ハイスクールDragon×Disciple   作:井坂 環世

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ヒロアキ141さん・・・・・・

バキの愚地独歩との絡みが見たい・・・・・・だって?

私は一向に構わんッッ!!!



てなわけでバキとのクロスです。

飽くまで番外編であり、本編とは一切の関わりが無いことをご了承下さい。


番外編 バキとのクロス グロいもあるよ

「ん~~~」

 

禿げ上がった額を節くれだった指でカリカリと書きながら、男は唸っていた。その原因は、彼の手の中にある。

 

紙だった。

 

チラシだった。

 

奇妙なチラシだった。

 

そのチラシを見て、この男が「胡散臭い」以外に評することが出来ないくらいには、怪しげなチラシだった。

 

その中心にフィクションでしか見たことの無い魔法陣が描かれていて、大きく「あなたの願い、叶えます!」と書かれていれば、新しい宗教か、カルト教団の勧誘のチラシだとしか思えない。

 

宗教というものを信じてなく、また自らの人生において切り離すことの出来ないものである「武術」或いは「空手道」というものに、ある種の信仰を持ってさえいる男にとっては意味のないものであるはずだった。

 

特に考える必要も無く、ゴミ箱に丸めて捨ててもいい類のものだろう。或いは古紙回収に他のチラシとまとめて出すかもしれない。

 

そんな、男にとって意味のない、または価値の無いものを眺めているもにも、殊更意味というものがあるわけではなかった。

 

例えて言うなら、「願いが3つ叶うって言われたらどんな願いを叶えるよ?」と、友人との馬鹿話で話題に出たときに、特に考えることもなく願い事を思い描くような、そんな感じだ。

 

「願い事、ねぇ」

 

そう呟く男の年齢が還暦をもうそろそろ近くに控えた50代後半だということを加味しても、男がこのチラシを真面目に受け取っていないことが伺える。

 

男がチラシを目の前のテーブルの上へと置いて、胸の前で腕を組んだ。その胸も腕も鍛え抜かれている様を見れば、男が本当に50代であると信じるものは少ないだろう。少なくとも「老い」というものを感じさせないほどには逞しい肉体を持っていた。

 

座っているのでわからないが、身長は170後半だろうか。格闘技者としては小さい方かもしれないが、その背中は見るものに偉大(でかい)と思わせる風格を備えている。

 

右目を眼帯で覆っており、疵が見える顔を見れば、誰もが「歴戦の戦士」と思うだろう。事実、彼の人生は闘いの連続だったのだから。

 

そんな漢、愚地独歩は眼前のチラシをボーッと見つめていた。下らない、と一蹴してしまえる代物なのに、どうしてだろう。眼を離せず、頭の中に残る存在感がある。

 

「願いを叶える、ねぇ。俺の願いか」

 

そんな風にボーッとしながら考えていても、自分の中で意外とすぐに願い事は見つかった。そんな、ある意味で単純な自分に自嘲する。

 

格闘技者であり、1人の空手家である自分の願い。そんなものは端から決まっている。

 

「強ぇ奴とヤリ合いてえ。それしか出てこないってのもどうなんだろうなあ」

 

どうやら自分は魂の芯から空手家であるらしい。それがどこか可笑しく、どこか誇らしくて笑いが止まらなかった。

 

そんな時だ。

 

テーブルの上に置いていたチラシが光を放ち始めたのは。

 

明確な異変に戦闘者としてすぐに反応した。立ち上がり、チラシから距離を取って臨戦態勢へと移行する。その反応は迅速だったが、この長い人生において経験したことの無い事態に顔には困惑が大きく出ていた。

 

静かに構える男の前で、チラシから溢れ出た黒い光が形を取っていく。それは、人の形になっているように独歩には見えた。

 

一際光が強くなり、独歩が目を瞑って眼を焼かれるのを塞いだ。そうして再び眼を開けたその時には、そこに1人の男が立っていた。

 

でかい。それが独歩の第一印象だ。178センチと、日本人の平均からしたら大きい部類に入る独歩よりも10センチはでかいだろう。格闘技者として長く、相手の間合いを計ることにも長ける独歩は190~195センチくらいだと目測した。

 

続いて、鍛え上げられた肉体が眼に入る。見せるための肥大化した筋肉ではなく、実用のために徹底的に練り上げられたものだ。細く、強く、しなやかに。その筋肉が武術のためのものだと独歩は一目で看破した。

 

その肉体を柔道や空手の道着、中国拳法のカンフーパンツ、ムエタイのバンテージで包み込んでいる。足は足袋であることも含めて、随分とちぐはぐな印象を受けた。

 

稲穂のような黄金の髪と、蒼穹の瞳が優しげな雰囲気を漂わせる男は、口元にやっぱりこれまた優しげな微笑を浮かべて口を開いた。

 

「どーも。風林寺翔って言います。あなたの願い事を「邪ァッッ!!」ウオッ!?」

 

とりあえず、独歩は目の前の不法侵入者へ向けて殴りかかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「で、闘うってことになったって?」

 

独歩の息子であり、自身もまた空手家である克巳は呆れながらも聞いていた。毎度のこととは言え、自身の義父には驚かされるか呆れることも多い。それ以上に尊敬する偉大な父ではあるのだが。

 

「おうよ。あいつよお。俺っちの正拳を捌きやがったんだぜ? そりゃあ全力でやらなきゃ嘘ってもんだろう?」

 

それが事実ならば確かに一格闘技者として食指が動かないとは言えないが、そのためにこの地下格闘技場を借りるのは聊か大げさというものではないだろうか?他にもあるだろうに。神心会館の道場とか。

 

「いやいや、それがなあ。あまり人目につかないところが良いってんで。あと頑丈なところがいいとも言うからよ」

 

