魔法少女育成計画 -Fratricide Side-   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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***第四章 私たちは少しずつ失って行く***

☆ユミコエル

 

夜が明けた。結局、メモリアキッスとイフレインは見つからず、烈風のリカと二人で森を探索したら、木々がへし折れ、大穴がいくつも空いていた。

 

 ピスタール、プリマステラは無事だった――――プリマステラは負傷していたが、致命傷ではなかった。

 

「あいつら、結局何なんすか、誰が“魔法少女殺し”なんすか?」

「わかりませんわ、アイムマイムさんとも、はぐれてしまいましたし……」

「あーもう! わけわかんなーいっ!」

 

 烈風のリカが叫び、ユミコエルも概ね同意した。とにかく、起こっている事が多すぎる。

 

「人魚の魔法少女、ローレリア、バニーの魔法少女、メモリアキッス、包帯の魔法少女、イフレイン、それに手品師の魔法少女4989、……襲ってきたのは、この四人、のはずだけど」

「じゃあ、これをやったのは誰? って事、ですわよね」

 

 ピスタールが交戦したローレリアも、ユミコエルたちが遭遇したメモリアキッス、イフレイン、プリマステラが会話をした4989、誰も彼も、ここまで環境を破壊できる魔法少女は居ない。

 

「出来るとしたら……獅子神破沙羅?」

「それに、何度も向こうの方からビーム来てたよね、ビーム」

「私達以外にも、戦闘を行っていた魔法少女達が居た、ということ……ね」

「そして――――」

 

 魔法の端末を開く。ファムを呼び出そうとしても、何の反応もない。

 

「……通じない、こんなこと初めて。誰かが何か(、、、、、、)している」

「何かって何よせんせー」

「作為的なもの……というか、この状況を作りたかった、誰かの意思の……ようなものを感じます」

「それが“魔法少女殺し”っすか?」

「断言はできないけど……」

 

 あの人なら、この状況で、なんというのだろう。

 何を予測し、何を計算し、何を想定するのだろう。

 

「――――どちらにしても、私達のやることは変わらない。メモリアキッスを倒し、“魔法少女殺し”を捕らえる」

「お、私達も参加していいの? せんせ?」

「放っておいても無駄だということがわかったから、協力してもらうことにします――というより、イフレインに対抗できるのはリカだけだから」

「っしゃー! 私の時代きたかなこれっ!」

 

 喜び気合を入れる烈風のリカ。

 

「私、けが人ですのよ、もう」

 

 ため息を隠さずに、しかし戦うことを否定しない、プリマステラ。

 そして、少しの沈黙を挟んで、ピスタールが言った。

 

「……先生、自分、外れてもいいっすか?」

 

 リカとプリマステラは目を見開き、ユミコエルは、あ、と呟き、申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「……うん、強制はしないよ、大丈夫。ごめん、勝手に決めて」

「いえ、すんません……失礼するっす」

 

 ピスタールはそのまま背を向けて、ぴょこぴょこと立ち去っていった。

 

 

☆ピスタール

 

 木下木の実は孤児ではない。母親は死んだが、父親は生きている。

 ただ、父親はクズだった、まごうことなきクズだった。当時、まだ幼い、第二次性徴も迎えていない木の実を、性的な欲望のはけ口にしようとした。

 

 もがいてもがいて、抵抗した木の実にむき出しの股間を蹴り飛ばされ、悶絶し、その隙に何度も何度も、机の上にあったガラス製の灰皿で、醜いその肉の塊を殴打した。

 当然、もう家にはいられなくなって、児童養護施設に預けられた。そこで出会ったのが、旅行の帰りに交通事故にあい、家族親戚もろとも失い、一人だけ生き延びたという少女、袋辺理香子だった。

 

「へえ、アンタ新入り? よっし、じゃあ私の家来ね!」

 

 頼る相手など誰もいない、誰も信用できなくなっていた木の実への第一声がこれだった。

以降、理香子は常にこの調子で、木の実に声をかけてきた。

 

