伽藍洞の比翼 作:窓色未草
黒と見紛うほどに深い青
剣の国の辺境。
小さな湖のある森に隣り合った小さな村。
地図にも名前がのっていないそこに一人の旅人が訪れました。
くたびれた外套、拳大の石が取り付けられた身の丈ほどの杖を身に着けた旅人は、村を訪れるとフードを脱いで彼らに語りかけました。
「もし許してもらえるなら私はそこに小さな小屋を作りたいと思っています。
土を耕し、野菜を植えて、時折獣を狩って暮らしたいのです。」
旅人の、女の髪は黒と見紛うほどに深く青く色づき、外套の中で腰まで伸びていた。
彼女の瞳は海の底のような色を持ちながら、月の光に照らされているかのように淡い輝きを得ているように思える。
「私は魔術を扱えます。必要とあれば風に言の葉を乗せ、雨を呼び、魔物を撃ち殺しましょう」
その言葉を村付きの術師は否定できませんでした。
彼女に染み付いた
見るものが見れば、そのなんの変哲もないように見える外套から、外套の裾から覗いている靴に、髪を後ろで止めている紐にすらも
「もちろん、お断りになっても構いません。
私が、あの森に住まうことを許してはいただけませんか」
村の人々はひとまず彼女を空き家に案内した後、村長の家に集まりました。
村の村長は村の大人たちが集まったのを確認すると口を開きます。
「彼女は得体が知れなさすぎる。
なぜわざわざこんな辺鄙な村へ来たのか、いや、そもそもこの村に何処に住む利点を見出したのかがわからん。積み重ねた時間が少なすぎる。
どこからか監視していたといわれたほうがまだ納得できる。
諸君らの意見が聞きたい」
すると、村人達は意見を交わし始めました。
「彼女からは強い
力ある魔術師であることはまず間違いありません。
しかし私に分かるほど強い力を持っているのは問題に違いありません。
彼女が我々に仇なしたときは、大きな被害が出ることでしょう。そう考えると受け入れた方が良いのかも知れません。
けれども我々は彼女を知りません。もし彼女の逆鱗に触れてしまったら、もし彼女が魔女であったらという不安を払うことは出来ません。」
「そもそももし彼女を受け入れるにしても、森王にどう説明するの?
わざわざ奥まで行っても、機嫌を損ねられたら私たちの村も危ないのよ。彼女だけ行かせたとしても、彼女が通ることを許可したと思われたのなら意味はないわ。
それに彼女は魔術師なんでしょう。獣に不意討ちされれば命が危ういわ。たしか魔術は探知、防御といった受動的使用は出来ないのよね?
なら、彼女に護衛を付けなければならないけど、彼女にそんな価値はあるかしら。正直割に会わないと思うわ。
断っても構わないと本人が言ったのだもの、彼女の言った通り断りましょう」
会議は続き、始めは空高く昇っていた太陽も沈み、隠れていた月が煌々と輝いています。
受け入れるべきだ、否、断るべきだ。結論は堂々巡りで一向に出る気配がありません。
そのためか、青髪金眼の狩人の青年は語気を強く、苛立ったように語ります。
「彼女がわからないと言うなら分かるように向き合い続ければいい。
彼女の身内が此処を紹介してくれたのかも知れないし、もしかしたら一目惚れしたのかも知れない。そもそも定住を許して貰える場所を、自分の居場所を探して焦って居るのかも知れない。
彼女は口を噤んでいるが、それだけで否定するのは早計だ。村の仲間が増えることは喜ばしいことだ。なら受け入れても問題は無いはずだ。
霊獣の御下へ行く為の護衛は俺が務めよう。獣を狩り慣れているし、彼女が腕利きの魔術師なら問題は無い。俺が此方へ向かってくる獣を見つけよう。そうすれば彼女が狩ってくれるだろう。本人も魔物を撃ち殺すと言っていた。それならば獣と大して変わらないだろうさ。
もし彼女が敵であっても俺はどうにかして殺そう。不意討ちは狩人の得てだ。俺はきっとどうにかできる。
それに断っても構わないなんてきっと嘘だ。此処に居たいと思わないなら住みたいなんて言わないし、此処に居たいなら離れたいとは思えない。なら受け入れてやるべきだ」