なるほど。道場は木の床だ。かつても列海王が踏み抜いていたことを鑑みてみると、そこまで頑丈だとは言えないのかもしれない。

 

まあ、最初の言い分にはおもいっきし反している部分があるのだが。

 

「その割には観戦客が結構多いみたいだぜ?」

 

辺りを見渡してみれば、本部以蔵に始まり花山薫や、渋川剛気。他にも猪狩完至や鎬兄弟、列海王などなど。一般の観戦客は居ないものの、格闘技関係者が10数人ほど集まっていた。

 

その克巳の指摘に独歩は困ったように額を掻いた。その顔にも苦笑が浮かんでいる。

 

「俺も自分達でだけやり合うつもりだったんだがな。光成公にこの場所を貸してもらおうと思って話したら「独歩が闘うのじゃぞっっ!!! 観客が居ないなどもったいないっ!!」っていいだしてなあ。相手の事情もあるから仕方なく一般の人は除外してもらったってえわけだ」

 

「相手の事情ねえ」

 

「そ。じゃあいってくるわ」

 

そう言って何の気負いもなく独歩は闘技場へと踏み出した。その歩みには本当になにげないもので、今から散歩にでも行ってくる、と言われてもなんの疑問も持たないだろう。

 

克巳はそんな独歩の歩みを見送って自らも観客席へと向かっていった。途中で列海王の姿を見かけ、その隣へと座る。

 

一方、闘技場へと歩み出た独歩を迎えたのは軽~く伸びをしている翔だった。その姿を見て独歩は先ほどの話を思い出した。

 

悪魔、それがこの青年の正体らしい。契約を結び、願いを叶える代わりに対価を受け取る種族なのだとか。

 

(どうみても格闘青年にしか見えねえな。大体20歳後半くらいか?)

 

もっとも、独歩はその話を疑ってはいない。その背中から蝙蝠のような翼を出すところを見せられては信じるしかないだろう。

 

独歩は現在もストレッチをしている翔に向かって話しかけた。その声音にはこれから試合うというのにどこか気安ささえ混じっている。

 

「よう。待たせたか?」

 

「はい。あなたとの試合が楽しみで、これほど「待つ」ということが長く感じたのも初めてですよ」

 

口の端を吊り上げながらも軽口を翔が叩いた。その言葉通り、その瞳には闘志がメラメラと燃え盛っている。

 

くくっ、と独歩は口の中で笑った。どうやらこの闘いを楽しみにしていたのは自分だけではないらしい。

 

「そうかい。そりゃあ悪かったな。ところでよう、本当に対価はいらなかったのか?」

 

「勿論! あなたとの試合。その経験こそが、僕にとっては何物にも代え難い「対価」です」

 

そう言って翔は構えを取った。相手に対してほぼ真半身に。左手を前にして右手は腰の位置で固定されている。独歩から見ても隙の見つけ出せない構えだった。

 

その立ち姿に、相手のレベルの高さを感じ取った独歩は喜んだ。やはり武術家たるもの、強者との闘いほど心躍るものはない。

 

もっとも、相手の物言いには少々カチンと来るものがあったが。

 

「おめえ、その言い方はよう。負けるとは思ってねえやつの言葉だぜ?」

 

「あれ? 独歩さんは「負けるかも」って思いながら相手と向かい合うんですか? 「絶対に勝つ!」「勝つのは俺だっ!」って思いながら相対するタイプだと思ったんですけど」

 

その言葉はどこか不遜であったが、内容に関してはある意味で間違っては居なかった。

 

どんな種目であろうが、勝負ごとにおいて上位に位置するものは自尊心が高い。「相手よりも自分のほうが上だ」という、ある種の傲慢さは程度の差はあれ持っているものだろう。また、その自負心が勝負強さに繋がっている面もある。

 

その点で言えば、この漢、愚地独歩も、自身の勝利を疑って勝負の場に立ったことはない。翔の指摘は間違っていなかった。

 

「くくっ。確かに間違っちゃいねえ。いねえさ」

 

だが、

 

「気に入らねえな」

 

その言葉と同時に独歩が仕掛けていた。

 

翔との間にあった間合いを一足で塗りつぶしながらの正拳突き。鍛え上げられた右拳が翔の顔面に向かっていく。

 

翔はその拳に左手を合わせる。相手の右拳を外側へと受け流しながらも、更に接近しつつ体を上手く縦回転させての右のショートアッパーを繰り出した。

 

その攻撃を即座に見切っていた独歩は、顔を逸らすだけで回避する。顔の左横を拳が通過するのを横目で見つめながらも、左拳を握り締めた。

 

その翔の右手が自らの首を取るのを感じて、独歩はぎょっとした。

 

見れば左手も既に迫ってきていた。相手が所謂「首相撲」の態勢へ移行したのを確認して、独歩の額を冷や汗が流れ出る。

 

「シッ!!」

 

天を貫く右膝が直後に独歩の顎目掛けて襲い掛かってきた。ムエタイの「カウ・ロイ」。そこまで分析してすぐに体を屈める。

 

パンッ!!と言う音が頭上から聞こえる。膝をやり過ごしながらもぼうっとしている暇は無いと、すぐさま攻撃に移った。

 

「ジャッ!!」

 

低くした態勢を生かしてロー・キック。右足で相手の左足を刈り取ろうとする。鞭のようにしなる足が相手の左足目掛けて疾駆する。

 

その相手の左足が浮いた。ジャンプして避けようという気らしい。そう判断した独歩は、その相手の踵が自分目掛けて迫ってくるのを確認して思わず仰け反った。

 

眼前を過ぎ去っていく凄まじい勢いに、独歩は思わず生唾を飲み込んだ。仕切りなおすために一歩後退する。

 

翔が右足から着地する。一歩の間合いを開けて独歩と翔が対峙した。

 