「ねえねえ、ドッジボールやろ!」

「この漫画面白いから読んで! 感想聞かせてね!」

「マシュマロいらない? 私これ苦手なの、ぶよぶよーってしてて!」

「あ、絵かいてるの? 可愛いー見せて見せて!」

 

 万事がこれなので、落ち込んでいる暇もない。うるさいと言えば何よと文句を言い、黙っていれば何か言うまでつきまとってくる。

 

 その数カ月後には三日月光がやってきた、新入りにいつもどおりの宣言をかました理香子に対して、いきなり蹴りで応じたのは光が初めてだった。

 

 とにかく人の人との距離感というものを理解する気のない理香子を中心に、気づけば木の実は、この三人と一緒にいるようになった。

 

 親の居ない寂しさを、友情で埋め合わせるようにして、木の実は育った。

 

 児童養護施設にしては、広く、裕福だったと思う。何故かと施設の大人に問えば、木の実たちの生活にお金を出してくれるスポンサーがいるそうだ、という話だった。

 

 そういう人がいるのなら、感謝しないといけないな、と思ったのは、木の実が十二歳の時だった。

 

 ある日、そのスポンサーが視察に来るという話になり、職員児童全員でお出迎えすることになった。恰幅の良い、頭の禿げた、脂ぎったおっさんだった。第一印象は「顔がガマガエルみたい」で、声を聞いた時は「声もガマガエルだ」だった。

 

 ありがたいご挨拶をいただき、ガマガエルが施設を見て回っている間、理香子はおとなしかった。別に空気を読んだ訳ではなく、大人たちがとにかく何もさせないようにと常にピッタリと側にいて、理香子に好き勝手やらせる暇を与えなかっただけだ。

 

 光はこれ幸いと読書室で本を読みふけっており、声をかけるのも悪いと思ったので、木の実はお昼寝でもしようと思った。理香子が起きている時は肉体を動かすのが義務になってしまうので、こういった時間は極めて貴重である、有効活用せねば、と思った。

 

 外の非常階段へ続く扉はあけてはいけないことになっているが、そんなことを守る理香子ではない。昔、施設中を探索して回った時に見つけた外階段の三階から二階にかけての踊り場は、日当たりがよく、階段の高さも手頃で、こういう時にぼーっとするのはちょうどよい、洗濯場からタオルケットを一枚失敬して、暖かい日差しと風を浴びながら、うとうととまどろみに身を委ねた。

 

「……おや、起きちゃったかな?」

 

 次に目を覚ました時、目の前にガマガエルが居た。

 

「ひ……」

 

 悲鳴をあげようとして、口をふさがれた。脂ぎった手から、濁った臭がして、胃の中がひっくり返りそうになった。

 

「君、木の実ちゃん、だったっけ? ふひ、可愛いねえ」

 

 ほくろといぼだらけの顔が近づいてくる、噛み付いてやろうと思ったが、何故か体が動かなかった。醜い手が、服の上から体を撫でる感触があまりに気持ち悪くて、ひ、ぃ、とか細い声を上げたのを、ガマガエルは何を勘違いしたのか、ニンマリと笑って、今度はスカートの中に手を入れてきた。

 

 流石にそれは許容できずに、木の実は暴れた、恐ろしかった。かつて父親にされかけたことを、今またされようとしている、それは木の実という人間の尊厳を踏みにじる行為にほかならない、抵抗しなければ、木の実は死ぬ。そうホンキで思った。

 

「暴れないでよぉ、いいかい、木の実ちゃん」

 

 ガマガエルは耳元に口を寄せてきた。息が生暖かくて、ゾクリとした。

 

「おじさんはねえ、木の実ちゃんみたいな子がだぁいすきなんだあ、だから、木の実ちゃんがおじさんのことを好きになってくれたら、みいんな一緒にいられるんだよぉ」

「…………!?」

 

 何を言っているのか、理解できなかった。ガマガエルは続けた。

 