それは蛮勇と紙一重の発言でした。自分の力量を考えていない発言でした。確かに彼は彼女を殺し得ます。しかし彼の勝率はあまり高くはありません。しかし、彼は重々承知のうえで語りました。
長老はその言葉を聞き、小さともよく響く声で決断しました。
「ならば、お前の好きにするがよい。正しき答えが見つからない時は情に流されるべきであろう」
誰もその言葉に反論しませんでした。狩人の青年は深くお辞儀をしました。
明くる日の朝。
何時もより短い眠りから覚めた青年は、一番に旅人を泊めた家に赴きました。三回のノックの後、青年は声を掛けました。すると女はすぐに中から出て来ました。衣服に乱れた様子もなく、昨日と変わらない姿。それを見て青年は一睡もしていないのではないかと思いました。
あぁ、やはり不安な夜を過ごしたのだろう、と。
「私の下に来たと言うことは、結果が決まったのですか?」
開口一番に彼女はそう言いました。
青年の荷物を見て言ったのでしょう。
弓を携え、矢筒を背にしたその姿はとても平常のものとは思えません。
身の回りのことを教えるにしても物騒なその姿に不穏を感じてか、青年は彼女の体の外套越しの震えを幻視しました。
「ようこそ、我らが村へ。
俺たちはあなたを歓迎しよう」
青年はふざけたように大仰に腕を開き、歓迎の仕草をしました。すると女は小さく息を吐きました。緊張の糸が緩んだのでしょう。
「ではなぜそのような物騒な装備を身につけているのですか」
女は青年を見上ながら小さく首を傾げて、問いました。
「森に立ち入るには森王の許しが要る。あなたも知っているだろう。
他の人は隣人としては受け入れられても仲間としては受け入れ難いらしい。
少しでも早く家を造るためにも出来るだけ早く出発しよう。余計な疑いは不要だろう?
供物は此方でも用意したが、出来れば外来の物の方がよいだろう。何かあれば持って行くように。
森王は鹿の霊獣だ。植物がいいだろう。
俺たちが認めても、彼の者が認めなければ話にならない。礼儀を失しないようにしておくように」
女はそれを聞くと小さく頷き、身支度を始めました。
木漏れ日が差す森林。妖精のいたずらか風が奇妙に歪曲し、魔法の気配垣間見せます。しかし澱んだ魔の気配は無く、森は狩人が慣れ親しんだ姿のままでそこにあります。
ただ、よそ者の気配を感じてかどこか遠くでこちらを何かが覗いているのを狩人は感じました。この辺りは霊獣によって整えられているため、いつ来ても大きな変化はありません。自分たちに向けられる視線が獣のものではなく、魔法に属するなにかのものであることに青年は吐息しました。
獣に睨まれるのなら森に嫌われている証拠。森の住民たちに受け入れられたのなら歓迎されている証拠。向けられる視線は歓迎しているものとは思えないほど冷めているものだったが、決して拒絶の色がない。どうやら見定められているようだ。ならば問題はない。仮に受けれられなかったとしてもすぐに立ち去れば強硬手段に出ることもないだろう。
青年はそう思ったのです。
青年は、魔除けの鈴を身に着けて森を歩きます。その歩みはしっかりとしたもので、普段から歩きなれていることが読み取れます。
対して女は旅を重ねただけあって危なげの無い足取りを保っています。始めこそ微かに見せた運足の迷いは、直ぐ様正され、慣れを感じさせます。
道中に波乱もなく、一行は森の中心にある小さな湖にたどり着きまたした。森に隣接した湖の三分の一ほどの、池とも言い換えられそうな小さな湖。
そこに辿り着くと、狩人は供物を湖の縁に置き、一歩下がります。女もそれに習うと、辺りから風が吹いてきて湖の中央に集まりました。
風は白い光を帯び、狼をかたどりました。その姿は曖昧で、微かな揺らめきが、よりいっそうを
「なんのようだ」
狼の霊獣は不思議な響きを持った声で唸ります。霊獣とは、魂が肉の器を陵駕した超越者です。獣と言えど精霊に近しく、肉を捨てた彼の者達は、テレパスによる人との会話が出来る者も少なくありません。