「ボクシングにムエタイ。最後のは中国拳法の「連環腿」か。節操のないこった」

 

「いや~。それほどでも」

 

「褒めてねえよ」

 

しゃべりながらも、ジリジリと互いの隙を伺い合う。つま先だけを利用して相手への間合いを詰めながらも、常に互いを牽制し合っていた。

 

拳の揺れで。肩の上下で。肘の動きで。或いは目線や、果ては気迫ででも。そこで交わされる静かなる攻防は、思わず観戦していたものが息を詰まらせるほどに膨大な数だった。

 

青年でありながらも、老練な戦士ほどの読み合いをやってのける翔に、独歩は内心その評価をまたも一段階上げた。

 

ジリジリ、ジリジリと互いの間合いを詰めていく。そうして、完全に相手を互いの間合いへと捕らえて―――

 

「うおっ!!」

 

独歩がその一撃を避けられたのは一重に今までの戦闘経験のおかげだったとしか言いようが無い。無意識の内に左足を上げていた。

 

翔が放ったのは右足でのロー・キック。ただし、弧を描くのではなく、真っ直ぐと独歩の膝の皿目掛けて放たれていた。踵でもって相手の足を破壊、ないしは態勢を崩す中国拳法の「斧刃脚」だ。その上体を1ミリたりとも動かせることなく放たれたその蹴りは、独歩に第6感以外での察知をさせなかった。

 

更に翔の攻撃は止まらない。斧刃脚で空中に浮かせていた右足を強く踏み込ませる。ズンッ!!という震脚の音を響かせながら、右拳を真っ直ぐに突き出した。

 

そこは流石の独歩。そう簡単にヒットは許さない。その右拳を左手で払い、その反動で相手の顎目掛けて左手を突き上げた。

 

それを横にステップすることで避ける。そこに右拳での正拳が放たれたが、ダッキングで潜り込みながら回避。起き上がる反動を利用したアッパーが独歩の意識を刈り取ろうと天を目指した。

 

突き出していた右手を引き戻すことで翔のアッパーを受け流す。両者の視線が至近距離から交差した。相手が猛獣じみた笑みを浮かべている。恐らく自分も同じような表情になっているだろう。

 

至近距離での拳の交し合い。だが、両者ともに当らない、当たらせない。まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように紙一重の攻防が続いていく。

 

拳戟が、加速していく。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

観客からは優劣の無い拮抗しているように見える攻防。しかし翔は片方に天秤が傾いていくのを感じていた。

 

(まずいね、これは)

 

ある一定以上の武術家同士における闘いは、「殴り合い」というよりも「陣取り合戦」の様相を呈してくる。いかに相手の陣地(間合い)を削り取り、自らの領地(間合い)を広げることが出来るかという、力と技術と戦術と戦略(頭脳)の精緻な鬩ぎ合いだ。

 

翔はまるで詰め将棋のように決まった筋道で決定的な王手(被弾)まで詰め寄られているような錯覚さえしていた。何か流れを変えないとチェックメイトを指される、と。

 

相手とのギリギリの鬩ぎ合いをしながらもそう思考していた翔だったが、それが叶うことは無かった。

 

独歩が、急に流れを変えてきた。

 

翔の目に自らの顔目掛けて迫り来る独歩の手が見えた。その手が取っている形を見て不味いと思うも、具体的な行動に移れない。

 

反応は出来る。しかし、動くことは出来ない。そんな完璧なタイミングでの独歩の真正面からの奇襲が、翔の顔面――正確に言うと眉間――を捉えた。

 

視界が真っ黒に染まる。思考は空白へと塗り替えられた。親指と人差し指の間で眉間を殴打することにより、視力と思考を奪う「虎口拳」だ。

 

ついに独歩が、相手を壊し(勝負を決め)にきた。

 

余りにも無防備な姿を晒す翔へと向けて、独歩が横に唾を吐きながら迫っていく。

 

翔が思考を回復したのは、右頬へと突き刺さる何かを知覚し、その激痛を自覚したときだった。

 

独歩が放ったのは単なる回し蹴りだ。だが、相手の反撃を考慮する必要が無く、結果全力を込められ、鍛えられたつま先を相手の顔に叩き込むソレは、単純だが必殺の威力を誇っていた。

 

全身を武器とする程に鍛え上げられている独歩の体。その爪先に全力で蹴り上げられてただ事ですむはずも無く。翔は右頬を切り裂かれながらもその威力に体を吹っ飛ばされた。

 

地を2転3転しつつも、自らに迫り来る独歩をその眼に捉えることが出来た翔は、自らも流れを変えるために行動を開始した。

 

翔が転がっているところに追いついた独歩が、その頭目掛けてローを繰り出そうとした、その時。

 

翔が、転がりながらも独歩目掛けて蹴りを放って来た。

 

その長い人生の間でも経験したことの無い攻撃に、独歩は困惑を隠せないながらも何とかバックステップを取って回避した。

 

開いた間合い。その距離を以って一呼吸の間を取ろうとした独歩目掛けて、翔が迫り来る。

 

地を転がるような、独特のアクロバティックな動き。その正体を独歩は判別出来なかった。

 

観客の中でいち早くその「武術」に気付いたのは、列海王だ。

 

「あれはっ! 酔八仙拳っ!!」

 

「知っているのか? 列さん」

 

「ええ。地躺拳に属する武術です。「負の中に活」を見出す武術で、あのようにアクロバティックな動きをするため習得が困難と言われています。世間では「酔拳」と言ったほうが通りがいいでしょうか。もっとも、実際は酔って強くなるわけではありません」

 

「へ~。あれがあの酔拳ね。他の武術も習ってるくさいのに、器用なやつだな」

 

翔の攻撃を捌きながらもその解説を聞いていた独歩は、自らの息子とその盟友に感謝した。

 

もっとも、武術の名前が分かったからと言って対処できるようになるわけではない。

 

今まで経験したことが無いほどの下からの攻撃は、独歩にこれ以上ないほどの「やりにくさ」を感じさせていた。

 

(チィっ! 今までテメエよりも小せえやつとはやったことあるが、自分より大きいやつとの闘いでこんなにも下からの攻撃をされたのは初めてだぜっ!)