「この施設はね、おじさんがお金を出してあげてるから、続いてるんだよぉ。でも、おじさんを好きになってくれない悪い子が居る施設には、おじさんお金出したくないなあ……そうしたら、皆、離れ離れになっちゃうねえ」

 

 言っていることは難しいが、このガマガエルが木の実が生きている環境の命運を握っている、ということは理解できた、それと引き換えに、何かおぞましいことを木の実に要求しているのも、理解できた。

 

 それを飲まなければ、理香子と、光と、離れ離れになってしまう。

 

 恐ろしい事だと思った、それだけは考えられない、汚される恐怖より、二人と引き裂かれる恐怖にふるえて、木の実は動けなくなった。

 

「いいこだねえ、大丈夫だよ、他のお姉さんたちも、最初は嫌がってたけど、最後は喜んでたんだからあ」

 

 それを聞いて、ガマガエルが手を出したのは、木の実だけではなくて、以前から施設に居た子供達も含んでいるのだとわかった。

 

 ガマガエルの手が、服をめくり上げた。買ってもらったばかりの下着の中に、おぞましい手がはいってきた。

 

「ぃ――――――やっ!」

 

 そこで、我慢の限界を超えた。反射的だった。手で押しのけて、ガマガエルを蹴り飛ばした。

 

「う、お……!?」

「触るな……触るなあああああああああっ!」

 

 体勢を崩したガマガエルを、木の実は明確に、自分の意志で、突き飛ばした。

 ガマガエルは、階段を転げ落ちていった。頭や顔を手すりや角にぶつけて、下に着くと、動かなくなった。

 

「…………え?」

 

 どくどくと頭から血を流すガマガエルを見て、木の実は我に返った。

 ガマガエルは、びくり、びくりと震えていた。それがまともな生命の動きでないことぐらいは、理解できた。

 

「い、いや――ちが、違……」

 

 違わない。

 木下木の実は、殺すつもりで突き飛ばした。

 理香子と光を、施設の仲間たちを選ばずに。

 我が身可愛さでスポンサーに逆らい、そして――――――

 

 あまりに悪い夢だ、寝覚めが悪すぎて、震える。

 今の木の実は子供ではない、十六歳になった、花の女子高生だ。

 施設は十八歳までは居ることが出来たが、とてもそんな気分になれなかった。木の実が自立する、と言い出したら、理香子と光は当然のように「私達もそうしましょう」といって、今は一つの家を三人で借りる、シェアハウスの形式をとっている。

 

「は……はは」

 

 姿見で、自分を見つめ直す。胸もお尻も、馬鹿みたいに大きい、これが汚い大人たちの目に止まったのだというのなら、全くもって邪魔だ。

 

 目を閉じて、開くと、そこには魔法少女がいた。

 

 ピスタールは、緑をベースとした、魔法少女としてはどこか地味めな印象を与える格好をしている。前髪も瞳を隠すような姫カットで、横に烈風のリカやプリマステラが居たら、印象が埋もれること間違いなしだ。

 

 それで良いし、それが良い、魔法少女になった時は、心が震えるほど嬉しかった。

 

 ガマガエルの死は、不慮の事故ということになった。非常階段の視察中に足を滑らせて転落死、その場からすぐに逃げ出したおかげか、木の実の名前は出てこなかった。

 

 しかし結局は、スポンサーを失ったということだ。経営は途端に回らなくなった。

 

(でしたら、私が出資しましょう)

 

 ……そう提案してきたのは、当時一介の女子大生だった、弦矢弓子という女性だ。

 

 彼女もまた孤児であり、親の居ない、あるいは複雑な事情を抱えた子供達の支援を行う団体の、なんと設立者だという。

 

彼女は木の実たちの施設のスポンサーとなった後、理香子と、光と、木の実を呼び出して告げた。

(私は、慈善事業でお金を出したわけではありません。同情でも、金持ちの娯楽でもありません)

 

 そして、こう言ったのだ。

 

(あなたたちには、魔法少女になってもらいます)

 

 理香子と光、烈風のリカとプリマステラは、大喜びだった。

 けれど、ピスタールは笑いながら、ずっと思っていた。

 

