わかりませんわ、少なくとも私の魔法ではダメージを与えられないと思いますし」
「じゃ、じゃあ助けに行っても意味ないんじゃぁ!?」
「ええ、なのであなたの姉妹を探す事に専念しますわ。バラバラに逃げたのでしょう? 先生はまあ……リカがなんとかするでしょう」
「リカ……?」
「私の仲間ですわ、まあ……馬鹿ですが、頼りにはなりますので」
眉をしかめた辺り、なにか言いたいことがあったのだろうか。
「他に敵がいなければよいのですけれど……何人いるかわからないのがなんとも。あなたは姉妹を見つけたら、すぐに逃げて―――」
くるっぽー
「……へ?」
くるっぽー くるっぽー くるっぽー
「……いまのはアイムマイム様の鳴き声であったりとか」
「しませんよ!?」
「ですわよね……」
くるっぽー くるっぽー くるっぽー
鳩の鳴き声が、聞こえる。
聞き慣れているのに違和感があるのは、今が夜だからだ。
「……何、あれ」
アイムマイムは上を見上げた。木の枝に、無数の鳩が並んでいる。瞳だけがギラギラと光り、明確に二人を見下ろしてる。
くるっぽー くるっぽー くるっぽー くるっぽー
くるっぽーくるっぽーくるっぽーくるっぽーくるっぽーくるっぽーくるっぽーくるっぽー
鳩たちが、一斉に翼を広げた。
鳩たちは翼を広げ、落下するように二人に向かって降り注いだ。
☆4989
時間は少し遡る。
「久しぶりねぇ、4989ちゃん、ブライダルーンとお仕事を手伝ってくれた時以来かしらぁ」
4989に接触してきたのは、以前、ブライダルーンに頼まれて、荷物を届けに行った魔法少女だった。
「先輩を誰が殺したのか、心当たりがあるって本当?」
4989に精神的な余裕は全くなかった。手がかりを探ろうにも、人脈もコネも4989にはブライダルーンしか居らず、マスコットキャラは頼りにならない。ファムは「落ち着け」「冷静になれ」「情報は与えられない」しか言わない。4989には別の情報源が必要だ。
「ええ、あなたも魔法少女殺しの名前は知ってるんでしょお? 実のところ、双葉市の魔法少女の誰かなのは間違いないのよぉ」
「根拠は?」
「記憶を見たわ」
「……記憶?」
怪訝な顔をする4989に、メモリアキッスはウインクをした。
「私は口づけした相手の記憶を見ることが出来るのよぉ、ブライダルーンは上半身ズタボロでから唇だめになってたから、ぶちまけられた臓物にする羽目になっちゃったけどねえ」
「……それで?」
「ブライダルーンは不意打ちで殺された。背後から何者かに襲われて、そのままぐしゃーって。だから顔は見てないの。でも、声は聞いていた。
『しばらくは双葉市にいるの?』
『ああ、この街にはまだ汚れた奴がいる』――ってね」
「――汚れた、魔法少女?」
「魔法少女で汚れてない子なんているのかしらねえ?」
メモリアキッスは自分が体験した記憶を嘲笑って、4989に向き直った。
「…………二人分の声……“魔法少女殺し”は二人組なの?」
「あるいは協力者が居るか――――どちらにしろ、あいつらは双葉市での殺しを続けるみたいねぇ、うふふ」
「……双葉市か、近場ね」
「ええ、私もお友達を集めて、仇討ち合戦に行く予定よぉ、ね、あなたも一緒にどう?」
「……あなたと先輩はどんな関係だったんですか?」
「仕事仲間、というよりも、ブライダルーンがあたしたちのスポンサーだった、って言うべきかしらねえ。あの子のお陰でだいぶ楽をさせてもらってたし、あの子が居なくなったら商売上がったり。明日からどうしよう、って感じよぉ、だから、落とし前をつけてもらいたいのよねえ」
「……わかったわ、協力する。ただ、仇は必ず私が
こうして、4989は魔法少女メモリアキッスとの共闘関係を結んだ。全てはブライダルーンを殺害した魔法少女殺しを殺すために。
双葉市の魔法少女は把握している。北側の区域を担当する、魔法少女の教官、ユミコエルに、その教え子であるプリマステラ、烈風のリカ、ピスタール。南側の区域はシュガースポット、せれな、獅子神破沙羅、合計七人、それに最近増えた新人が居るらしい、この中の誰かが“魔法少女殺し”に違いない。
4989は自らの魔法によって『鳩を呼び出して自由に操る』事ができる。シルクハットにモノクル、ステッキに燕尾服レオタードと、手品師のような造形の4989は、帽子をひっくり返してステッキを振るうことで白い鳩を呼び出せる。この鳩は4989の分身と言ってよく、視覚、聴覚を同期できる。魔法の白い鳩達は最大二十羽まで、また、そこいらに居る鳩でも、視覚と聴覚の同期は出来ないが、同じく自由に操作できる。
この鳩の群れを使いこなすのが、4989の唯一にして絶対の奥義だ。
鳩の群れは死を恐れない。4989にとって彼らはラジコンのようなもので、補充がいくらでも利く。
重要なのは「拘束」だ、戦闘不能にした上で、“魔法少女殺し”の手がかりを得る。4989の無敵の鳩は、この状況下でしのぎきれるものではない。
「質問に答えなかったら、あなた達はこの場で鳩の餌にするわ」
鳩をかき分けて、4989は二人の前に姿を現した。
「どっちが“魔法少女殺し”?」
☆プリマステラ
魔法少女の肉体は頑強だが、自らのダメージを厭わず、高い位置からくちばしを立てて突っ込んでくる鳩の直撃をまともに受ければ流石に痛い、どころか当たりどころでは十分致命傷になりうる。
現れた魔法少女は、恐らく鳩を自由に操るのだろう。アイムマイムに、そっと声をかけた。
(私が合図をしたら、こっそりこの場から逃げなさいな)
(え――――いや)
(大丈夫、私の魔法は、こういう時に便利ですのよ)
骨格からして違うどころか、前を見ているのも怪しい鳩たちには、アイムマイムの魔法は使えない。魔法少女本体には有効だろうが、相手の魔法の発動を阻止できないのは、透明化する魔法少女の話が証明している。鳩が自由に動いて襲ってくるのなら、やる意味は薄い。
プリマステラは背後にアイムマイムをかばいながら、両手でスカートの裾を妻で、優雅に持ち上げた。
「今晩は、御機嫌よう、私はプリマステラ、こちらはアイムマイム、私としてはむしろあなたこそが“魔法少女殺し”か、と問いかけたい所なのですけれど」