 

独歩は、今までの攻防の中で翔相手に研ぎ澄ませてきた「武術的勘」を、また1から構築しなくてはならなかった。

 

と、そこでまたもや翔からの攻撃が加わる。足を刈り取り、独歩を倒れさせるようにする蹴りを放って来た。

 

思わず独歩を跳躍した。

 

不味い、独歩は即座に判断ミスを悟った。

 

空中では身動きが取れない。このままではいい的だ。

 

苦し紛れに、眼下の敵へ向けて足刀を放つ。耳を切り取る程の鋭さを持った肌色の刃が翔の顔へ向かって落下していく。

 

しかし、その攻撃は翔が宙へと飛び出したことで失敗に終わった。

 

地へと腕を突きたて、全力で地面を押す。その反作用によって跳躍、独歩の足刀を回避した。

 

さらに、それだけでは終わらない。

 

翔の右腕が、伸びきっている独歩の左足をその手で掴んだ。翔が体を回転させるのを見て、独歩は歯を食い縛った。

 

(あ~あ。痛えぞ、こりゃ)

 

翔が体を大きく駒のように回転させる。その手に掴まれている独歩はその遠心力で以って振り回される。そうして十分に勢いが乗ったところで、地面へと叩きつけるっ!

 

「だあっっ!!」

 

ドゴンっっ!!という轟音が地下闘技場を揺さぶった。衝撃で土煙が舞い上がる。

 

翔の腕力と遠心力、そして重力を利用したその投げの衝撃は、独歩の脳を激しく揺さぶった。

 

「空中投げっ! 格ゲーみてえなことをするなあ!」

 

観客席で誰かが何かを言ったらしい。独歩にはそれも雑音にしか聞き取れなかった。

 

視界がドロドロに歪んでいる。足はガクガクと震えて役に立ちそうも無い。かつての渋川剛気戦を想起させる有様だった。

 

(けどよう、それって1回経験してるってことなんだよなっ!)

 

足には力を込められない。

 

ならっ!

 

腕の力を使えばいいっ!

 

先ほど翔がやったことの焼き増しのように、独歩が腕の力を利用して立ち上がった!

 

その直後に、頭があったところを足が凄まじい勢いで踏み抜いていた。数瞬判断が遅れていれば勝敗は決していただろう。

 

だが、起き上がったとはいえ独歩はその深刻なダメージを隠せてはいなかった。フラリとよろめく様からはまともに闘えるようには見えない。

 

それでも、独歩は構えを取った。戦意は一向に衰えてはいないっ!

 

そんな独歩の様子を見て、翔も構えを取り直した。相手にダメージを与えたというのに、その瞳からは一切の油断は見て取れない。

 

そのことが、独歩には少しありがたかった。

 

(正真正銘、次が最後の交差になるだろうなあ)

 

だからこそ、次の一撃に、これまでの鍛錬の成果、その全てを込めるっ!

 

翔の視線は独歩の顔を見ているようであったが、観の目によって独歩のその変化を捉えていた。

 

拳の握り方が、変わっている。

 

空手の基本に忠実な、正拳じゃなくなっている。

 

完全に握っていない。人差し指と小指と親指を緩めているような握り方だ。

 

敢えて例えるなら、菩薩像がしている手の形に似ている、と翔は思った。

 

そして、恐らくそれが虚実に利用するためにしているのではなく、奥の手だろうとも。

 

少なくとも、翔の直感はそう告げている。

 

ならば、警戒すべきはあの拳による打拳だけだ。翔は意識をより集中させていった。

 

「コオオォォォ、ハアアァァァァ」

 

呼吸を意識的に整えて気を練っていく。自らの間合いに気を張り巡らせ、意識の結界とも言えるものを築く。

 

数多く習得している技の中でも、翔が最も信頼している技の1つ。「制空圏」を築き上げていった。

 

心を深く沈め、気を静かに保つ。相手がどのように出てきても反応できるようにしていく。

 

両者が最後の決着のための態勢を整え、ジリジリと間合いを詰めていった。

 

その余りの緊張感に、ゴクリという生唾を飲み込む音さえ幻聴しそうである。

 

そして、互いの「制空圏」が触れ合い。

 

更に近づき。

 

完全に相手を自らの殺傷圏内へと捉え――

 

気付いた時には、独歩の拳が目の前に迫ってきていた。

 

完全に反応出来なかった。させてもらえなかった。

 

「早い」とか。

 

「速い」とか。

 

そういう問題じゃあない。

 

いや、確かに独歩の拳は、早くて速い。それは間違いのない事実だ。

 

それよりも尚突き抜けているのが、予備動作の無さである。

 

幾ら鍛え上げていたとしても、人間の反応速度には限界がある。そして、その限界を鍛え上げた拳の速度は完全に上回っているのだ。

 

つまり、達人になればなるほど、その回避行動は相手の攻撃を「見てから」回避するのではなく、事前の動作や相手の目線などから読み取り、先読みして動くのである。

 

パンチ1つとっても、その前に肘が動き、肩が動き。それよりも先にその本人の「相手を殴る」という意思が動く。

 

独歩のその「正拳」はそれらの予備動作を極限までそぎ落としていた。

 

そして何よりも、「相手を殴る」という意そのものが、そこに感じ取れなかったのだ。

 

「観の目」を習得していて、相手を洞察することに長けている翔でさえ、である。

 

翔は、相手の攻撃を読み取ることが出来なかった。完全に出遅れてしまっていた。

 

「制空圏」を完全に侵略されており、ここからは回避も防御も不可能だと即座に悟った。

 

その時点で、翔は己の作戦を変更させた。

 

つまり。

 

相手の攻撃を捌いて回避し、その隙に大技を叩き込むのではなく。

 

相手の攻撃を受けて、しかし尚歯を食い縛って耐え抜いて相手の隙を、突く――!!