 人殺しだ。

 私は人殺しだ。

 

 

 二人と一緒にいられない。

 きっとどこかで報いを受ける。

 私は――魔法少女にふさわしくない。

 こんなに綺麗じゃ、いられない。

 

 

 もし“魔法少女殺し”がいるのなら。

 ふさわしくないものを殺害するというのなら。

 多分、自分だ。次は、自分の番だ。

 それを当然と思う心と、ふざけるな、という心がある。

 殺したことではない。理香子と光を裏切った罪を受けろ、という気持ち。

 ふざけるな、なんで私が慰み者にならないといけないんだ、という気持ち。

 

「う、ふ、えぇぇ……」

 

 様々なものがぐちゃぐちゃに混ざり合って、ピスタールは枕に顔を埋めて、一人、泣いていた。

 

 

☆メモリアキッス

 

「んむ、はぷ、ふ、ぁ……」

 

 とろけた水音が狭い室内に響き渡る。メモリアキッスは、人魚ローレリアが作り出したお湯の玉の中でその体を抱き寄せ、唇を貪っていた。甘い唾液を交換しながら、彼女は考える。

 ブライダルーンは魔法の国の名誉国民だ。それはすなわち地位があるということであり、利用できるということでもある。

 

 ブライダルーンが名誉国民になるまえから、メモリアキッスは彼女のことを知っていた。魔法で作った宝石や装飾を売り払い金にし、それでどんな生活をしているのかも。

 

 脅して、立場を保証してもらうのは実に簡単だった。魔法で記憶を読み取り、痛いところを抑えながら、共感を得られるように囁く。ブライダルーンの後ろ盾を下地に、誘拐や密売など、金になることならばおおよそなんでもやった。

 

 メモリアキッスは他人の記憶が好きだ、濃密な口づけをすれば、それまでの相手の人生を本の数十秒で味わい尽くすことが出来る。どんな映画でもこんな濃密な体験はできない。特に魔法少女のそれが格別だと気づいてからは、手を変え品を変え魔法少女をたぶらかし、手中に収め、唇を奪ってきた。

 

 特に格別なのが。『クラムベリーの子供達』と呼ばれる魔法少女だ。

 数多の優秀な魔法少女を排出してきた名教官、森の音楽家クラムベリーの名前が、魔法の国で禁句になってから久しい。魔法少女見習いたちを集め、殺しあわせて、生き残ったものは記憶を消されて正規の魔法少女にさせられる、という狂気のシステムを作り上げた女だ。

 

 メモリアキッスの魔法は消される前の記憶にも及ぶ。親しい友人や、信じた仲間と殺し合う経験をした魔法少女達の心は、ほとんど壊れ歪み絶望し、砕け散っていた。その味たるや、どんな美酒でもかなわない濃密で複雑な味わいをメモリアキッスに与えた。

 

 その中でも特に最高だったのが、イフレインと人魚ローレリアだった。

 

 イフレインは、母子家庭で育った心根の優しい娘だった。しかし母親とともに魔法少女になり、それを自らの手で殺めて、壊れてしまった。魔法の国の記憶操作でもどうにもならないほどに。

 

 人魚ローレリアは私利私欲のために魔法を使うことを一切ためらわない俗物だ。試験の際は、他の魔法少女を拷問することもいとわないサディストで、魔法が強力故に逆らえるものもいない。

 

 メモリアキッスがこうして好き放題出来ていたのは、不祥事を揉み消してくれるブライダルーンの支援あってこそだった。だが、彼女はもういない。証拠を消してくれる人もいない。程なく魔法の国に、自分たちの悪事がバレるだろう。その前に、味わうだけ味わっておきたい。人魚ローレリアの記憶は、絶望と失望に彩られている、何度味わっても素晴らしい。

 

「ちゅ、ん、む……は、キッス、もっと……」

「後でね、お客様、来ちゃったわ」

 

 このセーフハウスの場所を知っているのは、イフレインが死んだ今、一人だけだ。

 