「こちらの方がこの森に住まわせて欲しいとのことで、お目通しのために訪れました。彼女がこの森で生きる許可を戴きたい」
狩人は礼節を最低限守りながら、森王と視線を交わします。村に住む只人としては、森王の機嫌を損ねたとしても、敵対までいかないように注意を払わねばなりません。彼が寛大だからといって甘える訳にもいかないのです。彼らにとって森王を敵に回すと言うことは森そのものを敵に回すのと代わり無いのです。
森王とは森を支配する存在。無論例外はありますが、彼の意思一つで森全体が動きます。森は村の十倍を越える規模を持ちます。森王が命じれば獣が、風が、精霊が一斉に襲いかかるでしょう。そうなれば人としての極みを迎えた戦士の居ないこの村にはなすすべがありません。救援を求める時間的余裕もなく滅びることでしょう。
しかし、彼らは森の隣人です。対等であることを望み、対等であることを望まれた人間です。故に彼らは畏れはしても、恐れてはならないのです。
「その女は……魔女か」
森王は、狩人を一瞥すると女を眺め、そう呟きます。それは答えを求める
青年は思わず小さく息をのみました。しかし一瞬の逡巡の後、彼は沈黙を選びました。彼がなんと言おうとこれからの対話は、魔女と呼ばれた旅人と森の王たる霊獣のものです。彼が何を叫ぼうと彼女たちの邪魔にしかならないと気づいたのです。
「何のために此処に来た」
霊獣は、彼女の内面を推し測るように睨みます。
「私は人として生きるために此処に来ました。
此処以外では私は生きることが出来ません」
女は毅然として語り、霊獣は黙ってその姿を睨め回します。
「未だ外道ならぬ魔女よ、お前が自らを人足らしめると確信させたものはどこにある」
女は一歩踏み出し青年の前へ出ます。
「あなたに語る義務はありません」
女はそう話します。事実女はまだ森に住まうと決まったわけではありません。仮に決まったとしても語る義理はあれど義務はないでしょう。森王にそれを知る義務があってもそれは変わりません。
「ハ、ハハ、ハハハハハ!」
一見拒絶にも見えるそれを聞いた霊獣は眼を開き笑い始めました。その瞬間に霊獣が彼女から何を感じ取ったのか彼には分かりません。ただ彼女が受け入れられたことは感じ取れました。
「好きにするがよい人間。
我が名においてお前がこの森で生きることを認めよう。
但し、浄めは最低限とする。死にたくなくば村に赴き、定期的に浄化を受けることだ。
この森を出ていく時はお前が決めろ。
そして覚えておけ。我が森を穢す者に我は容赦しない。それでもなおこの森を穢すと言うならば、王という言葉の重みを嫌でも知ることになるだろう」
そう叫ぶと白い光が
それから一年の月日が経過しました。女は森に小さな家を造り、そこに住んで居ました。
大地を圧し固め、平らな石を敷き詰め、大きく硬い丸太を切りだして呪術を用いてよく乾かし、基礎としました。それを基準として木々を組み、泥を塗り固めて呪術で継ぎ、壁とします。
屋根はまず、まんまるの葉っぱを集めて敷き、その上に森中を回って集めた針のように細い葉っぱを敷き詰めます。床は木をつるつるになるまで磨いて作り、石を積み上げ簡素な暖炉を作りました。光る虫を集めて呪いを掛け、天井から吊るした小さな籠を明かりにしました。
木に術を駆けて魔法のように曲げて家具を作りました。道具も同じようにして作ります。地面を深く掘って術で固めて井戸にしました。もちろん石と木で滑車などを使って使いやすく改装しています。
わずかな時間でそれを作り上げた腕前を青年から聞いた村の人々は、村に訪れる商人から買い取った交易品などを対価に様々な仕事を任せるようになりました。始めは小さな飾り物から始まり、今では時折魔法の込められた道具まで依頼するようになりました。
村人が青年に伝言を頼み、青年が女に依頼と報酬を運ぶ。女は青年と報酬の交渉をしたり、そもそも依頼を断ったり、青年に頼み込まれて請け負ったりと穏やかな毎日を過ごします。
「今日は何のようですか」
どこか険があるようにも聞こえる言葉。
「君に会いに来たんだ。