その瞬間、鳩の一匹が凄まじい勢いで羽ばたき、プリマステラの顔の横を通過していった。鳩は木の幹にためらいなく突っ込んで、奇妙な声を上げて全身がボキボキに曲がって死んだ。
「次にふざけたことを言ったら、顔面にこれをくれてやるわ」
「……鳩とはいえ、命は大事になさったほうがよくてよ」
「それ、何かの冗談?」
手品師風の魔法少女は、全く笑っていない、冗談や挑発の介在する余地のない、据わった目だった。
「――今襲われてるのは私達の方ですわ。あの人魚の魔法少女や、この子が遭遇した幽霊のような魔法少女はあなたのお仲間ですの?」
「人魚……幽霊?」
魔法少女は怪訝そうな顔でプリマステラを見る、本当に知らないのか、それとも演技か。
「知っていることを述べろというのであれば、私はファムから“魔法少女殺し”がこの街にいる、危険だから手を出すな、としか聞いていませんわ。今戦っているのはあくまで襲われているがゆえの自衛ですの」
「…………」
「魔法少女殺しの対応は他の魔法少女に依頼すると、ファムはそう言っていましたわ。あなたがその依頼を受けた魔法少女だとは、申し訳ありませんが思えませんの。何故、あなたは魔法少女殺しを追うのです?」
「先輩が殺されたっ!」
感情を爆発させるように、その魔法少女は叫んだ。強い想いと怨嗟のこもった叫びに、アイムマイムがビクリと飛び上がったのが、視界の端に見えた。
「先輩を殺した“魔法少女殺し”は私が殺す! 誰にも邪魔させない! 絶対に見つけ出す! どんな手を使っても!」
「……殺害された魔法少女の名前は、確か、ブライダルーン……」
「そうよっ、誰よりも綺麗で誰よりも優しくて、誰よりも理想的な魔法少女だった! 何であの人が、魔法少女にふさわしくない、なんて言われて、あんな風に……結婚するって、言ってたのに! だから魔法少女をやめるって言ってたのに!」
ファムの話では、ブライダルーンは自らの魔法を懐を肥やすために使っていたという。それは眼前の魔法少女が言う『誰よりも優しくて誰よりも理想的な魔法少女』とは反する。
「……ブライダルーンは、自分の魔法で作ったアクセサリを売りさばいて、私腹を肥やしていた、と聞いていますわ」
プリマステラは、直情型の烈風のリカと、あまり自分は頭が良くないから、と割り切っているピスタールと比べて、冷静に、理詰めで物事を考えるタイプだ。
しかし、経験が足りなかった、ユミコエルが彼女達がこの件に関わるなと言ったのは、ひとえに実戦経験の少なさであり、危険な犯罪者の相手を任せるにはまだ早いと思ったからだ。
だから――――アッサリと言ってしまった。手品師の逆鱗に、振れてしまった。
「――――今、なんて言った」
プリマステラの言動を全て否定すると言わんばかりに、数十羽の鳩が一斉に翼を広げ、突っ込んできた。
「――――――くっ!」
スカートの裾を持ち上げて、プリマステラは蹴りを放った。純白のヒールの先端が、向かってくる鳩を二匹、砕け散った肉片に変えた。
「アイムマイム! 逃げなさい!」
同時に、プリマステラは魔法を発動した。この状況においては、たったひとつの役にしか立たないその魔法は、『誰よりも目立つことが出来る』、というものだ。
この状態のプリマステラは、どのような状況であろうと目立てる。言い方を変えれば、視界か、意識の範囲内にプリマステラがいれば、必ずプリマステラに注目してしまう。プリマステラから、目を離せなくなる。
「え、あ、え――――――」
「早く! 長くは保ちませんわ!」
スカートを翻しながら、プリマステラの蹴りは飛んでくる鳩を正確に仕留めた。だが、次から次へと襲って来る鳩の群れを躱しきれない、肩に、脇腹に、自損をいとわない鳩のくちばしが、体ごと突き刺さる。
「~っ!」
「侮辱、するな、先輩を――――ブライダルーンを、馬鹿にするなっ!」
鳩が一斉に飛び上がる。一度上空に舞い上がり、一斉に落下しようとしてくる。
(――――あー、これは、ピスタールでも無理ですわね、リカの馬鹿さえいれば……)
悔やんでも仕方ない、抵抗するしか無い。プリマステラは負けず嫌いで、往生際は悪い方だ。
プリマステラの魔法が発動していれば敵の魔法少女は
「殺して――――――やるっ!」
鳩に号令がかかる。プリマステラは、再度裾を摘んで、攻撃を構えた。
「――――ぐっ!」
覚悟を決めた直後、手品師の腕を、アイムマイムが掴んでいた。
「な、いつの間、に――――――!」
プリマステラから目を、
言い換えれば、プリマステラ以外が何をしていても、注目することが出来ない。
傍に近寄られて、その体を掴んで、ようやく存在に気付けるほどに、アイムマイムの存在が、意識にはいっていなかった。
「――なんなんですか」
そして、アイムマイムは叫ぶように言った。
☆アイムマイム
「理想的な魔法少女って、なんですか」
「……何?」
ぴくり、と手品師の眉が上がった。
「私、魔法少女ってもっと、可愛くて、優しくて……楽しいものだと思ってた。傷つけ合ったり殺し合ったりすることなんて、想像もしてなかった。今日、意味もわからず襲われて、すごく……怖かった、死ぬんじゃないかと思って、家族を置き去りにして、逃げて、きちゃった……」
ボロボロと涙をこぼすアイムマイム。攻撃されると思ってたのだろう手品師は、その顔を見て、激怒から、ゆるやかな困惑に変化していく。
「ライムとタイムが……私の家族が殺されたら、絶対に許さない、そんな奴、生かしておかないって、思う……でも、今は、二人が生きているのか、不安で、怖くて、怖くて……」
「……アイムマイムさん」
「お願いします、二人を、探しに行かせてください、私が行かなきゃ、駄目なんだ……私は、逃げちゃ駄目だったんだっ!」
鳴き声は、いつしか悲鳴となり、悲鳴はいつしか叫びになっていた。
殺したり、殺されたりなんてまっぴらだ。そんなことがしたいんじゃない。
アイムマイムは、ただ一緒になりたかった。
三つ子なのに違うものに生まれてしまった。相間意真と相間衣美と、そうでないものとして分かたれた自分が、魔法少女になることで、「そうでないもの」ではなくなった。