「ねえ、メモリアキッス、聞きたいことがあるんだど――――」

 

 ブライダルーンを尊敬していたという魔法少女、4989は非常に便利だった、便利だったが――――それは彼女が正義の魔法少女だからだ。

 もしもブライダルーンが邪悪なる魔法少女だと知れば、復讐を天秤にかけても、きっと反旗を翻すだろう。

 

 それは気持ちよくない。

 

「先輩は、本当に悪いことを――――」

 

 メモリアキッスの暴食を邪魔し妨げた、“魔法少女殺し”を殺す。そのためなら誰でも殺す。

 そして、出来ることならその前に、無数の記憶を味わいたい。

 

「ローレリア」

 

 抱き寄せたままの人魚に、メモリアキッスは指示を出した。

 

「4989は、もういいわぁ」

「っ!」

 

 直後、4989は身を翻したが、ローレリアの魔法が発動した時には、ギリギリでその射程圏内に収まっていた。

 

「~~~~~~~~~あっぎぁ!」

 

 ぱんっ、と4989の右腕がはじけ飛んだ。

 人魚ローレリアの魔法は「液体を自由に操る」だ。半径三メートル以内の液体は、全てローレリアの支配下に置かれる。どのような形状も取れるし、宙に浮かすことも、動かすのも自由自在だ。

 

 それは当然、血液にも作用する。流れる血液を外側に向かわせ、破裂させるだけで良い。ローレリアの能力範囲内に入った瞬間、確実に相手を殺傷できる、最強の魔法少女なのだ。

 

「あぁーん、惜しいですぅ……昨日もあの子、殺せなかったんですよぅ、内側から破裂させてあげようと思ったのにぃ、駄目でぇ」

「あらぁ。体が頑丈なのかしらぁ」

「ていうかぁ、4989殺し損ねちゃいましたけどぉ?」

 

 メモリアキッスに体重を預けながら、ローレリアは言った。

 

「右腕は弾き飛ばしたんだし、どちらにしろ長くないでしょ」

「まあ、それもそうですねえー……これからぁ、どうするんですぅ?」

「んん、そうねぇ。とりあえず――――」

 

 その仕草に答えるように、唇を再度ローレリアに押し当てながら、メモリアキッスは言った。

 

「手当たり次第、やっちゃう?」

 

 

☆アイムマイム

 

 あの夜、鳩に導かれるまま、アイムマイムは歩いた。プリマステラと4989は何かを話していて、申し訳ないが待っている暇はなかった。

 

 歩いて歩いて、辿り着いた先にあったのは、頭の潰れた女子高生の死体だった。全身が焼け焦げて、黒く炭になっていて、どうしようもないほどに生命が終わっていた。

 

 鳩は、そこで止まった。くるっぽー、と鳴いた。

 

 信じたくなかった、これはどっちだ、個人を特定する情報が、どこにも残っていない。

 もしかしたら意真でも衣美でもないかもしれない、見知らぬ誰かが犠牲になったのかもしれない、と言い聞かせた。

 

 喉の奥から熱いものがこみ上げてきて、アイムマイムは全部を吐き出した。気づいたら変身はとけて、アイムマイムは相間好夢に戻っていた。

 

「好夢ちゃん?」

 

 呼吸を荒らげる好夢の背中を、誰かが支えた。よく知っている。

 

「ライ……意真?」

 

 ライムマインは、好夢の体を優しく抱きとめて、言った。

 

「大丈夫、意真も衣美も、生きてるよ。ここに、ちゃんといるよ」

 

 それが、この場での最後の記憶になった。ふっと意識が途絶え、目が覚めた時には、自宅に戻っていた。

 

 ベッドから身を起こすと、スマートフォンにはメールが何通か入っていた。『先に学校へ行きます』『できれば連絡をください』と記されていて、好夢はもう十二時を回っていることに気づいた。

 

 体を起こし、意真と衣美の部屋をノックして、返事がない事を確認してから開けた。

 中には誰も居ない。二人分のベッドがきちんと整えられていた。

 

