これからも本編の合間にこういう日常的な描写を幕間としていれていくと思います。
今回は、皆さんお待ちの「アレ」だあ!
悪魔と堕天使のいざこざが人知れず起こった日から1週間ほどが過ぎたある日曜日。晴れ渡る空から気持ちのいい陽光が降り注いでいるものの、涼しい風が肌を撫でる程度に吹いている。まさしく絶好のお遊び日和といった具合で、街では遊びに繰り出そうという学生たちや、家族連れの姿が犇いている。
さて、そんな風に人でごった返しているとあるショッピングモールにて展開される今回のお話は、
「じゃあ行こっか。黒歌さん」
「そうだにゃ。久々の休みだし、精々満喫するとするかにゃ」
その言葉通り久々の休みにデートへと繰り出している武術家カップルのお話。
ではなく。
「な、なあ小猫ちゃん。なんでこんなことしてんの?」
「・・・・・・静かにしてください。じゃないとあの2人に気付かれちゃいます」
「・・・・・・急に呼び出されたから何かと思って来てみたら後輩に辛辣な言葉を投げかけられたんだけど、泣いていいかな?」
その2人を隠れて尾行している白髪の少女と、何故かそれにつき合わされている1人の男のお話である。
◇◇◇◇◇◇
「で、何してるの?」
変装と称されてコーディネイトを変えられた一誠が小猫に問うた。さっきまで着ていた今時の高校生が着るような服は袋にまとめて入れられ、現在は普段着ないようなシックな服装をさせられている。
シンプルな白のカッターシャツと黒のスラックスに黒のネクタイを緩めてつけている姿は童顔の大学生として通じなくも無い。
更に、普段は整髪料で整えている髪を後ろにゴムで結ばれ、そこにウィッグを付けることで擬似的なポニーテイルとなっていた。長さが肩に掛からない位しかないので、「ちょんまげっぽい」と言う人もいるだろうか。
顔を見れば一誠だと分かるものの、パッと見の印象が大分変わっているおかげで顔見知りでもすぐには一誠だと判別出来ないくらいにはなっている。
「・・・・・・あの2人の尾行です」
そう返答している小猫も普段とは大分違う姿を披露していた。
まず髪の色が違う。白髪なんて目立ちすぎるので、黒髪のウィッグを被っているのだ。髪型は普段と変わっていないものの、色が違うだけで全然別物に見えるから一誠としては不思議である。
また、それだけでなく顔の印象を変えるためのアイテムとしてキャスケット帽と縁なし伊達眼鏡をかけている。その愛らしさは、眼鏡萌えの気が無い一誠にさえ「眼鏡っ娘っていいかも」と思わせるほど。
服装は眼鏡が与える知的な印象とは対照的に、活動的な印象を振りまいている。細めのシルエットのジーンズと、ピッチリとした半そでの柄Tシャツ。ピンク色の指なし手袋が肘までを覆っており、それがまた可愛らしさを助長させている。晒されているお臍と白いお腹が眼に眩しい。
まず間違いなく、一目では「塔城小猫」だと気付けない。事実一誠は声を掛けられるまでそれが小猫だとは気付けなかった。
「いや、それはわかるけどさ・・・・・・」
そう言って一誠は視線を前へと向ける。その先には仲睦まじそうに話をしながら歩いている翔と黒歌の姿がある。
美男美女のお似合いのカップルと言ったその風情に、ほんの1週間前に恋人の振りをした堕天使に殺されるという稀有な経験をしたばかりの一誠は自らの師匠に向かって「リア充爆発しろ」と内心で吐き捨てた。もし彼らが同棲していることを知ったならその悪態も「リア充モゲロ」へとグレードアップされることだろう
ちなみに、尾行と言っても2人は物陰から物陰へと移動しているわけではない。普通に一定以上の距離を取って歩いているだけだ。時にはわざと離れて様子を伺ったり、翔たちに気付かれないように余念がない。恋人を装って尾行しているので、2人の間の距離は狭く、小猫から立ち上がってくる甘い、けれどもくどくはない香水の匂いに一誠はドキドキしっぱなしである。
その動悸を誤魔化すように一誠は小猫に話しかけた。
「そう言えばさ、小猫ちゃんが香水付けてるのって珍しくない?」
一誠の指摘に小猫は内心で驚いた。一誠が鈍いというのは最早オカ研メンバーの周知となっている事実であり――その背景にアーシアの被害があったのは言うまでもない――自分が香水を苦手としていることに気付くということが意外だったのである。香水が苦手な理由は勿論鼻が効きすぎるからだ。