魔法少女アイムマイムは、ライムマインとタイムライン、二人と『同じもの』になれた。
それだけでよかった、そうあれるだけでよかった。その事実さえあれば、アイムマイムは、相間好夢は満足だった。他に何もいらなかった。
「殺すのも、殺されるのも、嫌だっ! ただ、二人と一緒にいられればいい! 魔法少女殺しなんて知らない! あなたのことも知らない! 邪魔しないでっ!」
ぜぇ、ぜぇ、と呼吸が荒れる。ああ、なんて馬鹿なことを、と心の中の冷静な何かが言った。敵はこちらを殺しにきたのだ。アイムマイムは邪魔者だ。プリマステラがくれた最大のチャンスを、アイムマイムは捨ててしまった。
「……もし」
手品師は、アイムマイムを睨みつけながら告げた。
「もし、お前が魔法少女殺しだったら、誰よりも惨たらしく殺してやる」
鳩が、一斉に飛び立ってゆく。木々を揺らし、あっという間に、数羽の鳩を残して消え去った。
「私は
つり上がった眉と、鬼気迫る表情が、緩むというよりも、糸を切ったように解け、一筋の涙を流して、言った。
「そんなふうに言われたら……間違ってるの、私かもって思うじゃない」
4989と名乗った魔法少女は、戦闘態勢を解除した――のだろう。
「幽霊みたいな魔法少女は、心当たりあるけど……全部信用したわけじゃないから、あなたたちに説明する義理はないわ」
肩と腹の傷を抑えながら、プリマステラは嫌味を交えていった。
「あら、私も一応、魔法少女殺しではないと認めてくださるの?」
「暫定、ね。そっちの――えっと」
「アイムマイム、です」
「――――アイムマイムが魔法少女殺しじゃないなら、違うんでしょう。あなた、後ろにずっと、アイムマイムをかばっていたみたいだったし」
「……そこまでわかっているのなら、遠慮してほしかったですわね。あの鳩に襲われていたら、もう駄目でしたわ」
今も結構痛いですし、と、応急処置を施しながら、プリマステラ。
「……ふんっ、それより、アイムマイム、あなたの探し人も魔法少女なのよね」
「あ、はい、私と同じ顔と服装してます、帽子のリボンと角の形だけ違って、それが二人」
「……え、そういう魔法なの?」
「い、いえ、三つ子なんです」
「……三つ子の魔法少女なんて居るんだ、一つ勉強になったわ。じゃあ、それは私が探してあげる」
そう告げた4989は、白い鳩を一匹、アイムマイムの肩に乗せた。くるっぽー、と鳩が鳴いた。
「探すって……どうやって」
「それは私の魔法で呼び出した鳩で、視界と聴覚は私に通じてるし、ある程度はオート操作も効く。今、何匹か飛ばしてる、あなたと同じ格好の魔法少女を見つけたら、鳩がソッチの方に飛ぶから、追いかけなさい」
「! それって……」
「それで! 見つけたらさっさと帰りなさい。私がしてあげるのはそこまで、襲いかかったお詫び……じゃないけどね。あなたの言うとおりよ、殺し合いなんて馬鹿げてる、魔法少女は夢と希望に溢れてないとね」
でも、と言葉を切り。
「私にとって、あの人は魔法少女の理想形だった――――だから、私は夢も希望もいらない、“魔法少女殺し”を殺す……ねえ、先輩が、ブライダルーンが魔法を使って悪いことをしていたって、本当なの?」
4989は、傷を抑えるプリマステラに問いかけた。一瞬、アイムマイムに向けられていた、ほんの少しの優しさの欠片は、もう完全に消え失せていた。
☆ピスタール
顔面を殴りぬいたつもりだったが、敵の反射神経もなかなかのものだ。空中でひらりと身を翻すと……即座に逃走を選び、空中をパシャパシャと器用に水を操って泳いで行く。
「あ、こら、待てーっす!」
ピスタールの魔法は『一対一なら誰にも負けない』という曖昧な条件を鍵にして発動する。この状態のピスタールは文字通り「負けない」。ダメージもほとんど受けないし、魔法のたぐいも無効化するし、拳も蹴りも防御を貫く。じゃんけんでは百戦百勝だ。
これがリカとプリマステラがピスタールを放置した最も大きな理由だ。側に仲間がいたら、ピスタールは逆に戦うことが出来ないのである。
この魔法を理解した上で烈風のリカは何度もピスタールに挑んでくるのだから、大したものだ。
「待たない~っ! あなたきらいだわっ! 覚えてなさーい!」
とはいえども、空に逃げられてはピスタールにはどうしようもない。追いかけることも出来なくはないが、それよりは仲間を探しにゆくべきだろう。あの魔法少女の目的は分からないが、他に敵がいないとも限らない。
「……あれは“魔法少女殺し”じゃあ、ないっすね」
魔法少女としてふさわしくないものを裁く、などと言った高潔な意識は、あれからは伺えなかった。単純に、弱いものをいじめるのが好きな顔だった。ピスタールにはよく分かる。
「……なら、誰が魔法少女殺しなんすか」
魔法少女殺しは、一箇所で、必ず二人以上を殺す。
裁きはまだ終わっていない――――なら、
「――――来るなら、来いっす、相手になるっす」
☆シュガースポット
泡立器をボウルに入れて掻き混ぜる。素早くひっくり返して、中から溢れ出るのはグツグツと煮立った水飴だ。
獣の足元にそれをぶちまけてやると、声は発さずとも、独特の甘い粘りがその動きを鈍らせた。
「では失礼」
顔面に当たる部位を、泡立て器で殴打する。コスチュームの一部なので、普通のそれより遥かに頑丈だ。動きさえ止まってしまえば、何度も何度も繰り返し殴ることで行動不能に出来る。
「――――おおぐま座をそんな風に仕留めた奴は流石に始めてみたわ」
獣の光が拡散してちってゆく、その向こうに、新たな人影が現れた。
肩、へそ、太ももが大胆に露出した鎧に、紫のアイシャドウ、流れるような金髪に、黒のヴェール、そして装飾の施された黒い剣。魔法少女に間違いなかった。
「はじめまして、私は現実と絶望の魔法少女、シュガースポットと申します、あなたは?」
一応、にこやかに自己紹介しておく。まず間違いなく敵だろうが、どちらにしてもシュガースポットには先手を取って攻撃する手段がない。
「星に寄り添う夜、
意外にも、相手もまた、称号付きで自己紹介を返してきた。どころか。