 

翔が筋肉を堅め、覚悟を固め。そうして歯を最大限に食い縛り、そしてそれでいて自らの攻撃の準備もして。

 

独歩の拳が、翔の顔面に突き刺さった。

 

意識が一瞬外へと弾き出されるほどの衝撃。ついで襲ってきた痛みと事前に固めていた意思でもって意識を繋ぎとめる。

 

意識を取り戻して刹那の後、翔が反撃へと移った。

 

どんなに僅かだろうが攻撃直後は隙が出来る。そこを突かせてもらうっ!

 

放ったのは一見なんの変哲も無い掌底。

 

そこに自らの生涯を懸けて習得してきた術理と技術を生かし、必殺の技とするっ!!

 

「浸透水鏡掌っっ!!!」

 

外部と内部を破壊する掌が、独歩の胸に叩き込まれる。

 

その衝撃と音の大きさは、地下なのに旋風が駆け抜けたように感じてしまったかのよう。

 

ごぶっと、独歩が血を吐いてうつ伏せに崩れ落ちる。

 

しかし、すぐに転がって仰向けになった。

 

・・・・・・どうやら、意識は失っていないようだ。

 

しかし、独歩がそれ以上動くことは出来なかった。

 

立ち上がることは出来なかったのだ。

 

翔が立って独歩を見下ろしている。

 

その両者の位置がこれ以上ないほどに、明確な「勝者」と「敗者」の境界線を分けていた。

 

「負けちまったなあ」

 

「はい。僕の勝ちです」

 

何の慰めの言葉もなく、そう断言してみせる翔。

 

しかし、独歩は負けた悔しさはあっても、その言葉を受けても惨めさを感じることはなかった。

 

その言葉に爽やかささえ宿っていたからかもしれない。

 

まあそれでもやっぱり敗北の味というのは出来れば味わいたくないというのが独歩の本音だが。

 

「でも」

 

――あなたは、強かったっ!!――

 

翔はそう断言してみせた。そこには一切の偽りも、また敗者への同情も憐憫さえもなく。

 

翔の100%の本音だけが、そこには込められていたのであった。

 

それを感じ取り、独歩は苦笑するしかなかった。

 

かつての苦い敗北の味をも思い出させるその言葉に、清清しいものを感じ取ってしまったがゆえに。

 

「まあ、取り敢えず、医者に見てもらってください」

 

「おう。そうさせてもらうとすっかあ」

 

独歩が顔を横へと向ける。そこでは白衣を羽織った鎬紅葉が担架を持った男達を連れ立ってこちらへと歩いてきていた。

 

そうして担架へと丁寧に乗せられ、運ばれようとしていた。

 

――瞬間、誰もが戦闘態勢へと移行して独歩が運ばれようとしていた方向とは反対の扉へと視線を移した。

 

それは担架に乗せられていた独歩や、医者としてその場にいた紅葉でさえも例外ではなく。

 

誰もが危機感を抱いてその扉、正確に言うとその向こう側を注視していた。

 

扉が、ゆっくりと開かれる。

 

隙間が僅かに開いた。それだけでその場にまるで猛獣の檻の中へといれられたかのような獣臭が立ち込める。

 

誰もが、この先にいる生物の正体を予見していた。

 

果たして扉を開けて入って来たのは一人の漢だった。

 

身長は推定190センチほどだろうか。翔は自分と変わらないほどのはずのその男が自分よりも遥かに巨大であるかのように錯覚した。

 

黒のカンフー着で包まれているその肉体は鍛え上げられているなどという言葉ではとても収まらない。神様が「人を殴るための理想の肉体」を作り上げたらこうなった、と言われたら納得できそうなほどだった。

 

獅子の鬣のような髪をオールバックにしている。その顔は今まで翔が見てきたどんな悪魔よりも「悪魔的」という形容が似合う風貌だった。

 

顔に貼り付けている笑みと、ポケットに手を突っ込んで歩いている姿には自身への自負が伺えた。傲岸不遜、天上天下唯我独尊。この言葉がこの男以上に似合うやつがいるだろうか?

 

翔はその男がどのように呼ばれているか知らない。しかし、その姿から本能で察知していた。

 

――地上最強の生物――

 

自他ともに認める「最強」が、その名に相応しい歩みでもって地下闘技場に顕れていた。

 

その名も。

 

「範馬勇次郎ォォォォォッッッ!!!!」

 

誰かが、或いはその場にいた誰もがその名前を叫んでいた。

 

「独歩、手酷くやられたみたいじゃないかッ。ええ?」

 

まるで竹馬の友に話しかけるかのように気安さを持ちながらも、しかし絶対的に見下しているという矛盾を、矛盾としないような声で話しかけた。

 

「勇次郎ォ~~。どうしてこんなところに来てんだ?」

 

「くくっ。たまたま近くを歩いていたんだ。するとどうだ・・・・・・疼かせる闘気を感じさせるじゃあないか」

 

だから来た。とそういうことだろう。

 

そも、この男に常識という言葉は通用しない。

 

全ては自身の気持ちや思いに従う、ということだろう。

 

そして、疼かせる闘気を感じてこの男がこの場に来た。

 

ならば、これから行われることは

 

「そいつか?・・・・・・独歩と闘ったのはッ」

 

闘技場へと足を踏み入れた勇次郎が翔へと目線を向けた。

 

それだけで翔は理解した。

 

逃走は不可能だと。

 

この場を切り抜けるには、この男と闘い、倒すしかないッ!