「・・・・・・お姉さまは鼻が効きますから。誤魔化すために仕方なく」
「ふ~ん。そうなんだ。てか、お姉さま?」
「あ」
一誠の指摘に「しまった」というように小猫は声を上げた。その顔にもあからさまに「やっちまったZE☆」と書かかれている。一誠はそんな普段は見ることの出来ない後輩の顔を見ることが出来て、ちょっと嬉しくなった。
「・・・・・・聞かなかったということにしてください」
「ん。わかったよ」
でも、と一誠は付け足した。一拍開いた拍子に小猫が一誠の顔を見上げると、そこには人好きのする笑顔があった。華がある、という訳ではない、けれど何処か人を惹きつける笑顔。
「話せるようになったら話してくれると嬉しい。俺たちは仲間なんだからな」
ドラゴンには周囲のものを魅了する不思議な魅力があるという。だが、小猫はこれはこの先輩が元々持っているものなんだろうな、と漠然とそう思った。そして同時に何故アーシアがこの人に惹かれたのかが理解できたのだった。
だから、だろうか。誰かに語って聞かせることなどないと思っていた自分の過去。それを、概要だけでも話してみようと思ったのは。或いは、自分の胸に今も渦巻いているもやもやとした思いが晴れてくれるかもしれない、と。
「・・・・・・わかりました。詳しくはまだ言えませんが・・・・・・簡単に説明すると、あの黒歌という女性は私の生き別れの姉です」
その言葉に含まれていた感情は何だっただろうか? 親愛? それとも憎悪? 嫌悪? 嫉妬? 羨望? そのどれでもないようで、そのどれもが当てはまるような複雑な色模様だった。少なくとも、一誠はその感情を表す言葉を持たなかった。
「・・・・・・そっか」
だから、一誠にはそう答えることしか出来なかった。それがとても情けないような気がして、気持ちが落ち込んでいくのを止めるのに酷く労力がいった。
「じゃあ、小猫ちゃんとしては複雑だろうな~」
そんな自分の気持ちを誤魔化すように、頭の後ろで手を組みながら一誠はそう言った。
「・・・・・・どういうことですか?」
「いやだってさ。生き別れのお姉さんがいきなり恋人拵えて現れたわけじゃん?」
「・・・・・・まあ、そうですけど」
まぁ、その通りである。今の小猫の状態をわかりやすく書くとこうなる。
「あ、ありのまま、今起こったことを話します。こっちが生きるのに苦労していたら生き別れの姉が恋人を作って楽しんでいました。な、何を言っているのかわからないと思いますが私も何が起きたのかわかりませんでした。「ちゃっかり」だとか「何様」だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてないです。もっと恐ろしいものの片鱗を味わいました」
複雑な気持ちになるのも当然と言えた。むしろキレないだけ良心的である。
もしかしたら、胸がもやもやしているのってそれも含まれているのかな~、と小猫はそう思った。遠い眼をしているその目には光るものがあり、周囲にいるものに哀愁を感じさせる。
周囲に気まずい空気が広がっていく。自分の発言でそうなったことを察した一誠は、何とか空気を元に戻そうとするべく小猫へと話しかけた。
「んで、そのお姉ちゃんと恋人の様子が気になるから尾行していると。そういうことでいい?」
「・・・・・・はい。そうなります」
かつて、黒歌は小猫にとって良い姉だった。優しく、気が利き、しかし悪戯と人をからかうのが好きなお茶目な面もあり。親がいなくなって姉妹で2人。生きていくのに苦しくても、それでも姉のおかげで日々は楽しかったように思う。小猫は黒歌のことを「好きだった」と、そう即答できる自信があった。
だが、小猫にとっての最後の姉の姿は、仙術によって暴走している光景だった。普段の優しげな顔は見るかげもなく、返り血を浴びて凄惨な笑みを浮かべていた。まるで望んでそうなっているかのように、愉悦と快感にその身を委ねていたように見えた。
仙術は氣を利用する。そのため、術者は周囲の氣の影響を受けやすい。中には邪気や怨念といったものに影響されて正気を失う術者もいる。黒歌がかつての主を殺す際、小猫にはそれらと同じように暴走していたように見受けられたのだ。