「……聖騎士メア? 星の聖剣スターカッターの?」
それはシュガースポットが知っている魔法少女アニメのタイトルの一つだった。深夜帯のアニメで、好んでみていたのを覚えているし、DVDBOXが全シリーズ家にある。
「あら、ファンかしら。私のか、スターカッターのかわからないけれど」
「スターカッター……いるんですか!? ここに!?」
「……スターカッターのファンか、ちぇ。そうよ、今の獣もスターカッターの。あなた、あの魔獣と一緒にいたわよね、何者?」
すらりと剣を引き抜き、シュガースポットに突きつける。聖騎士メアの「闇の聖剣」だ。アニメ通りの設定ならば、鋭い切れ味と、感情を攻撃力に変換する力が備わっているはずだ。
「魔獣……破沙羅ちゃんのことですよね、じゃあ、あのビームは……」
「魔獣を倒すためにスターカッターが撃ったのよ……防がれたから、直接狩りに行ったみたいだけど」
「狩りにって……ちょ、ちょっと待ってください、私達が何をしたっていうんです!」
「何ももクソも……
顔がさあっと青くなった。聖騎士メアの言っていることが正しければ、彼らが攻撃してきたのは「魔獣」……獅子神破沙羅に対してだ。
だが、あの姿はれっきとした魔法少女の魔法で変身したものである。まさか魔獣、というものが生物のカテゴリとして実在しているとは思わなかった。
魔法少女殺し、ではない。シュガースポット達は誤解で攻撃を受けたのだ。
「っ、違います、あの魔獣は魔法少女が変身したものです、魔法の国の封印だの、危険生物だの、というのは初耳です。誤解です」
それを聞いて、聖騎士メアも、んん? と首を傾げた。
「魔獣を連れて何か企んでいたわけではないの?」
「私たちはマスコット……ファムから依頼を受けて魔法少女同士の戦闘の仲介に向かっていただけです。何があるかわからないから、変身能力のある破沙羅ちゃんには最初からあの姿になってもらっていただけで……」
「……嘘」
「本当です……っ! スターカッターは」
「直接、魔獣を倒しに行ったってば!」
スターカッターの戦闘力が、もしもアニメと同じならば。
獅子神破沙羅ですら、危ういかもしれない。今すぐに止めなければ。
「ついてきてください! 止めないと!」
「え、あ、ちょ、ちょっと待ちなさい!」
シュガースポットは駆け出した。もしかしたら戦いは止められるかもしれない。
だが、この地で起きているはずの、魔法少女同士の戦いはどうなっているのか。
何かに動かされているような気がして、シュガースポットは落ち着かない気持ちがうぞうぞと体内を這い回る錯覚に襲われた。
☆ライムマイン
糸鋸を持った化物から逃げてしまった、アイムマイムを追いかけて、タイムラインも逃げ出した。とあらば、ライムマインもその後を追いかけるのは道理というものだ。
しかし魔法少女の足は速く、一度勢いづいたら止められない。森の中という道なき道を進むという条件もあって、アッサリと見失ってしまった。
「どうしよ……ファム、ファム」
「どうしたぽん?」
ライムマインが魔法の端末を取り出すと、白黒のマスコットが現れた。
「
「タイムラインはここから南だぽん。連絡を取るぽん?」
「一人?」
「一人だぽん、アイムマイムともはぐれちゃってるぽん」
「……じゃあ、いい、一番近くに居る魔法少女は?」
「東に二百メートル、戦闘音がするぽん……と言うか、こっちに来てるぽん」
ファムがそう言うと同時に、木々をへし折る巨大な獣と、剣を振るう金髪の女剣士、巨大な盾を持った鎧兵が、ほぼ同時になだれ込んできた。
☆せれな
ビームが止んだと思ったら、綺麗な女剣士が現れた。うっひゃーあの人超きれい、と思ったら、いきなり剣で斬りかかってきた。
「ひええええええええ!?」
無敵の盾はその刃も受け止めたが、盾から感じた手応えは、今までに感じたことのないほど強烈で、痛烈な一撃だった。
「ガルルァアアアアアアアアアアア!」
更に、せれなが攻撃されたことで、獅子神破沙羅に火がついた。肥大化した筋肉と鋼を切り裂く爪牙を振るい、女剣士を攻め立てる。剣士は受け流し、あるいは避け、反撃に転じ、怯むことなく魔獣に反撃を放ち、太い指や分厚い皮膚を切り裂く。
受けたダメージの部位を再生させることで、獅子神破沙羅はまだまだ戦えそうだが……
「っ! そこの人―っ!?」
必然、激しく移動しながら戦うので、木々をなぎ倒し、あらゆるものを粉砕しながら進むことになる。その中で、へし折られた大木が一本、魔女帽をかぶった魔法少女に向かって飛んでいったのを、せれなは見た。
「え……?」
大木は重力に従い、魔法少女に落下しようとした。
「ばさらーんっ!」
女剣士と戦闘を続ける獅子神破沙羅に向かって叫ぶと、すぐに応じた。尾が唸り、せれなを後ろから突き上げて、空中に投げ飛ばす。
「てえええええええええええいやっ!」
盾を構えて突き出し、大木に向かって突っ込む。がこぉーんっ、と小気味の良い音が響き、吹っ飛んで、代わりに別の木にぶつかってまたそれをなぎ倒した。
「大丈夫ですか無事ですかごめんなさいすいませんここは危険なんでーっ!」
慌てて駆け寄り、盾の内側に匿いながら、せれなはとにかく謝った。
シュガースポットが言っていた、トラック事故を防いだ一人なのだろう、魔女帽に角を生やした魔法少女は、呆然とした顔でせれなをみた。
「え、あ、い、今の……」
「すいません絶賛取り込み中でしてー!」
「バウウウウウウウウウウ!」
獅子神破沙羅が吠えた、吼えて、せれなを見た。何をいいたいかはわかる。その娘を連れて、逃げろ、と目が言っていた。
「うへ、で、でも……ひえっ!」
女剣士はせれなと、新たな顔には目もくれず、魔獣に斬りかかる。獅子神破沙羅が背中から伸ばした触手を両断するが、その背からはまた同じものが複数再生され、一進一退の攻防を繰り広げていた。
「……ええーい! 任せましたよばさらん! こっちです!」
「え、きゃ」
魔法少女の手を引いて、せれなは戦場から離れてゆく。
(とにかく安全地帯に届けないとーっ! くっそー、どうなってんですかこれはー!)