みんなが仕事の依頼をしたいってさ」
おどけたような口調と仕草。女はため息一つついて小さく笑う。それが彼ら二人の日常でした。
青年は毎日女の家を訪れました。
曰く、任されたから。
曰く、毎日森の様子を見ることは代わり無いのだから、ついでに来てもたいして変わらないから。
曰く、一人は寂しいだろうから。
青年は毎日女の家を訪れました。雨の日も、風の強い日も。それが苦でもないかのように振る舞い彼女に笑い掛けるのです。
そんなある日、いつもの時間になっても彼女の家になっても彼は現れませんでした。前日あったときも顔色もよく病気になったとは思えません。
いつもの時間から時計の針が一回りした頃、遠くの空に一筋の黒い線が引かれました。それは煙でした。遠くから見ても分かるほど大きいそれが火事の時によく見る真っ黒な色を持っているのを見て、女は手早く身支度を始めました。
停滞の術を掛けて髪が棚引くのを予防する髪止めや、防護の術を掛けた外套、石を反らし力を増幅し歩みを速める靴、呪いを掛ける際や魔術の触媒として扱える杖。様々な戦闘装備をかき集め、久方振りに彼女は身に付けます。戦支度を整えると彼女は術を使い、森の木々の間を高速で駆け抜けました。
森を抜けた時彼女が見たのは、燃えている一軒の家、打ち砕かれた二、三の家々、剣や斧、槍や杖を持つ人々の背中。 弓を持ち時に前線に飛び込み矢を回収しながらも矢を射掛け続ける見慣れた青年。そして犬のようなとも熊のようなとも蔦の怪物とも言える容姿を持った魔獣の群れでした。
魔獣が六、魔物が十八、総勢二十四体。戦闘で死んだ魔物が居ることも考えると戦い始めはもっと多い数で襲い掛かって来たのでしょう。
戦場と化した村を見ると女は二、三言葉を紡ぎ呪文を唱え魔物に魔術を叩きつけました。女の頭上で、水色の光が生まれ、歪み、流れるように伸びて一直線に落ちた光は、水色のマーブル模様をした半球に魔物を閉じ込め、一瞬の後中心に向かって縮み魔物をバラバラに押し潰し消滅させました。
「加勢します!!」
女は大声で叫んだ。不意打ちの為即座に魔術を撃ち込みはしたが、このまま黙っていては困惑が人間側に広がるだけ。魔獣は怯む可能性があるが怯んだとしても人よりは薄く、魔物はそもそも人を食い殺す現象で、怯むだけの心が存在していない。人は脆く小さな動揺ひとつが致命傷となる。
故にそう叫びながら位置をずらし、死角となっていた位置を音や霊視だけではなく、きちんと視野に収めます。隠れ潜んで居た敵に不意打ちされたり、うっかり味方を巻き添えにしない為の立ち回り。戦場の経験を持つ彼女はそうするのが最善だと思い、実行しました。
「バカ野郎が!なぜここへ来た!」
だから耳に馴染んだその声の初めて耳にする怒声に彼女は驚愕しました。そもそも戦場に出ることは初めから決まって居たことで、それ自体を非難されるとは思ってもいなかったのです。足手まといと言うにはその言葉には心配や後悔の感情が色濃くあって彼女は混乱しました。辺りを見回しても、初めて村を訪れて時、月に一度心身の浄化の為に訪れる時以外顔を会わせていなかった村人達の表情が、同じ感情で歪んでいます。
「別に来なくても良かったんだ!君はこの村に充分尽くしてくれた!魔法の道具なんてなかなか手に入らない貴重品を沢山作ってくれた!戦う代わりになるほど恩が俺達にはある、それこそ見捨てられても文句が言えないほどの!君はいつも過剰に報酬を取らなかった!破格とも言える値段で作ってくれていた!毎月村で見せる表情が!献身が!月日が!君の事を嫌でも分からせた!君は決して邪悪な魔女なんかでは無いことを!だから今からでも遅くはない!逃げてくれ!」
青年は魔獣の群れ相手に弓引きます。魔獣も魔物も目に付く人間は殺すまで止まりません。だから俺達が囮になる。村に関係無い君は逃げてくれと叫びます。
女は軽く杖を振り、魔術を放ちながらも呆然と口を開けていました。やがて口を横に結び、いつものように小さく笑いながら首を横に振りました。
「言ったでしょう?