――だからこそ、小猫にとって黒歌は優しい大好きな姉であるとともに、恐怖の象徴でもあるのだ。そして、姉をそのような姿へと追いやったと思われる仙術を忌避して、使わないようにしている。それがあれば
けれど、と小猫は眼前の光景を見て思う。少し離れた場所では、黒歌と翔が楽しげに談笑している。その顔にはかつての姉を想起させる微笑みがあった。その笑顔を見ていると、かつての光景に対する疑念、その笑顔を向けられている翔に対する羨望、そんな笑顔を浮かべている姉に対する嫉妬が湧き上がってくる。
――どうして、かつてと同じ笑顔を浮かべられるんですか? どうして、その笑顔を自分に向けてくれないのですか? どうして――
ポン、と肩を叩かれた。その感触が小猫を思考の海から引き上げる。その方向に顔を向けると、一誠の心配そうな表情があった。
「小猫ちゃん。大丈夫?」
いけない、と小猫は頭を振った。そも、それを確認するために尾行などという行動をしているのだ。今は思考に埋没しても意味が無い。おまけにこの先輩に心配をかけているのもいただけない。今は大丈夫だと言うことを示すためにもいつもの自分を装わなくては。
「・・・・・・心配させてすみません。ですが、もう大丈夫です。ですからあまり長いこと触れないでください。セクハラで通報しますよ」
「えっ!? 心配してたのにそれはひどくない!? てか、携帯出さないで! 110番を押さないでっ!!」
少しならず大げさに反応するその様子が可笑しくて。意識せずにくすり、と笑った。自分を見て一誠が苦笑しているのを眺めて、そんな風に微笑している自分に気付いて。自分の心がちょっとだけ晴れているのにも気付いて。やっぱり、この先輩を連れてきたのは間違いじゃなかったと、そう思うのだった。
「ほら、翔たちが移動するみたいだ」
「・・・・・・そうですね。追いかけますよ」
少しずつ距離が開き始めている相手を指差して一誠が言う。それに答えながらも足の動きを早めた。視線の先には変わらずに笑う2人の姿。やっぱり、胸はもやもやしてくるけれど。でも、さっきよりもマシになっているような気がした。
◇◇◇◇◇◇
時間が経って午後3時のティータイムのこと。生活必需品と服を数点買った翔たちは休憩に入った。どこのショッピングモールでも大体あるようなエスカレーター前のベンチに座っている。
小猫たちは直線距離にして50メートルほど離れた同じようなベンチに座って様子を眺めていた。黒歌たちからは視界に入らないようにしているので気付かれていない、はずだ。
と、そこで様子が変わる。2・3言喋って翔が席を外したのだ。一誠がどうしたんだろう、と思っていると
「・・・・・・どうやら飲み物を買ってくるみたいです」
と、そう小猫から注釈が付けられた。思わず感心してしまう。
「へぇ~。この距離からでもわかるんだ。凄いね」
「・・・・・・僅かに拾った声を読唇術で補足してます。慣れたら先輩も出来るようになりますよ」
とは言うものの、さすがに素ではこの距離の喋り声を拾うのは困難だ。キャスケット帽の中では猫耳がピクピクと動いていることを一誠は知らない。
と、視線の先の黒歌の様子が変化してきた。今までの楽しそうな様子から一転、肩を落として盛大に溜め息を吐いている。そのことを小猫が怪訝に思っていると、黒歌の後ろにパッと翔が現れた。瞬間移動でもしたかのような現れ方に一誠ともども吃驚してしまう。どうやら黒歌も吃驚しているようだ。
「えっ!? 何がどうなってるんだ?」
「・・・・・・音声を拾いますっ!」
集中して声を拾う。そうして聞こえてきたのは「冷たっ!?」と「びっくりした?」と言う声。前者が黒歌で後者が翔だ。一誠にも状況が分かるように実況中継を始める
どうやら、青春漫画でよくある缶ピタ――主に傷心中の少年或いは少女に対して異性が後ろから冷たい、或いは暖かい缶の飲み物を首筋にピタッと触れさせることで吃驚する反応を見るあれ――をやったらしい。小猫は何だか定番のシーンを冒涜されたような気分になった。何しろ登場シーンがアレである。色々と台無しだった。