混戦する戦場は、まだまだ拡大を続けていることなど、この状況のせれなが理解できるわけもなかった。
☆メモリアキッス
イフレインはメモリアキッスが最も頼りにしている戦闘員だ。彼女を傷つけられる者などいない、と思っていた。任意のものを透過できる、という魔法は極めて汎用性が高く、可視光は勿論、毒ガスのたぐいだって通じない。だというのに、「すり抜けられない地面を直接ぶつける」という力技で、撒き餌の生贄であったはずの魔法少女は反撃を試みてきた。
これが例えば、地面を切り取って、持ち上げて、投げる、と言った攻撃ならイフレインは回避可能だ。一度離れた時点でそれは地面ではない、足元だけを再定義すれば良い。
しかし、烈風のリカの魔法は『増殖』だ。あの地面をすり抜けようとすると、「同じもの」である足元の地面もすり抜けてしまう、そうすれば、行き着くのは地層もマントルも越えて、星の中枢まで行ってしまう。
「んー、どうしましょうかねえ」
「ぜっ、はっ、ひぃ、ひぐっ、めもりぁ、ほね、ほねぇ……ぎこ、ぎこっ!」
その上で、イフレインは限界を迎えようとしていた。肉体的ではなく、精神的にだ。この娘はこわれている。人を殺して、バラバラにして、骨と触れ合わなければ自我を保つことが出来ない。今はメモリアキッスが手なづけているが、本当に限界を迎えたら、いつメモリアキッスに刃を向けてもおかしくないのだ。
「あら、あれは……」
パタパタと、一匹の白い鳩――――協力者である4989の魔法で呼び出されたものだ――が、メモリアキッスにそれを指し示した、鳩は魔法少女を見つけたら、その場所に案内するように設定されている。
鎧を着込み、大きな盾を持った魔法少女と、それに手をひかれる魔女帽の魔法少女。
んー、と考える。混乱をバラまきに来たはいいが、イフレインは結局、一人も仕留められていない、どちらにしても生贄は必要だ。
「イフレイン」
「……ぁー……?」
「あれ、食べてきていいわよ」
ぱぁ、と顔を明るくして、糸鋸を構えて、イフレインは二人の魔法少女に襲いかかった。
☆せれな
「サラー、ご飯でーすよー」
最近気がかりがあるとすれば、愛犬のサラの元気が無いことだ。血統書もない雑種だが、多分半分はゴールデンレトリバーだとレナや両親は考えている。女子高生となったレナよりも縦の長さだけなら大きいかもしれない。
昔は餌の時間ともなれば何処にいても走って駆けつけたものだが、今は何度も呼んでようやく重い腰を上げると言った風体だ。しかしそれも無理はない。サラは御年十七歳の老犬であり、レナよりも年上で、レナよりも先に我が家に居たのだ。いわば、レナのお姉さんである。
サラは両親が結婚して家を買って、最初は子供を作らないつもりで、生活に彩りを加えるために購入した犬だった。母が肝心のレナを身ごもっていたと知ったのはその一週間後であり、山吹家は新婚一年で小さな子供を二人抱えることになった。
一人と一匹は基本的に常に一緒だった。自宅での思い出を振り返っても、常にサラがそばに居た記憶しかない、両親も、あんた赤ん坊の頃からずーっとサラにべったりだったのよ、なんて言ってくる始末だ。
恐らく、お別れの時期は近いのだろうと思う。犬の寿命ぐらいは一般教養として知っている、理性はなるほどなあと思うが、感情はそんなの嫌だと叫んでいる。
一時期は勉強も手につかず、テストの結果も散々で、悩みに悩んだ挙句、教師に相談したら「犬のことぐらいで」と言われて以来、家族以外にこの事を誰かに話したことはない。
魔法少女としての活動は、普通に生きてきたせれなにとって、世界を書き換える非日常で、その新鮮さと楽しさは、少しだがいずれ来る寂しさを紛らわす事ができた。
せれなが手にした力は、『絶対無敵の盾』だ。ありとあらゆる攻撃を防ぐ、最強万能絶対の防具。更に重たい鎧のコスチュームがついてきて、完全に防御型だった。ゲームでいうなら間違いなく前衛タンク専門職だ。
しかし、残念ながら魔法少女せれなの魔法が役立つタイミングと言うのはあまりない、戦闘の必要がある時は、基本的には作戦を立てるシュガースポットの戦う前にすべてを終わらせてしまう采配と、相手が何かする前に獅子神破沙羅という暴力が敵を蹂躙してしまうため、そもそもせれなの防御力が必要になる戦い、というものがあまり存在しないのだ。
だからこそ、この状況は、まさしくせれなに相応しい。
「あ、あぁぁぁ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
奇声が聞こえる。せれながそちらを見ると、両手に糸鋸を持った、全身血が滲んだ包帯だらけの魔法少女が、目をむき出しにして、舌をだらりとぶら下げて、よだれを撒き散らかしながら、こちらに向かってきていた。
「ひきゃあああああああああああああああああ!?」
慌てて盾を向けてガードする。イフレインは構わず糸鋸を突き出した。盾と糸鋸がぶつかり合い、当然のように細い糸鋸が弾かれる。
「は、弾いた……?」
魔女帽の魔法少女、ライムマインは、驚いた顔でせれなをみた。ここは力強く微笑んでおく場面だろう、と思ったが、何分襲ってきたものが怖すぎた。
「だだだ、大丈夫でででっすから! わ、私の盾は無敵ですよよよー!」
声が震えた。ビビっていた、仕方ない、あれは怖い、怖すぎる。
「ぜ、絶対大丈夫ですから、絶対に私より前に出ないでくださいねーっ!」
「う、うんっ!」
魔女帽の魔法少女をかばいながら、せれなは盾を構えた。二人をすっぽり覆ってなお余りある金属の盾の内側からは、外の様子が見える水晶がついており――――先程よりも激しい奇声を発しながら、両手の糸鋸で斬りつけてくる姿が視界いっぱいに映し出された。
「ぎいいいいいいいいいいい、こっ!」
「うひゃああああああああああああああ!?」
「きゃあああああああああああああああ!?」
イフレインが糸鋸を振り回す、ガキン、ガキン、と盾が弾く。
何度も何度もそれを繰り返し、叫ぶ。
「どうして! どうして! ぎこぎこさせろぉ! ぎぃいいいこおおお! がぁっ! かひっ! 何で、何でぇ!」
力任せにぶつけていると、二本の糸鋸の内、一つの刃がブチンと切れてしまった。
「うう……!?」
「すごい……、あいつ、なんでもすり抜けてくるのに」
魔女帽の魔法少女がポツリと呟いた、ふふん、とせれなは恐怖を飲み込み、鼻を鳴らした。
「そそそ、その程度じゃ相手にならねーですよー、私の盾は絶対無敵です、ってーか」
「ぎいいいい! なんでっ、なんっ、ぎこっ、ぎこ、させ、ろぉっ! ぐううう!」
それでも攻撃をやめない魔法少女を、せれなは盾越しに睨みつけ、片足を上げた。
「いつまでぼこすかやってやがんですかーっ!」
そして、全力で内側から、
「うぐ、ぇっ!?」
重量物が魔法少女の、それも超重量級のパワー型の蹴りによって押し出されて、油断していたイフレインは直撃を受けた。
絶対無敵の盾は、イフレインの魔法でも透過出来ない。
その盾で殴りつければ、当然これも透過できない。
蹴りの勢いで射出された盾は、木の幹に直撃するまで止まらなかった。イフレインは気をすり抜けて難を逃れ、体勢を立て直す。
「ち、押しつぶせはしませんかー!」
ジャリリリリ、と金属の擦れる音が連続して響く。せれなの右手首を覆う鎧から、鎖が伸びて、盾へと連結されていた。それが自動的に戻ってきて、せれなの手に再び無敵の盾が収まった。
「ぎぃ……なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんで」
「なんでもかんでもありません、防御力において私を超える魔法少女はいませんよー!」
盾を構え直す。ビジュアルと行動と声はたしかに怖いが、盾の防御力が万全で、相手の攻撃が通じないとわかれば、たとえライムマインをかばいながら戦っても、負ける気はしなかった。防衛戦は大の得意だ、ひきつけて。獅子神破沙羅かシュガースポットがたどり着けばこちらの勝ちだ。
「ぐううううううううううううううううううううううううう!」
イフレインが、残った糸鋸を振り上げて、叫びながら振り下ろした。無敵の盾が阻む。いイフレインでは、せれなの防御は突破できない。
「……私の」
盾の匿っている魔法少女が、不意に告げた。
「私の名前は、ライムマイン」
「ふぇ?」
思わずマヌケな声を上げてしまった、何でこのタイミングで自己紹介を? と思った。
ライムマインは、すっと手を伸ばし、せれなの盾に触れた。
直後、するっ、と、それが当たり前かのように、盾を糸鋸が貫通した。
「え――――」
盾をすり抜けて、イフレインの手が伸びる。驚く暇もなく 喉に押し当てられた糸鋸の刃がひかれるのに、たったの一秒もかからなかった。
ぶしゅしゅしゅ、と連続で血液が吹き出した。温かいものが溢れ出て、身体から大切なものが抜け落ちていく。
「ぎこ、ぎこぉっ! ぎこっ!」
歓喜の声が耳に入ってくる。何故、どうして、が頭を埋め尽くした。
「――――――」
視界の隅に、魔女帽子の魔法少女がいた。ライムマインはせれなの盾を、持ち上げると、彼女はそのまま立ち去ってしまった。
まって、それは、私の、なんで?