「……どこ、いったんだろ……」

 

 階段を降りて一階に下りる、仏間へと向かって、両親と祖母に向けて手を合わせた。

 目を閉じても、余計なことを考えてしまい、水を飲んで落ち着こう、とキッチンへ向かい、そこにあった小さな鏡を見た。

 

「夢、だったのかな……全部……」

 

 そう思って、念じてみる。体は縮み、魔法少女アイムマイムになった。

 

「お、やる気満々?」

 

 背後から声をかけられて、バッと振り向く。ポニーテールをぷらんと揺らす、相間意真が立っていた。

 

「昨日の今日なんだから、もうちょっと寝てなよ好夢ちゃん」

「意真、学校行ったんじゃ……」

「あんなことあっていく気にならないよー、どうせもうすぐ夏休みだし、授業なんてないじゃん」

 

 冷蔵庫から牛乳を取り出して、蓋を開けて直接口をつけた。好夢が何度注意しても止めない、意真の悪い癖の一つだ。

 

「もう……あれ、ねえ、衣美は?」

「ん?」

「衣美はどこ? 帰ってきたんでしょ?」

 

 好夢の問に、意真は平然と答えた。

 

「うん、居るよ」

「部屋には居なかったけど、学校行ったの?」

「ううん。ちょっとまってて」

 

 牛乳を置くと、意真はキッチンをでていくと、数十秒で戻ってきた。ポニーテールを解き、おさげにして。

 

「なーに、好夢ちゃん、なんか用事?」

「…………ふざけてるの?」

 

 震える声で、なんとかそれだけを言うことが出来た。しかし、おさげになった意真は平然と答える。

 

「えー、何がよー、好夢ちゃんが(衣美)はどこっていったんじゃん」

「お前は意真だろっ!? 衣美じゃない!」

「衣美だよ」

 

 怒鳴る好夢の前で、(衣美)を名乗る(意真)は、笑顔で告げた。

 

「私は、相間衣美だよ? 好夢ちゃん」

 

 

☆ライムマイン

 

 なんと言ったら良いかわからない、と言った顔をしている好夢を見て、おかしいな、と思う。

 何が問題なのかがわからない、相間意真と相間衣美は、ちゃんとここにいるというのに。

 

「ふざ……けないで、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!? 悪戯してる場合じゃないんだよっ!」

「悪戯じゃないってば、あのね、好夢ちゃん、私は、相間衣美なの。今はね?」

「はぁ!?」

「好夢ちゃんが意真ちゃんを呼ぶなら、私は意真ちゃんになるよ、今は衣美ちゃんはどこ、って言われたから、衣美ちゃんを連れてきた、それだけ」

「それだけ、って――何言ってんの、どうしたの、本気で言ってるの!?」

「……何が問題なの?」

「問題じゃないと思うほうがどうかしてるよ! ねえ、意真、わかってる? 昨日、衣美ちゃんは――――」

「うん、死んじゃったね」

 

 肯定する、なにせ殺したのは自分自身なのだから、それは間違いない。

 ただ、好夢のショックと言ったらなかった。顔から表情という表情が抜け落ちて、こちらを見つめている。

 

「でも、死んじゃっただけでしょ? 意真ちゃんも私も、いなくなったわけじゃない」

「……本当に、何、言ってんの、どうしたの、ねえ」

「まー、そうだね、じゃあ、教えてあげる、好夢ちゃん」

 指を立てて、覚えの悪い子供に足し算を教えるように、言う。

「相間意真と相間衣美はね、二人で二人の人間だったの」

「…………え?」

「三歳ぐらいの時かな、いたずら心でね、二人で髪型入れ替えたの、そしたら、意真だった私は衣美って呼ばれるし、衣美って呼ばれる私は意真、って呼ばれるようになって。それが面白くて、私達、入れ替わりをずーっと続けてたんだよ」