 

(それがとてつもなく困難そうだけどね・・・・・・)

 

だが、それでも「死にたく」なければ、「ヤル」しかないッ!!

 

翔は即座に戦闘態勢を取った。

 

仙術を使用。その身を氣で覆って身体能力をアップさせる。

 

その間にも勇次郎は無造作に翔へと歩み寄っている。

 

隙はない。見出せない。

 

それでも尚勝ちたいのなら、自分から仕掛けるしかない。

 

覚悟を固め、絶対に勝つ、という意思を持って翔は動き出した。

 

始めから全力全開。初速からマックスで。

 

翔の姿がその場から消えた。

 

少なくとも、その場で物事の推移を見ていた――見るしか出来なかった――者達からはそう見えた。

 

――独歩の息子、克巳の必殺技に「真マッハ突き」というものがある。

 

それは全身の関節だけでなく、イメージによって増やした関節をも一切の無駄なく連動させることで、突き、或いは蹴りを音速である時速約1200キロメートルを超える速度で繰り出す、というものだ。

 

その代わり、音速を超えることで生ずるソニックブームに自身の肉体が破壊されるという代償があるものの、確かに人の身で音速を超えるという超絶技であることには変わらない。

 

翔のその突きは、そんな「真マッハ突き」を完全に越えていた。

 

音速を超える、どころではない。

 

音速を超え、音を置き去りにし、ソニックブームを引き離す。

 

それほどの、まさに「神速」としか呼べない速度に達していた。

 

そんな速度で動いていながら、しかし、体の動きがぐらつくことはなく。

 

全身から集めた力を背筋にて増幅し、関節の連動でもって拳の先端へと力を集約する。

 

それでいて、決して大振りになることはなく、軌道はコンパクトに。

 

翔自身がこれまでの人生において「最高」という自負をもてる、そんな突き(パンチ)だった。

 

――――しかし、「地上最強」はそんな「最高」を易々と踏みにじる。

 

パシッと、翔の拳が払われた。

 

手の平でまるで目の前に飛んできた羽虫を払うような、そんなどうでもよさげな仕草で。

 

そんな動作で自らの「最高」を防がれた翔は、数瞬の間呆然としてしまっていた。

 

目の前には、勇次郎のニヤニヤとした笑いがある。それを見ていてさえまるで現実感が持てなかった。

 

その代償は、すぐさま支払われた。

 

翔の顔面に、勇次郎の右足の甲が減り込んだ。

 

人の身ではありえぬほどの剛性と柔軟さを合わせ持ったその右足による回し蹴りによって、翔が吹き飛ばされる。

 

一転、二転、三転。それではとどまらず、翔は闘技場と観客席を仕切る木柵にぶち当たって、それを破壊しながらも、ようやく動きをとめることができた。

 

舞い上がった木屑によって翔の安否はわからなかったが、勇次郎が戦闘態勢――はたしてポケットに手を突っ込んでいるそれを戦闘態勢と呼んでいいかは疑問だが――を解いていないことが答えだった。

 

翔が出てくる。

 

その足取りがしっかりしていることから、ダメージはあるものの続行は可能らしい。

 

折れ曲がっている鼻骨を真っ直ぐに直した。元から出ていた鼻血が更に勢いよくなる。

 

それを意図的に無視しながらも、翔は痛感していた。

 

――勝てないッッ!!! いや、この男に勝てるものが存在するのかッッ!?――

 

少なくとも、タイマンで、尚且つ真っ当な方法で目の前の男に勝つことは不可能だろう。

 

そう翔は実感した。

 

(ならッ!!)

 

まともじゃない方法で勝てばいいッッ!!!

 

その方法を幾通りか思考して、最も確率が高いであろう方法を実行すべく行動に移した。

 

「ぜんた~い気を付けッ!」

 

ビシッ!! と翔がその言葉通りに見事な気を付けを披露する。まるでふざけているような行動だった。

 

そして、翔自身からも、そのようにふざけているような空気が発せられていた。

 

突然の翔の言動に、周りの者達は唖然としているようだった。

 

勇次郎はといえば、相も変わらずニヤニヤとした笑いと、ポケットに手を突っ込んでその場で立っている。

 

「前に~進めッ!!」

 

小学生の頃にしていた行進のように、手を振り、膝を上げながら翔が前へと進んでいく。

 

勇次郎へと近づいていく。

 

制空圏が触れ合った。

 

殺傷圏内へと入った。

 

――まだッ近づくのかッッ!?――

 

そう周りの者達が思うほどに、翔は近づいていた。

 

近い。とても近い。

 

その状態ではとても打突(ストライク)ではまともなダメージを期待できないだろう。

 

「小さく前に習えッッ!!」

 

翔がまだふざけた空気を醸し出しながら言葉通り「小さく前に習え」をする。

 

翔の指先が、勇次郎の胸板に触れた。それだけの至近距離で、互いの視線が交錯する。

 

勇次郎は、まるでプレゼントの包装を開ける直前の子供のような雰囲気と、生来の凶悪さを同居させた笑みを浮かべていた。

 

事実、勇次郎にとっては玩具をプレゼントされているような心境だろう。

 

果たして、どんなモノを見せてくれるのかッッ!!!

 

――――刹那、翔から莫大な闘志が溢れ出るとともに、動き出した。

 

「無拍子ッッッ!!!!」

 

――それは翔の今までの人生で培ってきた「武の結晶」だった。

 

空手の、柔術の、中国拳法の、ムエタイの、ボクシングのコマンドサンボの相撲のシラットの杖術の武器術の。

 

それら翔が習得してきた全ての武術の、基本の要訣。

 

或いは突きの、或いは体裁きの。

 

それらを分解し、混ぜ合わせ、そして構築させたものを、更に昇華させる。

 

そうして生み出されるものは、密着状態、ノーモーションからの『最速最強の突き』。

 

かつてのように、モーションが大きいので隙が大きく、また連打が出来ないという弱点をも克服させたそれは、放てば勝負が決まる正しく「必殺技」と言っても過言では無い代物だった。。

 

直前まで出来る限り「攻撃する」という意思を見せることなく、そして絶対に決まる状況で放った。

 

勝ったッッ!!!