温度を失っていく身体に血まみれの魔法少女がのしかかる。イフレインは血と感触に興奮して、逃げるライムマインに見向きもしなかった。
足を持ち上げて、糸鋸を太ももにあてがい、今度はせれなを分解するために、ぎこぎこと動かし始めた。
☆
獅子神破沙羅が自己認識を得た時、獅子神破沙羅は獅子神破沙羅という名前ではなかった。
親兄弟と離れ、冷たく狭い箱の中に押し込められて、何人もの人間が自分の前を通り過ぎ、眠る自分を起こそうと、コンコンと透明な壁を叩いて、ちょっかいを出しては立ち去ってゆく。
寂しい、冷たい、ここは嫌だ。そう感じれば感じるほど、何かをする気力は失せていった。体を丸め、眠るのが何よりも最善だと思った。
何の反応も示さず、ただ餌を食い、眠る。そうしている内に自分の体は少しずつ大きくなり、狭い箱の中は更に狭くなった。やがて、その箱の中も高い場所から低い場所に移されて、ちょっかいを出してくる人間もいなくなった。
(明日までに買い手がつかなかったら、こいつどうなるんです?)
(店にはおいとけないよ、残念だけど処分だな)
(処分って、どうするんです)
(まあ、そりゃお前……)
なにか話しているが、自分にはその意味が理解できない。自分にできるのは、眠る事だけだ。何かをしたいと思うことはもうなかった。
次に目を覚ましたのは、自分の体が持ち上げられていると気づいた時だ。浮遊感にはっとして、それから自分を抱きかかえている誰かに気づいた。
(……こいつ、元気ないですね)
(ええ、大人しい子で)
(お前、大丈夫か? 飯食ってるか?)
何を問われているか、わからなかった。その頃の獅子神破沙羅に、そんな知能はない。
それから、狭い箱の中に戻ることはなかった。動く大きな箱の中に乗せられて、気づくと広くてもっともっと大きな箱に招かれた。何もかもが新しい匂いに包まれて、恐怖で一歩も動けなかった。
(わ、大丈夫か、お前)
(ちょっと、連れてくるときに意地悪したんじゃないでしょうね)
(してないって! ほら、大丈夫だぞ、今日からここがお前の家だ)
震える体を抱きしめられた。生まれて、母に身を寄せた時以来の温もりだった。
(うわあ、こいつ漏らした!)
(……ぷ、あははは!!)
(笑うなよ! タオル持ってきてよー!)
(あーはいはい、ぷっ、おっかしい!)
それから、自分はその大きな箱の中で生きていくようになった。用を足す場所が決まっている、声を出してはいけない、といった細かなルールはあるが、自分はそれを順守した。この箱の主である二人は、自分がルールを間違えるとひどく悲しそうな顔をするが、守っているとあたまを撫でてくれるのだ。
また、どういう事かわからないが、自分は「サラ」と呼ばれるようになった。何度も自分に向けて、繰り返しそう告げる主達がそういうので、きっと自分は「サラ」と言うのだろう。
そうして、沢山の時間をそこで過ごした、明るい空と暗い空を何度も見た。自分自身が大人になった、と感じるようになった頃、変化が起きた。
サラの主である二人のうち、柔らかいほうがいなくなった。もう片方は落ち着きがなくなり、帰りも遅くなった。
(ごめんな、もうすぐ、家族が増えるんだ)
申し訳なさそうに謝られ、頭を撫でられると、サラに興味をなくしたというわけではなく、ただ何かもっと他にすべきことがあるのだろうとわかり、ならば主に対して出来るのはきっとサラがルールを順守し、手間をかけぬ事だろうと思った。
やがて、また沢山の明るい空と暗い空が巡った頃。柔らかいほうが帰ってきた。しかも、もっと柔らかいものをつれていた。
(ほら、はじめましてだよ、サラ)
主がサラを持ち上げて、もっと柔らかいものとサラは、初めて顔を合わせた。
(サラが、レナのお姉さんだな)
その時、サラに去来した気持ちをどう表せばいいか。甘く、柔らかな匂い。如何しようもないか弱さ、無垢な面立ち。サラは、初めて「これを傷つけてはならない」と思った。命を賭して守らねば、と感じた。決意は声となって外に漏れて、直後にもっと柔らかいものは大声を上げて泣き出し、主達はあたふたとした。
サラの生活にもっと柔らかいものが増えた。もっと柔らかいものは「レナ」と呼ばれていたので、サラもその響きをもっと柔らかいものだと思うことにした。
主たちはレナにかかりきりだった、時に外へ連れ出す巡回がなくなったり、食事の時間がずれることがあったが、サラにはそんなことはどうでもよかった。
沢山の明るい空と暗い空が過ぎ、サラはずっとレナのそばに居た。時折枕にされ身動きを封じられ、ベトベトのよだれで濡れようと、時折毛を引っ張られ、時折のしかかられても、サラはレナのそばに居た。
やがて、レナもたって歩くようになった。主達と同じ様に言葉を話し、主達と同じ様にサラを連れ出すようになった。
(サラー、こっち、こーっちー)
そちらには向かってはならないと、柔らかくない主が言っていたのを即座に忘れ、レナはサラを引っ張った。サラは、断固として動かなかった。レナはサラの妹であり、姉には妹を守る義務がある。
やがてレナは柔らかい方の主と変わらぬほど大きくなった。その頃になると、サラは、だんだん動くのが億劫になり、食事も滞り、眠ることか増えた。
(サラ、元気無いですよねー……)
(おまえが生まれる前からうちにいたんだぞ、もう十七だよ)
(……サラ、死んじゃうんですか?)
(そう、遠くはないと思うよ)
レナと、どこかを駆け巡ることはなくなった。代わりに、眠るサラを何度も自分を撫でてくれた。
(せれなー、ちょっと話が……あれ? 今お風呂ぽん? ……ん? 君、ファムの声が聞こえるぽん? わあ!? 吠えないでほしいぽん!)