「ず、っと、って……」

「三歳からだから、えーっと……十四年間(、、、、)かな?」

「……じゅ、十四年、って……」

「あ、流石にずーっと毎日じゃないよ? 時々は二日に一回とか三日に一回とか。何があったかっていうのは全部日記に書いて、寝る前にお互い交換して読んで」

 

 それは楽しい思い出話でもある。振り返れば懐かしさで胸があふれるたぐいのものだが、好夢にはお気に召さないようで、顔色がどんどんと悪くなっていく。

「でもさ、いつだったかな、ふと気づいたんだ。私、最初はどっちだったんだっけ(、、、、、、、、、、、、、)って」

「ど、っち、って……」

「自分が相間意真だったか相間衣美だったか、わかんなくなっちゃったの。えーっと、今は私が衣美だから意真もそう。意真と衣美を交代で、ずーっとやってたんだよ。時々意真のふりしてる衣美、とかわけわかんないこともやってたし……あ、でもその時は、好夢ちゃんバッチリ見抜いてくるんだよね、さっすが家族。って話してたっけ」

 

 だから。

 

「だから、なんにも問題ないよ? 好夢ちゃんの知ってる意真も衣美も、死んでない。まあ、二人で二人だったのが、一人で二人になるだけだよ、三人一緒は無理かもだけど、ちゃんとここにいる(、、、、、)よ」

 

 安心させてあげるつもりで、笑顔になってみたのだが、好夢は……魔法少女アイムマイムは、鏡を突きつけ、叫んだ。

 

「来るな」

「あ、なんで魔法なんて使うの」

「何言ってるんだ」

「……タイムラインは」

「死んじゃったよ」

「どうして」

「だって仕方ないじゃない」

「なんで……」

「だって駄目だったんだもん」

「何が!」

 

魔法少女の姿だけは(、、、、、、、、、)私達(、、)入れ替われない(、、、、、、、)から」

 

 三つ子は魔法少女になった。アイムマイムとライムマインとタイムライン。

 顔も服装も全く同じだが、角とリボンの色とアクセサリが違う。

 

 二人は当然のように、いつもどおり入れ替わろうとした、その時意真だったほうがライムマインとなって、その時衣美だったほうがタイムラインになったので、意真が衣美になった時はタイムラインになろうとして、リボンの色と、花と時計を交換しようとした。

 

 だが、角は直接生えており、取り替えることができなかった。リボンは取り替えても、これでは何の意味もない、更に、道具を入れ替えても、お互いの魔法まで入れ替わるわけではない。タイムラインの時計はタイムラインが回さねば意味を持たず、ライムマインに至ってはアクセサリはただの飾りだった。

 

 同じ顔になった三つ子の魔法少女は、魔法少女であるがゆえに入れ替われなくなった(、、、、、、、、、、)

 二人に一番近しい好夢は、既にライムマインは意真、タイムラインは衣美、と認識している。その固定も、二人の入れ替わりに支障をきたした。魔法少女になる時は、この組み合わせになっていないといけない。衣美のままライムマインに変身したら、好夢は絶対に気づいて、なんで? と聞いてくる。

 

 どうしよう、とタイムラインに相談した。なんとなく、不自由だ。自分は意真であり衣美だ。二人で二人、それが普通だったのに、存在が縛られて居るような窮屈感を感じる、と。

 それに対して、タイムラインはこういったのだ。

 

(じゃあ、そろそろどっちかに決めちゃう?)

 

 それは、あり得ない事だった。それは、自分の中から相間衣美が消える、ということだ。二人で二人が、一人で一人になる。自分が一人減る(、、、、、、)。途方もない恐怖と絶望が、胸を支配した。

 

 しかし、それ以上にライムマインの魂を焼いたのは、タイムラインが平然とそれを告げたことだった。ライムマインには耐えられない。意真を失うことも衣美を失うことも耐えられない。

 タイムラインは違う。どちらかを失っても別にいい。魔法少女何ていう降って湧いた出来事に対して、自分を捨て去り、一人になろうとしている。

 