『まったく・・・・・・。こんなところでそんな無駄に身体能力を発揮しないでもいいのに・・・・・・』
『ハハハ。僕としてはいつも色々と主導権を握られている黒歌さんから一本取れて結構満足ですよ』
「へぇ~。普段は黒歌さんがリードしてるわけね。でもまぁ、黒歌さんのほうが年上だからそうなるか」
「・・・・・・・しっ。向こうの声に集中したいから少し静かにお願いします」
「ォーヶー」
翔が黒歌へとジュースを手渡しながら黒歌の隣に座る。見えたジュースの種類はスポーツドリンクの類だった。別にどうでもいいと小猫はその情報を切り捨てる。
翔が黒歌の方へと顔を向けた。肩と肩が触れ合う距離なので、自然と顔同士の距離も近くなる。それでも2人が赤面しないところを見るに、その距離が当然となっているらしい。
『で、今日1日、とはいかないけど遊んだわけだけど』
と、小猫はそこで気付いた。翔の顔が真剣なものになっている。それも、小猫がこの前見た武術家としてのものとは違っている。そのように小猫は感じた。
そこには、恋人のことを真剣に案じる1人の男の顔があった。
『どうやら、気分転換にはならなかったみたいだね?』
『ばれちゃった?』
黒歌も口調が普段とは違う。黒歌は普段と真剣な時とで口調を使い分ける。そのことを小猫は知っていた。
『ばれないなんて思っても無いでしょ。もうすぐ2年近くになる付き合いなんだから』
『まぁそうだけど。それに翔ってこういうことには鋭いしね~』
『ま、師匠たちのおかげでね』
軽口を交し合い、クスクスと笑う。その様子からも、2人の仲の良さが伝わってくる。今日尾行してもうわかっていたことだが、本当に恋人として互いを信頼しているということが改めて認識できた。
『で、悩み事っていうのはやっぱり小猫ちゃんのこと?』
『そうよ』
ドキン、と心臓が高鳴る。今回尾行していた目的――姉がどういう心境でこちらに接触してきたのか――が図らずともわかる機会が舞い込んできた。溜め息を吐いている姉とは反対に、小猫の胸はその気持ちの高ぶりに鼓動を激しくしていった。
『わかりきっていたことなんだけど・・・・・・やっぱり、そう簡単に和解なんて出来ないわよね。・・・・・・自分のせいだってのは分かっているんだけど、それでもやっぱり堪えちゃって』
その言葉に頭をガツン、と殴られたようなショックを受けつつも、頭の中ではどこかやっぱり、と思っている自分がいた。翔が一誠の修行を見ている最中、大体2日に1回の割合で黒歌はオカ研のところに来る。そして大体小猫へと話しかけてくるのだ。
その時の黒歌の様子は機嫌の悪い姉妹の様子を伺う姉のようでいて、喧嘩をした相手と仲直りをしたがっているようでもいて、それでもどこか罪悪感を覚えている罪びとのようでもあった。そんなことは様子を見ていれば小猫にだって判る。小猫はそれほど鈍感じゃないつもりだ。
だが、姉が自分と仲直りをしようとしてると信じようとしても、どうしても思い出してしまうのだ。姉の最後の姿を。その時の恐怖を。姉が姿を消してからの生活と、その時に周りからぶつけられた悪意を。その度に疑心暗鬼になってしまって、どうしても姉の行動には裏があるんじゃないかと疑ってしまう。そうじゃないと分かっているのに。
そんな自分が嫌になって。自分もかつてのような仲になりたいと心の底のほうでは望んでいるはずなのに。でも頭と感情がどうしても姉を信じきれなくて。そっけない態度をとってしまって。相手からの好意を受け取らなくて。そのくせ姉から笑顔を向けられている翔を羨ましがって。そんな笑顔を浮かべられる姉に嫉妬までして。そしてまた自分が嫌になって――
視界の中では、姉が普段見せている笑顔とは対照的な弱弱しい笑みを見せている。普段浮かべている周りを元気にさせるようなものとは違う、どこか自分を攻め立てるような自嘲的な笑み。そんな顔を見て、そしてその表情にしているのが自分だと思うと、胸がズキンと痛んだ。
『覚悟していたことなんだけど・・・・・・。小猫・・・・・・白音に嫌われているって思うと、ね』
え、と小猫は口の中で出した。何を言っているのか暫く理解できなかった。そして理解した瞬間、小猫の中で爆発的な感情が生まれた。