 

そう翔は確信した。

 

――そして勇次郎は、それら全てを見抜いていた。

 

「無拍子」がどういう性質の技なのかさえ。

 

そこに込められている、翔のこれまでの鍛錬の人生の結晶の輝きとでも言うべきものを見て、勇次郎は歓喜した。

 

これほどのご馳走を味あわせてくれるのかッッ!!!

 

勇次郎が歓喜と快感と愉悦に包まれて。

 

 

 

「無拍子」よりも後から放った勇次郎の右拳が翔の顔面に減り込んでいた。

 

 

 

グシャリ、と顔が潰れる音がした。

 

翔が地面を転がり、勇次郎から5メートル程の位置でうつ伏せのまま動かなくなる。

 

その顔から血溜まりが広がっていっても、翔は動かない。

 

勝負は決した。

 

翔のそれまでの鍛錬の成果は「地上最強」に通用しなかったのだ。

 

勇次郎の顔には、まるで超一流の料理人が作るフルコースを食べた時のような満足感と、長年の親友が死去した時のような喪失感が浮かんでいた。

 

勇次郎が踵を返す。

 

勇次郎が悠々と歩みを進めて闘技場を後にする。

 

誰もが黙って見送るしか出来なかった。

 

 

 

ザリ、という微かな音が静かな空間に響き渡った。

 

 

 

勇次郎が物凄い勢いで振り返る。

 

その視線の先には、微かな、本当に微かな動きだが、指先で地面を掻いている翔がいた。

 

その動きが徐々に大きくなっていく。

 

地面に手を突いた。震える手で体を起こしていく。

 

支えるのに失敗した。もう一度体が崩れ落ちる。

 

また、体を起こしていく。

 

数十秒の時間を掛けて、上半身を起き上がらせた。

 

膝を立てて、次は下半身へと力を込めていく。

 

その下半身は生まれたてのカモシカのように、頼りなく震えていた。とても立ち上がれそうには見えない。

 

それでも、立ち上がったッッ。

 

俯かせていた顔を上げた。今まで見えなかった表情が顕わになる。

 

その瞳に光はない。その眼には力が無い。その顔からは意思を感じ取れない。

 

それでも、先ほどまでと変わることのない構えを取っているその姿勢からは、変わらず戦意が感じ取れる。体中から闘志を溢れ出させていた。

 

ニヤアァァ~~~~~~~~~。

 

その様子を見た勇次郎の顔が、これまで以上の笑みを形取る。

 

「くくッ。まさかまだ堪能させて貰えるとはッッ!!」

 

勇次郎がここに来てポケットから手を出した。初めて構えとも言えるものを取る。

 

両手を大きく広げて上げただけの、構えとも言えぬ構え。

 

しかし、それは勇次郎が完全戦闘態勢へと移行したことを告げている。

 

ビリビリッッ! ビリッ!!

 

ただそれだけの動作で、勇次郎の服が裂けていく。

 

顕わになったのは、鍛え上げられた、

 

否、

 

鍛え上げられすぎた肉体。

 

常人には在り得ぬ形態を取っている打撃用筋肉(ヒッティング・マッスル)

 

それによって描かれる、鬼の貌。

 

勇次郎の背中に、その異名の由来ともなっている鬼が降臨したッ!

 

勇次郎のその変化を受けて、翔も構えを変えていた。

 

意識の無い翔がはたしてどのようにそれを察知したのかはわからない。

 

だが、間違いなく勇次郎が「鬼」を出したということの脅威度を正しく認識していた。

 

翔がとったのは鉄壁を謳われる「前羽の構え」

 

その姿勢からは、翔の意思が聞こえてくるようですらあった。

 

――攻撃を全て防いでみせるッッ!!――

 

――敗けてなるものかッッ!!――

 

――絶対に勝つッッッ!!!――

 

それを勇次郎も感じ取ったのか。

 

その顔を傲慢さを含みながらも、どこか不敵な笑みに変えていた。

 

そして、ゆっくりと動き出す。

 

両腕を真上へと真っ直ぐに上げていく。

 

それに引き攣られて、背筋がその面を変えていった。

 

鬼が、哭いた。

 

その意味を知る観戦客たちが、これから起きる惨劇に眼を瞑る。

 

勇次郎がそのまま体を大きく捻り、両腕を後ろへと振りかぶらせる。

 

ギリギリと力を溜め、そして解き放たれた。

 

絶死の力を込められた拳が翔目掛けて飛翔し――――

 

 

 

――――果たしてその時の音をどのように表現すれば良いだろうか。

 

稲妻が間近で落ちたときのような。

 

瓦礫が、高所から落ちて地面に落下してきた時のような。

 

とにかく言えるのは、それが「轟音」だということだ。

 

勇次郎の拳が翔の胸に叩き込まれ、「轟音」が闘技場に木魂する。

 

その拳によって加えられた力が、翔の体内、五臓六腑を蹂躙した。

 

まず、肋骨が全て粉々に砕かれた。

 

そして肺も破られただろう。肺と肋骨の破片がシェイクされて酷い有様になっているに違いない。

 

鎖骨はかろうじて罅が入っただけに収まった。

 

どれほどの血液が体内に零されたのか。

 

口から吐き出される赤い血は、尋常な量じゃあない。

 

けれど、

 

だが、

 

しかし、

 