私が
女は笑みを溢したまま、それを更に深めます。
「それにあなた達は知らないのよ。
私が此処に来たからにはもう犠牲なんて出ないって決まってるの。
この程度の魔獣なら物の数には入らないわ。
私は魔女狩りを経験したほどに古い魔女なのよ?」
そう言って彼女は笑みを変えました。溢れるような笑みから、自信溢れる咲き誇るような笑みへと。
魔女が扱う術の一つ、呪術は時を重ねるほどより強くなります。そして彼女に流れる血は六百年を越えていました。六百年は
魔女は呪文を何度も唄い、重ね、繋いで魔術を放ちます。
「私は此処に居たいの。
私はいつまでも此処に居たいの。
私はいつまでもあなたと一緒に居たいの。
一目見た時からあなたが好きでした。
私と結婚してください」
戦場に不相応で突飛とも言えるタイミングの告白。その視線と笑みの先には彼女が見慣れた青年の姿があります。
青年は表情を驚愕に染め動きを止めました。無粋な魔獣が牙を剥いて襲い掛かりましたが、そこに割り込んだ
「俺も一目惚れでした。
愛しい人よ、俺と一緒になってください」
あとは語るまでもありません。その日は
ただ笑顔が二つその村に増えたことは皆が知っているでしょう
めでたしめでたし。
ですがこの夫婦の物語が終わっても、まだ"彼ら"の物語は始まってすらいません。むしろ此処からが始まりです。
六年後二人の間には一人の子供が生まれていました。その子は名を アメリア と言いました。アメリアは鮮やかな青色の髪と目をもっていました。
三人は村ではなく、森の小屋に住みました。魔女の血は魔のモノを引き寄せる力があります。移動している間は問題無いのですが、長く同じ場所にいるとより強くなってしまうためです。
大きくなって自分の血の力を制御できるようになるまで、霊獣の庇護下で過ごすことになったのです。
無論三日に一度ほどの頻度で村に帰ってはいるのですが、アメリアは村の子供たちと馴染めませんでした。仲が悪いという訳ではないのですが、子供は飽きやすいものです。ころころと変わるブームに彼女はついて行けず、壁を作ってしまっているからです。
だから、アメリアは村の子供たちと遊びはしても心の奥底からは楽しめてはいませんでした。
そんなある日、まるで数年前の焼き増しのように村に二人の来訪者が現れました。
長身金髪碧眼の胡散臭いとも根暗とも取れる風貌の男性と、まだ十にも満たないであろう白髪赤眼の少年は、安住の地を求めて旅をしていたそうです。
何年も前に長身の男は何度か訪れていた事もあり、七年前と同じく、森王に挨拶をすることを条件に村に住まうことになりました。
挨拶はつつがなく終わり、六年前のこともあってか村にも取り合えずといった段階ですが受け入れられることになりました。
長身の男は彼女とは違い、特殊な技能は使えないと話しました。そのため主に農耕作業などの力仕事を手伝い生計をたてていました。
白の少年は初めは新しい環境に慣れなかったようですが、次第に大人たちに着いて回ったり、村の子供たち遊んだりと、心を打ち解け始めました。
白の少年は、ときどき村に訪れる青の少女、アメリアを物珍しく思ったのかよく二人で遊ぶようになりました。
村にとって余所者とも取れる立場の二人でしたから共感もあったのでしょう。少年は心の壁を知ったことかと笑い飛ばして根気よく話しかけ続けたのです。少女も次第に壁を作り続けることが馬鹿らしく思ったのか村の子供たちとも仲良くなることができました。
アメリアを誰よりも心配に思っていた夫婦もこの降って沸いたような出会いに安堵しました。
そして更に時が過ぎアメリアが十になろうかという時、彼女の母、ジェーンが倒れました。
彼女は、自分たちは短命な一族で、もう長くないと話します。夫は必死に看病しました。あちこちから万病に効くと評判の薬や長寿の薬を集めました。しかし容体は悪化する一方で、回復の兆しはありません。
霊獣にも頭を頭を下げましたが、どうしようもないと首を振られてしまいます。
それから一年と半分が過ぎた頃、ジェーンは静かに息を引き取りました。眠りに就いたまま目を覚ましませんでした。わずか三十の命でした。
夫は最愛の妻を亡くしても森の家に住み続けました。以前のように狩りをすることは少なくなり、静かに日々を過ごすようになりました。
アメリアはなにも出来ず、ただ信じることしか出来ない自分に嫌気が差したのでしょう。村に訪れる頻度が減り、父に狩人として教えを乞うことようになりました。
少年は少女の後悔を知り、同じく村の大人たちに教えを乞いました。
そうして六年の時が過ぎ、白い少年のヒースコートと、魔女の末裔たるアメリアは村を旅立ました。
此処からが彼らの物語。
これは英雄なんて必要ない優しい世界で、未来を掴み取るために生き足掻いた人間の、ありふれた日常のお話です。
もしよろしければ彼らの物語を祝福してあげてください。
それでは"伽藍堂の比翼"、愛に生きた彼らの物語を是非ご存分に楽しんでくださいませ。