お姉さまは何を言っているんだ? 私がお姉さまを嫌っている? そんなことあるわけないじゃないか。違う、違う。違うんだ。そうじゃないんだ。私がお姉さまを嫌っているなんて、そんなことは――――
『そんなことは、ないんじゃないかな』
金髪の男が自分の感情と同じことを言ったことで、小猫の頭が冷えた。
『でも、それは・・・・・・。だって。私、白音に話しかけても、そっけない態度しか取られたことないわよ』
『それは多分、白音――小猫ちゃんも戸惑っているんじゃないかな。もし本当に嫌われているんだとしたら、そもそも側に近寄らせないと思うよ』
僕の存在も、事態と小猫ちゃんの感情を複雑にしているんだろうけどね。そう苦笑して付け足しながら男は話し続ける。
『黒歌さん、僕はこう思うんだ。――人は、他人を嫌いになろうと思えばどこまでも嫌いになっていけるって』
視界の中で男は言う。その内容が小猫には少し意外だった。男は、風林寺翔は、どちらかというと人の善の側面を信じているように思えていたのだが。
『別に、特別なことなんていらないんだ。嫌いになるような切っ掛けが無くっても、ただ、何となく気に入らない。そう一度気付いてしまえば、どこまでも人は他人を嫌っていける。あいつの顔が気に入らない。あいつのどこどこが気に食わないって。しまいには、くしゃみの仕方が気に入らない。笑い方が癪に障る。そんな些細なことでも、人は人を拒絶することが出来るようになる。なってしまう。どこまでも嫌っていける。相手と顔を合わせるのも嫌になる。相手が呼吸をしてるだけで嫌になる。そんな状態にまでいく。』
翔が人のある一側面を語る。まるでそれは、男自身がそういう感情を経験したことがあるかのような、長年そんな感情を抱えてきたかのような。そんな口ぶりだった。
でも、それはある種1つの真理だった。人は誰しもが聖人君子になれるわけではない。誰か1人でも嫌いにならない、そんなことが出来る人間は稀だ。それは活人拳を志している翔とて変わらない。
『小猫ちゃんの様子を見ていれば、とてもそんな感情を黒歌さんに抱いているようには見えないよ。・・・・・・黒歌さんから聞いた顛末が本当のことで、それが原因で小猫ちゃんが黒歌さんを心底から嫌っているとしたら、もっと露骨に嫌悪感を表に出すと思うよ』
『そうかな?』
『うん。そうだよ』
翔が黒歌の頭を慰めるように撫でた。その行為には遠めから眺めている小猫にさえ分かるほど慈しみに満ちていて、小猫に「ああ、この人は本当に姉を愛しているんだな」と、そう思わせた。
黒歌は撫でられて気持ち良さそうにしていた。が、不意に迷子になった子供のような顔つきになる。その内心はまさしく進路を失ってしまった子供だろうか。
『それじゃあ、どうやって白音と仲直りしようかしら・・・・・・』
『う~ん。流石にそれは僕にも思いつかないかな。姉妹間の問題だから下手に手出しをするわけにはいかないし・・・・・・。小猫ちゃんが気持ちの整理をつけるまで待つしかないのかもしれないよ』
『『う~ん・・・・・・』』
2人が仲良く唸りだした。顎に手をやっていかにも「考え込んでます」と言うふうに見える。
小猫は、2人がそうやって悩んでいるのが、姉が自分と仲直りしたいがため、と言う理由であるため、ちょっとだけ嬉しくなった。同時に、少しばかり申し訳なく思う。
『そうだね・・・・・・。具体的な方法は思いつかないけど、小猫ちゃんに「話してもいい」「しょうがないから話をする」って思わせることが出来たらいいんじゃないかな。そうすれば話す機会も増えて、一緒に居る時間も増えるだろうし』
『「しょうがないから話をする」・・・・・・。なら・・・・・・』
黒歌が俯かせていた顔を上げる。その瞳の中には一筋の光明を見出したもの特有の希望の光が映し出されていた。
『翔! ありがとう!』
『おわ! 急に抱きつかないでくださいよ』
がばっ!と黒歌が翔に向かって飛び込んだ。唐突な黒歌の行動だが、翔はしっかりその胸板で受け止めている。平静そうに見えるが少しばかり頬が紅潮しているのを小猫は見て取った。耳は隣からの歯軋りの音を聞き取った。
『白音と仲直りできるかもしれない方法を思いついたわ! これも翔のおかげよ』
『じゃあ、どういたしまして、と言っておこうかな?』