それでも、それほどの破壊を人体に齎していながらも、勇次郎は驚愕していた。

 

何故なら、勇次郎は心臓目掛けて拳を振りぬいたからだ。

 

その拳が心臓よりも上の部分に着弾している。

 

その腕の下では翔の腕が交差していた。

 

――翔の十字受けが、勇次郎の全力の拳を狙いからずらしていた――

 

全ての力を受けへと注ぐ「十字受け」。

 

それで以っても、勇次郎の「全力」を防ぐには至らなかった。

 

翔の全力は、地上最強には届かなかった。

 

けれど、確かに勇次郎の拳を多少とはいえ逸らさせていたのだ。

 

「フンッッ」

 

勇次郎が踵を返した。

 

今度こそ、振り返ることはない。

 

しかし、その顔に喪失感は無く、飽くまでも堪能しきったもののみが得ることの出来る満足感のみが表れていた。

 

勇次郎が右腕を横へと翳していたその後ろで、翔が崩れ落ちていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「ていう夢を見たんだ」

 

「夢オチかよ」

 

オカ研の部室にて、翔と一誠が駄弁っている。

 

翔の手には漫画「範馬刃牙」が握られていた。どうやらこの漫画を見て今話していた夢の内容を思い出したらしい。

 

「それにしても、すごいリアルな夢だったよ」

 

「つか、夢の中でも勇次郎は「地上最強の生物」なんだな。夢の中でくらい勝ってもいいだろうに」

 

「いや~、本当に凄い威圧感と存在感だったよ。今でも目の前に思い描けそうなくらいさ」

 

「ま、実際は居るわけないんだけどな~。こうやって漫画になってるわけなんだし」

 

「居たら居たで、きっと勇次郎さんなら何気なく「神殺し」とかやってそうだよね」

 

「・・・・・・やめろよな。マジに想像しちまったぜ。「オーガ」が神を殺してるところ」

 

「ほら、昔3勢力が戦争してるところに乱入したやつって話があったじゃない?」

 

「ああ。それが俺に宿ってるドライグと、その宿敵って言われてる白龍皇(バニシング・ドラゴン)の二天竜なんだよな」

 

「勇次郎さんなら、その戦争に乱入してすらいそうだよ」

 

「ハッハッハ。・・・・・・想像するのが簡単すぎて笑えねえよ」

 

「そしてさ、その暴れっぷりに危機感を抱いて協力した3勢力を相手にしちゃったりしてさ」

 

「その3勢力の気持ちが手に取るようにわかるな」

 

「とうとう人海戦略で神器(セイクリッド・ギア)に封印されちゃうんだよ」

 

「確かに「グラップラー・刃牙」でも、網に捕らえられて、挙句包囲されての麻酔銃の連発で捕らえられてるもんな。でも実際の勇次郎なら、3勢力を敵に回すことなく、上手く立ち回りながら暴れてそうだ」

 

「まあ、想像の話だからね。でも、勇次郎さんを封じた神器なら神滅具(ロンギヌス)に指定されそうだよ」

 

「効果は単純に「相手よりも強くなる」とかか?つかそれ以外思いつかないわ」

 

「通常状態が『背中に宿る鬼の貌(ヒッティング・マッスル)』。「禁手(バランス・ブレイカー)」で『地上最強の生物(オーガ)』って名前なんだよ」

 

「そんな神器の保有者が敵対するとかいう事態なんて想像したくもないな」

 

「ま、全部想像上の話なんだけどね~」

 

「想像っつうよりも妄想の域に入ってるだろ」

 

「カッチーン」

 

「「カッチーン」とか口で言うなよ」

 

「そんな事を言う一誠君には素敵な修行(プレゼント)だ」

 

「絶対素敵じゃないよな。それ素敵って書いて地獄って読むよな」

 

「このグラップラー刃牙で主人公がやっている、死に際の集中力を手に入れるための修行をしようか」

 

「・・・・・・え?」

 

「でも、ここには崖なんてないからね」

 

「・・・・・・」

 

「僕が直接死に瀕している状態へ連れて行ってあげるよ」

 

「それただ翔が殴るだけじゃねッ!? 俺がサンドバッグになるだけじゃねッッ!!??」

 

「ハッハッハ。そうとも言う」

 

「それ俺の修行になんないよなッ!! 翔のストレス解消にしかなんないだろッ!!」

 

「いやいや。一応耐久力と精神力は身に付くよ」

 

「一応って時点でストレス解消なのは否定してねえじゃねえかッ!!」

 

「じゃ、裏行くよ~~」

 

「やめろ~~。地獄に俺を連れて行くなァァァァ~~~~~」

 

襟首を掴まれて一誠がズルズルと引きずられていく。そのまま扉がピシャリッッ!!と閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も居なくなった部室の片隅で、チラシと連動している悪魔召喚のための魔法陣が光りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

とある世界の日本は東京のとある街。

 

真夜中の人気がまったく無い街を1人の男が歩いていた。

 

黒のカンフー服に包まれているその肉体は、闘争のための筋肉があらゆる武術家を凌駕するほどに鍛え上げられている。

 

獅子の鬣のような怒髪を後ろに撫でつけている。その髪は生気に満ちており、男の感情に合わせて持ち上がりそうですらあった。

 

その顔は悪魔的、悪鬼的としか形容しようがない。凶悪すぎて、死に瀕している老人であれば見ただけでお迎えが来そうである。

 

そんな男がニヤニヤとした笑みを浮かべながら夜中の街を歩いている。

 

「クッ」

 

その男の手の中で不思議なチラシが光を放っていた。

 




いかがでしたでしょうか?

きちんと独歩や勇次郎の魅力を描けていたらいいなあと思います。

自信はありませんけどッッ!!

つかバキとのクロスなのに文章にバキらしさが微塵もねえw

そんな番外編でした。
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