ある日、レナが風呂に入っている時、レナがよく手にしていじっているものから、匂いのしない変なものが出てきた。
(んー……やってみるぽん……? でも老犬みたいだし……ええい、ものはためしぽん)
……この日、獅子神破沙羅は魔法少女となり、思考力と、知恵を得た。
レナに正体を明かすことはしなかった。サラは、もうすぐ覚めない眠りにつく。残りの時間は、もう一年とないだろう。魔法少女とは、せれなにとって特別なものだ。サラとの楽しい思い出をこれ以上重ねれば、サラがいなくなった時、せれなはもっと辛い思いをする。魔法少女になる度に、サラのことを思い出させることはない。
レナの姉としてのサラと、せれなの友人としての獅子神破沙羅。二つの顔を持つ、血統書すらない、雑種の中型犬。
それが、“自分”だ。
「ぐぅあるるるるるぁぁぁ!!!」
匂いがする。大好きな、大切な、守らなければならない妹の、血の匂いが。
獅子神破沙羅は、せれなを家に帰さなくてはならない。でなければ、主達が、どれほど悲しむかわからない。
その邪魔をするものは排除する、素早く、的確に、何としても。
「……醜悪だ」
魔獣となった獅子神破沙羅の前に立つのは、白い鎧をまとった女騎士だった。全身から立ち上る粒子のような光が、その威圧感をより増していた。
「あまりに醜悪過ぎる、君は悪魔か? パステルが連れていた化物よりも更にひどい。遠くから見てもおぞましかったが、近くで見るとなおのことだ。遠慮しなくて良いのかな、これは」
邪魔だ。
そう思うと、体はそれに応じた。背中からメキメキと分厚い筋肉を纏った、直径一メートル、長さ十メートル以上の触手が生まれた。間髪入れず、突き入れる。相手が魔法少女であろうと関係ない。無尽蔵の膂力が、容赦なく攻撃範囲にある物を破壊し尽くしてミンチにする。山の一つを吹き飛ばせる豪腕の一撃。
「
その確定した死に対する剣士の行動は速やか、かつ、スムーズだった。滑らかに剣を動かし、攻撃が命中するその瞬間、呟いた。
「
か細い体に、触手の先端が直撃した。眼前に存在する全てが吹き飛び、土砂を巻き上げ、大地はめくれ上がり、魔法少女は潰れて死ぬ。
「……正解だったな、これは。やっぱり、メアを連れてこなくてよかった」
……その筈なのに、眼前のそれはびくともしていなかった。魔法少女は、剣で獅子神破沙羅の攻撃を受け止め、その衝撃だけが背後に抜けていた。
「!」
「私でなければやられてる、恐ろしい魔獣だ、やり甲斐がある」
ちかっ、と敵の持つ剣が光り、直後に、獅子神破沙羅の半身が吹き飛んだ。
「が、るる……!」
「邪悪なる魔獣を打ち払う為、星の聖剣に
再度、剣を虚空に振るった。突きの動作をするたびに空中に光点が生まれ、光のラインが繋がってゆく。
「
剣に光が集まっていく。傍に居るだけで皮膚を焼く、熱量の束が――
「――――
☆イフレイン
もう我慢出来ない。食べたい食べたい食べたい。舐めて、吸って、齧って、存分にその中身を味わいたい。ずっと我慢していた。メモリアキッスにダメと言われたから我慢していた。でももう限界だ。どうにかなりそうだ。
首から血飛沫を上げて、痙攣する魔法少女の太ももに、直接糸鋸を当てて引いた。ぐにぐにとした肉の触感の後、ごりごりと固いものがあたった。
「! ごり、ごり! ぎこぎこ! ぎこぎこぉ!」
その感触で、イフレインは満たされた、幸せな気持ちになった。興奮のままに切り落とすと、肉をそぎ落とし、赤く濡れた剥き身の骨が顕になった。
「あぁ……あああ……あぁー……」
素晴らしい。最高だ、抱きしめるようにかぶりつき、髄をすすって、舐める、齧る、かりかりと削れる感触、素晴らしい。
「あは! あは! いい、ぁあ……うふ、うふふふ、ふひっ、ひぃ、あはあ……」
ボロボロと涙が出てきた。なぜだかわからない。
(今回は、彼女ですか)
(魔法が強かったぽん、本人はそうでもないぽん。戦うぽん?)
(いえ、興味が薄れました。もう壊れてしまったようですし……一方的に嬲っても仕方ありません、試験は終わりにしましょう)
不意に頭に過った。その声は、甘い蜜のようで、あるいは煮詰めたカラメルのようで、脳を蕩けさせる余韻があるのに、どこまでも冷たくて残酷だった。
なんとなく思い出した。初めてぎこぎこしたのは、イフレインが初めて魔法少女になって、何故か魔法少女同士で殺し合うことになって、それで、それで?
(いや、いやいやいや、違う、こんなの違う、わ、私、人殺しじゃない……!)