『ええ! ・・・・・・こうしちゃいられないわ。家に帰るわよ!』
黒歌が地面に置いてある荷物を手に取り、そして走り出した。よっぽど思いついたその方法を早く試してみたいのだろう。或いは早くしたいのは小猫との仲直りのほうなのかもしれない。
『え、ちょ黒歌さん!? ・・・・・・早いなぁ』
翔が頭をポリポリと掻いている。困ったな、とでも言うようなその仕草が余りにも自然で、これはあの人の癖なのかもしれないと小猫はそんなどうでもいいことが思考の片隅に浮かんでは消えた。
『黒歌さ~ん! 荷物は僕が持ちますよ!』
翔が黒歌に向かって走り出す。暫く箸って黒歌と合流すると、その言葉通り荷物を受け取った。その左手は黒歌の右手を掴んでいる。
2人が遠ざかっていく。けれど、追い駆ける必要はない。今日得ようとしていた答えは、得られたのだから。
「・・・・・・先輩。今日は唐突な呼び出しに応じてもらってありがとうございました」
「別にいいって。後輩の頼みなんだしな」
ニカッと笑ってそう言ってのける一誠。小猫はかつて翔が一誠を指して「お人好し」と評していたのを思い出していた。少なくとも急に呼び出されて、それを不満に思わずに笑って流せるところはお人好しと言えるのかもしれない。
と、小猫はそこで一誠は翔のことをどう思っているのか気になった。翔は一誠を「お人好し」と言った。では一誠は? 翔のことをどう思っているのだろう。
「・・・・・・先輩、翔さんってどういう人なんですか?」
「お姉さんの恋人だしな。やっぱり気になっちゃうかな?」
「・・・・・・はい。友人なんですよね?」
「そうだな。親友だ」
小猫の言葉に一分の隙もなくそう断言する。その言葉には躊躇いといったものは微塵も無く、一誠から翔へと注がれる信頼の大きさがどれほどのものかを小猫に示していた。
「翔がどういう人間か、ねぇ・・・・・・」
視線を上へとやって思案に耽る。頭をポリポリと掻く姿がどことなく翔と似ていた。そんな仕草がうつるほどには親しいのだろう。
やがて、自分の中から言葉を見つけ出したのか。一誠がその口を開きだした。
「確かに俺たちは親友だ。でも、知らないことだって沢山あると思う。実際、俺は翔が武術を習っているっていうのは知ってたけど、あんなに強いとは知らなかったし、悪魔だとかに関わっているってことも知らなかった」
それはしょうがないことなんだろう、と一誠は心の片隅で思った。
例え恋人だろうが、友人だろうが、飽くまで他人である以上、相手の全てを理解することなんて不可能なんだろう、と。
でも。
それでも、知っていることがある。分かっていることがある。そのたった1つの事実だけで、翔がどんな隠し事をしていようが変わらず親友でいられるという自信があった。
「あいつは、さ。俺のことを「お人好し」だとか、「良いやつ」だとか言うけど」
一誠の顔には満面の笑みが浮かんでいる。いつもの子供が笑っているような無邪気な笑みではない。どこか誇らしげな色ののっている笑顔だった。
「あいつの方が「お人好し」だとか、「お節介焼き」だとか言われる性分の人間だよ」
かつてのことを思い出す。と、いってもそう昔のことではない。たった1年にも満たない昔のこと。
今から考えたら、馬鹿だとしか思えないような自分たち。そんな自分と悪友が変わることが出来たのは、間違いなく翔のおかげなのだ。
と、言っても、根底の方では変わっていない。ただ、人前ではその馬鹿な部分を表に出さないようになっただけ。自分達だけで集まったときなんかは変わらずに馬鹿話をするような、そんな大馬鹿たちだ。
そんな馬鹿たちの世話を焼こうという時点で、十分に「お節介焼き」と評していいだろう。少なくとも一誠は翔のことをそう思っている。
ま、男なんてのは皆そんな馬鹿な部分をどこかで持ってるもんだろ。そう思い、一誠はククッ、と笑いを噛み殺した。
「・・・・・・そうですか」
その時、小猫の気持ちに湧き上がって来た感情は何だったのだろう。
自分の感情なのに、それが分からない。ただ、それに近しい言葉を探して。意外にもそれはすぐに見つかった。
(嬉しい、か)
何で嬉しいのだろう。何でそう思ったのだろう。
姉の恋人が優しい人だと分かったから?