 それは、今まで同じ存在だと思っていたものが、じつは違うものだった、という事実だ。

 そうなれば、もうダメだ。タイムライン(あの娘)ライムマイン(わたし)ではない。そんな存在に、相間衣美は預けておけない。

 

 もはや相間意真でいられるのは自分だけになり、相間衣美でいられるのも自分だけになった。

 それは逆に言えば、ライムマインが生きている限り、相間意真も相間衣美も失われない、ということだ。だったら。

 

 だったら、タイムラインはもういらない。

 

 それが、日常生活を送る中で、ごく自然に考えつき、辿り着いたライムマインの発想だった。

 

 

☆アイムマイム

 

「大変だったのはね、ファムの端末を探すことだったんだよね、ほら、悪いことしようとしても、マスコットに見咎められたら駄目じゃない? それで調べてみたら、電子タイプのマスコットって、マスター用端末っていうのがあって、そっちがファムの本体なんだけど、それってちゃんと持って管理してる魔法少女がいたんだって。なんだっけ、ブライダルーン、だったかな」

 

 学校で起きたことを食事中に話すように、ライムマインの声や仕草に、一切の歪みはなかった、いつもどおりだった。

 

「“魔法少女殺し”がブライダルーンを殺してくれたおかげで、触れたんだよね、そしたら、ファムのマスター権が私に移ったから……色々情報があったし、色々小細工したら、ちょっと大事になっちゃったのは失敗かな」

「……なん、で」

 

 絞り出すのが精一杯だった。今の今まで、大事な家族で、三つ子の血のつながりを信じていた。二人が羨ましくて、二人と一緒になりたくて、魔法少女になった相間好夢には、受け入れられなかった。

 

「どうして、そんな、事が、出来るの」

「だから、タイムラインが死んじゃっても、意真も衣美もいなくならないんだって」

「おかしいでしょう」

「何が?」

「人間は、一人で、一人だよ……?」

「私たちは二人で二人だったよ」

「じゃあ、一人無くなったら、一人で、一人じゃないか」

「もー、じゃあ好夢ちゃんはどうしたいわけ?」

 

 聞き分けのない子供を叱るように、“それ”は言った。

 もう、限界だった。

 

「あ、ああああああっ!」

 

 アイムマイムの魔法が発動する。鏡に映した相手の動きを強制する魔法、アイムマイムは包丁を取り出すと、それをライムマインに渡した。手の動きを調整して、握らせる。

 

「好夢ちゃん?」

「はぁ、は、どうして、どうしてどうして、どうしてぇっ!」

「…………好夢ちゃん」

 

 悲しそうな表情のまま、“それ”はライムマインへと変じた。

 同時に、アイムマイムは自分の胸元に握りこぶしをドン、と当てた。それは包丁を持ったライムマインが行えば、自らの心臓を突き刺す行為になる。

 だが、アイムマイムが強制できるのは「動き」だけだ。魔法は防げない。

 包丁を「自分のもの」にしたライムマインの胸に、それが突き刺さることはなかった。主を傷つけない、やさしい道具として、皮膚を貫かず、その表面で止まっていた。

 

「私、やだよ、好夢ちゃんを傷つけあいたくなんてないよ?」

「……ひ」

「ね、話し合おう? だって私達――――」

 

 家族じゃない。

 

 相間意真の形をした。

 あるいは、相間衣美の形をした。

 もしくは、ライムマインの形をした“それ”は、心から、そう告げた。

 吐き出しそうになる気持ちを抑えながら、アイムマイムは家を飛び出した。

 もう無理だ、もうダメだ、一秒たりともいられない。

 終わってしまった、何もかも全て。相間好夢には、もう何も残されていない。

 持っていた、あるいは、手にしたと思っていた物は全て。

 最初から、致命的なまでに、壊れていた。

 

 

 

【魔法少女育成計画 -Fratricide Side-】 END

 

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この作品は前編となります。更新はここで終了となります。

後編、【魔法少女育成計画 -Fratricide SideⅡ-】は夏コミで頒布予定です。
また、通販も行います。@yaranaiomm までどうぞ。
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