違う、殺した。殺したけど、それは嫌だった。だからぐちゃぐちゃにして、ずたずたにして、人の形をしなくなれば良いと思ったのだ。それでも心が悲鳴を上げて、赤くて、白くて、固くて。人間じゃない、これは人じゃない。私は人を殺してない。ほら、私、これを食べてるよ。人間が人間なんて食べるわけ無い。これは人間じゃないから、私は人殺しじゃない。私は私は私は私は私私私私
ぐじゃっ、と何かがイフレインを叩き潰した。骨に夢中になって、蕩けていたイフレインは、何も考えずその塊を体にこすりつけていた……透過を解いていた。
高架下の柱のような太さの何かが、イフレインも、イフレインが解体したレナも巻き込んで押し潰した。
その場にあったものは等しく潰れて混ざりあい、少なくとも人間には見えないぐらい、ぐちゃぐちゃになった。
その手が、とある命の今際の際に、愛しいものを求め、抱きしめようとした末の行為である事は、誰にも理解できなかった。
☆スターカッター
スターカッターの星の聖剣は、夜、星の光を刀身に映す事で、「星の光」を蓄え、そのエネルギーを使って、八十八の星座を模した「星の剣技」を放つことができる。
「
しかし、自分の判断は間違っていない、とスターカッターは思う。あの魔獣は、かつてスターカッターが戦った『パステルの魔獣』と同等か、それ以上の力を持っていた。身体が消滅する寸前に放たれた一撃は、木々をへし折り、大地を掘り返して大穴を作っていた。
ここで始末しておかねば、後にどんな厄災をもたらすかわからかっただろう、やはり、スターカッターの判断は正解だったといえる。
「……破沙羅ちゃん!」
剣に星の光を浴びせていると、がさりと茂みが揺れて、また魔法少女が一人、飛び出してきた。コック帽にエプロンを付けた、パティシエ風のコスチュームを纏った魔法少女だ。
「うん? 君は……」
「……あなた、スターカッター?」
メジャーどころでは無いにせよ、アニメ化魔法少女、それも主人公とくれば、やはり知っている者もいる。名前を呼ばれた以上は応じざるを得ず、少しの照れを含めて、スターカッターは頷いた。
「ああ、星の聖剣、スターカッターだ。君はこんな所でなにを?」
なるべく優しく聞こえるよう問いかけたつもりだったが、眼前の魔法少女は険しい顔で、スターカッターを睨んだ。
「私はシュガースポット、と言います」
魔法少女、シュガースポットは機械的に一礼すると、表情を崩さぬまま問いかけを続けた。
「……ここに、魔法少女がいたはずです。大きな魔獣に変身出来る、私の友達が」
「魔獣に? それは……」
「さっきの光、あなたのですよね。誰に向かって放ったものですか?」
その瞳からは敵意が垣間見える。眼前の魔法少女が言いたいことは。
「……魔獣は私が倒した、危険だと判断したからね」
スターカッターは取り繕わなかった。それが己のあり方だ。その姿勢を変えることも、背く事もしない。
「…………っ」
シュガースポットは首を振った。
「違うんです、あの子は、悪い子じゃなかった……ただ、威嚇と牽制の為に、魔獣になったんです」
「それは私には判断できない、あれは危険な化物にしか見えなかった」
「っ、わかります、でも……」
言葉を重ねようとするシュガースポットは、しかし口をつぐんだ。不幸な行き違い、誤解から生まれた悲劇、そう思えば、スターカッターを一方的に攻めるわけにも行かない……そう判断するだけの思考力は備わっているようだ。
スターカッターは、むき身の聖剣を眼前にかざし、シュガースポットに問いかけた。
「私は、自分が誤ったとは思っていない――故に、君が仇討ちを望むのであれば、相手になろう」
「……何のつもり、ですか」
「私から君に見せられる誠意は、これぐらいしか無い。君が私を恨むのは、仕方ないと思うよ」
その言葉に何を感じ取ったのか、シュガースポットは苦々しく表情を歪めた。
「……わざわざ、そこまでするつもりは、ありません」
「……そうか」
あくまでも冷静に、その行為の意味が無いことを、しっかりと理解している。優秀で、現実的で、それでいてしっかりと出来ることをわきまえている、良い魔法少女だ。
スターカッターは、星の聖剣を持った右手の力を抜いた。
「では、無抵抗に死んでくれ」
そして、
「――――!」
シュガースポットの反応は素早かった。振り下ろされた聖剣を、泡立て器が受け止めた。本来ならばコスチュームの一部とは言え、武器と調理道具だ。両断することなど造作も無いが、今は星の光の力がない。聖剣の切れ味も鈍っている。
|しかしそれはスターカッターが悪を断罪しない理由にはならない《、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、》。
「何――を……!」
一瞬拮抗し、しかしじりじりとスターカッターが押し始める。そもそもシュガースポットは戦闘向きの魔法少女ではない、スターカッターに力勝負で叶うわけがない。
「心外だな、私は正義を成しているだけだよ」
「な――――」
あの魔獣は邪悪なる物だ。議論の余地はない。結論は既に出ており、正義に従い断罪を終えている。
ならば、その魔獣を友達と呼び、それを倒したスターカッターに対して敵意と葛藤を抱いたこの魔法少女もまた悪だ。
「あなた……あなたが――――」
「その呼ばれ方も心外だな――――私が斬るのは」
決意と確信。誓いと覚悟。ありとあらゆる全てがスターカッターの正義を肯定している。
「――――悪だけだ」
☆タイムライン
誰も追ってこない。走り回って、物陰に隠れて、それを自覚し、タイムラインはぜぇ、と息を吐き出した。苦しい、呼吸が乱れる。
こうして座り込んでいる間にも、背にした木の幹からあの魔法少女がぬっと現れて、自分の首を斬り裂いていくような気がしてならない。背筋がゾクリと凍る、一人は怖い、誰かと合流しなければ。
「……ひっ!」
がさがさ、と音がした。思わず声を上げてしまう、誰か来ている、敵か、味方か、わからない。
タイムラインは時間を止めた。いざという時のために三秒残し、六秒間の自由を得る。
もし敵だったら先手を取って殺す。魔法少女の腕力で、全力で喉を潰してやる。
追い詰められたタイムラインの精神は、そこまでのことを考えて、茂みの向こうを見た。
「ひ、きゃっ!? え、……な、なんだ、ライムか……あ、血……?」
そこに居たのは、大きな金属製の盾を引きずって歩く、ライムマインだった。
首元から頬にかけて赤いシミがベッタリとついていて、一瞬大怪我をしているように見えたが、表情に苦しげなところはない。傷も見えない、返り血か何かだろうか。
「驚かせないでよもう……でも、ライムでよかったぁ」
残り二秒、ここに居ては時間が動き出した時、ライムマインが驚いてしまう。
残り一秒、一歩離れた。
残りゼロ秒、時間が動き出す。
「ライム!」
タイムラインから声をかけると、ライムマインはびくんと身体を震えさせて、こちらを見た。
「驚かせてごめん、誰かと思って時間止めちゃった」
「な、何だタイム……いきなりでてきてびっくりしちゃった」
「ごめん、もう、全然余裕なくて……好夢ちゃんは?」
「わかんない、魔法の端末も、反応しないし」
「そっか……と、とりあえず、探しに行く? ていうか、それどうしたの?」
ライムマインが引きずっている、大きな盾。装飾は華美で、重量もすごそうだ。どう見ても魔法少女の道具だ。
「拾った」
「拾ったって……ま、まあいっか、防御力高そうだし……」
警戒心が緩み、己の片割れと合流できたこともあって、タイムラインの張りつめた心は、緩んだ。どっちにいこうか、とライムマインに尋ねる時、彼女の顔を見なかった。
だから、背後からその盾を振りかぶって、後頭部に叩きつけられるまで、タイムラインはライムマインのことを全く疑っていなかった。
☆ライムマイン
重量物に全力を込めて、頭部を殴り飛ばすと、魔法少女でもただではすまないらしい。勢い良く、ベキン、と何かが砕ける音がして、魔法少女タイムラインは、一人の女子高生の姿に戻った。
ライムマインはその顔をよく知っている。誰よりも知っている。血を分けた姉妹であり、もう一人の自分であり、自分自身でもある。
ぴくん、ぴくん、と未だ痙攣するその身体を確認すると、ライムマインは今一度、盾を振り上げた。
魔法少女の強度を持たない、普通の人間の頭は、その一撃に、当たり前のように耐えられなかった。
中身の詰まったスイカを、コンクリートに落とした時のように、中身がぐしゃりと、弾けて砕け散った。
「…………」
ライムマインはライターを取り出すと、頭の潰れた姉妹のスカートの裾に、そっと火をつけた。昨今の化学繊維は、大変良く燃える。程なくして、炎は完全に少女を飲み込んだ。