その疑問への答えは出なかったが、とにかく「悪くない気持ち」だった。
小猫が立ち上がる。お尻をポンポンと叩いて埃や汚れを落とした。ここでの用事は済んだのだ。なら、ここに居る必要もないだろう。
「・・・・・・何か、おやつでも食べましょうか。今日のお礼も兼ねて、奢らせていただきますよ」
「へ? いや、お礼なんて別にいいのに」
その言葉を聞いて、思わず小猫は笑ってしまった。急に呼び出されて用事につき合わされてもお礼はいらない、と言うとは。自覚がないが確かに「お人好し」らしい。小猫は翔の一誠への評価は正当なものだと感じた。お互いがお互いにお人好しだと評しているのがどこか可笑しかった。
「・・・・・・いいですから。お礼は素直に受け取るものですよ」
そう言って微笑む小猫はとても綺麗で。今まで見たことが無かったようなそんな姿に、一誠は思わず見惚れてしまい数瞬の間固まってしまうのだった。
余談だが、その後、一誠は小猫の胃袋の底なし具合に別の意味で固まったらしい。
◇◇◇◇◇◇
後日のこと、黒歌がオカ研部室に差し入れを持ってきた。
その差し入れは3段の重箱にいれられた眼にも鮮やかな和菓子の数々であり、黒歌の話では友人に習って黒歌が作ったものらしい。
オカ研の面々は男も含めてその和菓子に舌鼓を打ち、女子たちはその美味しさを絶賛していた。
そして今、小猫の前では黒歌が不安そうな顔をして待っている。
何を?
それは、自分がこの和菓子を食べて、その感想を言うことを、だろう。
小猫は自らの手に目線を落とした。そこでは梅の花を模した和菓子が舌の前に眼を楽しませてくれている。見た目からは老舗の和菓子店で作ったと言われても疑わなかったであろう見事なものだった。
口に含んでみる。くどくない、和菓子特有の柔らかな甘さが舌を喜ばせた。その後には梅の爽やかな香りが鼻腔を駆け抜けてくる。
湯のみを手に取った。その中に注がれている緑茶を口に含むと、その渋さが舌を洗い流し、先ほど食べたばかりだというのにすぐに次の和菓子を食べたいという欲求が鎌首を擡げてくる。
美味しい。
それが率直な感想だった。
(そう、だからしょうがないんです)
これは、別に餌付けされているとか、懐柔されているとかそういう話じゃあないのだ。
美味しい物を食べたら、それに対する感想は素直に口に出さないといけないのだ。
だから、未だに蟠りが残っている目の前の姉と話すことになってもしょうがない。
そう、しょうがないのだ。
だから。
「 」
小猫は、目の前の姉に対して話しかけた。
副題元ネタ・・・・・・ハンターハンター
と、言うわけで小猫と黒歌の和解のためのその一歩でした。
書いていて思ったこと。
「これ、仲修復できなくても仕方なくね?」
特に「生き別れの姉が恋人を作って~~~」のくだりの辺りでそう思いました。
リアルでやられたら、少なくとも俺なら無理。
ま、まあ! 小猫ちゃんは良い子なので! こんな状態からでも仲直りできるんです!
原作では敵対状態からスタートなので敵意が多かったですけど、拙作では味方からスタートなので敵意よりも複雑な感情成分が多めです。
翔もそれに拍車をかけているよ!
というわけで、和解はじっくり時間をかけます。じゃないと無理。